《Princess☆Strike!》日文游戏原案
この日は日曜日だった。

週に1度必ず訪れる、学生にとって天国のようなウィークエンド。

いつもより遅めに目覚めて、起きた時に休みであることの幸せを噛み締め。

平日昼間のバラエティ番組をまとめた増刊号を観て。

ネットして、ゲームして、昼寝して、とても怠惰な時間を過ごしたその後。

夜には週末が終わってしまったことを嘆き、明日からの登校を憂う――

そんなごく普通の日曜日になる。

――はずだった。

この日曜日だけは――何故か、バカでかいオープンカーの後部座席に載る俺の姿があった。

似合いもしない豪奢な服を着こんだ俺は、沿道に並ぶ人たちに不恰好に手を振る。

女性,「アタル様ーッ!」

見覚えのない女性の黄色い声が俺の名を呼ぶ。

皆は国旗を片手に、そんな不恰好の俺を口々に祝福してくれていた。

柴田,「ほら、アタル様、声をかけられていますよ。手を振って返してはいかがですか?」

アタル,「う、うん……は、はは……」

声の聞こえた方に向かって、とりあえず手を振ってみるけど、ひきつった笑いしか浮かばねぇ。

こんなひきつった顔が『アタル様スマイル』とか呼ばれちゃうのか? 明日の新聞の一面を飾るのか? この俺が?

そんな馬鹿な……悪い夢なら、今すぐ覚めてくれていいんだぞ?

ほんの数時間前までは、ごくごく平々凡々な一般市民だった。

男性,「新王誕生バンザーイ! 国枝アタル王、バンザーイ!」

でも、今は王様。

俺こと国枝アタルは――

このニッポンの王様に、なってしまったのだ――

ゆっくりと目を開け、広がったのは光景は、見慣れたいつもの自分の部屋の天井。自分の部屋。

――よもやこの天井を見るのが、今日で最後になるだとは、この時は予想もしていなかったのだが――

時計を見ると、7時ちょっと前。

日曜日だってのに……何の予感だか知らないが。ずいぶん早く目が覚めちゃったな。

別に朝の戦隊モノやら変身ヒーローやらプリティな魔法少女やらを観る習慣はない。

……寝直すとするかな。今日は命の洗濯日、花の日曜日。

いつもは俺を起こしに来る親も、世話焼き幼なじみも、今日ばかりは定休日だ。

俺はもう一度、布団をかぶり直す。

……ん?

……ずいぶん遠くの空が騒がしい。

かぶった布団の防音機能なんて役に立たないレベルの騒音公害だ。

花火か? お知らせの空砲だろうか。どこかの学校が運動会でもやるんだろうか。

――にしては、騒がしすぎる。

近隣住民からの苦情がいくのも、そう遠い話じゃないだろう。

確かに運動会をやってもおかしくない時期ではあるけれど、回覧板や街のポスターにそんなお知らせはなかったはず。

しいて今、盛り上がっている話といえば、新国王の抽選くらいだ。

いいから、俺をおとなしく寝かせてくれよ。

――しかし、そのささやかな、実に小市民的な願いは叶うことなく。

続いて俺の睡眠を妨害したのは、ドアチャイムの音だった。

秒間16連打も越えんばかりだ。

ピンポンダッシュにしちゃ、随分とアグレッシブな攻撃。

こんな早朝から誰だ。宗教の勧誘か。選挙の投票のお願いか。はたまたゲーム名人か。

今、親はいないし、宗教には微塵の興味もないし、俺にはまだ選挙権もないから、そんな勧誘は無駄だ!

まぁ、仮にゲーム名人だったら、サインでもねだろう。

???,「おじゃましまーす!」

階段を駆け登ってくる音。最近の勧誘はアグレッシブだな、無許可で人の家にあがりこんでくるか。

#textbox Khi0290,name
???,「アタルくん、アタルくーんっ!大変、大変だよ、起きて、起きてっ!」

アタル,「起きてるよ、おはよう、ヒヨ」

ヒヨ,「あ、あれっ? おはよう……アタルくん……早かったんだね」

顔を覗かせた少女は、宗教の勧誘などではなく、俺の幼なじみだった。

幼い頃からの愛称はヒヨ。本名、西御門ひよこ(にしみかど・ひよこ)。

もちろん、闖入者が彼女であることはわかっていた。彼女じゃなければ、もっと慌てていた。

『はじめての国家権力への通報』のお世話になっていたに違いない。

アタル,「まぁな。これだけうるさければ、目も覚めるって」

アタル,「んで、俺の幼なじみ様は、こんな早朝から何の用で?」

合鍵を持ってるからって、男の家に踏み込んでくるのはあまり感心しないぞ。ものすごく今更なんだけど。

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ひよこ,「あっ! そ、そうそう、そうだよ!アタルくん、戦争! 戦争だよ! 今すぐ逃げなきゃ!防空壕だよ! 地下シェルターだよぉ!」

アタル,「戦争……? いや、ヒヨ、俺はお前が何を言ってるのか……」

ひよこ,「いいから、これ、被って、ね! 音を立てないように、目立たないようにするんだよっ」

慌てふためいているヒヨが、俺に手渡したのは。

アタル,「なにこれ、座布団……?」

真ん中でパカッと開閉して、その間に頭を差し込んで、かぶって使用する……ああ、これなんていったっけ。

……そう、防災頭巾。

ああ、小学生の時は、こんなの使ってたっけなぁ……小学校卒業ぶりに目にした。

アタル,「ヒヨ、家にこんなの残してたのか。もしかして、ヒヨの家だけ、戦時中で時間が止まってるのか?」

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ひよこ,「備えあれば嬉しいなっ♪ だよ!ねっ、アタルくん、早く逃げよ!」

アタル,「うん、面倒だから、間違ってることは突っ込まないぞ」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「早くそれ被って、避難場所に、えっと、こういう時って近くの学校でいいんだよね!? 公園!? どっちが近いかな!?」

どうやらこの辺りで一度、錯乱気味のヒヨを止めた方が良さそうだ。

アタル,「はいしどうどう、そろそろ落ち着いとけ、ヒヨ。一体どうしたんだよ」

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ひよこ,「どうしたも、こうしたもないよっ。向こうの方でスッゴいことになってるんだよっ」

アタル,「向こうの方で、スゴい?」

ヒヨは隣の家を指差す。

アタル,「……ヒヨの家がどうかしたのか?火事があったり、倒壊した様には見えないが」

指をさした隣の家は、この血相を変えている幼なじみの家、西御門家だ。

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ひよこ,「私の家じゃないよぉ。もっと向こうの……うーん、ここからじゃ見えないけどっ、けどっ」

家を何度も何度も指差す。

家を越えた、もっともっと向こうの方が凄いことになってるんだよっ! と伝えたいのだろう。

とりあえず、一生懸命さだけは伝わってきた。

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「すごいんだってば! 空でね、飛行機と飛行機がね! こう、ぼかーんぼかーんって――」

アタル,「おおっ!?」

ヒヨの声と身振り手振りに合わせて、一際大きな音が鳴り響いた。

確かに今の音は、近い。

花火などではない、爆発だ。

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「ねっ、ねっ!?」

アタル,「お、おぅ……確かに、ただごとじゃないみたいだな」

…………

……

???,「姫様、目標地点を発見いたしました。これより降下いたします」

???,「OK、エリ、やっちゃってちょうだいっ!」

エリ,「了解! 降下作戦、開始いたします!」

…………

……

???,「セーラさーん、お家に照準を合わせましたよー。さ、行っきますよーっ!」

セーラ,「ああ、ついにお目にかかれるんですね……私の愛しの人……アサリさん、お願いしま~す!」

アサリ,「発射ー!」

…………

……

何ひとつとして現状が把握できないまま、俺が布団から重い腰をあげようとしたその瞬間だった。

???,「あぁあぁああぁぁぁいっ!」

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ひよこ,「んゅ? アタルくん何か言った?」

アタル,「いや、何も言ってないぞ」

???,「きゃぁぁああぁぁぁんっ!」

アタル,「……んんっ? 女の声だな?ヒヨは何も言ってないよな?」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「言ってないよ。でも、確かに女の人の声だね?」

聞こえてきたのは……上の方から……。

上?

ひよこと俺が天井を見上げたのと――

???,「「ふらあぁあぁぁあぁぁいっ!」」

ズッドオォオォォンッ!

とてつもない破壊音が聞こえたのは、どっちが早かっただろうか!

アタル,「どぅわぁあぁぁぁっ!?」

#textbox khi0290,name
ひよこ,「ひゃあぁっ!?」

天井から鳴り響いた轟音とともに、視界は白い煙に彩られる。

視界はゼロ。一寸先は白き闇。

その白い視界の中で、空から一条の光が神々しく差し込んでいる。

アタル,「ゴッ、ゴホッ!? な、なんだぁ……っ!」

一体、何が起きた。

この唐突な事態に、俺の情報処理能力は理解できていない。

もしかして、ミサイルがウチの屋根に着弾して、俺の部屋の屋根が吹っ飛んだのか!?

ウチの親、ローンとかまだ残ってんじゃないの?こういう緊急事態に保険とか適用できんの?

――徐々に白く煙った視界が晴れてゆく。

アタル,「……ん?」

白一色だった世界から浮かび上がってくるのは、ヒヨではない、何者かのシルエット。

アタル,「ひぃっ……!?」

突然現れたその未知の姿に恐怖し、逃げようとしたものの、かけ布団を跳ね除けることができない。

その闖入者によって、上から押さえつけられているらしい。

もしや、このニッポンを制圧しようとしている敵の軍隊!?

そうか、さっきまでのヒヨの話を信じるなら、ミサイルや戦闘機が迫っていたんだ。

ニッポンに王不在の隙をついて、ニッポンの敵対国が攻めこんできた……とか、考えられなくない!

――とまぁ、この間、数秒。

???,「けほっ、けほっ……ちょっとやりすぎちゃったかしら」

???,「もう……いささか乱暴すぎではありませんか?」

聞こえてきたのは、予想に激しく反した鈴の鳴るような女の子の声だった。

アタル,「へ……?」

???,「アサリさーん、この煙、なんとかなりませんか~?」

#textbox kas0120,name
アサリ,「はーい、お任せくださいませー」

アタル,「うおっ!?」

部屋の中だというのに、一陣の風が吹き抜ける。

視界がクリアになり――

结束
俺の目の前には、2人の女の子がいた。

まったく見覚えのない女の子。片方はツインテ、片方は……ボイン(死語)。

ご覧の通りの、ニッポン人離れした容姿、髪の色……確実に外国人だ。

ツインテ,「おはよう、アタル。お目覚めはいかが?」

ボイン,「お初にお目にかかります、アタル様♪」

そして、彼女たちはまたもや俺の予想外に、極めて流暢なニッポン語で、俺の名前を口にした。

アタル,「……ふー、あー、ゆー?」

それに対して俺は、ひらがな発音の英語で彼女たちに問う。

ツインテ,「あれ? アタルは知らないの?」

アタル,「……何をですか?」

明らかに自分より年下であろう女の子に呼び捨てにされ、見下されている。

にも関わらず、それがあたかも当然というような彼女の振る舞い。

そして、何故かそれを許容してしまっており、敬語で話している俺。

ボイン,「というわけですので、いきなりですけど、アタル様――」

ツインテ,「あ、こら抜け駆けするなっ!アタルっ! あたしと――」

ツイ&ボイ,「「結婚してっ!!」」

アタル,「……え?」

え!?

#textbox khi0240,name
ひよこ,「えぇえええぇぇぇぇぇっ!!!?」

そんなわけで、今朝、俺は。恐らくは人類有史以来、初めての。

『自室の天井をぶち抜いた2人の女の子から、出会い頭にプロポーズを受けた男子』

――となったのでありました。

…………

……

――これは俺が人類史上の偉業?を成し遂げる前日の話。

――明日、ニッポンの新しい王様が決まる。

今日、学園中に溢れている会話は、明日の新ニッポン国王誕生の話で持ち切りだった。

男子学生,「あー、もし、俺が王様になったらどうしよっかな!今から、何を命令するか考えておかないとな!」

男子学生,「バーカ、なれるわけねーだろ。ニッポンの全国民の中から1人、1億分の1だぜ?宝くじより確率低いんじゃねーの?」

女子学生,「でも、0じゃないでしょ?当たる人は絶対にいるんだから」

前後賞合わせて数億円の宝くじが当たったら何に使うか。なんでも願いを叶えてくれる龍玉を集めたら何を願うか。

そんな夢物語と同レベルの、取らぬ狸がヘソで茶を沸かしそうな話が教室中に溢れている。

……それって、ぶんぶく茶釜じゃない?

一介の、ごくごく平民の出の学生であっても、一国の王様になれる可能性がある。

太平洋に浮かぶ島国ニッポンは、そういう国だ。

ある一定の条件さえ満たしていれば、老若男女等しく、王様になれる権利が与えられる。

そして、その王様を決める方法は――

担任,「抽選です」

明日に発表を控えた王様システムを説明する先生は、黒板をピシッと教鞭で叩きつつ、そう言いきった。

担任,「地球の衛星軌道上を、ひとつの人工衛星が漂っています。それこそがニッポンの王を決めるためだけにたゆたっている抽選衛星『あたりめ』」

担任,「その『あたりめ』が全国民の中から、たったひとりを選出します」

つい先日、前ニッポン国王が没した。その即位期間は44年間。

つまり、俺たちが生まれて初めての王様抽選が行われるのだ。クラス中のテンションが上がってるのも無理はない。

授業中も、みんなテンションアゲ↑アゲ↑↑で、誰も授業内容なんて聞いちゃいなかった。

授業している先生も、皆を注意するわけでもなく、なんだか浮き足だっているように見えた。

先生だって、当選する確率は同じだからな。ニッポンに住んでおり、ニッポン国籍である以上、先生にだってチャンスがある。
身も蓋もないことをいえば運任せの、およそ1億分の1のギャンブル。

賭け金は一切なし。ここ、ニッポンに生まれた者が、王様抽選に参加するためのチケットを公平に持ち合わせている。

――表向き、はね。

その抽選には仕組まれた何かがあるんじゃないか?なんて邪推する者もいる。

一介の一般人である俺は、その抽選に裏があるかどうかなんて知らないけれど。

男子学生,「お前だって、まったく期待してないわけじゃないだろ?」

男子学生,「おいおい、1億分の1って、どれだけの確率かわかってんのかよ」

男子学生,「ったく、夢がねぇなぁ。もし俺が当選しても、オマエのこと、家来として雇ってやんねぇからな?」

男子学生,「家来になんてしてくれなくていいぜ。ただし、俺に一生遊んで暮らせるだけの金をよこせ!」

男子学生,「オマエは本当に夢がねぇな!」

――王になると、一生遊んで暮らせる、とか。

――既に誰が王になるかは決まっている、とか。

――王になった暁には、異国の姫と結婚する、とか。

先生が説明した以上の噂話の数々。一体どこの誰が、どこから仕入れてきた知識なのかはわからない。

学園の中を事実と噂がゴチャ混ぜになって飛び交い、どれが本当なのかもわからない。

もっとも、王の座に興味のない俺には、どれが本当であって、どれが嘘であっても、どうでもいいことだった。

俺が王になるなんてこと、億が一どころか、絶対あり得るはずがないんだから。

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「アタルくんは王様になれたら、どうする?」

前の席に座る幼なじみのヒヨは、いつも通りの悩みとか難しいことは何も考えてなさそうなニッコニコの笑顔を浮かべて、俺に尋ねる。

アタル,「なんにも考えてないな……ってか、ムリムリ。王様になんて、絶対なれないって」

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ひよこ,「そんなことないと思うよ? だって、確率はみんな一緒じゃない」

男子学生,「いやいや、アタルじゃムリムリ」

男子学生,「……だな、全っ然クジ運ないしな」

アタル,「言われなくたって、そんなことは自分が一番わかってんだよ……」

――そうなのだ。

クラスメイトに改めて言われるまでもなく、俺にはクジ運がない。からっきしない。致命的とすら言ってもいい。

何か病気なんじゃないの?呪いでもかけられてるんじゃないの?

どうしてそれほどまでにクジ運がないのか、クラスメイトにすら馬鹿にされる、そんな深刻なレベルなのだ。

男子学生,「なんでオマエは、そんなにも運がないのかねぇ……」

アタル,「そんなことに理由があるんなら、俺が知りたいわ」

男子学生,「じゃ、いつものやってみっか……よっと」

そう言って、クラスメイトの友人は、財布から取り出した10円玉を指の上に乗せると。

ピンッ、と、親指で弾きあげ、どちらかの手で取った。

手馴れた素早い動作のせいで、どちらの手に握られたのかはわからない。

男子学生,「ほら、アタル、どっちだ?」

そして、友人は拳を握った両手を突き出す。

右手か、左手か、どちらかの手に10円玉が入っている。

アタル,「んーと……」

右拳が、どことなく膨らんでいる気がする。

いや、実はそれはフェイクで、左拳が本命……?

ひよこ,「わかんないなら、悩んだって仕方ないよー。いつも通りに、直感直感っ」

その直感が、未だかつて『一度も当たったことがない』から悩んでいるのだ。

右だ!
左だ!
アタル,「右だ!」

#textbox Khi0130,name
ひよこ,「うーん……私は左かなー」

俺は右拳を指差し、ヒヨは左拳を指差す。

アタル,「うーんと、右……と思わせて、実は左!」

#textbox Khi0150,name
ひよこ,「私は右かなー」

俺は左拳を指差し、ヒヨは右拳を指差す。

かくして、開かれた両拳の中には――

男子学生,「――残念」

俺の指さした拳には何もなく。

男子学生,「――で、西御門さんは当たり」

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「わーい♪ これで30回連続当たりっ」

そして、もう片方の手には、真新しい赤銅色の10円玉が、俺を嘲笑うように輝いていた。

見事なまでにハズレだった。そして、ヒヨはいつも通り、見事な大当たりだった。

アタル,「くっそ……」

男子学生,「これでめでたく、今日もハズレ、と。これで30連敗だっけか?」

アタル,「……かな。めでたくはないっつの」

男子学生,「すげぇな……イカサマなしだろ? ある意味、ここまでハズすってのも才能なんじゃねーかな?」

アタル,「こんな才能はいらねぇ……」

『当たらない』才能が、一体何の役に立つっていうんだ。

ちなみに常に俺の逆を選んでいるヒヨは常勝の30連勝だ。

真に驚くべきはヒヨに対してだと思うのだが……まぁ、常にハズレを引き続ける俺の逆を選べば、誰でも当たるよな。

男子学生,「もう1回、やってみるか?」

アタル,「い、いや、いい。やめてくれ。今日は絶対に当たる気がしない」

男子学生,「今日って。当たってないのは、いつものことだろ」

アタル,「……いや、まぁ、そうなんだけどさ……」

あまりにも的を射すぎていて、反論できなかった。

男子学生,「でも、1/2の確率を30回も外すって……2・4・8・16・32・64・128・256……えっと、この確率って何分の1になるんだ?」

男子学生,「何百万分の1とかだろ? なんか、逆の意味でその運がもったいないよな」

アタル,「……もったいないってなんだよ。俺は運の無駄遣いはしない男なんだ」

別にコストや金銭や生命がかかっているわけでもない。暇つぶしでやっているだけの行為に、もったいないも何もないだろう。

男子学生,「ははは、じゃ、その無駄遣いせずに貯めまくった運は、一体どこで使うんだよ」

アタル,「……さぁ?」

男子学生,「貯めてばっかじゃ、身体に悪いぜ? 貯めて貯めて、タンクが限界になったところで気持ちよく出す! 男ならさ!」

不運は、自分の意志でやってるわけじゃない。銀行じゃあるまいし、自分で運を引きだしたり、預けたりできるわけじゃない。
『どの人間も生まれながらに所持している運気は定量だ』

何かの本でそんな話を聞いたことがあるけど、そんなの絶対に嘘だ。

それなら、この30連続の2択ハズシ――だけじゃない、今まで引いてきた全てのハズレクジ分の運気なんて、それこそ――

――王様でも当たらない限り、挽回できないだろ?

男子学生,「ま、若い俺は、毎晩小出しにしてるけどな!」

アタル,「あのなぁ……真昼間からさりげなく下品なんだよ、その喩え」

男子学生,「ひっひっひ♪」

白い歯を魅せつけるように光らせ、にやにやと笑うクラスメイトども。

その会話は周りの女子にも聞こえていたらしく、『男子ってばイヤねー』みたいな非難の目を向けられる。

……ちょっと待て、俺は無関係だっつの。

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「……下品だったの? 今の?」

無垢というか、なんというか。ヒヨはその下品ぶりが伝わらずに首を傾げていた。

男子学生,「あー、いいのいいの。西御門さんはわからなくていいの」

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ひよこ,「そ、そうなの? うーん、ちょっと気になるけど」

男子学生,「そうそう、ピュアなままの君でいて」

そんなヒヨの反応に、男連中はほっこりとした笑みを浮かべていた。どうやら満足したらしかった。

チャイムが鳴り響き、この話はこれにて中断となった。

しかし、放課後まで、学園中から新国王決定の話題が尽きることはなかった。

…………

……

放課後、ヒヨと並んでの帰り道も、話は新しい王様に関することだった。

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ひよこ,「王様になれると楽しそうだよね」

アタル,「楽しいかなぁ……?」

将来への不安なんかはあっても、現状に不満はない。

王様になった自分の姿がまったく想像ができないのは、自分の致命的なまでのクジ運のなさが成せる業だろうか。

王様の生活……どんなんだろう。

広くてキンキラキンな王宮に住んで、毎日のように美味しいものを食べて、美女をはべらして。

大好きな甘いオムレツをいつでも食べるような――

うーん……どうしても、どこかの絵本で見た程度の貧困な発想しかできない。

あ、別に俺は甘いオムレツが好きなわけではないので、あしからず。

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「そうでもない?」

アタル,「ほら、宝くじだって、当たると突然、聞いたこともない親族が増えるっていうだろ?」

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ひよこ,「あ、うん、そういう話あるよねー……うーん……変なトラブルに巻き込まれるのは嫌だよねー。そう言われると、私も、当たってもちょっと困っちゃうかも……」

アタル,「ヒヨは現状に何か不満があるのか?」

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「ううん、私も別に不満なんてないよ」

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「こうやって、アタルくんとお話ししながら、一緒に下校してるのが、私にとっての幸せ、だもん」

アタル,「小学生の頃からずっとなのに、別に今更、どうこう思うことでもないだろ」

そう、小学生の頃からずっとだ。俺はヒヨと同じ学園に進み、同じクラスになり、同じように登下校をしている。

過去最大6クラスあったにも関わらず、10年間、俺と同じクラスになり続けたその確率こそ、昼間のコインの話ではないが、何分の1なのやら。
クラス分けの際、先生もその辺を考慮してくれたのかもしれない。恐るべきは腐れ縁ということか。

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「でも、覚えてないかな? アタルくん、昔、王様になりたいって言ってたんだよ?」

アタル,「俺が? 王様に?」

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「うんうん、ちっちゃい時に。もう10年くらい前かなー」

アタル,「そんなこと言ってたっけ……」

ふと頭上を見上げて、思い返してみる。

王様に……ねぇ。

アタル,「いや、全然覚えてないな……」

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「言ってたよー。『王様になるんだー、なるんだー』って。あの頃のアタルくん、かわいかったなー♪」

アタル,「あの頃って、ヒヨは同い年だろうが。それに、男に対してかわいいってのは褒め言葉じゃないからな?」

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「そう? かわいい男の人がいてもいいと思うけどー」

アタル,「最近はそういう需要もあるみたいだけどさ」

女の子と見紛うほどのかわいい男の子、すなわち男の娘の存在を理解してないヒヨに、そんな話をふるのはともかくだ。

――『王様になりたい』。

自分がそんなことを願っていたことなんてすっかり忘れていたが、子供なら誰でも憧れる夢のひとつだろう。

幼少の頃、絵本のひとつも読んでいれば、なんでも思い通りになる王様になってみたいと思うだろう。

パイロットになりたいだとか、お菓子屋さんになりたいだとか、電車の運転手になりたいだとか。

実際にその職に就くための具体的な方法も知らないのに、漠然と呟く他愛もない夢だ。

まぁ、この国の場合は、その王様になる具体的な方法ってのが、抽選なんだけど。

誰でもなれる可能性がある。

このシステムが用いられるようになって、早200年以上。

こんな一見いいかげんにも思えるシステムだというのに、今までに選ばれた王様のせいで、国が転覆するような事態にはなったことがない。

目立った暴君はなく、世界をどうこうしてやろうという独裁者もなく、大した悪評は聞こえてこない。

王の選別は完全抽選とうたっているものの、『抽選衛星あたりめ』には、王となるべき最良の人間を感知する何かがあるんではないのか。

――なんて、オカルトめいたことが囁かれていたりもするが、真偽は謎だ。

一般庶民には、衛星軌道上にある『あたりめ』の中を確認しにいく術なんてないのだから。

そして、隣り合って歩いていた俺とヒヨは、同じように隣り合っている我が家の前へと到着した。

アタル,「ヒヨ、じゃな」

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「うん、また明日ね」

アタル,「……明日は休みだぞ。おまえは休日まで俺を起こしに来るつもりか」

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「あ、そっか……でも、起こしに行くよー」

アタル,「別に来なくていいって。休みの日まで顔を合わせることもないだろ」

#textbox Khi0180,name
ひよこ,「ダメだよー。アタルくんの顔は毎日見ておかないと心配なの」

アタル,「なんだぃ、そりゃ」

#textbox Khi01A0,name
ひよこ,「だって、アタルくん、目を離したら何するかわからないんだもん」

アタル,「子供の頃じゃないんだからさ……」

そりゃー、子供の頃は多少やんちゃもしたもんだけどさ。

夜な夜な家を抜け出しては、近くの原っぱやら裏山などに探検に行ったりもしてたさ。

その原っぱも今ではすっかり開発されて、小綺麗な緑地公園になってたりもするけど。

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「ふふ、私から見たら、アタルくんなんてお子様なんだよー」

アタル,「同学年だろうがっ! お姉さん面するなっつの。背だって俺より低いくせに」

ぽむぽむとヒヨの頭を優しく叩く。アンテナのように二股に分かれた髪が、ぴょいんぴょいんと踊るように跳ねた。

#textbox Khi0170,name
ひよこ,「むー、昔は私の方が高かったもんー」

俺の攻撃から自分の頭をガードするように両手で抑える。

俺より低いからって嘆くほどのことじゃない。ヒヨの身長は、女の子としてはごく普通だろう。

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「王様が決まるのは明後日だっけ。楽しみだねー」

アタル,「別にそうでもないんだけど……ま、誰がなっても一緒だよ」

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「まったく一緒でもないよ。クラスの友達が王様になってたら、ちょっと面白いよね」

アタル,「……だな。知ってる奴が王様になってたら、飯でも奢ってもらおっか」

ひよこ,「あは、美味しい物食べさせてくれると嬉しいねー」

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「でも、私はアタルくんが王様になったら、一番面白そうだなー、って思ってるんだけどなー?」

アタル,「おいおい……ムリムリ、絶対当たるわけないって。それじゃ、ヒヨ、今日も1日、お疲れさん」

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「それじゃ、また明日ね。あ、夜にご飯届けに行くかもしれないけど。それじゃ、ばいばーい♪」

アタル,「ああ、またな」

手を振るひよこと別れ、俺も家に入った。

その後、ヒヨは夜ご飯に作りすぎたおかずとやらを持ってきてくれたりもしたんだが――
…………

……

アタル,「なんでこんなことになってんだぁーッ!?」

現実逃避とも思しき、先日の回想から帰ってきたらば。

目の前には、戦車があった。

ツインテ,「アタルはそこで見てなさいっ。あたしが勝って、アタルを手にいれるわ」

何を言ってるかわからないと思うが、俺も何が起きてるのかさっぱりわからねぇ。

ボイン,「まぁ……このような戦いでしかアタル様を勝ち取ることができないだなんて……悲しいです~……」

俺の目の前では、ついさっきまで対岸の火事のように思っていた戦争が始まっていた。

#textbox khi0240,name
ひよこ,「戦車をこんな近くで見るなんて初めてだよー……」

俺もそれは初めてだが、そんなことに感激してる場合じゃない。

どうやら、俺を巡っての争いらしい。

一体、何が、どうなっている!?

この子たちは、なんでそこまで俺を!?プロポーズしてきたり、一体なんなの!?

『やめて! 私のために争わないで!』

一生に一度くらい言ってみたいセリフかもしれないが、いざとなると、そんなことを言うのも忘れてしまう。

昨日まで平和だった自分の身の回りが、一転して戦場になっているだなんて、予期できるはずがない。

これは夢だ。

未だ布団の中で、惰眠を貪っている俺が見ている夢だ。

ほら、その証拠に――

むに。

#textbox khi0240,name
ひよこ,「んいいいい!? いはい、いはいぉっ!ほっぺ引っ張んないでよっ!」

アタル,「ほら、俺は痛くない。これは夢だ」

#textbox khi0280,name
ひよこ,「私のほっぺ引っ張ってたら、アタルくんは痛くないに決まってるよぉ、アタルくんのおばかぁ!」

でゅくし。

アタル,「ぃう゛ぁんっ!?」

ヒヨご自慢のチョップが俺の額に刺さった。

ちょっとだけ痛かった。

アタル,「はっ……俺は何を……これは夢じゃなかったのか……」

仮に『必殺! ピヨピヨチョップ』と名づけておこう。

#textbox khi0230,name
ひよこ,「もうっ、びっくりしてるのもわかるけど、しっかりしてよー」

アタル,「お、おう、すまん、しっかりする!」

……

…………

ボイン,「私はもっと穏便に解決したいのですけど~……ふぅ。このような戦いで、アタル様の気を引けるわけでもないでしょうに……」

#textbox kas0120,name
アサリ,「あはー、噂には聞いてましたけど、イスリアのお姫様は血気盛んですねー」

#textbox kas0110,name
アサリ,「でも、売られちゃったケンカは買わないわけにはいきませんよー。聞き分けのない子には、おしおきをしないとですよー」

ボイン,「そうですわね~……アサリさん、準備はできましたか?」

#textbox kas0180,name
アサリ,「はいー、反撃の準備は整いましたよー。最初に手を出した方が負けるのはお約束ですからねー」

…………

……

#textbox ker0110,name
エリ,「姫様、準備整いました」

ツインテ,「さっすがは『疾風のエリス』ね」

#textbox ker0160,name
エリス,「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」

ツインテ,「戦いは先を取ったものが勝利するのよっ!ブリッツ! 先制あるのみぃっ!」

…………

……

キュラキュラキュラとキャタピラが派手な音を鳴らし、女の子の乗った戦車が前進を始める。

戦車に踏みしめられている地面は戦車の重さに耐え切れず、生々しい傷跡を残されていた。

アタル,「お、おーい、ふたりとも、やめっ、やめろ!」

こんな市街地のド真ん中で、何をしでかすつもりだ!まさか本気で、あの主砲をぶっ放すつもりじゃないだろうな!

ツインテ,「アタルー、ちょっと待っててねー。すぐにやっつけて終わらせるからー」

女の子は俺の言葉をどう解釈したのやら、手を振って応える。もちろん、戦車の前進は止まらない。

そんな彼女の左手に握られている、あの小さな筒状の物体は何だ。

俺が映画や漫画で見た限りだと、アレは起爆したり発射したりするためのスイッチじゃないかと思うんだが!

そもそも、あの女の子たちは、なんで俺の名前を知ってるんだ?

突然舞い込んできた数々の謎に混乱するよりも何よりも。

アタル,「まずはアレを止めなくちゃ!」

それが最優先事項だ。

つっても……どうすりゃ止められるんだ。

超能力者でもバケモノでもない俺は、戦車や砲弾を生身で受け止められるようなスーパーパワーは持ち合わせてない。

何の権利や力も持たないごくごく一般人の俺に、彼女たちを止める方法なんて、ありはしないじゃないか。

それでも、俺は。

アタル,「ふたりとも止まれっ! 誰かふたりを止めてくれ!」

呼びかけずにはいられなかった。叫ばずにはいられなかった。

#textbox ksi0180,name
???,「ニッポン国内における、おふたりの戦争行動を禁止するということでよろしいですか?」

アタル,「ああ、そうしてくれ!」

#textbox ksi0180,name
???,「それは王のご命令ということでよろしいですか?」

アタル,「ああ……」

#textbox ksi0180,name
???,「かしこまりました、アタル王」

……え? 誰?

振り返ったそこには、見ず知らずの男。

アタル,「……あ、あの、あんた、は?」

柴田,「申し遅れました。私、ニッポン国政府国王直轄科の役員として、国王直属の執事を申し付けられました、柴田晴清(しばた・はるきよ)と申します」

柴田,「お気軽に、柴田と及び付けください」

ニコッと笑みを浮かべ、柴田と名乗ったその優男は、どこからともなくメガホンを取り出し。

#textbox Ksi0160,name
柴田,「イスリア国王女、ミルフィ・ポム・デリング様――」

ツインテールの偉そうな女の子に声をかけ。

柴田,「クアドラント国王女、セーラ・パトロエル・クアドラント様――」

続けざまに、ナイスバディの女の子にも声をかける。

#textbox Ksi0120,name
柴田,「ニッポン国王による絶対厳命です。ニッポン国内での交戦をただちにお止めください」

柴田,「速やかに停戦を受け入れてもらえぬようでしたら、ニッポン国王に対する反逆とみなし――」

#textbox Ksi0130,name
柴田,「我が国の全軍をもって、それを殲滅せしめることをこの場で警告させていただきます。繰り返し、申し上げます」

アタル,「ちょ、ちょっと! 殲滅とか、俺はそこまでは――」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「落ち着いてください、アタル王。ちょっとしたブラフですので」

アタル,「っぷ」

柴田といったその執事は、清潔な白い手袋に包まれたその指を俺の唇に押し当ててきた。

男にやられて、あまり楽しい仕草じゃなかった。

柴田,「お二方ともどうされました? 速やかに撤退しないと、アタル王との婚約権も破棄させていただきますよ?」

ミルフィ,「ぐ……っ!」

セーラ,「ま、まぁ~……それは困ってしまいます……」

コンヤクケンという聞き慣れない言葉に、女の子たちは明らかに狼狽の反応を示す。

アタル,「……コン、ヤク、ケン?」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「読んで字の如く、婚約する権利ですよ」

読むべき字が想像できなかったから聞いたんだけどね?

アタル,「コンヤク? って、えーと、あの……結婚するとかしないとかってアレ?」

柴田,「ええ、その通りです」

……コンヤクは婚約であるらしい。婚約権。

アタル,「で……誰と?」

柴田,「あちらにおわせる姫君たちと」

彼は上に返した手のひらで、向こうにいる2人の少女を指し示し。

アタル,「誰が?」

柴田,「アタル王、あなたが、です」

そして、同じように、その手で俺を指し示す。

アタル,「ああ、俺が――」

ここで、一拍。

アタル,「こ、婚約ぅッッ!!!!?」

ひよこ,「こんにゃくぅうぅぅぅっ!!?」

蒟蒻芋から作られるヘルシー食品の話はしていない。

#textbox Ksi0150,name
柴田,「そんなに驚かれることですか?」

アタル,「お、驚くよっ! 驚かないわけがないだろっ!」

出会い頭に彼女たちが言った『結婚して』という言葉。

そして、さっきから彼が俺を呼ぶ時、おしまいにつく、馴染みがありながら、現実離れした敬称。

アタル,「もしかして……」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「もしかして、ようやく気づかれましたか?」

柴田,「ニッポン国第6代目国王就任、おめでとうございます。国枝アタル様」

アタル,「え――」

アタル,「えぇええええぇええぇぇぇぇぇッ!」

俺の叫びは、果たしてどこまで届いただろうか。ニッポン中に響き渡ったのではないだろうか。

衛星軌道上の抽選衛星『あたりめ』まで、届いたのではなかろうか。

…………

……

ミルフィ,「何してるのかしら、あそこ」

エリス,「さぁ……何か驚かれているようですが、それはともかく、ミルフィ様、今すぐ軍を撤退させないと不利になってしまいます」

ミルフィ,「う……そうね、振り上げた拳を下ろすのはちょっと格好悪いけど、背に腹は代えられないわ」

ミルフィ,「…………むぅ」

エリス,「……? どうかされましたか、ミルフィ様」

ミルフィ,「……エリ、高くて降りられないから、ちょっと手伝ってよ」

エリス,「キュン……ッ!ミ、ミルフィ様、なんて愛らしい……!」

エリス,「は、はい、では、ミルフィ様、お手を……!」

ミルフィ,「は、離さないでよ! ちゃんと握っておいてね」

エリス,「ああ、ミルフィ様のお手……小さくて、艶やかで……」

ミルフィ,「あの……エリス?」

エリス,「え、ええ、もちろんですとも! 離すものですか!」

ミルフィ,「そ、そう? それならいいんだけど――あッ」

エリス,「あっ」

…………

……

ツインテールの女の子が握っていた筒状のモノが、彼女の手から滑り落ちた。

え、アレって――

筒が落ちてゆく様が、まるでスローモーションのように感じられた。

アタル,「あ」

落下し、戦車の外装に当たり、跳ね返り、地面に落ち――

カチッ

ズッドォオォォォォン!!

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「ひゃわぁっ!」

ミルフィ,「わきゃあっ!?」

エリス,「ミルフィ様っ!?」

セーラ,「ふわぁっ!?」

アサリ,「あーあ、やっちゃいましたねー」

2つの砲塔から放たれた、2発の砲弾は。

正面にいた敵戦車とは、まるであさっての方向へ。

というか――

アタル,「そっち、俺の家ぇぇぇッ!!」

ゴッ

――着弾。

ッパァアァァァンッ!!

――炸裂。

バラバラバラ

――木っ端微塵。

その間は3秒にも満たない時間だったにも関わらず。

その光景はまるでスローモーションのように、俺の網膜に焼き付いた。

よもや、木っ端微塵なんて言葉を、我が家で体現することになるとは、思ってもいなかった。

その場にあったはずの我が家は、見事に吹き飛んだ。

ああ……。

ミルフィ,「……えへ♪」

放心するというのは、こういうことなんだ……。

自分の意志とは別に、俺は膝からガクリと崩れ落ちた。

頭が真っ白になった。

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「アタルくんっ!? 大丈夫っ、アタルくーんっ!?」

ヒヨの声だけが、ただなんとなく、頭の中に響いてた。

…………

……

柴田,「さて、困りましたねぇ。とりあえず、お連れしてしまいましょうか」

ひよこ,「あの……柴田さんは、一体……それに、アタルくんをどうするつもりなんですか?」

柴田,「あなたには関係のないことですよ、ご心配なく――」

柴田,「……おや?」

ひよこ,「……? どうかしたんですか?」

柴田,「……もしかして、この娘から……」

ひよこ,「……?」

柴田,「いえ、コチラの話です……ふむ」

柴田,「――西御門ひよこさん、アタル王が気になるようでしたら、あなたも同乗されてはいかがですか? 悪いようには致しませんよ」

ひよこ,「えっ、は、はい、お願いします!」

ひよこ,「あれぇ……私、自己紹介したかな……?」

…………

……

ブロロロロ……

……

…………

アタル,「……はっ?」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「あ、アタルくん、気がついた?」

家が粉微塵に吹き飛んだ衝撃から、ようやく我に返った俺が目の当たりにしたのは、一軒の屋敷である。

アタル,「ここ……何かで見たことあるような……?」

#textbox Khi0240,name
ひよこ,「す、すごいね……」

俺の隣には、口をあんぐりと開けたヒヨもいる。

多分、俺も彼女と同じような顔をしているに違いない。

いかんいかん、口は閉じよう。アホに見られる。

しかし、俺の頭は思考停止したままだった。

王様? 俺が? そんな、まさか、ありえない。

柴田,「さ、アタル王。こちらです」

アタル,「え……あの……はい……」

ただ、流されるまま。

導かれるまま、俺はこの屋敷の中へと進んでゆく。

…………

……

実家の数倍は幅のある廊下を歩く。

土足でいいのか。畳文化のニッポン人には信じられん。

しかも、足元はふかふかだ。雲の上を歩いたら、こんな風な感じなのかな、なんて思う。

…………

……

案内された先は、また大きな部屋だった。

柴田,「改めて、自己紹介をさせていただきましょう。私はニッポン国政府所属の執事、柴田と申します」

アタル,「えーと……政府の方が、俺たちに何の用ですか?」

柴田,「おや、この状況でも、まだ理解できていない……いえ、まぁ、仕方のないことなのでしょうね。では、説明させていただきます、アタル王」

柴田,「おめでとうございます、国枝アタル様」

柴田,「あなた様はニッポン国民1億2487万8561人の中から、厳正なる抽選の結果、めでたく第6代ニッポン国王に当選なさいました」

アタル,「お、俺が……!?」

ひよこ,「アタルくんが?」

柴田,「おや、どうかされたんですか? ニッポンの国民ならば、誰にも等しくあり得るチャンスだったのですから」

アタル,「そ、そんなわけないですよ! 俺、昔っからずっとアンラッキーで、そんな天文学みたいな数字の確率に当たるなんて……」

アタル,「50%の確率にだって、ろくに当たったことないんですよ? そんな1億分の1に当たるとか……」

柴田,「ふーむ……」

柴田,「あくまで確率であって、当たる時は当たる、ハズれる時はハズれる、ただそれだけのことなのですが」

柴田,「ですが、このようには考えられませんか。アタル様はこの抽選に当選するため、今まで『当たり』を貯め続けてきた、と」

アタル,「そんな馬鹿な……」

柴田,「『50%にはずれ続ける』というのは、『50%に当たり続ける』というのと同じ確率です」

柴田,「『運は誰もが等しい量を所持している』という話もありますからね」

柴田,「アタル様は意図的にハズレを引き続け、そして、今、このタイミングで貯めてきた『当たり』を引いた」

柴田,「今までに王になられた方は、そのようなことも不思議ではないくらい、どこか不思議な『何か』を持つ方々ばかりでした」

柴田,「皆さん、ただの運だけで王になったわけではない。1億分の1という確率を引くというのは、ただの偶然だけで為せる業ではないのです」

柴田,「その『何か』を持たない人物は、仮に1億回抽選を行ったところで王にはなれないし、なれる方はなれてしまう……そういうものなのですよ」

アタル,「そういうものですか」

そう言われてしまっては、如何とも返し難い。

柴田,「そんなアタル様へ、プレゼントがございます」

アタル,「プレゼント?」

そういって彼は、俺にひとつの箱を手渡す。

中に入っていたのは――

アタル,「……ケータイ?」

金に輝く携帯電話。決して趣味がいいとはいえない。

柴田,「これが王の証であるケータイ電話『CROWN』です」

アタル,「くらうん……」

『王冠』の名を冠したケータイ電話を手にする。

見かけよりもズシリと重く感じたのは、このケータイの材質のせいだろうか。もしくは、課せられた責が重さを感じさせているのか。

どんどん軽量・小型化の進んでいる現代に見事な反発だ。

柴田,「様々な用途に利用できますが、アタル様以外には使用できません。その使い方に関しては、おいおい」

柴田,「GPSや、ネット、アプリ、プリペイドなど、一般のケータイ電話ができることは全て搭載されています。電話番号も今までのアタル様の番号へと書き換え済みです」

アタル,「ちょ、ちょっと待ってよ!?俺は王様になるのがもう決まったことみたいに――」

柴田,「当然、決まったことですよ」

アタル,「いやいやいや! 俺はそんな器じゃないって!」

一介の学生でしかない俺が、王様になるだとか!

できることなら、王の座を辞退しようとさえ思った。

柴田,「ふーむ……それは困りましたね」

柴田,「このニッポンに住んでいらしてる以上、拒否する権利はありません」

アタル,「え」

柴田,「とはいえ、大丈夫ですよ、最初は皆さん、アタル様と同じような顔をしていますけど、いざなってしまえば、大変楽しまれているそうですから」

アタル,「それは……経験談?」

柴田,「いえ、まさか。人づてに聞いた話です。私、そんな歳を召しているいるように見えますか?」

アタル,「いや……いってても、20代後半くらいだと思うけど……」

柴田,「年齢に関しては、ノーコメントとさせていただきますが」

柴田,「なお、即位を拒否なされた場合、アタル様は今後、幽閉生活を送ることになります」

アタル,「ゆ、幽閉……?」

柴田,「古風な言い方をすれば、島流し、というやつですかね。さほど不自由はしませんが、様々な制限をかけられることとなります」

アタル,「島流しっすか……なんでそんな……」

あまり楽しい響きではなかった。

柴田,「法で定められているから、としか申し上げられませんね」

実質、拒否権なんかないみたいなものじゃないか。

そんな俺と柴田さんとのやり取りを、ヒヨは延々ポカンと口を開けたまま、聞いていた。

ちょっとアホの子っぽかった。

アタル,「まぁ、いいや。わかった、わかりましたよ。それで、今いるここはどこ?」

柴田,「王にふさわしい場所へとご案内いたしました。これからはこの王宮が、アタル様の家となります」

アタル,「これが……家!?」

柴田,「はい、代々、王が使用している邸宅です。建物だけでなく、ここ一帯周辺全ての敷地――」

柴田,「だいたいドーム球場3つ分ほどありますが、その全てが王の座についている限り、アタル様のものです」

アタル,「ここが……家……!」

いや、圧倒されるよりも先に、まだ確認しなきゃいけないことは山ほどある。

アタル,「――ちょ、ちょっ、勝手に進められても……父さんと母さんは俺が国王になったことは知ってるのか?」

単身赴任中だった親父のもとに、母親は向かっている。

ここ数ヶ月、我が家は両親が不在。だからこそ、ヒヨがウチの合鍵を持ってたりするわけだが。

不在の間に、家が吹っ飛ばされただなんて聞いたら――

柴田,「もちろんです。海外にある別邸にご案内しまして、今はそちらで過ごしていらっしゃいます」

アタル,「ホッ……そうだったのか……なんだよ、父さんも母さんも、俺に連絡のひとつくらい寄こしてくれてもいいだろうに」

柴田,「もちろん、ご両親ともアタル王に連絡を取りたがっていましたよ。ですが、情報規制というものがありましてね。その点はご容赦ください」

そっか、両親が健在ならば、安心した。

ちょっとばかし頭が悪い両親だと思うが、アレでも俺を産み、育ててくれた親だからな。

――俺の両親が結婚してから数年、ようやくできた俺。

夜の夫婦生活もそれなりに頑張っていたにも関わらず、なかなか当たらなかったらしく。

何年もかけてようやく命中したため、男として生まれた俺に『アタル』って名前をつけたらしい。

小学生の時に『自分の名前の由来を調べてくる』という宿題を出され、父親からそんな話を聞かされた。

当時の俺はもちろん、その深い意味がわからないまま、作文をしたため、クラスメイトたちの前で読み上げた。

その時、クラスメイトたちは俺の名前の持つ深い意味はわからなかったようだが、新任の先生が顔を真っ赤にしていた理由が、ほんの数年前になってようやく理解できた。

今じゃ立派な黒歴史だ。

馬鹿正直に息子の宿題に、その逸話を教えたウチの両親はバカなのか。もうちょっとそれっぽい話を捏造したってよかっただろ!

……俺の名前の逸話は、どうでもいい。

そんなバカでも親は親。何にしても無事なら一安心だ。

そんな両親の代わり、俺の身の回りの世話を見てくれていたのが、隣の家に住む、幼なじみのヒヨなわけだが。

……ヒヨの家の隣にあった俺の家は、つい今さっき、無慈悲な砲弾によって消し飛んだんだけど。

ミルフィ,「はぁ……結構遠いのねー。でも、まあまあな家じゃない」

そんな呟きと共に、このリビングへと入ってたのは、俺の家を戦車砲で吹き飛ばしてくれたツインテールの少女。

エリス,「そうですね、ミルフィ様の第三邸宅に匹敵するほどだと思われます」

そして、彼女の傍に仕える眼帯をした軍人風の女性が恭しく現れる。

その悪びれた様子のない彼女たちの後に続いて。

セーラ,「わ~、素敵なお住まいですね~♪」

間延びした口調の、セクシャルなドレスを身に纏う少女。

アサリ,「大変ご立派ですよねー。羨ましいですー」

そして、その後ろに続く、長い黒髪とセーラー服、ネコミミ&ネコシッポの…………なにあれ?

柴田,「アタル王?」

アタル,「あ、えーと……なんでしたっけ」

柴田,「つまり、今後、アタル王にはこの屋敷――王宮で生活していただくことになります」

柴田,「何も不自由はありません、いえ、させませんので、ご安心ください」

柴田,「あ、それと、先程ミルフィ様が、アタル王の実家を倒壊させた件についてですが」

ミルフィ,「ぎくっ?」

柴田,「倒壊する前に、アタル王のプライベートなモノは全て運び出してあります。何ひとつとして傷はついてませんので、ご安心ください」

ミルフィ,「ほっ……な、なーんだ、そうだったのね。良かったじゃない、アタルっ」

ポンポンと俺の背を叩くツインテールの少女。

その態度は妙に俺の神経を逆撫した。

アタル,「いいわけあるかぁっ!!?」

ミルフィ,「ひゃっ!? だ、だって、別にアタルの物はなんともなかったんでしょ? それだったら、問題ないじゃない!」

アタル,「いろいろ大問題だよっ!思い出やら何やらが一瞬で消し飛んだよ!」

アタル,「だいたい、オマエ、誰だぁッ!」

ミルフィ,「オマエって何よっ! あたしはあたし!」

ミルフィ,「イスリア王国第一王女、ミルフィ・ポム・デリングよ!」

アタル,「イス……リア……? ミルフィ……?」

イスリア王国。聞き覚えのある名前だ。

ミルフィ,「って、何よ、その顔……。柴田。まだあたしたちの説明してないの?」

柴田,「失礼しました。自己紹介はご本人様の口から、お任せしようと思っておりまして」

ミルフィ,「あ、そう。じゃあ、改めて、もう1回」

ミルフィ,「あたしはミルフィ。ミルフィ・ポム・デリング!気軽に『ミルフィ様♪』って、ステディな仲っぽく呼んでくれていいわよ」

アタル,「ステディな仲は、そう呼ばないよな!?」

セーラ,「あ~、ミルフィさん、ずるいです~。私も自己紹介させてくださ~い」

奥に控えていたもうひとりの女性が、たふんたふんと豊かな胸元を揺らしながら駆けてくる。

セーラ,「初めまして、アタル様。クアドラント王国第一王女、セーラ・パトロエル・クアドラントと申します」

こっちのちまっこい女の子がミルフィ……さん。こっちのボリュームと露出の多めなのが、セーラさん。

アタル,「えーと……国枝アタルです。よろしく……」

一体、何をよろしくするんだか。

柴田,「さて、アタル王には、おふたりの姫のどちらかを后に選んでいただきます」

アタル,「ふぅん……キサキ……」

キサキってなんだっけ、と思いつつ、柴田さんの言葉を反芻して。

『きさき』が『后』という言葉に変換され。

アタル,「き、后っ!? って、そ、それって!?」

事の重大さに気づいた。

ひよこ,「そ、それって、アタルくんのお嫁さんってこと!?」

柴田,「平たく言うと、そういうことになりますね」

柴田,「アタル様の王としての初仕事は、婚約者を決定することです」

アタル,「そ、そんなことが、最初の仕事なの!?」

柴田,「そんなこと、とは、随分と甘く見られたものです。諸外国との友好関係を強固なものにする……ニッポン国王としての大切なお仕事です」

アタル,「……俺の意志はどうなるの?」

柴田,「アタル王は焦がれている方がいらっしゃるのですか?もしくは、将来を決めた恋人がいらっしゃるとか」

アタル,「いや、特定の誰かいるってわけじゃないけど……」

ひよこ,「不特定の誰かがいるの?」

アタル,「いない! 特定も不特定もいないよ!」

柴田,「ですよね。『あたりめ』がアタル王を選択した以上、そのような不具合があるはずがありません」

柴田,「といったわけで、王にはこちらにおわすミルフィ様か、セーラ様のおふたりのどちらかを后として選んでいただきます」

ミルフィ,「えへっ」

セーラ,「うふふっ」

柴田,「もちろん、今すぐとは申し上げません。后を決めるまでの1ヶ月間、王はこの王宮でひとつ屋根の下、姫様たちと同じ時間を過ごしていただきます」

アタル,「えぇえぇっ!? こ、この子、あ、いや、お姫様たちと、暮らすんですか!?」

セーラ,「まぁ、姫様だなんて、畏まらなくて結構ですよ?アタル様は、ニッポンの王様なんですから~」

柴田,「もちろん、1ヶ月になる前に決めていただいても構いません。むしろ、早ければ早いほどいいですね。今すぐ、第一印象で決定していただいても結構ですが」

アタル,「いや、さすがにそれは……」

結婚って、一生の問題だろ……?

ましてや、国のことを左右するっていうのに、そんなお手軽スナック感覚で選べるもんか。コンビニでお菓子を選ぶのとはワケが違うんだぞ。
柴田,「それと――アタル王、あなたは今やこのニッポンのトップたる王なのです。もっと威厳ある態度をとってくださいね」

ミルフィ,「そうよ、アタル。もっとしゃんとしてよね! あたしの夫となる以上、そんな頼りないようじゃ困るの!」

アタル,「そ、そうは言うけど、俺でいいの!?2人と俺は初対面だよ!?」

ミルフィ,「あたしの野望のためには、あんたと結婚しなきゃいけないの」

アタル,「……は?」

エリス,「――ミルフィ様」

ミルフィ,「……あ、い、いえいえ、なんでもありませんのよ。アタル様、お慕い申し上げオリマース、ヲホホホホホ」

セーラ,「実は私は初対面ではないんですよ~?」

アタル,「え? 会ったことある?」

セーラ,「数日前より、ニッポン政府より送られてきたアタル様の動画やお写真を拝見しておりました」

アタル,「それって、ずいぶん一方的な……っつーか、会った内に入るの? それ、ねぇっ? しかも、動画っ!? 写真っ!? いつの間にそんなの撮られてたの!?」

ツッコミどころが満載過ぎて、ツッコミが追いつかない!

柴田,「実を申し上げますと、王ご自身に連絡が行ったのは今朝ですが、アタル王が王になることが決定していたのは数日前でして」

アタル,「え……そうだったの……?」

柴田,「その際、后候補には事前に連絡が行っておりまして、密かに日常を撮影していた素材を、全て后候補の方に送らせていただいております」

アタル,「盗撮っていうよね、それ!?肖像権の侵害とかじゃないの、それっ!」

柴田,「いえ、ご両親から許可をいただき、写真の提供をしてもらってますし」

アタル,「いつの間にッ!?」

柴田,「多少の侵害行為も、国の一大行事の前では些細なことですよ、ハハハ」

アタル,「笑ってなんでも済まされると思うなよ!?」

アタル,「つーか、セーラさん!? 動画とか写真なんて会った内に入らないでしょッ!? 実物を見て、ガッカリしたでしょ? 俺なんてこんなんですよ?」

セーラ,「そんなことありません!アタル様……私は貴方に一目惚れしてしまいました~」

セーラ,「ずっと恋焦がれていた貴方にお会いしたことで、私の心の炎は今まで以上に燃え盛り……ああ……今にも燃え尽きてしまいそうです~」

アタル,「え、あの、ちょっと、その、ちか、近いっ!」

熱い吐息を漏らし、潤んだ瞳で俺を見つめながら、セーラさんは寄り添ってくる。

豊かな胸元の谷間が! 肌色のグランドキャニオンが!

ミルフィ,「あっ、こら、ずるいっ! スキンシップで、好感度上げるんじゃないのっ!」

エリス,「む……世界各国の姫君の中でも屈指の美貌を持つセーラ様が、ミルフィ様の相手とは……」

エリス,「極めて幼児体型のミルフィ様には到底勝ち目など……だがしかし、ミルフィ様はそれだからこそ持ち帰って抱きしめたいほど可愛らしいわけですが! ハァハァ……」

ミルフィ,「ん? エリ? なんか言った?」

エリス,「いえ、何も申しておりません、ミルフィ様」

ミルフィ,「そう? それならいいけど」

アタル,「えーと……それで後ろの人は? 軍人さん?」

明らかにカタギではないその格好。腰に指しているサーベルとピストルがあまりにも印象的だ。

エリス,「ご挨拶が遅れました、アタル王。自分はイスリア王国所属王族護衛特務科エリス・ラスコヴァン中尉です」

エリス,「幼少の頃より、ミルフィ様のお付きをしております。アタル王、以後、お見知りおきを」

アタル,「ああ、なるほど、付き人」

お姫様ともなれば、そういう人の1人や2人いてもおかしくない。

エリス,「愛しいミルフィ様のためなら、陸を駆け、空を飛び、海を泳ぎ、命すらをも投げ出す所存です」

別にそんなことまでは聞いてなかった。

しかも、しれっと空を飛ぶとか行った。この人は飛行形態に変形できるんだろうか。

ミルフィ,「ってわけで、あたしたちははるばるイスリアから来たんだから、よろしくしなさい」

アタル,「え……あ、はぁ……よろしくお願いします」

セーラ,「まぁ、ミルフィさんばかりズルいです~。私も自己紹介させてくださいな」

セーラ,「私はクアドラント王国の第一王女、セーラ・パトロエル・クアドラントと申します。よろしくお願いします、アタル様」

アタル,「あ、その……はじめまして」

セーラ,「はい♪ お気軽に、セーラとお呼びくださいませ」

セーラ,「では、私のお付きを……アサリさん?」

アサリ,「えー、アサリも紹介しますかー」

セーラ,「もちろんです。さ、どうぞ」

アサリ,「アサリはセーラ様にお仕えしてるアサリですよー。お気軽に『アサリ様ー』と呼んでいただいて結構ですよー」

アタル,「はい、わかりました。アサリ……あれ? 様?」

アサリ,「はい、アサリ様ですー。『絶対神』でも『唯一神』でも結構ですよー」

ニコニコと笑顔を絶やさぬまま、復唱するアサリ様。

あ、いやいや、冗談だよな?

アタル,「アサリさん?」

アサリ,「~♪」

アタル,「あの……アサリ、さん?」

アサリ,「んー、あのツボはとてもいい物ですねー」

アタル,「……アサリ様」

アサリ,「はいー、なんでしょー、アタルさんー」

様式美であり、形式美だった。

アタル,「あ、いえ、なんでもないっす。呼んでみただけっす」

まさか、今後も本当に様付けで呼ばないと返事しないとか……ないよな?

アタル,「それで、2人はなんで俺の家に特攻してきたのさ?」

ミルフィ,「上空からパラシュートで降下してきたのよ。ちょっと高かったけど、いい眺めだったわよー」

エリス,「ミルフィ様のサポートは、自分が務めさせていただきました」

セーラ,「あら、私もですよ~? 急いで飛行機に乗りまして――どういう流れでしたっけ、アサリさん」

アサリ,「飛行機に乗ってー、ニッポン駐留艦隊に合流してー、艦砲射撃でここまで飛ばしてもらったですよー」

アタル,「射撃!? 人間大砲!?」

アサリ,「もちろん、セーラ様の着地の安全は、このアサリが全力でフォローしたですよー」

アタル,「どうやって!?」

アサリ,「それは、こう、ちょちょいと上手く?」

どうちょちょいとやれば、艦砲射撃からうまく着地できるのかがさっぱりわからん。

否、今、聞きたいのは具体的な方法ではなく。

アタル,「……どうしてふたりはそんなに慌ててやってきたのかなーってことなんだけど……」

ずいっ!

ミルフィ,「あたしは一番が好きなの。競争相手に負けるわけにはいかないじゃない?」

ずいずいっ!

セーラ,「私は一刻も早く、アタル様にお会いしたかったからに他なりません」

ふたりはじわりじわりと、俺の方に距離を詰めてくる。

ミルフィ,「アタル、あたしを選ばないの? ここまでして来たんだから、よもやあたしとの結婚が嫌なんていわないよね?」

セーラ,「もう、ミルフィさん、ダメですよ、そんな言い方をなさっては。アタル様、お会いできたのも何かの縁。私と契りを結んでいただければと思います~」

アタル,「ち、契りって、ちょっと待……し、柴田さん!?どうにかならないの、これ!?」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「申し訳ありませんが、ミルフィ様、セーラ様。アタル王が困惑されておりますので、少々お静かに」

ひよこ,「そ、そうですよっ。アタルくん、困ってるじゃないですかっ」

アサリ,「ところで、さっきから気になっているんですけどー、そちらの女の子は誰ですー?」

ひよこ,「え、わ、私? あの、私はアタルくんの幼なじみで」

ミルフィ,「つまり、関係のない部外者なのよね? なんでここにいるの?」

ひよこ,「え、あ、そのー……な、なんでかな? 柴田さん」

柴田,「極めて私の独断なのですが、アタル王の身の回りの世話は、西御門様にお願いしようと思いまして」

セーラ,「つまり、アタル様のメイドさん、ということでしょうか~?」

柴田,「端的にいうと、そうですね。そういうことなります」

アタル,「はぁっ!? いや、俺、そんなこと一言――」

ネミにミミズだ!

ん? ――違う、寝耳に水だ!

しかし、柴田さんは俺が叫ぶよりも早く、俺の唇に白い手袋に包まれた人差し指を当てる。

柴田,「アタル王、先程、申しましたよね?」

パチリとウインク。自分に男色のケはない。アイコンタクトを送られても、ゾッとするだけである。

とはいえ、ここで知らない、彼女は無関係だのなんだの言ったら、場が混乱するだけか。

アタル,「う、うん……まぁ……そういうわけなんだ……けど」

よもや『ドキッ!? 幼なじみはメイドさん!?』なんて展開になるとは思いもしなかった。

アタル,「そういうわけなんで、ヒヨ、みんなに自己紹介を……」

どういうわけなんだか。

ひよこ,「え? えっと、アタルくんの幼なじみで、その……メイドさん?の、西御門ひよこです。よろしくお願いします」

そして、この状況を納得したのか、ヒヨは深々と姫様たちに頭を下げる。

納得したのか。順応してるのか。物分りがよすぎるというのも心配になるぞ、ヒヨ。

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ひよこ,「えーっと、私、今までずっとアタルくんのお世話をしてたから、いろいろお役に立てると思います」

ミルフィ,「ふぅん、じゃ、あたしたちとアタルを巡って勝負する、ってわけじゃないのね?」

ひよこ,「えっ!? う、うん、私はその、お姫様たちとは身分が違いますし!」

ひよこ,「それに、そのっ、アタルくんのお嫁さんになるとか、そんな、別に、私は、その、ただの、幼なじみだし……ね? アタルくんっ」

アタル,「え、うん、まぁ……そうだな」

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ひよこ,「あははー……そういうわけなんでー……」

ミルフィ,「――そう、それなら別にいいわ。まぁ、相手が何人いたとしても、あたしが一番魅力的なのはいうまでもないと思うけどねー」

エリス,「その根拠に乏しいのに、あまりにも絶対的な自信……さすがです、ミルフィ様」

ミルフィ,「ん? エリ、何か言った?」

エリス,「いえ、何も申しておりません」

ミルフィ,「ま、そういうことなら、よろしくね。えーと、ひよこ、だっけ?」

ひよこ,「うん」

ミルフィ,「なら、ぴよぴよって呼ばせてもらうわね」

ひよこ,「ぴよぴよ?」

ミルフィ,「ひよこってニッポン語で、鶏の雛のことでしょ?メイドの雛のぴよぴよにはお似合いだと思うけど」

アタル,「……え……? それだったら『ひよこ』のままでいいんじゃ――」

エリス,「さすがはミルフィ様。素晴らしきネーミングセンスをお持ちで」

俺の言いかけた言葉は、お供の人の賛辞にかき消されてしまった。

ひよこ,「ぴよぴよ……」

アタル,「ヒヨ、気に入らなかったら、怒ってもいいんだぞ?」

ひよこ,「わ、そう呼ばれるのは初めてかもっ。すっごくかわいい! ありがとう、ミルフィさんっ」

あ、それでいいんだ……本人、喜んじゃうんだ。

ミルフィ,「そう? そこまで喜ばれるとは思わなかったけど、気に入ってもらえたならOKね」

セーラ,「私もすごくかわいいと思いますよ~♪」

セーラ,「何かとご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、よろしくお願いしますね、ひよこさん」

セーラさんはごく普通に『ひよこさん』と呼ぶ。

ひよこ,「は、はい、こちらこそっ」

女の子同士、ヒヨは2人の姫様と片手ずつ握手。

ひよこ,「良かったね、アタルくん。こんな綺麗なお姫様たちと仲良くなれるなんて、羨ましいなぁ」

アタル,「何いってんだ、ヒヨだって仲良さそうじゃないか。大体、俺は――」

こんな方法で、自分の生涯の伴侶を決めるとか――

おかしいよなぁ……?おかしいと思ってる俺は、間違ってないよなぁ……?

……

…………

柴田,「――ふむ」

ん?

柴田,「――では、お互いの自己紹介も済んだようですので、皆様のお部屋にご案内しますね」

ミルフィ,「よろしくお願いするわ」

柴田さんに案内され、俺たちは王宮内を巡る。

見慣れないこの風景は、ちょっとした探検気分だ。

RPGで、王様への謁見を許された勇者の気分って、こんな感じなのかもしれない。

もっとも、今の俺こそがニッポンの王様らしいけど……まったく実感沸かないなぁ。

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柴田,「こちらがアタル王の私室となります」

アタル,「っ……!」

招待された部屋に入った瞬間、俺は声をなくした。

元居た部屋の何倍の広さだろう。確実に、元居た家のリビングよりも広い。

……これって、逆に落ち着かない、かも。

アタル,「へぇ……」

実感に乏しいながらも、部屋の片隅を見ると、そこには見覚えのある物が積まれていた。

アタル,「あ、これって」

柴田,「はい、ご実家が倒壊する前に、アタル王の部屋から持ち出したものです。おそらく、何一つぬかりなく揃っている物と思われますが」

自分の部屋にあった机、タンス、本棚、本棚に詰められていた蔵書の数々、壁にかかっていたポスターやタペストリーまで。

アタル,「へぇ……ありが」

お礼を言いかけたところで、言葉が止まる。

確かにこの山の中には、実家の部屋にあったものが全てありそうだった。

だけど、何ひとつ、とまで言われてしまうと。

思春期男子の部屋には必ず、確実にひとつやふたつ、ともすれば10や20置かれているものがあるわけで。

それを誰かに見られたと思うと、すっごい恥ずかしいんですが! 俺の性癖がバレてるんじゃないのか!

なんて思っていると、積んである書物の山の中に、確実にベッドの下に隠していたはずの本が見受けられた。

マズい! こんな物が彼女たちの目に触れたりしようものなら……!

セーラ,「まぁ、これがアタル様のお部屋ですのね♪どれどれ~……」

アタル,「セ、セーラさんっ! だめ!これ以上は近づいちゃ駄目!」

セーラ,「あら……ごめんなさい~……」

しょぼんとセーラさんは肩を落とす。

怒鳴りつけて悪いことをしてしまったかと思う。

アサリ,「そーですよー、セーラ様ー。あそこには男性の聖域、漲る欲望の塊があるのですよー」

アタル,「ちょっ!?」

アサリ,「女性は踏み入ることの許されない不可侵領域……そっとしておいてあげましょー」

セーラ,「はぁ……よくわからないですけど、そういうことでしたら……」

アタル,「……わからなくて結構です……」

こんな(露出は激しいけど)貞淑そうなお姫様に、エロ本なんて見せられるものかよ!

アタル,「し、柴田さん、セーラさんとミルフィさんを部屋に案内してあげて! 俺は自分の部屋を整頓するから! ね!」

柴田,「かしこまりました。では、ミルフィ様、セーラ様、行きましょう」

柴田,「では、アタル王、ご案内が終わるまでに片付けておいてくださいませ、ふふ」

アタル,「はーい……」

確実に何かを察してくれている柴田さんは、姫様やお付きの人たちを引き連れ、新たな俺の部屋を後にした。

…………

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ひよこ,「あ、もしもし、お母さん? うん、私、私。うん、全然大丈夫だったよー、ごめんねー」

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ひよこ,「うん、うん、そうそう……あははっ、もう、やだなぁ。そういうわけじゃないけど……そう、そうそう、うん、そういうわけで、私、アタルくんのメイドさんにね」

ひよこ,「そうそう、あのメイドさん。うん、うん……あ、本当? ありがとー。うん、そういうわけだから、今晩はお屋敷にお泊りするけど、うん、うんっ」

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ひよこ,「はい。はーい、ちゃんと戸締りしてねー。それじゃ、また電話するねー、はい、はーいっ」

…………

さて。

この荷物たち、そして、本をどうしたもんかな。

整頓するいい機会ではあるけれど。

その手の本とかDVDは、どこか目立たないところに隠すとして……。

この部屋だと……うーん、逆に広すぎて、隠し辛いな。

思い切って捨ててしまうのがいいんだろうけど……。

『プリンセスパラダイス』の4月号と、『メイド倶楽部』の5月号は、どっちも神号で捨てるには惜しいんだよなぁ……。
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ひよこ,「アタルくん、お手伝いしよっか?」

アタル,「ああ……うーん……」

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ひよこ,「あれ? あの……アタルくん?私は何すればいいかなー」

アタル,「そうだな、何……って、いたーっ!?」

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ひよこ,「わっ!? なにっ!? 私いたよっ!?」

アタル,「ヒ、ヒヨ、柴田さんについていったんじゃなかったのかよ!?」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「え、だって、お姫様たちだけって言ってたから、私はアタルくんを手伝おうかなーって思って」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「それに私、アタルくんのメイドさんなんでしょ?」

アタル,「いや、メイドになるっていうのはあの場限りの嘘だろ。本気にするなよっ?」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「えっ、そうだったんだ。私、てっきり本気だと思ってたよ」

アタル,「本気にするのかよ!? 嫌だろ、メイドなんて!」

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ひよこ,「そうかな? メイドさんって面白そうじゃない?」

アタル,「……面白そうかなぁ?」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「だって、かわいいお洋服を着て『おかえりなさいませ、御主人様ーっ』ってやるんだよね?」

アタル,「その知識にはわりと偏りがあるような気がしなくもないけど……」

それは明らかに、巷のメイド喫茶だな。

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「それに私、家事好きだもん。あははっ、今までとあんまり変わらないかもね」

言われてみれば、そうかもしれない。

確かに今までも、なんだかんだで、ヒヨに面倒をみてもらっちゃっている。

ヒヨのお母さんに『ひよこは、アタルくんのメイドさんみたいだねー』と、言われたこともあったっけな。

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ひよこ,「それにお母さんにも『私、アタルくんのメイドさんになるねー』って電話しちゃったし」

アタル,「はぁ!? いつの間に!?」

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ひよこ,「つい今さっきだよ? お母さんも『頑張りなさいねー』って言ってくれたよ」

アタル,「親あってこの子ありだな! 許可すんなよ!」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「あ、それとアタルくんの新しいお家にお泊りするって、お母さんに言っちゃったけど……」

アタル,「ちょっと待て!?それ凄まじい語弊を産んでないかっ!?」

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ひよこ,「そうかな? お母さん、『頑張りなさいねー』って言ってくれたけど」

アタル,「そっちも『頑張りなさいねー』なんだ!?ヒヨのお母さん、それしか言わないBOTか何か!?」

いや、もしかして前と後ろの『頑張りなさいねー』は意味が違うんじゃないか!?

後の『頑張りなさい』には性的な意味が含まれているような! い、いやいや、まさか愛娘を、そんな元気よく送り出すなんて――

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ひよこ,「あっ、『家族計画はちゃんとしなさいね♪』って、言われたから、とりあえず返事しちゃったんだけど、どういう意味かなぁ? アタルくん、わかる?」

アタル,「寛容すぎんだろーーーッッッ!!!」

そんな貞操観念の危うい幼なじみメイドとともに、俺は新たな自分の部屋を片付け始めるのであった。

だが、その前に。

アタル,「あー、ごめん、5分だけ、外に出ててくれないか?」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「ぅん? よくわかんないけど、わかったよ」

……もちろん、ピュアなヒヨには刺激が強すぎる代物を隠蔽するためである。

…………

……

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ひよこ,「ふぅっ、片付いたねーっ、こんな綺麗な部屋、羨ましいなー」

アタル,「いや、どうだろ……広すぎて、逆に落ち着かなそうだ……」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「そうかなー……うーん、そうかもね。確かに1人じゃ広すぎるかも……」

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ひよこ,「それなら、私も一緒にこの部屋に住もうかなっ」

アタル,「ぅえっ!?」

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ひよこ,「だって、アタルくん、この部屋、広すぎるんじゃないの?」

アタル,「い、いや、まぁ、確かに広いけど!」

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ひよこ,「私の荷物、そんなにないから、きっと邪魔にならないと思うよー」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「それにベッドもあんなに大きいんだもん。ふたりだって寝れるよー」

ヒヨは無邪気に笑う。

女の子たちと一つ屋根の下で暮らし始めるだけで困惑してるってのに、さらにヒヨと同室だなんて問題ありだろ。ありありだろ。問題しかないだろ。

しかも、親御さん公認で煽ってるし……当の本人は、そんなこと、思ってもいないんだろうけどさ。

……俺はこんな早くから、人生の転換期を迎えたくはない。

だいたい、ヒヨは単なる幼なじみだ。

ミルフィ,「うん、なかなかいい部屋だったじゃない」

エリス,「さようでございますね」

エリス,「嗚呼、今晩から、自分はミルフィ様と同じ部屋で寝泊り……!」

ミルフィ,「ん? エリ、何か言った?」

エリス,「いえ、何も申しておりません」

セーラ,「まぁ、アタル様のお部屋、綺麗になりましたね~」

アサリ,「ですねー、爪の研ぎ甲斐がありますー」

アタル,「いやいや、研がないでください…………爪?」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「ご満足いただけて、嬉しい限りです。では、今後、皆様はそれぞれの部屋で生活していただき――」

アタル,「あ、それなんですけど、柴田さん。ヒヨの部屋ってどうなってるんですか?」

#textbox Ksi0160,name
柴田,「ひよこさんの部屋ですか?」

アタル,「まさか、俺と同じ部屋ってことはないですよね……?」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「はは、いえいえ、まさか。ひよこさんはご自宅から通っていただくことになります」

ひよこ,「えっ……」

柴田,「もちろん、自宅までの送迎はさせていただきますよ。ご安心ください」

ひよこ,「あ……そうなんですか……ありがとうございます」

礼を告げつつも、ヒヨは肩を落としていた。

アタル,「あ、あの、柴田さん、その件なんですけど……」

柴田,「はい、何か?」

アタル,「ヒヨの部屋を手配してやってくれませんか」

ひよこ,「アタルくん……」

アタル,「い、いや、別にヒヨのためじゃないんですけど! えっと、離れてたら、いざ用がある時に困るじゃないですか」

柴田,「ふむ……それもそうですね。王のご命令とあらば、致し方ありません。空室はたくさんありますし、ひよこさんの部屋もご用意いたしましょう」

柴田,「では、空室を……ひよこさん、こちらへ」

ひよこ,「はーい。ありがとう、アタルくんっ」

アタル,「だから、別にヒヨのためじゃないって。メイドとして頑張って働いてもらうためだからな」

ひよこ,「うんうん、私、頑張るよっ」

足取り軽く、スキップでヒヨは柴田さんについていった。

ちなみに、スキップはちょっと調子外れで、うまくできていなかった。

家庭的なんだけど、リズム感は乏しいんだよな、ヒヨ。

ミルフィ,「ちょっと、ちょっと! アタル、どういうことよっ!ぴよぴよになんでそんな特別待遇してるわけっ!?」

アタル,「えっ? いや、別に特別待遇とかそんなつもりはないんだけど……」

メイドって普通、屋敷で暮らしている印象があったし。

これだけ広い家なんだ、ヒヨのひとりやふたり、増えたところでどうということはなかっただろうし。

それに……。

あんな嬉しそうに話していたヒヨが、いきなり落ち込むところを見ちゃうとな。

セーラ,「あっ、アタル様はもしかして~……ひよこさんのことがお好きなのですか?」

アタル,「なっ!? そ、そんなわけないじゃないですかっ!」

ミルフィ,「そうよね、明らかに、ぴよぴよだけ特別」

アタル,「ミルフィさんまで何を言い出すかな!俺とヒヨはただの幼なじみだって」

ただ長く一緒にいるから情が移っているだけであって、そ、そう、ペットとかと同じような感覚で――

ミルフィ,「まずは、それよ、それっ!」

アタル,「どれよ、どれっ!?」

ミルフィ,「他人行儀、禁止っ!」

ミルフィ,「あたしたちに敬意を払うのはいいけどね。でも、あなたは一国の主になった。王、王様なの」

アタル,「いや、だって、姫様ってのは、俺にとって、雲の上の存在だったわけで! いきなり頭を切り替えろって言われても無理ですよ!」

生まれてこの方、平民も平民、中のやや下くらいだった人間が、いきなり全身からセレブオーラ噴き出しているような人たちを目の前に、タメ口で話せと!?

セーラ,「そうです、そうです~。ひよこさんにだけ親しすぎて、妬いちゃいますよ~」

アタル,「え、いや、ちょっと……で、でも、お付きの方としては、そんな無礼、許しませんよね?」

エリス,「ミルフィ様が望むのであれば、自分は一向に構わないですが? もちろん、一従者でしかない自分は、アタル王には敬意を払わせていただきます」

ぐ……!

アサリ,「アサリ的にも、セーラ様をどう呼ぼうとも別に構いませんよー」

アサリ,「第一、アサリはセーラ様の従順なシモベというわけではないですからねー」

アタル,「……そうなんですか?」

アサリ,「はいー。いわゆる雇われの身なのですよー。まー、とはいえー」

アサリ,「セーラ様に危害を加える者には、一切の情けもかけませんし、容赦もしませんけどねー♪ お仕事なのでー」

スッと、室内の温度が氷点下まで下がった気がした。

アサリ,「なーんてー、なーんちてー、あはー♪」

アタル,「はっ……!」

ピコピコッと、アサリさんの耳と尻尾が動くと、冷え切った氷点下の部屋は、急速に常温へと戻る。

……なんだ、今の。

今まで生きてて初めて感じたけど、すごく攻撃的な空気っていうか……一瞬で肺の中にあった空気を空っぽにさせられたような感覚。

今のもしかして、殺意、っていうんだろうか。

エリス,「………………」

エリスさんが凄まじい形相で、アサリさんを睨んでいた。

アサリ,「あらあらー、やめてくださいよー。そんな目で見たりしたらー、アサリ――」

アサリ,「――エリスさんを敵と認識しちゃうかもですよー?」

エリス,「……ふんっ……敵だとしたらどうするつもりだ……?」

従者の2人の間で、決して目には見えない火花が散った。

ミルフィ,「ちょ、ちょっ! エリ、何してんのっ!セーラ、あんたも止めさせなさいよっ!」

セーラ,「は、はい~! ア、アサリさん、ケンカしちゃダメですよ~」

アサリ,「あはー、そうですねー、無益な殺生をしてもどうにもなりませんよねー」

エリス,「ほぅ……オマエにこの自分を殺せるとでも?」

アサリ,「そーですねー、ヤッてみないとわかりませんよねー」

ミルフィ,「エリ! やめなさい!」

エリス,「はっ……失礼しました、ミルフィ様」

セーラ,「アサリさんっ! やめてくださいっ!」

アサリ,「はーい、やっぱりお上には逆らえないですねー」

2人の間を走っていた火花が霧散する。

アタル,「ふぅぅ……」

たちこめていたピリピリとした空気が穏やかになり、俺は大きく息をついた。

とりあえず、アサリさんとエリスさん、ともに逆鱗に触れると、大変危険なことになりそうだということはよくわかった。

そうだよな……一国の姫様の付き人、護衛なんだもんな。

生半可な能力じゃ、護衛なんてできやしないってわけだ。

そんな2人が俺の傍にいてくれてるっていうのは、心強いのかな?

俺のことを守ってくれるわけではないだろうけど。

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柴田,「では、とりあえず、みなさんのお部屋が決定したことですし、次はこの屋敷の施設をご案内いたしましょう」

柴田,「これからの皆さんの生活の場となるわけですから、覚えてくださいね。多少広いですが、過ごしている内に覚えると思います」

そして、俺たちはこの広さが多少どころではないことを思い知る。

……

…………

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柴田,「コチラが入ってきたエントランスになります。まぁ、入ってきた場所ですから、覚えておいでとは思いますが」

アタル,「まぁ、さすがに……そうですね」

さっきいた俺の部屋から、ちょっと廊下を歩いただけ。

これくらいならば、さすがに迷わない。

ひよこ,「はい、大丈夫ですっ」

ヒヨは力強く頷く。

女性は方向音痴な人が多い、というのを何かで呼んだ覚えがあるのだが、どうやらヒヨはその心配は全くないらしい。

ミルフィ,「うむっ、全然平気だな」

セーラ,「まぁ、皆さんすごいですね~……私はもう頭の中がごちゃごちゃになってます……アタル様は大丈夫ですか~?」

アタル,「えっ!? え、ええ! 大丈夫ですよ!まだ、なんとか……多分」

セーラ,「まぁ、心強いです~。迷ってしまいそうな時はアタル様にお願いすれば大丈夫ですね~」

アタル,「あ、あー……そう、です、ね?」

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柴田,「では、こちらを通りまして――」

……

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柴田,「コチラが食堂になります」

アタル,「はぁ~……」

こらまた映画やドラマでしか見たことのない、長ーいテーブルが置いてある。

だいたい、こういうテーブルの上には豪華な食事が立ち並ぶんだよな。

そんなことを思い浮かべていたら、思い出したように、腹が鳴った。

アタル,「……すみません」

柴田,「はは、もうお昼ですからね。仕方もありません」

ひよこ,「そうだよねー、私もお腹空いちゃったよ」

セーラ,「うふふっ、恥ずかしながら、私も」

ミルフィ,「何よもう、ここには腹ペコキャラしかいないのかしら。まったく嘆かわしいわね。あたしみたいに高貴な身分ともなれば――」

ふんぞり返っていたミルフィさんの腹部で、腹の虫が一声鳴いた。

ミルフィ,「……あ、あー、そのー、い、今のはね!なんでもないのー!」

ミルフィ,「う、うん、あたしはそれほどでもないんだけどー、ね、エリ、エリもお腹すいたわよね?」

エリス,「はぁぁ……ミルフィ様……本当にお可愛くていらっしゃる……!」

エリス,「ええ、自分はお腹ぺっこぺこですとも!」

ミルフィ,「そう、そうよねー。こんな時間だもん、仕方ないわよねー」

ミルフィ,「柴田、エリの――そうそう、エリのためによ?早いところ、ランチを準備してくれるかしら?」

アサリ,「アサリもおなかぺっこぺこですよー。早く、ニッポンのご飯にありつきたいですよー」

まったく隠そうともしないのは、アサリさん。

セーラ,「あら、アサリさんは、船内で朝食を召し上がってませんでしたか~?」

アサリ,「アサリは燃費が悪いのですよー。すぐにお腹がすいてしまうのですよー」

柴田,「了解しました。今、厨房では食事の支度をしております」

柴田,「申し訳ありません、姫様方がご来日ということで、腕によりをかけたお料理をご用意しているのですが」

柴田,「如何せん、初来日にふさわしい料理となると時間がかかってしまいまして」

柴田,「一通りご案内が済んだ頃には、支度が整うと思いますので、それまで今しばらくお待ちくださいませ」

ミルフィ,「そう、そうなのねー。じゃ、早いところ、案内して頂戴。お腹すいて倒れたら困るでしょ? その、エリが」

早く案内したところで、料理のできあがる時間は変わらないと思うんだけどな。

……そこからが長かった。

リビング。

各自の部屋。

浴場。

他にも厨房、トイレ(6ヶ所)の場所だとか、客間だとか、書斎・資料室だとか、何やら何やらまぁ、その他もろもろ。
ショッピングモールじゃないから、個々の場所に向かうための案内板が出ているわけでもない。

アタル,「ひ、広い……」

とにかく、だだっ広い屋敷だった。ちょっとした巨大迷路だ。

アタル,「これはさすがに覚えるのが大変だな……まぁ、おいおい覚えるだろうけど……」

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ひよこ,「え、そうかな?」

しれっと、ヒヨは言い切る。

アタル,「……ヒヨ、今までの場所、全部覚えてるのか?」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「うん、これくらいなら、なんとか、ね」

セーラ,「では、ひよこさん、あそこの角を曲がって、突き当たりには何があります?」

ちなみに俺は覚えてない。

ひよこ,「えーっと、あそこを曲がったら……お風呂場じゃないかな?」

アタル,「セーラさん、合ってます?」

セーラ,「いえ、私も覚えてないんですけど~」

アタル,「おいおい」

アサリ,「では、アサリがひとっ走り確認してきましょー」

アサリさんは足音もなく、廊下を駆け出す。

一瞬でトップスピード。

その軽やかさは容姿通りの猫の走りを彷彿とさせた。

間もなくして、アサリさんは角を曲がって、戻ってくる。

アサリ,「おー、ひよこさん、お見事でしたー。確かにこの先はお風呂場でしたよー」

ひよこ,「えへへ、昔から土地勘には自信があるんです」

ヒヨの脳にはGPSでも搭載されてんのか。

女の子って地図が読めなかったり、男とは脳の構造がちょっと違うとか何とか、本か何かで読んだ気がする。

ま、場所の把握がしっかりしているならば、ここで働くメイドとしては、心強いことこの上ない。

ミルフィ,「ふぅ、ふぅ……歩き疲れちゃったわよぉ……まったく……あたしをこんなに歩き回らせるなんて、いい度胸してるじゃない……」

エリス,「ミルフィ様、肩を貸しましょうか」

ミルフィ,「そ、そうね、それじゃ、ちょっと……って、エリ、なんでしゃがむの?」

エリス,「え? 肩をお貸ししようと思いましたので、肩車の準備をしただけですが」

ミルフィ,「そこまでしなくていいわよっ! 大丈夫っ、歩くっ」

…………

……

屋敷の一通りの案内が済んだ頃には、すっかり昼飯時だった。

ミルフィ,「お腹が空いたんだけど、ご飯はどうなってるの?厨房で何か作ってたみたいだけど」

アサリ,「あ゛ー、アサリ、おなかぺこぺこですよー。これ以上空腹になったら、見境なくなんでも食べちゃいますよー」

厨房の前を通った時、芳しい香りが漂ってきて、腹ペコ中枢が刺激されまくったのだ。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「大変お待たせしました、準備ができたようです」

台車に載せられ、料理が運ばれてくる。

様々な香辛料が入り交じった芳しい匂いが食堂に広がる。

メイドさんやコックが運んできた料理を、柴田さんが手際よく片っ端から並べてゆく。

大ぶりのエビカニホタテがどっさりとのった海鮮サラダ。

てんこ盛りの、ベーコンとパセリ混じりのマッシュポテト、スクランブルエッグと温野菜。

ローストビーフと生ハムがドンッと肉の塊ごと現れ。

ふかふかと湯気を立てる、焼きたてのデニッシュ、ロールパン、クロワッサン。

野菜たっぷりのミネストローネスープ。

目の前に昼飯とは思えない豪華な料理がズラリと並んだ。

ひよこ,「うわぁ……♪」

アサリ,「わー、すごいですねー」

女性陣の口から、感嘆の声が漏れる。

アタル,「こんなに食いきれるのか……?」

柴田,「さ、どうぞお召し上がりください。お取り分けの際は遠慮なく私にお申し付けください」

セーラ,「一品一品出されるのではないのですね~?」

柴田,「ええ、皆さんの交友関係を深めようと思いまして。フルコースをお出しするよりも、皆さんでお取り分けした方が、親密な感じがしませんか?」

柴田さんはローストビーフをナイフで切りながら、切り分けた1枚1枚を手際よく皿に盛ってゆく。

ローストビーフの表面数mmは、綺麗な焼き色がついていて、肉汁溢れる断面は赤みの強いピンク色。

その厚みは、ローストビーフとは思えないほど分厚い。

今までに俺が食べたローストビーフって、向こう側が透けるんじゃないかってくらいに薄かったぞ?

そして、その上から褐色のソースをかけ、至高の一皿が完成する。

……ごくり。

見てるだけで喉が鳴り、俺の食欲は最高潮の有頂天となる。

昨日の夜から、何も食べてないんだもんな。全身が、早くカロリーをよこせと疼いていた。

アタル,「それじゃ、いただきまー――」

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「ダメだよ、アタルくん。いただきますは、みんな揃ってから」

アタル,「むぅ……」

目の前に肉をぶらさげられながらも、ヒヨにお預けを食らう。

柴田さんが切り分けるのをもどかしく思いながら、フォークとナイフを片手にじっと待機。

そして、ようやく全員の目の前に揃って。

アタル,「いただきます!」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「いっただきまーす」

ミルフィ,「いただきます」

セーラ,「いただきます~」

エリス,「いただきます」

アサリ,「いただきますー」

それぞれがそれぞれ、食事に感謝して、目の前の料理へ食いついた。

セーラ,「まぁ~、美味しいですね」

ミルフィ,「……うん、なかなかじゃない。ニッポンの料理も捨てたもんじゃないわね」

この料理のラインナップだと、ニッポンの良さはどこにもないけどな。

とはいえ、美味しいことに違いはない。味付けもニッポン人好みにできているのだろう。

ひよこ,「あれっ、柴田さんは食べないんですか?」

柴田,「皆様のお食事が終わった後、私はゆっくりと」

アタル,「そうなの? 柴田さんも一緒に食べればいいのに。1人だと、せっかくの料理も味気ないでしょ」

柴田,「いえ、一介の使用人が主と席をともにするのは、マナーに反しますからね。私は皆様の食事が終わった後でゆつくり致しますので、お気になさらず」

ひよこ,「えっ、えっ、それじゃ、私も一緒に食べちゃ駄目かな?」

柴田,「アタル王が許可されているのでしたら、全然構いませんよ。私は自分への矜持としていますので」

ひよこ,「うーん……アタルくん、一緒に食べてもいい?」

アタル,「……今更、何言ってんだ。そのままここで食べてればいいだろ?」

俺はローストビーフを口に運びながら一言。

ひよこ,「あは、ありがと。アタルくん。うんっ、美味しいねー」

もぐっもぐっと嬉しそうに口を動かしつつ、パンを食む。

今更、そんな他人行儀になられても困ってしまう。

エリス,「ミルフィ様、口の横にソースがついております」

ミルフィ,「え、ホント? 取って取って」

セーラ,「美味しいですね、アサリさん」

アサリ,「ですねー。この生ハムなんて、本当に絶品ですよー。そのまま齧りたいくらいですー」

姫様方も、ご満足いただけているらしい。

#textbox Ksi0160,name
柴田,「お食事の最中ですが、アタル王。今後のご予定ついてですが」

アタル,「んむ?」

口の中にエビを詰め込んだまま、柴田さんの方を振り返る。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「お食事の後、午後からはアタル王のタイカンシキがあります」

アタル,「むぐむぐ……タイカンシキ?」

とっさにその単語が、脳内変換できなかった。

今日は起きてから聞き慣れない言葉ばかりで、俺の脳内変換キーは誤変換を起こしまくっている。

柴田,「はい。アタル王が、正式に王となるための儀式です。アタル王に王冠を授けることで、正式に王となるのです」

アタル,「……ああ、なるほど、戴冠式か……」

#textbox Ksi0180,name
柴田,「また、この戴冠式で各国の首脳と顔合わせとなります。戴冠式の光景は全世界に中継されますので、晴れて、全世界デビューですよ」

アタル,「各国首脳……えっと……つまり、お偉いさんが?」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「ええ、アタル様に会うため、既に来日されています。何名かは既に王宮に招待されていますよ」

#textbox Ksi0160,name
柴田,「先程、王宮内をご案内していた間も何名かすれ違いましたが、お気づきになりませんでしたか?」

アタル,「うぇえぇ……」

俺たちが案内を受けている間に、世界の要人がここに来てたっていうのか。

部屋の配置や王宮の構造を覚えるのに一生懸命で、人の方にまで気が回っていなかった。

でも。

彼女たちだって、世界の要人なんだよな。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「本来、姫様方も、戴冠式に合わせていらっしゃるはずだったのですけどね」

アタル,「……え? そうだったの?」

ミルフィ,「え? ええ、まぁ、そうね」

セーラ,「本当はそうだったのですけど……アタル様に一瞬でも早くお会いしたかったので……」

ミルフィ,「そ、そうそう! あたしもそうだったの!」

彼女の取ってつけたようなフォローはなんだろう。

アタル,「お姫様方がそうまでして俺に会いに来てくれるなんて恐縮です」

アタル,「でも、それがなければ、俺の家が木っ端微塵に吹き飛ぶこともなかったんだよなぁ?」

ミルフィ,「ぎくっ? い、いいじゃない、別にっ。アタルの家にあったものは全部無事だったんでしょ? 何もなくなってないんでしょ?」

アタル,「開き直るなぁッ! 家が吹っ飛んだ瞬間の俺の絶望感たるや、どれほどの物だったかわかるかッ!?」

ミルフィ,「わからないわよ! だって、全部無事だったんでしょ? 今はこんないい家に住んでるでしょ! 結果オーライにも程があるじゃない!」

アタル,「今までの思い出が全部消し飛んだんだぞ!?目に見えないいろんなモノがなくなったんだぞ!?ニッポン人のわびさびがわからないんだな!」

ミルフィ,「ワサビもショウガもわからないわよ!だって、ニッポン人じゃないもんっ!」

エリス,「ドウドウ。姫様、落ち着いてくださいませ。アタル王の好感度が、目に見えて、下がっていますよ」

ミルフィ,「んぐっ……!」

ミルフィ,「えっと、アタル……怒った……? えへ」

アタル,「そう感じたなら、言うことがあるだろ」

ミルフィ,「……え? エ、エリ、あたし、何を言えばいいの?」

エリス,「アタル王は謝罪を要求していると思われます」

ミルフィ,「え、謝らないといけないの!?あたし、悪いことしてないわよ」

アタル,「人の家を吹き飛ばして、悪びれる様子もなしかい」

ミルフィ,「だ、だって、アレは偶然触っちゃって、当たっちゃっただけなんだから! あたしは悪くないのっ」

ミルフィ,「自分が悪くもないのにぺこぺこ頭下げるのは、ニッポンだけの文化よ! もういい! ごちそうさま!」

ミルフィはガタッと椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がり、食堂を後にする。

エリス,「失礼」

それに続いて、付き人のエリスさんも後にした。

テーブルの上に残されたのは、ミルフィの食べかけ料理。

アサリ,「あーららー、もったいないですねー。残すともったいないので、アサリが食べちゃいましょー」

アタル,「なんだよ、ありゃ」

たかだか一言、ごめんっていうだけじゃないか。

柴田,「異文化交流ですよ」

柴田,「ニッポンは謝罪の文化がありますが、必ずしもそうでない国もあります。むしろ、ニッポンのように謝罪に満ち溢れている国の方が少ないですからね」

柴田,「ミルフィ様にとっては、ただ一言謝ることが、苦痛であり、羞恥なのでしょう」

アタル,「といってもなぁ……」

あいにく、ミルフィの国の文化は知らないが、郷に入りては、郷に従ってほしいものだ。

……あれ? いつの間にか、ミルフィって呼び捨てにしてるな?

ま、いいか。いくら姫だとはいえ、あんなワガママ娘に敬意を払ってやる必要なんてあるもんか。

セーラ,「ご自分が悪いとわかっているからこそ、謝れないんじゃないでしょうか。ふふっ、意地っ張りなミルフィさんも、可愛いですよね」

セーラ,「あ、ライバルのことをあまり褒めちゃ駄目ですよね~……うふふっ、これも美味しいです~」

セーラさんは、もくもくとご飯を口に運ぶ。

うん、物腰柔らかな彼女に対しては、未だ『~さん』付けなのだ。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「ま、何はともあれ。各国の要人がいらっしゃるくらい、ニッポンが世界に及ぼす影響力は大きいと言うことです」

否が応にも、しかめっ面になる。

アタル,「……さすがに、国際問題になりかねないことは避けておこうかな」

#textbox Ksi0180,name
柴田,「はは、それが懸命ですね。戴冠式の際には私が差し出す王冠を被っていただければ、それだけで結構ですので」

アタル,「それだけって言われても、失敗したら大事だよな……」

手を滑らせて落としてしまったりだとか。

落ちた王冠が誰かに当たって、あまつさえ怪我させて、国際問題に発展したりだとか。

予期できない些細な事故が、世界に対して大きな波紋を生む可能性がある。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「あまり不安がらずとも大丈夫ですよ。仮にどのような失敗をしてしまったとしても、我々が国をあげて、全力でフォローしますので、お気になさらず」

そう言われても、だ。

数時間までごく普通、ごく一般的、平々凡々な生活を送っていた俺が、そんな立場を与えられたと言われても、納得できるはずもなく。

ここまでの状況に追い込まれても、夢の中のような、雲の上のような、未知で不安な話でしかない。

アタル,「とりあえず、王様って、何をすればいいんです?」

柴田,「何かをしてもいいですし、特に何もしなくても結構です」

アタル,「……めちゃくちゃ曖昧だ……」

柴田,「アタル王は国の象徴であればよろしいのですよ」

アタル,「象徴ねぇ……」

それも曖昧だ。

柴田,「それでは、お食事が終わりましたら、お着替えを。ひよこさん、お手伝いをお願いいたします」

ひよこ,「あ、はーい」

アタル,「お、おい!? ヒヨ、平然と返事してるけど、着替えを手伝うってなんだよ?」

ひよこ,「え――そ、そっか、そうだよねっ、あの、柴田さん。着替えのお手伝いってどんなことするんですか?」

柴田,「どうということはありません。マントや礼服は重いですからね。支えていただくような感じで」

ひよこ,「あ、あー……はい、そのくらいなら……」

……ヒヨは一体どこまでを想像していたんだろうか。

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「はーい、アタルくーん、パンツですよー」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「はい、足上げてー。ぬぎぬぎしましょうねー♪」

……どんなプレイだ……。

…………

……

たっぷり1時間ほどかけて、大変豪華なブランチタイムは終了した。

アタル,「ふぅ……食った食った……もう食べられないや」

たくさんの料理を詰め込みすぎて、ぱんぱんに膨れ上がった腹をさする。

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「アタルくん、お行儀悪いよー。食べ終わったら、ごちそうさま、でしょ?」

アタル,「ごちそうさまでした」

両手を合わせて、一礼。

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「はい、ごちそうさまでした」

ヒヨもそれに倣うように一礼。

セーラ,「ふぅ、私ももうお腹いっぱいです~……ごちそうさまでした」

アサリ,「アサリはまだごちそうさましませんよー。まだ残ってるじゃないですかー。もったいないですよー」

テーブルの上のまだ残っている料理を、アサリさんがぱくぱくと片付けている。

1口目からから一切、ペースを落とすことがない。アサリさんのあの小さな体のどこに消えているんだろ?

#textbox Ksi0110,name
柴田,「皆様がどのくらい食べるかわからなかったので多めに用意したのですが、このくらいでちょうど良かったようですね」

アサリさんがあんなに食べる人だとは予想できなかった。

早々に席を立ってしまったミルフィとエリスさんはあまり口にしてないだろうに。

……まぁ、いいか。アレに関しては、自業自得だ。うん。

そんなわけで、おいしい料理に舌鼓を打ち続ける、楽しいお食事タイムを終えたわけだが。

食べ過ぎて出っ張ったお腹を見て、一抹の不安が過ぎる。

王様って毎日、こんな豪勢な物、食べてるの?

こんな豪勢な食事をしていたら、あっという間にメタボ体型の完成じゃなかろうか……。

……ああ、そうか。

童話に出てくる王様が皆、割腹のいい理由がわかった気がした。

…………

……

自室に戻った俺は、柴田さんとヒヨの助けを受け、王様の礼服へと、お色直しさせられた。

――わけだが。

ひよこ,「わぁっ、アタルくんかっこいい! 王様みたいだよ!……って、王様なんだよね」

柴田,「よくお似合いです」

アタル,「そ、そうか……なぁ……?」

王様のテンプレートのような赤いビロードのマント。

キラキラと銀糸の輝くスーツ。

全身を映す大鏡で自分の姿を見て……ため息が漏れる。

まかり間違っても、俺に似合っているとは思えないんだけどなぁ。

『服を着ている』というよりは、『服に着られている』というべきか。

ハンガーには勝ってるかもしれないが、マネキンとはどっこいどっこいじゃなかろうか。

服と俺、どっちが本体だかわかったもんじゃない。

馬子にも衣装、ってやつなんだろうか。

このまま逃げ出したい気分だけど、さすがに、そういうわけにはいかないよなぁ……。

俺がこうやって着替えている間も、ヘリコプターだったり、ジェットだったり、外からは様々な爆音が聞こえてくる。

世界各国の要人が、今、ここに一同に介しているのだ。

喉が乾くのも当然なわけで。緊張するのも当然なわけで。

アタル,「ちょ、ご、ごめ、トイレ行ってくる」

ひよこ,「アタルくん、さっきからトイレ3回目だよー?」

アタル,「おかげさまで、トイレの場所はもうすっかり覚えたよ」

…………

……

アタル,「うー、漏れる漏れる」

3度目のトイレに向かうその道中。

#textbox Kmi0250,name
ミルフィ,「あ、アタル……」

アタル,「……お」

たまたま廊下にいたミルフィと向き合い。

そして、すれ違った。

別にかける言葉もないし、トイレに向かうため、急いでいたからだ。

――さっきの気まずさから、とかそういうわけじゃない。

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「アタル」

すれ違ったにもかかわらず、後ろから声をかけられる。

アタル,「な、なんだ?」

#textbox Kmi0270,name
ミルフィ,「お偉いさんの前で、無様な姿は晒さないようにね。それと――」

#textbox Kmi02A0,name
ミルフィ,「――その服、似合ってるわよ」

アタル,「お、おう? あり……がと」

それだけ言って、去ってゆく。

俺なんかより、ずっと落ち着き払っていた。

当事者じゃないとはいえ、一応は一国の姫、ということなのかな。

…………

……

用を済ませ、俺は自室に戻る。

柴田,「アタル王、全ての用意は整いました。あとはアタル王の指示ひとつで、始まります」

アタル,「う、うむ」

ひよこ,「頑張ってね、アタルくんっ」

…………

……

再度廊下を出て、自分の部屋からホールへと繋がる道。

過剰に心臓を高鳴らせながら、俺は戴冠式のおこなわれるエントランスホールへと向かう。

#textbox Ksi0110,name
柴田さんがエントランスへと続く扉を開ける。

そこには大勢の人がいて、皆は盛大な拍手で俺を出迎えてくれた。

ミルフィ、セーラさん、そして、お付きの2人もその中に入り交じっている。

あとは面識のない人ばかり――でも、テレビやら新聞やらどこかで見たことある顔がチラホラ。

#textbox Kba0110,name
……うわ、なんだあの人。あの人もどこかの王様なのか?

そんなロイヤルオーラを全身から放っている人たちがいる中を、ただまっすぐに突き進む俺。

……何様だよ、なぁ。

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「ほらほら、王様。あんまりきょろきょろしちゃ駄目ですよっ。もっとしっかり胸張らないと」

俺の後ろにいるヒヨが小声で囁く。何様も何も、王様だった。

アタル,「そう言われてもさ……」

こんな中に放り込まれても、物怖じしていないヒヨに感心する。

そして、俺は全員の注目の視線を背中に浴びながら、階段を登り、そし、マントを翻して、振り返る。

上段から見下ろすこの光景に、幾許かの興奮を覚える。

そうか、俺は――

――この国の王様になっちゃうんだ。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「アタル王、これを」

恭しく跪く柴田さんの両手の布の上に置かれている王冠。

卒業式に、卒業証書を授与される時のように。いや、その時と比べ物にならないほど、手を震わせつつ。

俺は王冠を両手で受け取り、それを自らの頭へと載せた。

俺のために作られたかのようなぴったりサイズ。

#textbox kba0110,name
王様?,「おお……」

#textbox khi0290,name
ひよこ,「わぁ……」

ホールは割れんばかりの拍手の洪水に包まれ、俺に向けて、フラッシュの雨が浴びせられる。

こうして、今、ここに。

新たなるニッポンの国王が誕生したのであった。

…………

……

続いて、各国首脳たちとの面談がおこなわれる。

俺を取り囲むのは、どこかで見た偉そうな人たちだ。

柴田さんがひとりづつ案内し、俺の前へと連れてくる。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「アタル王もご存知と思いますが、コチラは合衆国大統領です」

アタル,「は、はばないすでー。ないすとぅーみーちゅー」

差し出された手を、握り返しつつ、ジャパニーズイングリッシュ全開かつ、不器用な笑顔で話しかける。

でかい手だった。コキャッと握り潰されてしまいそうだった。

しかし、初めてのネイティブ英会話が、他国の大統領ってこんな奴、俺以外にいるのか? ハードル高すぎるだろ。

柴田,「ニッポン語で結構ですよ、アタル王。通訳はお任せください」

柴田,「ぺらぺらぺーら、ぺらぺらーら」

大統領,「Oh、ぺらぺらぺーららぺらぺらりんこー!」

一応、何年か英語を勉強してるはずなんだけどな。単語すら、まともに聞き取れなかった。

多分、『リンコはぺらぺらの紙のようです』って話をしてるんだと思う。ウソ、それはない。

#textbox Ksi0140,name
柴田,「HAHAHAHA!」

大統領,「HAHAHAHA!」

アタル,「ハ、ハハハ……」

何を言ってるのかさっぱりわからないので、俺は不器用な愛想笑いを浮かべるしかできなかった。

とまぁ、こんな調子で、ひとりひとりと握手をして、挨拶を交わして。

もちろん、全員知ってる顔というわけではなかった。

ニッポンよりも遥かに小国であったり、国のトップではなかったり。(といってもナントカ大臣級である)

それぞれの国からやってきた代表と握手を交わす度に、フラッシュが光る。

この光景が、それぞれの国の新聞やらテレビで報道されちゃうんだろうか。考えただけでもゾッとするので、思考を停止して、この場を乗り切ることにした。

そんな数多の権力者がいる中、一際目立つ男がいた。

筋骨隆々かつ精悍な巨躯。一目見た瞬間、格闘家かと思った。

その近寄り難い、ガタイのいい男にセーラさんは、何の警戒心もなく近づき、そして、笑いあう。

知り合いか?

どう見ても『美女と野獣』って取り合わせだけど。

セーラ,「お父様~」

バルガ,「おお、愛娘セーラよ」

アタル,「おとっ……!?」

お父様? 今、お父様って言った!?うえぇえぇぇっ!?

セーラさんに、この男の遺伝子が通ってるのか!?

そ、そうか、お母さんがよっぽどの美人なんだろうな。良かったな、お母さん似で!

柴田,「アタル王、セーラ姫様のお父上、クアドラント王国国王、バルガ様です」

バルガ,「お初にお目にかかる、アタル王」

アタル,「は、はじめまして……」

目の前にいられるだけで、凄まじい威圧感。

多少見上げてる程度の身長のはずなのに、まるで前人未到の大山を目の前にしているかのように思える。

差し伸べられたバルガ王の手を握り返す。

アタル,「ぐ……!」

今までに握った誰の手よりも大きく、重く、力強い気がした。

クアドラントはそんなに有名な国じゃない。正直、セーラさんに出会うまで、記憶の隅にすらなかったくらいだ。

国力でいったら、あちらの合衆国やそちらの共和国の方が遥かに強いはずなのに、個人では、このバルガ王が明らかに格上だった。

少なくとも、駆け出しも駆け出し、ひよっこ王様の俺なんかでは到底太刀打ちできない。

バルガ,「我が娘を頼むぞ、アタル王」

アタル,「あ、は、はぁい……」

俺の口から空気漏れしたようなヘタレた声が漏れた。

バルガ,「親バカだと罵られるかもしれんが、セーラは我が娘ながら、器量もよく美しい。何ゆえ、未だに嫁の貰い手がおらぬのか不思議に思っていたものよ」

アタル,「未だにって……セーラ姫はまだお若いではないですか」

バルガ,「我が国は早婚でしてな。セーラの年ならば結婚していて当然なのだよ」

バルガ,「しかし、ニッポンも昔は早婚だと伺っておるがな。群雄割拠の時代は、年端もいかぬ子供同士でも結ばれたと聞く」

一体いつの話をしているのかと思ったら、戦国時代か。

あの頃は、14歳で元服して、すぐに政略結婚させられて……っていうのが、普通の時代だったみたいだしな。

今のニッポンは法律で、男子は18歳以上、女子は16歳以上って定められているんだし。

※注:この作品に出ているキャラクターたちは、全員18歳以上です。

セーラ,「お、お父様……」

バルガ,「セーラの下の妹は全て嫁いだというのに、このセーラだけは未だ身持ちが固くて困る」

セーラ,「お父様、そ、その、私は、妹たちの旦那様のような素敵な方とまだお会いできていないだけです~」

バルガ,「ふむ、で、どうだ。アタル王はオマエのお眼鏡にかなったのか?」

セーラ,「そういう言い方をなさらないでください……あの……」

バルガ,「どうした、セーラ? 言わねば伝わらぬぞ?」

セーラ,「はい……思い描いていた通りの素敵な方です……」

セーラさんは頬を赤く染め、顔を背ける。

バルガ,「ほう、セーラはアタル王のことが気に入ったようだ。よろしくしてやってくれ」

セーラ,「も、もう、お父様ったら……ポッ」

アタル,「……光栄です……」

綺麗な女の子に気に入られるのは、嬉しいんだけど。

それがお父さん公認で。

しかも、そのお父さんは、こんな筋骨隆々。

仮に彼女と結婚するようなことになったら、俺は彼をお義父さんって呼ぶことになるのかと思うと、手放しで喜べない、とても複雑な気分。

バルガ,「今晩にでも、セーラを気に入ることになるであろう。セーラのことを可愛がってやってくれたまえよ」

マントを翻し、バルガ王は俺の前から引く。

セーラ,「も、もう、お父様ったら……」

……今晩?

バルガ王が去った後も、ぞろぞろとお偉いさんたちはやってくる。

アタル,「ぐ、ぐーてんもるげん?」

その後も柴田さんの通訳に頼りながら、各国お偉いさんたちとの面会は終え――

戴冠式は無事に終了したのである。

…………

……

アタル,「ふぅうぅぃぃ……」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「お疲れ様、アタルくん」

テレビの中でしか見たことないような人たちと顔を合わせまくった……。

王様に当選するって、本当にド偉いことだよなぁ。

生きた心地のしない式を終え、俺は燃え尽きていた。

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「そういえば、ミルフィさんのご両親はいらっしゃらないんですか?」

ミルフィ,「あたしのお父様はお忙しいからね」

ミルフィは一瞬だけ、寂しい笑みを浮かべた。

その笑みと言葉に、何かが引っかかった。

ミルフィ,「だから、イスリアの代表はあたしが務めるわ」

ミルフィ,「イスリア王国、第一王女、ミルフィ・ポム・デリング。よろしくね、アタル」

アタル,「……ああ、うん……」

差し伸べられた手を握り返しはするものの、やはり彼女に対して、あまりいい感情は持てず、どうしてもぶっきらぼうな返事になってしまった。
柴田,「では、アタル王、続いてはパレードになります。国民への、新王のお披露目ですよ」

アタル,「ちょっと待って! 俺は見世物になるつもりなんて」

どこぞのテーマパークの、エレなんとかパレードか?

ひよこ,「もう手遅れだよー。写真だっていっぱい撮られてたじゃない。さ、さ、王様、王様、早く行きましょうー」

ヒヨにも背中を押され、俺は外へと連れていかれ――

…………

……

晴れ渡った空のもと、高級車はゆっくりゆっくりと。

大量の警護のバイクや車に囲まれつつ進む。

パン! パン! と祝福の花火が鳴り、紙吹雪が舞う。

国民,「アタル王、バンザーイ!」

国民,「バンザーイ!」

国民,「バンザーイ!」

国民,「バンザーイ!」

俺の王様就任を祝う万歳三唱が響き渡る。

アタル,「はぁ……」

柴田,「どうしました、アタル王。毅然としていただかなくては困りますね」

溜息のひとつも、つきたくなるわ。身分不相応にも程がある。

呪詛はなんとか吐き出さずに堪え、もう一度溜息を漏らす。

――そんな落ち込んでいる俺が、周囲の細かな機微に気づくはずもなく。

ましてやそれがプロの仕業ともなれば――

パン! パン! と、頭上で鳴り響く花火の音に入り交じり。

俺の耳の横を何かが走り抜けていった。

アタル,「ん――?」

感じたのは強風のような、衝撃波のような。

虫か何かか? と思うよりも早く、次の瞬間。

俺の載る車のフロントガラスに、まるで雪の結晶のようなヒビが入った。

そのサイズは直径5cm程度。

アタル,「……んなっ!?」

そのヒビを入れた物体は威力を殺したフロントガラスから落ち、柴田さんの手に握られる。

柴田,「超強化防弾ガラスですから、どのような物であっても、このガラスを貫通することはできませんよ」

柴田さんの手袋に握られていたのは、ひとつの小さな円筒形の鉄塊――銃弾だ。

今、それが飛んできた!? 俺の後ろから!?

空を切り裂く音が聞こえるほどの、俺の至近距離を通過して!?

柴田,「ですが、後ろからの狙撃となると、さすがに無駄になってしまいますね」

アタル,「し、柴田さんっ!? こっ、こ、これって!?」

柴田,「その昔――某合衆国大統領がパレードの最中、同じような事件に遭遇していますよね」

柴田,「すなわち、アタル王の暗殺です」

アタル,「あっ、あんさっ――!」

柴田,「お静かに、アタル王。幸い、沿道の国民は現状にまだ気づいていません」

柴田,「下手な情報流布はパニックを招きます。このままお静かに」

柴田さんはこんなことが生じても、前を向いたまま。おそらくはその表情も笑顔だ。

確かに、沿道の人たちは何も変わらず俺に対して、祝福してくれている。

アタル,「銃声も何も聞こえなかったぞ」

柴田,「サイレンサーをつけているのでしょう。それに加え、花火と音を合わせて撃ってきたので目立たなかったのだと思われます」

柴田,「しかし、危なかったですね。アタル王に命中していたら、今頃、大事でしたよ」

アタル,「オオゴトって――」

現状でも十分大事じゃないのかよ?

当然、この柴田さんの手に握られている弾丸が、俺の頭に命中していたら。

今頃、俺の頭はスイカ割り時のスイカのように、はじけ飛んでいたに違いない。

アタル,「や、やだっ! こんな人殺しがいるところになんていられるか! 俺は――」

降りようとしたものの、座っている椅子にはロックがかかっていて、立ち上がることさえ許されない。

#textbox ker0110,name
エリス,「アタル王、落ち着かれますよう」

#textbox kas0130,name
アサリ,「狙撃場所は特定しましたー。少々お待ちくださいー」

俺の載る車とすれ違いざまにエリスさんとアサリさんは呟き、そして、一点を見つめて、駆け出した。

#textbox kas0180,name
アサリ,「よいー……しょっとー!」

アサリさんはレンガ塀に足をかけると、次の一跳躍で隣のビルの屋根へと乗り、その次の一跳躍で更に次のビルへと飛び乗る。

女性客,「おおおっ!? 何、今の猫っ!?」

その目にも止まらぬ身軽さに、沿道の国民たちも目を奪われていた。

まさに猫のような動き。何者だ、あの人。少なくとも、俺と同じ人類ではないな。

柴田,「エリス様とアサリ様は、スナイパーの捕縛に向かわれたようですね」

アタル,「あのふたりが?」

柴田,「もちろん我がニッポンの自警団も向かっていますが、それよりも一早く、おふたりが捕らえてしまうでしょう」

柴田,「いやはや、ミルフィ様とセーラ様は、素晴らしい付き人を連れておいでです」

――それから以後。

更なる暗殺者の脅威に怯える俺を他所に、それ以上の襲撃が起こることはなく、無事にパレードは終了。

この様子は、ニッポン中の全テレビ局の生報道に使われた。

――また。

間もなくして、エリス&アサリ両名の手により、暗殺者の捕縛に成功したと報告が入った。

…………

……

アタル,「ふぇぇぇ……」

重苦しいマントやら礼服やら、全てを脱ぎ捨て、身軽になった俺は、ソファにだらしなく倒れこんだ。

……疲れた。

身体的にはもちろん、それ以上に精神的がヤラれた。

王様って楽そうに見えて、あんな風に命を狙われたりするのか?

昔からよく聞く話ではあるけど、現代でもこんなことがあるのかよ。

なんていうんだっけ、こういうの。

カルネアデスの板?オッカムの剃刀?違う、違うな。
ダモクレスの剣だ。

細かいことは忘れたけど、ギリシャ神話か何かで、玉座の上には細い糸で剣がぶら下がっていて、王様はいつでも危ない目にあってるんだよとかなんとかかんとか。

……勘弁してください。

ダモクレスと違って、俺はやりたくて、玉座に座ったわけじゃないんですよ……。

伏せっていると、ノックの音が聞こえた。

ヒヨか、柴田さんか、と思ったが。

#textbox ker0110,name
エリス,「アタル王、失礼いたします」

聞こえてきたのは、エリスさんの声だ。

アタル,「どうぞ」

さすがにだらしないままでいるわけにもいかない。身体を起こし、来客を出迎える。

#textbox Ker0110,name
エリス,「お疲れ様でした、アタル王」

眼帯の軍人さんは、俺に対し、恭しく頭を下げた。

アタル,「エリスさんこそ、お疲れ様でした。それと、ありがとうございます」

#textbox Ker0120,name
エリス,「いえ、ねぎらいには及びません。当然のことをしたまでです」

#textbox Ker0130,name
エリス,「――それで、アタル王の命を狙った狙撃手ですが」

エリス,「この筋では大変有名な、今までに数々の要人暗殺を手がけてきた国際指名手配の殺し屋でした」

アタル,「ん、げッ!? 殺し屋!?本当にそんな職業が実在するの!?」

#textbox Ker0160,name
エリス,「ええ。どうやらアタル王を亡き者にしようと、何者からか依頼されていたようです」

アタル,「俺を亡き者……?」

#textbox Ker0110,name
エリス,「なお、現在はアサリさんが、尋問しています。それでも依頼者が誰なのか、なかなか口を割らないのは、さすがにプロだといえましょう」

アタル,「尋……問……ですか……」

殺し殺されなバイオレンスな世界が、すぐ目の前にあった。

#textbox Ker0120,name
エリス,「しかしながら、世界的なスナイパーであるあの男も、ヤキがまわったものです」

エリス,「国際指名手配の殺し屋は一度狙ったターゲットは絶対に外さないことで知られていたのですが……アタル王の暗殺は失敗したようですね」

アタル,「そ、そんなに凄い奴だったの……!?」

エリスさんはコクリと頷く。

エリス,「国際指名手配は伊達ではないということです。ですが、外してしまったがために、我々に場所を補足され、捕縛に至った……アタル王、お手柄です」

アタル,「いや、俺は何もしてませんよ……」

相手が勝手に外してくれただけ。俺が『当たらなかった』だけだ。

アタル,「それにしても、なんで俺が狙われたんでしょう」

#textbox Ker0110,name
エリス,「人間誰しも、やっかみというものがあるのですよ」

エリス,「アタル王が王になったことに対し、少なからず、面白く思っていない者がいるということです」

アタル,「……やっかみで命を狙われちゃたまらないな……」

エリス,「おそらくはアタル王本人に恨みがある、というわけではないでしょうね」

エリス,「アタル王ではない誰でも――ニッポンの王になった者だったら、誰でもターゲットになりえた。ただそれだけです」

#textbox Ker0160,name
エリス,「イスリアやクアドラントと協定を結ばれると困る勢力の――例えば、隣国の差金かもしれませんね。想定できる敵は、数えきれないほどいます」

アタル,「どこの誰から命を狙われているかわからないのか」

まさに、ダモクレスの剣だ。

#textbox Ker0110,name
エリス,「ですが、ご安心ください。自分は全力でアタル王をお守りします。姫様の未来の旦那様に、早々に亡くなられてもらっては困りますからね」

それは非常に心強かった。

アサリ,「そーそー、ご安心くださいー。アサリも全力でお守りしますよー」

ひょこっと、アサリさんがドアから顔を覗かせる。

アタル,「アサリさん、あの犯人は引き渡したんですか?」

アサリ,「はいー、国際警察の方へー」

アサリ,「ふぅー、あいつ、口堅かったですねー。結局、最後まで口を割りませんでしたよー」

ぱたぱたと水に濡れた手を叩きながら、アサリさんはつぶやく。

手を洗ってきた、ということは、手が汚れるような何かをしていたわけで。

そして、彼女はついさっきまで、尋問をしていたわけで。

…………。

あ、うん……あんまり深いことは考えない方がいい。

柴田,「ですが、今回の件は、いいアピールになりましたね」

ひょこっと、アサリさんの後ろから柴田さんが現れる。

アタル,「アピール?」

柴田,「マスコミに国際指名手配犯がアタル王の暗殺に失敗した、と情報を流させていただきました」

アタル,「なんでそんなことを!? パニックを防ぐんじゃなかったの?」

柴田,「パレードが終わった後でしたら、もう構いません」

柴田,「そして、マスコミへの売り文句はこうです。『新しい王様は幸運の女神に好かれている』」

アタル,「幸運の女神……ねぇ」

柴田,「象徴たる王にはアイドル性が必要です。国民に広まれば、支持率も上がるというものです」

柴田,「使えるものはいかなるチャンスであっても、親であっても使え、ということですよ」

偶然当たらなかっただけというこの事態も、支持率アップに変える、と。

商魂?逞しいというかなんというか。

しかし、今日は偶然避けれたが、もしも命中していたら、俺の頭に大穴が空いていたわけで。

風通しを感じる間もなく死んじゃってたわけで。超怖い。まったくもって笑えない。

股間のボールがキュッと縮んだ。縮み上がるのは今日、何度目だろう。

俺、こんなことが続いたら、ボールがなくなって女の子になっちゃうよ? 女王になっちゃうよ?

柴田,「――それでは、私は本日は、これで」

アサリ,「あれー、柴田さん、帰っちゃうんですかー」

柴田,「ええ。アタル王にはひよこさんという心強いメイドもいらっしゃることですし、今日のお勤めはここまでということで」

アタル,「そっか、お疲れ様でした」

柴田,「おや、アタル王、もしかして、私がいないとお寂しいのですか?」

アタル,「流し目を送るな! そういう意味じゃねぇよ!」

柴田,「ふふ、左様ですか。では、今後の政府からの通達は、ひよこさんを経由させていただきます」

アタル,「え、ヒヨを?」

柴田,「ええ、王に一番近い身として、ひよこさんにお伝えするのがいいと思いまして。こう見えても、私、忙しい身なのですよ」

アタル,「……なるほど。柴田さんも頑張ってください」

俺も大概だとは思うけど、ヒヨも大変な仕事を押し付けられちまったもんだなぁ。

俺にとっても、ヒヨにとっても、今日という日が、一生忘れられない日になったのは間違いない。

柴田,「ありがとうございます。それでは、また明日」

会釈して、柴田さんは退室する。

エリス,「…………」

アサリ,「…………」

アタル,「どうかしましたか?」

アサリ,「いえー、なんでもなーいですよー」

エリス,「自分の取り越し苦労でしょう」

アタル,「?」

ふたりが何を言っているのか、よくわからなかった。

アタル,「ふぁ……疲れたから、俺、昼寝していいかな?夕飯の時間になったら、起こしてよ」

昼寝というには、ちょっとばかり遅い時間だけど。

エリス,「了解しました、アタル王」

アサリ,「では、ひよこさんに伝えておきますねー」

アタル,「うん、お願いします」

ふたりが俺の部屋から退出したのを見届けて――

ふと、窓の外を見た。

窓から見える景色は、既に赤く染まっている。

そんな外の景色が、あまりにも今までと違うもので。

……そして、ここから見える庭の全てが、全部、自分の家の敷地だっていうんだからなぁ。

未だに現実感に乏しい。

これから昼寝して、目が覚めたら、今日の出来事の全ては夢だったんじゃないかと思いさえする。

俺は布団に横になり、眼を閉じる。

その次の瞬間。ドッと津波のように、眠気と肉体的&精神的疲労が押し寄せてきて――

俺の意識はその津波によって、一瞬で遠い彼方へと流されてしまった。

…………

……

……

…………

十数年に1度の流星群の夜。数多の流れ星が降りしきる夜。

僕とあの子と一緒に星を拾いに行ったんだ。

光が落ちた裏山へ。

光の消えていったあの場所へ。

アタル,「……なんだろう、これ……」

光を追った僕が見つけたのは、ぼんやりと青く光る、小さな輪っか。

それを拾い上げて、僕はそのドーナツのように空いた穴を通して、空を見る。

小さな穴を通して見える空。星。月。

#textbox khi0a10,name
ひよこ,「わっ、アタルくん、本当にお星さま、拾ったんだね!」

アタル,「これが――お星さま?」

その時の僕は、知るはずもなかった。

拾い上げたその光の輪は。

宇宙にたゆたう星のカケラ――

…………

……

#textbox khi0310,name
ひよこ,「アタルくーん、アタルくーん、起きてー起きてよー」

アタル,「ん……?」

ヒヨの声が、真っ暗な意識の中に響き渡る。

あれ……? ついさっきもヒヨの声を聞いた気がするんだけどな……?

俺は目を覚ます。

アタル,「うおっ!」

目を開いて、視界に入ってきた見覚えのない天井に驚く。

自分の体を包んでいるふわっふわの布団に驚く。

#textbox Khi0310,name
自分を起こしに来た幼なじみの姿を見て驚く。

アタル,「どうしたんだ、ヒヨ。そんな服着て……なんかのコスプレ?」

深夜アニメにこんなキャラいたかなー……なんて、ぼんやりと思って。

自分の置かれている境遇を思い返した。

アタル,「あ。あー、あー……そうか……そうだっけ……」

王様に……なったんだっけ。

寝る前に夢であって欲しいと願っていたが、やっぱり夢じゃなかった。

すごく理不尽な、頭を抱えたくなる現実だった。

実際、今は頭を抱えているわけだけども。

……夢。

アタル,「あ、そーいや、なんか夢見たな……」

眠りの浅い仮眠だったから、夢を見るのも当たり前。

ひよこ,「どんな夢だったの?」

アタル,「どんな夢だったっけ……」

夢の内容は朧気だ。

ただ、ひとつ確実なのは。

アタル,「……ヒヨが出てきたような気がするんだけどなー……」

#textbox Khi0390,name
ひよこ,「ほ、ほんとっ!? それで? どんな夢だったの?」

そうそう、そんな感じのヒヨの声を夢の中でも聞いた。

それは間違いないはずなんだけど。

アタル,「え、えーっと……なんだっけ……それ以上は何も覚えてないなぁ……」

#textbox Khi0350,name
ひよこ,「えーっ!? そこが大事なのにー。ねーねー、ちゃんと思い出してよぉっ」

ヒヨは俺の襟元を掴んで、前後に揺する。

アタル,「ぐわっ、わっぷ! 別に俺の身体を振っても、思い出したりしねーよ!」

むしろ、耳やら鼻やら、脳に近い穴から記憶が零れ落ちてしまう。

なんだか凄く長い夢だったような気がする……。

10年くらい見続けたような……。

もちろんそんなわけはなく、時計を見ると、俺が寝ていたのはほんの1時間程度だった。

しかし、睡眠時間は全然足りてなくて。

アタル,「んふぁあぁぁぁ……むにゅ」

大きなあくびが漏れた。

アタル,「今日は風呂入ったら、とっとと寝よう……明日は普通に学園も――」

――学園? そうだ。

アタル,「な、なぁ、ヒヨ。明日、普通に学園に行くんだよな?」

俺が王様になったとしても。

一応は学生であり、学生の本分が勉学である以上、境遇が変わったからといって、学園を休んでいいのだろうか。

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「うん、私はそのつもりだけど……あ、こほん。それについて、私が柴田さんから言付かってます」

胸を張ったヒヨはメイド服の懐から1枚の紙を取り出した。

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「『明日以降の鷹羽学園へのご通学は、アタル王のご判断にお任せいたします』――だって」

アタル,「どういうこと?」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「んー……つまり、行っても行かなくてもいいってことじゃないかな?」

アタル,「行かなくても、って……行かないと困ったことにならないか? 授業だって途中だし」

そういや、週明けまでにやらなきゃいけない宿題が出されていた気もする。

今日のこの騒動のおかげで、すっかり忘れてた。

#textbox Khi03A0,name
ひよこ,「将来を考えると……王様なら勉強しなくてもいいんじゃないかな?」

アタル,「……それもそうか……」

学園で勉強する大きな理由は、成績を良くして、この先の進学、しいては就職を有利にするためであって。

既にこの国の王様になってしまった身としては、就職を考える必要もない。

今日をもって、『王様』という職業に終身就職が決定したのだから。

#textbox Khi0390,name
ひよこ,「あ、でも、柴田さんは『学園に行かないなら、帝王学を学ばせるため、家庭教師をつけます』って言ってたよ」

学園に今まで通りに行くにしても行かないにしても、勉強はしなければならないらしい。人生は渋かった。

アタル,「……だったら、学園に行く方が、気が楽だな……」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「あはは、私もそう思うよー」

帝王学を教える家庭教師、という人物がどんな人なのか想像できないが、和気藹々って感じには行かなそうだし。

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「王様になっても、変わらずアタルくんと学園に通えるなら嬉しいな」

アタル,「…………変わらず、か」

『変わらず』に、済むのだろうか。

ニッポンの王様になった俺を見た時の、クラスメイトや学園全体の反応が、俺はまだ想像できていない。

…………

……

#textbox Kmi0230,name
ミルフィ,「遅いわよ、アタルー! あたしたちを待たせるなんて、いい度胸じゃないのっ」

既に食卓には、みんなが揃っていた。遅刻は俺ひとりだ。

アタル,「悪い悪い、ごめんごめん」

#textbox Kmi0270,name
ミルフィ,「なによ、その謝り方ー。誠意が全ッ然感じられないわね」

アタル,「むッ……俺の家を吹っ飛ばしてくれたオマエが、それをいうか」

#textbox Kmi0220,name
ミルフィ,「むぅ……だから、アレはわざとじゃないって言ってるじゃない」

アタル,「だから! わざとじゃないからって、許されることと許されないことがあってだな――」

ひよこ,「いただきまーす!」

アタル,「もごっ!?」

ヒヨの勢いのある『いただきます』の挨拶とともに、俺の開いていた口に、美味しい何かが突っ込まれた。

ひよこ,「はいはい、アタルくん。今はご飯の時間だよ。ケンカは後にしよ?ホントはあんまりケンカしてほしくないけどね」

アタル,「ん……ん、もぐ……」

ヒヨに口に放り込まれたモノは実に美味しかった。いきなり突っ込まれたので、何かわからなかったけど。

確かにせっかくの楽しいお食事タイム。美味しい物をピリピリしながら食べるのはよろしくない。

アタル,「むぐむぐ……いただきます」

一足お先にいただいてしまった俺も、『いただきます』のご挨拶。

アサリ,「はー、やっと食べられますー。アサリにお預けさせるなんて、アタルさんは本当にドSですねー」

ここの中でも屈指にドSっぽい人が、そんなことをおっしゃられていた。

セーラ,「あ~、ひよこさん、ずるいです~。私もアタル様に『あーん』したいです~」

ひよこ,「えっ……」

何を言われたのか気づいてなさそうなヒヨだったが。

ひよこ,「ち、違うよっ!? 今のは『あーん』とか『おーん』とか、そんなのじゃないよっ!」

アタル,「『おーん』ってのが何をしているのかわからんが、そうだぞ、セーラさん! 別にこんなの大したことじゃなくてっ!」

セーラ,「アタル様のお口に入れたフォークをそのまま使ってますし~、間接キスまでしちゃうなんて……ぷぅ」

ひよこ,「えっ、あ、あぅ……べ、別にそんなつもりじゃなかったもん」

セーラ,「もうもうっ、ずるいから、私にもさせてくださ~い。はい、アタル様、あ~ん♪」

アタル,「ちょっ、セーラさん、セーラさんっ!?アサリさん、主人が暴走中ですよ! 止めて!」

アサリ,「わー、このお魚のフライ美味しいですねー。なんてお魚なんでしょうねー、もーぐもーぐ」

アタル,「オィィ!? 使用人、こっち見ろ!」

アサリさんは自分の仕える人が暴走気味だというのに、我関せずと、卓上の料理に片っ端から手をつけていた。

フリーダムすぎる。

ミルフィ,「ふふんっ、アタルはぴよぴよの尻に敷かれていモゴッ」

エリス,「ミルフィ様もです。食事前はお静かになられますよう」

ミルフィ,「ん、んむ、もごもご……静かにする」

エリス,「アタル王と諍いを起こすのは得策ではありません。また、ひよこさんとアタル王の距離を近づけるような発言は、くれぐれも慎みますよう」

ミルフィ,「え? ぴよぴよはあたしたちとの間には入ってこないじゃない。今回の婚約戦争は、あたしとセーラの間であって――」

エリス,「――それでもです」

ミルフィ,「んにゅ……わ、わかった。ところで、今食べたのはなんだったの?すっごく美味しかったんだけど」

エリス,「白身魚のフリッターだと思いますが……もうひとつ、召し上がられますか?」

ミルフィ,「うんうん、食べる食べる」

――そんなドタバタした王宮での2回目の食事だった。

もちろん、この日の食事もとても豪勢で、ボリュームがあって、とても美味しかった。

美味しかったんだけどさ。

昼飯に引き続き、メタボ街道を一直線に突き進んでいるのは、日の目をみるよりも確実だった。

…………

……

アタル,「ぐぇーふ……もう食えん……」

俺はまたもやリミット限界近くまで、胃に料理を詰め込んでしまった。

反省の色? それって何色?

美味しいだけに、ついつい食べ過ぎてしまう。

『残すのはもったいないダメ絶対』と思ってしまう小市民の貧乏性はたった1日じゃ治るものではないのだ。

もっとも、どんなリッチになっても、平気で食べ物残せるような人間にはなりたくないものだ。

米1粒、野菜1つにしたって、農家の人の気持ちがめいっぱい詰まっているんだぞ、うん。

満腹の腹をさすりつつ、自室のベッドで横になり、天井を見上げつつ、ひとりごちる。

前の家より、倍くらい高い天井。

思わず、天井に向かって手を――まるで夜空に向かって、星を掴むように――伸ばしてみる。

もちろん、夜空の星より近い天井であっても、寝転がったままでは届くはずがない。

今日1日、あれだけのイベントが行われてなお、俺には実感がなかった。

王様……なぁ。

王様だからといって、何か強いられているわけでもなく。

お偉い様方との挨拶やらパレードやらは面食らったけど、今のところ、それ以外は美味しい物を食べて、寝てるだけの生活。

自堕落極まれり。

しかも、将来まで保証され、かわいい異国の姫様たちから求婚までされた。

勝ち組以外の何物でもないはずなんだけど、なんかこう……しっくりと来ない。

何が足りない? 満たされていない?

――実感か。

童話のように、一晩寝て、目覚めたら、全部夢でした、みたいな結末を恐れている……だけだな、多分。

きっと、時間がおいおい解決してくれるのだろう。

膨れに膨れたお腹をさする。

しばらくは何もする気がしない。

でも、風呂に入らないで、このまま寝るわけにも行かない。

今日は随分と汗をかいたしな。

……ま、その大部分は冷や汗なんだけども。

#textbox kse0410,name
セーラ,「アタル様~? いらっしゃいますか~?」

俺を呼ぶちょっと間延びしたこの声は、セーラさんだ。

アタル,「はーい、どーぞー」

食べ物の分だけ重くなった身体をベッドから起こし、声をかける。

女性を招き入れるのに礼を欠くとは思うけど、正直、ドアまで向かうのが、遠すぎて嫌になるほどの距離だ。

#textbox kse0420,name
セーラ,「失礼いたしま~す」

#textbox Kse0410,name
ガチャとドアを開けて、現れたセーラさんは、お供もつけず、ひとりで。

アタル,「ぶっ!?」

そして、肌の露出多めな、大変破廉恥な姿だった。

ベースはさっきまで着ていたドレスと対して変わらない。

あのドレスのパーツをいくつか外したら、このレオタードのような格好になるらしい。

そんな露出の激しい格好で、俺の座るベッドへと近寄ってくる。

歩くたびに、豊かな胸がたゆんたゆんと揺れる。

アタル,「あ、あの、セーラ、さん? ど、どういった、御用でしょう?」

思わず、チラチラと胸元などに目が行ってしまい、目のやり場に困ってしまう。

#textbox Kse0480,name
セーラ,「これからお風呂に入ろうと思うんですが、アタル様も一緒にいかがですか~?」

アタル,「……は?」

思わず聞き返した。耳を疑った。

自分の聴覚を信じられなかったのは、今日何度目だろう。

アタル,「おふっ、お風呂!?」

#textbox Kse04B0,name
セーラ,「ニッポンの入浴マナーもよくわからないですし、アタル様に手取り足取り教えていただけたら……と♪」

アタル,「い、いや、ちょ、まっ、セーラさんと俺は今日知り合ったばかりだし! そういうことはもっとお互いをわかり合ってから!」

#textbox Kse0490,name
セーラ,「お互いの身体を見せ合うからこそ、わかり合えることもあると思うんですよ~」

いや、それは確かに、まったく知らなかった相手の一面をいろいろと知ってしまうとは思うけど!

#textbox Kse0480,name
セーラ,「ほら、ニッポンには裸の突き合いという言葉があるそうじゃないですか♪」

アタル,「多分、セーラさんのその『つきあい』は字が違う!」

お相撲さんなら土俵真ん中での突っ張り合いだろうけど、年頃の男女だと性的な意味にしかならない!

#textbox Kse0480,name
セーラ,「私に何か遠慮なさっているのでしたら、別に構わないのですよ? 私はこの身も心も、アタル様に捧げるため、ここにやってきたのですから」

セーラさんの足が前へ前へと進み、俺の座るベッドへと、一歩、また一歩近づいてくる。

#textbox Kse0490,name
セーラ,「アタル様が望むのでしたら、私はなんでもして差し上げますのよ?」

アタル,「な、なんでも……!?」

#textbox Kse0480,name
セーラ,「はい、なんでも……です♪」

セーラさんとの距離は、手を伸ばせば届くほどに。

なんでも、って、つまり、その、なんでも……だよな。

多感な思春期の青少年が『なんでも命令していい』っていわれたら、第一に思いついちゃうようなこともだよな?

い、いやいやいや、そんな、まさか。

#textbox Kse04B0,name
セーラ,「アタル様が何もしてくれないのでしたら、私がしてほしいことをしちゃいますよ~?」

そして、また一歩、歩み寄ってくる。

アタル,「ちょ、ちょっと待ってってば――そ、そうだ、お風呂!お風呂に入るんじゃなかったの!?」

#textbox Kse0490,name
セーラ,「はい、アタル様とご一緒に」

アタル,「入らない! 一緒に入らないよ!?」

#textbox Kse0450,name
セーラ,「ダメですか……しょんぼりです。私、そんなに魅力無いでしょうか……」

アタル,「いや、これは魅力とかそういう話ではなくってね……セーラさんはとても魅力的だと思いますよ」

#textbox Kse0420,name
セーラ,「まぁ、本当ですか!?アタル様にそう言っていただけると嬉しいですっ」

アタル,「うわっぷ!?」

静止する間もなく、セーラさんは俺に抱きついてきた。

受け止める準備も整っていなかった俺は、彼女に抱きつかれるというよりはのしかかられて。

そのまま、ベッドに上向きに倒れこんだ。

セーラさんに押し倒された、という方が正しい。

#textbox Kse04D0,name
セーラ,「アタル様……」

俺の胸元に顔を埋めるセーラさんが小さく呟く。

アタル,「セ、セーラ、さん……っ!」

彼女の身体の柔らかさが伝わってくる。

ほのかに自分よりも高い体温が、甘い匂いが――い、いかん、彼女に近寄られていると、理性が――

ミルフィ,「ねぇ、アタル、いる――」

そこに現れたのは救世主か、はたまた、破壊の申し子か。

ミルフィ,「って、セーラもいるの!?ちょ、ちょおっ、あなたたち何してるのよぉ!?」

セーラ,「あっ、ミルフィさんに見つかっちゃいました~」

アタル,「ミ、ミルフィっ!? えっと、あの、これは!」

セーラ,「アタル様に、一緒にお風呂に入ろうとお誘いしてたんですが、断られてしまいまして~」

ミルフィ,「一緒にお風呂ッ!? しかも、断られたからって、アタルを押し倒したっていうのぉ!?」

セーラ,「いえ、これは、そのー、流れというかー……つい♪」

ミルフィ,「『つい♪』じゃないってのー! そんな抜け駆け、なしに決まってるでしょっ、ほら、離れなさいっ」

セーラ,「あら、離れる必要があるのでしょうか?」

ミルフィ,「えっ……だ、だって、その、あたしに見られて恥ずかしくないわけ?」

セーラ,「私は見られていても平気ですよ。私とアタル様が初めて愛しあうところを拝見されますか?」

ミルフィ,「はっ……!? ちょ、ちょっ、セーラ、あなた何言ってるのよ」

セーラ,「もっとも、アタル様が拒まれるのでしたら、今回のところは諦めますけれども」

アタル,「ご……ごめん、セーラさん、どいてくれるかな?」

セーラ,「はい、かしこまりました♪」

セーラさんは頷いて、俺の上から降りる。

その表情は特に残念そうでもなく、さも当然といった様子だった。

俺がそう言うのをわかっていたんだろう。

セーラ,「では、改めて。お先にお風呂をいただいてしまいますね」

ぺこりと小さく会釈して、俺とミルフィの前から去ろうとして――

セーラ,「あ、そうです、ミルフィさん」

途中で足を止める。

ミルフィ,「な、なによ」

セーラ,「私はこんな抜け駆けも、全然ありだと思うんです」

ミルフィ,「なっ……!」

セーラ,「私とミルフィさんは、アタル様を巡る競争相手。私はアタル様のこと、本気ですからね♪ それでは」

そう言い残して、セーラさんは振り返ることなく、俺の部屋から出て行く。

#textbox Kmi0270,name
ミルフィ,「むぅ……」

ミルフィは眉を潜め、ギリギリと歯を鳴らしていた。

そんな今にも噛み付いてきそうなミルフィには声をかけ辛かったけれども。

アタル,「えーっと……ところで、ミルフィは何の用だ?」

わざわざ部屋に押しかけてきた以上、何か用があったのだろう。

#textbox Kmi0250,name
ミルフィ,「え、あっ……その……」

#textbox Kmi0230,name
ミルフィ,「ふんっ、アタルがセーラとイチャついていたから忘れちゃったわよ、バーカ」

アタル,「……あ、そう……」

憎まれ口を残して、ミルフィはセーラに続くように退室した。

本当に忘れたとも思えないけど、一体何の用だったんだか。

再び静かになった俺の部屋。

セーラさんが風呂からあがるまで、もうしばらくゆっくりしてるか……。

#textbox Khi0310,name
――と思ったら、ヒヨがひょっこりと顔を覗かせた。

アタル,「ヒヨ? 何か用か?」

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「アタルくん? さっき、ミルフィさんが出てきたけど……なんかあったの?」

アタル,「いや、別に?」

セーラさんとミルフィの間で一悶着あったが、それをわざわざ伝えることもないだろう。

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「そっか、それならいいんだー。てっきり、アタルくんがミルフィさんにえっちなことしちゃったのかと思ったよ~……」

アタル,「するかぁっ!?」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「うそうそ、冗談だよ。ミルフィさん、そんな顔じゃなかったし」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「私はアタルくんがそんなことする人じゃないってわかってるもん」

アタル,「う……ま、まぁ、な」

むしろ、セーラさんには襲われ、流されかかってしまっただけに、それに関しては強く否定できなかったりもするんだが。

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「え、もしかして、本当にしちゃったの……?」

その躊躇いの機微を、ヒヨは感じ取っていた。

アタル,「してないって!」

#textbox Khi03A0,name
ひよこ,「そうだよね。ホッ、良かったよー」

アタル,「で、ヒヨは今、何してるんだ?」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「お片づけしてるよ。ウチから運んできてもらった荷物を整頓してるの」

アタル,「結構大変そうだな。俺も手伝おうか?」

#textbox Khi0390,name
ひよこ,「え、い、いいよっ。アタルくんは王様なんだから、そんなことしなくていいのっ」

アタル,「別に遠慮しなくても、いいんだぞ? ヒヨまで王様だからって畏まられると、ちょっとショックだな」

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「あ、そ、その……ごめんね。そういうつもりで言ったんじゃないけど、アタルくんに見られると、困る物もあるし……」

アタル,「俺に見られて困る物? 俺への悪口を書いたノートでもあるのか?」

ヒヨの性格からして、そんなことを書き残したりしてるとも思えないけど。

#textbox Khi0340,name
ひよこ,「ち、違うっ、そんなのあるわけないよっ」

じゃ……他に何が?

首を傾げていると。

#textbox Khi0380,name
ひよこ,「もうっ、アタルくんのニブチンっ!下着とかだよぉっ!」

アタル,「あぁ」

ポンと手を打つ。ようやく得心がいった。

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「いくらアタルくんにだって、パンツを見せちゃうのは恥ずかしいよ……」

ヒヨのパンツ、かぁ。

幼い頃から何度か見てきたから、今更、実感も沸かないっていうか。欲情の対象にはなりえないけど。

ヒヨにとっては、羞恥の対象になるのか。

アタル,「別に今、はいているパンツを見せろっていってるわけじゃあるまいに……」

ひよこ,「ちょっぷ!」

アタル,「まぬえるッ!?」

照れ隠しなのかなんなのか、ヒヨのチョップが俺の脳天に命中。

ちょっとだけ痛かった。

ひよこ,「もーっ! 何言っちゃってるのかなぁっ!? アタルくんがそんなえっちなこと言うなんて思わなかったよ!」

アタル,「だから、見せろって言ってるわけじゃないだろが……」

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「どっ、どうしてもっていうなら、お風呂入った後で、ちゃんと綺麗なのはいてからじゃないと……」

アタル,「ちょっと待て! 人の話を聞け!おまえ、どうかしてるぞ!だから、そんな要求してないだろうがッ!」

#textbox Khi0340,name
ひよこ,「え……? あ……そう……だっけ?」

殴られ損である。

そんなに痛くなかったし、顔を真っ赤にして取り乱しているヒヨの仕草が面白かったのでチャラにするとしよう。

かれこれ長い付き合いだが、こんな狼狽えた表情を見たのは久しぶり――ひょっとしたら初めてな気がする。

アタル,「落ち着いたか? 落ち着いたら、片付けの続きをやってしまいなさい」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「はーい。お片づけが終わったら、今度は遊びにくるね」

アタル,「別に構わないけど……明日は普通に学園があるんだからな。あんまり遊んでもいられないぞ?」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「あっ、そうだね。なんだか旅行に来てるみたいだから、ちょっと忘れちゃってたよ」

どうやらヒヨもまだまだ、今の環境には適応しきれていないらしかった。

アタル,「それに風呂入ったら寝るつもりだったし……今晩はこれ以上は、だな」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「うん、そうだね。ちょっと残念だけど……あ、そうだ、アタルくん」

アタル,「なんだ?」

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「……私って、その、メイドさんなんだよね? アタルくんがお風呂に入る時、お世話しないとダメかなぁ?」

#textbox Khi03A0,name
ひよこ,「お着替えを準備したりとか、お背中流しますよー……とか……私、アタルくんのメイドさんらしいこと何もしてないんだけど、こんなでいいのかなぁ」

アタル,「三助じゃないんだから、そこまでしなくていいって……ヒヨはそんなことしたいのかよ?」

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「ちょっと恥ずかしいけど……アタルくんがどうしてもっていうなら、するよ。私、がんばるよっ。だって、私はアタルくんのメイドさんなんだもんっ」

アタル,「頑張りが空回りになって申し訳ないけど、そこまでしなくていいからな。風呂くらい、1人でゆっくり入らせてくれよ、な?」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「うん、わかった。それじゃ、また後でね」

ヒヨは俺の部屋を後にし、今度こそ本当にひとりだけ。

特に王としての公務があるわけでもなく。

俺は再びベッドに転がり、やりかけの携帯ゲーム機に電源を入れた。

…………

……

巨大なモンスターが断末魔の雄叫びをあげて倒れ伏す。

その表皮を剥ぎ取り、剥ぎ取り……よし、ミッションクリア。

キリのいいところで、俺はゲームの電源を落とし、ベッドから立ち上がる。

そろそろセーラさんが風呂からあがる頃だろう。

俺も風呂に入る準備をしておかないと……えーっと、着替え、着替え……っと。

タンスの引き出しを開け、下着や寝間着を取り出していると、部屋のドアがコンコンと音を鳴らした。

アタル,「どーぞー?」

#textbox Kse0410,name
セーラ,「アタル様、お風呂あがりました~」

ドアを開け、顔を覗かせたのは、風呂上りのセーラさんだった。

まだしっとりと濡れた髪が色っぽい。

#textbox Kse04B0,name
セーラ,「どうかなさいましたか?」

アタル,「……あ、いえいえ、わかりました。わざわざありがとうございます」

思わずセーラさんに見入ってしまっていた。

#textbox Kse0410,name
セーラ,「アタル様、よろしかったら、お背中でもお流しいたしましょうか?」

アタル,「は!?」

#textbox Kse0420,name
セーラ,「それとも、お部屋でさっきの続き……しましょうか?」

アタル,「お! お風呂、入ってきまーす!」

詰め寄ってきたセーラさんの横をすり抜け、俺は浴場を目指した。

#textbox Kse0490,name
セーラ,「うふふっ、アタル様、かわいい♪」

…………

……

……で、風呂場って、どこだったっけか。

…………

……

ちょっとだけ道に迷いながらも浴場に到着した俺は、脱衣所で服を一気に脱ぎ捨て、浴室へと入った。

アタル,「うっわ……マジで広いな……!」

思わず、独り言も漏れるほどの広さだ。

浴槽で泳げるなんてのは、もはや当たり前。水を張って凍らせたら、アイススケートだってできるんじゃないか?

こんな広い風呂を独り占めできるなんて。

……やっぱり旅行気分なんだよな。途方もないスケールのせいで、未だに実感が沸かない。

手早く身体を流した俺は風呂の中に飛び込んだ。

アタル,「っぷぁあぁぁ……っ!」

体が拒まない程良い湯温。

じゃばじゃばと顔を流す。

風呂は命の洗濯だぁぁ……。

はぁ……極楽、極楽……。

顔を半分、湯船の中に沈めて、ぶくぶくぶく。

今日の疲れが、お湯の中に溶けこんでゆく。

自分が思っていた以上に疲れていたらしく、むしろ、今の俺の体を構成している組織のほとんどが『疲れ』でできていたらしく。

お湯の中に身体の全部が溶けてしまいそうな気がした。

アタル,「んー…………」

湯船の中にいると、立ち上る湯気のように、いろんな思考が浮かんでは消える。

頭の中がいっぱいいっぱいすぎて、思いついたことを書き留める間もなく、片っ端から霧散していくのだが。

ひとつ、脳内で留まった俺の思考。

俺が入る直前にセーラさんが、このお湯に浸かっていたんだよな……?

くんくん。

鼻を鳴らして、我に返る。

……バカじゃないの、俺。俺、バカじゃないの。変態なの。残り香なんてするわけないだろう。

さっき、セーラさんにのしかかられ、迫られたことを思い出してしまう。

セーラさんみたいな人にあんな至近距離まで迫られて、よくぞ耐え切った、俺の理性。褒めて遣わす。

でも、あそこで、もしセーラさんに手を出してたら……。

いろいろと終わっていたんだろうなぁ……。

彼女が嫌いかといわれれば、そんなことはない。

多少、強引なところがあるみたいだけど、それはあの美貌とスタイルでいくらでも帳消しにできる。

少なくとも、ミルフィに比べたら、よっぽど好意的だし、好感触だ。

そんなわけで、一方のミルフィ。

人の家を吹き飛ばしておきながら、未だに謝罪のひとつもなしだし、むしろ、逆ギレする始末。

そりゃ育ってきた環境が違うし、生まれながらのワガママ放題で育ってきたお姫様には、謝罪の文化ってのがないんだろうけどさ。

だからといって、それを笑顔で許せるかといったら、それは別の話。

俺だって人間、相手がどこの国のお偉いさんだろうが、ムカつく時はムカつく。

ムカつきも限界を超えれば口に出すし、きっと顔にも出ていただろう。

思い出したら、ムカムカしてきたな。

狭量だと笑わば笑え。でも、俺は時効なんかで許してやらないぞ。本人が直々に謝りに来るまで、俺はずっとこのことは――

こん、こん。

風呂のドアが音を鳴らした。

アタル,「だ、誰だっ!?」

さっきの流れからすると、もしかして、セーラさん……!?

さすがに俺が入った後に、中に入られてきては拒めない。

いや、とっとと風呂から出ればいいだけなんだけど。

張り詰めていた緊張感を風呂に浸かって失ってしまった俺には、彼女の魅力に打ち勝てるだけの精神力が残されていない……!

いや、メイドさんはお背中をどうとかこうとか言っていたヒヨという可能性もある。

どちらにしても、俺は――

#textbox kmi0420a,name
ミルフィ,「ア、アタル……? いる、わよね……?」

アタル,「え、その声は……ミ、ミルフィ……!?」

返ってきた声は俺の予想を潜り抜けて、一番ありえないミルフィのものだった。

彼女の性格からすれば、いきなり風呂に踏み込んできたりはしないだろう。安心だ。

俺は警戒を解く。しかし、何の用だろう。

アタル,「用があるなら、後にしてくれー。今、風呂に入ってるし」

#textbox kmi0420a,name
ミルフィ,「い、今じゃないと……ダメ……なの……」

風呂場の窓越しに映る彼女のシルエット。

そのシルエットは……スレンダーだった。

ひらひらした服を着ているようには思えない。

もしかして(その1)、ドアの向こうに立っている彼女は……裸?

もしかして(その2)、彼女は風呂に入ってこようとしている……!?

#textbox kmi04A0a,name
ミルフィ,「開ける……わよ……っ」

アタル,「あ、開けるって、ちょっ、ちょっと待て……!」

ガラッ

音を立てて、ドアが開いた瞬間、思わず後ろを振り返ってしまう。

ミルフィが? なんで、風呂に? 俺と一緒に?

アタル,「おっ、おい! ミルフィ! なんで、風呂に……俺が入ってるってわかってるだろ……!」

声が上擦る。

アタル,「どうしても今すぐ風呂に入りたくて我慢できなかったなら、俺が今すぐあがるから、ミルフィはちょっと目を背けてて――」

#textbox kmi0480a,name
ミルフィ,「いいの。アタルはそのまま……」

落ち着け落ち着け。沈まれ沈まれ。

続いて、体を流すシャワーの音が聞こえる。

ぴちゃぴちゃと水たまりを踏み鳴らす足音が聞こえる。

#textbox kmi0420a,name
ミルフィ,「アタル……こっち見てもいいわよ」

アタル,「い、いや、見るとかじゃなくって、早く出て行けって」

#textbox kmi04A0a,name
ミルフィ,「いいの……あたしの方を見て……」

おそるおそる、警戒心や期待や含みながら、俺はミルフィの方を振り返る。

いいんだな? いいんだな?

振り返って、目を開けた瞬間に、殴られるとか撃たれるとかは勘弁だぞ?

決死の覚悟でゆっくりと目を開けたそこにいたミルフィは。

#textbox KMI0410a,name
ミルフィ,「ね? 見られても平気なのよ」

全身を包むようにバスタオルを巻いていた。

#textbox KMI0490a,name
ミルフィ,「すぐに目を背けるなんて、紳士なのね……ふふっ」

アタル,「そりゃ、どうも……」

しかしながら、バスタオルを巻いているといっても、水でぴったりと張り付いたバスタオルは体のラインをしっかりと浮かび上がらせている。

全裸バスタオルって、本人が思っているより、刺激的な姿だぞ?

わずかな胸の膨らみや、腰からお尻にかけてのラインとかが露。

胸の膨らみの先端がちょっと盛り上がっているのだって、アレってつまり、その、未成熟なさくらんぼだよな?

#textbox KMI04A0a,name
ミルフィ,「う……見てもいいとは言ったけど、そんなにじろじろ見ないで……恥ずかしい……」

どーせーっちゅーねん……。

女の子と一緒に風呂に入るとなれば、緊張するし、どこに視線を送ればいいかわからない、でも、男だから見たい。

さっきのセーラさんもそうだったが、今回も生殺しだ。

#textbox KMI0410a,name
ミルフィ,「アタル、あたしも入るね」

ちゃぷっ、と、ミルフィの足が湯船に浸かり、肩まで体を沈める。

そして、俺の方にじりじりと近づいてくる。

#textbox KMI04A0a,name
ミルフィ,「ん……やっぱり、あんまりこっち見ないで」

アタル,「見ろって言ったり、見るなって言ったり忙しい奴だな」

#textbox KMI0420a,name
ミルフィ,「いいから……恥ずかしいでしょ……」

俺の頭を両手で掴むと、グリッと首を捻る。

アタル,「ぉごっ! わかった、わかったから、無理やり捻るな」

その仕草にふと、首を振ってる扇風機を、無理やり自分の方だけに向けたりしてたな、なんてことを思い出した。
…………

……

アタル,「それで、俺に何の用だ?」

#textbox KMI04A0a,name
ミルフィ,「あ、あの、ね……」

俺とミルフィは背中合わせで浴槽に浸かっていた。

何もこんな広い風呂で、こんな近くにいなくてもいいだろうに。

ミルフィの身体を包んでいるバスタオルが俺の背中に触れる。

俺の口調は落ち着いているようで、内心はバクバクだ。

ミルフィ,「今日のこと、謝ろうと思って……」

アタル,「……へ?」

彼女の口から出た言葉は、あまりにも予想外だった。

#textbox KMI0440a,name
ミルフィ,「その、あたし、アタルの家、壊しちゃったでしょ?だから、ごめんなさい……」

アタル,「え、あ、ああ……」

さっきはあんなに自分は悪くないって言ってたくせに、どういう風の吹き回しだ。

なんだか今までと様子がおかしい。こっちの調子まで狂ってしまう。

ミルフィ,「ごめんなさい……」

素直に謝られてしまうと、何も言えなくなってしまう。

ついさっきまで燃え盛っていた怒りの火が、風呂のお湯で一気に鎮火されてしまった。

ったく、ずるいよなぁ……そんな声で、そんな風に言われたら『ダメだ! 許さない!』だなんて言えるわけないじゃないか。

――彼女の声には力がある。

あからさまなワガママを言っていても、どこか許容してしまう何かがある。謝られたら、許さなくてはいけないような、そんな気分にさせられる。

それが王族のカリスマ性というものなのだろうか。

#textbox KMI0420a,name
ミルフィ,「あの……アタル……ダメ? 許してくれない?許してもらうのに、あたしは何をすればいいかな……?」

アタル,「い、いや、わかった。何もしなくていい。反省したならいいんだ、うん」

#textbox KMI0480a,name
ミルフィ,「ホント……? ほっ、良かった……」

アタル,「物は無事だったし、こんな家ももらえたわけだし……とりあえず、結果オーライってことにしておくよ」

#textbox KMI0410a,name
ミルフィ,「ありがと、アタル」

顔は見せてくれないけれど、ミルフィのホッとした表情が容易に想像できた。

アタル,「それにしても、別に風呂にまで入ってきて、謝らなくても良かったんじゃないのか」

#textbox KMI0420a,name
ミルフィ,「エリから『一緒にお風呂に入るのが、ニッポンでの仲直りの方法です』って聞いたんだけど……違うの?」

アタル,「ん……間違ってる……とは言わない」

裸の突き……否、付き合い。一緒に風呂に入ることで、親交が深まるとはいうけど。

それって同性の場合であって、男女だとちょっと……別の方向に行ってしまうというか……主にエロス方面。

#textbox KMI0410a,name
ミルフィ,「そっか。やっぱエリのいうことは正しかったのね、ふふっ」

だからといって、嬉しそうに笑ってるミルフィを否定する気にもなれず。

アタル,「ミルフィもちゃんと謝れるんだな。偉いぞ」

代わりに褒めてあげた。

#textbox KMI0470a,name
ミルフィ,「あ、あんまり子供扱いしないでよ……あたしはもう結婚できるくらいオトナなんだから、謝るくらい……」

――にしても、さっきからミルフィの雰囲気がおかしい。

どこかといわれれば……口調にトゲがない。

謝りに来たからか? 一緒に風呂に入ってるからか?

やけにおとなしく、朝から昼までの態度と比べてみたら、猫をダース単位でかぶっているように思える。

かぶって――あ、さすがにお風呂に入る時までは、王冠はかぶってないんだな。そりゃ、当たり前か。

こんな風に女の子とお風呂に入る経験なんて、ずっと昔――幼少の頃のヒヨ以来だった。

ちょっと緊張するけど、心地良いこの時間をいつまでも楽しみたいとも思った。

しかし、人間として、当然、入浴の限界が訪れるわけで。

アタル,「……ぅぐ……?」

頭と視界がグラッと揺らめいた。

温かいお湯の中にいるのに、体が冷たくなるような――つまり、血の気が引くのを実感する。

いかん、くらくらしているのはミルフィと一緒に風呂に入っているせいかと思っていたけど、これは……。

ミルフィより前から風呂に浸かって、長々と考え事をしていた俺が、ミルフィより先にのぼせてしまうのは至極当然。

……うぷっ。ヤバい、意識が、遠のきそうだ。

アタル,「ご、ごめん、ミルフィ……俺、もう、我慢が……」

もう、あがらせてくれ……。

ミルフィを押しのけて、ドアに向かおうとする。

#textbox KMI0420a,name
ミルフィ,「え、えっ……アタル、それってどういう……あっ!?や、やだっ、あたし、そんなつもりじゃなくて、まだその心の準備とか……ッ!」

何を勘違いしているんだか知らないが、ミルフィは俺を湯船から出すまいと、ぐいぐいと肩を押してくる。

アタル,「ちょっ、おまっ……! やめ……!出る、出ちゃう……!」

大変汚くて申し訳ないのだが、夕飯が。吐瀉物が。

#textbox KMI0450a,name
ミルフィ,「で、出るって!? ダメ、ダメ、アタルっ!それだけで出ちゃうのっ!?」

だから、何を言ってるんだ、こいつはっ!いいから、早く俺を湯船から出させてくれ!

俺が無理矢理にでも出ようとすると、それを食い止めようとするミルフィの力が増す。

いつもならミルフィ程度の力くらい容易に弾き返せるはずなのに、グロッキー状態の今ではそれもままならない。

だ、駄目、だ……っ!

もう知ったことか!

俺は一気に湯船を飛び出そうと、ミルフィの体を押しのけ――ようとした。

――これは、様々な運命が重なった結果である――

1)俺、ミルフィを押しのけようと手を伸ばした。

2)ミルフィ、立ち上がろうとした。

2)ミルフィの体に巻いているバスタオルに、俺の指が引っかかった。

#textbox KMI0450a,name
ミルフィ,「ひにゃっ……!?」

3)タオルが外れた。

#textbox KMI0050a,name
4)すっぽんぽん わーい

申し訳程度な丘陵、草木のない土手。

刻が止まった。

衝撃的な光景に、血流が狂い、酔いも覚めた。

ミルフィ,「…………」

アタル,「えーっと、その……」

アタル,「……がんばれ?(発育的な意味で)」

#textbox KMI0020a,name
ミルフィ,「き――きっ――」

アタル,「……キリン?」

#textbox KMI0030a,name
ミルフィ,「きゃああぁあぁあぁぁぁっ!!??」

ミルフィの高らかで耳をつんざくような、鼓膜を直接刺激する超音波のような悲鳴が風呂場に反響する。

エリス,「いかがなされました、ミルフィ様――」

――エリスさんは本当に優秀な付き人である。

主の悲鳴に対して、一瞬の躊躇を伴うことなく、他国の王が入っている風呂場へと駆け込んでこれるのだから――

エリス,「ア、アタル王ッ!?」

アタル,「エ、エリスさ――」

エリス,「死ねぇえぇぇぇっ!」

いつの間にかエリスさんの手にしていた2丁の銃が、立て続けにミルフィの悲鳴にも負けない発砲音を鳴らす。

アタル,「わっ、わっ、ぅわぁっ!?」

エリス,「ハッ!? ついカッとなって!」

オマエは自制心の効かない昨今の若者か!

そんなツッコミを入れる間もなく、じたばたと弾を避けた俺だったが。

アタル,「アッ――」

突然の新たな侵入者に気を取られた俺は、足元に置ちていた石鹸に気づかず。

つるっ。

アタル,「おっとー……!」

全裸のまま、世界がひっくり返り。

アタル,「――ぺどろっ!?」

背中に痛みが走ったと思った次の瞬間、そのまま意識が、ブラックアウトする。

へー……石鹸って踏んづけると本当に転ぶんだー……。

…………

……

アタル,「いてて……」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「ちょっと背中を打っただけだよ。アタルくんならこんなの一晩寝れば治っちゃうよ」

アサリ,「そうですねー、命には別状ないと思いますよー」

エリス,「大変申し訳ない……アタル王が負傷した全責任は、自分が負わせていただきます」

エリスさんは俺に対し、深々と頭を下げた。

アタル,「いや、本当、もういいって……」

エリス,「いえ、そういうわけには参りません。姫様が慰み物になる瞬間を目撃してしまったとはいえ、よもや一国の王に対して、銃口を向けてしまうなど……!」

アタル,「ちょっと待て!凄まじい誤解が、未だに解けていない!」

エリス,「全ての過ちは、自分の命をもって償います」

エリスさんは取り出した銃を口に咥える。

アタル,「ちょっ! ちょーッ!」

ひよこ,「ダメ! ダメだよ、エリスさんっ!いのちをだいじに!」

物騒なエリスさんを、俺とヒヨで止める。

目の前で自害する瞬間なんて見たくねぇ!

エリス,「もとより命に始まり、存在の全てを姫様に捧げた身!自分がどうなろうと構いはしません!ですが、なにとぞ、なにとぞ、姫様をお幸せにして――」

アタル,「……だーかーらー! 俺のことはもういいんだ!大した怪我じゃなかったし!」

アタル,「それに慰み物とか……女性がそんなこと言わないでくれるか。だいたい俺はミルフィに何も――」

#textbox Kmi0370,name
端っこで座っているミルフィが俺にジト目を向けてきた。

アタル,「――してはいないんだし」

――してはいない。実際に手出しはしていないぞ。ちょっと裸を見てしまったというだけで。俺の裸も観られてしまっただけで。
#textbox Kmi0320,name
ミルフィ,「むぅぅ……」

俺の思惑がミルフィに伝わってしまっているのか、ミルフィは照れているようなー、怒っているようなー、なんとも言い難い表情を浮かべていた。
しかしながら、彼女のそのパジャマは何事だろうか。着ぐるみなのか。イスリア王族の正装はそれなのか。

ツッコんでいいのか迷うところだ。これも異文化交流?

エリス,「つまり、アタル王、自分にはお咎めなし、ということでよろしいのでしょうか?」

アタル,「パレードの時にお世話になってるし、それで帳消しってことでいいかな」

命を助けてくれた人に、あやうく射殺されるところだったというのは、微塵も笑えないジョークだが。

エリス,「寛大な恩赦――感謝致します」

そんな一悶着があり。

アタル,「それじゃ、もう夜も更けてきたし、今日はこれで解散」

俺の鶴の一声。

ひよこ,「はーい、おやすみ、アタルくん」

セーラ,「おやすみなさいませ、アタル様」

アサリ,「おやすみですよー」

エリス,「いい眠りを、アタル王。さ、姫様もご挨拶を」

ミルフィ,「うん……おやすみ……アタル」

ミルフィ,「あたしの裸を見た男は、アタルが初めてなんだから……」

アタル,「ん?」

ミルフィ,「あたしの裸を思い出して、変なことしたら……許さないんだからね」

アタル,「変なことって――」

何事かと思い、一拍置いたが。

アタル,「――わざわざそんなこと言うな……」

それが何のことを言っているのか察し、頭を抱えた。

確かにミルフィの裸体は未だに目に焼き付いているけど、それでどうこうしようとは思わねぇよ。

なにはともあれ、全員を部屋から追い出して、部屋に鍵をかける。

これでようやく、あまりにも長かった1日が終わりを告げようとしていた。

朝イチから、空から女の子が降ってきて。

ニッポンの王様就任を告げられて。

王冠を被らされたりして。

いろんな国のお偉いさんに挨拶して。

パレードなんかやっちゃったりして。

姫様たちと一悶着あって。

……長いよ、長すぎだよ。俺が今まで生きてきた人生の中で、間違いなくトップクラスの、濃縮果汁還元300%な濃密な1日だったよ。

明日は普通に通学。

もちろん学園中にだって俺が王になったという話は知れ渡っているだろう。

寝て起きて目が覚めたら、やっぱりこれは何かの間違いでしたとかなっていることを、ちょっとだけ祈りながら。

俺は柔らかな布団に、身を横たえたのであった。

おやすみっ!

意識は間もなくして、深い眠りの中へと落ち込んだ。

………………

…………

……

???,「さー、ドアが開きましたよー」

???,「ありがとうございます~……それでは♪」

???,「はーい、がんばってきてくださいねー」

暗がりの中、微かに聞こえてくる小さな声と音。

アタル,「んん……?」

くすぐったい。

何か柔らかなものが絡み付いているような感触。

その感触は足元から始まり、ふくらはぎ、膝と次第に緩やかに俺の足を這い登ってくる。

アタル,「ひぅ……ッ!」

耐えかねて、思わず声が漏れた。

……え? な、なんだ!? 俺の足元に何がいる!?

今、自分に起きている異変を理解し、目覚めた俺は布団を剥がす。

この柔らかさ、嗅いだ覚えのある甘やかな匂い。

俺は、この感触を、知っている!

俺の足元に誰が潜んでいるのか、目で見るよりも先に理解した。

セーラ,「ア・タ・ル・さ・ま」

案の定、セーラ姫様だった。

アタル,「セッ、セーラさっ……んむぐっ!?」

セーラさんの白魚のような指が、俺の口を塞ぐ。

いや、口どころか、指の1本が俺の口内に侵入してきて、俺の舌の動きを阻害した。

……セーラさんって、指まで甘い。

セーラ,「ひゃんっ……アタル様、あまりペロペロしないでくださいませ……♪」

アタル,「んむぇっ? ご、ごめんらはい……」

無意識の内に、舌が動いてしまっていたらしい。

セーラさんは俺の唾液の絡んだ指を口内から取り出し、唇に当てる。

静かにして、のポーズ。

セーラ,「お静かに、アタル様。王宮が広いとはいえ、あまり大きな声を出すと、他の方に気づかれてしまいますわ~」

アタル,「セ、セーラさん……? あの、なんで俺のベッドに?」

セーラ,「アタル様と添い遂げようと思いまして。ニッポンの言葉でいうと、夜這い、というんですよね」

アタル,「はぁ、ヨバイ……」

寝起きで判断力が低下している俺は、ヨバイという言葉の意味が把握できておらず。

アラブ首長国連邦のひとつだったかな?ははは、それはドバイやー。

ひとりボケツッコミを済ませた後。

アタル,「ちょ、ま、まっ!」

事の重大さに気づいて、もがいて、俺は布団から逃げ出そうとした。

だが、セーラさんの足が俺の足をしっかりとロックしている。力を込めようにも寝起きで全力を揮えない。

なにより、相手は女性だ。なまじ力を入れて、怪我をさせるわけにもいかない。進退かなわず。
セーラ,「ね、アタルさまぁ……」

甘い囁きが、俺の耳を刺激する。

アタル,「こ、こんなことしてっ! お父さんが泣くぞっ!」

抵抗できるのは、口だけだ。

彼女の心に訴えてみる。

セーラ,「あら~、お父様も夜這いは認めておりますよ~?」

アタル,「そ、そんなバカなッ!?」

あのいかつい王様が、んなことを認可してるっていうのか……!?

昼にお会いしたセーラさんの父上こと、バルガ王の顔が浮かぶ。

そして、彼とのやり取りが脳裏に浮かぶ。そういや、あの時――

バルガ,「今晩にでも、セーラを気に入ることになるであろう。セーラのことを可愛がってやってくれたまえよ」

不可解だった言葉を口にしていた。

今晩……可愛がる……アレって、こういう意味だったのか!?

セーラ,「クアドラントでは、気に入った殿方に対し、夜這いをするというのはごく普通なことなのですよ」

セーラ,「今のニッポンとは多少文化が違うようですが、そこは異文化交流ということで~……」

アタル,「異文化交流って言葉を使っておけば、なんでも許されるって思うなよ!?」

ふわりと漂ってくるセーラさんの香りは、時間が経つごとにその妖艶さを増してくる。

ヤバイ……このままだと、本当にセーラさんと交わっちゃう……。

セーラ,「私、こういったことは未経験ですけれど……アタル様のためでしたら、どんなことでもして差し上げたい……」

アタル,「えっ、未経験……なの?」

セーラ,「と、当然ですっ。私、誰とでも体を重ねるような、ふしだらな女じゃありません……私の体は一生、好きな人だけに捧げると決めています」

セーラ,「あっ、ですが、アタル様に経験がおありでも、私は気にしませんので、ご安心くださいませ」

アタル,「お、俺だってその、未経験ですよ……こんなこと……」

セーラ,「まぁ、そうだったんですか~? 私、アタル様のような素敵な方でしたら、てっきり経験済みだとばかり……」

段々と抵抗する力が失われてゆく。彼女の吐息に、そんな不可思議な力があるとしか思えない。

セーラ,「アタル様、私の初めての人になってくれませんか?」

言葉を交わす度に、頭がぼんやりとし、貞操観念が失われてゆく。

セーラ,「初めて同士なのでしたら、本当に嬉しいです」

……まぁ、セーラさんがそういうなら……別にいいかな……。

セーラ,「さ、力を抜いてください、アタル様……不束者ではありますけど、私に身を任せてくださいませ……」

セーラさんの指が俺の体を伝う。

触れられた場所全てが性感帯になってしまったかのように、俺の体にぞくぞくと甘い痺れが走る。

アタル,「く……ッ」

もともと気持ちいいことが嫌いなわけじゃない。

思春期を迎えた青少年、もちろん、そういった行為にだって興味はある。

興味がないなら、エロ本を隠し持ったりしないさ。

そのお相手がこんなに綺麗でプロポーション抜群のセーラさんなら、別に拒むこともないじゃないか。

セーラ,「ゆっくり……愛を深め合いましょう……」

彼女のその言葉がトドメ。それで俺の理性は堕ちた。

もう……どうにでも……なっちゃえ……。

――抵抗する力を解き、セーラさんのされるがままになろうとしたその時。

#textbox khi0410,name
ひよこ,「んー……ドア開いてる?アタルくーん? まだ起きてるのー?」

ヒヨの言葉は、まるで金縛りを解く一喝だった。

アタル,「ま、まずいっ! セーラさん! 布団の中に隠れてっ!」

#textbox Kse04A0,name
セーラ,「あんっ! やっ、無理やりしないでくだ――むきゅっ」

パジャマ姿のヒヨが入ってくるよりもわずかに早く、俺はセーラさんを自分の布団の内側に隠蔽する。

3人が川の字に寝れるサイズの特大ベッドだ。セーラさんのひとりやふたり隠すことだって難しくない。

もっとも、隠されている当人に、『隠れている』という意識があるならば――だが。

アタル,「ヒ、ヒヨっ! まだ起きてたのか!?」

#textbox Khi0480,name
ひよこ,「あー、やっぱ起きてたんだー。ダメだよー、明日は学園に行くんだから、あんまり夜更かししてちゃ」

アタル,「い、いやほら、枕が変わったらなかなか寝付けなくて……っていうか、そういうヒヨだって、こんな時間まで起きてるじゃないか」

#textbox Khi0460,name
ひよこ,「あはは、お風呂が広くて気持ちよくてねー。ついついうとうとしちゃって、お風呂の中で寝ちゃってたよー」

#textbox Khi0420,name
ひよこ,「夢の中でなんか息苦しいなーって思ったんだけど、目が覚めてよかったよー」

アタル,「危ないな……ずっと前もそんな話してた気がするけど、風呂で寝るのは禁止。絶対に禁止だか――ぃうっ!?」

#textbox Khi0410,name
ひよこ,「アタルくん、ど、どうしたの? 変な声……」

アタル,「い、いえ、どうもしません!どうもしませんことよ!」

思わず跳ねてしまった語尾を隠すように、俺は口元を布団で覆う。

布団の中に隠れている人が本気で隠れているつもりなら、こんなことはしてこない。

人の下腹部をまさぐったり――なんて。

自分以外の誰にも――他人に触らせたことのないデリケートゾーン。

セーラさんの指が布団の下で、もぞもぞと蠢いている。

やられている当人である俺も、何をされているかわからない。

故に、ただならぬ快感がさざ波のように俺の体を襲う。

なるほど、目隠しプレイってこういう快感なのか!うわー、これは新しい何かに目覚めちゃいそう、って、感心している場合じゃないっての!
今、ヒヨと話しながらも布団の中では、俺のバーニングスティックはのっぴきならないことになってるわけでして!

話しながらこんなことをされてることが、目の前のヒヨにバレたらどうなるのか!

……想像ができない。

今はただバレぬよう、この場を乗り切るのみ!

#textbox Khi0450,name
俺の様子がおかしいことに気づいたのか、ヒヨは訝しげな視線を俺に向ける。

ひよこ,「んー……?」

アタル,「ど、どうした?」

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「なんかお布団の下の方が膨らんでいるみたいだけど……なんかおかしいよね?」

アタル,「そ、そうか? ふつーだぞ、ふつー」

#textbox Khi0470,name
ひよこ,「うーん、フツーじゃないと思うよ?足を曲げてても、こんな方向まで……」

アタル,「わーっ、わーっ! ダメ、めくっちゃらめぇえぇぇっ!」

#textbox Khi0440,name
ひよこ,「わっ、いきなり大きい声でびっくりしたよー……なんで? どうしたの?」

アタル,「え、えーっと、その、布団の下、俺全裸なんだ!」

#textbox Khi0490,name
ひよこ,「えっ、ええーっ! そ、そんな裸で寝るなんてダメだよっ、汚いよっ?」

手をかけようとするヒヨを制止させるには、今の言葉はなかなか効果的だったらしい。

アタル,「な、なんだ、長い付き合いなのに、知らなかったのか?俺は今までだって、寝る時は全裸派だったんだぞ?」

#textbox Khi0470,name
ひよこ,「ウソ!? あれ、そ、そうだっけ? 何度も起こしに行ってるけど、アタルくんが裸のところなんて見たことないような……」

アタル,「それはたまたまだ。ヒヨが来るのを見越して、パジャマを着てたんだ」

#textbox Khi0450,name
ひよこ,「ううぅ……すっごくウソっぽい……」

アタル,「ウソだと思うなら、めくってみてもいいぞ?」

アタル,「ただし、めくったら最後、ヒヨは男の神秘を目撃するけどな! オマエにその度胸があるのなら、めくってみるがいい!」

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「自信満々すぎるよぉっ!? うぅ……なんか、もぞもぞ動いているみたいだけど……?」

アタル,「それが神秘だ。男には意志とは別に、勝手に動いちゃう部分があるんだ! ヒヨだって、子供じゃないんだから、それくらいわかるだろ?」

#textbox Khi0440,name
ひよこ,「そ、そうなんだ……男の子って不思議なんだね……」

ポッとヒヨは顔を赤く染める。

アタル,「そうなんだ、不思議な物体だから、これ以上近づくと――ぁふぅ!」

#textbox Khi0490,name
ひよこ,「だ、大丈夫……なの?」

アタル,「あ、ああ……大丈夫だ……俺のことなら心配はいらない……荒ぶるコイツを収めるのに、ヒヨがいちゃダメなんだ……!」

#textbox Khi0470,name
ひよこ,「え、そうなの? 私、邪魔しちゃってるの?」

アタル,「ああ、ヒヨがいると荒ぶるコイツを制御できなくなっちまう……! 俺が抑えている内に早く寝るんだ! な!」

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「う、うん。それじゃ、おやすみ……あの……本当に大丈夫なんだよね?」

アタル,「バッチリだ。それじゃ、おやすみ」

俺はサムズアップのサインで、ヒヨを送り出す。

俺の部屋のドアが閉じて。

アタル,「っぷはぁッ!」

ただならぬ緊張感から開放された。

セーラ,「うふふっ、いつもはお休みになる時は裸なんですか~?」

アタル,「あんなの口からでまかせに決まってるでしょう!っていうか、何するんですか!」

セーラ,「何って……可愛いアタル様のを見ていたら、弄りたくなっちゃいまして~♪」

『可愛い俺の』って……可愛いのか、コレ。俺の股間の一本槍。

可愛いとは思えないんだけどな?荒々しいというか、野蛮というか、邪悪というか。

セーラさんは俺のトランクスの上から、その邪悪の太幹に沿って、ツツツと指を滑らせる。

激しく責め立てるわけではなく、極めてじれったい指の動き。

アタル,「お、おふぅ……も、もうやめてください……っ!」

セーラ,「ダメ……なんですか?」

アタル,「だから、ダメだって言ってるじゃないですか……!ったく……バレなかったからいいものの……」

セーラ,「別にバレても私は構わなかったのですけど……アタル様の意向は大切にしたいと思います」

アタル,「だったら、いじらないでくださいよ……!」

セーラ,「我慢できなくて、ついイタズラしてしまいました……ごめんなさい」

アタル,「ぐ……!」

ニコッと優しく微笑まれては、それ以上何も言えなくなってしまう。

その間もセーラさんの手は、俺の下腹部どころか、股間に添えられっぱなしなんだ。

セーラ,「もう一度聞きますけど、今日はダメ、なんですね?」

俺は歯を食いしばって、目から血涙が溢れるんじゃなかろうかと思いながらも。

アタル,「……はい……!」

セーラさんの誘惑を拒んだ。拒みきった。

俺は……やったんだ……。

セーラ,「ニッポンには『据膳食わぬは男の恥』という言葉があると伺いましたけど~……それでもです?」

アタル,「それでもですっ! こういうことは結婚することが決まってから!」

セーラ,「まぁ~、では、婚約したら契りを交わしてくださるんですね?」

アタル,「あ。え、えっと……まぁ……そう……ですね?」

アタル,「そんなにしてみたいんですか? その……契り」

セーラ,「はい……妹たちが、好きな人と結ばれるのは、天国に昇るような気持ちだと散々自慢するものですから……」

妹たちとそんな話するんだー……随分とオープンな家庭だなー……。

あの父親があれば、子もこうなるということなのか。

セーラ,「アタル様と契りを交わす時は、きっと天に召されてしまいそうなほどの心地なのでしょうね……」

俺の昇天棒は、どれだけの破壊力を秘めているんですか。過剰な期待を寄せられても困るんですが。

#textbox Kse04D0,name
セーラ,「それでは、今晩はこれにて。アタル様と婚約できるように頑張ります。皆さんに負けないようにしないと」

アタル,「……皆さん?」

ミルフィ――だけの言い回しではない。一体、誰のことだ。

#textbox Kse0480,name
セーラ,「ですから、今はこれだけで我慢させてもらいますね」

悩んでいるその隙を突かれた。

いつの間にか、超至近距離に迫っていたセーラさんの顔。

#textbox Kse0490,name
セーラ,「ちゅっ♪」

頬に唇を寄せられ、軽くキスされた。

アタル,「う、うわっ!?」

#textbox Kse0420,name
セーラ,「ふふっ♪ ほっぺにチュ、いただいちゃいました」

セーラ,「それでは、今晩はこの辺で。また明日、ということで」

トンッと身軽にベッドから降りる。

アタル,「あの……セーラさんは……」

#textbox Kse04B0,name
セーラ,「はい?」

アタル,「セーラさんはどうして、俺のことがそんなに好きなんです?」

#textbox Kse04D0,name
セーラ,「人を好きになるのに、大層な理由が必要でしょうか?」

アタル,「え……」

#textbox Kse0480,name
セーラ,「一言でいえば、一目惚れ、です。アタル様のお姿を初めて拝見した時から、恋に堕ちてしまいました」

アタル,「ありがと……」

まっすぐに告げてくる彼女に気恥ずかしくなりつつも。

アタル,「……俺はそういう経験がないからわからないけど、一目惚れでそこまで好きになれるもんなのかな?」

そこだけはどうしても疑問だった。

彼女の『好き』は、あまりにも思いつめている気がする。

俺こそが確実に将来を共にする運命の人であると、核心しているかのように思えた。

#textbox Kse0490,name
セーラ,「――そういうことも、あるかもしれないですよ~?」

アタル,「……そっか」

その言葉に若干の含みと意図を感じつつも、この場は納得することにした。

#textbox Kse0410,name
セーラ,「それでは、おやすみなさいませ、アタル様」

アタル,「――うん、おやすみ」

小さく頭を下げ、セーラさんは退室した。

部屋に静寂が訪れ、俺は再度布団にくるまる。

――のだが。

アタル,「ぐぅぅ……」

体の一部分――セーラさんに触れられた箇所が、ひどく熱く疼きっぱなしだった。

……どうすんだよ、コレ。

格好つけ過ぎちゃったかなぁ……。

逃した魚は、あまりにも大きい。

その後、なんとかかんとかどうにかこうにか。

具体的な方法は割愛させていただくが、体をクールダウンさせた俺は今度こそ眠りについたのである。

――もう安眠を邪魔されませんように。

……

…………

アサリ,「いかがでしたかー、セーラさんー。一発キメてきましたかー?」

セーラ,「ま、まぁ……その言い方はちょっと下品ですよ、アサリさん~」

アサリ,「そうですかー? では、えーっと……セックスできましたかー?」

セーラ,「そ、それは、直接的すぎます、もうっ……失敗しちゃいました」

アサリ,「ですかー。お戻りになられるのが早すぎたので、失敗したか、もしくはアタルさんはすっごい早漏のどちらかだと思いましたがー、残念でしたねー」

セーラ,「アタル様はそんなに早くないですっ」

アサリ,「そうですかねー? 見たところ女性経験もなさそうでしたし、セーラさんのテクニックでしたら、即昇天だと思いますよー」

アサリ,「ま、それはともかくー、セーラさん、どうされますかー?」

セーラ,「どうするも何も、私はますますアタル様を好きになってしまいました……この想いは、本物です……」

アサリ,「あはー、でしたら、明日以降も頑張ってくださいねー。アタルさんを落とした暁には、アサリへの成功報酬もお忘れなくー」

セーラ,「ええ、もちろんです。アサリさんにはいっぱいお世話になってますから~。恩義を返さないようでは、クアドラントの名折れですよ~」

アサリ,「あはー、そう言っていただければー。では、おやすみなさいませー」

#textbox Kse0480,name
セーラ,「おやすみなさい、アサリさん」

#textbox Kse04B0,name
セーラ,「アサリさんが寝ている姿を見たことないのですけど、いつもどこで寝ていらっしゃるのでしょう~……?」

…………

……

――こうして、生涯で一番長い激動の1日は、ようやく、今度こそ本当に幕をおろした。

これから先、どんな日々が待ち受けているのか。想像もできないけれど。

――せめて、今だけは、夢の中くらいは、

不条理で破天荒な現実を忘れさせてくれ。

チュン チュン

外から聞こえてくる小鳥たちのさえずり。

窓から差し込んでくる柔らかく暖かな陽光。

アタル,「ぅんん……」

ふっかふかの過剰なくらいに柔らかな羽毛布団は、寝返りを打つ俺の体を優しく受け止めてくれる。

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ひよこ,「アタルくーん、起きてー。早く起きてー」

そんな俺を呼ぶのは、散々聞き慣れた幼なじみの間延び気味の声。

アタル,「うーん……あと5分……」

#textbox Khi0380,name
ひよこ,「もー、王様だからって、遅刻はよくないと思うよー」

……おう……さま。

ヒヨに言われ、俺は目を覚ます。

今までより快適な環境での起床だというのに、俺の心はどこか、沈んでいた。

目を開ければ、そこにはふわふわのロングスカートを身にまとったヒヨの姿。

アタル,「……ヒヨはなんでそんな格好してんだっけ?」

確認。

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「なんでって……昨日からここで暮らす事になったでしょ?私はアタルくんのメイドさんだよ」

にぱっ♪と、にこやかな太陽の如し、晴れやかな笑顔。

アタル,「そうだよな……そうなっちゃったんだよな……」

頭を抱える。

そう、やっぱりどうしても、夢じゃないんだ。

起きたら夢だと思いたい現実だった。

決して羨ましい環境などではない。

まるっと一国を、俺の決してたくましいとはいえない肩に載せられた重圧は凄まじいヘビーウェイトだ。

#textbox Khi0390,name
ひよこ,「わ、すごいクマだねー……寝れなかったの?」

アタル,「ああ、うん、まぁ……」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「そっか、昨日、枕が変わってなかなか眠れないって言ってたもんね」

アタル,「うん……そういうことにしておいて」

王様の重圧もだが、ずっとセーラさんのことを思い出してしまい、なかなか寝付けなかったのだ。

頬に触れた彼女の唇の感触を今でも思い出せる。

彼女に襲われかかったのも夢じゃなかった。

アタル,「そういや……入口、鍵かけてなかったっけか?」

昨晩、セーラさんが出て行った後、内側からちゃんと鍵をかけたはずだ。

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「うん、かかってたけど、私、お屋敷の鍵渡されてるもん。ほらっ、メイドさんの特権だよ。えっへん」

懐から鍵を取り出し、見せつける。

ジャラッとリングに通された鍵は、端から端まで数十個。

その内、一番右端の鍵には金の装飾が施されていた。

それが俺も持っている、俺の部屋の鍵だった。

――まぁ、あまりゆっくりしてていい時間じゃない。

家の場所が変わってしまった今、学園への通学にどれだけかかるかわからない。

俺は布団を押し除け、ベッドから降りようとする。

#textbox Khi0390,name
ひよこ,「ひゃ、ひゃあっ!?まだ私、ここにいるんだよっ!?」

ヒヨは慌てて目を閉じ、手で顔を覆う。

アタル,「? 何慌ててるんだ、おまえ」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「な、何って、あ、あれ……はいてる?」

アタル,「はいて……? ああ」

昨晩の『全裸なう』の妄言を本気で信じていたのか。

アタル,「ヒヨが出て行った後で、はいたんだよ。ヒヨが起こしに来ることもあろうと思ってな!」

俺はしれっと言ってのけた。

#textbox Khi03A0,name
ひよこ,「そ、そうだったんだ……もう驚かさないでよー……」

アタル,「――とか言いつつ、指の隙間から見てたな?ヒヨは何か期待してたんじゃないのか?」

#textbox Khi0390,name
ひよこ,「きっ、期待なんてしてないよッ!アタルくんのえっちぃっ!」

べちす!

アタル,「あッばす!?」

ヒヨのチョップが俺の額の正中線を捕らえるように炸裂した。

ひよこ,「もぅ、んもぅ、んもぅっ!早く着替えて、みんなのところに来るんだよっ!」

アタル,「お、おぅぅ……イテテ……」

ヒヨのチョップの当たった額をさすりながら、俺はバカでかいクローゼットの中から、服を取り出す。

自宅のタンスに入っていた普段着に加え、アイドルが着る舞台衣装のようなマントやら、モッコモコした毛のくっついた服が入っていた。

……さすがにこれは普段着にはできんよな……。

そんな服にはまったく興味も示さず、手も伸ばさず、極めて普通な、学園指定の制服に着替えたのだった。

…………

……

アタル,「お……みんな、おはよ」

廊下ですれ違う使用人さんに挨拶されつつも、俺が食堂に顔を出すと、そこには既にフルキャストが勢ぞろいしていた。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「おはようございます、アタル王」

昨晩帰った柴田さんも、いつの間にやらご出勤。

食卓の上には、俺を待ちかねていたかのように湯気を立てる料理が並んでいた。

柴田,「本日はロシア風の朝食とさせていただきました」

ひよこ,「あ、そうなんですねー。このホットケーキみたいなのはなんですか?」

柴田,「スィルニキといいまして、カッテージチーズをたっぷり使ったパンケーキです。そちらのジャムと合わせてお召し上がりください」

アタル,「こっちのクレープみたいなのは?」

柴田,「ブリヌイといいます。王のおっしゃられる通り、ロシア風のクレープですね」

アタル,「ブリヌイ……へぇ……」

初めて聞く名前だった。当然、口にしたこともない。

柴田,「真ん中にトッピングがありますので、お好きな物をお申し付けください」

スモークサーモンやイクラ(親子だ)、マッシュポテト、クリームチーズ、色とりどりの野菜。

また、クリーム、ジャム、フルーツ。

クレープと同じく、主食にするもよし、デザートにするもよし、ってことか。

セーラ,「そこの瓶はなんでしょう?」

セーラさんが指さしたのは、サーモンと寄り添って置かれている黒っぽい粒の入った瓶だ。

柴田,「はい、朝食はロシアで取り揃えたということで、最高級のベルーガキャビアをご用意させていただきました」

アタル,「ベルーガ……キャビア?キャビアって、あのキャビア!?」

ひよこ,「すごーいっ! 私、キャビアなんて食べたことないよ。どんな味なのかなっ?」

アタル,「俺だってないぞ。世界三大珍味のひとつ、だっけ?三大珍味なんて、どれも食ったことないよ」

三大珍味――キャビア、フォアグラ、トリュフだっけ。

トリュフっぽい物なんて、いつぞやのバレンタインデーにヒヨがくれたトリュフチョコレートを口にしたくらいだ。

美味しかったけどね、トリュフチョコ。

柴田,「おや、そうでしたか。では、夕飯には世界三大珍味を取り揃えたフルコースをご用意しておきましょう」

そんなことを言いつつ、柴田さんはロシアクレープ(ブリなんとか。名前忘れた)に、チーズやらサーモンを見事な手際で挟みこんでゆく。

アタル,「えっ!? い、いいよ! だってお高いんでしょう?」

柴田,「はは、王が思っているほどではありませんよ。では、夕飯を楽しみにしててください」

ほぅ。未だ食べたことのない物が並ぶ夕飯がちょっと楽しみになった。

そして、最後にクレープの上にパラパラとキャビアを散らして完成。

柴田,「王、どうぞ。ひよこさんも、こちらを」

アタル,「あ、ども」

ひよこ,「わーい、ありがとうございます♪」

目の前に差し出されたキャビアを載せたクレープ。

その上に載るキャビアだけをフォークですくって、口に運ぶ。

初めてのキャビアの味は――

アタル,「魚卵だな」

ひよこ,「そうだねー。イクラみたいだけど、おいしーよ?」

アタル,「うん、美味しい。美味しい」

生まれて初めて食べたキャビアは、正直にいってしまうとよくわからない味だった。

口の中でぷちぷちと弾ける感触はイクラよりも心地良くて、すごくなめらか。

思っていたよりも生臭くないし、美味しいけど……世界が激変するほどの味ではない……かな?

自分が家庭料理慣れした貧乏舌な上に、期待が大きく上回ってしまったせいで、感激が薄いだけなのかもしれない。

だって、スプーン1匙で数千円するとか聞いたら、食べてる気なんてしないでしょ?

……未だに庶民気質が抜けきっていない。まだまだ昨日の今日だ、無理もなかろて。

ミルフィ,「エリ、あたしはクリームチーズがいいな。あ、サーモンもたっぷりお願いね」

エリス,「かしこまりました、姫様」

柴田さんに負けず劣らずな手際で、自らの主のためにクレープを拵えるエリスさん。

作ってるエリスさん自身はほとんど口にしていないように思える。あの姫様の面倒を見るのは、なかなかに大変そうだった。

エリスさんは大変そうな素振りなんて、ちっとも見せないけれど。

ミルフィ,「……アタル? 何か用?」

アタル,「あ、いやいや、別に……美味いよな」

ミルフィ,「そうね、なかなかじゃない?」

そう言いつつも、満面の笑みのミルフィ。

なんだかんだで感情を殺すのが下手なタイプだった。

しかし、朝っぱらからキャビアを食べる優雅な食卓……。

すげぇなぁ、王様……。

現実離れした現実につい呆けてしまったが、視線を感じ、顔をあげる。

#textbox Kse03B0,name
セーラ,「アタル様? どうかなさいました?」

アタル,「い、いえ! なんにも!」

#textbox Kse0390,name
セーラ,「うふふっ、おかしなアタル様」

……おかしなのはあなたですよ、セーラさん。

昨晩、あれだけのことをしておきながら、あなたはなんでそんなに平然としていられるんですか。

もちろん、そんなことを口に出せるわけもなく、むぐむぐと無言でクレープを口の中に詰め込んだ。

ひよこ,「あれ、アタルくん、どうしたの?なんか顔赤いよー?」

アタル,「な、なんでもないっ! あ、あー、そうだ、もうこんなゆっくりしてる時間じゃないんじゃないかな! そろそろ登校しないとヤバい時間じゃないのかな!」

と、饒舌にまくし立ててみた。

ひよこ,「あ……そうだね、いつもならそろそろ出ないといけない時間だね」

柴田,「確かにそろそろ出た方がよろしい時間ですね。いつでも出られるよう、外に車を待たせております」

アタル,「え、車で通学するの!? い、いいよ、そこまでしなくても。目立っちゃうじゃないか」

柴田,「ですが、アタル王。徒歩ですと、王宮の正門を出る頃には、始業時間となってしまいますよ?」

アタル,「ぐ……確かに」

この王宮の敷地は広大すぎる。

柴田,「ちなみにここから鷹羽学園までは、およそ10km。徒歩で向かわれるのでしたら、2時間ほど前には出ていなければなりません」

ひよこ,「10kmもあるの? わぁ……それじゃ歩いていくだけでへとへとになっちゃいますね……」

柴田,「さて、王。お車を使われないのでしたら、就任の翌日から大遅刻をなされますか?」

柴田,「それとも、本日付けで学園をお辞めになられて、家庭教師による帝王学を学ばれますか?」

アタル,「わかったわかった、車で行くよ」

柴田,「そう言っていただければ、準備している車も無駄にならずに済みます」

食事を終えた俺、そして、メイド服から学園指定の制服へと着替えたヒヨは、ともに用意された車へと向かう。

アタル,「――というわけで、俺とヒヨは学園に行ってくるから、ミルフィとセーラさんは、家でおとなしくしててくださいね」

ミルフィ,「えー、アタルがいないんじゃ、暇じゃないー」

アタル,「別に俺がいなくたって、やれることはなんだってあるだろ。エリスさん、ミルフィのこと、見張っておいてくださいね」

エリス,「かしこまりました。いつでもどこでもいかなる状況においても、自分は姫様をストーkいえ、見張っておりますので、ご心配には及びません」

言いかけた単語に、すさまじい犯罪臭を感じ取ったのは俺の気のせいだと思いたい。

セーラ,「愛する旦那の帰りを待つのも、妻の務めですわ。行ってらっしゃいませ、旦那様♪」

アサリ,「おみやげ、お願いしますねー」

アタル,「学園にそんなもんないよッ!」

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「あははっ、それじゃ、行ってきますねー」

賑やかに見送られつつ、俺とヒヨは手を振りつつ、王宮を後にし、車へと乗り込んだ。

…………

……

ミルフィ,「行っちゃったわね」

セーラ,「行ってしまわれましたね」

ミルフィ,「さて、と――あたしたちも行くわよ。セーラ、あなたもそのつもりなんでしょ?」

セーラ,「――あら、ミルフィさんもでしたか~。アサリさん、準備のほどは~?」

アサリ,「もちろん、転入手続き、全て完了してますよー。こちら、学生手帳とその他教材ですー」

エリス,「姫様、こちらが鷹羽学園の制服になります」

ミルフィ,「エリ、ありがと。さ、ちゃっちゃと着替えて、向かうわよ! 転校生だからって、遅刻するわけには行かないからねっ!」

エリス,「それにしても、先程の話では、セーラ様は編入の素振りをお見せになられてませんでしたので少々驚きました」

セーラ,「うふふっ、サプライズです~♪愛する方の驚く顔を見たいじゃないですか♪」

ミルフィ,「ま、考えることはどっちも一緒ってことよね。準備できたら、ヘリで向かうわよ。ふふっ、アタルの驚く顔が見物ね♪」

…………

……

昨日、家から王宮へと連れてこられた時と同じ、スモークガラスの張られた車体の長い車に揺られての登校である。

揺られて、というが、揺れなんてほとんど感じない。

シートはふっかふかのソファ。目の前には飲み物まで置かれている至れり尽くせりぶり。

#textbox ksi0110,name
柴田,「乗り心地はいかがですか?」

アタル,「あ、うん……最高……」

これで不満なんて出るものか。こんな登校シーンがあっていいのか。

#textbox khi0160,name
ひよこ,「すごいよー、アタルくん。ふっかふかだよ、ふっかふかー」

ぽふぽふと、もっこもこのソファを叩くヒヨのテンションは上がりっぱなしだった。

さて、一路学園を目指しているわけだが。

ちょっとシミュレーション。学園についた俺は、一体どういう顔をすればいいんだろうか?

王様の威厳を保って、偉そうに?

逆にみんなの怒りを買わないよう、卑屈に?

あまり目立たないように、こそこそと?

それとも――

#textbox khi0110,name
ひよこ,「アタルくん、どうしたの? なんか変な顔してるけど」

アタル,「そうか?」

#textbox khi0120,name
ひよこ,「うん、眉毛がキリッ!ってなったり、へニョンってなったり。百面相だね。ふふっ」

思わず自分の眉毛に触ってみる。

眉間にシワが寄っていた。

#textbox khi0160,name
ひよこ,「アタルくん、昨日からころころ顔が変わって、ちょっと面白いなー。今までそんなアタルくん、見たことなかったな」

アタル,「そりゃあ……こんなことになってるからだよ。まさか王様になるだなんて思ってなかったからさ」

#textbox khi0130,name
ひよこ,「うーん……アタルくん、考えすぎじゃないのかなぁ?」

アタル,「……考えすぎか?」

#textbox khi0160,name
ひよこ,「うんうん、考えすぎ、考えすぎ。もっとお気楽極楽にしてればいいんだよ?」

アタル,「そう言われてもなぁ……」

#textbox khi0110,name
ひよこ,「私もいきなりアタルくんのメイドさんになっちゃったけど、別に気にしてないよ? むしろ、楽しんでる。すっごく楽しいよ、アタルくんのメイドさん」

アタル,「おまえは考えてなさすぎなんだ。もうちょっとこの異常な状況をだな」

#textbox khi0150,name
ひよこ,「考えすぎてもしょうがないよー。アタルくんが王様になっちゃったのは、本当のことなんだし、ひっくり返すことはできないんだし」

#textbox khi0110,name
ひよこ,「だったら、大事なのは今をどうやって楽しむか、じゃないかな?」

アタル,「……んむぅ」

一理ある。

#textbox khi0170,name
ひよこ,「考えすぎちゃって、アタルくんがアタルくんじゃなくなっちゃうのは……私は嬉しくないな」

アタル,「それはよくわからないな……俺はどうなったって俺だろ」

#textbox khi0110,name
ひよこ,「そうなんだけどね……あ、もうすぐだね」

言われて窓の外を見ると、そこは見慣れた景色。学園に程近い通学路だ。

アタル,「あ、柴田さん、ここまででいいです。あとは歩きますんで」

#textbox ksi0150,name
柴田,「そうですか? 校門前までお連れする予定でしたが」

アタル,「こんな車で校門前に乗り付けたりしたら、目立つじゃないですか。歩きますよ」

#textbox ksi0110,name
柴田,「いえいえ、アタル王。あなたはとっくに注目の的になっていることを自覚なさってください」

#textbox ksi0110,name
柴田,「昨日のパレードはニッポン国内だけでなく、世界の主要都市に中継されています。世界であなたを知る人が億単位でいるのですよ?」

アタル,「……億? マジで?」

#textbox ksi0110,name
柴田,「はは、今更冗談を言っても始まりませんよ」

#textbox ksi0110,name
柴田,「『どうしても』というのでしたら、ここで降りていただいても構いませんけれども。昨日のように、生命を狙われる可能性もありますが」

昨日のような、殺し屋による凶弾。

昨日は当たらなかったから助かったものの、あんな幸運は何度も訪れてくれないだろう。

アタル,「……校門の前までお願いします」

#textbox ksi0110,name
柴田,「懸命な判断です」

――それからほんの数分後。

#textbox ksi0110,name
柴田,「――アタル王、ひよこさん、着きましたよ」

アタル,「え、もう?」

ブレーキをかけたことも気づかないくらいソフトに、車は校門前に停車していた。

ドアが自動で開き――

俺は学園に到着した。

柴田,「さ、アタル王」

いつの間に運転席から降りていたのか、柴田さんはドアの横に立ち、恭しく一礼。

アタル,「うん」

ざわ… ざわ…

俺が車から降りると、登校中の学生たちが稀有なものを見るような視線をぶつけてくる。

当然か、1人しかいないこの国の王。稀有そのものだよな。

俺に視線が集中しているのがわかる。

緊張していて、その無数の視線の意味を測り知ることはできないけれど。

昨日のパレードもだけど、人に注目されるのは慣れてないんだよ。

ひよこ,「アタルくん、シワ寄ってるよ。ふつー、ふつー。普通にしてないとだよ」

アタル,「むぅ……そうだな、普通にしてないとな」

……肩の力を落として。

周りを見てみる。

なんだかキラキラした瞳の女学生と目が合った。下級生だろうか。見覚えや面識はない。

昨日のパレードの時を思い出し、俺はなんとなく手を振ってみた。

女子学生,「きゃーっ♪」

真っ黄色な声で叫ばれた。何事だ。

ひよこ,「モテモテだね、アタルくん♪」

アタル,「え、いや……モテ? てるの?」

ひよこ,「昨日までアタルくんのことを知らなかった人にとって、アタルくんは国で一番偉い王様でしょ?」

ひよこ,「そういう人は王様ってすごいって、思っちゃうんじゃないかな? 憧れちゃうんじゃないかな?」

アタル,「そういうものかな?」

ひよこ,「そういうものだと思うよー。女の子にとって、白馬の王子様っていつの時代も憧れだもん」

アタル,「王子じゃなくて王様なんだけどさ……」

アタル,「憧れるのって……ヒヨもか?」

ひよこ,「うん、もちろんだよー♪」

そう言って、笑う。

柴田,「それでは、アタル王、お帰りの際にはお迎えにあがりますので、ご連絡をいただけますよう」

アタル,「うん、ありがとう」

俺とヒヨは皆に注目されつつも、昇降口から校舎へとあがる。

――その直後。

校舎の上を1機のヘリコプターが通過した。

…………

……

ざわ…      ざわ……    ざわ…          ざわ…

俺が廊下を歩いているだけで、校門前にいた時よりも大きなざわめきが起きる。

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「アタルくん、人気者だねー」

アタル,「物珍しさだろ」

王様になってから登校初日。いずれみんなも慣れるだろう。

自分の学園に、この国の王様が通っていることくらい、ごく普通に慣れて――

――本当にみんなは慣れてくれるんだろうか。

通い慣れたはずの自分の教室のドアの前に立ち。

俺はおそるおそるドアに手をかけ、開けた。

クラスメイトたちの視線が一斉に俺を向く。

う……!?

#textbox Khi0130,name
ひよこ,「ほらほら、アタルくん。普通に普通に。いつも通り」

アタル,「ああ、そうだな……」

アタル,「お、おはよう!」

挨拶をしたその瞬間だった。

男子学生,「国王が来たぞーっ!」

クラスメイトの1人が声を上げた瞬間。

アタル,「えっ、えぇっ!?」

クラスメイトたちが津波のように、俺の元へと押し寄せてきた。

女子学生,「王様おめでとーーっ!」

男子学生,「まさかアタルが王様になっちゃうなんてな!」

アタル,「え、あ、ありが――」

女子学生,「ねぇねぇねぇねぇ、王様ってどんな感じ!?王宮ってすごいの!?」

男子学生,「今度、遊びに行ってもいいか? テレビでやってたけど、やっぱりデカいんだろ!?」

アタル,「あ、まぁ――」

男子学生,「昨日の戴冠式見たぜ! すごかったな!」

女子学生,「あっ、あたし、沿道に並んだよ!手振ってたんだけど、気付かなかった?」

アタル,「え、そうなの? ごめ――」

男子学生,「マジ羨ましいよな! もう一生勝ち組じゃねーか!」

女子学生,「あっ、それって、国枝くんと結婚したら、チョー玉の輿ってことだよね? すごくない? すごくない!?」

女子学生,「あたしたち一般庶民じゃムリムリ。だって、お姫様にプロポーズされてるんでしょ?」

男子学生,「なぁにぃ!? お姫様、お・ひ・め・さ・まだと!?」

息をつく暇も与えてくれない怒涛の質問ラッシュ!今ので何連コンボだ!?

アタル,「ちょ、ちょっ! 落ち着け、みんな落ち着け!」

ぴたっ!

俺の制する声で、皆の質問の濁流は止まる。

アタル,「えーっと……みんな、そんな感じなの?」

女子学生,「そんな感じって……どんな感じ?」

アタル,「いや、てっきり、遠巻きに見られたりだとか……やたらかしこまられたりだとか、ハブられたりだとか……そんなのを想像してたんだけど……」

クラスメイトたちは顔を見合わせる。

そして。

男子学生,「ぶっは!(笑)んなわけないじゃん!だって、アタルだぜ?」

男子学生,「そうそう、今更、お前に何の遠慮するんだって話だよ」

男子学生,「たった一晩で超絶勝ち組になったのは、正直にいえば、妬ましいけどな! チクショウ、その幸せの一部でいいから、俺たちに分けろ!」

アタル,「え、え……」

俺の肩に腕を回してくる。

王様になったところで、こんなもんなのか……?

男子学生,「そりゃ、アタルが王様になったってのは驚いたけどさ。いざここに来てみれば、全然普通じゃん?」

男子学生,「そうそう、お前が変わってさえいなきゃ、いきなり態度を代えたりしないって」

アタル,「あ、あー……そ、そういうもんなの……?」

俺が王冠被って、マントを翻したりしてたら、その限りではなかった、ってことか……?

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「ね? 普通にしてれば大丈夫なんだよ」

アタル,「あ、ああ……」

昨日から散々悩んでいたのは、俺の取り越し苦労だったらしい。

もっとも、俺がいいクラスメイトに恵まれていたのは間違いないことだと思うのだが。

…………

始業ベルが鳴り響いても、学生たちの俺――というか王様への興味はなかなか収まらず、質問責めは続いた。

担任,「おーい、ベル鳴ってるぞ、早く席に着けぇー」

入口から担任が入ってきて、質問会はこれにて解散となった。

俺の席は教室の一番後ろ。

その俺の前にはヒヨがいる。

今まで通り、王になる前から何も変わらない場所だ。

チラッチラッと担任は俺の方を見る。

王様である俺のことが、さすがに気になるのだろう。

担任,「あー、こほん、今日は2人の転校生を紹介しまぁす」

女子学生,「どうしたの、先生? なんか変だよー?」

確かにいつもノリが違う。

いつもジャージ姿で『ヒゲゴリ』の愛称で学生たちに親しまれている、何をするにしても豪快な数学教師とは思えないほどの繊細さ。

幾分緊張しているように見える。

王様の俺がここにいるからか? 俺のせいだろうか?

――しかし、それは自惚れだったらしい。

こんな妙な時期に、王である俺のクラスへ、2人の転校生が同時にやってくるのだから。

それが誰なのか、俺はすぐに察するべきだった。

担任,「――では、入ってきてください」

???,「はーい♪」

???,「はーい♪」

ひよこ,「あれっ、この声って――」

アタル,「うぇ……!?」

廊下から聞こえてきた声は聞き覚えのあるもので。

教室のドアから中に入ってきたその姿も、当然、とてつもなく見覚えのあるものだった。

担任,「――というわけで、今日から同じクラスになることになりました。えっと……自己紹介をお願いします……」

鷹羽学園の制服に身を包んだ、ミルフィとセーラの両お姫様である。

ふたりのお姫様オーラの前に、萎縮して縮こまっているヒゲゴリは、まるで借りてきた猫だ。ヒゲネコだ。猫的な可愛いさなんて微塵もないけれど。

セーラ,「クアドラント国王女、セーラです」

まずはセーラさんから自己紹介。

ミルフィ,「あたしは、ミルフィ。ミルフィ・ポム・デリング」

男子学生,「いぇやっふぅー!!」

男子学生,「お姫様キターッ!」

クラスメイト――特に男子のテンションはダダ上がり。

俺が王様になったことなんて既に忘れているかのようでさえあった。

アタル,「ミ、ミルフィ!? セーラさんッ!?なんでここに!」

ミルフィ,「あ、やっほ、アタルー」

セーラ,「あっ、アタル様~♪ 来ちゃいました♪」

疑問に思うまでもない。国の権力を使えば、学園の1つや2つに転校してくるくらいわけないだろう。

家でおとなしくしててくれ、といって、おとなしくしてくれるようなキャラじゃないのは、昨日の時点でわかっていた。

もちろん、姫様が単身で乗り込んできたとも思えない。お付きの2人は――

#textbox ker0110,name
エリス,「チラリ」

ふたりが入ってきたドアの外から、中を覗き込んでいるエリスさんがいる。

セーラさんのお付きのはずのアサリさんの姿はないが、彼女が神出鬼没なのは、今に始まったことでもなし。

気がついたら、俺の後ろにいたりとか――

なんとなく、後ろを振り返ると。

#textbox Kas0110,name
アサリ,「あ、アタルさん、どーもー」

アタル,「ドゥワァ!?」

本当にいたぁッ!?

背後に人の気配をまったく感じなかったぞ!

別に俺は熟練の戦士でもなんでもないけど、背後に人がいれば何かを感じるものじゃないか。

それを微塵も感じず、顔を合わせるその瞬間まで、周りの誰もが気づいておらず、存在が希薄だった。

#textbox Kas0120,name
アサリ,「やですねー、お化けを見たみたいに驚かないでくださいよー、あははー」

顔を合わせた今となっては存在をしっかり認識できてるけれど、さっきの気配殺しっぷりはなんだったんだ。

担任,「それでは、おふたりともみんなに何か一言言っていただけますか?」

セーラ,「立場は一国の姫ではありますが、学園にいる間は、皆さんと同じ一学生です。皆さん、仲良くしてくださいね」

男子たち,「「おおおおおおおっ!」」

セーラさんの微笑みに、クラス中の野郎どもが湧いた。

無理もない、昨日の俺ならば、周りの奴らと同様、今の笑みだけで骨抜きにされていたことだろう。

ミルフィ,「ふぅん……いきなり男の心をがっちり掴むなんて、さすがはセーラね」

担任,「では、ミルフィさん」

ミルフィ,「はーい、あたしは学園に入学した手始めに――」

皆の注目を集める中、黒板の前に立つツインテの少女は。

ミルフィ,「学園をあたし好みに改造させていただきます♪」

アタル,「は?」

突然、わけのわからんことを言い出した。

セーラ,「え?」

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「ふぇ?」

ミルフィが高らかに上げた指を、パチンと鳴らしたその瞬間。

ジャキッ!

窓の外に、廊下に、一体どこから沸いたのか、銃を構えたイスリア軍の兵士がズラリと並んだ。

クラス中,「「おおおおおおおっ!?」」

セーラさんの時と文字面だけだと同じだが、意味合いはまったく違った悲鳴が湧いた。

アタル,「な、何やってんだ、ミルフィ!?」

ミルフィ,「ほら、ニッポンのアニメとか漫画だと、転校生がみんなの人気者になるか爪弾きにされるか、ふたつにひとつじゃない? だから、前者になるため、人心掌握を――」

アタル,「人心掌握っつーか、これは恐怖政治だよな!?」

ミルフィ,「そうかしら? それに学園が変形して地球防衛の拠点になるのって定番じゃない? だから、手始めに学園を占拠して、改造するのもまとめてやっちゃおうかなーって」

アタル,「ちょ、ちょっと待てぇ! 了承できるか、そんなこと」

この校舎が変形して、巨大ロボットが飛び出したりするのか。俺たちが地球を護るのか。一体どこの誰の脅威から護るんだ。

むしろ、今、ミルフィ自身が最大の脅威じゃねぇか。

ミルフィ,「あは、安心して、アタル。合体ロボットの搭乗者の1人にはちゃんと選んであげるからね」

アタル,「誰も頼んでねぇよ!?」

セーラ,「もうっ! そんな勝手なことをしてはダメですよ、ミルフィさん! 皆さん、困っているじゃないですか」

ミルフィ,「む、セーラ、そうやってあんたはあたしが人気者になるのを邪魔するつもりねっ!」

セーラ,「そんなつもりはありませんっ! 私はアタル様しか見ていませんし、なによりこの学園をアタル様との愛欲の園にするんですからっ!」

アタル,「……そっちもちょっと待て。今なんつった」

セーラ,「――お願いします、アサリさん!」

アサリ,「はーい、セーラさんのご命令とあらばー」

俺の後ろに立っていたアサリさんが動いた。

#textbox Kas0120a,name
俺の背後――教室の一番後ろに立っていたというのに、一跳躍で黒板の前へと躍り出る。

そして、黒セーラーに包んだ真っ黒な彼女の手に握られているのは。

真っ黒で巨大な、彼女の背丈以上の、鎌。

アタル,「どこに持ってたんだ、そんなのーッ!?」

#textbox Kas0150a,name
アサリ,「アタルさん、恥ずかしいこと言わせないでくださいー。女の子には秘密のポケットがあるんですよー、ポッ」

アタル,「秘密のポケットに、そんなデカいのが入るわけねーだろがぁっ!」

#textbox Kas0120a,name
アサリ,「まー、そこは企業秘密なんですがー、ミルフィさーん、ちょーっと静かに、おとなしくしててくださいねー。ヘタに動くと、殺しちゃうかもですよー」

#textbox Kmi0190,name
ミルフィ,「ふぅん……エリ」

ミルフィが名を呼んだ瞬間、銃声が響き渡り、その一瞬の後、激しい金属音が鳴り響いた。

エリス,「――させんよ」

音のした方を向けば、エリスさんの握っている銃の銃口がアサリさんに向けられていた。

アサリ,「危ないじゃないですかー……威嚇もなしに、いきなり頭を狙うなんてー……アサリじゃなかったら死んでますよー?」

エリス,「――当然だ。殺すつもりで撃ったからな」

アサリ,「あはー、残念でしたー。アサリを倒すつもりでしたら、あと100万発ほど足りなかったですねー」

エリス,「なるほど、確かに1発では足りないと見える。貴君を倒すのに100万とんで1発が必要ならば、あと100万発、用意してみせようか」

エリスさんのもう片手にも銃が握られる。

アサリ,「はぁ……やれやれですよー。エリスさん、邪魔しないでくださいー」

エリス,「他ならぬ姫様のご命令だ。姫様の邪魔をする以上、自分は貴君を排除する」

アサリ,「あらー、アサリはあなた如きに遅れをとったりはしませんよー?」

エリス,「ほぅ?」

アサリ,「あはー?」

ふたりして、静かに微笑み合う。

――それが開戦の合図だった。

ドンッ!

ふたりは弾けるように、床を蹴る。

凄まじい震脚に、教室が揺れたかのような錯覚を覚えた。

エリスさんの2丁拳銃から鳴り響く銃声。

そのエリスさんの放った銃弾を、アサリさんが鎌で弾くことで鳴る金属音。

鎌がエリスさんを捉え損ねて空を切り裂き、そして、ふたりが駆ける度に風が巻き起こり、空気が悲鳴をあげる。

3つの立て続けに重なりあう戦いの旋律が、俺たちを巻き込む。

エリスさんの流れ弾、アサリさんの弾いた跳弾、ふたりの踏みしめた足は、壁にいくつもの傷跡を残してゆく。

エリス,「ほぅ、思っていたよりやる」

アサリ,「あはー、こっちのセリフ、取らないでくださいよー」

エリス,「少しだけ――」

アサリ,「――見直しましたよー」

ミルフィ,「セーラ、この場はお互いの付き人のどっちが強いかで決めるってのでどう?」

セーラ,「そうですね~。私は戦うことなんてできませんし~」

ミルフィ,「それじゃ、決定ね。エリっ、絶対負けるんじゃないわよ」

セーラ,「アサリさ~ん、頑張ってくださいね」

エリス,「ハッ、元より承知しております」

アサリ,「達成報酬は、クロマグロ1匹で結構ですよー」

物理法則を無視したハイスピードな交戦。なんとか目で追いかけていても、突然視界から消えたり、突然現れたり。

人間って鍛えあげると、こんなスピードで動けるように鳴るのか? 外国の人ってすげぇな!

女子学生,「な、なにこれっ、なんかのアトラクション?」

突然、何が始まったのかわかってないクラスメイトたちはあっけに取られていた。

当然、俺も何が始まっちゃっているのか、さっぱりわからない。

男子学生,「よ、よくわかんねーけど……軍人のおねーちゃん、カッケーぞ! やれやれーッ!」

男子学生,「せっかくだから、俺は猫耳セーラーを応援するぜっ!」

何かの出し物だと思ったクラスメイトたちは、無責任にも応援を始めた。

そして、その空気は、あっという間にクラス中に蔓延。

遺憾の意を表明するばかりで、争い事とはとんと無縁な我がニッポン国だ。

平和ボケしっぱなしなクラスメイトたちは、目の前でおこなわれているこの光景を『戦い』だとは認識できず――エンターテイメントだと思っている。

そのことがわかっているのは、戦っている本人たち、けしかけている姫様たち、それに、俺と――

ひよこ,「ど、どど、どうしよっ。なんか大変な事になってるよっ」

俺の方を見て、わたわたしてるヒヨくらい。

ミルフィ,「そうよ、そこよっ! あー、惜しいっ!」

セーラ,「アサリさん、右です左です!」

姫様たちは自分の付き人の応援に忙しいし。

頼れる執事の柴田さんもこの場にはいない。

この非常事態を止められるのは、俺しかいないのか。

国王の俺が、止めなきゃダメなのか。

アタル,「や、やめ……ッ!」

#textbox Khi0190,name
ひよこ,「アタルくん?」

震える声を絞り出し、荒れ狂う暴風のように立ち回る2人の間に歩み入るべく、俺は立ち上がる。

このまま続けてたら、絶対に怪我人が出る。

戦いに割り込もうにも、2人のスピードには追いつけるわけがない。それでもっ!

2人が交差する中へと駆け込み、通せんぼをするように両手を左右に広げて。

アタル,「エリス! アサリ! やめろぉっ!」

腹の底から、叫んだ刹那。

アタル,「――ッひ!!?」

こめかみに突きつけられていたのは、エリスさんの拳銃。

首筋に突きつけられていたのは、アサリさんの漆黒の鎌。

ゾゾゾゾと血の気が、音を立てて引いた。

エリス,「戦いの最中に飛び込んでくるとは。危ないですよ、アタル王」

アサリ,「そうですよー。危うく、アタルさんの首と胴体がサヨナラしちゃうところでしたよー?」

俺の命運を左右する瞬間でありながら、キョトンと何食わぬ顔で呟く2人。

アタル,「こ、国内での交戦はっ、禁止したっ!」

エリス,「ハッ……そうでしたね。失礼いたしました」

アサリ,「あれー、そーでしたっけー。ごめんなさいー」

こめかみに当たっていた銃が、エリスさんのガンホルダーに収められる。

首筋に当たっていた鎌は一瞬で消えた。

本当、その鎌の収納システムはどうなってんだ。

アタル,「ミルフィとセーラさんもだ! けしかけたりするんじゃない!」

ミルフィ,「……ごめん……」

セーラ,「すみません……」

教室には交戦の傷跡が残されている。

担任,「え、えーと、国枝くん……?つ、つまり、今のはどういうわけなんだね?」

アタル,「――え、えーっと、今のはですね……!」

今起きていたこと全てをなかった事にするには――どうする? どうすればいい?

えーっと、えーーーっと……!

アタル,「お、俺の王様就任&お姫様転校記念のサプライズイベントでした! ど、どう? すごかったでしょ!?」

アタル,「――ってことで、どうでしょう……?」

――なんて、ごまかしてみる。

教室中がシン……と静まり返った。

さすがに……誤魔化し切れないか……?

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「ホッ、なぁんだー。もうアタルくんってば、なんにも教えてくれないんだもん。びっくりしちゃったよー」

助け舟を出してくれたのは、ヒヨだった。

助かった……さすがは空気を読める幼なじみだ……。

……もしかしたら、本気でそう思っているのかもしれないけど。

男子学生,「えっ、な、なんだ、そうだった、のか……」

女子学生,「そうだよねー、あんなこと、普通の人にできるわけないし」

エリス,「ふふ、そんなことはない。我が国の諜報きかnムグッ!」

アタル,「そ、そうそう、そうだよ! むりむりだよねー!はは、はははは!」

余計なことを言いかけたエリスさんの口を慌てて閉めて、無理やり笑い飛ばして締めることにした。

男子学生,「だよなー、ははは」

そんなでも納得してしまう、平和ボケニッポン人の民族性、恐るべし。

…………

……

――なお、この後、教室の修繕のため、本日、我がクラスはこれにて学級閉鎖となった。

文字通りに、教室が閉鎖されたのである。

…………

……

アタル,「いいかげんにしろーッ!」

青空に俺の怒号が響き渡った。

セーラ,「ひゃんっ……!」

ミルフィ,「な、なによぉッ!そんな怒鳴らなくてもいいじゃない!」

アタル,「どこからツッコめばいいものやらって感じだけど!まずはなんで編入してきてるんだよ!家でおとなしくしてろって言っただろ!」

ミルフィ,「ふふん、あたしが家でおとなしくしてるだけの器なわけがないじゃない!」

胸を張って威張るツインテ王女。

アタル,「どういう開き直りだ、それ……ねぇ、付き人、両名? 見張っててって言いましたよね?」

エリス,「ええ、自分は確かに見張るように厳命されました。故に、今、ミルフィ様を見守っております」

見守ってるだけじゃ意味ないんだよ……!

止めてくれなくちゃ意味ないんだよ……!

アサリ,「アサリもニッポンの学園には興味ありましたからねー。一度来てみたかったんですよー」

もはや見守るということすら放棄している、コッチのネコミミ黒セーラーはどうでもいい。

さっきの戦いを見てしまった以上、この2人に対してあまり強く言うのも躊躇われた。

下手をすれば命がなくなる。

セーラ,「でも、アタル様と同じ場所で生活させてくださってもよろしいではないですか~?」

ミルフィ,「そうよ、だいたいちゃんと入学の手続きを踏んで、ここに通ってるのよ。それを責められる謂れはないわよね」

アタル,「百歩ゆずって、同じ場所で生活するのはともかく、俺の生活をおびやかすのはやめてくれませんかねぇ!」

ひよこ,「そ、そうですよっ! さっきのはさすがにやりすぎだと思いますよっ。あんなのずるいよっ」

この場に同席しているヒヨが抗議。ずるいという言い分はよくわからない。

アタル,「正式な手続きを踏んでるのなら、学園に通うのは別にいいけどさ……」

アタル,「ただし、俺への必要以上の接近はダメだからな!」

昨晩みたいなハプニングの数々を、学園内で巻き起こしてくれそうだから困るのだ。

ひよこ,「そう、禁止! ダメ絶対!」

アタル,「……ヒヨ、随分、押してくるな?」

ひよこ,「え、だって、ほら、えっと、ク、クラスのみんなの気が散っちゃうでしょ? みんなの授業の邪魔をしちゃダメだよ、うん、ダメダメ」

アタル,「うん、その通り。俺だけじゃなくて、クラスメイトにも迷惑をかけちゃダメ」

セーラ,「え~……アタル様、イケズです……それでは学園をアタル様と私の愛欲の園に変えることができないではないですか……」

アタル,「あんたは学園に何を期待してるんだ!?」

セーラ,「……え、言わないとダメですか……?」

アタル,「やっぱり言わないで結構です!」

アタル,「それに、ミルフィもだ! さっきの学園改造ってのはなんだよ! 巨大ロボットなんざ、ニッポンにありゃしねぇよ!」

ミルフィ,「え……? またまた、アタルってば何言ってるのよ」

アタル,「……ん? おまえこそ、何を言ってるんだ?」

ミルフィ,「だって、ニッポンに巨大ロボットがいないとか言い出すから。いるに決まってるじゃない」

ミルフィ,「隠したって無駄なのよ。衛星から確認だってしたんだから」

ひよこ,「えっ? あの、ミルフィさん?」

アタル,「え、えーと……?」

ミルフィ,「……あ、そっか、トップシークレットだもんね。知らないフリしてても、あたしはわかってるんだから」

えっへん! と、自信満々に胸を張るミルフィ。ミルフィの謎のお電波発言に困惑する俺とヒヨ。

俺たちの困惑がわかっていない様子のセーラさんとアサリさん。

その中、訳知り顔なのは、エリスさんだけだ。

エリス,「アタル王、ひよこさん、ご無礼」

アタル,「え、わ、わっ?」

ひよこ,「わ、わわわわっ?」

エリスさんに肩を組まれ、屋上の片隅にまで引っ張られるように連れていかれる。

そして、俺とヒヨはフェンスを正面に、ヘッドロックを食らわせられたまま、話し始めた。

ひよこ,「あの……エリスさん?」

エリス,「今の話ですが――ミルフィ様は巨大ロボットの存在を心底信じておられます」

アタル,「巨大ロボットって……あの……ロボットアニメとか戦隊モノに出てくるヤツ? 合体したり、変形したり」

エリス,「はい、その巨大ロボットです」

アタル,「……ちょっと待て。常識的に考えれば、あんな物は実在しないってわかるでしょう? フィクションだけの話ですよ」

エリス,「ですが、ニッポンは実際に等身大の巨大ロボットを製造した――」

ひよこ,「え、そうなの? ニッポンってすごいんだね……」

アタル,「いや、そんな話、聞いたことも――あ」

そういや、ニッポンでは等身大の巨大ロボットを作っていた。そして、展示していた。

もちろん、実際にはアニメのように動きなどしない、コクピットもない、ただ立たせているだけの銅像のような代物だが。

期間限定で、全長20m近いロボットが、海に向かって立っていたことがあったのだ。

あいにくその実物を見には行ってないが、テレビでニュースになっていたのは知っている。

ひよこ,「えーっと、つまり、それを見て、ミルフィさんは本気になっちゃったってこと……?」

エリス,「ええ、あれ以来、ミルフィ様はいずれニッポンと技術協力をし合い、巨大ロボットを自国の主戦力にするのだと主張し続けているのです」

アタル,「いやいや、ちょっと待ってよ。エリスさんはそんなモノないって知ってるじゃん! なんで教えてあげなかったのさ!」

エリス,「……無邪気な姫様が、あまりにも可愛らしかったもので……教えるタイミングを失ってしまい……」

アタル,「オィィ!? あんた、実はアホか? アホなんだな?」

エリス,「自分の口から『実はロボットなんていないんですよ』だなんて申し上げたら、自分が姫様に嫌われてしまうかもしれないじゃないですか!」

彼女の目はマジだった。つくづく残念な人だった。

アタル,「知ったことか! とっとと嫌われでもなんでもしろ!……ぅげっ!?」

エリスさんは俺の首を締める力をわずかに強め――そして、急に声を低めた。

エリス,「姫様が――我がイスリアが本気になればニッポンなど、数日で武力制圧できる」

エリス,「我がイスリアの軍事力は、ニッポンのおよそ4倍だ」

アタル,「なん……だと……?」

エリス,「それを行わないのは、姫様がニッポンに数多の巨大ロボットが潜んでいると思っておいでのためだ」

エリス,「巨大ロボット1体で敵軍隊を壊滅させるのは、ロボット物のお約束のようだからな」

ひよこ,「そういうものなの……?私はあまり見ないから知らないけど……」

アタル,「……確かに、ロボット1体に、大量の戦闘機や戦車が蹂躙される光景はよく見るな」

戦闘機の機関銃や戦車の砲弾があたっても無傷な上、戦闘機をグシャッと片手で握り潰したり、戦車を踏み潰して、ペシャンコにするもんな。
エリス,「試しに姫様にバラしてでもみるがいい。巨大ロボットが存在しないことを知った姫様は、恥ずかしさのあまり、一昼夜の内にニッポンを火の海にしてみせるだろう」

アタル,「……ゴクリ」

ひよこ,「ひぇぇ……」

……

…………

ミルフィ,「し、知ってたもん! そのくらい、常識だもん! こ、このあたしが現実とフィクションをごちゃまぜにしてるとでも思ってたの!? あーもー、いいから滅べーっ!」

…………

……

アタル,「ぞっ……!」

その時のミルフィがなんとなく想像できた。そして、寒気が走った。

ひとりの姫の羞恥の隠蔽のために――しかも、『アニメと現実の区別ができてなかった』という理由で滅ぼされる国、ニッポン。
理不尽にも程がある。俺の代で、そんなピリオドの打たれ方は嫌すぎる。

エリス,「――そういうわけです、アタル王。くれぐれもこの件はご内密に。姫様に打ち明けるのは、機を見ていただきたく思います」

アタル,「あ、ああ……わかった……」

……

…………

アサリ,「わー、それでそれで?ダイザンガーはどうなりましたかー?」

ミルフィ,「それで、ダイザンガーは、はるばるアルデバランからやってきた宇宙怪物たちをね……あっ、エリ、話は終わったの?」

うっかり姫様・ミルフィは、どうやらセーラさんとアサリさん相手に、名作ロボットアニメの熱弁を奮っていたらしい。

ダイザンガーというのは、なんとなく名前を聞いたことがある。俺が生まれるよりもずっと前、今のようなCGも使われていない時代のロボットアニメだ。

内容に関してはタイトルすらうろ覚えの俺よりも、ミルフィに聞いた方がいいだろう。

エリス,「ええ、アタル王を少々問い詰めてみたのですが、在処を教えてくれませんでした。さすがは国のトップシークレット、といったところですね」

パチリと、エリスさんは俺に目配せを送る。

アタル,「あ、あぁ、もちろんだとも!いくら姫相手でも、そう簡単には教えられないな!」

ミルフィ,「むぅ……そっかぁ……それなら、アタル! あたしがあなたと結婚して、家庭を持てば、その時にはちゃんと教えてくれるわよね?」

アタル,「えっ? えーと、その時には……まぁ……」

ミルフィ,「よーっし、そうとわかればセーラには、何がなんでも絶対負けないんだからね!」

セーラ,「私も負けるつもりはありませんよ~」

2人の間で、バチバチと火花が散る。

どうやら俺を巡ってのバトルに、更なる燃料が投下されてしまったらしい。

…………

……

アタル,「はぁ~……!」

安息の場は自分の部屋だけだった。

本日の夕飯は、朝言っていた通りに世界の三大珍味を使った、フレンチのフルコースディナーだった。

料理はとても美味しかった。初めてフォアグラとトリュフを食べ、たった1日で三大珍味を制覇した。

しかしながら、テーブルマナーがわからず、フォークとナイフの使い方もあやふやで、事細かに指導されながらのお食事で。

アタル,「この水は何?」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「フィンガーボウルといいまして、汚れた際に指を洗うためのものです。くれぐれも飲んだりしませんよう」

アタル,「えーっと……この10本くらい並んでるナイフとフォークはどこから使えばいいの?」

柴田,「メニューに合わせて、外側から順に並んでおります。外側からお取りください」

#textbox Ksi0150,name
柴田,「ふむ……このような初歩の初歩のマナーもご存知ないようでしたら、やはり学園生活とは別に、必要最低限の帝王学は叩き込まねばならないようですね」

アタル,「うぇぇ!? ちょっと! 話が違うんですけど!」

ミルフィ,「諦めなさい、アタル。あなたが恥をかかないために必要なものよ、はむっ」

さすがお姫様というべきか、ミルフィは無駄のない動きでフォアグラのテリーヌを切り分けては口に運んでいた。

ミルフィ,「アタル1人だけが恥をかくならともかく、アタルの恥はそのままニッポンの恥になりかねないの」

ミルフィ,「しいては将来、后になるあたしたちにも影響しちゃうんだから、それは勘弁してよ?」

そう言ってミルフィは、ビシッ! と、フォークの尖端を俺の方へと突きつけた。

アタル,「ぐぬぬ……」

確かに一理ある、というか、正論そのものではあるが。

フォークで人を指し示すのは、マナー違反ではないのだろうか。

…………

と、まぁ。

食事中に指導され、食事が終わった後も『王として最低限覚えるべき事柄』を、柴田さんにみっちり叩き込まれ。

すっかり疲弊したわけである。

ニッポンの歴史に始まり、歴代の王様のこととか、ニッポンの法律だとか。

一度に叩き込まれても、頭に入りきらない。しかも、毎日、テストをするだとか言い出した。

……楽じゃないなぁ、王様。

ベッドに突っ伏していると、そのまま眠りに落ちてしまいそうだった。

寝る前に、風呂には入っておかないとな。

のそりと緩慢な動作で身体を起こし、俺は風呂場へと向かう。

すれ違う使用人たちに挨拶されながらも、頭の中では柴田さんに叩き込まれた年号やら法律やらがグルグルと渦巻いていた。

脱衣所で、一気に服を脱ぎ捨てる。

よし、浴槽に飛び込んで、嫌なことは全部忘れてやる。

でもテストがあるから、忘れちゃいけないことは、忘れないようにしないとな――

ひよこ,「ふぇ」

アタル,「ほぇ」

スキル:ラッキースケベが発動したその直後。

ひよこ,「きゃあぁあぁぁぁぁっ!」

アタル,「ぁんどるッ!」

ヒヨのチョップを脳天に喰らい、直前に見たヒヨの裸体と、せっかく覚えようとしていた俺の学習記憶が飛んだ。

…………

……

ひよこ,「もうもうもうもうッ! なんで私が入ってるところに入ってくるのーっ! 入浴中って書いてあったよねっ? 私の脱いだ服も置いてあったよねっ!?」

アタル,「考え事をしていて気付かなかった……面目ない……」

ヒヨの前で正座をさせられている俺。

#textbox Khi0380,name
ひよこ,「もうもう、アタルくんじゃなかったら今頃、お巡りさんだよ。逮捕だよ」

アタル,「はい、すみません」

メイドにこっぴどく叱られる王様というオモシロ絵面が、ここにあった。

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「……王様は大変だと思うし、疲れてるのはわかるけど……もっと気をつけなきゃ、ね?」

アタル,「はい、気をつけます」

土下座までする王様の姿。こんな低姿勢な王様、どんな絵本でも見たことないわ。

#textbox Khi03A0,name
ひよこ,「アタルくん、そこまでしなくていいよ。もういいよ。メイドさんに謝る王様なんて聞いたことないよ」

アタル,「奇遇だな、俺も聞いたことがない」

逆に、メイドに土下座する王の第一人者になれたのではなかろうか。

金輪際、歴史上に出てくることもないと思うが。出てきたとしても、隠蔽されると思う。

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「お互いに恥ずかしい思いはしたし……今日のことは忘れよ、ね」

アタル,「恥ずかしい思い……?」

#textbox Khi0340,name
ひよこ,「わ、私の……その……裸……見えた、でしょ?」

アタル,「え、あ、ちょっとだけ見えたような……いや、でも! 殴られたショックで消えた! 全部忘れた!」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「そう? それならいいんだけど……今は誰も入ってないと思うから、お風呂入ってくればいいと思うよ」

アタル,「あ、うん。本当にごめんな、ヒヨ」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「ううん、もう気にしないでいいからね」

そんなお叱りを受けた後、俺は改めてお風呂へと向かった。

……

…………

ひよこ,「うわわわわわ、すごいモノ見ちゃったよぉっ!アタルくんの、子供の時と違うよぉ……!」

#textbox Khi0350,name
ひよこ,「そうだよね、あんなのがアソコにあったら……昨日の夜みたいになっちゃうよね……男の人も大変なんだなぁ……」

…………

……

アタル,「ぷふぅい……」

風呂から上がってさっぱりした俺は速やかに寝支度。

明日、また学園に行くんだろうか。行けるんだろうか。

そして、彼女たちもまた行くのだろうか。

いろんな不安を覚えながらも、俺は布団に横になる……

その前に!

ぱぱらぱっぱぱ~ん!

アタル,「つっかえ棒~!」

説明しよう! これはつっかえ棒である! 説明終わり!

この文明の利器をどのように用いるかというと!

ドアにこうやって、斜めに引っ掛けて……と。

完成である!

部屋にはもちろん鍵がついているが、どうやらセーラさんには通用しないみたいだからな。

もっと原始的かつ物理的な力に頼ってみた。

自分でもドアを開けてみようとしたものの、ドアノブは動かない。

鍵を開けても、ドアノブが動かないならば入ってこれまい。これなら安心だ。

それでは、おやすみなさい。

…………

……

#textbox kse0420,name
セーラ,「一度拒まれても諦めたりはしないのです~。うふふっ、アタル様~」

ガチャ、ガチャ

#textbox kse0450,name
セーラ,「あ、あら~? 鍵が開いたのに、ドアが開かないです~」

#textbox kse0460,name
セーラ,「むぅ……アタル様ってば……今晩は諦めるとしましょう……残念です~……」

どうやら、無事に撃退に成功したらしい。

これで今晩からは枕を高くして眠れるというものである。

ふう、やれやれ。おやすみなさいっ。

#textbox khi0310,name
ひよこ,「アタルくーん!?アタルくん、起ーきーて、起きてよー」

アタル,「んむにゃ……?」

けたたましく、自室のドアを叩く音が聞こえてくる。

エリス,「随分と騒がしいですね、どうなされましたか」

ひよこ,「アタルくんを起こしに来んですけど、ドアが開かないんですよー。おかしいなぁ、中で何か引っかかってるのかなぁ」

エリス,「なるほど――離れてください、ひよこさん」

そんなやり取りが聞こえてきたと同時。

アタル,「おおおぉっ!? 何事っ!?」

ドアが爆発した。

もうもうと煙をあげる半壊したドアを勢いよく蹴破り、ゴロゴロと身を低く転がるようにしながら、俺の部屋に侵入する1人の軍人。

俺の目の前にやってきた彼女は、銃を突きつけてくる!

#textbox Ker0170,name
エリス,「フリーズ!」

アタル,「ホワッツ!?」

突きつけられた俺は両手をあげて、聞き返した。

#textbox Ker0160,name
エリス,「っと――失礼しました、アタル王。あまりにも以前のミッションと酷似していたもので、思わず銃を抜いてしまいました……ご容赦を」

アタル,「へ、へぇ……!」

#textbox Ker0110,name
エリス,「お目覚めになられましたか?」

アタル,「お、おかげさまで」

バッチリ目が覚めました。

……

…………

本日の通学は、4人揃って。

制服に身を包んだ俺、ヒヨ、そして、セーラさん、ミルフィを載せた長~い車は、一路、学園を目指す。

アタル,「言っておきますが、ふたりとも。くれぐれも昨日みたいな騒ぎは起こさないでくださいね!」

#textbox kse0120,name
セーラ,「は~い、アタル様がそうおっしゃられるのでしたら、私は我慢いたします~」

#textbox kmi0170,name
ミルフィ,「む、何よ、セーラ。その言い方だと、あたしが何か騒ぎを起こしそうじゃない」

……昨日の騒ぎは明らかにミルフィが発端だと思うんだけどな。

昨日だけじゃないな、基本的にいつもそうじゃないか?

出会い頭、戦車を持ち出して向き合ったのも、発端はミルフィ。

しかし、そのミルフィを煽って、かき乱してくれちゃったのがセーラさん。

2人が合わさると、その被害は相乗効果でヤバくなる。

……うまく操作しないと、取り返しの付かないことになるかも――

……手遅れかな。

…………

……

車は校門の前に辿り着く。

昇降口に向かう学生たちの視線は、車から降りる俺たちに一点集中だ。

あんまり目立ちたくないんだけどなぁ。

俺の希望なんて他所に、羨望の眼差しを向けられる。

ミルフィ,「おはよう、皆様」

セーラ,「おはようございます~」

微笑んで、手を振ったりするもんだから、学生たちは男女問わず、みんなコロリ。

これが真のロイヤルスマイルか。取ってつけたような俺のとはまったくの別物だ。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「それでは、アタル王。またお昼に」

アタル,「お昼? ……わかった、よろしくね」

お昼に何か用があるのだろうか。

俺を先頭に、後ろには姫様とメイドを引き連れ、俺は教室へと向かう。

まるで勇者様ご一行の4人パーティだ。下手なRPGのパーティよりももよっぽどロイヤルな編成だった。

アタル,「ところで、お付きのセーラさんとエリスさんは?」

姫様だけを歩かせて危険ではないのだろうか。

一緒の車に乗っていなかったし。

ミルフィ,「いるわよ?」

セーラ,「アサリさんですか~? 多分、その辺りにいらっしゃると思いますけど~」

ひよこ,「えっ、どこどこ?」

ヒヨ同様、俺も周囲を見回すものの、軍人姿とネコミミ姿という、あれだけ目立つはずの2人の姿はない。

アタル,「いないけどなぁ……」

ミルフィ,「そう見えるだけよ。有事の際には、ちゃんと出てくるわ」

アタル,「出てくるって……」

ふと、俺の視界に入ったのは、俺たちに向けて、ケータイを構えた学生の姿。

男子学生,「おいおい、勝手に撮っちゃマズくね?」

男子学生,「だって、お姫様だぜ? こんなチャンス、滅多に――」

エリス,「チャンスだと――思ったか?」

男子学生,「ヒィッ!?」

一体どこから現れたのか、ケータイを向けた学生に対し、銃を突きつけているエリスさんの姿がそこにあった。

アサリ,「そーですよー。しょーぞーけんの侵害というヤツですねー」

同様に、いつの間にか鎌を首に突きつけているアサリさんの姿もまた。

エリス,「その撮影ボタンを押すことは、自分の引き金を引かせることに等しいと知れ」

男子学生,「はっ、はいぃ!」

速やかにケータイをしまい、腰を抜かす学生くん。

――瞬く間に、この噂は広まり、無断で彼女たちを撮影する奴はいなくなったわけだが――

アサリ,「はー、まったくー。常識を知らない方は困ってしまいますねー」

……そこは大鎌を持ってるあんたにツッコんでいいところだよな? ツッコミ待ちだよな?

ケータイを向けただけで生命の危機に晒された彼には、ちょっとだけ同情した。

今後、彼のトラウマにならないといいが。

ミルフィ,「ね? 頼りになるのよ」

エリス,「護衛任務に着いている自分が、姫様から目を離すことはありません。ありえません」

エリス,「こんな愛らしい姫様から、目を離せる時間なんて1分、1秒とてあるはずがないでしょう……ハァハァ」

ミルフィ,「ん? エリ、なんか言った?」

エリス,「いえ、何も申しておりませんよ?」

ミルフィ,「そう? ならいいけど」

アタル,「でも、出る時は俺たちを見送ったのに……なんで先に着いてるのさ。車には乗ってなかったよね?」

エリス,「自分は姫様たちの出発後、後ろから追いかけておりましたよ」

アサリ,「アサリは、皆さんと同じ車に載ってましたよー。走るのは疲れちゃいますからねー」

アタル,「え……一体どこに? 載って……ん?『載』って?」

アサリ,「はいー、載ってましたー。上に」

アタル,「上……って、屋根?」

アサリ,「はいー。風を感じられるので気持ちイイですよー。走るよりも楽チンですしねー。今度、アタルさんもいかがですかー?」

アタル,「……いや、いいです、遠慮しておきます」

朝っぱらから、そんなアメリカのアクション映画のような真似できるものか。

この人の周辺の物理法則はどうなっているのだ。

…………

……

アタル,「おはよう……おぉ……」

昨日の激闘で傷ついたはずの教室は、すっかり元通りに修繕されていた。

むしろ、元より綺麗になっているのではないだろうか。

なお、この修繕は、あの時に押し寄せたイスリアの兵士たちによるものとかなんとか。

男子学生,「アタル王、ご機嫌麗しゅう」

アタル,「王はやめろ。学園の中くらいは一学生でいさせてくれ」

と、主張はするものの。

クラスにおける姫様方の席は、当然というか、お約束というか。

ミルフィ,「アタル、隣、よろしくね」

右にミルフィ。

セーラ,「アタル様、よろしくお願いします」

左にセーラさん。

ひよこ,「アタルくん、お姫様に挟まれてる~って、浮かれちゃダメだよー?」

そして、前にはヒヨという身内布陣ができあがっていた。

頭が痛かった。

そして、頭以上に周囲の男子たちの視線が痛かった。激痛だ。針のむしろだ。

男子学生,「憎い憎い憎い憎い」

数多の負のオーラが伝わってくる。

男子学生,「ギリギリギリギリ」

永久歯が粉々になるんじゃない? と、心配したくなるほどの歯ぎしりが聴こえてくる。

俺が王様になったことは祝福してくれたというのに、姫様独占禁止法への抵触は、男子たちの逆鱗に触れてしまっているらしい。

俺が王様になったことなんかより、姫様独占の方が遥かに妬みの対象らしかった。

ミルフィ,「あ、アタルー、ごめん、今日、教科書忘れちゃったのよね、見せてくれる?」

右隣に座るミルフィはガチン!と俺の机と自分の机をドッキングさせた。

近づく距離。

周辺の負のオーラが高まる。

響き渡る歯ぎしりの大合唱。

アタル,「見せてあげるなんて言ってないだろ! ないならば、エリスさんに頼れば、教科書の1冊や2冊なんて――」

セーラ,「あっ、ミルフィさん、ずるいです~。アタル様、私も教科書、忘れてしまいました~。見せてくださいませ♪」

ガチン!と左側も机と机がドッキング!

三机合体デスキング!

『デスク』+『キング』で机の王様と称するつもりが、死神の王様みたいになってしまった。デスキング怖ぇ!

それはともかく。

アタル,「忘れたって嘘でしょ!? セーラさん、今さっき、教科書取り出そうとしてましたよね!?」

セーラ,「してませんよ~。はい、アタル様、もっと私の方に身体を寄せてくださいませ」

ぐいっと俺の腕を引っ張る。

アタル,「寄せるのは教科書であって、俺の身体じゃないんじゃないかな!?」

ミルフィ,「セ、セーラ、ちょっとアタルに身体くっつけすぎじゃないのっ!? そのでっかいバスケットボールみたいなの、なんとかしなさいよ!」

セーラ,「なんとかしろと言われましても~……ね、アタル様、私、この胸をどうすればよろしいでしょうか~?」

アタル,「ど、どうもしないでいいです。どうもしないでいいですから、今は俺に密着させないでください!」

ミルフィ,「そ、そうよ、アタルが迷惑してんでしょ!ほら、アタル、あたしの方を向きなさい!身体を……こっちに……!」

アタル,「痛い痛い痛い! 腕を引っ張るな!俺の関節はそっち側には曲がらねぇ!」

セーラ,「もう、ミルフィさんだって、アタル様にご迷惑をおかけしてるじゃないですかぁ! えいっ!」

アタル,「ギブギブギブ! セーラさん! セーラさん!キマってるから! 挟まれてちょっと気持ちいいけど、俺の手首がありえない方に曲がろうとしてるから!」

ミルフィ,「んんんんんぃいぃぃぃーッ!」

セーラ,「むむむむむむむぅぅぅーッ!」

大岡裁きのように、俺を綱に見立てての引っ張り合い。

アタル,「いでででででででででででででッ!」

そして、決着は――

クラス中,「「「いいかげんにしろーッ!」」」

クラスのみんなの気持ちがひとつになることで、引き分けとなったのである。

…………

……

休み時間。

ようやく、昨日はできなかった姫様へのお目通りが適うと知り、俺たちのクラスは黒山の人だかりとなっていた。

男子学生,「はじめまして、姫様!」

男子学生,「私はこの学園の会長をしている――」

男子学生,「俺は野球部の部長でエースで4番をやっている――」

学園の有名人が、こぞって姫様の元へとやってくる。

当然、俺ですら知っていた有名人だが、その知名度はあくまで学園内、良くてもこの学区内での話。

『姫』という地位の人間にとって、その程度の知名度は、蚊の目玉ほどの価値もない。

セーラ,「まあまあ、そうなんですか~」

うんうんと頷いて聞いているセーラさんは物珍しさ、といった感じではあるが。

ミルフィ,「ふーん、あっそー、そーなんだ。すごいねー、へー」

ミルフィなんて、興味がない様子を隠そうともしない。

それでも、周りの人たちはなんとか姫様の興味を惹こうと躍起になる。

その様は、滑稽ですらあった。

男子学生,「ご用命の際には、なんなりとこき使ってください!」

男子学生,「いえいえ、僕でしたらお気軽に踏んでいただいても!」

男子学生,「罵ってください!」

男子学生,「『この豚野郎』って言ってください!」

明らかに滑稽だった。

ミルフィ,「アタルぅ……あんたの学園の学生って、みんなこんなんなの?」

さすがのミルフィも辟易といった顔。

アタル,「い、いつもはこんなんじゃないんだけどなー……みんなテンションがおかしくなってんだよ、きっと」

そうであってください。

――そういや、ヒヨはどこに行った?

……

…………

女子学生,「いいの、ひよこ? あのお姫様たちに、国枝くん取られちゃうよ?」

#textbox Khi0130,name
ひよこ,「い、いいも何も、私はただの幼なじみだもん。アタルくんが誰と結婚することになっても、私とは別に関係ないもん」

女子学生,「はぁ……嘘下手すぎだよ、ひよこ」

#textbox Khi0170,name
ひよこ,「う、嘘なんてついてないってばぁ」

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「ホント、アタルくん、あんな綺麗なお嫁さんがもらえるんだからホント、幸せモノだよね。いいなぁ、羨ましいなぁー」

#textbox Khi01A0,name
ひよこ,「王様のアタルくんと私とじゃ、身分が違いすぎるもん」

女子学生,「ひよこ……あんたってば、いじらしいなぁウリウリ」

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「そんなことないってば……もうっ、あははっ、くすぐったいよぉ」

…………

……

午前の授業終了のチャイムが鳴り響く。

アタル,「さーて、飯、飯……」

さて、今日の昼飯は何にしよう。購買でパンでも買ってくるか。あぁ、カツサンドなんていいな。
そんなことを思っていると、後ろのドアが音もなく開いた。

そのドアから現れたのは――

#textbox Ksi0110,name
柴田,「失礼いたします」

執事・柴田さんの姿だった。

そういえば、またお昼に、なんて言ってたっけ。

女子学生,「きゃっ、あれ、誰?」

唐突に現れたメガネ執事の姿に、クラス中の女子の瞳の中がハートになった。なんとも古典的な表現だった。

女子学生,「パレードで、運転してた人じゃない?」

女子学生,「えっ、うそ、リアル執事? チョーカッコよくない?」

柴田,「恐縮です」

柴田さんがぺこりと頭を下げると。

女子連中,「きゃーっ!」

女子連中は黄色い声をあげ、卒倒しそうになっていた。

多くの女の子は『弱点:メガネをかけた執事』。これ豆知識。

アタル,「……柴田さん? なんでしょうか?」

#textbox Ksi0160,name
柴田,「昼食のお時間ですので、準備をさせていただこうかと思いまして。もちろん、学園に許可は取っておりますので、ご心配なく」

アタル,「へぇ、昼食の準備……」

柴田さんはあっという間に俺、ヒヨ、ミルフィ、セーラさんの机を真四角に並べると、懐から純白のテーブルクロスを取り出し、机の上へとかける。

一瞬で食卓の完成だ。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「本日のお昼はサンドイッチをご用意――」

アタル,「って、ちょ、ストップ! ストーップ!サンドイッチはいいですけど!ちょうど食べたかったからOKなんですけど!」

#textbox Ksi0160,name
柴田,「何かお気に召さなかったでしょうか?」

アタル,「なんでこんなに大袈裟なことしちゃってんの!?」

教室に入ってきた柴田さんの後に続いて、冗談みたいに高いコック帽を被ったシェフが入ってきて。

更には様々な機材やらが教室の中へと運ばれてくる。

#textbox Ksi0150,name
柴田,「……? こうしないと昼食の準備ができないではないですか?」

アタル,「システムキッチンを全部運びこむような真似はしなくてもいいんじゃないですかねぇ!?」

運び込まれている様々な機材の数が、問題なのだ。

様々な調理器具や食材が次々と教室の後部に集められてゆく。

あたかも、モデルハウス。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「お昼休みが終わる頃には、全て撤去いたしますのでご心配なく」

アタル,「目立ちすぎるから、やめてくれって言ってるんだっ!」

柴田,「さようでございますか……しかし、本日の準備が整っていた分は廃棄ということになりますが、よろしいでしょうか?」

アタル,「むぅ……わかったよ、今日は食べる。でも、明日はもっと普通でいいからさ」

準備されてしまった以上、食べないわけには行かない。捨てるのはしのびない。作ってくれた農家の皆様に申し訳ない。
クラスメイトに大注目されての、昼食会である。

柴田,「アタル王は何を召し上がられますか?」

アタル,「……カツサンド」

カツサンドスイッチの入っていた俺は、柴田さんにカツサンドを要求。

間もなくして、俺の目の前にはカツサンドが置かれた。

揚げたての絶品トンカツに、ふわっふわの焼きたてパン。

特製ソースとキャベツを挟み込んだそのカツサンドは、そりゃもう購買のカツサンドとは比べものにならないくらいに美味しかった。

なんでも豚肉は1枚ごとに別の種類の、イベリコだとかアグーだとか薩摩黒豚だとかを用意してくれてるらしくて。

素人の舌でも、こっちとこっちはなんか違うなーってのがわかる。

真昼間から、こんな贅沢三昧。

ひよこ,「ふわぁ……美味っしい……こんなに美味しいの食べたことないよぉ……カツサンドって、こんな美味しくなっちゃうものなの……?」

ミルフィ,「たっぷりの油で揚げているのに全然しつこくない……このソースとのバランスは絶品ね。シェフ、いい仕事してるわね。褒めてあげるわ」

セーラ,「サクサクしてて、お肉の美味しさがじゅわ~っと広がって……美味しいですね~……」

ウチのメイドと姫様たちも、料理漫画並の大絶賛です。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「たくさんご用意しておりますので、級友の皆様もどうぞ」

男子学生,「マジでっ!?」

女子学生,「そんな美味しそうなの、もちろんいただきますーっ!」

クラスメイトたちに振舞えば、当然、みんな食いつくわけで。

アタル,「はぁ……」

クラスどころか学園中に注目されながらの昼食は落ち着けるはずもなかった。

食事ってのは、こう……もっと静かで……落ち着いてなきゃダメなんじゃないかなー……。

アタル,「柴田さん、明日はこんなんじゃなくていいから……」

#textbox Ksi0160,name
柴田,「そうですか。明日はもう少し規模を小さくして――」

アタル,「規模の問題じゃなくて、弁当にしてもらえないかな?」

…………

……

美味しいカツサンドに心を溶かされたクラスメイトたちは、幸せそうに午後の授業を受けたわけだけども。

そんな騒動がありながらも、1日が終了したのである。

…………

……

ミルフィ,「さ、アタル、帰りましょ」

セーラ,「あ~、アタル様、私も一緒に帰ります~」

下校時、他の学生たちに一緒に帰ろうと誘われながらも、振り切る姫様方。

2人は席の位置と同じように、俺の左右にくっついてくる。

男子学生,「ギリギリギリギリ」

男子学生,「憎い憎い憎い憎い」

俺に降り注ぐ羨望と嫉妬の視線は、イタくてアツイ。

#textbox Khi0170,name
ひよこ,「あ、あの……」

アタル,「ヒヨも帰るだろ? 早く来いよ」

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「う、うんっ」

『一緒に帰る』といっても、歩くのは校門までだ。

校門前には既に迎えの車が到着していて。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「どうぞ、お乗りください」

俺たちは帰路に着く。

…………

……

セーラ,「ただいまです~」

ひよこ,「はー、車で帰るのってラクチンだねー♪」

ミルフィ,「まー、確かにね。楽だけど、なんか物足りない気がするのよね」

アタル,「物足りない?」

ミルフィ,「そそ。アニメとかでよく見るけど、帰り道って寄り道するものなんじゃないの?」

セーラ,「寄り道、ですか~?」

アタル,「必ずするってものじゃないけど……そうだな。歩いて帰る時は、寄り道も醍醐味だな」

ひよこ,「だよね。商店街に寄って、喫茶店に入ったりとか……一応、制服姿での寄り道は校則で禁止されてるけどね」

ミルフィ,「あえて、その校則を破るところが楽しそうよね」

アタル,「車の迎えが来ている以上、寄り道も難しいだろうけどな」

ミルフィ,「そんなこともないでしょ。うん、アタル、明日の帰りは寄り道するわよ」

アタル,「別に帰りに寄り道しなくても、今から出かければ……」

ミルフィ,「バッカねぇ、それじゃ意味ないの。学園の帰りに立ち寄るから価値があるんでしょ」

アタル,「……うん、確かにそれは一理あり」

ミルフィ,「そういうわけだから、アタル。明日の寄り道コースを考えておくよーに」

寄り道コースを前もって綿密に計画しておくというのは、寄り道の定義から外れるような気がしなくもなかった。

…………

……

アタル,「うーん……」

夕食の前に、浴槽にどっぷり浸かりながら考え事。

今日は自分にしては珍しく長湯だった。

幸か不幸か、今日は誰の乱入もなく、ラッキースケベはなしだ。

それ故に、ゆっくり考えることができた。

#textbox khi0310,name
ひよこ,「アタルくーん、まだ入ってるのー?」

ドアの向こうから、ヒヨの呼び声が聞こえた。

アタル,「あぁ、うん、ごめん」

#textbox khi03A0,name
ひよこ,「良かった、あんまり長いからお風呂の中でのぼせてないか、心配しちゃったよー」

のぼせることに関しては、前科があるからな。

#textbox khi0360,name
ひよこ,「もうじきご飯できるからねー。アタルくんがあがったら、みんなでご飯だよー」

アタル,「わかった。もう少ししたら出るよ」

最後にもう1回、湯舟で顔を洗って。

アタル,「うん――よし」

ひとつ、決心を固めて、俺は風呂からあがった。

…………

……

アタル,「俺、王様になろうと思うんだ」

連日の通り、豪華なメニューの並ぶ夕食時、俺は皆の前でそう宣言した。

ひよこ,「え……?」

ミルフィ,「はぁ?」

セーラ,「え……あの~、おっしゃっている意味がよくわかりませんけど、アタル様はもう王様になられていますよ~?」

エスニックなチキンの突き刺さったフォークを手にしたまま、同席している皆は呆け顔。

揃いも揃って『いきなりどうしたのかしら? 頭がアレしちゃったのかしら?』とでも言いたげな顔だ。

アタル,「王冠を渡された時から、ずっと考えていたんだ。俺が王様になんて、なってもいいのかなって」

アタル,「いっそのことやめちゃおうって考えもしたし、なんかこう……ここ数日、ずっとあやふやなままで、流されるままだったんだけど」

アタル,「自分の意思で、ちゃんとこの国の王様になるって、皆の前で言っておこうと思ってさ。それだけだよ」

セーラ,「アタル様……」

アタル,「だから、柴田さん。改めて、この国のこととか教えてもらえるかな」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「はい、かしこまりました。アタル王には良き王であられますことを」

ひよこ,「アタルくん、偉いなー」

アタル,「偉いことをしてるつもりはないけどさ……もう決まってることだし……いや、むしろ、決まってたことを、認めていなかっただけだよ」

アタル,「もう少し真面目に、王としての自覚を持とうと思う」

アタル,「それで……もう少し、真面目に皆のことも考えようと思うんだ」

セーラ,「ということは、私と契りを結んでもらえるということですね~♪ では、早速今晩にでも――」

アタル,「ちょ、まっ! そんなことは何ひとつ言ってない!食事中に脱ごうとしないで!」

ミルフィ,「いきなり盛ってんじゃないの、セーラ!」

アサリ,「ふむー、何があったか知りませんけど、前向きに検討していただけたのは、とてもいいことですねー」

エリス,「だな。願わくば、姫様を選んでいただきたいものだ」

アサリ,「そうなるとアサリは困ってしまいますねー。アサリ的にはセーラさんを選んでいただきたいものですがー、まー、そこはアタルさんの好み次第でしょうからー」

#textbox Khi03A0,name
ひよこ,「…………」

そんなノリのまま、騒がしくディナータイムは終わりを迎えた。

…………

……

アタル,「げふぅ……」

またもや、今晩もお腹いっぱいである。

肉と油と炭水化物てんこもりのメタボ生活から逃れるにはどうしたらいいものか。

ちなみに『食べない』とかいう選択肢はない。

目の前に美味しい食べ物をチラつかされたら、食べ盛りの俺に『食べない』なんて選択肢があるはずがない。

なにはともあれ、運動かな。

せっかくの広い敷地を活かして、中庭をランニングするとかがいいか……ん?

あそこにいるのは……ヒヨか?

こんな夜に外で何してるんだ。俺と同じように肥満防止のため、ランニングを検討……って感じではない。

パジャマ姿でボーッと立ったまま、空を見上げていた。

ひよこ,「………………」

アタル,「おーい、ヒヨー」

ひよこ,「………………」

どうやら声は届いてないらしい。

まぁ、この王宮内なら夜に出歩いても、治安に問題はないだろうけど。

何が見えてるんだろう。

空に何かあるんだろうか。

外に出ない
外に出る
def_sel 外に出ない
def_sel 外に出る
ひよこ必須フラグ=1
ヒヨの見ている何かが気になり、俺も外へ出た。

夜ともなれば、それなりに肌寒い。

アタル,「ヒヨ? 何見てんだ?」

背後から呼びかけても答えない。振り返りもしない。

ヒヨは一点に空を見上げていた。

ヒヨの見ている方向には、瞬くの星の数々。

月を見ているわけでもない。

しいていえば、ちょっと明るめの星がある気がしなくもないが、その星も無数にある内のひとつだ。

アタル,「おーい、どうした、ヒヨ」

俺はひらひらと目の前で手を振り、声をかける。

ひよこ,「ふぁぁっ!?」

アタル,「ふぁっ!? な、なんだ、いきなり声あげんなよ!」

ひよこ,「ア、アタルくん? び、びっくりしたーっ!いつからそこにいたのっ?」

アタル,「いつからって……ずっと呼びかけてたじゃないか」

ひよこ,「え、ホント? 全然気づかなかった……ごめんね、ちょっと……いろいろ考え事してたから」

アタル,「考え事……外で、パジャマ姿でか?」

ひよこ,「え、外……あ、ホントだ!私、いつの間に外に出ちゃったんだろっ!」

アタル,「おいおい、大丈夫か……なんだか元気もなさそうだし」

ひよこ,「そ、そんなことないよっ。私はいつでも元気だよっ。ていっ!」

アタル,「イテッ! 何すんだっ!?」

脳天炸裂ピヨピヨチョップ(弱)。

加減してくれたらしく、実のところ、声に出すほど痛くはなかった。

#textbox Khi0450,name
ひよこ,「モテモテなアタルくんが羨ましいからチョップしたの!もー、いきなりお姫様に結婚を申し込まれるなんてありえないよー、ずるいなー」

アタル,「まったく……不相応なモテモテっぷりだよ……」

こんな唐突かつ理不尽なモテ期の到来なんて、人類起源から考えても、数える程度の人数しかいないだろう。

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「あーあ、私も素敵な人、見つけないとダメかなー?」

アタル,「はは、ヒヨに見つけられるのかー?」

#textbox Khi0470,name
ひよこ,「ん……無理……だと思うよ」

ヒヨの声が、一気に落ち込んだ。

冷やかしたこっちが罪悪感に捕らわれてしまいそうなほどのテンションの急降下だった。

アタル,「な、なんだよ、そこで本気で声のトーンを落とすな」

#textbox Khi04A0,name
ひよこ,「だって……」

アタル,「大丈夫、大丈夫だって。ヒヨ、かわいいんだし」

#textbox Khi0440,name
ひよこ,「えっ!? い、今、なんて言ったの!?」

上擦った声とともに、ヒヨのテンションが急上昇した。

アタル,「え!? ど、どうした!?」

#textbox Khi0490,name
ひよこ,「今のアタルくんの言葉! 聞き逃しちゃったよ!」

アタル,「それ、聞き逃した反応じゃないよな!?っ……改めて、言えって言われると照れるな……」

アタル,「まー、その、なんだ……ヒヨはかわいいって言ったんだけど……」

#textbox Khi0440,name
ひよこ,「わ、私って、かわいいの? アタルくん、私のこと、かわいいって思ってくれてたの!?」

アタル,「昔からの付き合いだから、こういうこと言うのも照れるんだけどさ……」

アタル,「贔屓目を含めなくても、ヒヨはかわいい方だと思うぞ。そうだな……ウチのクラスの中じゃ5本の指には入るんじゃないかな」

#textbox Khi0420,name
ひよこ,「え、えへへ、そ、そっかぁ、私、かわいいのかぁ」

アタル,「……自分であまりかわいいかわいい連呼するなよ。ナルシストっぽくなる」

#textbox Khi0410,name
ひよこ,「そんなことないよー。今まで、自分のことがかわいいなんて思ったことなかったもん。初めて言われたもん」

#textbox Khi0420,name
ひよこ,「えへへ、アタルくんが初めて『かわいい』って言ってくれたから、今日はかわいい記念日だぁ」

どこぞの川柳みたいなことを言い出した。

ひよこ,「えへへへへ~、そっかぁ、アタルくんには私が可愛く見えてたんだ~、えへへへへ~」

アタル,「……なんか今はかわいいを通り越してキモいんだが」

#textbox Khi0480,name
ひよこ,「ひどいっ!? キモいはやめてよっ!」

アタル,「じゃ、足し算で、カワキモでどうだ?」

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「後ろの意味の方が強いんだよっ。どうせ合わせるなら、キモカワの方が……うーん……それでも褒められてる気はしないけど……」

アタル,「……カワキモって、カワハギの肝のことかな。アンキモみたいな」

#textbox Khi0450,name
ひよこ,「いきなり何の話!? 脱線してるよぉっ!?」

アタル,「何をっ。カワハギの肝は魚の肝の中で一番美味しいんだって、グルメ漫画で言ってたぞ」

実際に食べたことはないけれど。今度、柴田さんに相談してみよう。

#textbox Khi0480,name
ひよこ,「脱線どころか、別の路線に乗り換えちゃってるよっ!山手線からユーロスターだよっ!」

アタル,「それは大胆な乗り換えだ。是非、開通してほしいな」

ちなみにユーロスターは、パリとロンドンをつなぐ国際鉄道である。そんな海外路線、ヒヨはよく知ってたな。

アタル,「ま、なんだ、ヒヨはもっと自信を持てってことだよ。姫様たち相手でも、もっと物怖じしないでさ」

アタル,「すごく引いている感じがしたけど、もっと前に前に。王様である俺の、直属メイドなんだからさ」

アタル,「ま、ほんのちょっと前までビビりまくってた俺なんかに言われたくないだろうけどさ、ははっ」

#textbox Khi0460,name
ひよこ,「うんっ、もう少し前に、ね。頑張ってみるよっ」

#textbox Khi0470,name
ひよこ,「あの……アタルくん」

アタル,「ん?」

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「私……かわいいかな?」

アタル,「え? いや、だから、さっき言ったじゃないか。ヒヨは――」

#textbox Khi0410,name
ひよこ,「ミルフィさん、セーラさんより……かわいい?」

アタル,「……人の好みはそれぞれといいますか……」

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「アタルくんは、どう思うの?」

アタル,「……そ、それは――」

#textbox Khi0410,name
ひよこ,「かわいくないなら、かわいくないでいいんだよ?でも、アタルくんが――」

そんな真剣な目で見つめられたりしたら――

アタル,「だ……」

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「……だ?」

アタル,「脱兎ぉッ!」

俺はメタリックなスライムも裸足で逃げ出すスピードで、逃げ出した!

#textbox Khi0490,name
ひよこ,「ず、ずるーいっ!逃げないでよ、ごまかさないでよーっ!もう、アタルくぅんっ!」

…………

……

――星の瞬きに紛れ、仲睦まじい2人の様子を、屋根から見下ろしている輝く目があった。

#textbox Kas0160,name
アサリ,「はぁー、まったくお似合いのおふたりですねー」

#textbox Kas0110,name
アサリ,「アタルさんに声をかけられるまで、ひよこさんが何をしていたかはよくわかりませんでしたがー」

アサリ,「ふーん……ひよこさんはこの10年間、アタルさんと同じクラスなんですねー」

#textbox Kas0150,name
アサリ,「ふむふむー、小学4年生の時は、4クラス。小学5年生の時は、3クラス……中学1年生の時は6クラスあったそうですけどー」

#textbox Kas0110,name
アサリ,「さて、10年間連続で同じクラスになる確率というのはどれほどのものでしょうねー」

アサリ,「アタルさんの『当たらない』悪運によるものなのか、それともー?」

#textbox Kas0120,name
アサリ,「まー、考えても仕方がなさそうなので、今日はここまでにしておきましょうかー。ではー、おやすみなさーい」

ヒヨに倣い、俺も空を見上げてみる。

星が流れているわけでもなく、でかい月が出ているわけでもなく、変哲もない星空だった。

何やってるんだろうか、ヒヨの奴。大宇宙の意志でも感じ取ってるんだろうか。

いやいや、ヒヨはちょっとだけ抜けてはいるけど、そんなお電波な娘じゃないぞ。

――ま、いいや。別にヒヨが何してようが、俺が口出しすることもない。

見た限り、アブないことや、イケないことをしてるわけじゃなさそうだし、ヒヨの好きにさせておこう。

窓を閉め、部屋に戻るや否や、唐突にランニングに励む気は失せた。

……うん、お腹いっぱいの時に走ると、横腹が痛くなったりするしね! ダイエットは明日ということで!

おやすみなさい。

そんな本日の教訓。

『ダイエットを明日に引き伸ばした者が、ダイエットに成功した試しがない』

……

…………

アタル,「へー、これがお星さまかぁ」

ひよこ,「いいな、いいなっ。お星さまをもってるとね。ねがいごとが叶うんだよ」

アタル,「ねがいごとが叶うのって、ながれぼしじゃなかったっけ?」

ひよこ,「えっ、こ、このお星さまもながれぼしも、どっちもお星さまだもん。だから、だいじょうぶだよっ」

アタル,「ホントかなぁ……」

ひよこ,「ホント、ホントだよっ。ねっ、ねっ、アタルくん、ねがいごとはないの?」

アタル,「僕のねがいごと――」

ひよこ,「うん、欲しいものとか、なりたいものとかないの?」

その時の僕は、こう願った。

その日、知ったばかりの、この国のシステムを。

アタル,「おうさまになってみたいな!」

…………

……

ひよこ,「おはよっ、アタルくんっ」

アタル,「ん、んむぅ……おはよ……」

メイドさんに起こされ、朝が始まる。

ちなみに、昨朝、吹き飛ばされた俺の部屋のドアは、昨日の帰宅時点ですっかり元通りになっていた。

寸分違わぬ色、材質。見事な再現だ。まるでコピー&ペーストしたかのようだった。

アタル,「あ、あれ……?」

ヒヨの顔を見て、ふと首を傾げる。

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「ん? どうしたの? 寝違えた?」

アタル,「いや、首は大丈夫だけど……なんか夢を見た気がするんだ……」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「うんうん、寝てたんだもん。夢くらい見るよね」

アタル,「またヒヨが出てきてたような……」

#textbox Khi0340,name
ひよこ,「どんな夢だったのッ!?」

自分が登場したと知るや否や、食いつきが違った。

案外、この子は現金だ。

アタル,「……どんなだったかな。ヒヨが出てきて――」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「うんうんっ!」

アタル,「――忘れた」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「あらら。前もそんなこと言ってたよね」

アタル,「そうだったな……」

前に言っていた夢の続き――だったような。そんな気がする。

続き物なのか。連載夢なのか。

打ち切りを食らわない限りは続くのだろうか。国枝アタル先生の次回作にご期待ください。

[ひよこ必須フラグ=1]{
#textbox Khi0360,name
ひよこ,「夢のお話は思い出した時でいいよ。早く早くっ、起きないと遅刻だよっ」

遅刻というわけに危機感はなく、時計を見れば、そんなに慌てる時間でもなく。

アタル,「今朝のヒヨは、なんだか上機嫌だな」

#textbox Khi0340,name
ひよこ,「えっ、そうかな? そんなことないよぉ」

ブンブンと左右に手を振るものの、その表情は笑顔で、全身から機嫌の良さがにじみ出ている。

それはオーラか何かだ。体臭ではないはずだ。

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「えへへへへ~」

その笑みには、昨晩、見覚えがある。

昨日の夜の出来事が影響しているのだとすれば、それはいいことなんだろうけど。

思い返すと、恥ずかしい。

『かわいい』だとか、なんであんなこと言っちゃったんだろうなぁ……。

夜の暗闇は、恥ずかしさを覆い隠すフィルターのような効果があるのだ。

修学旅行の夜、寝る前に、好きな子談義をしてしまうようなアレだ。

アサリ,「ふたりして、顔赤くして何してるんですかー?早くご飯にしましょうよー」

アタル,「おっ、おうっ!?」

第三者の介入で、俺は飛び起きた。

…………

……

アタル,「っふぅ……!」

やたら俺の方に視線を感じた3時限目の休み時間に突入。

男子学生,「アタル王、お疲れのところ、失礼します!」

終了のチャイムが鳴り響くと同時、クラスメイトが俺の席にやってきた。

アタル,「……なんだよ、超かしこまってからに。教室で王って呼ぶのは、やめてくれって言ったろ」

男子学生,「ならば、フランクに行こう。アタル! 俺たち男子一同は、姫様たちの私設ファンクラブを作ることに決定した」

ころりとフランクな態度になったクラスメイトは、そう力説する。

アタル,「ファン……クラブ?」

男子学生,「うむ、ファンクラブだ!」

男子学生,「姫……プリンセス……王女……どれもこれもいい響きじゃないか……!」

アタル,「どれも同じ意味だけどな」

男子学生,「世に生きる全男の憧れであるお姫様! そんな存在が目の前にある以上、見逃すことなどできない、それが我がクラス男子一同の総意だ!」

言い切った彼は、俺の目の前に、ズラッと名前の並んだ紙を突きつけてきた。

アタル,「ファンクラブ設立嘆願書……?」

クラスの大多数の男子、また、幾人かは女子の名前が列記された署名。

なるほど、さっきの授業中、手紙を回したり、こっちをチラチラ見たりしていたのは、それだったのか。

男子学生,「我が国の王、アタルよ! 姫様のファンクラブ設立の許可をもらえないだろうか!」

土下座せんばかりの勢いで、彼は俺に詰め寄ってくる。

アタル,「え……俺は別に構わないけどさ……。むしろ、必要なのは姫様本人の了承じゃないか?」

男子学生,「いや、まずはアタルに話を通すのが道理だと思ったからな。だが、それを聞けば 安心だ。姫様!」

セーラ,「はい? なんでしょう~?」

ミルフィ,「ん、なになに、あたしたちの話?」

男子学生,「セーラ姫様、私めは貴女様のファンクラブを作りたいのですが、よろしいでしょうか!」

セーラ,「はぁ~……ファンクラブ……とはなんでしょう?」

アサリ,「そうですねー。セーラ様の私設応援団体といったところでしょうかー。狂信者のようなものですよー」

アサリ,「きっと有事の際には、凶弾からセーラ様の御身を守ってくれたりしますよー。アサリ的には全面的に許可しますー」

アタル,「肉の壁じゃねぇか……」

付き人の要求はハードどころか、エキスパートモードでありながらも、許可そのものはゆるゆるであった。

セーラ,「そうですか~、では、許可します♪」

姫様本人の言葉をもって、セーラ様ファンクラブの設立が許可がおりて。

男子学生,「おおーっ! ありがとうございます! セーラ様信者を盛り上げて行きたく思う所存でございます!」

今、この瞬間が、セーラ姫公認ファンクラブ結成の瞬間であった。

男子学生,「では、俺はミルフィちゃんファンクラブを作りたいのですが、いかがでしょう――ガッ!?」

エリス,「貴様……姫様に対する口の訊き方に気をつけろ。この引き金を引かれたくなければな」

男子学生,「んーっ! んむーっ!」

口の中に銃口を詰め込まれたクラスメイト、涙目。

ミルフィ,「いいのいいの、エリ。学園ではあたしはただの一学生。うんうん、あたしのファンになりたいっていうのはいい心がけね。褒めてあげるわ」

男子学生,「ふぁ、ふぁりはほう、ごらいまふぅ……!」

ミルフィ,「ふふ、泣いて喜ぶほどなのね。あたしのファンクラブを作ること、許可するわ。せいぜい盛り上げなさいっ」

男子学生,「ほ、本当ですか、ミルフィ様!」

エリス,「姫様のお優しさに感謝するんだぞ。大衆の支持を得ることの重要性とその把握。大変ご立派です、姫様」

ミルフィ,「いや、まぁ、それほどでもあるけどね。でも、ね。知ってると思うけど……」

セーラ,「私やミルフィさんは、アタル様のお嫁さん候補なんですよ~。将来を誓い合う仲なんですよ~」

ミルフィ,「そそ、それでもいいわけ?ニッポンのアニメだとそういうのなんていうんだっけ、NTRだっけ?」

アタル,「寝とるのとはちょっと違うと思うんだが……」

なんで、そんな余計なことを知っちゃってるのかなぁ。

男子学生,「ぐっ……それをいわれると弱いのですが……元より我ら庶民は姫様に憧れるだけの身……!」

男子学生,「お慕いの心をこうやって伝えることができるだけでも幸せでございます……!」

男子学生,「姫様たちの幸せのため、我ら一同、身を粉にできればと……!」

なんという立派な奉公ぶりかつ自己犠牲、忠誠心だろうか。

確かに彼女たちが凶弾に狙われたとしても、彼らならば身を呈して守ってくれることだろう。

ミルフィ,「そこまでわかってるんなら、あたしからは何も言うことはないわねー」

エリス,「――だが、ちょっと待て」

男子学生,「は、はい、何か!?」

エリス,「姫様のファンクラブ会員のNo.1は、自分へとよこすように! いいな!」

男子学生,「りょ、了解したであります、サー!」

ガシッと力強く彼の肩を掴んだエリスさんの瞳はマジだった。

『真剣』というか『溺愛』とか書いて『マジ』だった。

…………

……

昼休み突入のチャイムが鳴り響く。

しかし、昨日とは異なり、今日の昼食時に柴田さんの乱入はなかった。

男子学生,「アタルー、今日の昼はまたなんかすげーのが来るんじゃないのか?」

アタル,「残念だったな、あんな大騒ぎは昨日限りだ」

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「今日はお弁当があるんだよね?」

アタル,「ああ、重箱がな……」

金箔が貼られた漆塗りの豪華七段お重。

なんだよ、七段って。雛壇か。

男子学生,「なんだー、今日の昼はどんなのが食えるのか楽しみだったのによー」

アタル,「他力本願はやめとけ」

俺たちの食事は見世物でも、ボランティアでもないのだ。

…………

……

そんなわけで、我らロイヤル組は屋上へと移動した。

みっしりと中身の詰まったその弁当のあまりの重量に、俺の腕力では持ち運ぶことはできず。

アサリ,「アサリにお任せくださいー」

車を降りる時にアサリさんにお任せしたのだった。

任されたアサリさんがひょいっと片手で持ち上げたのは、決して見かけより軽かったからではなく。

アサリさんの細腕から繰り出される腕力が常人のそれとは並外れているからだろう。

小枝みたいな細腕なのに、あの身の丈ほどもあるでかい鎌をブンブン振り回していたくらいだからな。

腕相撲なんてやったら、あっさり負けるんだろうな。ものすごくカッコ悪い絵面が想像できます。

アサリ,「どうしたんですかー、アタルさんー。アサリの顔をジッと見たりしてー」

アタル,「え、いや、アサリさんは力持ちだなーと思って。すごいですよね」

#textbox Kas0120,name
アサリ,「あ、なーんだー、そんなことでしたかー。てっきりアサリに目を潰して欲しいのかと思いましたよー」

アタル,「失明の危機ッ!?」

#textbox Kas0180,name
アサリ,「お望みでしたら、アサリと力比べでもしますかー?」

アタル,「い、いえ、いいです! 結構です! 僕の負けでいいです!」

屋上に到着し、レジャーシートを敷き、お重を広げる。

アタル,「わぁお……」

こらまた豪華な中身だった。

1段目は具の量と酢飯が等分量なチラシ寿司。

真昼間から伊勢海老やらズワイ蟹やら、高級甲殻類を拝むことになるとは。

2段目は卵焼きやら煮物やらのオカズ三昧。

3・4段目は装いを換えての、中華三昧。

……別に即席麺がみっちり詰まっているわけではない。そんな弁当は嫌だ。

5・6段目はまた更にまったくの別物の洋食。

締めの7段目は、フルーツフェスタ。パイナップルやマンゴーやら南国フルーツが色とりどり。

各々の段が全て最適な温度になっているのは、一体どういう仕組なのか。

スチームで温める弁当の例もあるから温かいのはともかく、フルーツが冷え冷えなのは謎すぎる。

兎にも角にも、和洋折衷。一段一段もずっしり詰まっていて、重箱の重さも納得だった。

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「それじゃ、取り分けますねー。嫌いな物はないですかー?」

メイドであるヒヨが率先して、取り皿に料理を取り分ける。

アサリ,「あー、アサリはタマネギは避けてほしいですねー。イカもあまり良くないんですよー」

ひよこ,「はーい、タマネギとイカ抜きですね」

アタル,「ちょっと待て、お付きの人。アサリさんはセーラさんのために働くべきじゃないのか。なんでヒヨにやらせてるんだよ」

アサリ,「硬いことは言いっこなしですよー。セーラさんの面倒を見ていたら、食べそびれてしまうではないですかー」

アタル,「とか言ってますけど、いいんですか……セーラさん」

セーラ,「ええ、お気になさらず~。はむっ、まぁ、このイカのマリネ、とても美味しいです~」

アサリ,「セーラさん、アサリがイカを食べられないのに、褒めないでくださいー。気になるじゃないですかー」

……本当にゆるい主従関係だなぁ。

#textbox Kmi0110,name
ミルフィ,「あ、そうそう、アタル。今日の帰りの寄り道コースは考えてあるの?」

アタル,「寄り道……?」

言われてようやく思い出す。

アタル,「――あ、悪い、全然考えてなかった」

すっかり記憶から抜け落ちていた。

#textbox Kmi0170,name
ミルフィ,「何よ、それ! 昨日、約束したじゃない! このあたしの約束をすっぽかすだなんて、アタルの脳みそには穴でも空いてるの?」

アタル,「失敬な! ちゃんと詰まってるよ!」

#textbox Kmi0120,name
ミルフィ,「――だったら、放課後までにちゃんとプランを練っておきなさいよ。しっかり詰まってるんなら、2、3時間もあればなんとかできるでしょ?」

アタル,「ぐ……!」

#textbox Kmi0110,name
ミルフィ,「――あ、穴といえば、アタル。今日、クラスの子に、あたしの名前がドーナツみたいだっていわれたんだけど、どういうこと?」

アタル,「……ドーナツ?」

エリス,「ええ、自分も聞きましたが、理解できませんでした」

エリス,「姫様がドーナツのように甘く、大変可愛らしいという意味ならば理解できるのですが……」

アタル,「……俺にはドーナツの可愛らしさというのがよくわからないんだが……」

嫌いじゃないけれど、油と砂糖の塊だぞ? むしろ、食べ過ぎたら、女の子から可愛さを奪う代物だと思うんだが。

セーラ,「あら~、ドーナツって可愛いじゃありませんか~。丸くって、穴が空いているところとか、とても愛らしいと思います~」

どの辺が? 穴が空いてて丸いのは可愛いのか?

アタル,「その基準だと、タイヤも5円玉もかわいいことになっちゃうんだが……」

ひよこ,「うーん、タイヤはあんまり可愛くないね……」

セーラ,「そうでしょうか~? みんなを運ぶために頑張っているタイヤさんは健気で大変可愛いと思いますけど~」

ミルフィ,「ごめん、セーラ。その感性はあたしもよくわかんないわ」

どうも、彼女たちのいう可愛さの基準がわからないのは、俺が男だからだろうか。

女の子にはなんでもいいから『可愛い』って言っておけばとりあえずは話が成立する。

そんな言葉を誰かから聞いた気がする。

だからといって、『君の胸はかわいいね』とキメ顔で言っても、セクハラにしかならないので注意が必要とも。

ひよこ,「ドーナツ、ドーナツ……えーっと、ミルフィさんの名前って、ミルフィ・ポム・デリングでしたよね」

ミルフィ,「そうよ?」

アタル,「――あ、なるほどな。確かにドーナツみたいだ」

ひよこ,「うん、ドーナツみたい、あはっ」

ミルフィ,「え? え? どういうこと?」

ひよこ,「ミルフィさんみたいな名前のドーナツがあるんですよ。ふわふわもちもちしてて、とても美味しいんです」

ミルフィ,「ふぅん……? ふわふわでもちもち……。その食感はどんな感じなのかよくわかんないけど」

アタル,「百聞は一見――いや、一食にしかず、だな。ちょうどいいし、帰りに寄ってみるか。商店街にミセドあったよな?」

ミセド――ミセス・ドーナッツの略である。

アメリカのお母さんが作るホームメイドなドーナツが売りの、ニッポン屈指の全国チェーンのドーナツ屋さんだ。

アメリカンを売りにしているせいで、味はかなり甘い。好きな人は好きなのかもしれないが、格別甘党ではない俺としては1、2つ食べれば満足だったりする。

でも、たまーに食べたくなる。それが不思議さ、ミセド。

ひよこ,「あ、これってちょうどいい寄り道だねっ。私も久しぶりにドーナツ食べたいな」

ミルフィ,「ドーナツ屋さん? ああ……そういえば、アニメでドーナツ大好きな子が、ドーナツ屋に足しげく通ってるシーンもあったわね……」

セーラ,「そうなんですか~。ニッポンにはいろんなお店があるんですね~」

ミルフィ,「あたしの名前を使ってるくらいなんだから、さぞや美味しいんでしょうね?」

ひよこ,「そのお店もミルフィさんの名前を参考にしたわけじゃないと思うけど……」

セーラ,「偶然の一致って怖いですね~」

アタル,「……どちらかといえば、ミルフィの方が後出しだと思うんだが……」

メタな発言はここまでにしよう。

どうやらこれにて幸いなことに、午後の授業中、寄り道ルートを一生懸命検索する必要はなくなったようである。

…………

……

とまぁ、俺たちがこんな話をしている間にも、学園内では両姫様のファンクラブ活動が活発になっており。

放課後を迎える頃には、学園に在籍する男子の半数ほどがどちらかの姫様のファンクラブ会員となっていたという。

さすがは、真のカリスマ性だった。

…………

……

ミルフィ,「ここが噂のドーナツ屋ねっ!」

アタル,「別に噂というほどではないのだが……」

そんなわけで、俺たちロイヤルご一行は、商店街にあるミセドへとやってきた。

どこにでもあるチェーン店だ。俺たちの住むこの街に、あと2軒ある。

テレビCMだって、毎日やっている。ミルフィのいう噂は今の俺の半径1mだけで大流行の超局所的なモノだ。

セーラ,「まぁ~、可愛いお店です~」

可愛いかなぁ……? ごく普通だよなぁ。

やっぱり俺にはその可愛さがわからなかった。

ミルフィ,「さ、行くわよ!」

威風堂々。肩で風を切るように(ない)胸を張って、自動ドアの中へと入ってゆく。

女性店員,「いらっしゃいませー!」

そして、ミルフィは店員へ開口一番。

#textbox kmi0110,name
ミルフィ,「全種類10個ずつもらうわっ」

アタル,「おぃぃ!? 誰がそんなに食うんだよ!?」

女性店員,「えっ!? ……お持ち帰りでよろしいですよね?」

#textbox kmi0190,name
ミルフィ,「もちろん、食べていくわ!」

店員のお姉さんは、口をドーナツのように丸くしていた。

…………

……

山のようにドーナツを積み上げ、客の視線を独り占めしている我らが集団。

尋常ではないドーナツの量だけでも目を引くというのに、それを食べようとしているのは、明らかにニッポン人ではない顔立ちのお嬢様方だ。

俺たちと同じように寄り道している学生もいる。

さすがに俺たちが誰だか気づかれているらしく、ヒソヒソと噂されていた。

『国王が、異国の姫を率いて、数百個に及ぶドーナツを購入し、店内で食べていった』

さっきの話の通り、明日には噂のドーナツ屋になりそうだった。

アタル,「こんなに買って、食べきれるのかよ……」

#textbox kmi0130,name
ミルフィ,「食べきれるのか、じゃないわ、食べきるの」

#textbox kmi0160,name
ミルフィ,「だいたいここには6人もいるのよ? 余裕でしょ?」

アタル,「……その余裕の根拠はどこだ? ミルフィの脳内で、どんな演算処理が行われているんだ?」

無茶を言ってくれる。

俺は食べれても、2、3個。無理して詰め込んでも、5個が関の山だ。

30種類のドーナツを10個ずつ、計300個。俺換算だと、60人いないと食べきれないんだが。

#textbox khi0130,name
ひよこ,「うーん……私は頑張っても10個くらいかなぁ……」

アタル,「10個!? ヒヨ、そんなに食わないだろ!?」

#textbox khi0120,name
ひよこ,「ドーナツなら、10個くらいはなんとかなるよー。甘いモノは別腹だよー」

女の子の胃はどうなっている?『かわいい』に続いて、女の子七不思議のひとつだな。

#textbox kmi0110,name
ミルフィ,「いいから、早く食べましょうよ。で、あたしの名前と似てるドーナツってどれのこと?」

#textbox ker0120,name
エリス,「コチラだったと思われます。ささ、姫様、どうぞ」

紙で手持ちの部分を包み、主へと差し出す。

#textbox kmi0190,name
ミルフィ,「ありがと、エリ」

#textbox kas0110,name
アサリ,「見たところ、毒物が盛られたりはしてなさそうですねー。安心して召し上がれますよー」

毒味役ならぬ、毒見役のアサリさん。つーか、見ただけでわかるの?

#textbox kmi0160,name
ミルフィ,「それじゃ、いただくわね」

俺たちは手に取ることなく、ミルフィがドーナツを口に運ぶのを見守っていた。

ドキドキ。

果たして、ミルフィと同じ名を持つこのドーナツは、ミルフィのお気に召すであろうか。

気に入らなくて、『このドーナツを作ったのは誰だ! パティシエを呼べ!』とか言い出さないだろうか。

そんなことで呼び出されても、バイト君は困ってしまうだろうな。

ミルフィ,「はむっ……」

ドーナツが、ミルフィの口に咥えられる。

そして、一口かじる。

ミルフィ,「んむッ!?」

ミルフィが目を剥いた。

ミルフィ,「…………」

ミルフィはドーナツを咥えたまま、停止スイッチを押してしまったかのように。

#textbox ker0150,name
エリス,「どうされました、姫様。もしや何か毒物でも盛られて……!」

ミルフィ,「な、なに、なによこれ……ッ! ちょっ――」

口を抑え、ミルフィは硬直する。

#textbox ker0150,name
エリス,「姫様……?」

ミルフィ,「超~~美味しい~~ッ……!」

ミルフィが吠えた。

ミルフィ,「この甘さ……! それ以上にこの食感……!今までに味わったことがないわ……!」

そして、瞬く間に1個を口に入れてしまう。

ミルフィ,「ぱく、ぱく……あたしの専属パティシエだって、こんなのは作ったことないわよ……! むぐ、どうしたら、こんな完成された味になるの……むぐむぐ……!」

そして、またひとつ、またひとつ。

シンプルなシュガーグレーズ、チョコ味、抹茶味、クリームの入ってる物、入ってない物、片っ端から手につけては口の中に入れてゆく。

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セーラ,「そんなに美味しいんですか……?」

ミルフィ,「むぐむぐ……いいから、あなたも食べなさいっ」

#textbox kse01B0,name
セーラ,「では、お言葉に甘えて、いただきます~……ぱくっ」

#textbox kse0190,name
セーラ,「……まぁ~……美味しいですね~!」

セーラさんがパァッと後光でも差しそうな笑みを放った。

#textbox ker0110,name
エリス,「自分もひとつ失礼を……むぐ……む……これは……!」

#textbox kas0110,name
アサリ,「そんな美味しいそうなの、アサリも食べますよー。いただきますー……もぐ……んー!」

ぱくぱくぱくと4人の異邦人たちは、テーブルの上に盛られたドーナツを片っ端から手につけてゆく。

てんこ盛りのドーナツの前にお姫様や従者といった身分は関係なく、今の彼女たちは4人の女の子だった。

俺も1個拝借。

ぱく。

甘い。けど、まぁ、美味しい。子供の頃から慣れ親しんだミセドの味だ。

アタル,「そんな大騒ぎするほどの物かなぁ……?」

#textbox khi0110,name
ひよこ,「美味しいと思うよ? 私は大好きだけどな」

アタル,「もちろん不味いわけじゃないけどさ……」

#textbox kse0190,name
セーラ,「私も大変美味しいと思いますよ~」

#textbox kse01B0,name
セーラ,「とはいえ、ミルフィさんほど感激しているわけではないですけれど。余程ミルフィさんの舌にぴったり合ったんでしょうね~」

#textbox kse0190,name
セーラ,「ニッポンの食べ物のクオリティは大変高いですよ~。ニッポンに来てからというもの、多種多様な食文化には大変驚いてます~」

アタル,「そういうものですかね……」

#textbox kse0120,name
セーラ,「食に限ったことだけではありません。独自の文化を持ちつつも、他の文化をも取り込んでしまうニッポンは本当に凄いと思います~」

#textbox kse0180,name
セーラ,「だからこそ、我がクアドラントや、ミルフィさんのイスリアを始めとした諸国は、ニッポンをとても気にかけているのですよ~」

アタル,「なるほどなぁ……」

ニッポンに生まれ育った身としては、その凄さが実感できないのだが。

ニッポンに生まれただけで十二分に幸せだ、という話も聞く。ニッポン人は未来に生きてる、ともいうからなぁ。

たかだかドーナツの話から、なんだか高尚な話になってる気がしなくもないけど。

そんなことを思っている間にも、ドーナツの山は消費されていくが、如何せん注文した数が数。標高が幾分か下がりはしたものの、まだまだ山は山。

エベレスト(世界第1位)がK2(世界第2位)になったところで高いままだ。

――どうでもいい話だけど、世界一やニッポン一の存在は有名だけど、2番目ってあまり知られてないよね。

ニッポンで一番高い山が富士山なのは常識だけど、2番目に高い山が北岳っていうのはあまり知られてない。

金メダルを取った選手は世界的に有名になっても、銀・銅メダル止まりでは、雲泥の差。

一番でなければ知名度・認知度は下がる。一番でなければ、印象に残らない。

それは何事においても同じで、殊更、恋愛においては――

アタル,「……ああ」

――俺は1人だけを選ばなきゃいけない。

#textbox kmi0110,name
ミルフィ,「ん? どうしたの、アタル? 食べないの?」

アタル,「あ、ああ、食べる。食べるよ」

#textbox kmi0160,name
ミルフィ,「遠慮しなくていいのよ。足りなくなったら追加してもいいんだからっ」

アタル,「足りなくなるわけないだろがッ!?」

……とまぁ、周りからいろんな思惑を孕んだ奇異の目で見られつつも、俺たちは延々ドーナツを食べ続け。

アタル,「ぅろぇっぷ……!」

今までに体験したことのない胸焼けに襲われたのであった。

…………

……

アタル,「っぷ……」

帰宅して、数時間が経過した。

が、ドーナツの食べ過ぎで、とてもじゃないが夕飯が食べられるような腹具合とテンションではなかった。

油モノ&甘いモノすぎて、胸焼けがする。

唾液がシロップになったかのようだ。今の俺を雑巾のように絞ったら、砂糖と油が滲みでてくるに違いない。

制服姿で、ベッドに突っ伏したまま、動きたくなかった。

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「アタル、夕飯の時間よ?」

アタル,「ごめん……今日はいらない……!」

#textbox Kmi0220,name
ミルフィ,「なによ、あのくらいのドーナツでダウンだなんて、情けないわねぇ」

アタル,「あのくらいって……」

注文したドーナツが全て、6人の胃の中に消えたんだぞ。

一番の働きをしたのは『小さな大食漢』アサリさんだったのは明白なのだが、彼女とタメを張っていたのはヒヨだったりする。

張本人であるミルフィにしても、セーラさんにしても、明らかに俺よりも食べていたにも関わらず、これから夕飯を食う余力があるというのだから。

やはり女の子と男では、甘い物耐性が別物なのだ。

#textbox Kmi0260,name
ミルフィ,「美味しかったわね。さすがはあたしの名前を使ってるだけはあるわっ♪」

アタル,「お気に召したのなら何よりだ……」

ミルフィは大層ドーナツが気に入った様子だった。

…………

……

胃薬を飲み、すぐさま就寝したものの、どうにも寝付けなかった。

胃がムカムカする。しばらく油モノは口にしないぞ。

そんな決心を固めていると、ドアをノックする音が鳴り響いた。

アタル,「はーい……」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「アタルくーん?」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「おなかいっぱいで食べたくないかもだけど、お台所借りて、おかゆ、作ってきたよ」

ヒヨの持つシルバーのトレイの上に載せられているのは、土鍋に入ったお粥と、ポットに入った烏龍茶。

アタル,「お粥かー……」

ネギと溶きタマゴだけのシンプルなお粥だ。油分0。これくらいなら、今の俺の胃にも優しいに違いない。

せっかくヒヨが俺のために作ってくれたんだしな。

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「さすがにアレは食べすぎたよねぇ。私もいっぱいいっぱいだったよー」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「あんなにたくさんのドーナツを見るのは初めてだったから、ちょっと楽しかったけどね」

その場のテンションに負けて、俺もちょっと頑張ってしまった。後悔。

これくらいなら食べられるだろう、と、ヒヨの作ったお粥をレンゲですくって、口に運ぶ。

アタル,「ん……」

絶妙な塩梅だった。

味付けはシンプルで、塩だけだと思う。でも、この塩も普通のモノではないのかもしれない。

アタル,「っはぁ……美味しい……」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「ホント? 良かった♪」

食道から胃にかけてわだかまっていた油分が、お粥と濃い目に入れた烏龍茶で流され、胃の中のムカムカが消し飛んだ気がする。

1口1口と口に運ぶうち、気がつけば、土鍋に入っていたお粥を全部食べきっていた。

アタル,「ごちそうさま、美味しかったよ」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「ふふっ、お粗末さまでした」

アタル,「そういや、ヒヨの作る料理を食べたの、久しぶりな気がする……」

#textbox Khi0340,name
ひよこ,「やだな、お料理って言っても、単なるお粥だよ。そんな大層な物じゃないよ。褒めてもらったら恥ずかしいくらいだよ」

ブンブンと手を振って、慌てて否定する。

#textbox Khi03A0,name
ひよこ,「ここにいると、あんなに美味しくて手がかかっているご馳走が毎日出てくるんだもん。私の出番なんてないよー」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「毎日毎日ご馳走過ぎて、私、ちょっと太っちゃったかもだよ……えへへ」

アタル,「んー……確かにここのご馳走は美味しいんだけど、毎日食べてたら、なんだか飽きてきちゃってさ……」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「わ、アタルくん、贅沢だ」

美人は三日で飽きる的理論なのかな。ちょっと違う気もするけど。

毎日ご馳走三昧で幸せな人だっているんだろうし。

世界各国の料理を毎食毎食出してくれる。

味の種類は千差万別だし、今までかぶるような料理もなかったんだけど。

どれもこれも高級すぎて、俺の体が次第に拒否反応を示し始めている気がする。

シンプルなおかゆがこんなにも美味しく感じられてしまう俺の舌には、過ぎた代物なのだ。

アタル,「ヒヨの作るご飯なら毎日食べても飽きなかったんだけどなー……」

#textbox Khi0390,name
ひよこ,「え……?」

アタル,「安心できるっていうか……家庭の味?まぁ、俺の舌は上流階級じゃないからさ」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「あ、あのー……アタルくんさえ良かったら、明日の朝ごはんは私が作ろっか?」

アタル,「そうだな、久しぶりに頼むよ」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「変なの、久しぶりって言っても、まだ1週間も経ってないんだよ?」

アタル,「え、そうだったっけか?」

指折り、日にちを数えてみる。

アタル,「……本当だ」

毎日が濃密過ぎて、何日が経過したのかわからなくなっていた。

そっか……王になってから、まだ1週間も経っていないのか……。

それにしては、日々の生活には馴染んできた気がする。姫様たちがいるのも、段々普通に感じられてきた。

俺って、案外順応性高いのかな?

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「それなら、明日の朝はアタルくんのために頑張っちゃおうっかな」

アタル,「本当? おっ、なんだかすごく楽しみになってきたぞ」

前の家に住んでいた時は、こんな風に思わなかったのに。

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「それじゃ、早く寝ようかなっ。アタルくんはまだ起きてる?」

アタル,「いや、もうじき寝るよ」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「そっか。それじゃ、おやすみなさいませ、ご主人様♪また明日ね」

いたずらめいた笑みを浮かべて、ヒヨは部屋を出て行った。

子供の頃は、豪華な食事を食べに行くと聞かされていたら、前日からわくわくしていたもんだけど、今じゃ、ヒヨの作る料理にわくわくするとは。

何はともあれ。

アタル,「ふぁぁ……」

大きなあくびが漏れる。

まるで、ヒヨの作ってくれたお粥に、睡眠薬でも入っていたのかと思うほどの睡魔に襲われ。

お腹もすっきりと満たされた俺は、今日のところはこのまま寝ることにしたのである。

アタル,「おっ……?」

朝風呂に向かう俺の鼻腔を刺激する匂いが、厨房から漂ってきていた。

ひよこ,「ふんふふ~ん♪」

顔を覗かせた厨房にはヒヨがいて、厨房には慣れ親しんだダシの匂いが立ち込めていた。

味噌汁と……何の匂いだろう。

アタル,「おはよ、ヒヨ。朝からノリノリだな」

鼻歌混じりでフライパンを振り回すヒヨに声をかける。

ひよこ,「あ、おはよ、アタルくんっ。今日は早いんだね」

アタル,「昨日は早めに寝たから。風呂入りそびれたから、朝風呂でも入ろうと思ったんだけど」

アタル,「いい匂いがしてきたから、ついふらふらっと、ね」

ひよこ,「あははっ、アタルくんは食いしん坊さんだね」

アタル,「ヒヨに言われるのは心外だなぁ……」

ひよこ,「むー、私、そんなに食いしん坊さんじゃないもん」

アタル,「今日のメニューはなんだ?」

ひよこ,「本当に普通のご飯だよ? ご飯と、お味噌汁と、お魚。塩鮭とアジの開き、アタルくんはどっちがいい?」

アタル,「それはなかなかの難問だな。どっちも捨て難い……」

ひよこ,「そっか、どっちも食べたいなら、私と半分こしよ」

アタル,「それだ」

ひよこ,「他には、冷奴と、納豆とー……」

アタル,「あとはそのキンピラか」

ひよこ,「うん、蓮根のキンピラ。アタルくん、前に好きだって言ってたよね」

アタル,「よく覚えてたな」

ひよこ,「えへへー、アタルくんの好みは大体覚えてるよ。もうちょっと炒めたら完成だけど、アタルくん、ちょっと味見してみて?」

アタル,「おぅ、喜んで」

ヒヨが菜ばしで蓮根を摘む。

ひよこ,「ふーっ、ふーっ……ちょっと熱いかもしれないから、気をつけてね。あーん」

アタル,「あー……んっ、むぐ、むぐ……ん、美味いっ!」

ひよこ,「甘すぎない? 辛すぎない? 大丈夫かな?」

アタル,「大丈夫だ、問題ない」

ひよこ,「そっか、良かった」

なんて庶民的な会話だろうか。だだっ広い厨房に似つかわしくない。

ひよこ,「それじゃ、お風呂入ってきちゃって。アタルくんがお風呂からあがる頃にはできあがってると思うよー」

アタル,「おぅ、了解。楽しみにしてるぞ」

厨房を後にし、俺は浴場へと向かった。

…………

ミルフィ,「な、ななっ、なぁっ……! いい匂いがしたから、つい立ち寄っちゃったけど、な、なによ、あのラブラブっぷりはっ!」

セーラ,「羨ましいです~。私もアタル様に、ふ~ふ~あ~ん♪ ってして差し上げたいです~」

ミルフィ,「くっ……ぴよぴよ、侮れないわね……!」

…………

……

アタル,「んまいっ!」

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「も、もう、アタルくんってば、大袈裟だよぉ」

ヒヨの作った味噌汁を1口すすり、俺は素直な感想を漏らしてしまった。

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「セーラさん、ミルフィさん、どうですか?お口に合いますか……?」

セーラ,「ふぅ……これがニッポンのミソスープなんですね~」

アサリ,「お魚の風味が利いてますねー。ご飯にかけたくなりますよー」

いわゆる、ねこまんまである。

ミルフィ,「そういえば、話にはよく聞くけど、味噌汁って飲むの初めてね。うん、見かけは泥水みたいだけど、まあまあ美味しいじゃない」

アタル,「気持ちはわからなくもないが、泥水いうな」

ずず、と、また1口。

昔から口にしている、安心する家庭の味だ。

柴田,「味噌汁をお飲みになられたいのでしたら、言っていただければお作りしたのですが……」

アタル,「んー、そうなんだけどさ。ヒヨの作る味噌汁を飲みたかったんだよね」

ひよこ,「あ、ありがと……」

柴田,「シェフの中には和食に精通した者もおります。誰が作るかでそんなに違うものでしょうか」

アタル,「いや、もしかしたら、ヒヨの作る味噌汁より美味しいかもしれないけどさ。ここんとこ、余所行きの味ばかりだったから」

アタル,「毎日でも安心して飲めるヒヨの味噌汁が欲しかったんだよね」

ひよこ,「えっ! えぇっ! そ、それってどういう意味ッ!?」

アタル,「ん? 言葉通りの意味だけど?」

ずずず……と、すする。

セーラ,「あの、それって~……ニッポンではプロポーズの言葉ではありませんでしたか?」

ぶふっ!

味噌風味の霧が舞った。

アタル,「げほっ! げほっ! な、何を――」

ミルフィ,「そういえば、そんなプロポーズのシーン、観たことあるわね。『君の作る味噌汁が毎日飲みたい』とかなんとかって……」

ひよこ,「プ、プロポーズぅっ! ち、違うよっ!そ、そういう意味で言ったわけじゃないよねっ!?アタルくん、全然違うよねっ!?」

アタル,「もももももちろんだともさ!」

ひよこ,「そそそそうだよねぇっ! ももももう、やだな、やだなミルフィさんったらっ!」

ひよこ,「だいたい、アタルくんと結婚するのは私じゃなくて、ミルフィさんかセーラさんじゃないですかっ!」

ミルフィ,「ん、まぁ……そう、ね」

セーラ,「そうですわね~」

ひよこ,「……そ……そうですよぉ……私はアタルくんのお嫁さんになれっこないんですから……そんな風にからかわないでください。ねっ」

ミルフィ,「悪かったわね、ぴよぴよ。味噌汁も美味しいけど、この、キンピラーだっけ? これも甘くて美味しいわよ」

アタル,「語尾を伸ばすと宇宙怪獣みたいな名前になるな……」

円盤怪獣キンピラー、みたいな。

アサリ,「お魚の焼き具合も、絶妙で美味しいですねー」

エリス,「しかし、この納豆というのは信じ難い食品ですね……腐らせた豆を食するなど……」

ミルフィ,「外人が納豆を嫌がるのは、アニメの定番よね」

パッと見、和気藹々とした朝食のシーン。

#textbox Khi0370,name
だが、皆が舌鼓を打ち、絶賛してくれていても、ヒヨの笑みがどこか寂しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。

…………

……

登校した俺たちを出迎えてくれたのは、ずらっと整列した学生たちだった。

男子学生,「おはようございます、ミルフィ様」

先陣を切ってミルフィに挨拶をしたのは、昨日、俺の元にファンクラブ申請をしに来たクラスメイトだ。

――となると、ここに並んでいる面々はファンクラブの会員か?

ミルフィ,「あら、なかなか悪くない光景ね♪」

エリス,「姫様の可愛らしさをもってすれば、この程度の人数が集まるなど当然であり、造作もないことでしょう」

ミルフィ,「んふふ♪ そうねぇ、そうよねー」

男子学生,「エリス様、エリス様、コチラが約束の品になります」

エリス,「ふむ、すまない」

ミルフィ,「ん? エリ、今、何をもらったの?」

エリス,「なんでもございません」

ミルフィ,「そう? 別にいいけど」

エリスさんがカードのような物を手渡されていたのを、俺は見逃さなかった。

ミルフィファンクラブの会員証だった。

そういや、会員ナンバー1番を自分によこせとか言ってたっけか。

まったく、このお付きは自分の仕える姫様が好きすぎる。

…………

……

#textbox Kas0120,name
アサリ,「いやはやー。姫様たちのファンクラブの人気は凄いですねー」

昼休みになり、ようやく屋上へと逃げてこれた俺たちである。

ミルフィのファンは統率の取れた部隊のようであった。

一方、セーラさんのファンは、気がつけばどこにでもいるまるで隠密のような潜みっぷり。

姫様本人を表すというより、互いの付き人が増えたかのようなファン性質である。

ミルフィ,「ファンクラブの活性化は、いわば前哨戦よ。どっちがより魅力ある姫であるかの証明よね」

セーラ,「あら、そういうことでしたら負けるわけにはいかないですわね~♪」

ミルフィ,「アタルはそれも婚約者選びの参考にするといいんじゃないかしら」

アタル,「う~ん……そうだなぁ……」

それはあまり関係ない気がする。

俺の好きな人を選ぶのに、周りの風評に振り回されるのは、なんか違うだろう。

みんながこの人が好きだと言ったから、自分もこの人が好きだというのか。

色恋は流行り廃りじゃない。

エリス,「現時点で姫様のファンは、77名のようです」

アサリ,「セーラさんのファンは、76名だそうですよー。実にいい勝負ですねー」

ミルフィ,「ふふーんっ、1人とはいえ、あたしのファンの方が多いってことね」

アサリ,「いえいえー、同点ですよー」

ミルフィ,「? なんで?」

チラリとエリスさんの方に視線を送ると、バツが悪そうな顔をした。内輪で水増ししているのだからな。

セーラ,「まぁまぁ、その話は後にして、今はご飯にしましょう」

アサリ,「ですねー。別に後々の展開に大きく関わる話でもなさそうですしー」

アタル,「……何、そのメタな未来視」

……関わってこないんだ、この話。

そして、アサリさんの手によって運ばれていた重箱が、ドン! と、皆の中心に置かれる。またもや豪華7段積み。

2段ずつ各国の料理+デザート段と、昨日と同じような編成でありながら、1つとして昨日と同じ料理は入っていない。

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「わー、今日も美味しそうだねー♪アタルくん、何食べる?」

アタル,「端から適当に見繕ってくれ」

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「はーい、メイドの気まぐれコースですね」

俺のオーダーに応えて、ヒヨが片っ端から少しずつ盛ってくれた皿を受け取る。

アタル,「それじゃ、いただきます」

みんな,「「「いただきまーす!」」」

みんなで仲良くご挨拶。『いただきます』の挨拶って、ニッポンならではの風習だけど、随分と板についてきた。

ぱく ぱく

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「はぅぅん、このお肉美味しい~。口の中でトロ~ッて溶けちゃうよぉ」

うん、やっぱり美味しい。

美味しいんだけどな。

でも、やっぱり朝食べた、ヒヨの手料理の方が、俺の口に合ってる気がする。

舌が肥えてしまうのが怖いのかもしれない。

漫画やアニメでもよくいるけど、美食を追及した権力者って、大抵ろくな目にあってないじゃん? 軒並、悪役じゃん?

暴君にはなりたくないからな。

美味しいと思えるはずの物が美味しく感じられなくなっちゃうのって、なんだかすごくもったいない気がする。

毎日食べるなら、余所行きの味ではなく、家庭料理なんだなぁ。

ミルフィ,「アタル、小難しい顔して、どうかしたの?」

アタル,「あー、いや、別に。美味いよな、この肉!」

アサリ,「それはお魚ですよー? マグロですー」

アタル,「……え、そうなの?」

アサリ,「はい、マグロのほっぺの部分ですねー。1匹からちょっとしか取れない貴重な部分ですよー」

ぷにぷにと自分の柔らかそうなほっぺを突きつつ、アサリさんが解説する。

やっぱり、肉と魚の区別もつかない俺には、この料理たちは豪華すぎるし、もったいなさすぎた。

…………

……

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「ふぅ、おなかいっぱいだよー」

皆が腹をさすっている中、エリスさんの視線がキッと鋭くなった。

エリス,「――お食事が終わった直後で恐縮ですが、失礼します」

ミルフィ,「どうしたの、エリ」

この校舎の向かいの別棟に視線を向けたその瞬間。

パン!

鋭い眼光をしていたエリスさんの手にしていた銃が火を噴いた。

???,「んひぃいぃぃぃっ!!?」

それと同時、聞こえてきた悲鳴。

アタル,「な、何をっ!?」

エリスさんが発砲したそこには、腰を抜かした男子学生がいた。

エリス,「ご心配なく、ゴム弾での威嚇射撃ですから」

ゴムだろうがなんだろうが、当たったら痛いもんは痛いだろ。

アサリ,「あー、気づきましたかー。別に危害を加えるような感じでもなかったので、アサリは放置してたんですがー、もぐもぐ」

口から魚の尻尾をはみ出させつつ、チラリ、と、別棟の方に視線を向けたアサリさん。

アサリ,「あの人、連れてきましょうかー?」

アタル,「そうだね。俺たちに何か用がありそうなら、連れてきてほしいかな」

アサリ,「はいー、了解しましたー」

アサリさんは屋上のフェンスの方を向き。

――駆け出す。

アタル,「え、ちょっ、どこへ!?」

#textbox kas0140,name
アサリ,「ほっぷ――」

一歩目。コンクリの床を踏みしめ。

#textbox kas0180,name
アサリ,「すてっぷ――」

二歩目。身軽にフェンスの上に飛び乗り。

#textbox kas0120,name
アサリ,「じゃーんぷっ!」

三歩目。フェンスの上から、向こうの校舎に向かって。

跳んだ。

アタル,「ええぇええええぇぇぇぇぇッッ!?」

#textbox Khi0140,name
ひよこ,「ええぇええええぇぇぇぇぇッッ!?」

ふわーっと跳び上がったアサリさんは、空中でくるんくるんと回転して――

#textbox kas0120,name
アサリ,「しゅたっ。10.00ですねー」

遥か向こうの別棟の屋上へと、軽やかに着地した。、

その跳躍距離、ざっと100m。

たったこれだけの助走距離で向こうまで飛んだのか。

世界新とかそんなレベルじゃない。人間じゃない。

アタル,「……なに、今の」

腰を抜かして動けないレベルで驚いている俺。

それは向こうの校舎にいる学生も同じらしく、アサリさんに何やら話しかけられている模様。

銃弾で脅されるわ、ネコミミ奇人の変態跳躍力を目の当たりにするわ、彼にとって随分と災難な昼休みである。

ミルフィ,「へー、すごいわねー。セーラ、あんな人、どこから連れてきたのよ」

一方、ミルフィは口では驚きを表しているものの、存外に平然としている。

当然、彼女の雇い主であるセーラさんは涼しい顔だ。

セーラ,「初めてお会いしたのはどこだったでしょうか~……確か、お父様が連れてきたのだと思いますけど~」

アタル,「バルガ王が?」

セーラ,「はい、なんでも拳でわかり合えたとかなんとか~……」

ミルフィ,「熱血少年漫画のテンプレートねぇ……理由はいらない、ってことなのかしら」

そんなことを話している間にも、アサリさんの方では会話が成立したらしい。

男子学生の手を取り、お姫様抱っこをして――

……お姫様抱っこ?

そして、さっきと同様、こっちに向かって、駆けてきた。

アサリさんよりも明らかに体躯の大きな男子1人を、その細い腕に抱えて。

ほっぷ。すてっぷ。

じゃんぷ。

男子学生,「ぅぅうぅぅどぅわああぁああぁぁぁぁっ!」

――着地。

物理法則をどうやって無視しているのか知らないが、衝撃をまったく感じさせない軽やかさで、再度屋上にひらりと着地した。

#textbox Kas0120,name
アサリ,「たっだいまですよー」

涼しげな笑顔で、アサリさんは言ってのける。

アタル,「お帰りなさいませ……」

男子学生,「あばあばばばばばばば……」

#textbox Kas0160,name
アサリ,「ふぅ……あなた、重いですねー。ちょっとダイエットした方がいいですよー」

アサリさんの細腕に抱かれていた男子は、白目を剥き、口から蟹のように泡を吐いていた。同情。

今更、思い出したけど。

彼女とセーラさん、俺の家まで艦砲射撃で飛んできた――とか言ってたっけか。

あの時はどんな世迷言かと思っていたけど……なるほど、彼女のこの身体能力なら納得……していいんだろうか。

#textbox Kas0180,name
アサリ,「さてー、これから楽しい尋問のはじまりですよー」

アサリさんはニィッと口を吊り上げ、笑みを浮かべた。

アタル,「うわっ……!?」

背中にゾワッと、虫が這いずるような悪寒を覚えた。

ようやく人間の心を取り戻した彼は、我々の前に正座待機。

彼の周囲にちょっとアンモニア臭が漂ってる気がしたのは、多分、彼がチビッたせいなんだと思う。

野郎のおもらしとか、誰得だ。どの層狙いだ。

エリス,「なかなかの気配の殺し方だったが、まだまだだな。そのレベルでは戦場では生き残れない」

男子学生,「あ、あ、あのー……ボ、ボクはどうなるんすか……」

頭にペイズリー柄のバンダナを巻いた、小太りの学生。どうやら俺たちより1年先輩らしい。

エリス,「どうなるかは全て貴様の返答次第だ。事と次第によっては、その命はここで散ると思え」

カメコ,「んひぃいぃっ!?」

そんな彼が首から下げているのは、バズーカ砲と見間違うような超望遠レンズのついたカメラだ。

ちなみに、そのカメラのレンズには一発の銃弾が突き刺さっていた。もちろん、もう使い物にはならないであろう。

アタル,「そ、その弾って、エリスさんが撃ったやつ?」

エリス,「そうです。狙いが少々外れてしまいましたが」

ガラスを貫通するとか、ゴム弾も何も関係ないじゃねぇか。当たり所悪けりゃ普通に死ぬじゃねぇか。

にしても、だ。この学生は、暗殺者とかそんな物騒な輩じゃない。

学内で何度か見かけたことがある。ちょっとした有名人だったはずだ。

どちらかといえば、あまり良くない意味で。

アタル,「先輩、写真部の方ですよね?」

写真部,「そ、そうすよ。こんなカメラ持ってんだから、当たり前じゃないすか……」

こんな立派な機材を持っているんだから、当然といえば当然なんだが、彼は写真部所属。

少ない部費を補うため、学園中の美少女の隠し撮りを有料で引き受け、まぁ、ぶっちゃければ、盗撮写真で稼いでいるとかいう話を聞いたことがある。

以前、クラスメイトの男子が、意中の女子の隠し撮り写真を撮ってもらったとかいう話を聞かされたっけな。

エリス,「――なるほど、つまり、こそこそと隠れて、向こうから自分たちの食事風景を撮影していたということか」

アサリ,「男らしくないですねー。みみっちいですねー。腐ってもげてしまえばいいのに、ですよー」

アタル,「どこの部位の話してんの!?」

下腹部の辺りが、きゅんっ☆て痛くなりました。

ミルフィ,「いわゆるカメコって奴ね?」

カメコ,「カ、カメコっていわないでくれすよ。ボクは――」

パン!

カメコ,「ッひぃいいぃぃっ!?」

エリス,「姫様の言葉に反論するとはいい度胸だ、カメコ」

正座している彼の、右ももと左ももの隙間を、エリスさんの放った銃弾が駆け抜けた。

銃弾はコンクリに突き刺さっていた。本気でゴム弾も何も関係なかった。

さらに強まるアンモニア臭。だから誰得だよ。食事が終わった後で良かったよ。

カメコ,「カ、カメコでいいれすぅ……」

ミルフィ,「そう? じゃ、カメコ。ちゃんと話を通してくれれば、撮影くらい許可したのよ?」

セーラ,「そうですよ~。隠れてこそこそしてちゃダメです~」

セーラ,「いえ、秘めてこそ燃え上がるモノがあるのもわかりますけど……人目を忍んでの逢瀬……野外で隠れてひっそり、しっぽり……きゃっ♪」

アタル,「あのセーラさん……大丈夫?」

そのピンク色の脳ミソは。

エリス,「大方、ファンクラブの方に依頼されてのモノではないでしょうか?」

アタル,「あぁ、なるほど。ファンクラブっていうと、ブロマイドは定番商品だしね」

CDの中に、ランダムで混入されていたりね。全種類コンプしたり、握手する権利をゲットしたりね。

うんうん、と頷くカメコ先輩。別に黙秘権を行使したりするつもりはないらしい。

ミルフィ,「あ、そうなの? だったらなおさらだわ。あたしを撮りたかったのなら、今から撮らせてあげる。綺麗にお願いね♪」

立ち上がったミルフィはクイッとしなを作る。

セーラ,「まぁ、でしたら、私も撮っていただかないと不公平になってしまいますわね~」

ミルフィ,「こんなサービス、滅多にしないんだから、感謝しなさいよ?」

どこかの銀河の歌姫みたいなセリフを漏らしつつ、セクシーポーズ(少なくとも本人は多分そう思っている)をキメるミルフィ。

カメコ,「あ、いや……そうじゃなくて……」

お茶を濁す口調のカメコ先輩は、立ち上がろうともカメラを構えようともしない。

まぁ、立ち上がろうにも、下半身がびたびたで立ち上がれないのかもしれないが。汚い。

カメラもレンズに銃弾が突き刺さってるんだっけ。それは不憫。

エリス,「む? 何か様子がおかしいな。カメラを確認させてもらおうか」

エリスさんが素早い手つきで、彼の下げていたカメラを奪い取った。

カメコ,「わぁぁ、やーめーろーよー! みーるーなーよー!」

レンズをぶち抜いてくれた人に、大事なカメラを手渡したくない気持ちはよくわかる。

エリス,「アタル王、お願いします」

アタル,「ん、確認させてもらいます」

カメラの電源を入れて、撮影履歴を見る。

みんなで和気藹々と食事をしているショット。おかずを口に運んでいるショット。

ほとんど変わらない構図の写真が、10枚単位で収められていた。

この短時間で一体何枚撮影していたんだろうか。

これだけ撮影されていたのに、全然気づかなかったな。

あれだけの遠距離から撮るなんて、まさにスナイパーのような仕事だ。

アタル,「……あれ?」

中のデータを見ていて、ふと違和感を覚えた。

全部、みんなが写っている昼食シーンなわけだけど。

そのセンターはヒヨに合わさっている。

アタル,「……これも。これもだ」

メインで写っているのはヒヨだらけだった。

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「どうしたの、アタルくん。え、これって私……?」

さっき、とろけるお肉を食べて溶けそうな顔をしているショットも見事に残されていた。

#textbox Khi0140,name
ひよこ,「きゃーっ、きゃーっ!さっき、私、こんな顔してたのーっ!恥ずかしいよぉ、消して、消してっ!」

カメコ,「ちょ、ちょっ、待っ! それはベストショットなんすよ!消さないでくれすよ!」

ミルフィやセーラさんのショットもないわけではないが、枚数は圧倒的にヒヨが占めていた。

さらに撮影データを確認していると、出てくる出てくるヒヨの写真。

登校時、休み時間、昼休み、体育の時間、授業中、下校時、中には私服姿まである。いつの間に。

この時間の多くは、俺も隣にいたはずだけど、まったく気づかなかった。綺麗に俺の姿はフレームアウトしている。

日付を確認すると、姫様が来る前からであったり、古いのは半年以上前だったりする。

ミルフィ,「でも、なんでぴよぴよの写真ばかり……?」

ひよこ,「そ、そうだよぉ。私の写真なんて撮ってもしょうがないでしょ?」

カメコ,「え? 知らなかったんすか……? 姫様の前は、西御門さんの写真を撮ってくれっていう依頼がすごく多くて」

カメコ,「ま、まぁ、ボクも撮ってる内に西御門さんのファンになっちゃったんすけど……へへ」

そういって彼は、懐から何かを取り出した。

アタル,「カード……? って、ヒヨのファンクラブ会員……?」

ミルフィ,「会員ナンバーは28番……随分、リアルな数字ね」

カメコ,「今のファンクラブ会員は50人くらいすね」

会員カードに貼られているヒヨの姿では、ヒヨが制服姿でアイドル風のキメポーズをとっていた。

アタル,「こんなポーズ、いつしたんだ……」

ひよこ,「覚えてないけど……クラスの友達とかとしたことはあるかも……でも、その子、女の子だよ?」

もしかして、そのクラスの友達もグルだったりするんじゃなかろうか。

カメコ,「WGPには女の子のファンもいるすよ」

セーラ,「だぶりゅーじーぴーですか?」

カメコ,「ウエストゲートピヨコの略す。西御門さんのファンクラブの名前すわ」

西・門・ひよこで、ウエストゲートピヨコ、ね。

この場所が池袋だったら、危うくカラーギャング同士の抗争に巻き込まれるところだったな。

ひよこ,「え、えっ、これって、つまり、学園にいる人たちが私の写真を持ってるってこと?」

カメコ,「ま、まぁ、そういうことすね」

ひよこ,「ふえぇぇぇ……どうしよ、どうしよー!」

ミルフィ,「ふぅ……まったく気づいてなかったぴよぴよもアレだけど」

アタル,「なんていうか……コイツもアレだな」

アサリ,「ストーカーすれすれですねー」

エリス,「ドン引きですね」

アタル,「ま、ヒヨが知らなかったってことは非公式だよな……ヒヨ、どうする。判断は任せるよ」

#textbox Khi0140,name
ひよこ,「ふぇえぇ、ふぇぇ――」

……いかん、ヒヨの頭の上に渦巻状の何かが見える。混乱アイコンが出っ放しだ。

#textbox Khi0170,name
ひよこ,「恥ずかしいよぉおぉっ!」

それは照れ隠しだったのか、混乱の産物だったのか。

ヒヨの必殺!ぴよぴよチョップが、ヒヨのデータ満載のデジカメへと振り下ろされた!

ドグシャバキ ボンッ!(爆発)

カメコ,「ぎゃーっ!?」

超長距離レンズに引き続き、カメコ先輩のカメラは正式にお亡くなりになられた。合掌。

この後、彼の様々な盗撮事件が明るみになり、在籍部員1名であった写真部は無期活動禁止――実質、廃部へと追い込まれたのであるが――
――それはまぁ、些細な余談である。

…………

……

[ひよこ必須フラグ=1]{
#textbox Ksi0160,name
柴田,「おや、アタル王、おひとりとは珍しい」

アタル,「そんなことないと思うけど……」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「以前がどうだったかは存じませんが、ここにいらしてからは常にアタル王の周りには、必ず誰かがいらっしゃいましたよ」

アタル,「……確かにそうかもね」

アタル,「なんでも、女の子同士の秘密の話があるんだってさ」

#textbox Ksi0180,name
柴田,「では、負けじと我々も、男同士の秘密の話でも致しますか」

アタル,「いやいやいや! 別に柴田さんと話すことはないよ」

#textbox Ksi0150,name
柴田,「さようでございますか。残念です」

どこまで本気なんだ、この人は。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「アタル王としては、ひよこさんのことはどう思われているのでしょう?」

アタル,「どう、って……幼なじみだけど……」

柴田,「それ以上の感情はないということで、よろしいですか」

アタル,「……う……」

柴田,「その迷いが、何よりの答えですよ」

アタル,「風呂、入ってくるよ」

柴田,「ごゆっくりどうぞ」

俺は逃げるように、柴田さんのもとから離れた。

自分の感情と意志がわからなかった。

…………

……

ミルフィ,「はーい、今日のでわかったことー。学園の人気No.1を狙うには」

セーラ,「お互いを超えればいい……というわけではなかったんですのね……」

ひよこ,「そそそそんなことないよぉ!私なんて全然つまらない女の子なのにぃ!」

ひよこ,「う、うーん、私のファンは50人?って言ってたよ? ミルフィさんとセーラさんはもっとたくさんいるじゃないですか」

ミルフィ,「人数の問題じゃないのよ。ぴよぴよ、今日からは正式に、あなたもあたしのライバルとして認めるわ」

ひよこ,「えっ、えええ……私、関係ないってばぁ……」

セーラ,「ひよこさん、正直におっしゃってください」

ミルフィ,「あんた、アタルのこと、好きなんでしょ?あたしたちに取られたくないんでしょ?」

ひよこ,「う……」

セーラ,「ひよこさんのアタル様への思いは、日々、端々から感じてます。今更、隠されても無駄ですよ~」

ひよこ,「うぅ……う、うん……」

ひよこ,「好き……アタルくんのこと、ずっと好きだよ……」

ミルフィ,「それを聞きたかったのよ」

ミルフィ,「少なくとも、ぴよぴよを超えなきゃ、アタルはモノにできないってことよね」

セーラ,「負けませんよ、ひよこさん」

ミルフィ,「正直に教えてくれたことに感謝するわ、ぴよぴよ。だから、ひとつだけ、あたしも正直に教えるわ」

ミルフィ,「アタルは必ずしも、あたしたちのどちらかと結婚しなきゃいけないわけじゃない」

ひよこ,「え……!?」

ミルフィ,「あたしがちょろっと考え付くだけでも、抜け道はいろいろあるのよねー……ま、さすがにそこまでは教えてあげないけど」

ひよこ,「どうしてそんな大事なこと、教えてくれたんですか……?」

セーラ,「障害はあればあるだけ、愛は燃え上がるんです~。負けませんよ、ひよこさん」

ひよこ,「わ、私だって負けないですっ」

ミルフィ,「握手はなしよ。あたしたちはアタルを巡るライバル」

ミルフィ,「いい勝負しましょ」

……

…………

アタル,「ぼくはおうさまになりたいけど――」

アタル,「――ひよこちゃんは何になりたいの?」

ひよこ,「わたし、しょうらい、アタルくんのおよめさんになる!わたし、アタルくんとけっこんするのっ!」

それは毎日のように、交わしていた約束。

アタル,「それなら、お星さまはひよこちゃんにあげるね」

ひよこ,「いいの? アタルくん、おうさまになれなくなっちゃうよ?」

アタル,「だって、ひよこちゃんはいつも、ぼくといっしょにいるでしょ?」

アタル,「いつもいっしょなんだから、お星さまは、ひよこちゃんの願いも、ぼくのお願いも叶えてくれるよ」

ひよこ,「うん、たいせつにするっ! わたし、アタルくんがおうさまになれるように、おねがいするからね!」

それは――

今では忘れ去られてしまった――想い出と夢うつつの中へと消えてしまった遠い約束。

…………

……

アタル,「んっ……!」

……何か夢を見た気がする。

寝ていたんだから、夢のひとつやふたつ見るに決まっているんだけど。

でも、今の夢は――またもや前に見た夢の続きだったような気がする。

連載も3、4回になれば、10週打ち切りかどうか決まる時期だろう。

どうだ、国枝アタルさんの脳内編集者様的には、この話は続くのか。

はたまた『そして10年後――』に飛んでの打ち切りか。読者アンケートはどうなってるんだ

……わかるわけがなかった。

そんな脳内編集会議はともかく、今日は週末。学園は休みだった。

夢のせいで思わず起きてしまったけど、今日はもっとゆっくりしてても良かったんだよな。

今一度、布団をかぶろうとしたが、目覚めてしまったら、なかなか寝付けない。

……とりあえず起きるか。また眠くなったら、二度寝でも昼寝でもするとしよう。

窓から庭を見ると、なにやら大きな白い布が揺れ動いている。

無数のベッドシーツだ。

そして、それを干しているのは、我が屋敷のメイドさんだった。

朝っぱらから精が出ることで。

ちょっと冷やかしにでも行きますかね。

俺は寝間着から私服に着替え、裏庭へと出た。

ひよこ,「お日様をいっぱい吸うんだよー」

広げたベッドシーツは風にたなびく。

アタル,「精が出ますな、メイドさん」

ひよこ,「あっ、おはようございます、アタルくん。お休みなのに、早起きなんだねー」

アタル,「なんとなく目が覚めちゃってね」

アタル,「にしても、このベッドシーツって、寝泊りしてる使用人全員分? 洗濯なら別にヒヨがやらなくても、他の人に任せればいいのに」

ひよこ,「ううん、このくらいは私がしないと。一応、王様専属のメイドさんなんだよ?」

ひよこ,「王様専属だからって、軽く見られないようにしたいし、もちろんアタルくんのためになることはしたいからね」

てきぱきとシーツに続いて、洗濯物を干してゆく。

なるほど、その洗濯物は、昨日の俺が着ていたモノだ。

アタル,「だからって、俺のパンツを、ヒヨが洗わなくてもいいと思うけどさ……」

ひよこ,「えっ、アタルくんのパ……ひゃあっ!」

アタル,「おっとぉ!」

俺のパンツに驚いたヒヨは思わず手放してしまった。

地面に落ちる直前、手を伸ばし、慌てて掴む。

アタル,「ふぅー……セーフ! 気をつけろよー」

危うく洗い直さずに済んだ。

ひよこ,「ア、アタルくんが変なこと意識させるからだよー……」

アタル,「パンツったってはいてなきゃ、ただの布だろ。Tシャツなんかと変わらないだろ?」

パンツだけど、恥ずかしくないもん! だ。

ひよこ,「か、変わるよぉっ。別物だよっ。それじゃ、アタルくんは私のパンツを見ても、なんとも思わない?」

アタル,「……はぁ?」

ひよこ,「……あ……! い、今のなしっ!なんでもない、なんでもないのっ!」

……なんで勝手に自爆してるんだろうなぁ。

ひよこ,「むぅ……アタルくんのえっち……」

アタル,「ちょっと待て……今の会話の中で、俺が非難されるようなエロ要素があったか……?」

ひよこ,「アタルくんが悪いんだもん」

ひどい言いがかりであった。

全部1人でやるのは大変そうだったので、俺も残りの洗濯物を干すのを手伝う。

幸いというかなんと言うか、その残りの洗濯物の中には、俺の下着もヒヨの下着も、ましてや姫様たちの下着もなかった。

それらは別の場所で、別々に洗っているのかもしれない。

……エリスさんが、ミルフィの下着姿を洗っているシーンが容易に想像できたが。

過度の想像は犯罪方面にしかいかなそうなので、程ほどにしておいた。

ヒント:パンツ・マスク・くんかくんか

ひよこ,「ありがと、アタルくん。おかげですぐに終わったよ」

アタル,「いやいや、どういたしまして」

アタル,「あー、さっきの質問だけどさ」

ひよこ,「さっきの質問?」

アタル,「きっとヒヨのお子様パンツじゃ、別になんとも思わないだろうなー。クマとかウサギとかバックプリントしてあるヤツだろ?」

ひよこ,「ふにゃっ……!? も、もう、お子様パンツじゃないもんっ! クマさんパンツじゃないもんっ! 今はいてるのはピンクの――」

アタル,「……へぇ、ピンク」

ヒヨの顔が瞬時に沸騰したかのように赤くなる。

ひよこ,「ちょっぷ!」

アタル,「きゅろすッ!?」

ひよこ,「もう、アタルくんのバカバカバカーっ!」

ちょっぷだけでは飽き足らず、洗濯カゴを振り回しながら追っかけてくるヒヨから逃げつつ、俺は王宮の中へと舞い戻る。

そんな休日の朝の一幕でありましたとさ。

……

…………

ヒヨに洗濯カゴでポカポカと殴られた後(捕まりました)、ソーセージとマッシュポテトをメインとしたジャーマニー的な朝食を終えて。

王になってから、初めての休日を迎える。

休みだからといって、特にやることを考えてはいなかったし、別段やることもなかった。

しいていえば、勉強の予習復習くらいだけど、それは考えないことにする。

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「アタルくん、何かお仕事はあるかな?」

アタル,「いや、特に何も考えてない」

柴田さんに声をかければ、勉強会のひとつもしてくれるだろうが、せっかくの休みをそれで潰すのもな。

こんな晴れの日なら、外出のひとつもしたいところだ。

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「暇だったら、お散歩しない?」

アタル,「散歩?」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「うん、お散歩。お洗濯してる時、この王宮ってどれくらい広いのかなーって思ったから」

アタル,「どのくらいだろうなー……」

ちらりと窓の外を見る。視界に広がる中庭。

広がった一番奥は、果たしてどこまで続いているのか。

最端は当然高いフェンスだろうが、自分の住んでいる場所がどれだけ広いのかは、確かに少し興味があった。

腹ごなしに、出歩いてみるのもいいか。部屋でごろごろしているよりは、ずっとマシだ。

#textbox Khi0360,name
アタル,「じゃ、行こっか」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「はーい、メイドが王様をご案内いたしまーす」

アタル,「よろしく、メイドさん」

俺はヒヨとともに、部屋の外へ出た。

…………

……

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「アタル、あたしとDVDでも――あれ?」

セーラ,「アタル様~、どこかお出かけでも――あら?」

ミルフィ,「アタルはどこに行ったのかしら? セーラ知ってる?」

セーラ,「いえ、私も探しているのですけれど……アタル様~? アタル様~? どこですか~?」

…………

……

俺とヒヨは王宮の敷地内を探索することにした。

まずは中庭に出る。

どこまでもまっすぐに続く道。端まで歩いて、何mくらいあるんだろうか。

アタル,「前に柴田さんがドーム球場いくつ分とかって言ってたよな……」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「といっても、ドーム球場1個分がどのくらいかわからないけどね」

アタル,「……それもそうだな。とりあえず、歩いてみるか」

見事に晴れ渡った青空や、綺麗に刈り揃えられた芝生を眺めつつ、俺とヒヨは並んで歩く。

お互い、無言。

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「ふふっ」

アタル,「どうした?」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「アタルくんとこうして歩いてるのが、不思議だなぁって思ったの」

アタル,「……そうか? 登下校してる時と似たようなもんだと思うけど」

#textbox Khi0350,name
ひよこ,「ううん、全然違うよー」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「アタルくんは王様、私はメイドさん」

ヒヨは俺と自分自身を交互に指差す。

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「ほら、全然違う」

アタル,「そうかなぁ……」

王様になって1週間が経過するが、王様として重責を負わされているわけでもない。

食生活が豪華になったくらいで、普通に学園にも通っているから、生活サイクルが激変したわけではないのだ。

ヒヨとの関係も別に遠ざかった気がしない。

むしろ、一つ屋根の下に住み、3食をともにしてる分、以前よりも距離が近づいたくらいだと思うのだが。

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「王様、楽しい?」

アタル,「まぁ……ぼちぼちかな」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「あはは、ぼちぼちなんだー。昔は王様になりたがってたのにね」

アタル,「そうだっけ……?」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「そうだよー、覚えてないかな?」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「私は覚えているよー」

#textbox Khi03A0,name
ひよこ,「でも、無理もないかな。ふたりとも小さかったもんね。もう10年くらい前だったかなー」

10年前……小学生の頃か。

当時の記憶はおぼろげだ。いつもヒヨといた記憶はあるが、事細かに何をしたかなんてのは覚えちゃいない。

アタル,「記憶力いいんだな」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「記憶力っていうか……ずっと持ってるからね。そう簡単には忘れないよ」

アタル,「持ってる?」

#textbox Khi0350,name
ひよこ,「それも忘れちゃってるんだー……むぅ、ちょっと残念だなー……ちょっと待ってね」

もぞもぞと胸元に手を入れる。

#textbox Khi0340,name
ひよこ,「ひゃっ!? あんまり見ないでよぉっ」

アタル,「いや、待ってって言ったからさ!」

取り出されたのは、小さな巾着袋だ。

アタル,「その袋は……?」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「アタルくんからの初めてのプレゼントを入れてるんだ。本当に覚えてない?」

アタル,「え、えーっと……!」

なんだ、喉のここまで出掛かっている気がする。

つい最近、見たじゃないか。

見続けてきたじゃないか。

アタル,「『お星さま』……!?」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「そうっ、思い出した?」

見ていた夢が繋がった。

そうだ。あの夢は、10年前の記憶。

俺がヒヨとともに探検をした時、空から落ちてきた流れ星を拾ったんだ。

大気圏でも燃え尽きることなく、地上へと辿り着いた星のカケラ。

ただ、それは星というには、あまりに無骨な金属の輪。

今思えば、危険な代物だったのかもしれないのに、まったく子供の好奇心というのは、無知ゆえに恐れを知らない。

思い出せば芋づる式だ。

その時に交わした言葉、行動、時間帯。

全てが克明に引っ張り出されてくる。

アタル,「そうか……そうだったよな。俺はあの日、ヒヨと一緒に星の落ちた場所を見に行こうって、探検に行って――」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「そうそうっ、嬉しいな。思い出してくれたんだねっ」

淡く光る『お星さま』をヒヨに手渡し、それは今、ヒヨの持つ袋の中に入っている。

アタル,「そんなの大事に持ってたのか……」

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「そんなのって言っちゃダメだよ」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「『お星さま』は本当に凄いんだよ。お願い事だって、いっぱい叶えてくれたんだからっ」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「アタルくんとずっと同じクラスになれたのだって、『お星さま』のおかげなんだよ」

――言われてみれば、確かに。

ヒヨと腐れ縁のこの10年間、いくらクラスが変わっても、通う学園が変わっても、俺はヒヨと同じクラスになり続けた。

そんなささやかなヒヨの願いを叶えてくれたのが、『お星さま』の力だとしたら?

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「アタルくんが王様になれたのだって、『お星さま』のおかげかもしれないんだよ?」

アタル,「いやいや、そんなバカな――」

でも、確かに幼い頃の俺は『お星さま』に願っていた。

おうさまになりたいな! ――と。

『お星さま』には確率を操る力があるとでもいうのか?

――まさか、そんな馬鹿げた超能力があるはずがない。

でも、そうでもなければ、こんな1億分の1の抽選に当たるような説明がつけられない気もするけれど。

超能力の存在と、超確率の当選。果たして、どちらが信じられるだろう?

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「でもね、私にとっては『お星さま』に凄い力があっても、凄い力なんかなくっても、どっちでもいいんだ」

アタル,「え……そうなのか?」

人知れないスーパーパワーを秘めているのだとしたら、いろんなことに使えちゃうじゃないか。

いいこと、悪いこと。ヒーローにも、ヒールにもなれる。

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「だって、アタルくんが、私にくれた初めてのプレゼントなんだもん。凄い力があってもなくっても、大事にするに決まってるよ」

アタル,「あ……」

そんな風に微笑まれてしまっては、何も言い返せなくなる。

プレゼントしたことを忘れていた身としては、罪悪感すら覚えてしまった。

子供の頃の俺は、一体何を思ってヒヨに『お星さま』を渡したのか。

さすがにそこまで思い出すことはできなかった。

……

…………

アタル,「また『ろ』かよ……『ろ』……『ろ』……ロウソク!」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「『く』……黒! はい、アタルくん、また『ろ』だよ」

アタル,「くそっ、怒涛の『ろ』責めだ……!」

王宮の周りを歩きながら、俺とヒヨはしりとりをしていた。

幼い頃から、何の道具もいらず、通学中でもお手軽に、口頭だけでできるしりとり遊びは何度もしてきた。

さて、『ろ』だ。ヒヨに反撃する手立てを見つけなくては、俺は延々『ろー、ろー、ろーっ!?』と叫ぶ羽目になる。

アタル,「えーっと、えーっと……そうだ、ろくろ!焼き物を作る時に、くるくる回るアレな!」

#textbox Khi0390,name
ひよこ,「えーっ、反撃されちゃったよー!『ろ』……『ろ』……うーん、うーん、ろ、廊下!」

昔はひとつの文字で縛り続けて、相手のボキャブラリーを枯渇させるなんて、姑息な真似は知らなかったけどな。

アタル,「『か』……うん……甘露っていうのはどうだ?」

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「また『ろ』ーっ!?」

アタル,「『ろ』で先に仕掛けてきたのはヒヨだろう。ハッハッハ、策士策に溺れるというヤツだな!」

こんな子供すら知ってる単純な言葉遊びも、大人になれば賢しさを覚えて変わってしまう。

長い年月は、人を変える。長い年月で、人は変わる。

それがいいことなのか、悪いことなのかはわからないけど。

俺とヒヨの関係は、この先――

ミルフィ,「『ろ』……そうねぇ、そろそろおやつに、美味しいロールケーキなんて食べたいところよね」

ひよこ,「あー、言おうと思ったのにー……って、あれ?」

アタル,「へ?」

正面から突然声をかけられる。

ミルフィ,「もう、こんなところにいた!」

セーラ,「探しましたよ、アタル様~」

俺たちの進路を塞ぐように、ミルフィとセーラさんが立ちはだかっていた。

セーラ,「うふふふ、ここを通りたかったら、私たちを倒してください~」

ひよこ,「えっ、えっ、そういう遊び……なの?」

ミルフィ,「ノリで言ってるだけよ、ノリ。ったく、ぴよぴよってば、休みの日にアタルを独り占めしようだなんて、いい度胸してるじゃない」

ひよこ,「そ、そういうつもりじゃなかったけどっ」

セーラ,「アタル様、ひよこさんとばかり遊んでたなんてずるいです~。私とも遊びましょう」

ミルフィ,「あたしとも遊びなさいよぉっ。昨日、『劇場版不規則戦士ランダム(全3巻)』観るって約束したでしょ?」

アタル,「いつしたよ、そんな約束ッ!? しかも、それって全部見ると8時間くらいあるんじゃなかったっけ!?」

ミルフィ,「1日は24時間あるんだもの。ぴよぴよも含めたら、1人8時間ずつ相手すれば、ちょうど24時間じゃない」

アタル,「そこには俺の睡眠時間は一切考慮されてないな!?」

セーラ,「まぁ~、それは素晴らしい計算ですね~。それでは、私は夜の8時間を頂戴いたします。……アタル様、寝かせませんからね♪」

アタル,「単語の上に『夜の』がつくと、途端にエロくなる法則!」

ひよこ,「ひゃあっ!? セーラさん、エッチぃよぅっ!」

ミルフィ,「ちょっ、ちょっと待ち! やっぱり今のなし! そう、みんなでランダムを観ればいいんだわ! 8時間、あたし直々に名言を演じながらの解説つきよっ!」

うわぁ……なんだその拷問のような1/3日。

ひよこ,「わぁ、それは楽しそうだねっ」

セーラ,「では、残念ですが、アタル様との熱い一夜はまた別の機会ということで♪」

アタル,「そんな機会、ありませんからね!?」

ミルフィ,「んじゃ、みんな、あたしの部屋に集合ねっ。観るわよー、超観るわよー!」

――そして、俺たちはミルフィの部屋へと移動となった。

……

…………

[ひよこ必須フラグ=1]{
柴田,「…………ふむ」

アサリ,「おやおやー、柴田さん、覗きとはあまりいい趣味ではないですねー」

柴田,「ハハ、そういうアサリさんも、無言で人の背後に回るとは人が悪い」

柴田,「覗きではありません。護衛及び監視ですよ。アタル王に危害を加える者がいないかどうかの、ね」

アサリ,「おやー、そうでしたかー。アサリにはアタル王よりも、ひよこさんの方が気になっているように見えましたがー」

柴田,「…………ほぅ? それは気のせい、ですよ」

アサリ,「アサリの猫の目をみくびってもらっては困りますー」

アサリ,「なるほどー、柴田さんはメイド萌えなんですねー。執事とメイドの恋愛というのも悪くないですねー」

アサリ,「柴田さんがひよこさんを堕としてくれると、お付きの身としては、いろいろと助かるのですがー」

柴田,「ははは、ひよこさんの心が私に向くことなど、万に一つもありませんよ」

アサリ,「ですよねー。わかってますよー」

柴田,「どこまで、おわかりに?」

アサリ,「さー、どこまででしょー。どこまでもわかってるかもしれないですしー? 何もわかってないかもですよー。猫は気まぐれな生き物なのですよー」

アサリ,「それで、柴田さんは行かれないのですかー?」

柴田,「どちらにでしょう?」

アサリ,「もちろん、ミルフィさんのお部屋ですよー。アニメの鑑賞会、楽しそうですよねー。ではー」

柴田,「…………」

…………

……

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「そう、ここで満を持して登場なのっ!ちょっと、アタル、ちゃんと観てるの?」

アタル,「あ、あー……観てる、観てるけど……なぁ、さすがにそろそろ休憩にしないか……?」

#textbox Kmi0230,name
ミルフィ,「何言ってんの! ここからが一番面白いところなんじゃない! 名シーン目白押しよ? 瞬きしてる暇だってないのよ?」

#textbox Kmi0260,name
ミルフィ,「キタワーッ! コロニー大・爆・発!ね、信じられる? これCGじゃないのよ?手書きなのよ?」

アタル,「お、おい、エリスさん、ちょっと姫様を説得して止めて――」

エリス,「はぁぁ……熱弁を奮っている時の姫様、本当に愛らしい……!」

そうだよなー……ダメだよなー……この人が止められるわけないよなー……。

最初は面白いと思って観ていたんだけど、さすがに5時間を越えると、疲れてきた。

セーラ,「ZZZ……」

ひよこ,「ZZZ……」

いつの間にやら2人は肩を寄せ合って寝ているし、アサリさんはいないし。

#textbox Kmi0260,name
ミルフィ,「はぁぁ……もう名シーンすぎだわ……アニメ史に残る、最高の名シーンよ……!」

アタル,「終わった……やっと……」

既に何回観てるのか知らないが、感激のあまり、涙を流すミルフィ。

結局、ラストシーンの、爆発する基地からの脱出シーンまで全部見せられた。

アタル,「いやぁ……やっと終わったな! 良かった!」

今の俺は、開放感で胸がいっぱいです。

#textbox Kmi0290,name
ミルフィ,「どう? 面白かったでしょ? ホント、ニッポンって、つくづく凄い国だって思うわ」

むふー、と、鼻息を鳴らし、興奮冷めやらぬ様子だ。

うん、ニッポンのアニメや漫画が素晴らしいのは認める。こんな世界にだって誇れる素晴らしい物を、つまらない理由で規制なんてしてほしくない。

いざそんなことがあろうものなら、王としての力を行使したいくらいだ。

でも、今は……今だけは……達成感というよりは徒労感というか……。

できることならもっとゆっくり、1日1本くらいのペースで見たかったもんだ……。

それでも、まぁ。

アタル,「……ああ、面白かったよ」

ミルフィにはそう応えた。

#textbox Kmi0260,name
ミルフィ,「良かった!」

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「じゃ、来週の休みは、続編のランダムβを観ましょ! 劇場版だなんて、ケチ臭いこと言わず、テレビシリーズ全50話一挙上映ね!」

アタル,「それはさすがに勘弁してください!」

ワガママ姫様に即座に土下座する王の姿がここにあった。

とまぁ、貴重な初めての休日は、アニメ上映三昧で終了したのでありましたとさ。

アタル,「ZZZ……」

ミルフィ,「よしよし、アタルはまだ寝てるわね」

#textbox Kmi0240,name
ミルフィ,「ここんとこ、ぴよぴよばかりちょっと目立ちすぎだから、いいかげん、あたしも挽回しておかないとね」

#textbox Kmi0270,name
ミルフィ,「『男のハートを射止めるのは、まず胃袋から!』だっけ。あたしの料理でアタルを落としてみせるわ!」

アサリ,「そうそう、内臓まで届いたダメージは、なかなか治りませんからねー。じくじくと生命を削る致命傷ですよー」

ミルフィ,「それって、そんな殺傷力の高い言葉だっけ?――って、アサリ、なんでここにいるのっ!」

アサリ,「みんな考えることは一緒なんですねー。ミルフィさんも頑張ってくださいなー」

ミルフィ,「え、み、みんな? あたし『も』……?」

#textbox kmi0230,name
ミルフィ,「――って、なんで、あんたたちが厨房にいるのよーっ!」

ひよこ,「えっ? だって、私はいつもご飯作ってるし……」

#textbox kse0320,name
セーラ,「私もアタル様のためにご飯を作ろうと思いまして~。クアドラントの郷土料理を振る舞いたいと思います~」

#textbox kmi0270,name
ミルフィ,「ぐぬぬ……あ、あたしだって、負けないんだからー!」

…………

……

俺、ヒヨ、ミルフィ、セーラさんを車に乗せての、いつも通りの登校風景。

アサリさんとエリスさんは……まぁ、どこかにいるんだと思う。並走してたり、兵装してたりするんだと思う。

#textbox kmi0110,name
ミルフィ,「アタル、今日のお昼ごはん、楽しみにしてなさいよね」

アタル,「お、おう? なんかあるのか?」

#textbox kse0190,name
セーラ,「うふふっ、ナイショです。だから、お楽しみなんですよ~」

#textbox khi0120,name
ひよこ,「そうそう、お楽しみお楽しみ」

アタル,「……?」

3人は同じような笑みを浮かべていた。

…………

……

そして、件のお昼タイム。

三段の重箱弁当を運んでくるお三方。

アタル,「あれ? いつもは7段くらいなかったっけ。少ないんだな?」

これが今日のお楽しみなのか?

そして、この場に、いつも弁当を楽しみにしているアサリさんの姿がない。

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「えへへ、実は今日はなんと!」

ミルフィ,「あたしたちが!」

セーラ,「一段ずつ作ったんですよ~!」

アタル,「え、3人の手作り弁当?」

ヒヨは何も珍しくないけど、ミルフィとセーラさんの手作りってのは初めてだ。

……初めての手作り弁当……。

その好意はすごく嬉しいはずなのに、あまりいい予感がしないのは俺だけか?

ミルフィ,「さ、アタル、好きなところから開けていいわ!どの段を誰が作ったのか、当ててみなさいっ!」

むふーっ、と、鼻息荒くしながらミルフィが開封を要求した。

アタル,「お、おぅ」

好きなところから、と言われてもな。無難に、一番上の段のフタをオープン。

ミルフィ,「ちぇっ」

ミルフィが舌打ちした。つまり、一番上はミルフィじゃなかったってことか。

1匹の大きめな魚と、野菜が綺麗に詰め込まれている。

アタル,「これは……セーラさん?」

セーラ,「まぁ、すぐにわかってしまいますか~?」

アタル,「なんとなくね」

ヒヨの作る料理じゃない。少なくとも今まで見たことがない。どことなくニッポンではない雰囲気が漂っている。

ミルフィは舌打ちしてたし、消去法で考えると、セーラさんだ。

そうでなくても、一番上を開けた時からセーラさんのハラハラとドキドキの入り混じっていた表情を見れば、一目瞭然だった。

アタル,「この魚は? あまり見たことない気がするんだけど」

セーラ,「クアドラント近海だけに生息する魚で、ポスワミといいます。今日のために取り寄せたんですよ~」

アタル,「ポスワミ……うん、聞いたことない」

ネットで検索しても、そうそう引っかからなそうな名前だ。

ゴーゴルで検索しても、『ポスワミ に一致する情報は見つかりませんでした』とか出るに違いない。
セーラ,「ニッポンのようにお刺身ではなく、火を通して食べるのが一般的なんですよ~。焼いてもいいんですけど、今日は煮付けにさせていただきました~」

煮付けでまるっと1匹入っている。

セーラ,「しっかり煮ると骨まで柔らかくなって、全部食べられるんですよ~。はい、アタル様、あ~ん♪」

アタル,「え、い、いいよ。1人で食べられるから」

セーラ,「ダメです~。私の作った料理を、私の『あ~ん』で食べていただきたいんです~」

アタル,「いや、ほら、ヒヨとミルフィの目もあるし……」

セーラ,「順番ですよ。ひよこさんとミルフィさんのを開けた時は、ひよこさんとミルフィさんが『あ~ん』をしますから、お相子なんです」

セーラ,「あ、毒見をしていないのが心配でしたら、私が先に食べますね……ぱくっ♪ ん、上出来です」

アタル,「そういう問題じゃないんだけど……」

セーラさんは箸を自分の口の中に入れる。

どうやら味には問題がないらしい。が。

セーラ,「というわけで、アタル様、改めてどうぞ」

今、セーラさんが口に入れたばかりの同じ箸を、俺に勧めてくる。

ひよこ,「ひゃあぁっ!?」

ミルフィ,「ちょ、セーラ!」

なんて露骨な間接キスだ。

セーラ,「大丈夫ですよ~、唾液から感染するような病気は持っておりません。アタル様のため、綺麗な身体でいますから」

セーラ,「はい、アタル様。あ~ん♪」

アタル,「あ、あ~ん……」

俺は観念して、ヒヨやミルフィに見られつつ、セーラさんの『あ~ん』を受けた。

アタル,「もぐ……ん、美味しい」

見た目は若干グロテスクなポスワミだけど、味は思いの他、淡白でありながら、じんわりと旨味が染み出してくる。

ついている味は、辛くて甘くて酸っぱい。

こう表現すると微妙に思うかもしれないけど、ギリギリで調和が取れている感じで。

ニッポンの料理でいうなら、南蛮漬けとか、つけ麺のスープとか、そんな感じ。

セーラ,「美味しいですか? 良かったです~♪では、アタル様、こちらのお野菜も――」

ひよこ,「セーラさん、順番、順番ですよ」

セーラ,「そうでしたね~。では、アタル様、次のを開けてくださいませ」

順番からすれば、2段目だな。

かぱっ。

目に入ったのは、おにぎり、ダシ巻き卵、ソーセージ、ほうれん草のおひたし、ヒジキの煮物、一口コロッケ。

アタル,「……ああ、何もいわれなくても、わかるな。コレはヒヨだろ」

ひよこ,「えへへ、当たり」

見覚えのある料理だらけ。弁当の基本を踏まえたような編成だ。

ひよこ,「セーラさんとミルフィさんはちょっと変わった物を作ってたみたいだから、私はオーソドックスなのをね」

ミルフィ,「ちょ、あたしは別に変わった物なんて作ってないわよっ!?」

ひよこ,「えっ、そ、そうだったの!? お砂糖をいっぱい使ってたから、すごい変化球で来るのかなーって……」

ミルフィ,「今からネタバレしないでー!インパクトがなくなっちゃうでしょー」

ひよこ,「あっ、ご、ごめんなさいー!」

……イ、インパクト?今から先行き不安になりそうな言葉を聞いてしまった。

待ち受けるナニカはあとに回しておいて、今はひとまず、ヒヨのお弁当実食。

ヒヨは卵焼きを積まんで、俺の口へと運ぶ。

ひよこ,「はい、アタルくん、あーん♪」

アタル,「あーん……もぐもぐ、うん、美味しい」

感想がいい辛いのだが、美味しい。ダシが利いていて、普通に美味しい。

もはや慣れ親しんでいるだけにインパクトはまったくないけど、毎日食べる手料理なんてそんなんでいいのだ。

そして、問題の。

残されしパンドラの箱。最後の3段目。

っつーか、残っているミルフィしかありえないわけだが。

ミルフィ,「やっぱり一番下だと一番最後になっちゃうわよね。ちぇーっ」

セーラ,「ミルフィさんがじゃんけんで負けたからです。恨みっこはなしですよ~」

ミルフィ,「まぁ、いいわ。あたしのインパクトは、最初でも最後でも変わらないんだからっ!」

アタル,「料理にインパクトはいらないんだけどな!」

普通でいいんだ、普通で。

2段目をどけた瞬間に、甘ったる~い匂いが漂ってきたんだけどさぁ。

アタル,「うぉふ」

どう見てもオチ要因。まさに三段オチってことか。

その3段目にはみっちりとドーナツが詰まっていた。

ミルフィ,「味の再現に苦労したのよー! まぁ、さすがにお店の味にはちょっと及ばないとは思うけど、なかなかの出来だと思うわ!」

むふん、と、ない胸を張る。

ミルフィ,「はい、アタル。あーん♪」

アタル,「あ、あーん……」

さすがに前2人の『あーん』を受けた後だ。ミルフィのだけ、受けないわけには行くまい。

後ろではエリスさんも目を光らせてるしな!

エリス,『姫様の弁当だけ、食べないわけではないだろうな!』

そんな心の声が、視線を通じて、俺に届いてきた。

エリス,「できれば自分が食べたいくらいなのに……ハアハア」

そんな声も聞こえてきた気がする。っていうか聞こえた。食べたいのなら是非、差し上げたい。

ミルフィの差し出したドーナツが口に入り、一口だけ噛み千切る。

あれ……? 案外普通だ……?

1口目のさっくりもっちりとした感触は、うん、確かに、お店に近――

アタル,「んごぁっ!」

ミルフィ,「ど、どうしたの、アタル!?」

アタル,「あ、あまっ、甘ーーーーいっ!」

ミルフィ,「なんだ、ドーナツなんだもの。当然じゃない。そんな顔するから、どうしたのかと思っちゃった」

歯が浮く! 浮く! 口と喉が甘さで焼ける!

食後に歯を磨かなきゃ虫歯必至の糖分だ!ミュータンス菌、大感激!

ひよこ,「ア、アタルくん、大丈夫?お茶淹れる? コーヒーがいい?」

ぶんぶんと無言でヘッドバンギングばりに激しく頷きつつ、俺はコーヒーを指差した。

口を開いた瞬間、浮いた歯が飛び上がりそうで、口を開けられなかった。

ミルフィ,「……え? そんなに甘い?」

アタル,「ごくごくごくぷはぁぁっ! 歯の浮く力で、大気圏突破できるかと思った! NASAもビックリの新動力!」

我ながら、よくわからない比喩だった。あまりの甘さによる混乱だと思っていただきたい。

ミルフィ,「ぱく、もぐもぐ……うーん……そこまで?」

ミルフィは俺が飛び上がるほど甘いドーナツを、顔色1つ変えることなく頬張る。

アタル,「いやいやいやいや! 甘い物耐性高すぎだろ!『パッシブスキル:砂糖ガード+』でも付いてんの!?」

一面に広がる、さとうきび畑を想像してください。ざわわざわわって感じです。

そこにあるさとうきび全部を煮詰めて出来上がったのが、この1個のドーナツです。それぐらいです。

ひよこ,「……そんなに? なんだか逆に興味出ちゃうな」

セーラ,「ですね~」

ミルフィ,「お店の味に勝つには、やっぱり甘さを追求しないといけないと思ったのよね!」

アタル,「うん……甘さに関しては、お店に圧倒的勝利だと思うけど……」

味って、甘ければいいってもんじゃないだろうに……。

明らかに俺の心境は、顔に表れていたのだろう。

ミルフィ,「……美味しくなかった……? アタルに喜んでもらえると思って、一生懸命作ったんだけどな……」

アタル,「え、えーっと……」

胸の前で手を組み、俺の顔を見上げる。

今まで気づかなかったが、その組まれている手には無数の絆創膏が張られていた。

ドーナツを揚げる時に火傷したのだろうか。努力の跡が垣間見えた。

アタル,「う、うん、その気持ちはすごく嬉しいよ。ありがとう――」

チャキッ。

背後から無機質な音が聞こえてきた。ゴリッと堅い物が、頭に押し付けられたのを感じた。

#textbox ker0130,name
エリス,「アタル王、よもや姫様がお作りになられた物を、残したりはしないだろうな?」

エリス,「この零距離なら、さすがのアタル王でも交わせはしまい……姫様を泣かすおつもりであれば、自分はニッポン全てを敵にすら回そう」

アタル,「――嬉しいから、た、食べるヨー!」

1個のドーナツに対し、5杯のブラックコーヒーが進む。

水分だけでお腹が膨れる。

アタル,「え、えーっと、みんなは食べないのかな?」

セーラ,「そのお弁当は、みんながアタル様のためにお作りしたものですから~……」

ひよこ,「ちゃんと食べてもらえるか心配だったから、なんだか緊張しちゃってて……今、あまりお腹空いてないんだ。あ、でも、どうしても無理そうならちょっとお手伝いするよ」

アタル,「さ、さよですかー……」

俺のために頑張ってくれたのは嬉しいけど、お重3つ分とか食えるわけないだろが。

ミルフィ,「あたしも食べられないっていうなら、手伝うわよ。はい、アタル、あーん♪」

アタル,「え、いや、食べるのを手伝うってのはそういう意味じゃなくて……あ、あーん……」

セーラ,「まぁ、そんなお手伝いでしたら、私もやります~。はい、アタル様、あ~ん♪」

ひよこ,「そういうつもりで言ったんじゃないのにー。ア、アタルくん、こっちのご飯も美味しいよー?」

アタル,「わ、わかったから! 俺の口はひとつしかないんだから1人ずつでお願いします!」

――と、まぁ。

なんやらかんやらで、頑張って全部食べきった俺のことを誰か褒めてくれてもいいよ?

ひよこ,「アタルくん、どれが一番美味しかったかな?」

どれとは酷な質問をする!

続けざまにいろんなモノを放り込まれて、味覚破壊されまくって、後半は誰のを口に入れたのかわかってねぇよ!

アタル,「え、えーと、ヒヨのはいつもの味だから安心できた」

ひよこ,「えへへー♪」

アタル,「セーラさんのはニッポンとはちょっと違った味付けだったから、新鮮でした」

セーラ,「ありがとうございます~。そう言っていただければ♪」

アタル,「ミルフィのは……おいしかったよ(オチ的な意味で)」

ミルフィ,「それ、絶対褒めてないわよね!?」

アタル,「ソ、ソンナコトナイヨ! オイシカッタヨ!ほら、昼休み終わっちゃう!」

直後、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

俺は重いお腹を抱えながら、屋上から離脱した。

ミルフィ,「あっ、こら、待ちなさいよ、アタルッ!」

……

…………

極度の胸焼けを抑えながら、午後の授業に挑む羽目となったわけだが。

まぁ、逃げ出したところで、教室じゃ隣の席なわけで。

#textbox Kmi0170,name
ミルフィ,「ぐぬぬぬ」

午後の授業の間、ミルフィの熱視線を感じていたわけだ。

アタル,「ぅっぷ……」

さすがに3段分の弁当は多すぎた。

王様になってから以後、辞書から『空腹』って言葉が消えた気がするんだよな、俺。

しかも、毎日のように、胸焼けしてる気がするんだよな。学習能力ないのかな。バカなのかな。

…………

……

机の上でへばっている内に下校時間を迎えた。

#textbox Kmi0110,name
ミルフィ,「あれ、アタル、今日はドーナツ屋に寄らな――」

アタル,「勘弁」

息をもつかせぬ即答であったといふ。

…………

……

帰ってからも胃もたれっぱなしだった俺は、速やかに寝床に着いた。

胃薬をもらったおかげで、それなりに腹もこなれた。

今、何時だろ?

時計を確認。

深夜も深夜。日が変わる寸前だった。

中途半端な時間に目覚めちゃったなぁ。

キィ……

俺の部屋のドアが開く。

#textbox Kse0410,name
セーラ,「お邪魔いたします~」

そこに見えたシルエット、かすかに聞こえた入室の挨拶。セーラさんに他ならない。

忘れかけた頃の、セーラさんの夜這いである。

鍵はかけていたつもりだったけどな……いや、今更、鍵を壊される程度では驚くには値しないか。

足音を殺し、ゆっくりと近づいてくる。

アタル,「何の御用です、お姫様?」

そんな彼女に声をかける。

#textbox Kse04A0,name
セーラ,「あ、あら……アタル様、起きていらしたのですね~?」

アタル,「ええ、つい今さっき」

#textbox Kse0450,name
セーラ,「ま、まぁ~……えっと、どうしましょう~……」

アタル,「お帰りくださいませ」

#textbox Kse0470,name
セーラ,「あ、あの……アタル様、恥を忍んでお伺いします……」

アタル,「何か?」

#textbox Kse0450,name
セーラ,「アタル様はいつになったら、私を抱いてくださるのですか……?」

アタル,「え……? 前に言ったように、正式に婚約を――」

#textbox Kse04B0,name
セーラ,「結ばれるはずなんですよ……?」

アタル,「結ばれるはず……? それってどういう意味?」

なんだろう、セーラさんの言葉には微妙な違和感を覚えた。

『はず』――どこか確信めいた言葉だ。

#textbox Kse04A0,name
セーラ,「あ! いえ、その~……な、なんでもないんです~!」

パタパタと潜ませていたはずの足音を鳴らし、セーラさんは逃げ出て行った。

なんだ……?

引っかかりつつも、俺は再び襲いかかってきた睡魔の誘惑にあっさりと屈して、眠りに落ちた。

#textbox Kse03A0,name
セーラ,「アタル様! アタル様ぁ!」

まだ日も昇りきってない早朝、俺はセーラさんの呼び声で飛び起きた。

もう条件反射に近い。

アタル,「セ、セーラさんっ!? 朝っぱらからですか!?」

深夜にセーラさんを追い返してから、数時間。まったくこの人は諦めないな、懲りないな!

#textbox Kse03D0,name
セーラ,「えっ、私としては、アタル様さえ望むのでしたら、朝からでもなんら構わないのですけど……ポッ」

#textbox Kse03A0,name
セーラ,「――はっ、い、いえ、今はそんなことを言ってる場合ではないのです~」

#textbox Kse0330,name
セーラ,「ここにお父様が来てしまいます!」

アタル,「どこに、お父様が来るって……?」

お父様って……セーラさんのお父さん?あのパワフルオヤジ、バルガ王?

アタル,「そんな連絡があったの?誰からもそんな話は聞いてないけど……」

#textbox Kse0380,name
セーラ,「いえ、連絡があったわけではないのですが……お父様が来ることが視えたんです」

アタル,「みえ……? よくわからないけど、それっていつの話になるのかな? 来日されるっていうなら、おもてなしの準備を――」

#textbox Kse0310,name
セーラ,「今すぐです!」

アタル,「へ――」

#textbox kba0210,name
バルガ,「どぅうぅえいりゃあぁあぁっ!」

ガシャパリーン!

アタル,「へぇえぇぇっ!?」

気合の入った声と共に、俺の背後から、部屋のガラスが粉砕される音が聞こえた。

バルガ,「フゥ……さすが王の部屋を守るガラス、なかなかの強度であったな」

アタル,「な、な、なッ……!」

俺の部屋の窓ガラスをぶち破り。

バルガ王、緊急来日!

バルガ,「お目覚めはいかがかな、アタル王」

アタル,「……ええ、クアドラントのお二方のおかげさまで」

最悪であった。起きたばっかだというのに、夢に見そうであった。

…………

……

アタル,「……それでバルガ王、本日はどういったご要件でございましょう?」

正装に着替え、俺は眠い目を擦りつつ、しぶしぶとバルガ王を招き入れた。

朝っぱらからのスーパーインパクトのおかげで、目はすっかり覚めたが、機嫌はあまりよろしくない。

俺の正面にはバルガ王とセーラさんが横並びに座り、その後ろにはボディガードであるアサリさん。

そして、俺の後ろには柴田さん、エリスさんが控えていた。

一国の王同士の会談。

ある程度の人払いはしつつも、腕の立つ護衛は必要であろうとエリスさんが名乗り出てくれたのである。

ちなみに、深夜アニメに没頭していたミルフィ姫様はまだご就寝中。

また、同席を希望したヒヨだったが、彼女には家事を申し付けて、お断りした。

#textbox Kba0210,name
バルガ,「なぁに、ここに来る用件など、ひとつしかない」

バルガ,「アタル王、我が娘との婚姻は考えて頂けましたかな?」

まぁ……その話になるよな。

アタル,「その件に関しては、まだお答えできません。検討中、とだけしか……」

#textbox Kba0270,name
バルガ,「ふむ……」

バルガ王は小さく頷く。

心を落ち着けるべく、柴田さんの入れてくれたコーヒーを口に含む。

うん、ブラックコーヒーの苦味が、起き抜けの身体に心地い――

#textbox Kba0250,name
バルガ,「して、アタル王。我が娘の床具合はいかがであったか?」

アタル,「ぶっふぅうぅぅっ!!?」

俺の口から吹き出た鮮やかな霧が、綺麗な虹を作った。

セーラ,「おっ、お、お父様っ!?」

バルガ,「む? どうかしたか?」

アタル,「げほっ、げほっ! どうかしたかも何も!」

朝っぱらから、自分の娘の床具合がどうだったかとか、実の父親が聞いてくるかな、普通!

エリス,「こ、こほん!」

さすがにバルガ王の言葉には、エリスさんですら面食らったらしい。

バルガ,「セーラはお気に召さなかったですかな?なるほど、でしたら、結婚を決めあぐねているのも……」

アタル,「おっ、お気に召さなかったも何も、俺はまだセーラさんとヤッちゃいません!」

思わず声を荒げてしまう。付け焼刃な外交顔は、あっさりと剥がれてしまうのだ。

エリス,「こ、こほんっ!」

後ろのエリスさんから咳払いが入った。

ヤるだのなんだのという言葉は、王としてふさわしくなかった。うん、反省。

アタル,「し、失礼……えーと、その、まだ、セーラさんとは肉体的な関係はなく……そのー、なんだ……」

バルガ,「なんと! セーラ、お前は何をしておるのだ!」

セーラさんは父親の叱咤にビクッと身体を震わせる。

アタル,「いえ、バルガ王、セーラさんは何も悪くありません。私がセーラさんの申し出を断っているだけで」

バルガ,「我が娘に魅力が足りてないということですかな?」

アタル,「いえ、決して。セーラさんは大変魅力的な女性です」

バルガ,「ならば、断る理由が解せぬな……もしや、アタル王は不能ではあるまいな」

アタル,「この若さでそんなわけないでしょ!?」

セーラ,「そうです! アタル様のおちんちんは大変立派です!」

エリス,「ぶっ!?」

アサリ,「あはー」

柴田,「くっくっく……」

さすがの柴田さんたちも堪えきれずに笑い出した。

アタル,「余計なこと言うなぁッッ!?」

バルガ,「――ならば理由を説明願いたい。我が娘の何が不満か?親の贔屓目でなくとも、我が娘は大変美しく思う」

バルガ,「イスリアの娘と比べても、その差は歴然だと思うが?」

チラ、と、バルガ王はエリスさんの方に視線を送る。

エリス,「貴様、ミルフィ様を愚弄するか!?」

柴田,「エリス様、お静かに」

アタル,「女性のどこに魅力を感じるかは、人それぞれです」

アタル,「ミルフィ姫、セーラ姫、それぞれ魅力に溢れている。私なんかには勿体無い素晴らしい女性です」

アタル,「それ故に、安易な気持ちで穢してしまいたくはない……といえば、ご納得いただけますでしょうか?」

バルガ,「ふむ……ニッポンとクアドラントの民族性の違い……というべきか」

バルガ,「我がクアドラント国民ならば、魅力溢れる人間には手当たり次第、印を残したくなるものであるがな」

それはあんたの下半身が節操なしなんじゃないか?と、思いもしたが、胸に秘めるとして。

バルガ,「何はともあれ、まだ誰をアタル王の后に娶るか、決めることはできない……ということだな?」

アタル,「ええ」

バルガ,「そうか……よい返事を期待している」

バルガ王は右手を差し出してくる。

友好の握手を求めるのならば、それを拒む理由もない。

俺は同じように、右手を差し出し、バルガ王の隆々とした手を握り返す。

アタル,「ぐっ……!?」

握手を返すと同時、その手を強く、過剰すぎるほどの力で握られた。

アタル,「バルガ王、ちょっと力が……痛……!」

力の加減がわかっていないだけなのかと思った。

バルガ,「いかがなされたかな、アタル王」

違う。口元に浮かんだ笑みは、自分の手がどれほどの圧力を与えているか把握している。

向こうにしちゃ、さほど力を込めているわけではないのだろうが、俺の指の骨が軋み、悲鳴をあげるほどだ。

アタル,「ぅぎ、ぎぎ……どういうつもりですか、バルガ王」

エリス,「……どうしました、アタル王」

異変にいち早く、気づいたのはエリスさんだ。

いや、気づいていても、気づいた素振りをしていない人は他にもいたかもしれない。

セーラ,「お父様、何を!?」

バルガ,「我を納得させられる理由を提示できぬというのならば……多少、強引な手段に訴えることも視野に入れるべきかと……そう思いましてな」

アタル,「ち、力ずくでどうにかなると思ったら、大間違いだぞ」

握り返すものの、俺の年齢に対して、実に平均男子レベルの握力ではどうにもならない。

リンゴなんて指先だけで潰せると思えるバルガ王の手。彼の手の内で、俺の手はダメージを受け続けている。

柴田,「バルガ王、それ以上アタル王に危害を加えようというのならば、ニッポンを敵に回すことになるがよろしいか?」

バルガ,「ニッポンにケンカを売るつもりはない。我の極めて個人的なケンカだよ」

バルガ,「我はこう見えて親バカでね。かわいい愛娘が蔑ろにされていては、怒りも湧こうというものだ」

アタル,「ぐ、ぎぎ……!」

握り返し、抵抗しようとするものの、その絶大な握力に抗えるはずもない。

握り潰されないようにするので、まさに手一杯だ。

柴田,「一国の王に危害を加えておいて、そんな詭弁が通用するとお思いか?」

バルガ,「通用せぬのなら、ニッポンと一戦を交えるまでよ。このバルガ、愛娘のために戦争を巻き起こすことすら厭わぬ」

セーラ,「お父様、何を!? やめて……もう、やめてください」

セーラさんは俺の手を握るバルガ王の手に、自分の手を重ね、剥がそうとする。

だが、セーラさんの細腕で揺らぐバルガ王ではない。

アタル,「なんつー無茶を……! 娘のことで、全然関係ない人たちも巻き込むつもりかよ……!」

自分の国の兵士を、そして、ニッポンの国民を。

バルガ,「無関係の国民を巻き込みたくないのならば、難しい話ではない。ただ一言『セーラと結婚する』といえばいいだけではないか」

セーラ,「えっ……!」

アタル,「だから、それは……!」

バルガ,「この場限りの口約束でも、虚言でも構わん。とりあえずこの場だけ、我を退かせれば、後はどうとでもなろう。機転の利かぬ男よな」

アタル,「待てよ……セーラさんの見てる前で、それを言えっていうのかよ……」

アタル,「バカ言うんじゃねぇぞ……そんなこと、死んでも言えるわけねぇだろ……!」

セーラ,「ア、アタル様……アタル様はそんなに私のことがお嫌いなのですが……!?」

アタル,「ごめん、セーラさんのことが好きなのか、嫌いなのかもまだわからないよ。あやふやなままなんだ」

アタル,「だから――俺の気持ちが固まってないのに……ぬか喜びさせることなんてできないんだ……!」

アタル,「こんな馬鹿な俺を好きだって言ってくれてる子を、嘘ついて落ち込ませたり、悲しませたり、泣かせたり……」

アタル,「そんなことはしたくねぇんだよッ!」

セーラ,「アタル様……!」

バルガ,「ほう?」

アタル,「――嘘でもいいからとか、よくそんなことが言えるな!あんた、本当にセーラさんのこと……娘のこと、愛してんのかよ!」

本能が命じた。ためらいはなかった。

無意識の内に、ふりかぶった俺の左腕が、バルガ王の胸板を殴りつけていた。

ゴン! と、鉄板を殴ったような、硬い感触が手に伝う。

バルガ,「なかなか吼えられるではないか」

バルガ王には避ける意志がなかった。空いている手で受け止められすらしなかった。

俺の拳如き、避けるまでもないってことか。

アタル,「……いってぇ……ッ!」

鉄板をおもいっきり殴ったのであれば、自分の手がどうなるのかは察していただきたい。

握られた右手に引き続き、殴りつけた左手までも。俺の両手はボロボロだ。

バルガ,「ふむ……」

俺の両手はいい加減傷めつけ飽きたのか、バルガ王の手が解かれる。

アタル,「いたたた……」

セーラ,「アタル様、大丈夫ですか!?お父様! アタル様に謝ってください!」

セーラさんの手が、俺の手を優しく包んでくれる。

バルガ,「申し訳ない、アタル王。つい力が入ってしまいましてな」

柴田,「バルガ王、その程度の言葉で許されるとお思いか。我が国と一戦交える覚悟での行動であると――」

アタル,「――それ以上はいい、柴田さん」

柴田,「アタル王」

アタル,「はっきりしない俺への罰だと思って、受け止める。こんなことで無関係な国民を巻き込みたくはない」

アタル,「――だけど、改めて言わせてください、バルガ王」

アタル,「俺がこの場で頷くだけならば簡単です。嘘をつくことだって、できなくはありません」

アタル,「ですが、自分の娘の本当の幸せを望むのならば、このような力任せである必要はないでしょう」

セーラ,「お帰りください、お父様!」

セーラさんは力強く、父を拒絶する。

バルガ,「セーラ……こやつと結婚したいのではなかったのか?」

セーラ,「無理強いして契る結婚に価値はありません。私がアタル様からいただきたいのは真実の愛です」

セーラ,「アタル様がその気になっていただけるその時まで、私はいつまでも待ちます」

バルガ,「仮に、その真実の愛が、お前に向けられることがなくともか?」

セーラ,「……はい。人の心は、力で左右していいものではありません。それがアタル様の選択であれば、私はそれに従うまでです」

バルガ,「ふむ……わかった。愛娘がそこまで言うのならば、今回は帰らせてもらおうか」

立ち上がり、バルガ王は窓へと向かう。

アタル,「バルガ王? そちらは――」

バルガ,「アタル王。次に会う時は答えを待っている!」

ガシャーン!

バルガ王はガラス窓を突き破り、帰っていった。

アタル,「なんで、普通に出入口から出たり入ったりが出来ないんだ、あの人は……!」

なにはともあれ、嵐は去った。

つーか。

アタル,「バルガ王はこれだけのために来日したのか……!?」

セーラ,「ええ、これだけだと思います」

……もしかして、暇なんだろうか、クアドラント国王。

いや、愛娘であるセーラさんを愛しているが故なのかもしれないけれど。

彼のやり方は、決して正しいとは思えないのだ。

…………

……

#textbox Kse0350,name
セーラ,「お父様が……申し訳ありませんでした……」

俺は負傷した手を、自分の部屋でセーラさんに手当をしてもらっていた。

アタル,「セーラさんが謝ることじゃないよ。気にしないで」

#textbox Kse03D0,name
セーラ,「いつもはいいお父様なのですけど、融通が効かなくて、なんでも力任せになってしまわれるんです……」

クリーム色の軟膏を手にすり込まれる。

ぬるぬるとしたその感触は、なかなか気持ちいい。

万能執事・柴田さんの診断によれば、骨には異常なし。関節が多少痛むだろうけど、一時的なもの、とのこと。

柴田,「包帯を巻いて固定し、湿布を。一日安静にしていれば、明日には治っていることでしょう」

アサリ,「あー、アサリ、いいお薬を持ってますよー。これがあれば、関節の痛みなんて、すぐに吹っ飛びますよー」

というわけで、今塗られてる軟膏は、アサリさんからもらった得体の知れないブツである。

熱を持っていた指先が、すごくスースーする。いかにも効いてる! という感じがする。

#textbox Kse03A0,name
セーラ,「あとは、包帯を巻いて……ですね~。はい、アタル様、おとなしくしててくださいね~」

アタル,「はい……あまりキツくしないでくださいね」

#textbox Kse0390,name
セーラ,「はい、優しくします♪」

と、俺の部屋で、セーラさんとふたりきりでおこなわれている手当だが。

ひよこ,「あ、アタルくんのお世話なら、お付きメイドさんの私に任せてっ」

ミルフィ,「ぴよぴよ、セーラをかばっての負傷なんだから、ここはセーラに譲ってあげなさい」

ひよこ,「う、確かにそうだね……セーラさんにお任せします」

#textbox Kse0320,name
セーラ,「はい、確かに任されました」

姫様+1に気を回されたりした。

#textbox Kse0310,name
セーラ,「くるくるくる~……ちょきん♪はい、こんな感じでいかがですか、アタル様」

アタル,「ん……ああ、あまりキツくなくていい感じ。こんな感じで左手もお願いします」

#textbox Kse0390,name
セーラ,「は~い。くるくるくる~……」

俺の指が先端から徐々に白い包帯に包まれてゆく。

が、半分を過ぎた辺りで、ピタリと止まった。

#textbox Kse0380,name
セーラ,「…………」

アタル,「どうしました? 手が止まってますけど」

#textbox Kse0350,name
セーラ,「いえ……アタル様にこんな怪我をさせてしまったことは大変申し訳無く思ってまして……」

アタル,「いや、だから、セーラさんが気に病むことはないって」

#textbox Kse0310,name
セーラ,「――申し訳なく思う以上に、アタル様が私たちのことを真剣に考えてくださっているのが、とても嬉しかったんです」

アタル,「え……あ、そう……?」

#textbox Kse0390,name
セーラ,「はい、真剣に考えてくださってなければ、あんなことは言えませんよ。とても素敵でした」

アタル,「そりゃどうも……」

熱くなってしまったせいで、一国の王が、他国の王に対して、あるまじき発言をしてしまった気がする。

……勢いでなんて言っちゃったんだっけ?ちょっと気恥ずかしいんですけども。

#textbox Kse03D0,name
セーラ,「ありがとうございます、アタル様。今日の一件で、私はもっとアタル様のことを好きになってしまいました」

よく覚えてはいないが、セーラさんの好感度が上がってしまうようなセリフだったらしい。

#textbox Kse0390,name
セーラ,「その寵愛を私だけに向けていただけるよう、もっともっと頑張りますね……はい、終わりました~」

チョキンと包帯の端を切って結んで固定して、手当完了。

アタル,「はは、手袋してるみたい」

ぐっ、ぐっ、と、指に力を入れ、動かしてみる。

親指以外の4本が固定されている。手の先だけが動くだけで、細かな動きはできそうにない。

セーラさんの包帯巻き技術は確かなようで、多少動かした程度では緩むようなこともなかった。

#textbox Kse03B0,name
セーラ,「あんまり動かしてはダメですよ~?すぐ治るものも治らなくなってしまいます~」

アタル,「はーい……今日一日、ゲームや読書は禁止かな」

幸いにも今日は休日。ゆっくり寝てればいいか。

#textbox Kse0320,name
セーラ,「では、今日一日、私がアタル様の手になります~」

アタル,「……え?」

#textbox Kse0310,name
セーラ,「このようになってしまったのも、全てお父様のせいですから……アタル様、何か不便なことがありましたら、なんでも私にお申し付け下さいませ♪」

アタル,「……なんでも?」

#textbox Kse0390,name
セーラ,「ええ、なんでもです~。シモのお世話もお任せ下さいませ……♪」

アタル,「い、いや、それは自分で何とかするから!ズボン脱ぐくらいならできるから!」

#textbox Kse0350,name
セーラ,「まぁ、そうですか~? ……残念です」

……残念なのかよ……。

……

…………

ってなわけで……。

…………

……

#textbox Kse0390,name
セーラ,「はい、アタル様、あーん♪」

アタル,「あ、あーん……」

バルガ王撤退後、ようやく訪れたブランチタイム。

ひよこ,「…………むぅ」

ミルフィ,「…………むぅぅ」

#textbox Kse0390,name
セーラさんは俺の横につき、まるで親鳥のように俺に食事を与えていた。

本日のブランチは、ヒヨのお手製の和食メニュー。

この手では箸は使えないから、やむを得ずセーラさんに頼ることになったわけだが。

ひよこ,「じぃぃぃ……」

ミルフィ,「じぃぃぃぃぃ……」

女性陣からの視線が痛い……痛々しい……。

アサリ,「あはー、セーラさんとアタルさん、ラブラブですねー♪」

セーラ,「まぁ♪ そんなつもりじゃないんですよ。私のせいで怪我してしまったのですから、私がお世話をしませんと……はい、アタル様、あ~ん♪」

アタル,「あ、あーん……あの、そこのふたり、あんまり見ないでくれるかな……?」

ひよこ,「別にいいんじゃないかなっ? アタルくん、セーラさんみたいな綺麗な人にあーんしてもらって、嬉しそうだなー。楽しそうだなー」

アタル,「そ、そんなことは別に……ないぞ?」

ひたすら気恥ずかしい中に、ほんの少しだけ、楽しんでいる自分がいるのは確かに否定できない。

ひよこ,「ふーんだっ」

ぷいっと顔を背ける。

ヒヨはいったい何を拗ねてやがるんだ。バルガ王が来た時、除け者にされてたのを怒ってるのか?

ミルフィ,「ふん……だらしないわよ、アタル。その下がった目尻を釣り上げる努力くらいしなさい」

また、バルガ王が来た時、爆睡していたミルフィもまた不機嫌風味。

アタル,「別に目尻なんて……!」

……下がっているかもしれないなぁ。

#textbox Kse0310,name
セーラ,「アタル様、どれか食べたい物はありますか~?遠慮なく、お申し付け下さいませ~」

アタル,「え、えーと……それじゃ、里芋の煮っ転がし……」

ヒヨの作った里芋の煮っ転がしを指名。

#textbox Kse0350,name
セーラ,「はーい、これですね。わ、箸だとつるつる滑って、掴みにくいです~」

ミルフィ,「セーラ、無理して箸を使わなくてもいいんじゃないの?スプーンとかフォークだってあるのよ?」

セーラ,「いえいえ、やはりここはニッポンですから~。その国の文化を尊ばなければなりません」

セーラ,「は、早くしないと、滑って、落ちてしまいそう……はい、アタル様、あ~……きゃっ!」

つるんとセーラさんの箸から滑り落ちた里芋は、俺の口には入らずに。

ぽよんっ。

セーラさんの服の隙間から、見事に胸の谷間へと軟着陸したのであった。

セーラ,「ひゃんっ、ぬるぬるしてます~」

ひよこ,「うわぁ……すごい……」

ミルフィ,「ぐっ……何よ、あのグランドキャニオンは……!」

セーラ,「あの、アタル様……私の胸に落ちてしまいましたけど……召し上がられます~? こういうのって、ニッポンですと、ニョタイモリというんですよね~?」

アタル,「食べませんっ! 食べないけど、食べ物は粗末にしないでくださいっ!」

セーラ,「別に遊んでいたわけではないんですよ? これは不慮の事故なんです~。はい、アタル様~?」

胸を寄せて上げて薦めてくるが、人前で食べられるわけがないだろ! い、いや、人前じゃなくても、そんなの食べられるわけないじゃないですか? ですよ!?

ひよこ,「セ、セーラさんだけに任せておくわけにもいかないかなっ! ほら、私、アタルくんのメイドさんだからっ」

ひよこ,「はい、アタルくん、お芋だよ。あ、あーんして?」

アタル,「ヒヨまで何、対抗してんだ!?」

ひよこ,「だって、セーラさんばっかりずるいもんっ!私だってアタルくんにあーんってしたいんだもんっ!」

そんなことで癇癪を起こされても、なぁ。

ひよこ,「はい、お芋、お芋だよ!」

ここまで目の前に突きつけられては、食べないわけにも行くまい。

アタル,「じゃあ……あ、あーん……」

ぱく。

ひよこ,「今日のお芋は格別美味しくできたと思うんだけど、どうかなっ? どうかなっ!?」

アタル,「あー、うん、うまい、うまいよ」

口の中で、とろり、ほっくり。ダシもしっかりしみてて美味しいんだけど。ね?

ミルフィ,「……なんか、すごい疎外感なんだけど……アタル、まさかあたしの『あーん』は受けられないなんて言わないでしょうねー?」

アタル,「げっ!? わ、わかった、受ける! 受けるけど、ちょっと待って! そんなアッツアツの餡かけを、冷ましもしないで近づけてくるなっ! アッツ! 超あっちぃ!」

ミルフィ,「この熱があたしの愛の温度だと思って、食べるのっ! 食べなさいよっ!」

アタル,「無茶いうなー! 手どころか舌まで使い物にならなくなるだろうがーッ!」

ミルフィ,「手と舌を使うつもりだったの……!アタルってば変態なんだからっ!」

アタル,「ちょっと待って!?いやらしいことを言ったつもりはねぇですよ!?」

ひよこ,「ダメっ、ダメだよ、アタルくんっ!私たち、エッチなことはまだ早いんだからぁっ!」

アタル,「へろでっ!?」

今なんでチョップされたの!?ちょっと理不尽じゃない!?

セーラ,「あれ~……お芋さん、どこ行っちゃっ……ひゃんっ! や、ぬるぬるしたのが、こんなとこ……くすぐったいです~っ! アタル様、口で取っていただけませんか~?」

エリス,「……なんだ、このカオスは」

アサリ,「賑やかで楽しいお食事タイムですねー♪ もぐもぐ」

アタル,「そこの付き人たち! 自分の主を止めろーッ!」

…………

……

ぷぇぇぇぇ……。

……自分の体を使っていたわけではないのに、疲れるお食事会だった。

バルガ王のせいで早起きを強いられ、昼飯も食べ終えて、ほどよく眠くなった今は、ちょうどいいお昼寝タイムだ。

ベッドに横になろうとしたところで、部屋のドアをノックする音。

アタル,「どーぞ?」

#textbox Kse0380,name
セーラ,「失礼します……アタル様、眠そうですね~?」

アタル,「ええ、朝早かったんで、ちょうど今から昼寝しようかと思ってまして」

#textbox Kse0390,name
セーラ,「お昼寝……いいですね~。私も眠くなってきたところですし、一緒に寝ましょうか~?」

アタル,「いりません! 大丈夫です! おひとりでどうぞ!」

#textbox Kse03B0,name
セーラ,「そうですか~? 今でしたら、膝枕のサービスもつけちゃいますけど~……」

膝枕……? 膝枕……だと……!

セーラさんのあのお胸を見上げての膝枕。

それはなんと魅力的な提案だろう。

だが、だが、しかし。

アタル,「いり、ません……ッ!ひとりで寝れます、から……ッ!」

バルガ王の前で偉そうな啖呵を切ってしまった手前、揺らぎかけた心を必死に食い止めて。

俺はセーラさんを追い返し、俺はベッドに横になった。

アタル,「はぁ~……」

惜しい思いを感じながらも、息を長く吐き出すのとともに、意識はすぐに落ちた。

……

…………

エリス,「ふむ……」

アサリ,「おやー、神妙な顔つきで悩まれているようですが、どうかされましたか、エリスさんー」

エリス,「アサリか……いや、別に何でもない」

アサリ,「その顔で何でもないはないでしょー。いろいろ考えているのがありありですよー」

エリス,「では、聞こうか。バルガ王は腕は立つのか?」

アサリ,「そーですねー、毎日1000回の腕立て伏せをかかさないって言ってましたよー」

エリス,「……腕が立つとはそう意味では……いや、それだけできる人間ならば、腕が立つというべきか」

アサリ,「その甲斐あってか、今では戦車の砲弾をも素手で跳ね返せるそうですー」

エリス,「……なるほど。人外級であることは把握した」

エリス,「あのバルガ王は、あのアタル王を傷めつけた。そして、アタル王の攻撃を喰らってみせた」

アサリ,「? それがどうかしましたかー?」

エリス,「自分が幾度発砲しても当てることができなかった相手にダメージを与えた。百発百中のスナイパーの狙撃すら、かわしてみせた」

アサリ,「うーん、アタルさんは近接戦に弱い……いえ、そんなことないですねー。アタルさんは、アサリの鎌も避けたことあるぐらいですからー」

アサリ,「ズブの素人に避けられたー、って、アサリなりにアレは衝撃だったんですよー。ショッキング事件簿でしたよー」

エリス,「そう、近接だけではない。そこで自分はひとつの仮説を立てた」

エリス,「アタル王の『当たらない』という力は、自分自身から踏み込んだ場合には発揮できない」

アサリ,「王様と握手した時ですかー。王様の差し出した手にまんまと自分から握りましたからねー、なるほどー」

エリス,「そして、アタル王の拳がバルガ王に命中した。アタル王の『当たらない』という力も、相手に避けるという意志がなければ命中する」

アサリ,「確かに、バルガ王様は避けようという意志がなかったみたいですしねー。なるほどー、なかなか面白いですー」

エリス,「すなわち、アタル王に当てるためには、互いの意志が大きく関係している――」

エリス,「姫様たちが放っている恋の矢が、まるで『当たらない』のも、アタル王自身に『当たろう』という意志がないためではないかと思うのだ」

アサリ,「あはー」

エリス,「ん……? なんだ、その笑みは」

アサリ,「あははー、恋の矢ですかー。エリスさんは意外と乙女チックな言い回しをするんですねー」

エリス,「う……! い、今のは、ただの喩えで!」

アサリ,「ですけどー、エリスさんの喩えを借りれば、恋の矢は互いの射ち合いではないですかねー」

アサリ,「当てようと思わないと当たらないものですしー。当たろうとしていないと当たらないものではないでしょうかー」

エリス,「そうか……ごく普通なのか……?」

アサリ,「でも、気になるんですがー、ひよこさんのチョップは、アタルさんにちゃんと当たってるんですよねー」

エリス,「……言われてみると、そうだな。不可思議だ」

アサリ,「ホント不思議ですよねー」

…………

……

夕飯は『あーん』の必要がないよう、今の手でもスプーンを使って食べられるカレーライスだった。

包帯の隙間と隙間に、スプーンを挿し込んで固定。

アサリ,「わー、ひよこさんのカレー、美味しいですねー」

ミルフィ,「そうね、辛すぎないし、食べやすいわ」

エリス,「軍用レーションのカレーとはまったくの別物だな」

セーラ,「これがニッポンのカレーなんですね~」

アタル,「ニッポンっていうか、ヒヨのカレーだよな。カレーって、同じような材料使ってるのに、不思議とどの家庭でも味が違うんだよなー」

ヒヨ特製カレーは、本格! インド! ガラムマサラ! といったものではなく、安心できる家庭の味だ。

市販のカレールーに、豚肉、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ。他に入る具はその都度違うけど、今日はブロッコリーとコーン。

幼い頃からカレーを作りすぎたヒヨが、おすそ分けと持ってくるのを、月に1回くらいのペースでいただいている。

正直、母親が作るカレーよりも、ヒヨのカレーの方が俺の舌に合うくらいだった。

特に昼飯は食った気がしなかったから、食が進む。

アタル,「おかわり、もらえる?」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「はーい♪ たっぷり食べてねっ」

アタル,「いやいや、だからって、こんなに盛られましても!マシマシを頼んだつもりはないんですけど!」

カレー皿の上にてんこ盛り。Mt.カレー。

俺は大食いチャンピオンじゃない。これを食べきったら、賞品でも出るのか。

アサリ,「アサリもおかわりですよー。アタルさんと同じくらいお願いしますよー」

アサリさんの細い身体の一体どこに、それだけの体積が収納されるのかが相変わらず謎だった。

その謎が判明されることは……多分、ないだろう。

……

…………

めいっぱいカレーの詰め込まれた腹を抱え、風呂に入る。

必要以上に手を使わず、また、ひと眠りしたおかげで、手の具合はかなり回復した。

自ら服を脱ぐくらいはできる。

包帯を巻いたままの手は、上からゴム手袋でコーティング。

ただし、指は使えないので、全身を念入りにっていうのは無理か。

今日は軽く身体を流す程度にして、ゆっくり湯船に浸かればいいかな。

お湯で身体と頭を流し、いざ浴槽へ――

#textbox Kse0510,name
セーラ,「アタル様~?」

間延びした声とともに風呂場入口が開き、セーラさんが顔を覗かせた。

格好は既にバスタオル。中に入ってくる気満々だ。

アタル,「どぅあ!? セ、セーラさん、なんですっ!?」

#textbox Kse0520,name
セーラ,「手が不自由でしょうから、三助をと思いまして。お背中、お流ししましょうか~?」

三助――昔の銭湯にいたという、身体を流してくれる人のことだ。セーラさん、よくそんな職業知ってるな。

しかし、セーラさんがやったら、それは三助じゃねぇ。どう考えても、オトナのお風呂屋さんだ。

アタル,「いや、その、やめ、やめましょう」

セーラさんの半裸体だけで、既に俺の股間はヒートアップ気味だった。

#textbox Kse05B0,name
セーラ,「遠慮なさらないでいいんですよ~? 王たるもの、いつも身体を綺麗にしてないと威厳が保てませんでしょう?」

アタル,「そ、そうかな?」

#textbox Kse0580,name
セーラ,「第一、怪我をさせてしまったのは私のせいなのですし……責任を取らせてくださいませ」

じりじりと交代する俺、ずんずんと近寄ってくるセーラさん。一言一言ごとに、俺との距離は詰まる。

生半可な説得じゃ退いてくれそうもなかった。

ま、身体を洗うだけ。洗うだけなんだから。ここはオトナのお風呂屋さんじゃないんだから。

アタル,「わ、わかりました。それじゃ、お願いしようかな」

自分自身をそう納得させて、俺は覚悟を決めて、セーラさんに告げた。

#textbox Kse0590,name
セーラ,「はいっ、お任せくださいませ」

アタル,「でも、背中だけ。背中だけでいいですからね?」

#textbox Kse05D0,name
セーラ,「…………」

#textbox Kse0590,name
セーラ,「はいっ♪」

アタル,「……今の間は何です!?」

嫌な予感しかしなかった。

俺の後ろにセーラさんが腰掛けて。

セーラ,「それでは、お背中、お流しいたします~」

ザバッと背中にお湯がかけられた。

本来自分でやるべきことを他人にしてもらうというのは気持ちがいい。

床屋で髪を切ってもらったり、洗ってもらうのは、自分でやったんじゃ味わえない快感だ。

セーラさんの手が握るウォッシュタオルが肌に当てられる。

自分とは違う力加減は新鮮だ。

こし、こし。

くすぐったい。

セーラ,「このくらいの強さでよろしいですか?」

アタル,「ん……くすぐったいくらい……もう少し強くていいよ」

セーラ,「もう少し……ですか~。では、このくらいで?」

ごし、ごし。

アタル,「あ、うん、そのくらいでいいかな。気持ちいいよ」

それでも、自分が洗うよりも全然弱い力加減だけれど。

セーラ,「ふふっ、それならこのくらいで……」

背中が満遍なく、セーラさんの手で洗われてゆく。

後ろには全裸にバスタオル1枚のセーラさんがいるんだよな。

なんで、俺、こんなこと許可しちゃったんだか。

まったく、我ながらよく堪えてるよ。自分の自制心を褒めてあげたい。

一通り背中は洗い終わっただろう。

アタル,「セーラさん、ありがとうございます。背中はもう終わりましたから――」

セーラ,「いえ、まだです~。まだ垢は落ちきっていないと思いますよ~……」

アタル,「え――」

セーラさんの声が艶を帯びたように感じたのと、背後でパサリと何かが落ちた音を聞いたのは同時。

むにっ。

セーラ,「きっとこの方が、もっと垢が落ちると思いまして……」

背中に押し当てられた、やっ、柔らかな感触はぁっ!?

アタル,「あああああのあの! セーラさんっ!?バスタオル、巻いてますよね!?」

セーラ,「タオルは邪魔なので、取ってしまいました……」

アタル,「はぁっ!? い、いえ、ちょ、ちょっと!」

セーラ,「お風呂に入る時、バスタオルなんてつけないですよね~?邪魔に……なってしまいますものね……?」

アタル,「い、いや、ま、そうなんですけども……ッ!」

セーラ,「邪魔なモノがない方が、アタル様をより近くに感じられますから……」

背中に満遍なく塗られていたボディソープが、セーラさんの胸によって、さらに塗り広げられる。

な、なんだ、この柔らかな物体はぁッ!

セーラさんに寝込みを襲われ、足や腹部に胸の柔らかさを感じたことはあったけれど。

ボディソープのおかげで、摩擦係数が下がっているのもあり、柔らかさと滑らかさが同時に伝わってきて、どう表現すればいいのかもうわからない。

プリン? マシュマロ? そんな食べ物など柔らかさを遥かに超越した何かだ。

セーラ,「どうですか……ん……気持ち、イイですか?」

耳元で囁かれるセーラさんの甘い声。

石鹸の香りと入り混じったセーラさんの甘い香り。

アタル,「き、気持ちイイです、けどっ……」

ま、まただ。セーラさんの香りで、理性が溶かされそうになる……!

セーラ,「ふぅ……私もアタル様の身体に触れているだけで、気持よくなってしまいます……」

背中でセーラさんの胸が上下する。

当たっている柔らかな胸とは別の硬い感触は、セーラさんの胸の頂点にある突起。

その突起が、俺の背中で擦れる度、硬さを増していくのがわかった。

セーラ,「はぁ……あぁ……アタル、様っ……どう、ですか……?」

セーラさんの腕が俺の首に回される。

胸を俺の肩甲骨の辺りに押し付け、身体を上下に揺らし擦りつける。

セーラさんの熱い吐息が、俺の耳やうなじに吹きかかる。

アタル,「気持ちいいけど、セ、セーラさん、これ以上は……!」

セーラさんの熱い吐息に、隠していた股間が隠しきれないサイズに膨張し始めた。

膨れ上がった股間は刺激を与えてくれとおねだりを始める。

待て! 待て! 1人になったら可愛がってやるから、今だけは我慢するんだ!

セーラ,「ん、はぁっ……我慢しなくて、いいんですよ……?」

アタル,「んぇっ!?」

心を見透かされたような言葉に、俺の心臓が飛び跳ねる。

セーラ,「猛ってしまったのでしたら、私が責任を取りますから……アタル様は男の人ですものね……」

セーラ,「常々、あんな可愛らしい女性に囲まれているのに、我慢なされているアタル様は本当に我慢強いですのね……」

アタル,「我慢なんてしてません! ニッポンじゃ普通ですよ!」

セーラ,「そうなのですか……? クアドラントとの違いなのでしょうか……?」

そもそも、これは今、あなたに密着されているから起きてしまった生理現象なのですがっ!

セーラ,「アタル様の情欲……鎮めて差し上げます……皆さんにはナイショ……ですよ?」

後ろから回されてきたセーラさんの細指が、俺の股間の肉茎に触れる。

アタル,「や、やめっ……!」

心は抵抗しようとしたものの、体はその抵抗を拒む。

セーラさんの与えてくれる心地良さに委ねられたい、と、体の意志が全てを凌駕した。

セーラ,「まぁ……アタル様のココ……前よりもずっと大きくなってませんか~……?」

セーラ,「前は衣服の上からでしたし、暗かったからよくわからなかったですけど……」

アタル,「実際に触られたら……誰だってこうなります……!」

セーラ,「アタル様のってこんなに凄いのですね……はぁ……これがホンモノの男性器……なんですね……」

セーラ,「こんなにも逞しくて……熱くて……ずっと触っていたら、火傷してしまいそう……」

生で見られた。生で触られた。

羞恥と共に込み上げてくるのは快感であり、それに付随する射精感だ。

セーラ,「でも、すっごく可愛いです~……愛してあげたくなってしまいます……」

アタル,「ぅあ……ッ!」

泡にまみれたセーラさんの指が柔らかく前後する。

その甘い刺激は、俺の股間を根元から先端までを伝う。

体は更に密着する。俺の股間を覗き込んでくるセーラさんのおっぱいが肩に乗り、首を挟み込んでくる。

おっぱいに挟まれて窒息とか、それはちょっと嬉しい死に方かもしれない。

セーラ,「あら、アタル様……先っちょからぬるぬるしたお汁が出てきましたよ~」

アタル,「そりゃ、そうです、よ……!」

乳を押し当てられ、手コキされてりゃ、そりゃ無意識に先走り汁だって出るってものだ。

先走り汁と石鹸が入り混じり、セーラさんの指の動きは更に加速する。

アタル,「っく……! セ、セーラ、さんっ……!」

セーラ,「もっと擦ったら、もっと出てきちゃいますか……?」

アタル,「はい……って、ダメ、ダメですっ……!」

口ではなんとか拒もうとするものの、意識が全て股間の快感に持っていかれる。

頭を支配するのは、快感の一心。射精の二文字。

このまま、セーラさんの指で達してしまいたい。

遠慮なくこのままセーラさんの手の中に情欲の全てを解き放ってしまえたら、どれだけ気持ちいいだろう。どれだけ楽だろう。

セーラ,「アタル様のおちんちん、ぴくぴくしてます……血液が流れて、もっと固くなるのを感じますよ……ここも愛しいアタル様の一部なんですよね……」

アタル,「ま、待っ……セーラさん、これ以上されたら、出ちゃ……! 出ちゃうってば……!」

セーラ,「垢以外のモノも出してくださって構いませんよ……『それ』を私に出してくださっても構いませんし……」

アタル,「いや、ホント、ちょ、待っ……」

初めての自分以外の人間に与えられる性的な刺激は、あまりにも敏感で、鮮烈だった。

アタル,「――ッぁ!」

ぞわっと下腹部をこみ上げてきた衝動は、もう止めることができない。

セーラ,「あら……? 何かが昇ってきて……きゃっ!?」

尿道口を乱暴にこじ開け、噴き出したのは、尿ではない白濁した濃厚な液体。

アタル,「ッくぁ……ッ! は、はぁっ……はっ……!」

セーラさんの手が往復する度、ソープの泡と入り混じった白濁液がボトボトと滴り、大理石のタイルを浸す。

初めての、自分以外の手で導かれた絶頂。

アタル,「セ、セーラ、さん……出ちゃったじゃ、ないですか……ッ」

セーラ,「うふふっ……アタル様、可愛いっ……!」

ぎゅっと背後から強く抱きしめられ、また胸が強く押し当てられる。

セーラ,「アタル様ぁ……私、アタル様が欲しくなってしまいました……今、ここで愛して……いただけますか……?」

石鹸と精液の入り混じった匂いと、湯気と吐息と火照った体の熱が俺の意識をグズグズに溶かす。

――このまましちゃっても、いいか――

だが、そんな虚ろな意識を。

ミルフィ,「セーラァアァアアァァっ!」

たったひとつの一喝が吹き飛ばした。

ドパァンッ!と勢いよく開かれた風呂場のドア。

そこにいたのは鬼のような形相をしたミルフィだった。

セーラ,「あ、あら~……ミルフィさん、ごきげんよう~……」

ミルフィ,「ごきげんようじゃないわよっ! 全裸でアタルを襲うとか、抜け駆けにも程があるでしょおっ!?」

セーラ,「いえ、これはその……手が不自由なアタル様のお背中を流そうとしていたのですが……つい私とアタル様がそういった雰囲気になってしまっただけで……♪」

まさにオトナのお風呂屋さんのような言い訳だった。

ミルフィ,「アタルもアタルっ! ハッキリしてない癖に、流されてんじゃないのッ!」

ミルフィ,「まさか2人で、ヤッちゃったりしてないわよね……!」

アタル,「し、してないっ! してるわけないだろっ!」

本番までは! 出すモノは出しちゃいましたけど!

セーラ,「そ、そうですよ~。ちょっと生まれたままの姿で、肌を触れ合わせただけで……♪」

ミルフィ,「いいから、とっとと出なさいよぉっ!」

セーラ,「は、はぁいっ」

顔を真っ赤にしたミルフィの絶叫に気圧されて、セーラさんは泡も流しきらないままに、外へと出て行った。

射精してしまった痕跡は、泡と共に流してしまい。

ただのスキンシップということで、この場はなんとか逃れることができたらしかった。

――が。

…………

……

股間の辺りにわだかまる感触と気だるさ。

女性に導かれての、初めての射精。

どうしてくれんだ、あんな快感を覚えちゃったら、もう自分で処理なんてできなくなっちゃうだろうが。

一度めいっぱい吐き出したにも関わらず、俺の股間はセーラさんの胸や手の感触を思い出し、いきり立ってしまう。

アタル,「……はぁ……」

空しいけど、もう一度、自分で……。

コン コン

アタル,「はいっ!?」

せがれいじりに励もうとしていた俺は、ノックの音で我に返る。

#textbox kse0410,name
セーラ,「あの……セーラです……」

今、想像していたセーラさんの声が聞こえてきて、俺の胸は激しく鳴り響いた。

アタル,「ああ、はい、セーラさん」

その高鳴りをなんとか包み隠そうと、俺はぶっきらぼうに応じる。

#textbox kse0450,name
セーラ,「先ほどは申し訳ありませんでした~……あの……お話、聞いていただけませんか?」

ついさっきあんなことがあったのに、また顔合わせるってのか。

気まずいなぁ……。

股間はまだいきり立ったままである。落ち着け、落ち着けよ。

アタル,「えっと……明日じゃダメですか?」

#textbox kse0460,name
セーラ,「できれば、今すぐ……いえ……ご迷惑……ですよね」

彼女の声に涙が入り混じった。

女性の涙に勝てる男なんて、いるはずないだろ!

アタル,「あ、だ、大丈夫ですっ! 今すぐ、話を!」

俺は慌ててドアを開ける。

#textbox Kse04B0,name
セーラ,「あ……」

そこにはやはり瞳に涙を浮かべているセーラさんの姿があった。

アタル,「入ってください。お話、伺いますよ」

ガチャとドアが閉まるや否や、セーラさんはその場に膝をつけてしゃがみこんだ。

アタル,「セーラさん、何を……?」

#textbox Kse0450,name
セーラ,「先ほどは本当に申し訳ありませんでした」

深々と三つ指をついて、セーラさんは頭を下げた。

アタル,「やややめてください、頭上げてくださいよ」

俺の静止する超えも聞かず、彼女は土下座をしたまま、たっぷり5秒。

#textbox Kse0460,name
セーラ,「不器用な私は、アタル様への誠意の伝え方がわからないんです……ただ謝るしかできないんです……」

#textbox Kse0450,name
セーラ,「本当に最初は、お背中を流すだけのつもりだったんです……あのようなことをするつもりはなかったんです……」

顔を上げたセーラさんは、ぽろぽろと涙を零しながら、言葉を漏らす。

#textbox Kse0460,name
セーラ,「アタル様が私に振り向いてくれるまで待つ等と……お父様にあのような偉そうなことを言っていながら……」

セーラ,「アタル様と肌を触れ合わせていたら、押さえがきかなくなってしまって……アタル様を辱めるような真似を……」

アタル,「え、いや、辱めるって別に……」

正直にいえば、気持ちよかったし……確かに恥ずかしいところは見せてしまったけれど、恥をかかされただなんて思っちゃいない。

ああ、もしかして、セーラさんは俺が怒って、顔を合わせないと思っていたのか。

スイッチが入っちゃうと猪突猛進になっちゃうところは、やっぱり親子、バルガ王譲りなんだろうな。

#textbox Kse0450,name
セーラ,「本当に申し訳ありませんでした……アタル様のお好きなように処分してくださって構いません……」

アタル,「いやいやいや、だから、頭を下げないでくださいっ!」

俺は今一度、頭を下げようとするセーラさんを止めた。

#textbox Kse04D0,name
セーラ,「出て行けと言われるのでしたら、今すぐにでも、荷物をまとめます……アタル様の前から、姿を消します……」

アタル,「ああああ、もうっ! 勘違いしないでください。俺は別に怒ってるわけじゃないんですよっ!」

#textbox Kse04B0,name
セーラ,「本当……ですか? ですが、先ほど……」

アタル,「ああ……ちょっと顔を合わせづらかっただけですよ……その、一番無防備なところを見られちゃったわけじゃないですか。それが恥ずかしくて……はは……」

#textbox Kse0470,name
セーラ,「ま、まぁ……そうだったんですか……そ、そうですよね……私、アタル様の一番可愛いところを見てしまったんですね……」

アタル,「はは……」

可愛いところ……ね。

確かに射精の最中は、男がどんな女性よりもか弱くなってしまう時だ。

#textbox Kse0410,name
セーラ,「アタル様、あの……私にあのようなことをされるのは、お嫌……でしたか?」

アタル,「そんなことあるわけないじゃないですか……本当に嫌だったら、もっと早く拒んでいますよ」

アタル,「セーラさんみたいな綺麗な人に誘われて、嫌がる男なんているはずないんですから……」

#textbox Kse0440,name
セーラ,「ま、まぁ~……そうだったんですか……」

アタル,「ミルフィやヒヨにはナイショですけど……しー」

#textbox Kse0420,name
セーラ,「はい……ふたりだけのナイショですね……? しー」

2人して、唇に人差し指を宛がい、ナイショのポーズ。

#textbox Kse0480,name
セーラ,「でしたら、まだ私はアタル様のことを好きでいても……よろしいのですね?」

アタル,「……う、うん」

俺は彼女の言葉に、僅かな罪悪感を感じながら、小さく頷いて返した。

#textbox Kse0490,name
セーラ,「それを聞いて安心しました。アタル様、私――セーラはいつでも貴方様をお慕い申し上げております」

アタル,「ありがとう」

自然と礼の言葉が、口をついた。

好意を伝えてくれる言葉は、シンプルに嬉しい。

#textbox Kse0410,name
セーラ,「話というのはこれだけです。それでは、アタル様――」

アタル,「あ、ちょっと待って、セーラさん。ひとつ気にかかっていることがあったんだ」

#textbox Kse04B0,name
セーラ,「何でしょう?」

アタル,「今朝、俺を起こす時に、バルガ王が来るのが、『視えた』って言ってたよね」

#textbox Kse0440,name
セーラ,「あ、あれは……」

アタル,「俺の方には何の連絡もなかったし、セーラさんにも知らされていたわけじゃなかった……でも、セーラさんにはそれがわかっていた……」

アタル,「どういうことか説明できない……かな?」

#textbox Kse0470,name
セーラ,「それに関しては、またいずれ……」

アタル,「ん。わかった」

下手に食いついて、彼女を困らせる必要もない。

#textbox Kse04D0,name
セーラ,「これこそ怒らないでいただきたいのですが……私がアタル様に一目惚れしたのは間違いないことなのです」

アタル,「……うん」

#textbox Kse0480,name
セーラ,「それと同時に『視えた』ことが、私がアタル様を愛した理由でもあるんです」

アタル,「え……?」

#textbox Kse0450,name
セーラ,「このようなことを話しても、信じてもらえるとは思えませんから……アタル様に信じてもらえるようになった時に全てをお話しますね」

アタル,「んー……よくわからないけど、話してもらえる時を楽しみにしてるよ」

#textbox Kse0410,name
セーラ,「それでは、アタル様、おやすみなさいませ」

アタル,「うん、おやすみ。今日は1日、ありがとう」

セーラさんは最後にもう一度――今度は小さく、傾げる程度に頭を下げて、俺の部屋から出て行った。

アタル,「ふぅ……」

一息。

去り際のセーラさんの顔が印象的だった。

純粋な好意をぶつけられて、嫌な気持ちになるはずもない。

だが、それ故に――彼女の好意に応えられない可能性があるのが、心苦しくて。

胸がチクリと、痛んだ。

アタル,「それにしても、この前のバルガ王には参ったな……」

とある日常の昼食時間(ランチタイム)。俺の口から、思い出したようにポロリと漏れた。

早朝堂々の、窓をぶち破ってのバルガ王襲撃は、軽く夢に見るインパクトだった。

いや、むしろ、あの晩、本当に夢に見て、うなされたんだ。

彼に掴まれ、全身の骨という骨が……あ、もういいや。思い出すと、ご飯がまずくなる。

セーラ,「お父様がご迷惑をかけてしまいまして……本当に申し訳ございませんでした~」

ひよこ,「それだけセーラさんのことを心配してるってことなんだろうけど……あはは、すごかったよね。筋肉もムッキムキだしね」

アタル,「……この流れで筋肉は関係ないな」

アタル,「でもまぁ、確かに、行き過ぎちゃいるけど、セーラさんの身を案じて、なんだろうし。基本的にはいいお父さん……だよね」

セーラ,「はい。長女の私だけではなく、妹たちにも等しく愛情を注いでくれる素晴らしい父ですよ~」

アサリ,「すごくお強いですしー、お金も権力もあるー。王たる者はあのようにあるべきなんでしょうねー」

アタル,「なんだろう……さりげなく俺を非難しているように、聞こえなくもないんですけど?」

アサリ,「あはー、そう聞こえるということは、アタルさんがそう自覚しているということではないですかー?」

アタル,「ぐ……!」

痛いところを突かれた。

アサリ,「なんでしたら、アサリが特訓して鍛えて差し上げましょうかー? アサリは少々スパルタですんで、加減を間違ってしまうかもですけどー」

アタル,「謹んで、ご遠慮します」

アサリさんの特訓とやらがどんなものかは知らないが。

現代っ子&もやしんボーイの俺がついていけるようなものではなさそうなのは重々承知。多分死ぬ。

あの王様のような腕力がないのは、パッと見ただけでわかるだろう。

クアドラントよりも国力のあるニッポンの王である以上、バルガ王に匹敵するだけのお金も権力もあるにはあるのだろうけど、その行使の仕方がわからない。

王様Lv.1の俺がこの先、王にふさわしくなるには、一体どうすりゃいいものやら。

ひよこ,「アタルくん、別に落ち込まなくていいんだよ?」

アタル,「え、いや、別に落ち込んでなんて……」

伊達に長年付き添っているわけじゃないヒヨには、バレバレだったらしい。

ひよこ,「アタルくんはアタルくんらしい王様でいいんだから。他の人と比較なんてしなくていいんだよー」

ひよこ,「私の仕えている王様は、今でも充分素敵だよ♪」

アタル,「あ、ありがとう」

その気遣いには素直に感謝だ。

褒め殺しだ。そう言われちゃったら、なんとしてでも頑張らないといけないなぁ。

セーラ,「むぅ、ひよこさん、ズルいです~」

ぷぅと頬を膨らませて、セーラさんが抗議してくる。

ひよこ,「えっ、何が?」

セーラ,「アタル様を昔からご存知なのはズルいんです~。はぁ……私もアタル様の家のお隣に生まれたかったです~……」

……この姫様は無理難題をおっしゃる。

俺の家の隣に生まれてたら、ニッポン国民じゃん。クアドラントのお姫様にはなれなかったじゃん。

一方、イスリアのお姫様はやけに静かだった。

会話に参加してこないから、いないものと思われていたかもしれないが、ちゃんと片隅でモクモクと、エリスさんの取ってくれた弁当をつついている。

いつも自己主張激しいミルフィにあるまじき姿だった。

ひよこ,「あ、そういえば、ミルフィさんのご両親ってどんな方なのかな?」

ミルフィ,「……む」

ヒヨのその発言は悪気も皮肉も含まない、ごく普通に浮かんだ疑問だっただろう。

ミルフィはヒヨをじろりと一瞥。

セーラ,「そういえば、ミルフィさんのご両親の話を聞いたことないですよね」

そして、セーラさんも一瞥。

アサリ,「…………んー」

アサリさんは口を噤む。

ミルフィ,「――ごちそうさま、お先に。エリ、行くわよ」

エリス,「はっ」

ひよこ,「ふぇ、ミルフィさん、まだこんなに残ってるのに……」

ミルフィ,「もうお腹いっぱいよ。あとはみんなで楽しく召し上がって」

後ろ手にひらひらと手を振り、顔を見せぬまま、ミルフィとそのお付きは屋上を後にした。

ひよこ,「もしかして、悪いこと聞いちゃったかな……?」

セーラ,「ご両親と不仲なんでしょうか……」

アタル,「誰でも話したくないことはあるだろうし、これ以上無理に聞く必要もないかな」

ひよこ,「そうだね……あとで謝っておいた方がいいかも」

セーラ,「必要以上にほじくり返さない方がいいこともありますよ~。藪をつついて大蛇が出てきてしまうこともあるでしょうし~」

アサリ,「あはー、こんなに美味しいのにもったいないですねー」

訳知り顔なアサリさんはひょいぱくひょいぱくとミルフィとエリスさんが手の付けなかった弁当を片付けていった。

…………

……

その放課後。

アタル,「よし、帰――あれ? ミルフィは!?」

放課後の挨拶が終了し、気がつけば、ミルフィの姿が神かくしにでもあったかのように消えていた。

ひよこ,「あれぇ? 帰っちゃったのかな?」

セーラ,「先に帰られたのでしょうか~?」

アサリ,「そーですねー。つい今しがた、教室を出て行くところを見届けましたので、多分、帰られたんだと思いますよー」

アタル,「帰ったって……ひとりで?」

アサリ,「もちろんエリスさんがついてましたけどもー。なんでですかねー、お昼の話がそんなに堪えたんでしょうかー」

ひよこ,「え……や、やっぱり、私、謝った方が良かったかな?」

アタル,「理由がわからない以上は、どうした方が良かったなんてわからないだろ」

アサリ,「別に気にしなくてもいいんじゃないですかねー。どうせ帰る場所はひとつしかないんですし、頼れる付き人もいるんですしー」

アタル,「アサリさんの言う通りだな。ってわけだから、ヒヨとセーラさんたちは先に家に帰りなよ」

セーラ,「あら、アタル様はどうなさるおつもりですか~?」

アタル,「ミルフィを追ってみるよ」

ひよこ,「どこに行ったか、あてはあるの?」

アタル,「まー、相手がミルフィだからな。それなりの目星はある」

ひよこ,「それなら私も付いて――」

言いかけたヒヨの肩を、セーラさんの手が抑えた。

セーラ,「ひよこさん、ストップです」

ひよこ,「え?」

セーラ,「先に帰れ、というのが、アタル様のご命令です~。メイドがご主人様のご命令に背いちゃうのは、あんまり関心しませんね~」

ひよこ,「え、でも……」

アタル,「心配しなくても、ひとりで大丈夫だよ。それじゃ、行ってくる」

ひよこ,「う、うん、行ってらっしゃい。早く帰ってきてね。あんまり遅くなるなら、連絡してね」

アタル,「了解」

俺はひとり、教室を後にする。

…………

ひよこ,「あの……セーラさんは気にならないんですか?」

セーラ,「愛する人を信じるのも、愛する者としての勤めです♪さ、ひよこさん、帰りましょ~」

ひよこ,「は、はい……」

アサリ,「セーラさんたちはお気をつけてお帰りくださいませー」

セーラ,「あら、アサリさんはどうされるんですか~?」

アサリ,「ちょっと買い食いしてから帰りたい気分になってしまったものですからー。では、お気をつけてー」

しゅたっ。

ひよこ,「あの……アサリさんって、セーラさんのお付きの護衛……ですよね?」

セーラ,「はい~、すっごく頼りになりますよ~」

ひよこ,「うーん……? セーラさんがいいんなら、いいんですけど……」

…………

……

学園を後にして、一路まっすぐ商店街へ。

そして、俺の予想した場所に、彼女とそのお付きはいた。

アタル,「やっぱりココだったか」

ミルフィ,「わ――アタル、なんでここにいるのよ」

場所は、ドーナツ屋の真正面。ちょうど手土産のドーナツを持ったミルフィに遭遇したのだ。

アタル,「何でも何も……ミルフィが下校時に寄る場所なんて、ここくらいしかないと思ったからさ」

ミルフィ,「こ、ここだけじゃないわよ。他にだって、いろんな場所が……」

キョロキョロと周りを見回して。

ミルフィ,「……あるわよ?」

なさそうだった。

アタル,「疑問形で言われても困るけど、その他の場所に行かれてたらアウトだったな、はは」

ミルフィ,「で、あたしのスウィートタイムを邪魔しに来てまで、何の用かしら」

アタル,「別に邪魔をしに来たつもりはないけど、迎えもなしにどうやって帰るつもりなんだ?」

ミルフィ,「歩いて帰るわよ。頑張って歩けない距離でもないでしょ?」

エリス,「姫様がお疲れになられたら、自分がおんぶでもだっこでもして、お運びいたしますので、ご心配なく」

ミルフィ,「子供じゃないんだから、おんぶとだっこは勘弁して……ま、そういうわけだから、アタルは先に帰っちゃっていいわよ。夕飯くらいには帰れるだろうから」

アタル,「帰っていいって言われても――何、拗ねてるんだよ」

ミルフィ,「拗ね……? べ、別に拗ねてなんかないわよっ!」

アタル,「そうやって、声を強めたら、肯定しているみたいに聞こえるぞ?」

ミルフィ,「ち、違う違う違う! 拗ねてなんかないってばぁっ!」

エリス,「はぁぁ……バレバレなのに意地を張る姫様ってば、なんて愛らしい…………おや?」

叫ぶミルフィの横にいつの間にやら女の子がいた。

ミルフィ,「あなた、誰?」

女の子,「ドーナツ、美味しそー」

ミルフィ,「ええ、美味しいわね。食べたいなら、買えばいいんじゃない?」

女の子,「食べたいけど、お金ないの」

アタル,「お金がないなら、お母さんにお願いすればいいんじゃないかな?」

女の子,「うん、ママにおねがいするー!ママー、ドーナツ……」

しかし、女の子が伸ばした手は、誰にも届かず。

女の子,「……あれ? ママー、ママー?」

女の子はキョロキョロと周囲を見回し――どうやら周りに自分の母親がいないことに気づいたらしい。

女の子,「ママー!? ママぁっ!」

女の子の血相が変わり、声色が変わり、瞳が変わる。

泣き出してしまう一歩手前だった。

ミルフィ,「なるほど、母様とはぐれてちゃったのね。エリ、彼女の母様を探してあげましょ」

ポンとミルフィは女の子の頭に手を置き、そんな提案をした。

女の子,「……ふぇ?」

アタル,「……え?」

予想外の発言に、俺と女の子の発言がかぶった。

エリス,「かしこまりました。失礼、お名前を確認させていただきます」

エリスさんは手際よく、女の子の下げるポシェットから身分を確認できるものを探し出す。

ポシェットを開けたすぐそこには、マジックで、決してうまくはない文字で大きく名前が書かれていた。

『こんどうまなか 4さい』

おそらくは女の子の直筆だろう。

しかしながら、名前の後ろに『4さい』と書いてしまったら、来年、このポシェットはどうするつもりなんだろうかと思わなくもない。

エリス,「――了解しました。では、すぐさま解決させていただきます」

俺がどうでもいい思考を巡らせている内に、エリスさんは商店街の中に姿を消した。

果たして、敏腕エリスさんの迷子のお母さん探索方法とは――?

ミルフィ,「じゃ、お母さんが来るまで、ドーナツでも食べる?」

まなか,「……いいの? まなか、お金ないよ?」

ミルフィ,「泣くのを我慢したまなかちゃんに、お姉ちゃんからのプレゼント」

まだ涙目な女の子――まなかちゃんにその言葉は有効だったらしい。

ぐしぐしと袖口で涙をぬぐい。

まなか,「えへっ!」

と、強がるようなほほえみ。

ミルフィ,「うん、偉い偉い。はい、ご褒美」

ミルフィはドーナツの袋から、ひとつを取り出して、彼女に手渡す。

小さい◯が連結したような、ミルフィの名前にも酷似したあのドーナツだ。

まなか,「わぁ……いただきまーす。ぱく」

女の子は早速、渡されたドーナツにかみつく。

小さい女の子の口では、◯の内のひとつを口に入れるのが限界らしい。

それでも、まなかちゃんはむぐむぐと一生懸命口を動かしては、また一口、一口とドーナツの円周を小さくさせていった。

ミルフィ,「おいしい?」

まなか,「うんっ! すごくおいしい!」

ミルフィ,「それなら良かった」

そう呟くミルフィの姿は、お姉さん然としていて、いつもよりもずっと大人びて見えた。

一国を代表する姫として、この程度の振る舞いは当然なんだろうか。

アタル,「ん?」

商店街に設置されているスピーカーが音を鳴らす。

アナウンス,「迷子のご案内を申し上げます。コンドウマナカちゃんとおっしゃる4歳の女の子が、ミセスドーナツの前でお待ちです。繰り返し、迷子のご案内を――」

続いて、スピーカーから迷子案内が流れてきた。

アタル,「超普通ーーーッ!!?」

エリスさん、もしかして迷子センターに向かったのか?

正攻法も正攻法すぎて、盛大にずっこけた。

ミルフィ,「何よ、アタル、どんな方法を考えていたわけ?」

アタル,「いや、エリスさんならではの、スーパーな方法があるかと思ったんだけども……」

ミルフィ,「ばーか、そんな方法あるわけないでしょ?エリは普通の人間よ」

『普通』という点には異論を唱えさせてもらう。普通の人間は、いきなり人に銃口を向けたり発砲したりしない。

…………

……

それから、ほんの数分後。

迷子の女の子・まなかちゃんと、そのお母さんは、ドーナツ屋の前で無事に合流することができた。

まなか,「あっ、ママーっ!」

お母さん,「まなか! 良かった……ずっと探していたんです。本当にありがとうございました」

#textbox Kmi0160,name
ミルフィ,「まなかちゃん、良かったわね。もうお母さんから離れたりするんじゃないわよ?」

まなか,「うんっ、ありがとう、お姉ちゃんっ! ママー、お姉ちゃんがね、まなかにドーナツくれたんだよ」

お母さん,「まぁ……すみません、お題はおいくらに……」

#textbox Kmi0110,name
ミルフィ,「いえ、結構ですわ、お母様。私に払うくらいでしたら、そのお金でもうひとつ、まなかちゃんにドーナツを買って差し上げてくださいな」

#textbox Kmi0160,name
ミルフィ,「まなかちゃん、ドーナツ大好きだもんねー♪」

まなか,「ねー♪」

お母さん,「まぁ……本当にありがとうございます……それじゃ、まなか、ドーナツ買って帰ろっか」

まなか,「うんっ!」

そんな親子のやり取りを見届けて、親子は手を繋ぎ、片手にはドーナツの詰め合わせの箱を持ち、帰路についた。

#textbox Kmi0140,name
ミルフィ,「ふぅ……」

エリス,「ただいま戻りました」

そして、俺達の背後からタイミングを見計らったかのようにエリスさんが現れる。

ミルフィ,「お帰り、エリ。ご苦労様」

エリス,「いえ、姫様のご命令とあらば、苦労とは感じません。朝飯前のミッションでした」

ふと思った。

アタル,「エリスさん、迷子センターなんてよく知ってたね?俺だって知らないのに」

スピーカーを利用した以上、迷子センターに問い合わせたはずだ。

エリス,「は? 迷子センターとは?」

アタル,「……え? だって、さっきの放送……」

――待てよ?

迷子センターって、普通、迷子本人をつれていく場所だよな?

しかし、さっきの放送はここ、ドーナツ屋の前で女の子が待っていると放送した。

そんな迷子放送、どう考えてもおかしい。

アタル,「あの……つかぬことをお伺いしますが……さっきの放送って、どこから流れてたの?」

エリス,「そこのビルの隙間から流しましたが? 存外、人に見つかりにくい場所が少なく、難儀致しました」

アタル,「は……?」

エリス,「具体的な方法をお教えしますと、商店街各所にあるスピーカーの電波を探知し、小型マイクでの放送をおこないました」

エリスさんが指さしたのは、胸についているボタン。

アタル,「それって、つまり、電波ジャックってこと?」

エリス,「そうですね」

あっさり肯定した。見事だった。全然普通の方法じゃなかった。

エリス,「このボタンは有事の際に使用できる小型マイクになっています。そして、コチラのボタンが電波探知用」

アタル,「え……じゃ、さっきの放送の声は?」

エリス,「むろん、自分です。軍人として、声色を弄るくらいは基本スキルです」

エリス,「あー♪ あー♪ あー♪ あー♪ あー♪」

アタル,「ひぇ……すごいですね。エリスさんのこと、見直しましたよ……」

エリス,「――コホン、軍人ならば、当然の技能です。声で悟られたりしないよう、この程度のことはできなくては」

胸を張ることもなく、驕ることもなく、さも当然といわんばかり。

エリス,「他のボタンにも様々な機能がありますが、これ以上は極秘事項です」

エリス,「ですが、投獄された際に脱獄を試みれるくらいの機能があるとだけ、お伝えしておきましょう」

そんな直径数センチのボタンにどれだけ機能が搭載されてるんだよ……。

なるほど、ニッポンよりも遥かに上の軍事力を持つだけはある。

エリス,「ですが、褒めていただいたお礼にひとつだけお教えしますと――」

エリス,「一番上のボタンが、先程のように電波ジャックに用いることができます。回すことで周波数を変換することができるのです」

アタル,「へぇ……便利そうだね」

やってることは犯罪だけども。

エリス,「ええ、大変便利ですよ。テレビやエアコンのリモコンをなくした際にも代用できます」

アタル,「ぶっ!?」

予想外の利用法に、思わず噴き出してしまった。

ミルフィ,「そうそう、エリってすぐに私物をなくすのよ……それさえなければ、他はパーフェクトだと思うんだけど」

エリス,「……申し訳ありません。決まったところに置いているつもりなのですが、気がつくと紛失しておりまして……」

ミルフィ,「いいのよ、それくらいの欠点があった方が人間らしいじゃない。本当に大事な物さえなくさなければ、別に構わないわよ」

アタル,「へぇ……しっかりしてそうだったから意外だなぁ」

エリス,「自分にとって、私物など二の次なのだ。自分には姫様さえいらっしゃってくれればそれでいい」

ミルフィ,「その忠義、ありがたく受け取っておくわ」

エリス,「はっ、ありがたき幸せ……!」

そう言って頭を下げるエリスさんが、ちょっとだけ身近に感じられた気がした――けども。

エリスさんの発言には忠義以上のもっと別の感情が含まれている気がしてならなかった。

…………

……

アタル,「――にしても、ミルフィが迷子探しを手伝ってやるなんてなぁ」

ミルフィ,「何よ、そんなにおかしい?」

アタル,「あー、いや、ミルフィってあまり子供が好きそうなイメージがなかったっていうか……」

わがまま放題のミルフィだ。

同じようにわがままな子供とは相性が悪いんではないかと勝手に思っていたけど、どうやらその認識は改める必要があったらしい。

ミルフィ,「別におかしくなんてないわ。あたしは誰にでも優しいの。国の上に立つ身としては、そのくらい当然じゃない?」

エリス,「さすがは姫様です」

エリスさんは拍手しつつ、満足そうに頷く。

口にドーナツを咥えつつ、帰路に着く姫様。

買い食いはあまり美しくはないが。

どうやら、おみやげに買ったのかと思ったドーナツは、帰り道に食べる専用だったらしい。

エリス,「どうぞ、姫様」

ミルフィ,「ありがと、エリ」

1個なくなるごとに、後ろに控えるエリスさんからドーナツを受けとり、それを口に詰め込む。

歩いた分のカロリーをその都度補充しているかのようだが、その摂取量は明らかにオーバーしている。

学園から王宮まで2時間歩いたところで、消費できるカロリーなんてよくてドーナツ2個分ってところだろう。

さて。

アタル,「ところでさ、ミルフィ」

ここからが本題だ。

ミルフィ,「あに?」

口の中をドーナツでいっぱいにしながら、呟く。

アタル,「ミルフィはなんで、ひとりで先に帰ったりしたんだ?」

ミルフィ,「――別に。深い理由なんてないわよ。たまにはひとりで帰りたくなる時だってあるのモフモフ」

さっきまでよりピッチ早くドーナツを口に詰め込んでいるのは、必要以上にモノを語りたくないという意志の表れだろうか。

アタル,「ヒヨやセーラさんも心配してたぞ?」

ミルフィ,「あ、そ」

アタル,「素っ気ないな……」

ミルフィ,「だって、ぴよぴよやセーラがどう思おうが、あたしには全然関係ないもの。あたしが何しようが、あたしの勝手じゃない?」

アタル,「心配してくれてるんだから、その言い方はなくないか」

ミルフィ,「別に頼んでないし……あのね、アタル」

ミルフィはキッと視線を俺に向けてくる。ただし、口にはドーナツを加えたままだが。

ミルフィ,「セーラやひよことは、アタルを巡ってのライバルなのよ?だいたい、そんなあたしたちが、仲良しこよししてるのがおかしいのよねモフモフ」

ミルフィ,「どーなの、アタル。その辺、自覚してるわけ?」

ビシッ! と、油と砂糖にまみれた指を、俺に突きつけてくる。

アタル,「まぁ……そうですね?」

俺に決定的に足りてないのは、その辺の自覚だ。

誰が一番だとか、誰を最終的に娶るだとか、そんなことは微塵も考えちゃいない。

だいたい、この年で結婚だのなんだのってのが、おかしいんだ。

セーラさんはお国柄、早く結婚しろって、迫ってきてるわけだけど。

ああ、この前のバルガ王乱入は本当にビックリしたな。まさか、父親までもがあんな本気で――

……ん?

ミルフィの機嫌が明らかにおかしくなった前後の会話を思い返してみる。

アタル,「ミルフィ、もしかして、機嫌を損ねた理由って」

ミルフィ,「だから、別にあたしは機嫌なんて損ねて――」

アタル,「親の話を持ち出されたから……か?」

屋上でのランチタイム――両親の話がどうとか、ヒヨが話を振った時じゃなかったか?

ミルフィ,「………………んぐっ」

ドーナツを口に咥えたまま、視線を逸らしたミルフィの動きが止まる。

ミルフィ,「お、親は別に……関係ないじゃない」

その態度は、図星としか思えなかった。

あー……もしかして、ホームシックか?

そうだよな、遠い外国から、エリスさんとたった2人だけでここまで来ているんだ。

性格こそ剛毅だけど、ミルフィはれっきとした女の子だ。

親や故郷が恋しくなっても、なんにも不思議じゃない。

だから、さっきの女の子が親とはぐれたのを聞いて、放っておけなくなった……とか、そんなとこだろうか。

さて、これ以上、踏み込んで聞いていいものやら。

うーん……。

3人、皆、無言。

エリス,「アタル王もいかがです?」

そこで沈黙を破ってくれたのは、エリスさんだった。

アタル,「いただきます」

せっかくだから、と、手渡されたドーナツを受け取る。

さっきから美味しそうに食べるのを見ていたし、ドーナツ屋の前にいた時から甘い匂いもしてたしで、ずっと気になっていた。

自分のドーナツが勝手に渡されたにも関わらず、ミルフィは何も言わない。

ぱく、と一口。

当然のように、甘かった。

グレーズのたっぷりかかった、カロリーの塊のようなオールドファッション。

ミルフィ,「……美味しい?」

アタル,「……ん? うん、美味しいよ」

ミルフィ,「そ。それなら良かったわ。マズイなんて言ったら、ひっぱたいてるとこだけど」

また無言。しかし、ドーナツを食べる手は止まらず。

渡された1個、完食。

エリス,「アタル王、もうひとついかがですか?」

アタル,「いや……もういい……」

1個だけで口の中が甘ったるくなった。

飲み物なしに、これだけ食い続けるのは正直つらい。

しかし、もくもくと食い続けているミルフィは大したものというかなんというか。

……絶え間なく、エリスさんはミルフィにドーナツを手渡しているが、袋の中にはいくつ入っているのだろうか。袋の中にドーナツ職人が潜んでいるのだろうか。

そんなわきゃーない。

屋敷までの道のりはまだまだ遠い。

初めての徒歩での帰宅だが、勝手知りたる土地。だいたいの方角はわかる。

屋敷に着く頃には、日も暮れてしまうだろう。

事実、学園を出た後から、薄暗さが増していて、すぐ隣にいるはずのミルフィの顔も見え辛くなってきた。

いわゆる、たそがれ時という時間だ。

歩道橋に差し掛かり、階段を登る。

歩道橋の上から見えた夕日は沈みかけていた。

まもなく、夜が訪れる。

ミルフィ,「あー……ちょっと止まって」

歩道橋のド真ん中。ミルフィは足を止めて、沈む夕日を見つめる。

ミルフィ,「んー……」

アタル,「どうした? 元気ないな。いつものミルフィらしくもないぞ?」

ミルフィ,「そんなことない。あたしはいつも通り――」

俺は、ミルフィを慰めてやろうと思ったんだろう。

無意識に頭を撫でようと伸ばした俺の手が、ミルフィの王冠に触れたその瞬間。

ミルフィ,「……! 触らないでっ!」

音を立てて、ミルフィの手が俺の手を弾いた。

アタル,「つっ……?」

ミルフィ,「この王冠には、触らないで……!」

アタル,「……ご、ごめん。別に悪意があったわけじゃないんだ」

ミルフィ,「悪意があったなら、エリが撃ってるわよ」

エリスさんの方を向くと、片手はドーナツの袋をしっかり抱えつつも、残った片手はホルスターに手をかけていた。

……怖いなぁ。

アタル,「その王冠は、やっぱり大事なモノなの?」

ミルフィ,「まぁ、ね――」

夕日を見つめたまま、何かを言いかけた瞬間。

歩道橋の下をトラックが通過した。

ミルフィ,「きゃっ!?」

その騒音と揺れのせいか、ミルフィは体勢を崩し、柵に体をぶつける。

アタル,「ミルフィ!?」

エリス,「姫様っ!」

咄嗟に俺とエリスさんはミルフィに手を伸ばし、肩を受け止める。

ミルフィ,「だ、大丈夫よ。まったく、ふたりとも大袈裟なんだから。あんたたちはなんともないわけ?」

アタル,「あのくらいの揺れじゃ、どうってことはないな。ま、ミルフィは小柄だからな」

エリス,「そうです、姫様はそんなに愛らしい――ハッ!?」

何かに気づいたエリスさんは――

エリス,「――ふっ!」

一切の躊躇なく、歩道橋から飛び降りた。

アタル,「エリスさん、何をっ!?」

ミルフィ,「エリ!? 何して――あっ!?」

ミルフィは自分の頭に手をやる。

ミルフィ,「お、王冠がない……!?」

アタル,「えっ……あ、本当だ!」

アタル,「もしかして、さっき、柵に当たった衝撃で……!?」

ミルフィ,「う、嘘、その程度のことで取れるはずなんて……!」

歩道橋を上り、戻ってきたエリスさんは神妙な顔つきだ。

エリス,「申し訳ありません、姫様。王冠が落ちたのを確認したため、咄嗟に飛び降りてしまいましたが……どうやら走り去ったトラックの荷台に載ってしまった様子……」

エリスさんの手は、王冠を手にしてはいなかった。

一瞬の出来事だった。

いつの間に落ちたのか、まるでわからなかった。

ミルフィ,「ど、どうしよう……! 王冠……あの王冠がないと、あたし……!」

王冠を失ったミルフィは、いつもはあまり見ない表情で――いや、一度だけ。

いつだったか、俺の入る風呂の中に押しかけてきた時の彼女もこんな顔をしていなかっただろうか。

あの時との共通点は――王冠がないこと。

アタル,「ミルフィ、落ち着け。エリスさん、そのトラックのナンバープレートは確認していない?」

エリス,「申し訳ありません、咄嗟のことでしたので……」

アタル,「……そっか」

追うべきトラックは、とっくに視界から消えていた。

何色のトラックだったろうか?大きさは? どこの企業の?

何ひとつ覚えていない。情報はない。

でも――

ここで、国王の力を用いるならば?

俺は国王の携帯『CROWN』を手にする。

アタル,「――もしもし、アタルですが」

#textbox ksi0160,name
柴田,「おや、アタル王、何故、そんなところにおいでですか?どうやらお近くにはミルフィ様とエリス様もいらっしゃるようですが」

CROWNに搭載されているGPSで場所は把握されているのだろう。そして、周りにいるミルフィとエリスさんもキャッチされている。

アタル,「帰り道だよ。ところで、柴田さん、今さっき、歩道橋の下を通っていったトラックの行き先なんてわかる?」

#textbox ksi0110,name
柴田,「トラックですか? 3分ほどいただければ、発見できるかと思います。少々お待ちを」

アタル,「了解。お願いします」

――そして、電話してから、きっかり3分後。

#textbox ksi0110,name
柴田,「アタル王、トラックを発見いたしました。ミナカミ水産、港湾地区の企業のようです。色は青、ナンバーは――」

アタル,「そっか、ありがとう。ちょっとそこに向かってみるよ」

#textbox ksi0110,name
柴田,「お迎えにあがりましょうか?」

アタル,「――そうだね、お願いするよ」

ここからそのトラックの向かった港湾地区まで、走っていくにはあまりに遠すぎる。

柴田さんに迎えを要請し、俺は電話を切った。

…………

……

柴田さんの使いでやってきた車に乗り込み、俺たちは港湾地区へと到着し――

アタル,「えっと、ナンバーは……あっ、あのトラックか」

そして、あっさりと件のトラックを発見した。

運転手,「なんだい、あんたたち……あれ? そっらの兄ちゃん、どこかで見た顔……」

#textbox Ker0110,name
エリス,「こちらはニッポン国王、国枝アタル様だ。少々積荷を検めさせてもらう」

運転手,「ど、どぅええぇぇっ!? お、王様っ!?こ、これはとんだ失礼を!」

アタル,「いやいや、そんな、かしこまらないでください。チェックもすぐに終わりますんで」

俺達は荷台に乗っかり、調べる。

ミルフィ,「アタル……あった?」

アタル,「いや……見当たらないな……」

ミルフィの頭サイズだからそんなに大きくないとはいえ、特徴的な代物だ。見落としているとは思えない。

エリス,「――となると、ここまで移動する間に落としてしまったのかもしれませんね」

ミルフィ,「そ、そんなぁ……! ふぇっ……ふぇぇ……」

今にも涙腺が決壊してしまいそうなミルフィ。

運転手,「むぅ……申しわけない……」

アタル,「コチラの不手際です。気になさらないでください。ミルフィ、エリスさん、とりあえず王宮に戻ろう」

エリス,「了解しました」

ミルフィ,「やだ……やだよぉ……まだ探す……探すのぉ……」

アタル,「ミルフィ、落ち着け。もうじき夜になる。そうしたら、見つけられないだろ」

ミルフィ,「だって、あたしの……あたしの王冠……!お母様からもらった大事な宝物なのにぃ……っ!ふぇ、ふぇぇ……ふぇえぇぇぇんっ!」

ついにミルフィの涙腺が決壊した。

女の子の涙は苦手だ。得意な男なんて、いないだろうけどさ。

アタル,「……やれやれ。泣く子とお姫様には勝てないな」

エリス,「ふふ、同感です、アタル王」

俺は再度、CROWNを手に取る。

#textbox ksi0110,name
柴田,「――はい、なんでしょう、アタル王」

アタル,「柴田さん、さっきの歩道橋からここまでの道を全面交通規制して。加えて、捜索人員の手配と、道路全面のライトアップ」

#textbox ksi0110,name
柴田,「――了解しました。人員はいかほどご用意致しましょう?」

アタル,「多ければ多いほどいい。人海戦術でね」

エリス,「――ならば、我が軍を派遣しよう。数百人ほどでよければ、すぐにでも集めることができる」

#textbox ksi0110,name
柴田,「エリス様、ありがとうございます。となれば、大した無理難題でもありませんね。王の絶対命令を行使するほどではありません」

アタル,「そう言ってもらえれば助かるよ。それじゃ、よろしく」

アタル,「――というわけで、捜索開始」

エリス,「感謝します、アタル王。それにしても、このように人を操ることができたとは。少々驚きました」

アタル,「……え、そうかな?」

言われてみれば確かに、こんな風に人を使う発想は今までできなかった気がする。

王としての振る舞いが板についてきたと言われるのは、果たして喜んでいいのだろうか。

アタル,「ミルフィ、君は車で待ってて。王冠は絶対俺が探し出してみせる」

ミルフィ,「ぐしゅ……あたしも……探すよぅ……」

泣きはらして目を赤くしたミルフィが立ち上がる。

アタル,「ミルフィは女の子だし、イスリアからあずかっている要人なんだから。おとなしくしてるの、いいね?」

年端もいかない子供を諭すような説得。

ミルフィ,「……うん……」

素直にコクリと頷いたミルフィは車に乗り込む。

いつもの毅然としたミルフィならともかく、今のミルフィ(弱)だと逆に足手まといになりそうだからな。

たかだか王冠の有無で随分と性格が変わってしまうものだ。

――にしても、彼女の王冠が、母親からもらったものだというのは初耳だった。

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エリス,「では、アタル王、自分はあちらの方を捜索に――」

アタル,「あ、待って、エリスさん」

エリス,「何か?」

アタル,「王冠に触ると怒ったり、性格が変わる理由って、お母さんからもらったっていうことに関係しているのかな?」

隣を歩くエリスさんに問う。

#textbox Ker0160,name
エリス,「やはりそう思われますか」

アタル,「あれだけ露骨なら、さすがにね」

#textbox Ker0110,name
エリス,「さて、どこから話したものでしょうか……探しながら、自分の知る限りのことを、話させていただきましょう」

#textbox Ker0110,name
エリス,「ミルフィ様にとって、あの王冠は何物にも代え難い大切な宝なのです」

アタル,「うん、それはなんとなくわかる」

エリス,「姫様の王冠は、母君から受け継いだ無二の物でして」

アタル,「受け継いだ……お母さんは引退したってこと?」

#textbox Ker0140,name
エリス,「亡くなられたのですよ」

アタル,「……え……?」

#textbox Ker0160,name
エリス,「ミルフィ様がまだ物心ついて間もなく……幼い頃に流行り病で亡くなられている」

アタル,「……病気か……それならしょうがないな……」

エリス,「本当に突然のことで……ありとあらゆる医療技術の粋を尽くしたが、病の進行は止められなかったのだ」

言葉を失う。

アタル,「……そっか……」

そう呟き返す以外に、言葉が思いつかなかった。

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エリス,「王妃様は今際の際まで、大変気丈な方でいらっしゃいました。そんな王妃様の姿に我ら国民たちは励まされ続けてきた」

エリス,「当時のイスリアは王妃様のお力がとても大きかった。故に崩御なされた際に、イスリアを包んだ悲しみはただごとではなかった」

エリス,「混乱の内政……その隙を突いた近隣諸国の侵攻……王妃様が亡くなられて以後、姫様の父であるイスリア国王は悲しむ間もなく、大変ご多忙になられまして」

エリス,「姫様は国王にお会いすることもできず、王妃様を失った悲しみから自分の部屋に篭りきり、日々を過ごしてきた。その間の遊び相手は自分とテレビだけでした」

エリス,「また、部屋に篭っているその間、一番関心があったのがニッポンのアニメ――特にロボット物だったわけですが」

アタル,「――なるほど、それで俺なんかよりもニッポンのアニメに詳しいのか」

エリス,「姫様の心の傷は、時間と、ニッポンのアニメと、王妃様が残してくれた王冠が癒してくれた」

エリス,「あの王冠は王家の証である以上に、王妃様から姫様への唯一のプレゼントであり、姫様の家族との絆なのです」

エリス,「あの王冠を被ることで、亡き王妃様の思いが宿るのでしょう。強く、凛々しく、美しかった王妃様をなぞらえるかのように」

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エリス,「もっとも、威厳ある態度だけが先行してしまい、空回りなのが実情ではありますがね」

アタル,「はは……確かにね」

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エリス,「そんな姫様だからこそ、とってもとってもかわいらしいのですが……!」

アタル,「……今、なんと?」

#textbox Ker0160,name
エリス,「いえ、何も申しておりません」

アタル,「……そう? まー、だから、王冠を被っていない時は、反動であんな弱気になってしまうってことかな」

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エリス,「そういうことでしょう。学術や理論では説明できない力が、あの王冠にはあるのですよ」

エリス,「姫様は愛情に飢えていらっしゃる。しかし、哀しいかな、それは到底、自分のような一付き人では補い切れません」

エリス,「ああ見えて、姫様は寂しがり屋なのですよ」

わかってる。わかってるさ。

エリス,「アタル王、姫様に対し、家族のように接してはいただけませんか」

アタル,「家族……?」

エリス,「はい、分け隔てなく親身に接して頂ければ、と」

#textbox Ker0160,name
エリス,「同情を買うつもりはありませんが、姫様の気持ちを少しだけ汲んでくれると助かります」

アタル,「俺はミルフィの家族にはなれないよ。血が繋がっているわけじゃないし」

#textbox Ker0140,name
エリス,「そうですか」

アタル,「でも――友人だとは思ってる」

アタル,「家族みたい程とはいえないかもしれないけど、分け隔てなく、親身に付き合ってるつもりだよ。それじゃ、ダメかな」

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エリス,「…………」

アタル,「エリスさん?」

#textbox Ker0120,name
エリス,「いえ――ならば、それで結構です。姫様に代わって、礼を言わせていただきます」

アタル,「別にお礼を言われるようなことをしてるつもりはないけどね」

エリス,「謙虚なのですね、あなたは」

アタル,「そうかな? イスリアではどうか知らないけど、ニッポンじゃ普通のことだと思うよ」

#textbox Ker0180,name
エリス,「いえ、本当に――ご立派です」

エリスさんの口元が、わずかに緩んだ。

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エリス,「――さて、姫様の話はここまでです。本日の件、自分が話したということは、くれぐれもご内密に」

アタル,「了解です」

エリス,「では、アタル王、自分は改めて港の方を探してくるとします」

アタル,「お願いします。自分はこの辺をもうしばらく探しますよ」

…………

……

エリス,「アタル王……彼ならば――」

エリス,「聞こえるか、こちら、エリス・ラスコヴァン中尉。全イスリア兵に通達する――」

……

…………

沈みかけだった日は完全に海の彼方へと消えてしまい、辺りはすっかり暗くなっている。

だが、空を旋回するイスリア軍のヘリが、自分たちの足元を照らしてくれているおかげで、明るいままの捜索が続けられた。
ヘリのサーチライトに照らされている自分の姿は、まるで追っかけられている怪盗のような気分。

アニメの怪盗3世OPにそんな感じのシーンがあった気がする。全身黒づくめのタイツを着てればバッチリだな。

徒歩で自分が調べられた場所なんて、ほんの1、2km程度。

時間もある程度経過している。すでに誰かに持ち去られていたりしたらお手上げだ。

捜索開始から、およそ1時間が経過。車で待機しているミルフィも心配。

アタル,「……1回戻るか」

時間的には、キリのいいタイミングだ。

だいたい俺のヤマは『当たらない』んだ。

俺がやみくもに探したところで、見つかるはずが――

港に差しかかるその直前、視界の片隅にキラッと輝く何かが映りこんだ。

アタル,「えっ……!?」

ライトに照らされたその輝きに目を奪われる。

…………

……

アタル,「ミルフィー! あったぞー!」

王冠を落とさないよう、傷つけないように。

両手で包みこんで、俺はミルフィの待つ車へと向かう。

そこには既にエリスさんの姿もあった。

エリス,「どうしました、アタル王。もしかして、王冠を発見しましたか?」

アタル,「あ、ああ、あったぞ! なんで見落としていたのか、わからないようなところに転がってた!大した傷もついてないし、無事だぞ!」

ミルフィ,「ア、アタルぅ……!」

そう、王冠はあの場所に無造作に転がっていた。

何故、誰もが見つけられなかったのかわからないような場所に、ごく普通に、まるで『俺に見つけてもらいたがっていた』かのように。

エリス,「お手柄です、アタル王……お疲れ様でした。さ、アタル王から、姫様に手渡してあげてくださいませ」

アタル,「ああ、はい、ミルフィ。もう落としたりしないよう、気をつけるんだぞ?」

ミルフィ,「うんっ!」

俺は王冠をミルフィの頭へとかぶせた。

ミルフィ,「――やっぱりこれがないと落ち着かないわね」

王冠を被るや否や、口調と態度は、すっかりいつも通りのミルフィだ。自己暗示って凄い。

ミルフィ,「はぁ……恥ずかしいところ見せちゃったわね……」

どうやら性格が変わっていたからといって、記憶までが消えるわけではないらしい。

頬を染め、視線をそらして、照れ隠し。

ミルフィ,「アタル、このことはぴよぴよやセーラには絶対内緒よ?内緒だからね!? いいわね!?」

アタル,「ああ、約束する」

ミルフィ,「……ん、それならよし」

ミルフィ,「あたしのために、ありがと、エリ。それに……アタルもね」

エリス,「姫様……!」

アタル,「ミルフィ……」

ミルフィ,「こっ、こんなこと、滅多に言わないのよ!?今日だけはサービスよ、サービス!」

アタル,「それはそれは光栄でございます」

俺は恭しく、目の前のお姫様に頭を下げた。

…………

……

無事解決した俺たちは車に乗りこみ、王宮へ戻った。

アタル,「ただいま……うわっ!?」

ひよこ,「もーっ! アタルくん、帰ってくるの遅いよーっ!」

アタル,「あ、ごめん」

そういや、『遅くなるなら、連絡ちょうだい』って言われてたっけ。

セーラ,「アタル様、私はもう心配で、心配で……!」

帰ってきた瞬間、出迎えてくれたヒヨとセーラさんに怒鳴られたりしたのである。

……

…………

1日の汗と老廃物を全て流し尽くした風呂上がり。

快適なお風呂タイムを誰にも邪魔されることなく過ごし、鼻歌交じりに部屋に戻ろうとした俺は。

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「アタル」

部屋のドアノブを握ったところで、ミルフィに呼び止められた。

アタル,「ん? ミルフィ、風呂なら今、空いたぞ?入ってくればいいんじゃないか。今日は疲れたろ」

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ミルフィ,「そ、そうじゃないんだけど……あ、ううん、お風呂には入るし、確かに疲れたんだけど……えっと……」

アタル,「どうした、随分と歯切れが悪いな。今は王冠だって被ってるのに」

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ミルフィ,「あ……その王冠のことなんだけど、えっと、あの……」

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ミルフィ,「アタルなら、あたしの王冠に……触っても、いいから、ね……?」

まるでそれは、愛の告白をしたかのように。

ミルフィの顔は真っ赤に染まっていた。

アタル,「え、夕方はあんなに怒られたのに? いいのか?」

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「うん、まぁ、もうあれだけ触られちゃったし……」

ミルフィの元に持って行く時に、ベタベタ触っちゃってたし、俺の手からミルフィに戴冠したくらいだ。確かに今更といえば今更。

アタル,「ああ……ごめん、あんまり綺麗な手じゃなかったな」

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ミルフィ,「ち、違うの、そういうつもりで言ったわけじゃなくて。その……えっと……」

アタル,「……?」

どうも要領を得ない。

#textbox Kmi02A0,name
ミルフィ,「……アタルだけ、特別……あたしの伴侶になるかもしれないんだし……それって、つまり、家族ってことだし……」

アタル,「ん? よく聞こえないんだけど?」

#textbox Kmi0230,name
ミルフィ,「こんなこと何回も言えるわけないでしょっ!察しなさいよッ!」

アタル,「えっ、何を!? なんで俺、怒られてるの!?」

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「もう……ほら、アタル……ん……」

ミルフィはズイッと俺に向けて頭を差し出す。

えっと、これは……撫でろってことなのかな?

おそるおそるミルフィの頭へと手を伸ばす。

ふわっと柔らかいミルフィの髪。

ミルフィ,「ん……ぁ……んっ……」

ニッポン人とは髪質がまるで違うのだろうか。その感触は、まるでシルクのようで。

俺が髪を撫でているのではなく、俺の指がミルフィの髪に撫でられているような錯覚にさえ陥る。

ミルフィ,「ちょっ、ア、アタル……髪じゃなくて、王冠に触ってもいいって意味だったのに……」

アタル,「あ、そうだったの……?」

ミルフィ,「別にどっちでもいいわよ……アタルに撫でられるの、ちょっと気持ちよかったし……」

アタル,「え?」

#textbox Kmi0260,name
ミルフィ,「お、おやすみ、アタル! また明日!」

アタル,「お、おぅ? おやすみ……」

ぱたぱたと足音を鳴らし、ミルフィは風呂場へと向かう。

ほんの少しだけ、ミルフィと仲良くなれたような気がする1日だったわけだけれども。

――同様に、いろんな違和感の残った1日だった。

ベッドに転がり、天井を見上げて、そんなことを思う。

違和感はもちろん、王冠の紛失とその捜索について。

紛失から発見までの流れに、釈然としないものを感じる。

俺が王冠を見つけた場所を、エリスさんは間違いなく探していたはずだ。

俺ですら簡単に見つけられた、無造作に落ちている王冠に、鋭敏な感覚を持ったエリスさんが気づかないことなんてあるのか……?

まぁ……リモコンをなくしたりするような人らしいし、エリスさんも、人間ってことなのか……?

まぁ、いいや、もう済んだことだ。あの捜索は存外に疲れた。

風呂上がりの身体は一刻も早い睡眠を求めていた。

明日も早いことだし――おやすみ。

…………

……

アサリ,「こんばんわですよー、エリスさーん。お散歩ですかー?」

エリス,「……アサリ」

アサリ,「今日はお疲れ様でしたー。どうやらアタルさんは気づかれてないようですが、随分と大変な一芝居でしたねー」

エリス,「そのようだな」

アサリ,「そもそも王冠はミルフィさんの頭上から落ちておらず、歩道橋でエリスさん自身が奪い、隠し持った――」

アサリ,「遠目からでしたけど、見事な手際でしたよー。アレにはアタルさんやミルフィさんでは気づかないでしょうねー」

エリス,「世辞はいらない。どういうつもりだ。今日の一連の出来事は、自分が仕組んだものだということを、アタル王に報告するつもりか?」

アサリ,「いえいえー、そんな無粋な真似はしませんよー」

アサリ,「ただ、アサリが見ていたことをお伝えしたかっただけですー。鈍感な婚約者に苦労してる仲じゃないですかー」

エリス,「自分は貴君と馴れ合うつもりはないのだがな」

アサリ,「あはー、アサリは誰とも馴れ合ってるつもりはありませんがー」

エリス,「食えないヤツだ……」

アサリ,「ニッポンじゃ猫を食べる風習はないみたいですからねー」

アサリ,「ですが、本当にあの王冠が他の誰かに拾われていたら、どうするつもりだったんですかー?何でもイレギュラーは起こるものでしょー」

エリス,「姫様の王冠には発信機を取りつけてある。いざ紛失したとしても、すぐに発見できる」

アサリ,「なるほどー、ぬかりなし、ですねー。まさに茶番だったわけですー」

エリス,「機を見て、誰にでも見つけられるような場所に置いたつもりだったのだがな……存外に時間がかかってしまった」

アサリ,「あー、アレはじれったかったですねー。思わずアタルさんに教えてあげたくなっちゃいましたよー」

アサリ,「見つけるまでにアレだけ時間がかかっちゃったのは、アタルさんの鈍さ――『当たらなさ』故といったところなんでしょうねー」

エリス,「……あの鈍さならば、アタル王は気づいていないのだろうな……」

アサリ,「アタルさんは気づいてないんでしょねー」

エリス,「血の繋がらない者同士が家族になる方法がある――」

アサリ,「――それが、散々話してる『結婚』なんですけどねー」

エリス,「自分はミルフィ様がアタル王と結ばれるためには、いかなる手段も問わない」

アサリ,「アサリもセーラさんをアタルさんとくっつけるよう頑張りますよー。お仕事ですからねー」

エリス,「貴君も主のため、もう少し頑張ってはどうなのだ?」

アサリ,「アサリはあなたのように、お姫様に病的に惚れ込んでいるわけではないのですよー。あくまでお仕事なのですよ」

エリス,「ビジネス」

アサリ,「ええ、ビジネスですー。割り切った関係、ですねー」

アサリ,「まー、そういうことですのでー。エリスさん、おやすみなさいませー」

エリス,「……おやすみだ――消えたか」

エリス,「まったく、食えないヤツだよ、アリサ・アーサリー。それにしても――」

エリス,「はぁぁ……久しぶりの王冠をつけてない姫様……やっぱり可愛かったぁ……♪」

…………

……

なお、今回の捜索経費は、後ほど全額イスリア国の軍事予算から支払われたのは、別に言うまでもない余談である。

担任,「――というわけで、来週からは期末テストだ。帰ってからも勉強に励むようにな」

ブーブーと、クラス中から不平不満のブーイングが巻き起こる。

雨が降ろうが槍が降ろうが、年5回必ずおこなわれる、学園で最も嫌われるイベント、定期テストが迫っていた。

ひよこ,「そっかー、もうそんな時期なんだね」

ミルフィ,「あたしたちもテスト受けるのー?」

アタル,「この学園の学生なんだから、当然だろ?」

ミルフィ,「えー、面倒……別にやらなくてもいいじゃない」

アタル,「通っている以上は、学園のルールに従わないとな」

ミルフィ,「ぷぅ」

ミルフィは頬を膨らませて、机に突っ伏す。

男子学生,「なぁ、アタル、今回のテスト、どの辺が出ると思う?とりあえず、歴史!」

アタル,「……またそれかよ。歴史なら……そうだな、この辺、P.67~75あたりじゃないのか?」

男子学生,「よーっし、みんな朗報だ!歴史の67~75ページの間は『出ない』!」

男子学生,「マジで? ラッキー、俺、平安時代って苦手なんだよ」

#textbox Kse01B0,name
セーラ,「……えっ? どういうことですか?今、アタル様は『出る』場所を言ったんですよね?」

アタル,「……俺のヤマは『当たらない』んだ」

テスト前恒例『国枝アタルのテスト予報』。

俺の予期した場所は出ない。命中確率0%。

気象予報士だけにはなれないと思った。

冗談ではなく、それが現実に起こっているから笑えず、クラスメイトはそのおかげで助かっているようだが、俺には何のメリットもない。
そして、一方。

女子学生,「続きまして、ひよこのテスト予報!国語はどこが出ると思う?」

#textbox Khi0130,name
ひよこ,「国語……うーん……今回の範囲だと『シーソー』かな。なんとなく、なんとなくそう思うだけだよ?」

女子学生,「ひよこ予報『シーソー』入りましたー。さんきゅ!」

『西御門ひよこのテスト予報』の的中率は100%を誇る。

この2つが組み合わされば、攻撃力2倍。

これを熟知しているクラスメイト情報により、前回の中間テスト、ウチのクラスの平均点は、同学年内でトップであった。
当然といえば当然ながら、情けないことに、予報士である俺はあまり成績が芳しくなく、クラス平均を下げていたりする。
勉強した場所が片っ端からハズれるのだから、おかげさまで、俺は毎度毎度、試験範囲を端から端まで満遍なく勉強する羽目になるのである。

これでは効率もあまりよろしくない。

#textbox Kmi0110,name
ミルフィ,「つまり――アタルはあんまり成績よくないわけね?」

アタル,「お恥ずかしながら」

#textbox Kmi0120,name
ミルフィ,「一国の王が劣等生じゃ困るわよね。それにあたしの夫が愚王と誹られるのもちょっと勘弁だわ」

物語だとバカな王様ってのもよくいるけどな。

……でも、そういう王様って大抵、大臣に全実権を握られたりしていて、形だけの傀儡だったりする。

自分がそうでありたくはないな。

#textbox Kmi0190,name
ミルフィ,「了解! 今回はあたしがアタルにみっちり勉強教えてあげるわ!」

アタル,「……ミルフィが?」

#textbox Kmi0170,name
ミルフィ,「何よ、その不満そうな顔」

アタル,「え、いや、さっき、テストなんて面倒だって言ってたじゃないか?」

#textbox Kmi0110,name
ミルフィ,「そりゃ面倒よ? 勉強なんてしないで、日がな1日、アニメ見て過ごしてたいもの」

すげぇ発言、入りましたー。なに、この子、ニートなの? ニート姫なの?

あ、でも、昔、お母さんを亡くした後は、まさにそんな感じだったんだっけか……?

#textbox Kmi0190,name
ミルフィ,「見ての通り、あたしは頭脳明晰なんだから。任せなさい!」

見ての通り、ねぇ。

ひよこ,「ミルフィさん、それならみんなで勉強会しない?」

セーラ,「まぁ、それはいい考えです~。私はテストに自信がありませんので、教えていただければ助かります~」

ミルフィ,「え~……? なんで敵に塩を送らないといけないのよ……」

ミルフィは露骨に嫌そうな顔をする。

アタル,「まぁ、そういうなよ。俺1人に教えるんなら、みんなに教えてもあんまり変わらないだろ。みんなでやった方が効率も良くなるんじゃないか?」

ミルフィ,「確かに1人でも人数が増えても、あたしの苦労はあまり変わらないけど……効率はどうかしらね?」

ひよこ,「とにかく、決まり決まりだねっ。みんなで勉強会っ!」

セーラ,「うふふっ、楽しそうです~♪」

ミルフィ,「ちょ、別に遊ぶわけじゃないのよ?ったく……真面目にやる気あるのかしら?」

アタル,「はは……ハッ!?」

凄まじい怨念のようなモノを背に感じ、振り返る。

男子学生,「姫様たちと、夜の勉強会だと……!」

男子学生,「くそっ……! 俺は今ほど呪いで人を殺せたらと思ったことはない……!」

黒いオーラがそこら中で立ち上っているのが見えたが。

嫉妬の炎で妬かれるのも、そろそろ慣れっこです。

…………

……

そんなわけで、俺の部屋に集まっての勉強会である。

#textbox Kmi0210,name
教鞭を取るのはミルフィ。

自信満々だけど、ミルフィに任せていいんだろうか。

#textbox Kmi0260,name
ミルフィ,「ぴよぴよ?今回のテスト範囲の予想箇所を教えてくれる?」

ひよこ,「えー……うーん、数学はこの辺りかなぁ……化学はこの化学式とかが怪しいかなぁって思うけど……勘だよ?」

ミルフィ,「勘でOKよ。みんなが言ってたぴよぴよの並外れた勘、利用しない手はないわ」

アタル,「そうなのか……俺はむしろ、こっちの方が……」

ミルフィ,「アタルは余計なこと言わないっ! あんたが何か言うたびに、覚えることが増えちゃうんだから!」

アタル,「……ひどい」

セーラ,「よしよ~し、アタル様、泣かないでくださいね~」

セーラさんの手に慰められる。

ミルフィ,「国語、数学、理科、社会、英語……そうね、数学と英語はあたしに任せて。国語はニッポン人のぴよぴよ、あんたに任せるわ」

ひよこ,「え、私でいいの?」

ミルフィ,「付け焼刃のあたしより、ぴよぴよの方が適任でしょ」

ミルフィ,「英語はあたしの母国語だしね。残りの理科と社会は、彼女たちに任せるわ」

アタル,「彼女たち?」

アサリ,「どもー、理科の特別講師、アサリですよー」

エリス,「社会は自分がお教えします」

ひよこ,「アサリさんとエリスさんが?」

アサリ,「おやー、ひよこさんはご不満ですかー?」

ひよこ,「いえ、不満っていうわけではないですけど……大丈夫なのかなーって」

アサリ,「ふふー、アサリも見くびられたものですねー。アサリは理科のエキスパートなのですよー」

アサリ,「生物の肉体構造を知らないと、このお仕事は勤まらないのですよー。生物・化学は毒物の宝庫ですしねー。何mgで人体に影響――」

アタル,「……わかった、もういい。アサリさんが理科に詳しいことはよくわかりました。で、エリスさんは?」

エリス,「歴史と政治は自分にお任せください。人類の歴史は、戦争と政治が紡いでいます。自分以上の適任はいないでしょう」

あ、それはなんか納得。

エリス,「化学も多少は心得ております。爆発物の調合――」

アタル,「それはいいです!それじゃ、今日から1週間お願いします」

エリス,「了解しました」

アサリ,「確かに任されましたよー」

…………

……

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「多項式の除法って、要は単なる割り算よ。式自体は、小学校の時に習ってるでしょ?」

#textbox Kmi0260,name
ミルフィ,「当てはめて、上から順番に詰めていくだけ。ほら、ここに2Xを入れれば、頭のは消えるじゃない?」

アタル,「あ……これで頭のXの2乗が消えて、残りが3X-4……ここに3を入れて、余りが7か。解けた!」

#textbox Kmi0290,name
ミルフィ,「そうそう、よくできました。乗数が3になっても4になっても、おんなじよ。ポカミスさえしなければ解けるわ」

セーラ,「まぁ……ミルフィさん、頭いいんですね~」

ミルフィ,「このくらい常識だってば、常識。毎日、授業受けてるんでしょ?」

アタル,「受けてるけどさ……テストは面倒とか言ってたわりに、ほぼ完璧じゃないのか?」

ミルフィ,「面倒よ? でも、できるのと面倒なのは別物なの」

ミルフィ,「でも、こんな初歩からつまずいてるのね。ちょっと先が思いやられそうだわ。もっとビシビシ行くから覚悟しなさいよっ!」

セーラ,「お、お手柔らかにお願いします~」

ミルフィ,「とりあえず、セーラは胸に回ってる栄養を、脳に回しなさいよ。ちょっとくらい縮んでもいいでしょ?」

セーラ,「まぁっ、ひどいです~!ミルフィさんには負けませんからねっ!」

ミルフィ,「ふふーん、悔しかったら、あたしを負かしてみせなさい♪」

アタル,「おいおいこらこら、ふたりとも……」

セーラ,「ミルフィさんに絶対負けないお勉強もあるのですけど、残念ながら、学園の科目にはないみたいですから~……」

ミルフィ,「……? あたしに絶対負けない科目? なにそれ」

セーラ,「保健体育の実技でしたら、手取り足取りマンツーマンでお教えできるのですけど……ね、アタル様~♪」

アタル,「あぁ、なるほどね……って、ぅえぇえぇっ!?」

ミルフィ,「ちょおっ!? そんなハレンチなテスト、あるわけないでしょ!」

…………

……

またある日は、エリス先生の社会授業。

#textbox Ker0110,name
エリス,「ニッポン王国に王政がしかれるようになり早200年。その間にも、各国の間で様々な戦争が生じたわけですが」

エリスさんの戦争――否、歴史講義。

#textbox Ker0160,name
エリス,「ニッポンの軍略には異を唱えたいですね。電撃作戦を仕掛けるにしても、もっと別の方法があったはずなのです」

#textbox Ker0110,name
エリス,「だいたいあの程度の戦力で、大国に挑もうというのが愚かしいとしか言えません。あのような決着を待たずして、敗北は見えていたというのに――」

アタル,「あの……そこはテストに出るんですかね……?」

講義の間、使用された武器やら戦略やら自分ならこうしたやら、テストにはまるで必要のない情報も加わりつつ。

…………

また別の日は、アサリ先生の理科授業。

#textbox Kas0120,name
アサリ,「はい、この時に発生するのがCO、いうまでもなく、一酸化炭素ですねー。酸素が不十分な環境での燃焼、つまり、不完全燃焼の際に発生しますー」

#textbox Kas0180,name
アサリ,「一酸化炭素は無味・無臭なのに、大変強い毒性があるんですよー。気をつけてくださいねー」

アサリ,「一酸化炭素と血液中のヘモグロビンはとても仲良しで、その結びつきは酸素の200~300倍と言われていますー」

#textbox Kas0120,name
アサリ,「だから、ちょっとの量でも一酸化炭素を身体に吸い込むと、酸素を運ぶ量が減って、酸素欠乏状態になって、ひどいと死んじゃうんですねー。怖いですねー」

アタル,「……なんか活き活きしてませんか、アサリさん」

#textbox Kas0180,name
アサリ,「寒い時期、皆さんはくれぐれも暖房の消し忘れには気をつけてくださいねー。アサリ先生との約束ですよー」

ミルフィ,「寒い時期って……こっちは、これから夏よ?」

ひよこ,「アサリ先生、誰と喋っているんですか?」

アサリさんの毒物――否、化学式講義。

他にも具体的な調合方法や使用する際、何に混ぜれば気づかれにくいか等、今後活用することはないと思われる知識も叩き込まれた。

そんな必要以上の雑談を交えているからこそ、印象深くなり、楽しんで覚えられている節もある。

#textbox Ker0110,name
エリス,「――では、一旦休憩を入れましょうか」

セーラ,「ふぅ~、やっと一息入れられます~」

ひよこ,「それじゃ、私は紅茶を入れてきますねー」

ミルフィ,「待ってました! それじゃ、あたしも買ってきたドーナツを出すわ!」

アタル,「……それって……手作りじゃないんだよね?」

ミルフィ,「違うわよ。買ってきたって言ったでしょ?またそんなに、あたしの手作りドーナツ食べたいの?」

アタル,「いえいえいえ、また今度の機会で!」

ミルフィ,「そ? それじゃ、また今度作ってあげるから、楽しみにしてて」

アタル,「ワ、ワァイ、ウレシイナァー?」

#textbox Ker0110,name
エリス,「それにしても――こういっては失礼ですが、アタル王は存外、物覚えがよろしくて助かります」

アタル,「エリスさんやミルフィの教え方がうまいからですよ。ありがとうございます」

#textbox Ker0160,name
エリス,「自分は姫様の命令に従っているまでですよ。礼には及びません」

#textbox Ker0110,name
エリス,「むしろ、自分の方からアタル王にお礼を申し上げたい」

アタル,「俺に?」

#textbox Ker0120,name
エリス,「ええ、ここに来てからの姫様は大変明るくなられました」

アタル,「明るくっていうか……どうにも振り回されてばっかりな感じだけどね」

#textbox Ker0180,name
エリス,「アタル王にはお気づきになれないと思いますが、イスリアにいた時とは見違えるようですよ。さらに可愛くなられて……自分はもう……!」

出会った時との違いがわからない。彼女の細かい機微がわかるのは、エリスさんならではなんだろう。

アタル,「っと……ちょっとトイレ行ってくる」

#textbox Ker0110,name
エリス,「いってらっしゃいませ。ごゆっくり」

…………

…………

アタル,「ふぅ、さっぱりさっぱり……お?」

用を足して戻る最中、廊下で柴田さんとすれ違った。

#textbox Ksi0110,name
柴田,「お疲れ様です、アタル王。勉学に励まれているようで何よりです」

アタル,「はは、ミルフィやみんなに助けられてばかりだけどね」

柴田,「ところでアタル王、このような場合でも、王の権力を行使することができますよ」

アタル,「こんな場合?」

#textbox Ksi0180,name
柴田,「例えば、テストをなくすなんてこともできるわけです」

アタル,「あー……なるほどね……でも、それは……ずるいだろ。公私混同だ」

アタル,「みんなが頑張ってるのに、こんなところで権力を使って、逃げるわけには行かないよ。テストくらい、ちゃんと受けるさ」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「言ってみただけ、ですよ。その心がけ、ご立派です」

言い残して、柴田さんは立ち去る。

さて、明日の本番に向けて、ラストスパートだ!

…………

……

そして、翌日――テスト当日を迎える。

よし、解ける。解ける!

ここはミルフィに教えてもらった問題。そこはアサリさんが具体例を交えて、懇切丁寧に教えてくれた問題。
どこぞの赤ペン先生に教わった学生の如く、俺の答案はスラスラと埋まっていった。

テスト終了のチャイムが鳴り響き。

アタル,「……っふぅー! 終わった!」

これにて、全テスト終了!

セーラ,「アタル様、お疲れ様です」

ミルフィ,「どんな感じ? 勉強の成果は出たかしら」

アタル,「今までで一番手ごたえを感じたかな。ミルフィたちのおかげだよ、ありがとう」

ミルフィ,「ま、このあたしが見てあげてるんだもの。いい結果が出て、当然よね」

…………

……

後日、テスト返却がおこなわれて。

俺のテストに赤点はないどころか、今までで屈指の良い結果を叩き出せた。

で、後日、結果発表がなされたのだが。

ひよこ,「えへへー……なんかすっごい得点取れちゃった」

アタル,「……すげぇ、100点って実在するんだな」

ヤマが命中しまくったあげく、学力を身に付けたヒヨは鬼に金棒。見事、学年トップ3へと食い込んだのである。

そんなトップ3の面々の名前の中に――

アタル,「……あれ? ミルフィの名前が上位にないな?」

あれだけ頭脳明晰と自画自賛していたのに。いや、教えてくれてる時の様子からすれば、学年トップクラスに食い込んでいておかしくないはずだったのに。

ミルフィ,「社会のテストの解答欄、ひとつずれてたのよ……」

アタル,「……あ~……」

なんとも言い難い、息を漏らす俺。

そんな時、ミルフィにかけてあげる言葉を、俺は持ち合わせていなかったのであった。

…………

……

#textbox Ksi0110,name
柴田,「テストお疲れ様でした、アタル王」

目の前にコーヒーが置かれる。

アタル,「ありがとう、柴田さん」

ズズッと1口すする。苦味と香ばしさが心地いい。

柴田,「ご提案がございます、アタル王」

#textbox Ksi0180,name
柴田,「テスト完了記念としまして、些細なご褒美ではありますが、アタル王にプレゼントを用意しておきました」

アタル,「プレゼント?」

ピッと目の前に突き出された柴田さんの指に挟まれているのは。

アタル,「……これはチケット?」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「ええ、遊園地のチケットでございます。人数は無制限、何名でも連れて行くことができます」

柴田,「テスト後の振り替え休日、せっかくですから、仕事も学業も忘れ、ハメをはずされてはいかがかと思いまして」

遊園地なんて何年足を運んでないだろう。昔、ヒヨや家族と行ったっきりじゃなかったかな。

アタル,「そうだね。それじゃ、お言葉に甘えて、みんなで行ってくるかな」

#textbox Ksi0150,name
柴田,「『みんな』もよろしいですが、アタル王、もうじき期日の1ヵ月となります」

#textbox Ksi0110,name
柴田,「特定の『誰か』をお連れするのをお薦め致しますよ」

アタル,「……そうだね」

そう、婚約者決定までの期限は間近に迫っていたのだ。

…………

……

女の子を選択して下さい。
[ひよこ必須フラグ=1]{
[ひよこ必須フラグ=0]{
def_selmes 女の子を選択して下さい。
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ひよこ,「わぁい、着いたねっ」

家族連れ、カップル、友達同士。一般客もごった返す遊園地。

そんな只中に、俺とヒヨはいた。

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「アタルくんが遊園地に誘ってくれるとは思わなかったよー」

アタル,「ま、たまにはな」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「でも、王様なのに大丈夫なの? 誰かに見つかっちゃわない? 柴田さんには何か言われなかったの?」

アタル,「大丈夫だろ。木を隠すには森の中ってな。逆にこんなところに、王様がお付きも護衛も連れずにいるなんて思わないって」

アタル,「なんたって、俺には偉そうな王様オーラなんてちっとも出てないからな!」

帽子をかぶったり、多少の変装をしているとはいえ、実際、さっきからすれ違う人たちが、俺に気づいた様子はない。

街中で芸能人にすれ違ったって、案外気づかないものだ。

だいたい、遊園地なんて場所じゃ、みんな自分が楽しむのに一生懸命で、周りの人なんて見ちゃいないからな。

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「もう、偉そうに言うことじゃないよー、あはは」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「それにアタルくんは忘れてるのかな? 私はアタルくんのお付きのメイドさんだよ?」

アタル,「今日はそういうのはなし。今日の俺とヒヨは、王様とメイドじゃない。ただの鷹羽学園に通う2人の学生だ」

アタル,「だから、遊園地を貸切になんてしないで、ごく普通に、一般人として遊びに来たんだからさ」

アタル,「ま、それも最後、なんだけどな」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「え……最後……?」

アタル,「あ、いや、気にしないでいいんだ」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「……?」

アタル,「よし、まずは何から乗るか!」

#textbox Khi0250,name
ひよこ,「うーん……まずはジェットコースターからかなっ」

アタル,「うぉ……最初からトバすなぁ……始めはもっと軽いものでもいいだろうに……」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「だって、一番人気なんだよっ。どのくらい並ぶのかわからないし、ここに来たからには乗っておかなくちゃだし……」

アタル,「……よし、覚悟は決めた! 行こう!」

さすがに定番で、メインで、人気のアトラクション、ジェットコースター。

アタル,「いきなり1時間待ちかー……ま、そんなもんだよな」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「うんうん、そんなもんそんなもん。でも、1時間なんてお話してたら、あっという間だよー」

アタル,「だな」

そう、俺とヒヨの間には、今まで蓄積してきた長い年月がある。

ひよこ,「遊園地、小さい頃に家族で来たことあったよねー」

アタル,「ああ、そうだったな。あの時はお互いの家族と一緒だったっけ」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「うんうん、あの時、アタルくんが迷子になっちゃって、大変だったんだよねー」

アタル,「え、そうだったっけ?」

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「そうだよー、もう、アタルくんはなんでも忘れちゃうんだから。忘れんぼさんだ」

コツンとおでこにチョップ。

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「ここのジェットコースターに並んだ時、アタルくんがトイレに行きたいーっていうから抜け出したんだよ」

アタル,「え、あ、あー……思い出した!やめ、そこまででいい!」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「えへへー、ダメだよー、ぜーんぶ思い出させちゃうんだから」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「せっかく順番が来たのに、アタルくんってば全然戻ってこなくて、迷子放送もしてもらったのに、全然見つからなくて」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「やーっと見つけたと思ったら、ゲームコーナーのドライブゲームの椅子で寝ちゃってるんだもん」

アタル,「あ、ははー……面目ない。あの時、起こしてくれたのは、ヒヨだったよな」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「うん、なんとなーく、アタルくんがそこにいるかなーって思ったら、いたんだよね。不思議なんだけど」

アタル,「今思えば、あの頃から勘が良かったんだな」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「……でも、アタルくんを見つけた後は、ふたりして迷子になっちゃったんだけどね」

アタル,「あ、そうだそうだ。係員のお姉さんのところに、泣いてるヒヨの手引っ張っていった覚えがあるぞ」

#textbox Khi0240,name
ひよこ,「わー! わー! なんでそういうところは簡単に思い出しちゃうのかなぁっ!」

アタル,「まだケータイも持たせてもらってない頃だったもんな」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「そうだよね、随分、前のことだよね」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「ふふっ、アタルくんとこうしてゆっくりお話するのって久しぶりだから、なんだか嬉しいな」

アタル,「だな。最近は必ず誰かが傍にいたし……裏庭で散歩しながら、話した時くらいか」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「だね。あの時も最後はミルフィさんとセーラさん――むぐっ……え、えーと、2人に会っちゃったしね」

国家クラスの重要人物の名を出すのははばかれたためか、ヒヨは咄嗟に口を閉じた。

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「でも、今日のデー……」

アタル,「デー?」

#textbox Khi0240,name
ひよこ,「じゃ、じゃなくて! 違くて! えっとえっと、お、おデーかけは、本当に2人に内緒で大丈夫だったのかな?」

アタル,「大丈夫だ、問題ない」

……

…………

アタル,「――柴田さんから遊園地のチケットをもらったんだけどさ。行かないか?」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「遊園地……? わぁ、楽しそうだねっ」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「でも、なんでこっそり教えてくれるの? さっきご飯食べてる時にいえば良かったのに」

アタル,「ミルフィとセーラさんには秘密なんだ」

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「秘密……?」

アタル,「2人には内緒。俺とヒヨだけだ」

#textbox Khi0390,name
ひよこ,「え……そ、そうなんだ……」

アタル,「今度の土曜日、ここからみんなに気づかれずに出る方法はちゃんと手配する」

アタル,「出る時や準備をする時は、絶対にミルフィやセーラさん……いや、勘の鋭いエリスさんやアサリさんに悟られないようにな」

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「う、うん……気をつける」

アタル,「それで口頭で伝えるのは今日だけだ。いつどこで聞かれるかわからないからな。あとは全部、自分の部屋に誰もいないことを確認して、メールで連絡し合う。OK?」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「う、うん……えへへ、スパイみたい。なんだかドキドキするね」

アタル,「他の誰かに気づかれた時点で、このミッションは失敗だからな。気をつけるんだぞ?」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「はい、かしこまりました、王様っ♪」

…………

……

このことを伝えた後から、ヒヨの行動がやや浮き足立って見えたような気がしなくもなかったが……まぁ、大丈夫だったのだろう。

実際、今、こうして、俺とヒヨは柴田さんの手引きで無事に遊園地へと辿り着いているのだから。

アタル,「ヒヨに大事な話があるからさ。ふたりっきりが良かったんだ」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「え、えっ、大事な話……?」

アタル,「ああ、まだここじゃ言えないんだけど……」

#textbox Khi0250,name
ひよこ,「そうなんだ……?なんだろう、気になるなぁ……」

アタル,「後で必ず言うよ……あ、次、俺たちの番だな。いやー、久しぶりだから、ドキドキするなぁ」

#textbox Khi0240,name
ひよこ,「そ、そうだね、私も今からドキドキだよー」

#textbox Khi0250,name
ひよこ,「これってデート……だよね。アタルくんとふたりっきりなんだもんね……♪」

…………

……

セーラ,「アタル様~? どこにいらっしゃるのでしょう……」

ミルフィ,「アタルー? おかしいわね……部屋にもいないわ」

#textbox Kmi0290,name
ミルフィ,「ハッ!? もしかして、ふたりでどこかに……!?」

エリス,「そう考えるのが、妥当かと思われますね」

……

ミルフィ,「――あっ、柴田。アタルとぴよぴよが見当たらないんだけど、どこに行ったか知らない?」

柴田,「いえ、存じませんね。仮に知っていたとしても、お教えできません」

ミルフィ,「? なによ、それ……まぁ、いいわ。わかった。あたしたち、2人を探しに行くから」

柴田,「申し訳ありませんが、今の時間は、皆様を王宮外に出すことはできません。必要なモノがありましたら、コチラで用意いたします」

ミルフィ,「それは……もしかして、アタルの命令なのかしら?」

柴田,「その問いにはお答えできかねます」

ミルフィ,「ふぅん?『沈黙は肯定』ってね。黙ってればなんでも通ると思ったら大間違いよ?」

セーラ,「頼りのアサリさんも、またたび酒で潰れちゃってます~……」

アサリ,「ふにゃ~ん……ゴロゴロゴロ……もう飲めないですよー……♪」

エリス,「真昼間から酒に溺れるとは……護衛の風上にもおけませんね」

#textbox Kmi0230,name
ミルフィ,「ったく……どういうつもりよ、アタル。帰ってきたら、絶対にしばいてやるんだから!」

…………

……

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「あはははっ、楽しかったねー!」

アタル,「はぁ、はぁっ……! ヒ、ヒヨ、よく平気だったな!」

さっきの昔話のジェットコースターに並んだのに、途中で逃げ出したのは、ジェットコースターが怖かったからだ。

あんな人知を超えたスピードの乗り物に、身体むき出しで風を受けて乗るだなんて、考えられん。

ひよこ,「えー、なんで? 気持ち良かったよー」

アタル,「ほら、毎年、そこかしこで事故があったりするじゃん。絶対安全なんかじゃないじゃん」

そんな余計なことを考えてしまうから、余計に怖さが増すんだろうけど。

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「そんなこと言ったら、車とか船の方がもっと危険だと思うけどなぁ」

#textbox Khi0250,name
ひよこ,「交通事故なんて毎日起きてるんだし、船なんて海に投げ出されちゃったりしたら大変だよー」

アタル,「ぬぅ、それを言われると弱いな」

アタル,「――じゃ、次はあっちのボートに行ってみるか。きっと楽しいぞぉ!」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「えー! 今の話からボートに乗るなんて、アタルくん、イジワルだぁ!」

…………

……

さすがは休日の遊園地、2つ3つ乗ったら、すっかりお昼時だ。

俺たちは園内のレストランへ入る。

昼飯時だっただけに多少待たされたが、程なくして席へと案内されて。

トマトソースと魚介たっぷりスパゲッティ(大盛)を、ひとつだけ注文した。

たまたまヒヨの希望と俺の希望がかぶったので、取り分ければいいか、という判断。無駄に頼んで、金をドブに捨てる必要はない。

ひよこ,「わー、めいっぱいだねー!」

アタル,「ちょっと多すぎたな……なんだよ、これ、チャレンジメニューか……?」

ウェイトレスさんが『当店の大盛りはガチで大盛りですけど大丈夫ですかー?』とは言っていたが、よもやこれほどの量とは。

ひよこ,「でも、大丈夫だよ! 食べ盛りの2人なら、きっとこのくらい制覇できるよっ!」

ひよこ,「いっただきまーす♪」

満面の笑みを浮かべて、スパゲッティを巻き取る。

俺もまたくるくるっと山の下の方からスパゲッティを巻き取り、口へと運ぶ。

うん、芯が微妙に残ったアルデンテ。いい茹で加減だ。

魚介の旨味もじっくり出ていて、遊園地のレストランだからたかが知れてるかと思ったけど、うん、これはかなり美味しいな。

……なんだ、俺、美食家気取りか? ちょっと前までは、食べれれば味なんてそこまで気にしなかったけど、ここ1ヵ月で無駄に舌が肥えたか。

ひよこ,「わぁ、美味しーい♪」

味に関しては、ヒヨも俺と同意見らしい。

まぁ、ヒヨの料理を食って育ってきた俺だ。味覚が似通うのも当然かもしれない。

俺よりも早いペースで、スパッゲティを食べていくヒヨ。

アタル,「なんかこう……山が徐々に崩れていくのは、棒倒しゲームみたいだな?」

ひよこ,「あ、砂場でやったことあるよねー」

アタル,「一番上に、ニッポンの国旗でも刺さっていたら、まさにそんな感じだな」

ひよこ,「そうだねー。でも、食べ物で遊んじゃダメ。感謝しながら食べないといけないんだよー」

ひよこ,「あー、美味しいなー♪ 美味しいなー♪」

ニコニコ笑いながら、スパゲッティの山を切り崩していくヒヨが、俺の目に妙に可愛く写った。

だが、可愛いからこそ、いぢめたくなってしまう。

アタル,「炭水化物の取りすぎは太るんだぞー?」

ひよこ,「う……そうだけど、でもでも、パスタの炭水化物はあんまり太らないんだよ! ごはんに比べたら、ヘルシーなんだからっ!」

アタル,「いや、だからといって、この量は……ヒヨがぷよぷよになっちゃったら、さぞやいいフォアグラが取れるんだろうなぁ……」

ひよこ,「う゛~、言わないでよー……メイドさん始めてから、絶対に太ったんだからー……」

ひよこ,「それにフォアグラはガチョウのレバーだよ。ヒヨコからは取れないよー」

アタル,「で、太ったの?」

ひよこ,「女の子に体重のことを聞くのは、デリカシーに欠けると思うよっ!」

アタル,「で?」

ひよこ,「うぅー、アタルくん、イジワルだぁ……そのー……怖くて、1ヶ月くらい体重計に乗ってないー……」

アタル,「あー……それはまずいな。太ってるフラグだな」

ひよこ,「うぅ……やっぱりそう思う?」

アタル,「服がキツくなったとかは?」

ひよこ,「うーん……ウエストはそうでもないけど……胸の周りがちょっとキツくなったかもー……」

アタル,「なんだ、栄養が胸に回ってるんだったら、いい傾向じゃないか」

ひよこ,「胸ばかり成長しても困っちゃうんだよぉ……ブラのカップが合わなくなっちゃうし……今のもちょっとキツい気がするし、新しいの買わなくちゃダメかなぁ……」

くいくい、と、服の上からブラのポジションを直す。

アタル,「ぶっ!?」

その仕草に思わず、飲んでたアイスティーを噴きそうになる。

アタル,「あのな……クラスの友達と話してる感覚で、俺にそういう話をするな……」

ひよこ,「ん……あぁっ!? ち、違うの! 違うの!い、今のなし! 聞かなかったことにしてっ!?」

アタル,「ごめんなー、俺の脳にはデリート機能がないもんでさ」

アタル,「そっか……ヒヨの胸は絶賛成長中か……」

それは今後が楽しみだ。いずれはセーラさんに匹敵するボディになってくれるかと思うと、胸が高鳴る。

さすがにアレは無理かな。ニッポンじゃ規格外かな。

ひよこ,「昔のことは忘れちゃうのに、なんでこういうことは覚えちゃうのー! 忘れてっ、忘れてーっ!」

アタル,「なんでかといわれれば……それは俺が男だからに他ならないな」

ひよこ,「あー、あー! このスパゲッティ美味しいなー!ねっ、ねっ、アタルくんはもっと食べないの?」

ヒヨは誤魔化すように、まくし立てるように言う。

アタル,「ん? まだ食べるけど」

ひよこ,「はい、あーん♪」

アタル,「もぐがっ!?」

それ以上の追求に対する口封じのためか、スパゲッティを無理矢理ねじ込まれた。

そんなやり取りをしていたせいか、辺りの目が俺たちの方に向いている気がする。

ひそひそ、と、俺たちを見て囁く声が聞こえた気がした。

もしかして、王様だとバレてるんだろうか。

お客さん,「あら? もしかして、あの人たち……?」

お客さん,「そんなわけないだろ。こんなところにいるわけないって」

やっぱり案外気づかれないらしかった。

自分のオーラのなさは嘆くべきなのかなぁ。

…………

……

アタル,「ふぅ、食った、食ったー……」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「美味しかったねー……幸せ幸せ」

アタル,「しかし、よく食ったな……あの後にデザートまでとは……」

ちなみにスパゲッティをたいらげた後、ヒヨは食後のデザートにアイスクリームを追加した。

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「女の子はデザートは別腹なのっ。アイスクリームだったら、いくらでも食べられるよー」

アタル,「いくらでも食べられるはいいけど、溶けたアイスがついてる」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「えっ、どこ? どこ?」

アタル,「右のほっぺの……あー、いいや、取ってやるよ」

ヒヨのぷにぷにしたほっぺについたアイスを人差し指でぬぐう。

#textbox Khi0240,name
ひよこ,「ひゃうんっ!?」

アタル,「なんて声出してるんだ。ぺろ」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「舐めたよっ!?」

アタル,「え? ハンカチなかったし、まぁ、いいかなって……」

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「もう、デートの時は、ハンカチくらい持ってこなきゃダメだよー。はい、手出して。拭いてあげる」

アタル,「……え」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「あっ……! な、なんでもないのっ!今日のはおでかけ、ただのおでかけなんだもんねっ」

アタル,「う、うん……」

デートだと肯定するのが気恥ずかしくて、言葉尻をごまかしてしまう。

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「と、ところでアタルくん、さっき言ってた大事な話はまだしてくれないのかな?」

アタル,「えっ、あ、ああ……まだここだと人目がありすぎるから……どこか別の場所でな?」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「人目があるといえないんだ……」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「……あっ……!?」

#textbox Khi0250,name
ひよこ,「もしかして、それって、すごく言いにくいこと……?」

アタル,「え……ま、まぁ、そうだな……」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「もしかして……ここにいない人たちも関係してること……?」

アタル,「……ああ、うん、確かに関係はしてる……」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「そっか……そうなんだ……」

ヒヨの顔が急に落ち込んだ。

アタル,「ん……? どうした? もしかして、泣いてるのか?」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「な、泣いてなんかないよっ!?全然、泣いてなんか……!」

アタル,「いや、だって、その涙……」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「さ、さっき食べたスパゲッティの中に、唐辛子の塊があってね、すっごく辛かったの! もう、せっかく我慢してたのに、なんで言っちゃうかなぁ」

アタル,「今更!? なんで!?」

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「歯の奥にひっかかってたの! 辛かったの!」

アタル,「そ、そっか、それなら仕方ないな。それにしても、ヒヨのほっぺって……」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「……え?」

アタル,「ぷにっぷにだったな……やっぱり、ちょっとダイエット考えた方がいいんじゃないか?」

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「もー、アタルくんのイジワルーっ!」

…………

……

そんな風に誤魔化してはみたものの。

#textbox Khi0270,name
その後、ヒヨの様子はやはりどこかおかしかった。

飯を食う前に比べ、明らかにテンションが落ちている。

無言になる時間も増え、首も下を向きがちだったが。

アタル,「なぁ、ヒヨ、大丈夫か?具合悪いのか? 食べ過ぎたか?」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「う、ううん、平気、平気だよっ! さ、次は……あ、私、アタルくんとゴーカートで勝負したいなっ」

アタル,「お、おう?」

なんだか、無理に取り繕っている感じがした。

…………

……

アタル,「ふぅー……遊んだ遊んだ……」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「あはは、お疲れ様でしたー。私もちょっと疲れちゃったかなー」

家族連れは帰ってゆく。人が次第にまばらになってゆく。

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「こんな風に遊んだの、久しぶりだったねー」

アタル,「だな、ここんとこ、ずっと王宮の中だったり、必ず他の人がいたし」

ひよこ,「アタルくんとこんなに長い時間ふたりっきりだったのも、久しぶりだった。すっごく楽しかった。いい思い出になったよ」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「帰る前に……最後に、わがまま言ってもいいかな?」

アタル,「ああ、俺にできることならなんでも」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「観覧車、一緒に乗らない?」

確かに、締めくくりには最高のシチュエーションだ。

何グループかの順番待ちの後、俺たちは観覧車へと乗り込んだ。

観覧車は止まることなく、ゆっくりと動き続けている。

2人だけの15分間の密室。ちょうどいい機会だ。

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「ここだったら、私たちの他、誰もいないよ」

アタル,「ああ、うん……ごめんな。今の今まで引き伸ばしちゃったけど……今日はヒヨに大事な話があったんだ」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「うん……だから、私だけを呼び出したんだよね」

#textbox Khi0250,name
ひよこ,「うん、アタルくん。もう覚悟はできてる……」

……覚悟? 何の覚悟だ?

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「アタルくんが私に言いたいことって……お別れ……だよね?」

アタル,「……は?」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「ミルフィさんかセーラさんと付き合うから、私とはもうお別れだから……最後に私を呼び出して……思い出を作ってくれたんだよね……?」

ギュッと、ヒヨの手は力強く握り締められていた。何かを我慢するように。何かにすがるように。

アタル,「お、おい、ヒヨ、俺にはおまえが何を言ってるのかさっぱり……」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「最後にいい思い出ができたよ。ありがとう、アタルくん」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「私、アタルくんのこと、ずっと……」

アタル,「ちょ、ちょっと待てぇ! ヒヨ、おまえ、何、勘違いしてるんだ? ひとりで突っ走ってるんだ?」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「……え?」

アタル,「……あ、あー……それでか!それで昼飯食べた後から、なんか落ち込んでたのか!」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「えっ、えっ……? あ、あの、アタルくん、話が全然見えないんだけど……」

アタル,「おまえの暴走で、俺の方が話が見えてなかったよ、まったく……」

#textbox Khi0240,name
ひよこ,「えっ、えっ……アタルくんとお別れって話じゃないの……?」

アタル,「あー……うん、とりあえず、俺に喋らせてくれ」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「う、うん……黙ってる……」

俺はヒヨの両肩を、両手でしっかりと押さえつけて。

アタル,「俺は、ヒヨが、好きだ」

はっきりとそう告げた。

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「はぇ……?」

アタル,「だから、俺と付き合ってくれ」

ひよこ,「…………」

ヒヨがフリーズした。

ゴウンゴウンと観覧車が動く音だけが、ゴンドラの中に響いていた。

そして、ヒヨの脳が再起動するまで数秒。

#textbox Khi0240,name
ひよこ,「ふえええぇええええええぇぇぇぇぇっ!!!?」

絶叫とともに、ヒヨ再起動。

ひよこ,「え、あ、あの、アタ、アタルくん? え、あ、あの、そのっ……ふぇっ、え、えぇっ……! えぇぇ!?」

両手を目まぐるしく、わたわたと振り回す。

アタル,「いや、その、落ち着け、ヒヨ。な?」

こくこくこくこくと縦に何度も何度も頭を振る。

うん、それは落ち着けてないからな?

俺の心臓はバクバクだったはずなんだけれど、自分以上にテンパってる人を見ていたら、なんだか落ち着いた。

アタル,「テンパった時は深呼吸だ。吸って」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「すぅぅぅぅぅっ」

アタル,「吐いて」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「はぁぁぁぁぁっ」

アタル,「また吸って」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「すぅぅぅぅぅっ」

アタル,「もう1回吸って」

ひよこ,「すぅぅぅぅぅっ!」

アタル,「好きだ」

#textbox Khi0240,name
ひよこ,「んひゃあぁああぁぁっ!」

落ち着かせるはずだったのに、また錯乱させてしまった。

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「お別れすると思ってたから……その、気が動転しちゃって……あの……あぁぁ、もう、何を言っていいのか、わかんなくなっちゃったよぉ……」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「あのっ、あの……アタルくん……本当なの……?私のことが好きって……付き合ってくれる、って……」

アタル,「恥ずかしいから、あんまり何度も言わせないでくれ」

アタル,「俺は、ヒヨのことが好きなんだ……その……ずっと、俺の側にいてくれてたヒヨのことが」

アタル,「だから、その……俺と付き合ってください」

改めて言い直すと、これ以上ないくらい恥ずかしすぎる言葉だった。

でも、これで、胸につかえていた物が、まとめてポロリと落ちたのを、実感した。

アタル,「ふぅ……やっと言えたよ」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「それは、だって、アタルくんが……アタルくんには……お姫様たちがいて……」

ひよこ,「アタルくんはお姫様たちと結婚しないと――」

アタル,「1ヶ月考え続けたけどさ……やっぱり好きじゃない人とは付き合えないよ。付き合う人は、俺自身で選ぶ」

アタル,「それが最初から俺に与えられている権利だからね」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「アタルくん……」

アタル,「だから、何度でも言うよ。俺と付き合ってくれ、ヒヨ」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「私、お姫様でもなんでもないんだよ?普通の女の子なんだよ……?」

アタル,「ずっと一緒にいた。見てきたんだ。他の誰よりも、それはよく知ってるよ」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「私、アタルくんに何もしてあげられないんだよ?」

アタル,「それは大きな間違いだな」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「え……?」

アタル,「ヒヨは俺のことを幸せにしてくれるじゃないか」

ひよこ,「え……」

アタル,「ヒヨがご飯を作ってくれれば、俺は幸せになれる」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「……アタルくんは……食いしん坊さんだ……」

アタル,「ヒヨが傍にいてくれれば、俺は幸せになれる」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「……私……だって……」

アタル,「ヒヨの笑顔を見てるだけでも、俺は幸せになれる」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「……私……だって……!」

アタル,「ヒヨは、俺だけのお姫様だよ」

自分で言ったセリフに思わず赤面してしまった。

顔がカーッと熱くなるのを実感した。

#textbox Khi0240,name
ひよこ,「うわ、うわっ……アタルくん、今の言葉、すっごく恥ずかしいよぉ……」

アタル,「そ、そう言うなよ……今、俺もすっげぇ恥ずかしいこと言ったとか思ってるんだから……」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「でも、嬉しい……すっごく嬉しいよ……!」

ひよこ,「アタルくん。私もずっとずっと、好きだったよ」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「だから、これからも、ずっとずっと、好きです、アタルくん」

ひよこ,「私のことも、幸せにしてください」

アタル,「ああ、もちろん」

俺は力強く頷き、ヒヨを抱きしめた。

ひよこ,「ん……っ」

アタル,「ん……」

キスを交わしたのは自然な流れだった。

どちらから声をかけるともなく、自然と顔を寄せ合い、気がついたら唇が触れ合っていた。

互いの意思が、完全にシンクロしていた。

ひよこ,「ん、ちゅっ……ちゅ……ぷはぁ……」

初めてのヒヨの唇の感触。

マシュマロのように、柔らかくて。

プリンのように、震えていて。

ココアのように、温かい。

今までに経験してきたどんなことよりも甘くて、溶けてしまいそうで、気持ちのいい時間だった。

そんなデザートのようなキスから離れてしまうのも、どちらともなく。

ひよこ,「ふぁ……キスしちゃったね」

アタル,「……しちゃったな」

俺とヒヨは見つめあい、微笑みあう。

トン、と、ヒヨは俺の肩に頭を預ける。

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「はぁ……私、今、すっごく幸せ……幸せだよ……」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「幸せすぎて、涙が出ちゃった……ぐす……」

アタル,「俺もすっごい幸せ……もっと早く、こうしてれば良かったな……」

あと1ヶ月、いや、もっと早く。

俺はヒヨと好き合うことも、できていたんじゃないだろうか。

いや、お姫様たちとの出会いがなければ、気づけなかったことはたくさんある。

ひとつ屋根の下で暮らし、ヒヨが近くにいる生活があったから、今、こうなった。

これは、きっと必然だ。

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「あ、あの……アタルくん……」

アタル,「どうした……?」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「もう1回……キス……してもいい?」

アタル,「奇遇だな。俺ももう1回したいって思ってた」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「えへ、そうだったんだ。私たちって、お似合いなのかもね」

どこまでも、俺とヒヨの気持ちはシンクロしていた。

…………

……

アタル,「おっと……ヒヨ、降りる時、足元に気をつけて」

#textbox Khi0260,name
ひよこ,「うん、大丈夫……ありがと、アタルくん」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「アタルくんとお付き合いできるなら、すごく嬉しいんだけど……大丈夫かな?」

アタル,「……どうだろうな。問題はいろいろ山積みだけど……」

姫様たちを説得できるか。柴田さんを説得できるか。

そして、俺はこのまま、王様でいられるのか。

王様の権利を放棄した場合は島流し、だなんて言ってた気がする。

決して楽しい響きじゃないけれど、でも、そこにヒヨも連れていけるならば、それはそれで悪くないかもな。

アタル,「でも、誰になんて言われようとも、俺はヒヨを手に入れるためには誰とでも戦うつもりだよ」

#textbox Khi0220,name
ひよこ,「……ありがと。私も応援するからね。私はどんなことがあっても、アタルくんの味方だから」

俺はヒヨとともに、手を繋いで、観覧車から降りる。

アタル,「……あれ?」

観覧車を降りて、遊園地の中を見渡すと、あれだけいたはずの客が人っ子ひとりいなくなっていた。

まるで貸切だ。

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「お客さん、いないね? みんな帰っちゃったのかな……?閉園時間になっちゃったのかな?」

アタル,「いや、まさか……」

閉園まではもう少し時間があるはず。さっきまで観覧車にも人が並んでいたはずだ。

誰もいないと思っていた広場に、この遊戯場に似つかわしくない、燕尾服に身を包んだ男が1人。

そこには柴田さんがいた。

柴田,「お疲れ様です、アタル王」

アタル,「し、柴田さんっ……!」

ひよこ,「み、見ちゃいまし……た?」

柴田,「ええ、申し訳ありません。大変仲睦まじいところを」

いつも通り、この人はタイミングがいいというか悪いと言うか……。

アタル,「柴田さん……もしかして、人がいなくなったのは、柴田さんのせい……?」

柴田,「ええ、察しがよろしいようで何よりです。少々、人払いをさせていただきました」

柴田,「そして、私もわりと察しがいい方でして。アタル王。私が申し上げたいことはわかりますね?」

俺がヒヨとともに2人きりで遊園地に向かったこと。そして、今こうして手を繋ぎ、仲睦まじくしている。

それだけあれば、察するには充分だろう。

アタル,「俺は、ミルフィでもセーラさんでもなく……ヒヨと添い遂げる」

柴田,「困りましたね……他国の王女ではなく自国の、しかも、ごく一般市民である彼女とお付き合いするとなると……」

柴田,「御無礼を承知で進言させていただきますが、ひよこさんを選ぶことの意味を深く考えた上でのことですか、アタル王」

アタル,「もちろん。何と言われようとも、俺はヒヨのことが好きなんだ」

アタル,「ダメだといわれても――俺は残った『絶対命令』を、ヒヨとの結婚に行使する」

それは王である俺に許された最終兵器。

強い意志を視線と言葉に乗せて、俺ははっきりと柴田さんに告げた。

柴田,「――なるほど、王の決心は硬いようですね。では、姫様たちには私からお伝えしておきましょうか?」

アタル,「……え?」

ひよこ,「……え? いいの……?」

思いの他、柴田さんはあっさりと折れた。

もう少し、やり合うモノかと思っていただけに、ちょっと拍子抜けだった。

柴田,「王の口から伝えるのも、お辛いでしょう?女性を泣かすのは、王の趣味ではないと思いますし」

拍子抜けしてしまった反動で、柴田さんと戦う気が消え失せる。

出されたのは魅力的な提案ではあった。

アタル,「え……あ……い、いや、できればそこは俺の口から伝えさせて欲しいんだけど……」

柴田,「男として、王としてのメンツを守るアタル王の態度には感服いたしますが、姫様方はともかく、アタル王にあのお付きの方々を止められるとは思えません」

柴田,「逆上したお付きの方々が、アタル王に対して、暴力を振るわないとも限りません。その時、アタル王は抗う術をお持ちにならないでしょう?」

アタル,「……う」

……確かに、エリスさんやアサリさんの戦闘力に、どう足掻いても一般人の俺が勝てるはずがない。

バルガ王に痛い目に合わされたように、自分の『当たらない』能力は、大して万能なスキルじゃないからな。

ひよこ,「うーん……確かに柴田さんに任せた方がいいかも……」

アタル,「ヒヨ?」

ひよこ,「アタルくんに危ない目にあってほしくないし……柴田さんがそうしてくれるっていうなら、お願いしてもいいんじゃないかな……?」

確かに柴田さんのは魅力的な提案だ。

アタル,「……うん、そうだな。柴田さん、お願いします」

柴田,「いえいえ、王の身のお世話をするのが、執事としての勤めですから」

アタル,「助かります。理解ある献身的な執事がいて、俺は幸せ者ですよ」

俺はにこやかに微笑む柴田さんに、礼を告げるとともに伝言を任せた。

――これが後に、大きな事件に繋がるとも知らずに――

柴田,「ひよこさん、姫でないあなたへの風当たりは強いものとなるでしょうが、頑張ってください」

柴田,「今後も、王への献身的なサポートに期待していますよ」

ひよこ,「は、はいっ、ありがとうございます」

柴田さんの手がヒヨの肩に触れた。

アタル,「む……!」

その時に抱いた感情は、自分の彼女に触れられた嫉妬。

そこに強く自分の意識が裂かれてしまったため、俺はその時の微細な違和感に気づけなかった。

柴田,「それでは、姫様たちにお伝えしておかねばなりませんので、アタル王、私はお先に失礼します」

柴田,「後ほど、別の使いをよこしますので、もうしばらくご遊戯をお楽しみくださいませ」

アタル,「……ああ」

返しがぶっきらぼうになってしまったのも、嫉妬ゆえだ。

アタル,「……さて、どうしよっか、ヒヨ。もうちょっと遊んでいこっか?」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「柴田さんに任せて、本当に良かったのかな……」

アタル,「え……?」

ヒヨが不審そうに、眉をひそめる。

アタル,「でも、柴田さんのことには一理あったし……ヒヨも一応、賛成したろ?」

#textbox Khi0250,name
ひよこ,「うん、そうなんだけど……」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「やっぱり私がお姫様たちの立場だったら、アタルくんの口から聞きたかったかもしれないかな、って……」

アタル,「あ……」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「エリスさんやアサリさんは、そんなことしないって、1ヶ月一緒に暮らしてたからわかってるのに……」

アタル,「……それもそうだよな」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「なんだか柴田さんは、私たちを王宮に帰らせたくないみたいな感じがしたんだけど……私の気のせいかな」

――ヒヨの『気のせい』は危険だ。

ヒヨの気のせいは『当たり』を引く。

確かに言われてみれば、別に後からの使いを寄越さなくても、俺たちも柴田さんの車に一緒に乗って帰っても良かったはずだ。

柴田さんのさっきの発言、行動には、いろいろと引っかかる点が目立つ。

だからといって、この遊園地から歩いて帰るには、俺たちの王宮は遠すぎる。

ヘリでも呼ぶか、と、CROWNを手にした矢先だった。

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「……あれっ……?」

ヒヨが血相を変えて、自分の体をパンパンと叩く。

アタル,「どうした?」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「ないの……」

アタル,「ない? 何か落としたのか?」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「巾着袋……! アタルくんからもらったリングを入れてた袋……」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「さっきまで持ってたはずなのに……あれ……あれ?」

アタル,「どこで落としたか、見当は?ジェットコースターとか?」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「う、ううん、アタルくんと観覧車に乗ってた時は絶対にあったの。アタルくんと話している時、私、ちゃんと握ってたもん!」

そういえば、観覧車の中で、ヒヨは自分の手を力強く握っていた。あの時は、手の内にあったってことか。

アタル,「っていうことは……その後――?」

観覧車から降りて、たった今までの間に、紛失した?

そうなると、疑わしいのは。

アタル,「柴田さんか――?」

ヒヨの肩に、彼らしからぬ不自然さで触れたあの一瞬。

俺の視線をそっちに引き付けておいて、本命は別のところにあったってことか。

でも、柴田さんがヒヨのリングのことを何故知っている?

そもそも、あんな物を盗ってどうする?

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「私、この辺を探してみる!アタルくんは先に帰ってて!」

手にしているCROWNで電話。

女性,「何か御用でしょうか、アタル様」

アタル,「柴田さんじゃない……? え、えっと……捜索の手配をしてほしいんだけど、できるか?」

女性,「――申し訳ありません。今現在、そのご命令はお引き受けすることができません」

アタル,「え……? えっと、それじゃ、俺たち、早く家に帰りたいんだ。至急、乗り物をここに手配できる?」

女性,「ただいま、向かわせております。今しばらくお待ちください」

アタル,「――わかった。ありがとう」

苛立たしげに、俺は通話を切る。

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「どうだったの?」

アタル,「今、迎えが来てるってさ……到着まで、俺も手伝うよ」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「うん、ありがと……」

…………

……

俺たちの乗っていた観覧車の中や、ここまでの道のり、落し物に届いていないか探したが、結局、ヒヨの巾着は見つけられなかった。

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「どうしよ……どうしよう……ごめん、ごめんね、アタルくん。アタルくんからのプレゼントだったのに……!」

アタル,「中に入ってたのは、輪っかだよね?代わりに、今度何か別のをプレゼントするよ」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「最初のプレゼントの代わりになる物なんてないよ」

アタル,「っ、そっか……軽率だったね。ごめん」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「あっ、謝らないでよ。アタルくんは悪くないんだもん」

アタル,「それにしても、迎え遅いな……」

#textbox Khi0210,name
ひよこ,「そうだよね、いつもだったらもっと早く着くはずなのに」

それから、およそ10数分後。ようやく迎えの車は到着した。

アタル,「随分、時間かかったね」

女性執事,「大変申し訳ありません。道が渋滞していたもので」

車に乗り込んでいたのは、柴田さんではなく、あまり面識のない女性執事だった。

俺とヒヨは、彼女の運転する車へと乗り込む。

帰り道に対向車線を見たが、別段渋滞はしていなかったように思えた。

…………

……

俺たちはようやく王宮へと戻った。

アタル,「随分遅くなっちゃったな」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「早くミルフィさんとセーラさんに説明しよ……あっ!」

噂をすれば、なんとやら。

まさにこのタイミングに入れ違いで、2人とそのお付きが、王宮の外へと出ていこうとしていた。

4人はそれぞれ大きな荷物を抱えていた。

ミルフィ,「アタル……ッ!」

セーラ,「アタル様……ッ!」

アタル,「あっ、ミルフィ、セーラさん! 話したいことが」

そう言いかけた俺よりも早く、ミルフィが叫び、俺の服を掴んだ。

アタル,「ぐ……ッ!? ミルフィ、何を……!?」

遠慮や容赦のない、力任せな、怒りに任せた行為だった。

ミルフィ,「アタルッッ! あんたと話すことなんて、もう何ひとつないわっ!」

ミルフィ,「ただ、あたしに恥をかかせたことだけは、覚えておきなさいよっ! 絶対に後悔させてやるんだからッ……!」

ギリギリと首を絞める力が強まる。

アタル,「え……えっ?」

エリス,「貴様が一国の王でなければ、今頃、蜂の巣にしていたところだ……姫様を愚弄した罪……卑怯な振る舞い……恥を知れ」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「えっ、えっ!?」

セーラ,「アタル様、そうならそうと言ってくだされば良かったのに……どうせなら、その言葉……アタル様の口から直接お聞きしたかったです……」

呆然とする俺に、セーラさんが追い討ちをかける。

アサリ,「…………」

セーラ,「では、失礼します」

小さく一礼をして、4人は俺の前から去ろうとする。

アタル,「ちょ、ちょっと待って!みんな、何か勘違いをしてないか!?」

ミルフィ,「勘違い? 今日、あんたはあたしたちに隠れて、ぴよ――ひよことデートしてたんでしょ?」

ミルフィ,「そして、あんたはひよこを選んだ」

アタル,「う……!」

ミルフィ,「そう、間違ってないのよね?だったら、あたしたちの勘違いとは思えないわね」

セーラ,「さようなら、アタル様。できることなら……もっと素敵なお別れをしたかったです……」

ミルフィ,「行くわよ、エリ。セーラも……もう二度と会うことはないでしょうけどね」

セーラ,「そうですね……さようなら、ミルフィさん」

そう言い残して、俺に捨て台詞を残して去ってゆく。

ミルフィたちを迎えに来たヘリが去ってゆく。

セーラさんはお供を連れたまま、徒歩で王宮の門を潜る。

#textbox Kas0120,name
アサリ,「…………あはー」

アサリさんはヒラヒラと俺たちに、別れを告げるように手を振っていた。

ヒヨを選んだこと=彼女たちとの別れはわかっていた。

こんな別れ方を望んでいたわけじゃない。

いや……こんな別れ方もありうると想定するべきだった。

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「アタルくん……」

アタル,「これが俺の選択だったんだからな。仕方ないさ」

#textbox Khi0230,name
ひよこ,「でもでも! 何かおかしいよ!」

#textbox Khi02A0,name
ひよこ,「私が悪いんだから、私が責められるはずなのに!なんでアタルくんが悪者にさせられちゃうの!?」

アタル,「だって、彼女たちを選ばなかった俺が――」

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「アタルくんは悪くない! 悪くないもん!」

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「そ、そうだっ、柴田さんがお姫様たちに何て言ったのか、ちゃんと聞き正そうよ!」

アタル,「あ、ああっ、そうだ、そうだな」

王宮へと入り、俺たちは柴田さんを探す。

アタル,「柴田さんを見なかった?」

女性,「いえ……先ほど、アタル様たちの元へ向かわれてからは存じませんが……ご一緒ではなかったのですか?」

――結局。

王宮中を駆けずり回り、使用人の誰に聞いても、柴田さんの行方はわからず、そして、柴田さんが姫様たちに何を伝えたのかはわからずじまいだった。

今日のところは、詰み、か。

#textbox Khi0290,name
ひよこ,「アタルくん、アタルくん、アタルくぅん!?」

ヒヨが血相を変えて、俺の部屋へと飛び込んでくる。

アタル,「今度はなんだっ!?」

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「あった、あったよーっ!?」

ヒヨの手に握られているのは、なくしたと思っていたはずの巾着袋。

中には、ちゃんと例のリングも入っていた。

アタル,「どこにあったんだ?」

#textbox Khi0270,name
ひよこ,「私の部屋の、机の上っ」

アタル,「……忘れていったんじゃないのか?」

#textbox Khi0280,name
ひよこ,「そんなはずないよっ! 私は遊園地にいる時、ちゃんと持ってたよっ!」

柴田さんの失踪と関係がある?

あの時、盗った柴田さんが、今までの間に、何かをしていた……?

ヒヨの持っているリングと何が関係あるっていうんだ。

…………

……

突然、人が少なくなり、王宮は途端に静かになった。

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「静かになっちゃったね……」

アタル,「だな……」

なまじ広いだけに、静けさが増した気がする。

使用人たちがいるとはいえ、ヒヨとふたりっきり。

俺は消沈しているヒヨの肩を抱き寄せた。

アタル,「ヒヨ、ずっと待たせてごめんな」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「えへ……本当にずっとずっと、こうなる日を待ってたんだよ」

人が少ないのは、恋人になったばかりの俺たちには、ある意味、喜ばしいことなのかもしれないけど。

ソファーに腰掛けたまま、俺は呆然と中空を見上げていた。

これからどうすればいいんだろう。

この1ヶ月と同じように、王として、国の象徴として、それでいて、一学生として。

贅沢な日々を過ごしていれば、それはそれでいいのかもしれない。

その横に常にヒヨがいてくれるなら、それは充分に幸せなのかもしれない。

それでも、何かが強く引っかかっていて。

#textbox Khi0350,name
ひよこ,「うんっ!」

パンッ! と、ヒヨは自分の頬を叩く。

アタル,「ヒヨ?」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「今日はいっぱい遊んだから、いっぱい汗かいちゃったよねっ! 嫌なことはお風呂に入って忘れちゃおっ!」

アタル,「そうだな、落ち込んでてもなんにもならないよな」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「そうそうっ! 元気が一番っ!」

アタル,「よし、ヒヨ、一緒に入るか! 昔みたいに!」

ひよこ,「ちょーっぷ!!?」

アタル,「かぱっく!」

ひよこ,「いいい一緒になんて入らないよぉっ!?恥ずかしいよ、無理だよ、アタルくんのえっちぃ!」

脳天にピヨピヨチョップが炸裂した。

彼女なりにムードを変えようと一生懸命だったのだろう。

そんな彼女の気持ちは、すごく嬉しかった。

…………

#textbox Ksi0180,name
柴田,「いいですね、とてもいいですね。すべては予定通りに進んでいます」

柴田,「――ふふ、西御門さんを彼のメイドにしたてあげたのは正解でしたね」

#textbox Ksi0140,name
柴田,「私がこの国を手に入れるまで、あとわずかです」

…………

……

陽が落ちて、窓の外では小さな星々が瞬いていた。

俺はそれを眺めやって、ぼぅっと時間を過ごす。

寝ようとはしたんだけど、どうしても寝付けなかった。

だから俺はベッドから抜け出して、こうして部屋の窓際から星を眺めている。

センチメンタルな行動なんて、自分には似合わないなぁとは思うんだけど。

……いや、仮にも王様なんだ。感傷に浸る姿も、それなりに様にならなきゃダメなのかもな。

アタル,「―――ん?」

そんな意味のないことを、つらつらと考えていた時のことだった。

俺の部屋の扉が、控えめにノックされる。

アタル,「何だ? ヒヨか?」

#textbox khi0420,name
ひよこ,「うん。アタルくん……入ってもいい、かな?」

アタル,「あぁ、いいぞ」

#textbox khi0420,name
ひよこ,「んっ、ありがと。じゃあ……お邪魔します」

かちゃりと扉が開き、枕を抱え持ったヒヨが姿を現した。

薄暗い部屋の中、デフォルメされたヒヨコ柄のパジャマを着込んだヒヨ。

可愛らしい中にも、かすかな色気があるように思うのは、恋人の……彼氏の欲目かな?

アタル,「ど、どうしたんだ? 眠れないのか?」

ヒヨがいつもとは少し違って見えたせいか、俺の声はわずかに上ずっていた。

ひよこ,「う、うん。ちょっと、寝付けなくて」

ヒヨも、どこか恥ずかしげだ。長い付き合いだからか、枕で顔の半分以上が隠れていても、俺にはそれがわかった。

ひよこ,「そう言うアタルくんも、まだ起きてたんだね? おやすみは、もう言ったのに」

アタル,「まぁ、な。何か今日は色々とあったから、寝付けなくて」

ひよこ,「私もそんな感じ、かな? アタルくんの言ってくれたことを思い出したら、顔が……ちょっと熱くなって……そして切なくなって」

ひよこ,「何だか、一人でお布団に入っていられなくなって。だから、こうして……恥ずかしいけど、来ちゃったの」

ひよこ,「でも、いいよね? お付き合いするんだから、一緒に寝ても変じゃないよね?」

アタル,「あ、あぁ。変じゃないな、うん」

ひよこ,「ふふっ。アタルくんも、照れてる?」

アタル,「そりゃ、な。告白したその日の夜に、ヒヨがこうして来るなんて……思ってもなかったし」

ひよこ,「そうなの?」

アタル,「いや、俺も男だしな? さっきはちょっとえっちなことを期待して、ヒヨを風呂に誘ったんだけど……でも、答えはチョップだったし」

ひよこ,「うぅ~、あれはアタルくんが悪いんだよ? やっぱり、ムードって大事だもん」

ひよこ,「私だって、アタルくんに肌を見せるのなら……ちゃ、ちゃんと綺麗にしてからじゃないと」

ヒヨはそう言うと、わずかに身動ぎをした。

つまり、肌を見せるための準備はもう、万端と言うことなのだろうか?

ひよこ,「い、今から……一緒に並んで寝るなんて、ちょっと昔を思い出しちゃうね」

ひよこ,「ううん。昔と今は、ちょっと違うけど。アタルくんも私も、大きくなっちゃったから……」

ひよこ,「傍に立つと、アタルくんの大きさがよくわかるよ。2人とも、昔はあんなに小さかったのに、今はもう……ふふっ」

―――俺の心臓が、どきりと高鳴った気がした。

ヒヨは恥ずかしげに微笑んだだけ。

ただそれだけだと言うのに、セーラさんに夜這いをかけられた時よりも、ずっと……。

ひよこ,「ねぇ……アタルくんは、いなくならないよね?」

アタル,「……うん? いなくなるって、どう言うことだ?」

ひよこ,「私ね、さっきまでベッドに入って……遊園地のことを思い出してたの。ちょっと恥ずかしくて、でも温かな……私の大切な思い出」

ひよこ,「でも、すぐにミルフィさんやセーラさんのことも、考えたの。怒って出て行っちゃったことも、思い出したの」

あの2人が不機嫌そうに出て行ったのは、俺たちが遊園地から帰って来てすぐだったからな。

つられて思い出しても、仕方のないことだろうと思う。

ひよこ,「もう、ここにはミルフィさんもセーラさんも……いないんだよね」

アタル,「あぁ、そうだな」

ひよこ,「ちょっと……寂しいね。あんなお別れは、したくなかったのに……」

騒がしい毎日。それがなくなってしまった。そう思うと、俺もやっぱり寂しい気分になる。

実際、俺もさっきまで星を眺めて、ヒヨと同じように感傷に浸っていたんだから。

それでも、ヒヨを選んだこと……ヒヨと一緒に歩いて行こうって、そう決めたことに後悔はない。絶対にない。

ひよこ,「昨日までは、あんなに仲良く出来ていたのに……」

アタル,「こんな言い方はしたくないけど、でも……仕方ないと言うか、当然なんだと思う」

アタル,「俺は、ヒヨを選んだ。俺は、ヒヨがいいんだ。ヒヨに、決めたんだ。誰かに強制されたわけでもなく、自分で」

アタル,「そうである以上、あの2人とは結婚出来ない。家族にはなれない。夫婦にはなれない」

アタル,「でも、仲のいい友達のままでいて欲しいって言うのは……きっと、すごく都合のいいことなんだと思う」

アタル,「俺やヒヨが今までみたいに仲良くやっていきたいって思っても、2人がそれを嫌がるのなら、もう……」

ひよこ,「うん。そう……だよね。出て行かないでって止めることなんて、出来ないよね」

ミルフィ,「セーラやひよことは、アタルを巡ってのライバルなのよ?だいたい、そんなあたしたちが、仲良しこよししてるのがおかしいのよねモフモフ」

俺はふと、いつかに聞いたミルフィの言葉を思い出す。

仲がいいのがおかしい、か。確かにその通りで……やはりこの状況が、当然の結末なんだろう。

アタル,「それでも、俺は構わない。寂しくはあるけど、でも……ヒヨが傍にいてくれれば、それで」

そう呟いて、俺はヒヨへと歩み寄った。

そして2人の身体の隙間がゼロになるように、ぎゅうっとヒヨを抱きしめる。

ヒヨが持っていた枕は、ぽすんと俺たちの足元へと落ちていった。

#textbox Khi0470,name
ひよこ,「……ねぇ、アタルくん?」

アタル,「うん?」

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「アタルくんは、いなくならないでね? ミルフィさんやセーラさんみたいに、急に私の前から……いなくならないでね?」

アタル,「いなくなるわけないだろ?」

#textbox Khi0410,name
ひよこ,「本当? ずっとずっと、一緒にいてくれる?」

#textbox Khi04A0,name
ひよこ,「私、怖くなったの。もし、アタルくんまで、急にいなくなっちゃったら、どうしようって……そう考えたら、怖くて……」

アタル,「大丈夫だって。俺はずっと、ヒヨと一緒だ。今までみたいに、これからも」

#textbox Khi0410,name
ひよこ,「うん……ねぇ、アタルくん。もっともっと、ぎゅっとして?」

アタル,「これ以上ぎゅうっとしたら、ヒヨが壊れちゃうだろ?」

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「平気だもん。今は、アタルくんを感じていたいの……ダメ?」

アタル,「そんな言い方をされたら、抱きしめるだけじゃ済まなくなるぞ?」

#textbox Khi0420,name
ひよこ,「ふふっ、いいよ? アタルくんになら、私……私の全部をあげても、いいんだよ?」

ヒヨはそう言うとそっと目を閉じて、その小さな唇を俺に捧げてくる。

俺はヒヨの身体を抱きしめなおして、その唇を奪った。

ただ触れるだけじゃない。強く押し当てて、さらには舌先でヒヨの唇をなぞる。

#textbox Khi04A0,name
ひよこ,「んっ、ふぅ、んちゅっ、あっ……」

ヒヨは驚いたようだが、やがてゆっくりと唇を開き、俺の舌を迎えてくれる。

くちゅくちゅと、俺たちは舌と唾液を絡ませ合う。

#textbox Khi0470,name
ひよこ,「んはぁ、はぁ、あうぅ……アタルくんと、とけて1つになっちゃいそう」

アタル,「今のキスは、ただの挨拶。まだまだ本番じゃないんだぞ?」

#textbox Khi0460,name
ひよこ,「うん。もっともっと……私たちは、1つに…………」

アタル,「ヒヨ……本当に……いいんだな?」

#textbox Khi0420,name
ひよこ,「うん。いいよ、アタルくん。きて……?」

すると、ヒヨは優しげな笑みを浮かべて、こくりと頷いてくれた。

もう、これ以上の言葉も前置きも……何も必要はない。

そう感じた俺は静かにヒヨに向けて頷き返すのだった。

とふっ、と、ヒヨは、俺のベッドの上にその身を無造作に預けた。

半裸になった肩紐は簡単にずれてしまい、ブラもしていなかったため、胸がふるんと揺れながら露出した。

中途半端に脱いだパジャマ姿はかえって扇情的。

まな板の上の鯉ならぬ、ベッドの上のひよこだ。

……そんなに上手いこと言ったとは思ってないからな?

ひよこ,「は、恥ずかしいな……」

俺の目を怯える小動物のように見上げながら、震える声を漏らす。

ゴクリ……

思わず生唾を飲み込んでしまう。

大きなベッドの上に横たわり、俺に成長してから初めて見せるその裸体。

今までずっと一緒にいた少女の、今までに見たことのなかった服の内側。

ヒヨのおっぱいって、こんな風になっていたのか。

薄暗い部屋の中でもわかるほど、白い肌、白い双丘。

そして、その丘の頂点を彩るように、淡く色づいているピンク色の乳輪。その中央にあるのは少しだけ盛り上がっている乳首。

アタル,「胸、隠さないんだな……?」

ひよこ,「ホントは隠したいよ……恥ずかしいもん……でも、私、こういうことよくわからないから……その……」

手はブルブルと激しく震えている。胸を隠そうと腕を動かすことすらままならないらしい。

アタル,「落ち着くんだ、ヒヨ。別に今から、ヒヨを取って食おうってわけじゃない」

アタル,「ヒヨにそう震えられると、俺もどうしたらいいのかわからないし……俺だって、初めてなんだぞ……?」

ひよこ,「そっか、初めて同士なんだよね……えへ……なんか嬉しいな……」

アタル,「別に焦ることはないんだ。ゆっくり……しよ」

俺はヒヨの顔へ、自分の顔を寄せる。

ヒヨはゆっくり目を閉じ、俺のキスを待つ。

ゆっくりと触れ合う、唇の粘膜。

何度かわしても、ヒヨとのキスは気持ちいい。

今日の観覧車の中が初めてだったというのに、もうこれで何度目だろう。

ひよこ,「ぅん……ん……っ、はぅ、ん……っ!ん、んっ、ぅん……ん、んんぅっ……!」

寝転がるヒヨの頭に手を回し、指に髪を搦めて、より深く唇同士を密着させる。

ヒヨの後頭部に添えた手をゆっくり動かし、撫でながら、甘いキスを続ける。

でも、甘いだけじゃ物足りなくなる。途端に、もっと深いキスがしたくなる。

ひよこ,「……んっ!? ア、アラル……ぅむっ!?んっ、ふぁ……や、ぅ、ぁめっ……ぅむぅんっ」

ヒヨの身体がビクッと震えた。俺の舌が、唇を割って侵入してきたのに気付いたからだろう。

強張っている唇の、わずかに開いている歯の隙間に、舌をぬるりとねじこませる。

何を言われても、今更止められない。

俺は舌を限界まで伸ばし、ヒヨの口の中への侵入に成功する。

舌を軽く舐め回して。

続いて、歯の裏や、舌の裏側、頬の内側を巡らせ、ヒヨの口の中を堪能する。

アタル,「ぷは……ヒヨも舌、動かしてよ」

ひよこ,「む、無理ぃ……そんなキスされたら……力抜けちゃう……頭、白くなっちゃったよぉ……もう……アタルくんはエッチだなぁ……」

アタル,「知らなかった? 男は好きな女の子を目の前にしてたら、際限なくエロくなっちゃうんだ」

アタル,「だから、これから、俺はヒヨのことをもっといじめちゃうと思うけど……いい?」

ひよこ,「う……そんな言い方、ずるい……そんな風にいわれたら、ダメなんて絶対いえないよぉ……」

アタル,「ダメっていうつもりだったの?」

ひよこ,「ううん……そんなわけない。アタルくん、わかってて言ってるよね?」

アタル,「まぁね」

ひよこ,「あは、アタルくんの好きなようにしていいけど……あんまり痛くはしないでほしいな……優しく……してね?」

アタル,「最大限、努力しますよ、お姫様」

ひよこ,「ふふっ、私、お姫様じゃないのになぁ……」

ヒヨは弱々しく微笑む。身体は小刻みに震えているのは、恐怖ではなく、過度の緊張のせいだろう。

まず首筋に手を添えた。

首筋は汗でしっとりとしていた。

ぴくんっ、と、ヒヨの身体が強く跳ねる。

首筋から、少し下に伝って、鎖骨へ。

鎖骨をなぞるように、ゆっくりと指を這わせる。

ひよこ,「ん……あはっ……くすぐったいな……んっ……」

そして、次に差し掛かるのは、ふたつの胸の膨らみだ。

果たして、本当にここに触れていいものか、躊躇ってしまう。

やっぱり女の子だけの特別の場所だしなぁ……。

そんな躊躇いが顔に出ていたのだろう。

ひよこ,「おっぱい、触りたいの……?」

ヒヨに心配そうに問われる。

アタル,「そ、そりゃ、もちろんだ! 男はいつでも女の子のおっぱいに触りたい生き物なんだ」

ひよこ,「そーなんだ……あはっ、なんだかかわいい♪」

アタル,「……む、なんだかバカにされた気がする」

ひよこ,「バ、バカになんてしてないよぉ! 褒めたのにぃ」

アタル,「女の子はかわいいといえば、許されると思っている節があるなぁ……よもやヒヨも同類だったとは……」

ひよこ,「えっ、えっ、怒っちゃった? ごめんね……」

アタル,「いや、冗談、冗談。いつもの調子で話してたら、ちょっとは緊張が解けるかなって思ってさ」

ひよこ,「もう……驚かさないでよぉ……私の体……触っていいのは、アタルくんだけなんだよ? アタルくんだけ特別に……好きなように触っていいんだってば……」

アタル,「それじゃ、遠慮なく……」

包み込むように、両手でそれぞれ触れると、ふよっ、と、胸の中に指が沈みこんだ。

ヒヨから、鼻にかかった甘い息が漏れる。

アタル,「痛くない?」

ひよこ,「ん……大丈夫……優しいから……ちょっとくすぐったいぐらいだよ……」

もう少し、強くしても大丈夫ってことかな。

ちょっとだけ力を強めて、ぽよぽよと揉んでみる。

手の内側で、ふるふると弾む柔肉。

手のひらに当たる乳首の感触はちょっとしたアクセント。

アタル,「気持ちいいの?」

ひよこ,「よく、わかんない……くすぐったいみたいな……ん……多分、気持ちいいんだと、思うけど……なんか、ッ、ヘンな、感じ……」

まだヒヨの体は、未開発で快感を知らないのだろう。

未知のその感覚に、まだ躊躇っている、ってところかな。

ひよこ,「ん……でも、この感じ……嫌じゃないよ……? 体が勝手に、ぴくぴくしちゃう……これって気持ちいい、のかな……?」

アタル,「そっか、それなら良かった」

もうしばらくの間、俺はぽよぽよと胸を弾ませ続ける。

今までに触れたことのない物体を、思う存分弄り続けられている。それだけでも十二分に楽しい。

アタル,「昔はこんなに大きくなかったのになぁ」

胸を弄びながら、ボソッと一言。

その昔――小学生の頃までは、ヒヨと一緒に風呂に入ったこともあった。

その頃はお互いにまだまだ幼かった。第二次性徴だって来ていなかった。

つるつるぺったんつるぺったんで、ヒヨのおっぱいは母親と違うなんて思っていたものだけど。

いやはや、今ではすっかり見違えたもんだ。

ひよこ,「はっ……はぁ、はぁぁ……おっぱい、ばかり……アタルくん……んくッ!? っんふぅッ……!」

その硬くなった乳首を指先で摘む。

アタル,「敏感みたいだね?」

口を近づけ、先端をパクッと乳輪ごと咥える。

ひよこ,「ひゃあんっ!? やっ、ん、そんなッ、舐める、なんてっ、やだ、アタルくん、エッチだよぉっ!」

いきなりの攻撃にヒヨの体が、びくんっ!と跳ねた。

ヒヨの乳首を舌の先端でコロコロと転がす。まるでグミキャンディーのような食感だ。

1回始めたら、もう止まらない。俺は舌で執拗に責め、転がす。

アタル,「ヒヨのおっぱい、美味しい……気持ち、いい?」

ひよこ,「ん、ぁ、はぁっ……んぁ、やっ、いいよぉっ……!」

アタル,「そっか、いいんだ」

ヒヨは慌てて口を塞ぐ。

ひよこ,「えっ、あ、ち、違うの……い、今の、その……ウソ……ウソだよ?」

アタル,「ふぅん?」

俺はそのまま、ぺちゃぺちゃと意図的に音を鳴らして、乳首を転がし続ける。

鼻から、わずかに開いた口の隙間から漏れ聞こえる吐息がものすごくエロチック。

片方だけじゃかわいそうだ。

空いている手で、もう片方の乳首を摘み、転がすように刺激する。

くりくり、と、転がす度、断続的に甘い吐息が漏れ、その熱い吐息が額に吹きかかる。

アタル,「これでも気持ちよくないの?」

ひよこ,「くぅっ……んっ! ぁ、ふぅんっ! んぁ、っふ……ぅん、きっ、気持ち、いい……気持ちいいよぅ……アタルくんの舌……」

耳元に届く、ヒヨのその溶けるような声が、俺の脳を、そして、股間を直撃した。

やっと言わせてやった! という充足感に包まれる。

ひよこ,「うぅ……ずるい……私ばっかり、えっちみたい……」

アタル,「ん……そうだね、ヒヨがこんなにえっちな声を出してくれるとは思わなかった」

ひよこ,「ん、もう……ばかぁっ……恥ずか、しいっ……そういうアタルくんだって……そこ……そんなに大きくしてるし……こすりつけられてて……気になっちゃうよ……」

アタル,「そこ……? あ、ああ……」

無意識の内にヒヨの体にくっついていたらしい俺のモノ。

そして、無意識の内に、ヒヨの足にこすり付けていた。

どうりで俺もなんだか気持ちよくなっていたわけだ。

アタル,「気になるなら、触ってみる……? ヒヨが触ってくれたら、俺も嬉しいな」

ひよこ,「え……? そうなんだ……うん……触らせて……?」

熱に浮かされたようにふらふらとしながら、ヒヨは身体を起こす。

ひよこ,「私ばかりいっぱい触られて、気持ちよくされちゃったから……私もアタルくんにお返ししないと……ね」

そのお返しを拒むつもりなんて、何ひとつない。

ひよこ,「う、わぁ……あんまり目の前で見ると、恥ずかしいかも……すごいね……男の子のここって、こんなのが生えてるんだ……」

俺はベッドの上に仁王立ちになり、ヒヨは立ち膝。

王とメイドという互いの立場なら、なんだか正しい気がしなくもない。

ちょっと背徳的な感じが、俺の興奮を後押しする。

ひよこ,「アタルくんは恥ずかしくないの……?」

マジマジと、息が当たるほどの距離で見られる。

アタル,「恥ずかしいか恥ずかしくないかで言ったら……そりゃちょっとは……恥ずかしいけどさ」

ひよこ,「あは……やっぱ、アタルくんでもそうなんだね……」

ヒヨの両の拳を繋げてもなお余るほどの、自分でも驚くほどのサイズまでいきり立っていた。

アタル,「ヒヨの体に触ってたから、こんなになっちゃったんだ」

ひよこ,「ん……私を見て、興奮してくれた……ってこと?」

アタル,「……ああ」

ひよこ,「ふふっ……なんだか、嬉しいな。そっか、アタルくん、私のこと、女の子だと思ってくれてたんだぁ……」

アタル,「当たり前だろ……」

これ以上ないくらい、今のヒヨは女の子だ。愛しくてしょうがない俺の恋人だ。

ひよこ,「……昔は、その……ココ……こんなに大きくなかったよね?」

アタル,「昔のこと、覚えてるの?」

ひよこ,「そりゃ……お、覚えてるよぉ……だって、私にはついてないのが、こんなところにあるんだし……うーん……昔はもっとふにょふにょしてたと思うんだけどな……」

アタル,「ふにょふにょって……あ、そうか、思い出した。昔、ヒヨとお風呂に入った時、触られたことあるぞ」

ひよこ,「あはは……思い出しちゃった? あの時はちっちゃくて……おちんちんっておしっこするだけだと思ってたんだよね……授業で習った時は、驚いちゃった……」

アタル,「おちん……!」

突然、ヒヨの口から出た男性器ワードに、俺のおちんちんがいきり立った。

ひよこ,「あっ!? え、あ、あぅ! ……言っちゃったぁ……」

思わず口走ってしまった卑語に、ヒヨは顔を赤らめる。

当然、名前を知らないわけがないよな。

もっとも、今の俺の暴力的なコレは、幼少の頃のおちんちんなんて可愛い代物ではなく、ペニスやチンポって呼び方が相応しい気がする。

だって、今からコイツが――

アタル,「このおちんちんが、ヒヨの中に入るんだぞ?」

ひよこ,「あ……そっか……そうなんだよね……うぅ~……本当に入るのかなぁ……私のアソコ、こんなに大きくないと思うんだけど……」

アタル,「……そうなの?」

ひよこ,「え、あ、あぅ、うん、たぶん……計ったことないけど……」

アタル,「……そろそろ気づけよ、ヒヨ。今、わりとすごいこと口走ってるぞ?」

ひよこ,「えっ……? わっ、あ、はは、そうだね……えっと、ど、どうしよ……コレ、触ればいいかな?」

ぴと、と、改めて、ヒヨの手が、俺のモノに触れる。

アタル,「くぁ……っ!?」

他人に触れられた快感が、股間から脳天まで電流のように駆け巡る。

表面に太く浮き出た血管に、猛スピードで血が流れたのがわかった。

ひよこ,「わっ、わ……すごい、ぴくんってして、ぞわぞわってした……気持ち、いいんだ……?」

アタル,「うん、すごく……」

ひよこ,「アタルくん、どうして欲しい? どうすれば、アタルくんのこと、もっと気持ちよくしてあげられるのかな……?ごめんね、ホントに全然わからなくて……」

そのウブさは、純粋な証だ。謝る必要なんて何もない。

アタル,「それじゃ、ヒヨに男の仕組みを1から教えようかな……えっと、今、おちんちんを握ってる手で擦ってみて」

ひよこ,「こするんだね……? んーと……こう、かな?」

アタル,「くぁ……!?」

ヒヨの指が前後――というよりは、急な角度がついているため上下に近い――した瞬間、カリの裏側の一番敏感な部分を捉え、腰に電流が走った。

ひよこ,「わっ、わ……! き、気持ち、よかったの……かな?」

アタル,「う、うん……すごく……」

快感を証明するように、鈴口からはとろとろと透明な液体が溢れ、その液体は俺のちんちんを握り締めているヒヨの手にまで垂れる。

ひよこ,「わっ、なんかぬるぬるしたのが出てきたよぉ……えっと、これが、せーえき……なのかな……?」

アタル,「違う、違う……それはいわゆる……我慢汁だな」

ひよこ,「我慢、汁……? アタルくん、我慢しないで気持ちよくなっちゃっていいのに……」

アタル,「……別に我慢してるわけじゃないんだ。気持ちよくなると、自然に溢れてくるだけで……」

むしろ、好き放題、ヒヨにお願いしているくらいだ。

アタル,「ヒヨがもっと気持ちよくしてくれたら、その、なんだ、最後には精液も出るから……」

ひよこ,「う、うーん……そうなんだ……男の人って難しい……このぬるぬるは別に変じゃないんだね?」

アタル,「うん、普通普通。ヒヨがもっとたくさん擦ってくれたら、俺もどんどん気持ちよくなるから、できれば手を止めないでほしいな」

ひよこ,「うん、わかった。それじゃ、アタルくんのこと、もっともっと気持ちよくしてみせるからねっ」

随分と緊張もほぐれてきたらしく、ムンッとヒヨは眉を吊り上げて、決意を新たにした。

先走った汁がヒヨの手に絡むと、手の動きは滑らかになる。

その気持ちよさはローションを塗られたかのように格段に増す。

そして、その先走りが乾くよりも早く、与えられた快感でまた新たな先走りが溢れるものだから、留まるところを知らない。俺が達するまで続けられる無限機関だ。

ひよこ,「んっ、はぁ……すごい……おちんちんって……こんなに、熱いものなんだね……体温は変わらないはずなのにね……なんでこんなに熱いんだろ……不思議……」

アタル,「ヒヨが気持ちよくしてくれるからだよ……血がいっぱい巡るから……ずっと、熱いままで……うぁ……!」

ひよこ,「なんだかカメさんの頭みたいだし……ふふっ、最初はちょっと怖かったけど、だんだん可愛く思えてきちゃった。なでなで~」

亀頭の尖端を、ヒヨの手のひらが撫で回す。

今度は手のひらに先走り汁がまぶされ、そのまぶされた汁がまた快感を呼び起こす。

しかし、快感が高まるにつれ、最初の加減では、物足りなくなってくる。

アタル,「ヒヨ、少し、強く動かしてもらえると嬉しいな……」

ひよこ,「強く……んっ、しょ、このくらい……? わっ……我慢汁がもっと出たぁ……!」

アタル,「ぁ、はっ……もうちょっと強くしても大丈夫だぞ?」

ひよこ,「ぇ、ホント? 結構強くしてるつもりなんだけど、痛く、ないの?」

アタル,「もうちょっとだけだぞ……? 本気出されると痛くなっちゃうからな?」

ひよこ,「うん……それじゃ、んっ……んしょっ……こ、このくらいかな? 痛かったら、ごめんね……?」

望んだ通りに、ほんのちょっとだけ、ヒヨの指の動きが早まる。

アタル,「ぅあぁッ! ぁ、はっ、ヤ、ヤバ……すごく、気持ちいい……ッ!」

あまりの快感に、手持ち無沙汰な手が泳ぐ。

ひよこ,「そ、そうなの……? こんなに強くても平気なんだ……はぁっ……アタルくんのおちんちん……すっごく、熱くて……太くて……ぬるぬるしてて、えっちだよ……」

近くで呟くものだから、ヒヨの吐息が吹きかかる。

アタル,「ふぁっ……あ、あぁぁ……ヒヨ……好きだ……」

ヒヨの与えてくれる快感に、頭が呆けてゆく。

セーラさんにされちゃった時よりも、圧倒的に気持ちいいのは、やはり相手がヒヨだから、だろうか。

ひよこ,「ん、私も、好き……アタルくんじゃなきゃ、こんなことしてあげないんだもん……好きなアタルくんのおちんちんだから……かわいいって思えるんだろうなぁ……」

アタル,「ヒヨ……」

その愛しさは快感へと置換され、その快感こそが俺の絶頂への引き金だった。

アタル,「ぅあっ、ヒヨ……ごめ、もう、出ちゃい、そ……ッ!」

ヒヨの手のひらが、俺の敏感な部分を的確に摩擦する。

ひよこ,「ふぁ、ん、っ、んっ……アタルくんのおちんちん、すごいよぉ……はっ、はぁ、ぴくぴくってして、熱いのが流れてて……」

しゅっしゅっと、ヒヨの手はリズミカルに、ひたすらに、俺のモノを扱き続ける。

ゾワッと股下からスタートした快感の津波が、背筋を駆け抜け、脳や視覚に直接訴えかけてくる。

チカチカと眩く、白く。絶頂はもう間近だ。

アタル,「あ……っ、ご、ごめんっ、ヒヨっ……!これ以上、扱かれたら……ほん、とにッ……!」

もう堪えられない。口から溢れる言葉も片言だ。

ひよこ,「ん……はっ、ぁ、はっ……は、あっ……はぁ……はっ、はっ……ごくっ……ん……んんっ……」

俺の声が届いていないかのように、長い髪を振り乱し、豊かな胸を揺らしながら、俺の股間に刺激を与え続けてくれる。

ひよこ,「はっ、ぁ、はっ、はっ……すごい……なんだか、膨れてきてて……ぁ、おちんちん……すごいよぉ……」

ぞわっ……と、下腹部に熱い塊がこみ上げてくる。

ひよこ,「や……はぁぅ、はっ、はぁぁ、はぁっ、はぁ……はっ、あ、あぁ、ふぁ……はっ、はっ……」

俺が絶頂に達してしまうまで、あと数秒。

絶頂がこうも間近に見えてしまったら、俺の頭は絶頂に至りたい一心に支配される。

――俺の精液で真っ白に穢されたヒヨの姿を見たい。

目の前で、俺のをしごいてくれているヒヨに、全て浴びせかけたいという黒い意志が見え隠れする。

ひよこ,「どう? アタルくん 気持ちいい、気持ちいい?」

アタル,「うん……うん……ッ!」

多くの言葉を語ることもできず、俺はただ頷く。

射精を求め、腹筋が強張る。度を越えた快感に足がガクガクと震える。

元より射精の飛距離だの量だのといった加減はできるもんじゃない。

――出したい。出したい。出したいっ!

ひよこ,「ふぅ……ん、ん、ふぅ、ぁ……はっ、んはぁ……あ、あれっ? なんか、きゅってしたよ……?」

性欲のダムが決壊し、ポンプが一斉に子種を送り出す。

ひよこ,「あ、あれっ? えっ? おちんちん、あれっ? 根元から何かこみ上げて、きて――」

アタル,「ぅ、くぅっ……出るッ!」

ただ、絶頂の激流に身を流した。

ひよこ,「えっ、出るって――ひゃっ!? ひゃあぁっ!?」

尿道を駆け抜けた精液が、鈴口を押し広げ、俺の肉砲が火を噴いた。

自分でも想像していた以上に勢いよく噴き出た白濁の初弾は、ヒヨの顔面へと着弾。

ひよこ,「んぴゃっ!? ぁ、アタ、うぁ、あ、わっ……ひゃぁんっ! ふぁあぁぁっ!」

一度始まってしまった射精を止めることなんてできやしない。

初めての射精に取り乱すヒヨの顔へ、髪へと、とめどなく二弾、三弾目が降り注ぐ。

俺の子種で穢されてゆくヒヨの姿を、まるで他人事のように見つめてしまっていた。

アタル,「く、ぁ……ッ!」

ヒヨの顔にねっとりと貼りついた精液は、簡単には垂れ落ちないほど濃厚で、液体よりも固体に近い。

アタル,「ご、ごめん……気持ちよくて、止まらなかった……」

ひよこ,「あっ、ん……はぁ……ぁ、ふぅ……ん、ふぁぁ……ふはぁ……すごい……匂い……これが精液の……ん……ぺろっ」

ヒヨは自分の唇の横についた精液をぺろりと舐める。

アタル,「ちょ、ちょっ……!」

ひよこ,「ん、むぅ……もごもご……あまり美味しくはないね」

アタル,「そりゃそうだ……まずかったら、ぺっしなさい。ぺっ」

ひよこ,「ん、でも、大丈夫。アタルくんのだもん」

ニコッと微笑まれては、お手上げだ。

ったく……こんなひどい化粧をされてんのに、さっきよりも可愛く見えちゃうとか何事だよ。

ひよこ,「どうだった、アタルくん、私、上手にできたかな?」

上目づかいで、俺の顔を笑顔で見上げる。

アタル,「ああ……こんなに出ちゃったんだから、当たり前だろ……?」

俺の射精史上、最大の量であり、最大の快感だった。

ひよこ,「んー、もっと出るかな? あれ? 止まっちゃった? もう出ないのかな?」

ヒヨの手が、射精した後だというのに、さらに変わらぬ強さで扱き続け、責め立ててくる。

アタル,「ちょ、ヒヨ、もう、やめ……っ! タップ、タップ!蛇口じゃないんだから、出っ放しになるわけじゃ……!」

俺はヒヨの頭をぽふぽふと叩いて、降参を表明。

射精直後の敏感すぎる亀頭に、射精直前と同じ刺激は強すぎる。

ひよこ,「あ、そういうものなんだ……はぁ、いっぱい出たねぇ……ここに、こんなにいっぱい入ってたんだ……男の子って本当に不思議だよぉ……」

ふにふに、と、いたわるように、股下にぶら下がる玉を弄繰り回す。

アタル,「あの……出た後は優しくしてあげてね?」

ひよこ,「はぁい。ふふっ、アタルくんって、やっぱりかわいいなぁ♪」

白濁塗れの顔でニコーッと屈託のない笑みを浮かべる。それはまさに俺だけのプリンセススマイル。

アタル,「……いやいや、お姫様の可愛さには負けますよ」

ひよこ,「ありがとっ♪」

なるほど、惚れ直す瞬間って、こういうものか。

……

…………

顔を汚していた白濁を拭い取り。

ついでに、体に中途半端に身に付けていたパジャマをも剥ぎ取ってしまい。

ヒヨは生まれたままの姿を俺の元に晒す。

ひよこ,「は、恥ずかしいぃ~……」

アタル,「散々、俺の一番恥ずかしい場所を見たし弄くっただろ?これで、おあいこ、おあいこ」

ひよこ,「お、おあいこじゃないよぅ……女の子には恥ずかしい場所がいっぱいあるんだもん~~ッ!」

少しは遠ざかったと思っていた緊張感が一気にぶり返してきたらしい。

ヒヨの体は強張っているが、それ以上に俺の股間が強張っていた。

初めて見るヒヨの一番大事な秘部。ピンク色のスリット。

そこを目の当たりにしてしまっては、今更ブレーキなんて利かせられるはずもない。

アタル,「本当に……してもいい?」

ひよこ,「う、うん……でも、その……優しく、してね?」

アタル,「ああ……」

そんなお約束セリフに、ツキュンッと、ハートの矢で射抜かれた気がした。また惚れ直してしまった。

これより、前人未到のヒヨの中に侵入する。

1回達して間もないというのに、俺の下半身は堅さを増した。

右手をヒヨの股間に添えて、左手を自分の股間に添えて。

ヒヨのスリットを割り広げて、俺のモノを宛が――

ひよこ,「やっ……そこ、じゃないよぉ……」

アタル,「あ、あれ……? えっと……」

――おうとして、失敗した。

如何せん初めてのこと、ヒヨの性器の位置が掴めない。

興奮し切った俺の股間は垂直に近い角度がついてしまっており、どこか違う場所に当たってしまう。

ひよこ,「も、もっと、下だよ? そこだと、あのっ、お豆のとこに当たっちゃう……から……」

アタル,「えっと、こ、この辺かな……?」

ヒヨの体の上で慌ててる俺はなんとも情けない。

ヒヨの中から染み出てる愛液と俺の先端から溢れ出る我慢汁だけが交じり合っていて、肝心の場所が交差しない。

左手を操り、斜角を調整。

ひよこ,「ん、あ、そこ……かな……?」

……あ……?

右の指で触れている部分に、自分のモノが触れた。

ヒヨの窪みに、俺の先端が触れたのがわかった。

でも、本当にこんな狭い穴に、俺のモノが入るのか?

自分のモノが特大サイズとはうぬぼれちゃいない。おそらく、標準程度だと思うんだけど。

しかし、あまりにもヒヨのココと、俺のモノのサイズは違いすぎる。

例えるならば、ちくわの穴に、アメリカンドッグを詰め込むことができるだろうか? っていう話だ。

それはヒヨもわかっているらしく、息を呑む音が聞こえた。

アタル,「本当にいいんだな? 一度入れちゃったら、止められる自信はないぞ……?」

ひよこ,「もう……大丈夫だよ……っ。ここまでしてるんだから、覚悟、できてるから……っ!」

ひよこ,「あっ、でも……約束、して……アタルくん。絶対、最後まで……して」

アタル,「最後まで……?」

ひよこ,「私の中に入れて、初体験の最後まで……アタルくんが、その……もう1回、しゃせーしちゃうまで……」

アタル,「ヒヨ……」

ひよこ,「……私、アタルくんのこと、大好きだから……そこまでしてあげたい……だって、せっくすって……そういうことなんだもんね?」

アタル,「まぁ……そうだけど……」

ダメだ。ヒヨにまっすぐに見つめられて、そんなことを言われたら、理性がドンドン崩れてく。

そんなことを真剣に言われたら、やるしかなくなるじゃないか。

アタル,「それじゃ、入れるよ……?」

窪みに肉槍の尖端を押し当て、腰に力を入れる。

ひよこ,「んくぅっ……!」

しかし、硬く閉じている窪みに、無理矢理押し込もうとしても、なかなか入っていきそうにない。

無様に腰を前後させるものの、なかなか広がってくれない穴にゴツゴツと当たるだけ。

ひよこ,「んっ、ア、アタルくん……それ痛い……」

アタル,「ご、ごめん……」

この方法じゃ、ダメか。

それなら、と、俺は窪みに尖端を押し当てたままで、腰をくねらす。

アタル,「……ん?」

入口にカリの部分が引っ掛かり、俺の腰が少しだけ進んだ。

ひよこ,「……うぅうぅうぅぅっっ!?」

狭いヒヨの膣口に、尖端がほんのちょっとだけ飲み込まれた。

これは小さな進展。だけど、俺たちにとって大きな進歩だ。

木材に釘を打ち込む時のように、尖端が入り、取っ掛かりさえできてしまえば。

後は打ち付けて、奥に進むだけ。

ひよこ,「あ……あ、ぁ、あっ……! ん、んぃぃぃっ……ぁ、あっ、いッ……たぁっ……!」

自分では意識していないのだろうが、ヒヨの腰がずりずりと逃げようとする。

せっかく入りそうだったのに、抜いてたまるものか!

アタル,「ごめんっ……!」

俺はヒヨの腰と太ももを軽く持ち上げて。

無理矢理自分の方へと引き寄せた。まさにカナヅチで打ち付けるかのようにだ。

ひよこ,「ぁう、っぐぅうぅぅぅぅッ!」

俺を受け入れたヒヨの体が、びくびくと跳ねる。

きっと、今、ヒヨの全身を駆け巡っているのは快感ではなく痛みだ。

一気に引き寄せ、ヒヨの中を奥の奥まで貫いて。

そして、俺の尖端がヒヨの一番奥をノックした。

涙を浮かべるヒヨの顔を見てしまったら、心に宿るのは達成感よりも罪悪感だ。

アタル,「っはぁ……はぁ……奥まで、届いたぞ……ごめんっ、ごめん、ヒヨ……」

ひよこ,「っは……はぁっ、はぁ……あやま、らな、くてっ……いいよぉっ……! だって、わた、私、が……してって……!」

息も絶え絶えに、ヒヨは言葉を漏らす。

あまりに断続的で、それが痛みによるものだというのは、容易に想像できた。

ふと結合部を見やると、ヒヨの純潔の膜を貫いた証が滴っていた。

それは乙女だった証の赤色。女の子から女への変貌。

アタル,「しばらくこのまま止めておくから……ヒヨはゆっくり深呼吸……な?」

ひよこ,「うん……はぁ……はぁっ、はぁっ、はぁ~……」

熱く長く息をつく。

ひよこ,「はぁ……ホントに全部……入ってるんだね……おなかの奥の方まで……アタルくんのを感じるよ……」

アタル,「これ現実なんだよな……俺も、なんだか信じられないよ……」

いつも一番近くにいた女の子と、これ以上ない一番近くへと近づいた。

近いどころか、互いの体が交わりあってるんだもんな。零距離どころか、マイナス距離だ。

ひよこ,「アタルくんと結ばれちゃったぁ……夢だったんだよ……好きな人同士がこういうことをするって知った時から、私、アタルくんと、ずっと……ふぇ、ふぇぇぇ……っ!」

ヒヨの堰が切れる。

ぽろぽろと瞳から大粒の涙が流れては、頬を伝い、ベッドのシーツへと染み込んでゆく。

アタル,「……ありがと、ヒヨ」

俺のために涙を流してくれている女の子と繋がったまま、俺は彼女をギュッと抱きしめた。

ひよこ,「嬉しいよぉ……ずっとずっと……アタルくんとこうしたかったよぉ……!」

俺の耳元で『ずっと、ずっと』と、今までの想いを告げる。

胸が締め付けられそうなほどのヒヨの想いが、聴覚から、触覚から、いや、五感全てから伝わってくる。

他の誰でもない、彼女を選んで本当に良かった、と。

――今、純粋にそう思えた。

ヒヨの涙が止まるまで、俺は彼女を抱きとめていた。

ひよこ,「ん、ぐす……ごめんね……少しすっきりしたよ……泣くつもりなんてなかったのに……困らせちゃったよね……」

未だ涙をめいっぱい溜め込んだまま、ヒヨは微笑む。

そんな彼女に言うべき言葉は、ほんのひとつでいい。

アタル,「好きだ、ヒヨ」

ひよこ,「私も……好きだよ。大好き、アタルくん……ちゅっ」

俺はヒヨとキスを交わす。

ひよこ,「っはむぅ、ん、んっ……あむ……んっ、ん、ちゅっ……ちゅるっ……んぁ、んむぅんっ……ん、んんっ、んぷぅ」

互いの舌を絡め合い、互いの濃厚な唾液を交換し合う。

アタル,「ご、ごめんっ」

媚薬のように甘いヒヨの唾液のせいか、無意識に腰が動いてしまった。

眉をしかめたヒヨだが、じっと俺の方を向き直る。

ひよこ,「ね、アタルくん……ホントは、動きたいんでしょ?」

アタル,「え……」

ひよこ,「さっき、手でしてあげたみたいに激しくしないと、気持ちよくなれないんだよね……?」

アタル,「え、いや、まぁ……でも、こうやって、ヒヨの中に入ってるだけでも、充分気持ちいいけど……」

ひよこ,「……もっと、気持ちよくなりたくないの?」

アタル,「それは……まぁ……なり、たい……」

その問いに、俺は縦に首を振る。

ひよこ,「それなら、いいよ……私、アタルくんの好きにしていいって言ったもん……最後までやめないで、とも言ったし……それに……ね」

アタル,「……それに?」

ひよこ,「アタルくんとキスしてたら、ちょっとだけ楽になったから……多分、今なら、我慢できなくないと思う……」

アタル,「それじゃ、言葉に甘えて動くけど……我慢できなくなったら言うんだぞ?」

ヒヨが大きく頷くと同時、俺は腰をゆっくりと動かし始めた。

まずは、子宮口のキスしていたペニスを入口近くまで、ゆっくりと引き抜く。

ひよこ,「あ……ぁ、ふぁ……ん……んぐぅ……ッ!」

手は強くベッドシーツを掴み、口からは痛みに耐えるような息が漏れる。

痛みを堪えているのは歴然だった。

でも、中途半端に永らえて、苦しめ続けるよりは、一気に終わらせちゃった方がいいんじゃないだろうか。

抜ける直前まで引いた腰を、またずぶずぶと奥まで突き入れてゆく。

ひよこ,「っ、ぃん、んひぃいっ……! んんんんーッ!」

たった、これだけ。たったこれだけの一往復にも関わらずだ。

入れているだけでもどかしかった快感は、一気に射精を感じさせる痛烈な刺激へと変化した。

一度、本気で動き始めてしまったら、ヒヨに何を言われても止まれそうもない。

アタル,「……本当に、大丈夫なのか?」

理性を失ってしまう前に、俺は再度ヒヨに確認をとる。

ひよこ,「ちょっとだけ、痛いけど、大丈夫っ、大丈夫だよっ。我慢、できる、からっ。最初より全然平気になったから」

ひよこ,「いいんだよ、アタルくん。いっぱい動いて。私で、いっぱい気持ちよくなって。いっぱい……愛して」

パキン、と。

俺の動きを制御していた理性が、壊れる音が聞こえた。

ずるっ、ずっ、ずりゅっ。

さっきとは比較にならないほどのスピードで、腰を前後させる。

律動と共に、結合部は粘性を含んだ音を鳴らす。

俺の我慢汁、ヒヨの愛液、そして、汗と純血。

互いの体液は、俺の滑りをよくする潤滑油だ。

ひよこ,「ふっ、あぁっ……ん、く、うぅんっ……!んんんっ! くっ……うっ……んくうぅッ……激し、いっ、ふぁっ、壊れちゃうぅ……ッ!」

しかし、腰を前後させる度、ヒヨは表情を変える。

破瓜の痛みが柔らいでいるような様子はない。

愛液と血液でぬめり、俺の腰の勢いは俺の意思とは無関係に早く荒くなってゆく。

露出したヒヨの胸がぷるんぷるんと激しく上下に揺れる。

薄闇の中で乳首が弧を描き、残像さえ見えた。

手では胸の感触を味わいたくて、指で乳房の先端をこねまわしながらも、さらに腰の動きは加速。

ひよこ,「ふっ、あ……あぁあんっ! アタル、くぅんっ、おっぱい、強、すぎ、そんなに掴んじゃ……!」

痛みに眉を潜め、汗を垂れ流し、髪を体に張り付かせているヒヨを見下ろしながらも、下腹部ではじわりじわりと絶頂のメーターが高まってくる。

アタル,「ヒ、ヒヨっ……もう、すぐ、もうすぐ、イクから……!」

ひよこ,「はっ、あぁっ、あっ、ぁ、はぁっ、あぁっ! イク、の? アタルくん、またしゃせー、するのっ!?」

ヒヨの膣内の心地よさを味わい続けたかったが、絶頂は程近い。

いや、ヒヨをこれ以上、苦しませずに済むのだから、終わりが見えたのは好都合だ。

アタル,「あぁっ、ヒヨ、俺、もう出る……ッ!」

ひよこ,「んっ、ふぁ、はぁっ! いい、よっ……! アタルくん……いいから、全部、このまま、出して……ッ!」

アタル,「え……こ、このままって……!?」

ひよこ,「平気だからっ……抜かないで、大丈夫だからっ……! このまま、膣中に欲しいのっ、アタルくんの、せーえきっ、全部っ、全部、膣中に出して……ッ!」

アタル,「いいの……!?」

初めてなのに、生で中出し……!?男を狂わせるのに、あまりにも甘美すぎる誘いだ。

ひよこ,「うんっ、平気っ……! だって、せっくすしてるんだもん……っ、私、大丈夫、だからっ……中でいっぱい、アタルくんを感じたいの……アタルくんが欲しいの……!」

耳に届くヒヨの声もまた甘美で、俺の心と体が落ちるには充分すぎた。

トドメとばかりに、彼女の望みを叶えんがために。

ひよこ,「あっ、はっ、ふぁっ、あっ、アタル、くぅんっ、アタルくんっ、あっ、あ、はぁあぁっ!」

俺は高まりつつある射精衝動を、ただ、ただ、乱暴にヒヨへとぶつける。

ひよこ,「あぅ、んっ! 私の、膣中で……ビクビクって、震えて、大きく、なってっ……あ、あっ、はぁ、はぁっ!」

頭が真っ白になる。セックスの快感以外の感覚を認識できなくなる。

アタル,「出る、出すぞ、全部、ヒヨの膣中にっ!」

ひよこ,「きてっ、あ、あっ、ぁあっ、はっ、あっ、ふぁ、んぁっ、はぁっ、んぁ、んあぁぁっ!」

下腹部で白い花火が炸裂するかのようなイメージを覚えた次の瞬間。

ひよこ,「んぅっ! んうぅんぅっ!」;

全身に打ち上げ花火が放たれたような衝撃が走る。

それと同時、俺の肉茎からは白濁の花火が打ち上がり、一気にヒヨの膣内へと解き放たれた。

肉銃からの精の一斉掃射は、一直線に子宮へと辿り着く。

アタル,「ヒヨ……ヒヨっ……!」

弾力あるヒヨの腰を両腕で押さえつけ、互いの性器の結合部には隙間を空けない。

ペニスは脈打つ度、容赦なく、全ての精をヒヨの中へと吐き出す。

ひよこ,「んあぁあぁっ……なかっ、なかぁっ……私のなかで、すごい、びくびくって、跳ねてっ、いっぱい、出てるぅっ……」

アタル,「ん、ぐ……うぅっ……!」

ひよこ,「はぁっ、ふぁっ……んっ、ま、まだ、出るの……?」

アタル,「まだ、っていうか……ヒヨの中が離してくれないんだよ……!」

ヒヨの内側が俺のモノに熱く吸い付き、絡んでくる。

ようやく全てを吐き出し、ヒヨの中から開放されるまではそれからもういくらかの時間を必要とした。

アタル,「あっ、はぁ、はっ……き、気持ち、よかった……」

ヒヨの中で果てた感覚は極上だった。

ひよこ,「うん、アタルくん、すっごく気持ちよさそうな顔してた……私の中、そんなに気持ちよかったんだ……?」

アタル,「ああ……癖になるくらいだった……ごめんな……ヒヨは痛いばかりで、あんまり気持ちよくなれなかったろ?」

ひよこ,「うん、痛かったけど……アタルくんとぴったりだったから、幸せだったよ。だから、全然へっちゃら。それに……最後の方は、ちょっと慣れてきたかも……」;

アタル,「ん?」

ひよこ,「なんでもない、なんでもないよ」

アタル,「次はヒヨのこと、もっと気持ちよくしてあげられるように頑張るからさ……ありがとな」

ひよこ,「お礼なんていわなくていいのに……ん……ちゅっ……アタルくん、だぁい好きっ……♪」

アタル,「俺も好きだ、ヒヨ、ん……」

裸のまま重なり合い、ヒヨと顔を合わせキスを交わした。

何度聞いても、ヒヨの愛の言葉は耳に心地よかった。

静かな夜。俺とヒヨ以外には、誰もいない夜。

俺たちは誰にも邪魔されることなく、添い遂げることが出来た。

そして今、俺たちは快感の余韻を楽しみながら、お互いの瞳を見詰め合っていた。

ひよこ,「んふふ~~、アタルくん?」

アタル,「うん?」

ひよこ,「何でもないよ~。えへへ、ただ呼んでみたかっただけ」

アタル,「そっか。じゃあ、ヒヨ?」

ひよこ,「何? アタルくん?」

アタル,「ははっ、俺もただ呼んでみただけだ」

ひよこ,「もぅ~、アタルくんってば真似っ子さんなの?」

俺とヒヨは他愛のないお喋りを続ける。

頬をつつき合ったり、髪をすき合ったり、時折、顔を寄せ合ってキスをしたり……。

間違いなく、幸せな一時だった。俺とヒヨは笑い合って、頷き合って……また、そっとキスをし合って。

ひよこ,「アタルくん。私ね、お姫様でも何でもないけど……でも、アタルくんへの想いだけは、世界できっと一番だよ?」

ひよこ,「だから私……頑張るね? アタルくんと一緒にいられるように。アタルくんの一番近く……すぐ隣に立っていても、変じゃないように」

アタル,「なら、俺も頑張るよ。ちゃんとした王様として、振舞えるようにさ」

アタル,「ヒヨ、前に言ってたもんな。女の子は白馬の王子様に憧れるってさ」

アタル,「ヒヨにもっと好きになってもらえるように、俺も頑張る。うん、今そう決めた」

ひよこ,「アタルくん……うん。頑張って行こうね。2人で一緒に、どこまでも……ずっと、ずっと」

ひよこ,「……大好きだよ、アタルくん。だい、だいだい、だぁ~い好き。えへへ……」

アタル,「俺もだよ、ヒヨ。大好きだ」

ひよこ,「両想い、だね。大好き同士だね」

アタル,「あぁ」

ひよこ,「ふふっ。幸せだよぉ~……はぅ~」

ヒヨは気の抜けた可愛らしい声を漏らす。俺はそんなヒヨの頭を、そっと撫でてやる。

ひよこ,「あぅ……んっ、気持ち、いいよぉ……」

ひよこ,「もっと、アタルくんとお喋りしていたいのに……んぅ、眠く、なっちゃう」

アタル,「眠っていいよ、ヒヨ。眠るまで、俺がこうして頭を撫でててやるからさ」

ひよこ,「んぅぅ~、でもぉ……はぅぅ」

アタル,「初めてで、疲れてるだろ? 無理しないで、俺に甘えていいんだぞ?」

ひよこ,「うん……ありがと、アタルくん……んっ、おやすみ、なさい……」

アタル,「あぁ、おやすみ、ヒヨ」

ひよこ,「すぅ~、すぅ~……んっ、すぅ、ふぅ……」

ヒヨはかなり疲れていたらしく、すぐに眠りに就いたみたいだった。

日中は遊園地でデートをして、そして夜は……初体験。うん、疲れきって当然のハードスケジュール。

特に男以上に、女の子の初体験は、精神も体力も使い果たすほどの一大イベントだ。

俺は静かな寝息を立てるヒヨを、起こさないように、心地よく眠れるように、そっと撫で続ける。

ひよこ,「……んた、る……ぅん」

アタル,「んっ?」

ひよこ,「んぅぅ~……アタル、くん……大好きだよぉ……」

夢に俺を見てくれているのか。ヒヨは小さな声で、俺の名前を呼んでくれた。

アタル,「俺もだよ、ヒヨ」

ひよこ,「んぅ~~~……」

俺はそれからしばらくの間、ヒヨの健やかな寝顔を見守り続けたのだった。

朝の訪れを感じた俺は、ゆっくりと目蓋を持ち上げようとした。

しかし、どうにも身体がけだるくて、力が入らない。あぁ、このままもう一度、夢の世界に旅立ってしまいたい。

ふとそんなことを思った瞬間、俺の耳にヒヨの軽やかな声がすっと入り込んできた。

#textbox Khi0420,name
ひよこ,「アタルくん、朝だよ? さぁ、起きて起きて~?」

アタル,「んっ……あぁ、おはよう、ヒヨ」

あれだけ重たく感じた目蓋も、ヒヨの声で途端に軽くなった。

もし今、ヒヨの声の代わりに目覚まし時計が鳴っていたら、俺はきっとここまで素直に起きはしなかったはずだ。

我が事ながら、現金なモンだなぁと思う。

#textbox Khi0460,name
ひよこ,「うん、おはよ、アタルくん! 今日もいいお天気だよ?」

いつのもメイド服ではなく、パジャマ姿のヒヨが俺のすぐ目の前でにこやかに笑う。

アタル,「……」

寝起きの俺は、ぼ~っとヒヨの笑顔に見惚れたのだった。

#textbox Khi0410,name
ひよこ,「どうしたの、アタルくん?」

アタル,「いや……何かこう、幸せだなぁって」

#textbox Khi0420,name
ひよこ,「えへへ~、実は私もだよ? 起きてすぐアタルくんの顔を見て、何だかほわほわぁ~ってしちゃったもん」

#textbox Khi0410,name
ひよこ,「お布団から抜け出してパジャマを着るの、すっごく気合が必要だったんだよ? 少しでも気を抜くと、へにゃぁ~ってなっちゃって」

そう言えば、ヒヨは寝る前、いつの間にやらパジャマを着ていたな。

#textbox Khi0420,name
ひよこ,「でもでも、いつまでもパジャマを着ないわけにもいかないから、頑張っちゃったよ~」

裸どころか、恥ずかしい部分を全部見せてるのに、今更、何を恥ずかしがることがあるのかと。

その辺の感覚は女の子特有だよな。俺は男だし、もう全部見られた後だから、ヒヨの目の前で着替えても全然恥ずかしくはない。

俺は胸中で、ちょっと想像してみる。ヒヨにじっくり見つめられながらに着替えをする自分。

……訂正。やっぱり男でも少し気恥ずかしいかもしれない。どうやら、そんなドM体質じゃなかったらしい。

ちなみに布団の中にいる俺は、未だに全裸なぅ。

#textbox Khi0460,name
ひよこ,「アタルくんの寝顔を前もって見たことなかったら、本当に危なかったかも。うん。へにゃ~の危機だったよぉ」

アタル,「……すればよかったのに。今日だけ特別ってことでさ」

#textbox Khi0470,name
ひよこ,「ううん、ダメだよ。そんなこと言っちゃったら、もうずっと毎朝、へにゃ~ってなっちゃいそうだもん」

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「だって、昨日の夜だけ……じゃないでしょ?これからはずっと一緒なんだから……」

アタル,「それは、そうだな。でも、毎朝起きてすぐはヒヨとへにゃへにゃするのが日課って言うのも……いいかも?」

#textbox Khi0440,name
ひよこ,「あぅっ、あ、アタルくんが私を誘惑するぅ。ころっと落ちちゃいそう……」

アタル,「ははっ、さぁ来い、ヒヨ。布団の中はまだあったかいぞぉ?」

俺は少しだけ布団をめくって、ヒヨを誘う。

ヒヨの視線は俺と、俺のすぐ隣の開いたスペースを忙しなく行きかう。

待てと指示されて、エサとご主人様をキョロキョロ見やる小さなワンコみたいだった。

#textbox Khi0430,name
ひよこ,「あうぅぅ~。ダメだって、わかってるのに。もう起きる時間だから、アタルくんを布団から出さなきゃいけないのに……」

#textbox Khi0450,name
ひよこ,「うぅ、あたたかベッドの魔力に抗えない自分がいるよぉ。ど、どうすれば……」

アタル,「迷っているうちに布団の暖かさがなくなってくぞ?」

#textbox Khi0480,name
ひよこ,「はうっ! と、飛び込むなら、今しか!? で、でもでも!」

ヒヨが迷いに迷って、身をくねらせ始めた―――その時だった!

#textbox kas0110,name
アサリ,「王様ー? アサリですよー? 入っちゃっていいですかー?」

俺の部屋の扉の向こう側から、アサリさんの間延びした声が!

#textbox Khi0440,name
ひよこ,「ひゃぁっ!?」

アタル,「のぉっ!?」

それに驚かされた俺……は、まだいいとして……問題はヒヨだ。

驚いた拍子に足を滑らして、ヒヨは俺の元に倒れこんで来たのだ!

ドアのすぐ向こうにあのアサリさんがいると言うのに、俺とヒヨはベッドの中でくんずほぐれつ。

ヒヨのパジャマは少しだけ乱れて、そして俺は全裸!まさにこれ、言い訳不可能な状態だ!

あっ、いやまぁ、誤解でも何でもなく、俺とヒヨは一夜をともにしたわけだけど……それはともかく!

アタル,「ちょ、ひ、ヒヨ、は、離れないと!」

#textbox Khi0470,name
ひよこ,「ご、ごめんなさぁい、びっくりして―――」

#textbox Khi0440,name
ひよこ,「―――って、アタルくんも早く服を着なきゃ!アサリさんに見られちゃうよぉ!」

アタル,「と言うか、ヒヨが今ここにいるのを見られるのもまずいんじゃ? いや、起こしに来たと言うことでセーフか?」

#textbox Khi0490,name
ひよこ,「あっ、じゃあ、私はベッドの中で丸まって、何とかいないように誤魔化しちゃうよ!」

アタル,「バレる! それは確実に一目瞭然だ!ヒヨじゃあるまいし、騙されるか!ましてや相手は、あのアサリさんだぞ?」

ひよこ,「むぅぅ~~、私じゃあるまいしって言うのは、ひどいよぉ! アサリさんがすごいのは、私にもわかるけど」

アサリ,「本当にひどいのはアサリを延々と部屋の外で待たせちゃうお2人じゃないかなー、とまぁ、そう思う今日この頃ですよー」

ひよこ,「あっ、すみません……って、アサリさん!?」

気がつくと、俺たちのすぐ傍……ベッドの脇にアサリさんが立っていた。

アタル,「い、いつの間に入って来たんですか?扉が開く音なんて、しなかったのに」

本当に、底知れない人だ。

アサリさんならこの国の各地に存在する忍びの奥義をすべて習得していたとしても、全然不思議じゃないと思う。

アサリ,「いえいえー? アサリはごく普通に入ってきちゃいましたよー? お喋りで気づかなかっただけ、でわー?」

アサリさんは驚く俺たちを軽くスルーして、いつものマイペースな口調で話し始める。

今朝も変わらず、アサリさんはフリーダムだった。

アサリ,「まぁ、そんなことよりも今は言うべきことが2つほどあるのですよー。まずはー」

アサリ,「おはよーございます。よい朝ですねー?」

アタル,「あ、は、はい。何はともあれ……おはようございます」

アサリ,「次に、これは絶対に言わねばならないのですよー。ふふー、昨日はお楽しみでしたねー?」

アタル,「……な、何のことやら?」

アサリ,「えー? そこでとぼけちゃうんですかー? まー、楽しんだかどうかは胸の奥。他人に聞かせることじゃないよーってことですねー」

アサリ,「って言うかー、聞かなくてもさっきのやり取りと、今のお顔を見るだけでわかっちゃいますけどー」

ひよこ,「……はうぅ。た、楽しかったし、幸せでした……」

にこやかに話すアサリさんに釣られてか、ヒヨはそう呟いてほっぺを赤くするのだった。

アサリ,「ですよねー。うんうん、仲良きこと、よきかなよきかなーですよー」

アサリ,「いやー、でもでも、アタルさんとひよこさんがねー。うふふのふー、ですー」

アタル,「アサリさん、昨日……どこにいたんですか?」

実はこっそりと俺とヒヨの初体験を見守っていた、とか言い出さないだろうな?

そんなことはあり得ないって断言出来ないのが、アサリさんと言う存在なんだと思う。

アサリ,「昨夜のアサリは傷心のセーラさんと一緒に、ちょっと色々なところを回っていましたよー?」

アサリ,「だからまぁ、アタルさんたちのウレシハズカシ初体験を覗き見るなんて、とてもとてもー」

そう言ってアサリさんは首を左右に振るけれど……俺はいまいち信じきれなかった。

アサリ,「さて、そろそろ本題に入りますよー?今も言った通り、セーラさんは傷心も傷心。ぶろーくんはーとなのですよー?」

アサリ,「もう国に帰るんだーって、昨日はさめざめと泣いての帰り仕度でしたー。面倒この上なかったですー」

アサリ,「ここの私室だけがセーラさん領域じゃなくて、他にもバックアップ用の拠点があるわけですしー。そこも撤収しなきゃでもう、てんやわんやですよー」

アサリ,「でー、アタルさんはその辺りについていかがお考えでしょーかー?」

ヒヨと結ばれて、俺はハッピーエンドを迎えられたと……そう思った。そう、錯覚した。

今ついさっき、アサリさんが訪ねて来るその瞬間までは。

でも、まだ何も終わっていない。俺に求婚してきたあのお姫様たちは今、傷つき帰ろうとしている。

まだ、何も終わっちゃいない。俺は2人に、自分の口から思いを告げていない。そしてお別れの挨拶すらもしていないんだ。

昨夜、俺はヒヨと話していて、こう思った。これが当然の結末で、仕方のないことだと。

でも、きっと『仕方がない』の一言で終わらせちゃ、駄目なんだ。

駄目だからこそ、今ここにアサリさんは姿を現したんだと思う。

アタル,「……セーラさんには、悪いことをしたと思ってる。いやもちろん、ミルフィにも……でも」

俺はアサリさんの問いかけに対して、答えを返す。

今の俺の本音を、ただただ真摯に。

アタル,「でも、やっぱり俺が好きなのはヒヨで……セーラさんたちと一緒になることは出来ない」

アタル,「セーラさんも、ミルフィも、俺にはもったいないくらいにいい人だと思う」

アタル,「本当なら、俺が頭を下げる側だったと思う。結婚してくださいって拝み倒して、それでも報われないような……そんなお姫様たちだと思う」

アタル,「でも、それでも俺はヒヨを選びました。ヒヨが、ヒヨこそが俺の一番大切な女の子なんです。この想いは、変わりません」

ひよこ,「……アタルくん」

すぐ真横で俺の言葉を聞き届けたヒヨは、ちょっと熱っぽく吐息を漏らす。

ヒヨは今の俺の言葉にドキッとしたのかもしれないが、俺も今のヒヨの吐息にドキッとさせられたぞ?

アサリ,「朝っぱらからの熱烈告白第2弾に、ひよこさんもドッキドキですねー」

アサリ,「さて? お二人の仲が好いことはもう重々にわかってますよー? それで具体的に今後どうしますー?」

アタル,「昨日は何も言えなかったけど、やっぱり俺が真正面から、2人に今言った内容を告げなきゃいけないと思ってます」

アタル,「2人とも、やっぱりまだ怒ってるかも知れないけど……俺は土下座をしてでも会ってもらって、話を聞いてもらわなきゃ」

アタル,「それがきっと俺がつけなきゃならない、けじめだと思うから」

アサリ,「ふーむふむー? ご立派な心意気ですねー。これがニッポン男子のオノコ魂でしょうかー?」

アサリ,「でもでもー、残念ながら会うことは土下座しても不可能ですよー? 特にミルフィさんなんて開戦準備しちゃうくらいのド怒りモードですしー」

アタル,「そ、そんなに怒ってるんですか?」

アサリ,「セーラさんも、もちろん帰国と平行して戦闘準備中ですよー? ミルフィさんにつられちゃいましたかねー? いわゆる失恋同盟ー?」

ひよこ,「あ、あの、開戦って、せ、戦争になっちゃうんですか?ミルフィさんの国と、私たちの国が?」

ヒヨは信じられないとでも言う風に、呆然と呟く。気持ちは俺も同じだった。

2人が怒っていたのは、確かだ。キッと射抜くような目で睨まれたことも覚えている。

エリスさんなんか、敵意を通り越して殺意を零していたようにも思う。

でも、それはあくまで俺に対してのみ……じゃなかったのか?

まさかこの国全体を目の敵にするほどの憎しみだったなんて……。

アサリ,「と言うか、そもそもにしてー、ちょっとした疑問点があるんですよねー?不可解ここに極まりなのですよねー?」

アサリ,「アタルさん。昨日、何故あのような伝言を柴田さんに託しちゃったんですかー?」

アサリ,「いえ、あるいはこう聞くべきでしょーか? アタルさんは本当に、柴田さんにあんな伝言を託したんですかー?」

アタル,「それは……どういう、ことですか?」

アサリ,「アサリは昨日、アタルさんと最後に会ったその時、変だなーと違和感を覚えましたー」

アサリ,「だって、あの伝言が真実なら、あの時のアタルさんはセーラさんたちにこう言うはずなんですよー」

アサリ,「『まだ敷地内にいたのか、このクソビッチが~。とっとと消え去れ、臭いんだよメス豚が~』とか?」

アタル,「…………は、はい?」

ひよこ,「あ、アサリさん! アタルくんはそんなこと、言いません! すっごくケンカしてても、絶対言わないもん!」

アサリ,「ですよねー。アタルさんの頭に収まっている辞書にはなさそうなボキャブラリーですよねー」

アサリ,「でも、昨日……セーラさんやミルフィさんに告げられた伝言は、そんな感じだったんですよー?」

アサリ,「何だかもう、ドS全開と言うかー? いえ、むしろ鬼畜王が全力で言葉責めって言うかー?」

アタル,「お、俺はそんな伝言、頼んでない……一言も、そんなこと……何で? どうして柴田さんは、そんな……」

アサリ,「やっぱりアタルさんに心当たりは欠片もなし、となるとー、柴田さんがクサいですねー?」

柴田さんは、一体何を考えてそんなことを言ったのだろう?

ヒヨは俺がそんなことを言うはずがないって言ってくれたけど、それなら柴田さんだってそうだ。

いつも穏やかな笑みを浮かべて、そつなく俺のフォローをしてくれて、礼儀正しくて……。

政府から派遣された、超エリート。アサリさんが言ったような言葉は、まず口にしないであろう人。

そのはずなのに……何で、なんだ?

アタル,「いや、どうして柴田さんがそんなことを言ったのかより、今の問題は……2人がそれを信じたことか」

アサリ,「お姫様ー、メスブタ言われー、開戦すー……ですしねー」

場を和ますためか、あるいはただ単に言いたかっただけか。アサリさんは何とも微妙な句を詠むのだった。

ひよこ,「……2人とも、どうしてそんな言葉、信じちゃうの? アタルくんがそんなこと言うはず、ないのに……」

アサリ,「まったくですねー? まぁ、ミルフィさんは直情的な方ですしー、エリスさんはミルフィさんの怒りに瞬時に即発されちゃう方ですしー」

アサリ,「セーラさんは愛していた者に裏切られたという気持ちが強いみたいで、ぺっこり凹んでましたねー」

アサリ,「アタルさんがそんなことを言わないって思えるのは、冷静に物事を見られる人と、その人を本気で愛している人でしょうねー」

アサリ,「この場で言えばアサリか、もしくはひよこさんかですねー。うんうん、ひよこさんの愛は強し、ですよー」

アサリ,「残念ながらセーラさんの愛はまだまだーってとこですねー。ひよこさんより3段くらいは下でしょーかー? もしくは数歩遅れー?」

アサリ,「まぁ、セーラさんも恋に恋焦がれていたところがありますからねー。仕方がないと言えば、それまでですけどー」

アタル,「……結構、辛辣なんですね」

アサリ,「あははー、何を今さら。アサリは好きなよーに動いて、好きなことを喋っちゃいますよー?」

アサリ,「だってアサリはセーラ様の直属ってわけじゃないですしー? 忠誠を誓っているわけでもないですからねー」

アタル,「……そう言えば、そうでしたね」

アサリ,「さてさて? これからどーしましょーかー? セーラさんとミルフィさんは帰国して開戦準備に取り掛かろうとしててー」

アサリ,「で、事の発端になった柴田さんの姿は見えず……うーん、これはかなり切羽詰っちゃってますねー」

アタル,「そう言えば柴田さんは? いつもならもう来てるはずなのに」

ひよこ,「私もアタルくんも、ずっと部屋から出て行ってないのに、何も言って来ないなんて変だよね?」

アタル,「今日に限って遅刻? もしくは休み?あの柴田さんが、何の連絡もなしに……?」

困った時の王の証頼み。俺は『CROWN』を手に取り、柴田さんへの連絡を取ろうとした。

柴田さんはすぐに電話に出てくれて、事情を説明してくれた。

昨日の発言には実は深い深い意味があって……。

当然のように、すでにアフターフォローも完璧で……。

ミルフィもセーラさんも今はすっかり落ち着いて、開戦準備の中止命令を発令しているのだと……。

――――――そう、うまく話は運んでくれなかった。

アタル,「…………駄目だ。繋がらない。いつもなら、すぐに出てくれるのに」

アサリ,「んー? ますますクサいですねー? まぁ、柴田さんについては置いておいてー、アサリはセーラさんのところに戻りますー」

アサリ,「で、ここに連れて来ちゃいますからー、あとはアタルさんが好きなようにお話しちゃってくださいねー」

アサリ,「誤解をちゃんと解けば、開戦準備は取り下げてもらえるはずですからー。これで1つ懸念事項が消えますねー?」

アタル,「ありがとうございます、アサリさん」

アサリ,「いえいえ、お礼なんて結構ですよー? アサリは今までのご飯とお宿のご恩を忘れないのですよー。何故なら、義理堅い女ですからねー」

アサリ,「んっ! 今ならまだ出国前に捕まえることが出来るでしょー。さて、行きますよ~? 一肌脱ぎ脱ぎですねー」

ひよこ,「あの、アサリさんの足が速いことは、知っていますけど……間に合いますか?」

アサリ,「だーいじょぶですよー。アサリを誰だと思っていますー?間に合います、間に合わせますよー。ご心配なっくー」

アサリ,「ごめんで済んだら戦争なんて起きないって言いますけどー、今回のはきっとごめんで停まる戦争ですしー? 絶対、連れてきますから~!」

言うが早いか、アサリさんはまるで猫のように……いや、チーター以上と思える加速力で、俺たちの前から立ち去った。

まさに疾風のごとく! と言う感じだった。

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ひよこ,「はわぁ~……本当に早いね、アサリさん」

アタル,「あぁ。あのアサリさんが絶対って言い切ったんだ。セーラさんは必ず、ここに来る」

アタル,「昨日の今日で会うのは、ちょっと気が重いけど……でも俺、ちゃんとけじめをつけるよ」

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ひよこ,「……アタルくん……んっ、はぅ……」

俺は不安げな表情を浮かべているヒヨを、頭を撫でることで落ち着かせた。

いや、逆かな? 俺はヒヨの頭を撫でることで、何とか落ち着こうとしたのかも知れない。

戦争。それだけは絶対に回避しなければならない。

2人が俺にビンタしたいって言うのならば、それは甘んじて受けようと思う。

でも、戦争は……侵攻を甘んじて受け止めることなんて、出来ない。

アタル,「ミルフィの方にも俺の話を聞いてもらえるよう、色々と手を打ってみないとな」

アタル,「性格的に、俺からの連絡なんて全部遮断しそうだけど……諦めるわけには行かない」

アタル,「あと、柴田さんにも会わないと。どう言うつもりか、しっかり事情も説明してもらいたいし」

アタル,「政府の方で何か立て込んでるのかも知れないし……あっ、政府側にもアポを取って……後は……」

俺はこれからやるべきことを頭の中で組み立てていく。今は時間が惜しい。

俺の真面目な思考は、腹の虫の音によって中断させられた。

……シリアスな雰囲気が、台無しだった。

我ながら締まらないなぁ。戦争の危機が迫ってるって言うのに。

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ひよこ,「ふふっ、まずは朝ご飯を食べなきゃだね」

アタル,「そんな暢気なことは言ってられないだろ? 一刻も早く動かないと。ヒヨもミルフィの性格は知ってるだろ?」

アタル,「アイツは攻めるとなったら、本気で攻めてくるぞ?こうと思い込んだら、最後まで突っ走るタイプだし」

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ひよこ,「うん。だからこそ……ちゃんとご飯を食べて、元気を出さないと! ほら、昔から腹が減っては戦は出来ないって言うでしょ?」

アタル,「いやいやいや、戦をするつもりはないんだってば」

#textbox Khi0420,name
ひよこ,「いいから、ご飯ご飯。さっ、食堂に行こう?」

アタル,「いや、ヒヨ? 事態は結構ヤバんだぞ?」

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ひよこ,「わかってるよ。でも、私はアタルくんの恋人だから……だから、アタルくんが無茶しようとしたら、止めるの」

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ひよこ,「アタルくん。焦っても、きっといい結果には結びつかないよ? だから、落ち着こう?」

アタル,「……そう、だな。うん。ありがと、ヒヨ」

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ひよこ,「ううん。アタルくんのパートナーだもん。当然のことなんだよ」

ヒヨはそう言い、俺に手を伸ばす。

俺はその手を取って、立ち上がる。さぁ、食堂に行こう!そして腹ごしらえをしたら、本格的に動こう!

そう決意して、背筋をピンと伸ばした。

すると、部屋の空気がやけに肌寒く感じられた。

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ひよこ,「……あ、あはは。アタルくんはまず、お着替えからだったね」

アタル,「そう言えば、まだ全裸だったな、俺」

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ひよこ,「昨日の夜と違って、その……い、今はあんまり元気、ないんだね? 何だか可愛い感じかも」

アタル,「ごめん。お願いだからちょっとあっちを向いててくれ」

ほっぺを赤くしてじぃ~っとこちらを見やってくるヒヨに、俺は情けない声を投げかけるのだった。

本当に締まらないなぁ。とほほ……。

………………。

…………。

セーラ,「なんなんですかなんなんですかなんなんですか?」

アサリ,「ジャンプしますから、ちょーっとだけ揺れちゃいますよー」

セーラ,「なんなんですかなんなんですかなんなんですかなんなんですかなんなんですかなんなんですか?」

アサリ,「だからー、事情は後で話しますから、今は大人しくしててくださいねー」

アサリ,「ほいっとー。野を越え山を越えー、ショートカットでコンビナートを越えてー」

セーラ,「なんなんですかなんなんですかなんなんですかなんなんですかなんなんですかなんなんですか?」

アサリ,「やっぱり下の道を走るより、煙突から煙突にジャンプする方が早いですねー。ほいっとー」

セーラ,「なんなんですかなんなんですかなんなんですかなんなんですかなんなんですかなんなんですか?」

アサリ,「んー、急ぎ過ぎたでしょーかー? いつの間にかセーラさんがリピートモードで固定化されちゃいましたー」

アサリ,「でもー、休憩を取る余裕はないのでー、このまま突っ切りますねー?お昼はアタルさんたちと取りたいですしー」

………………。

…………。

アサリ,「はふぅー。うん、もう少しで着きますよー」

セーラ,「はぁはぁはぁ、な、何なの、ですか? 本当に、何なのですか? きゅ、急に、こんな……はぁはぁ」

セーラ,「また、ここに私を連れ戻して……私に、どうしろと言うのですか? 今さらどんな顔で、アタル様に会えと……」

アサリ,「普通に会えばいいのですよー。アタルさんは別にセーラさんのことを何とも思ってないのですからー」

セーラ,「何とも!? あんな言葉を、私に告げるように命じておいて、ですか? そんな、そんなことって……」

アサリ,「いえいえ、そーではなくてですねー? はぁ~、どーして『アタルさんがあんな伝言を託すはずがない』と思えないのでしょーか?」

アサリ,「セーラさんの中のアタルさんは、そこまで極悪非道なわけですかー? アサリの知るアタルさんは、メス豚とか言わない人なんですけどー」

アサリ,「アタルくんがそんなこと言うはずがないよーって、そう信じたひよこさんの一人勝ちー。うん、順当だったのかもー」

セーラ,「……アサリさん、それは……どう言うことですか?もしかして、あの伝言は……」

アサリ,「まぁ、詳しくはアタルさんご本人からお聞きくださいませー、と言うことで、行きますよー?」

セーラ,「…………わかり、ました」

セーラ,「……アタル様……」

………………。

…………。

アサリさんがセーラさんを連れて俺たちの元に舞い戻ったのは、昼過ぎのことだった。

がちゃりとドアが開き、朗らかなアサリさんと……そして物憂げな表情のセーラさんが入室してくる。

アサリ,「出発直前だったから助かりましたよー。さすがに飛行機に乗られては、さすがのアサリでも困ってしまうところでしたー」

アサリ,「まさか撃墜してセーラさんを確保するわけにも行きませんしねー。騒ぎになっちゃいますしー」

やろうと思えば出来るんですか?そうツッコむだけの余裕は、今の俺にはなかった。

#textbox Kse0350,name
眼前まで歩み寄ってきたセーラさんから、俺は視線を動かせなかったから。

一晩顔を合わせていないだけなのに、ひどく久しぶりな対面のようにも思えた。

俺が見慣れていない、落ち込んだ表情をセーラさんが浮かべているからだろうか?

セーラ,「アタル様……」

アタル,「セーラさん……」

俺は口の中の唾を飲み込み、小さく息を吐く。そして、セーラさんに話しかけようとした。

アタル,「セーラさん、ごめん。俺―――」

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セーラ,「私の身体には、価値なんてない」

しかし、セーラさんは俺よりも早くに言葉を紡ぎ始めていた。

俺は口を閉じ直して、セーラさんの言葉に耳を傾ける。

だが、セーラさんの語った内容は……端的に言ってひどかった。ひどいとしか、言いようがなかった。

#textbox Kse0350,name
セーラ,「アタル様は私を好いていない。一欠けらすら、思慕を持ち合わせはしない」

セーラ,「私が枝垂れかかることで、アタル様がどれだけの忍耐を必要としたことか」

セーラ,「私のこの胸の……き、汚く醜い肉塊を押し付けられることに、内心どれほどの恐怖と憤怒を覚えたことか」

#textbox Kse0360,name
セーラ,「私は、にっ……肉便器……以下。よ、汚れた便器を洗う、肉の雑巾にすら満たない、役立たず。無価値な存在……」

セーラ,「あ、アタル様には相応しくない、塵芥。社交辞令の世辞を本気に取る、道化。そう、私は柴田さんから伝えられました」

アタル,「お、俺はそんなこと! 一言も頼んじゃいない!」

本当に、柴田さんは何を考えてセーラさんにそんなことを告げたんだろう? 

俺には柴田さんの考えがまったくわからなかった。

アサリさんからセーラさんはひどいことを言われていたと聞いていたけれど、まさかここまでひどいなんて!

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セーラ,「そのよう、ですね。そのお顔を見れば……今の言葉が嘘ではないと、わかります」

#textbox Kse03D0,name
セーラ,「いえ、もっと早くに気づくべきでした。昨日、アタル様は私に……侮蔑の視線など、投げかけてはおられなかったのですから」

#textbox Kse0350,name
セーラ,「なのに私は、戸惑うアタル様に捨て台詞を吐いて、一人涙して、ここを去って……ふふっ、道化との言葉は、これでは否定出来ません」

アタル,「そんなこと! そんなこと、ありません。俺が、悪かったんです」

アタル,「自分で言うべきことを人任せにした、俺が……」

アタル,「俺が最初からきちんと自分の口で伝えていれば……そもそも、こんなことにはならなかったんだ」

後悔しても始まらない。それはわかっているけれど、でも、思ってしまう。

柴田さんに『私から伝えましょう』と申し出られた時のことを。

あの時、俺は首を左右に振るだけの心の強さを持つべきだったんだ、と。

セーラ,「……アタル様。その心の中にある想いを、私にお聞かせください。アタル様の口から、アタル様の言葉で……」

アタル,「俺は……」

セーラ,「……はい」

アタル,「俺は、俺はヒヨを……西御門ひよこを、最愛の人と選びました」

アタル,「俺が好きなのは、ヒヨなんです。この想いに間違いは、ありません。だから……セーラさんとは、お付き合いできません」

#textbox Kse03D0,name
セーラ,「……そう、ですか」

アタル,「セーラさんのことは、好きです。大切だとも、思います。でもそれは……友達として、です」

#textbox Kse0380,name
セーラ,「……お友達。その言葉を頂けて、嬉しく思います。悲しくもあり、切なくもあり、悔しくもありますけれど」

セーラ,「今まで一緒に笑って過ごして来た時間は、嘘ではなくて。アタル様の微笑みも、照れたお顔も……演技ではなかったのですよね?」

柴田さんにひどいことを言われたからだろう。セーラさんは声に少しの恐怖を漂わせながら、俺にそう問いかけてくる。
#textbox Kse03D0,name
セーラ,「アタル様。あの日の出会いから、私たちは多くの時間を共有してきました。ともに食事をし、授業を受け、語らい、笑い合い……」

#textbox Kse0380,name
セーラ,「私と過ごしたあの時間は、楽しい思い出で……愛情は育めなかったけれど……友情は、生まれたのですね?」

アタル,「ええ。俺は、そう思っています」

#textbox Kse0370,name
セーラ,「そう、ですか。あぁ……とても、不思議な気分です。色々な想いと、これまでのことが胸の中で渦巻いて……」

#textbox Kse0350,name
セーラ,「心は今、軽いような……重いような……今朝起きたその時よりは、確実に好い気分ではあります、けれど。けれど……」

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セーラ,「私の今の、このひどく複雑な思いへの責任を……アタル様には取って頂きたく思います」

セーラさんはキッと俺を睨み、そして手を大きく振り上げた。

アタル,「……わかりました。どうぞ、セーラさん」

俺はゆっくりと頷いて、一歩前に出る。

俺は昨日、この手を受けておくべきだったんだ。

そうすれば、開戦だとか何だとか話がややこしくならずにすんだんだ。

あぁ、そうだ。きっとこれが……俺のつけるべきけじめだ。

俺はセーラさんのすぐ目の前で、目を閉じる。そしてその手が振り下ろされるのを待った。

#textbox khi0390,name
ひよこ,「―――待って!」

だが、そんなヒヨの声とともに、俺の身体にちょっとした衝撃が走った。

驚いて目を開いてみると―――――

ヒヨが俺のことを押しのけて、セーラさんの前に立っていた。

そしてその両手は、まるで、俺のことをかばうかのように大きく広げられていた。

アタル,「ひ、ヒヨ!? な、何やってるんだ!これは俺とセーラさんの問題だぞ!」

アタル,「いや……俺のけじめ。俺が受け止めなきゃらならないことなんだ」

ひよこ,「違うもん! アタルくんが取らなくちゃいけないけじめなんて、もうないんだもん」

ひよこ,「あるとすれば、柴田さんに伝言を頼んだことを、謝るべきだとは思う……けど、これは違うもん」

ひよこ,「セーラさんの手は……この手は、アタルくんじゃなくて、私が受け止めなきゃならないけじめなの!」

ひよこ,「セーラさん。アタルくんは、悪くありません。セーラさんの中にある今の思いは、私にぶつけてください」

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セーラ,「いいのですか? 私は、今だけは……絶対に手加減はいたしません」

ひよこ,「構いません。思いっきり、やってください。私は、ちゃんと受け止めます」

ひよこ,「セーラさんの手を受けるべきは、アタルくんじゃないんです。絶対に……私なんです」

ひよこ,「セーラさんはさっき、悲しみと切なさと悔しさがあるって、言っていました」

ひよこ,「でもそれは、アタルくんの選んだ相手がミルフィさんなら……きっと感じなかったはずなんです」

ひよこ,「いえ、きっと感じますけど……でも、ちゃんと納得が出来たはずなんです」

ひよこ,「だって2人は、アタルくんのお嫁さんになろうとしてるライバル同士だったから」

#textbox kse0350,name
セーラ,「…………」

ヒヨの必死な語りに、俺もセーラさんも気圧されてしまう。

俺とセーラさんは前後からヒヨに視線を注ぎ続ける。

ひよこ,「もし、アタルくんがミルフィさんを選んで、一緒に生きていくんだって宣言したら……セーラさんはきっと頷きます」

ひよこ,「もしかすると泣いちゃうかも知れないけど、でも、最後にはきっと笑うと思うんです。アタルくんに手を上げようなんて、思わないはずです」

ひよこ,「なのに今、セーラさんが手を上げたのは……アタルくんが選んだ相手が、私だったから」

ひよこ,「私は、ずるいんです。セーラさんとミルフィさんは、出会った時からお嫁さんになりたいって、ちゃんと言ってました」

ひよこ,「でも私は……幼馴染だとしか、言いませんでした」

ヒヨのその言葉で、初対面のあの日の会話が俺の頭に浮かび上がる。

ミルフィ,「ふぅん、じゃ、別にあたしたちとアタルを巡って勝負するってわけじゃないのね?」

ひよこ,「えっ!? う、うん、私はその、お姫様たちとは身分が違いますし!」

ひよこ,「それに、そのっ、アタルくんのお嫁さんになるとか、そんな、別に、私は、その、ただの、幼なじみだし……ね? アタルくんっ」

確かに、ヒヨは自己紹介の時にそう言っていた。そして、俺もヒヨの言葉に頷いたんだ。

お嫁さんになる気なんてない。そう言って、ヒヨはセーラさんとミルフィの手を握った。

ヒヨ自身は……あれが嘘を吐きながらの握手だったと、そう思っているのだろう。

だから、きっとこんなにも必死になっているんだ。

ひよこ,「私はお嫁さん候補じゃない。なのに、私はメイドさんとして、ずっとアタルくんの傍にいて……」

ひよこ,「私は、ずるかったんだと思います。スタートラインに、私だけ並ばなかったんです。だからセーラさんも納得が行かないんだと、そう思います」

ひよこ,「だから……けじめをつけなきゃ行けないのは、私なんです」

アタル,「ヒヨ……」

#textbox kse03D0,name
セーラ,「そう、ですか。えぇ……ひよこさんの想いはわかりました。そしてその想いに、私も納得が行きました」

#textbox kse0380,name
セーラ,「では、手加減無しで行きますよ?」

ひよこ,「……はいっ!」

#textbox kse0380,name
セーラ,「では―――」

セーラさんはその手を振りかぶり直し、そして勢いよく振り下ろした!

セーラ,「―――えい♪」

ひよこ,「…………え? セーラ、さん?」

しかし、ヒヨの頭に当たる前で急停止。

その手をほふんとヒヨの頭に乗せて、優しく撫で始めた。

セーラ,「ふふっ。私が本当にひよこさんを叩くはず、ないじゃないですか」

ひよこ,「で、でも、今、私の話に納得したって……」

セーラ,「私が納得したのは、ひよこさんの想い……その人柄そのものです」

セーラ,「こんなに純粋で健気なひよこさんだから、アタル様も好きになったのですねと、そう納得したのです」

セーラ,「悲しさも切なさも、そして悔しさもあります。でも、それはひよこさんがずるをしたから湧き上がったものではありません」

セーラ,「そもそも私はひよこさんがずるをしただなんて、そんなことは思っていませんよ?」

セーラ,「ずるだ何だと言い出したら、私なんてどれだけアタル様に色仕掛けをしたことか……」

セーラ,「それに今だって、本当はキスを狙っていたんですよ?」

ひよこ,「え? えぇっ!?」

セーラ,「手を振り上げたら、アタル様が目を閉じますでしょう?その隙に、唇にチュッと……」

セーラ,「最後に思い出としてキスを奪うくらいは、お茶目で済むのではないかなと思いまして。ふふっ」

セーラ,「こんな私です。だからひよこさんが負い目を感じることなんて、ないんです。堂々と、アタル様に寄り添ってくださいね」

セーラ,「もしも距離が開いて、誰かが入り込めそうな隙間があったら、その時は私が……ふふっ?」

ひよこ,「な、ないです! 私とアタルくんの間に隙間なんて、ありません!」

ヒヨはそう言うと、振り返って俺の身体に抱きついた。

ちょっとそのほっぺが赤いのは、セーラさんの流し目に色気を感じたからか。

セーラ,「……あぁ、やはりアタル様とひよこさんは、いつも一緒におられるのが似合いますわ。どうか、末永くお幸せに」

セーラさんはそう言い、すごく綺麗な笑顔を浮かべてくれたのだった。

セーラ,「すべては絆の深さ、ですね。私の魅力は、その絆に勝てるものではなかった」

セーラ,「私の予知夢がはずれてしまうなんて……アタル様の『当たらなさ』はさすがですね、ふふっ」

よ、予知夢……? セーラさんにそんな力が?

いや、今は問題視するのはそこじゃない。

アタル,「――セーラさん。俺は、ヒヨと一緒に幸せになります」

セーラ,「ええ。とびっきり、幸せになってくださいね?お友達として、応援していますわ」

セーラさんの笑顔は、崩れない。けれどその瞳には、かすかに光るものがあった。

俺たち3人の周りは暖かくも切なく、そして甘酸っぱい空気に包まれるのだった。

俺もヒヨもセーラさんにつられてか、少しウルッと来てしまった。

それは、まるで結婚式の一幕みたいのようにも思えた。

――そんな素敵な空気をアッサリ払拭したのは、やはりアサリさんだった。

アサリ,「綺麗な恋の終わりを迎えたところでー、ちゃちゃっとやんなきゃいけないことがありますよー?」

アサリさんは手をパンパンと叩きつつ、話を進めていく。

何かもう、情緒もへったくれもなかった。

セーラ,「え? 何ですか、アサリさん?」

アサリ,「開戦準備は着々と進行中ですよー? 準備もただじゃないんですよー? 早く連絡しないと大変かもー?」

セーラ,「はっ!? そ、そうでした! はわわっ、早くしないと、とんでもないことになってしまいます!」

セーラ,「うぅ、私ったら、一時の悲しみでなんて大それた、かつ面倒なことを……」

アサリ,「あははー、あの時は怒り狂ってたミルフィさんに釣られちゃいましたもんねー」

セーラ,「……アサリさん、あの時点で止めて頂きたかったですぅ」

アサリ,「んー、昨日はあまりにぶろーくんはーとで、アサリの声なんて聞こえてなかったじゃないですかー」

セーラ,「あうぅぅ、私が失恋して戦争をしようとしてるなんて、お父様にバレたら……」

アサリ,「失恋の意趣返しに小競り合いをほんのちょこーっとするはずが一転、マジでガチな大戦争ですねー」

アタル,「ぜ、絶対に戦いたくないタイプの相手だなぁ、バルガ王は」

セーラさんはケータイを取り出すと、どこかへと連絡を始める。

ぜひともあの親馬鹿王を刺激しないように、穏便に事を収めて欲しいものだ。頑張れ、セーラさん。

アサリ,「はてさてー? アタルさん、柴田さんの方はどうなってますー?」

アタル,「まだ連絡は取れてないんです。政府の方にも捜索を依頼したんですが……」

柴田さんは現在、完璧に行方不明だった。

政府で行われている何らかの委員会や、その他プロジェクトに参加しているわけでもない。

一体、どこにいるのか? 現在位置につながる手がかりが何一つとしてないなどと言うことは、まずあり得ない。

しかし現に、そのあり得ないはずの事態が起きていた。

柴田さんはあの日から――セーラさんたちに伝言を告げて以降、まるで実体がなかったかのように忽然と姿を消したのだ。

アサリ,「行方知れずですかー。これはいよいよキナ臭いですねー」

ひよこ,「どうして柴田さんは嘘を言ったりしたんだろう? 柴田さんだってこの国の人なのに。戦争になったら、自分も困るのに」

アタル,「別の国のスパイだったとか? もしくは戦争大好きな破滅主義者とか……」

アタル,「RPGとかだと『この世界は腐っている! だから全てを滅ぼすのだー!』とか言っちゃうボスが出てくるんだけど」

ひよこ,「うぅ~ん? 柴田さんって、そんな事を言う人には思えないんだけど」

アタル,「……だよなぁ」

そもそも、俺の推測は経験上まず『当たらない』のだ。

そう考えれば、柴田さんはどこかの国のスパイでも、破滅主義者でもないという事になる。

じゃあ、何だ? そう考えると……俺の頭では他の発想は浮かんでこない。

アサリ,「どーしましょー? セーラさんはこうして止まりましたけど、ミルフィさんの方はいまだ開戦に向けて爆走中ですよー?」

アタル,「そうなんだよなぁ。柴田さんも気になるけど、現状ミルフィの方が問題なんだよなぁ」

アサリ,「まぁ、そう気を落とさずにー。『かつぶしかかったねこまんま』ですし、アサリはもう少しお付き合いしますからー」

アタル,「……えーっと? それはもしかして『乗りかかった船』的な意味合いなんですか? まっ、何にしても協力は心強いです。ありがとうございます」

セーラ,「それでは、私ももうしばらくお付き合いさせていただきますね」

アタル,「えっ、いいんですか?」

セーラ,「もちろんです。だって、大切なお友達が困っているのですから。助力は惜しみません」

アタル,「セーラさん……ありがとうございます」

セーラ,「ふふっ、アタル様やひよこさん、そしてこの国のためだけではありません。ミルフィさんのためでもあります」

セーラ,「いかにミルフィさんの母国イスリアが強大であろうとも、ニッポンとの戦争となれば無傷とは行きません」

セーラ,「つまりこのままでは、アタル様もひよこさんもミルフィさんも……私のお友達すべてが不幸になるんですもの」

セーラ,「ここで私だけが帰国し、知らん振りを決め込むなど、出来るはずがありませんわ!」

アサリ,「そー言えばー、ミルフィさんの怒りが最高潮に達した理由の一つは、セーラさんが貶められたからでしたねー」

アサリ,「セーラにまであんなこと言うヤツだったなんてー、もー絶対に許さないぞーって感じでー」

セーラ,「ええ。私のために怒ってくれたミルフィさん。そんな優しいお友達に戦争などという不幸への道へと進ませるわけには行きません」

ひよこ,「はぅ~。セーラさん、すごく格好イイよぉ。さすがはお姫様……」

アタル,「あぁ、これぞ生粋の王族オーラってヤツだな」

凛とした空気をまとい、朗々と己が意思を宣誓するセーラさんの姿には、かすかな神聖さすら覚える。

根が庶民の俺とヒヨは、そろってはふぅと感嘆を漏らすのだった。

アサリ,「感動してるところ悪いですけど、今のはセーラさんの本音のすべてじゃないのですよー。ねー?」

セーラ,「えっ!? え、えーっと…………」

セーラ,「あー……うー……」

アサリさんの一言を受け、それまで高貴なオーラを発していたセーラさんがしょぼんと肩を落とす。

セーラ,「い、今すぐ国に帰ったりしたら、お父様の相手が物凄く大変そうですし……もう少し、帰るにいい時期を待とうかなー、なんて」

ひよこ,「セ、セーラさん……」

セーラ,「あ、あはは~……」

アサリ,「では、綺麗にオチもついたところでー、それぞれ出来ることをやって行きましょー」

アタル,「俺は柴田さんと連絡が取れないか、もう少し頑張ってみるよ」

アタル,「セーラさんは、ミルフィと話が出来ないか試してみてください。俺は……もう絶縁状態みたいで」

セーラ,「わかりました。ミルフィさんには、私の方からアポイントメントを取ります。お任せください」

セーラさんの協力は、心底心強かった。

俺からの連絡は全て遮断しても、セーラさんの声になら……ミルフィも耳を傾けるかもしれないから。

ひよこ,「私は……皆の補佐、かな? ご用事があったら、何でも言いつけてね?」

アサリ,「それじゃー、まずはご飯ですねー。いやー、セーラさんを抱えてダッシュしたから、もうペコペコですよー」

セーラ,「うぅぅ、私はそんなに重くはありません。大体、アサリさんは私を持って―――持って? あっ……」

アタル,「……ん? せ、セーラさん?」

セーラ,「そ、そこ道じゃありません飛ばないでください危ないです止めてください揺れてますなんなんですかなんなんですか?」

突然固まったかと思うと、ほの暗い空気とともに『何なんですか?』を連呼し出すセーラさん。

何と言うか、端的に言って怖い!すっごく病ンデルオーラが出てる!

アタル,「せ、セーラさんっ!? しっかり? しっかりぃー!?」

アサリ,「あれれー? さっきの最短コース踏破がトラウマになっちゃってる感じですかー?」

ひよこ,「ア、アサリさん?セーラさんをどうやって連れてきたの?」

アサリ,「どうも何もー。普通に小脇に抱えて持って来ましたよー?」

アタル,「それ、普通じゃないーっ!?」

セーラ,「…………あっ」

アタル,「え?」

セーラ,「あら、綺麗なお花畑。あんなところにアタル様が……ふふふふ」

アタル,「セーラさん、俺は目の前にいますよ!?どこ見てるんですか!」

ひよこ,「ど、どど、どうしよう、こういう時って、どうすればいいのかなぁ?」

アサリ,「とりあえず放置してご飯にしちゃいませんかー?」

アタル,「相変わらずのフリーダム加減!?」

おろおろする俺とヒヨに、夢の世界に飛び立つセーラさん。そして笑顔で食堂へと向かうアサリさん。

戦争を前にしても俺たちはシリアスに染まりきらず、どこか間の抜けた時間を過ごすのだった。

でもまぁ、この方が俺たちらしいかな?

ミルフィとも仲直りをして、また皆でこんな風にワイワイするんだ。きっと。

騒がしい最中、俺はふとそんなことを思うのだった。

――クアドラントの間で誤解が解け、セーラさんとも協力して事態解決に向けて動き出して、早くも3日目。

セーラさんはあの日から学園を休み、様々なルートからミルフィに接触しようと頑張ってくれている。

俺ももちろん、諦めずにミルフィには謝罪と会談の申し込みをしているが……いまだに色好い返事はもたらされていない。

やっぱりミルフィに関してはセーラさん頼りみたいだ。

そして事の発端でもある柴田さんの行方は……いまだに不明。

本当に、柴田さんはどこにいるんだろうな?

―――つまり、現状をまとめると。

アタル,「……いまだに進展はなし、か」

俺は学園の正門を通過しながら、そう呟く。

ちなみにセーラさんは欠席しているが、俺はヒヨとともに毎日きちんと登校している。

俺が自分の足で柴田さんを捜索しに行けるわけじゃないし、な。

プロがしっかり捜索している以上、俺が勝手にあちこちふらふらと出回っても、むしろ邪魔なだけだ。

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ひよこ,「これから、どうなるんだろう? ミルフィさん、セーラさんの呼びかけにも応えてくれないみたいだし」

アタル,「完全に意固地になってるんだろうな、きっと」

#textbox Khi0170,name
ひよこ,「ねぇねぇ、アタルくん。私、柴田さんのことも色々考えたんだけどね?」

#textbox Khi0180,name
ひよこ,「実は本物の柴田さんは悪の組織に捕まってて、セーラさんやミルフィさんにひどいことを言ったのは偽者だったとか、どうかな?」

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ひよこ,「完全に別の人に成り代わっちゃう変装の達人さんもいるでしょ? 顔に特殊メイクをぺたぺた~って貼り付けて……」

アタル,「そんなスパイ映画だか特撮みたいなことが……って笑えないところが恐ろしいな……あり得る」

現に俺だって、戴冠初っ端のパレードでいきなり暗殺者に狙撃された経験があるくらいだ。

本人を拘束したり、あるいは……その、殺したりして、成り代わることも、あり得るかも知れない。

ヒヨには心配させたくないから、言うわけにはいかないけど。

アタル,「何にしろ、今の俺たちに出来ることは『普通に学園に行くことだけ』だな」

話しているうちに俺たちはすでに校舎内へと入り込んでいた。

後は靴を履き替えて、教室に向かうだけだ。

……退屈な授業が始まるかと思うと、靴を取る手の動きもついスローになってしまう。

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ひよこ,「うん。今日も元気に、頑張ってお勉強だよ!」

アタル,「……今後の状況の変化が気になって、勉強が手につかないな」

#textbox Khi0180,name
ひよこ,「もう、またアタルくんはそーゆーこと言う~。ちゃんとしなきゃダメだよ?」

アタル,「ははっ、わかってる。冗談だよ」

俺とヒヨはおしゃべりを続けながら、揃って教室へと向かうのだった。

男子学生,「おっ、アタルが来たぞ! ってことは、そろそろ我らがプリンセスがお出ましに……」

男子学生,「お出ましに……ならないな? 今日も休みか?あぁもう、どうなってんだよ、アタル!」

男子学生,「そうだそうだ。お前は来なくていいから、代わりにセーラさんを呼んで来い、セーラさん!」

男子学生,「ミルフィ様も忘れるなよ!? さぁ、今すぐ呼んで来い!ハリー、ハリー、ハァァリィィッ!」

アタル,「気合が入りすぎて、何かもう怖いわ!? 落ち着けよ!」

俺とヒヨが教室に入るなり、クラスメイトがわらわらと駆け寄ってくる。

先ほどまで割りと真面目な考えを浮かべていたので、どうにも皆のテンションについて行けない。

男子学生,「落ち着いてられるかよ! セーラさんが来なくなってから、何日目だと思ってるんだ!?」

男子学生,「アタルもこの前、休んだだろ?何か知ってるんだろ? なぁ、教えてくれよ~!」

男子学生,「おねげぇしますだぁ、王様ぁ~!」

アタル,「その頼み方は、むしろお代官様に年貢を下げてもらう様じゃないか?」

男子学生,「こまけぇことはいいんだよ、王様ぁ!」

アタル,「だから落ち着けって!?あぁもう、縋りつくなよ、鬱陶しい!」

このやり取りは先日から毎日続いているためか、もうヒヨも他の皆も慣れっこだ。

朝の恒例行事と言う風に、いっそ微笑ましげに眺めてくるくらいだ。

男子学生が絡み合ってギャーギャー言ってる光景。うん、全然微笑ましくないぞ?

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ひよこ,「アタルくん、それにみんなー。ベルも鳴ったから席に着かないとだよ~」

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ひよこ,「仲がいいのはいいけど、そのままだと先生に怒られちゃうよ?」

クスクス笑いながら、そう告げてくるヒヨ。だから、その微笑ましげな視線は止めてくれ。

男子学生,「ちぃっ、時間切れか。まぁいい、続きは休み時間だ」

アタル,「……ったく。俺は何にも知らないから、答えられないって言うのに」

男子学生,「嘘吐け。王様のアタルが知らなかったら、他の誰がミルフィ様たちのことを知ってんだよ?」

男子学生,「はっ!? こんなに頑なに言えないってことは、まさか……マジで輿入れの準備中とか!?」

男子学生,「……なん……だと? も、もしそれが本当なら、俺は……どうすればいい!?」

アタル,「本当じゃないし、どうにもしなくていいから落ち着け!」

本当にもう、誰かこいつらを何とかしてくれ!そんな俺の願いが、天に届いたのか?

がらりと扉が開いて、今日も変わらずにひげの濃い我らがヒゲゴリ先生が姿を現してくれた。

担任,「ほらぁ、お前ら。いつまでも立ってないで、席に着けー。今日は色々とお知らせもあるんだからな」

男子学生,「お知らせ? もしかして、またお姫様の転入ですか!」

担任,「……残念ながら、逆だ。ウチのクラスのお姫様たちは、もう学園に来ることがない」

……………………。

唖然。

先生の言葉を受けて、教室がしぃんと静まり返った。

担任,「いきなりのことで驚いているだろうから、もう一度言おう」

担任,「クアドラント国王女とイスリア国王女が、我が学園に来られることは……もうないそうだ」

担任,「どうしただとかは、聞くな。詳しくは知らないからな。ニッポンの視察を終了したとか、どうとからしいが……」

担任,「幸い、ウチのクラスには誰よりも事情を知っていそうな王様がいるからな。聞くならそっちだろう」

担任,「というワケで、この時間は王様への質問タイムとする」

アタル,「ちょ、先生!? 授業はいいんですか」

担任,「どうせ授業になんぞならんだろ、この調子じゃ……」

場を落ち着かせてくれる天の助けかと思いきや、先生は地獄からやって来た騒乱の使者だった。

先生がパンッと手を叩くと、それを合図に周囲の皆がいっせいに俺に駆け寄ってくる。

今後はさっきよりも勢いが激しい。唐突に『もう来ない』なんて言われれば、それも当然か。

男子学生,「おぉぉぉぉい!? どーゆーことだ、アタルくぅん?」

男子学生,「納得の行く説明をしてほしいなぁぁ? うぅん!?」

俺は2人に肩をつかまれ、身体を前後に揺さぶられる。

どれだけ揺らしても、俺の口から答えがぽろっと出ることはない!

よもやミルフィが帰国したのは、俺たちの国へ戦争を仕掛けるためだなんて……。

しかもその原因が俺に……俺の執事の発した言葉にあるだなんて……絶対に言えない!

男子学生,「お前が何か変なことしたから、ミルフィ様たちが逃げて行ったんじゃないだろうな?」

男子学生,「もしそうなら……俺たちファンクラブの怒りと悲しみと嫉妬の黒き炎が、お前を焼き焦がすぜぇぇ?」

アタル,「くぅっ……」

正解ではないが、不正解でもない。だから俺はつい、小さく呻いてしまう。

すると2人はさらに俺から言葉を搾り出そうと、俺の身体を揺すってくる。

たとえ何をされても、真実は言えない! 口から言葉は出せない! 出せない、けど……。

アタル,「き、きぼぢわるぐなってぎたぞ!?」

言葉は出なくても、他のモノが出そうだった。具体的には、胃の中の朝食とか……消化液とか……なんか……その辺……。
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ひよこ,「ま、待って! アタルくんは何も悪いことなんてしてないよ!」

男子学生,「どいてくれ、西御門さん! 王様が倒せない!」

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ひよこ,「倒しちゃダメなの! それに、セーラさんとミルフィさんがいなくなったのは、むしろ私のせいで……」

セーラさんの時と同様に、ヒヨは俺をかばい立つ。

でも、今目の前にいるのはセーラさんじゃなくて、興奮気味の男子学生だ。

目の血走ったこいつらの相手を、ヒヨにさせるわけにはいかない。

と言うか、させたくない。かばわれてヒヨの後ろばかりにいるのは、俺が嫌だ。

アタル,「そ、それは違うだろ、ヒヨ。2人がいなくなったのは、俺の責任だ。誰がなんと言おうと、な」

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ひよこ,「でも、私がアタルくんと……」

アタル,「いいから、俺に任せてくれ。いや……任せろ」

俺は胸の奥から湧き上がってくる気持ち悪さを何とか押さえ込んで、ヒヨの前に立った。

アタル,「皆、聞いてくれ。詳細は省くけど……色々あって、俺はヒヨと付き合うことになったんだ」

………………。

呆然。

先ほどと同様に、教室内は一拍の静寂に包まれたのだった。

アタル,「そしてミルフィやセーラさんがここにいないのは、まぁ、端的に言ってそのことが関係してる」

男子学生,「………………はい? え? あー、どーゆーこと?」

アタル,「だから、俺はヒヨが好きで、ヒヨが一番大好きで! ヒヨと付き合うって決めて! んで、お姫様2人はいなくなった!」

アタル,「どうだ? 簡単なことだろ? 2人は俺と結婚するためにここに来てたんだ。でも、俺はヒヨを相手に決めた」

アタル,「つまりミルフィとセーラさんはここにいる理由がなくなった。だから帰った。以上!」

男子学生,「か、簡単なことって言うけどな、アタル? おま―――」

俺の説明にミルフィのファンクラブを作っていたヤツが食い下がろうとする。

でも、アイツの声はその隣に立っていた女子の声にかき消されることになった。

女子学生,「おめでとぉぉぉ! ひよこ、おめでとー!ついに国枝くんとくっついたのね!」

女子学生,「しかもお姫様を押しのけてなんて……やるじゃない!」

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ひよこ,「え、えへへ~。ありがと」

女子学生,「しかも、国枝も言う時は言うのね? クラスの皆の前でヒヨが一番好きー! って大声で言っちゃうし」

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ひよこ,「う、うん。前にも言ってくれたけど、今のも……すっごく嬉しかったよ。て、照れちゃうよね。えへ~」

女子学生,「前にも言ってもらったの? どこで、どんな感じ?参考までに聞かせて?」

#textbox Khi0140,name
ひよこ,「あうぅぅ、は、恥ずかしくてあんまり詳しくは言えないよぉ。ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけだからね?」

#textbox Khi0190,name
ひよこ,「あのね、前に遊園地に行ってね? そして観覧車に乗って……あと、夜にアタルくんのお部屋で……」

ヒヨが女子一同に先日のデートやら何やらの話を語り始める。

女子のみが教室の片側に集まって、キャーキャーと黄色い声を上げる。

対する男子一同はと言えば……俺の周りで何だかやるせない顔をしていた。

男子学生,「はぁ、女子ってこーゆー話の時は本当にうるさいな」

アタル,「お前がうるさいとか言うな。さっきまですごいテンションだったくせに」

男子学生,「って言うか、アタル? ホントによかったのか? お姫様を振って……」

アタル,「あぁ、後悔なんてない。俺は、ヒヨが一番好きなんだ。ヒヨ以外は……考えられない」

男子学生,「何かすごい台詞キタぁぁっ!?やべっ、聞いてる俺まで恥ずかしい!?」

#textbox Khi0140,name
ひよこ,「あぅあぅあぅ~~~……」

女子学生,「はっ!? ひよこが国枝くんの不意打ち告白を聞いて、溶け出している!?」

担任,「青春だなぁ。もう国枝は地獄に落ちればいいと思うぞ?」

アタル,「先生、今、サラっと不穏なことを呟きませんでしたか?」

担任,「ん~? 空耳じゃないかぁ?」

アタル,「くっ、このヒゲゴリが……」

結局、隣のクラスの先生に『喧しいですよ!?』と注意されるまで、俺たちのクラスは大いに騒ぎまくるのだった。

俺もヒヨも皆から祝福されて、そしてからかわれて……楽しくも恥ずかしい一幕だった。

これで戦争なんて言う単語が頭をちらつかなきゃ、もっと楽しめたんだけどなぁ……。

ミルフィ。わかっているのか? 

戦争って事は……お前と一緒に授業を受けたこの学園の皆も、不幸な目に遭うかも知れないんだぞ?

早く何とかしないとな。

俺は人知れず、そう決意しなおすのだった。

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「アタルくん……」

そっと、ヒヨが俺の手を握ってくる。俺の目を見て、気持ちを察してくれたらしい。

訂正。俺はヒヨ以外には知られることなく、クラスの皆に熱愛を騒ぎ立てられながら、決意を新たにするのだった。

…………

昼休みを迎え、俺とヒヨは弁当を手に屋上へとやって来ていた。

ちなみに各授業の間にある短い休み時間のうちに、俺とヒヨの関係は学園全体に知れ渡っていた。

クラスの皆が学生間に、そしてヒゲゴリが教師間に伝え広めていったみたいだ。

そのせいか、俺とヒヨは屋上に来る前の間にも物珍しそうな視線を向けられることになったのだった。

#textbox Khi0140,name
ひよこ,「はうぅ~、お、大騒ぎになっちゃったね」

アタル,「あぁ、元気が有り余ってるよなぁ、皆」

#textbox Khi0130,name
ひよこ,「アタルくんは大丈夫? ちょっと怖い感じになってる人とか、いたけど」

アタル,「ん? あぁ、全然平気だよ。あいつらも本気じゃないし。さっきのはただその場のノリってやつだよ」

新たなる王は同盟関係を結ぶはずであった諸国の姫君を国へと帰し、市井の少女を娶ることとした。

重々しい表現を用いれば、今の俺の状況はそんな感じだろう。

でも、皆のノリで言えば『転入生の2人じゃなくて、同じクラスの子と付き合うんだってさ』ってことになる。

王様だからと変に畏まられるくらいなら、あのくらい大雑把な扱いを受けている方が気が楽だ。

あぁ、もちろん吐くまで揺すられるのは、もう勘弁していただきたいけれどな。

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「アタルくんが気にしてないのならいいけど。あっ……今もあそこから……ほら、私たち、見られてるよ?」

ヒヨが指差す方向には、俺のクラスメイトが数名ほど立っていた。

アタル,「勝手に見させておけばいいだろ? って言うか」

#textbox Khi0140,name
ひよこ,「ひゃぅ!? あ、アタル君!?」

俺はそこで言葉を区切り、ヒヨの身体を抱きしめた。

アタル,「むしろ見せ付けてやる。ふはははっ! 羨ましかろう!」

男子学生,「くっ……アタルに自慢されるなんて……だが、確かに羨ましい!」

#textbox Khi01A0,name
ひよこ,「あ、アタルくん! は、恥ずかしいよぉ~」

アタル,「俺も恥ずかしいけど、こう言う時はノリに乗ったモン勝ちだと思うぞ?」

散々、教室や廊下で『バカップル』だとか『ラブ香がすごいレベル』だとか『つーか、もげろ』とか言われたんだ。

言われっ放しはお断り。反撃として、俺も少しくらいヒヨとの仲を自慢したい。

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ひよこ,「それは……そう、かもだけど。あうぅ、でも、皆の前で抱きしめられるなんて……」

アタル,「照れるヒヨは可愛いなぁ。今なら俺、ヒヨのお願いを何でも聞いちゃう気分だ」

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「ホント? じゃあね、私ね―――」

男子学生,「……ちくしょう、本気で見せ付けてやがる」

ヒヨが他愛のないお願い事をしている最中、野次馬は悔しげにそう吐き捨てていた。

何だか気分がいいので、にっこりと笑顔を浮かべてみた。

男子学生,「うぅぅ、勝者の笑みだと!?」

男子学生,「くそっ、バカップルめ。末永く幸せに暮らして、ひ孫に見守られながら死ねばいいんだ」

アタル,「……どうせするなら、もうちょい素直に祝福しろよ。一応、ありがとうとは言っておく」

アタル,「ってか、ヒヨといちゃいちゃするのに邪魔だから、早く帰れ。王様らしく言うと、下がれ下郎?」

男子学生,「ひでぇ……俺たちの友情もここまでってわけか」

女子学生,「ほらほら、もういいでしょ? 行くわよ?ひよこの邪魔をしないの」

女子学生,「ここに至るまでに、ヒヨコがどれだけ苦労したと思ってるのよ。ったく。国枝くん、ひよこをお願いね?」

アタル,「あぁ、もちろん」

俺とヒヨに落ち着いた時間を過ごさせるために、彼女はあの馬鹿を回収しに着てくれたようだ。

素直に感謝して、俺はヒヨを抱きしめる腕にもう少しだけ力を加えた。

『どれだけ苦労したと思ってる』か。実際、俺はこの小さなヒヨにどのくらい気苦労をかけたんだろう?

幼馴染だからって、その一言に甘えて……結構ぞんざいな扱いをしていた覚えもある。

これからは、もっともっと優しくしていきたい。そんな風に、ふと思った。

#textbox Khi0170,name
ひよこ,「皆、行っちゃったね。ふ、2人っきりだね。学園の屋上で2人きりなんて……ちょっと照れちゃうよ」

アタル,「そう、だな。ははっ。あー、我ながらすごいことをした気がする」

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「……アタルくんも、やっぱり恥ずかしかったんだ?」

アタル,「そりゃな? にしても、まさか俺がバカップルと呼ばれる日が来るなんてな」

つい先日まで――具体的には、王様になるまでは、まったく考えもしなかったことだ。そう、しみじみと思う。

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「でも、そう呼ばれて、私はちょっと嬉しかったかも。アタルくんの恋人さんだよって、ちゃんと認められたみたいで」

アタル,「ちゃんと認められたさ。だって俺、きちっと言い放ったしな。ヒヨが、好きだって」

#textbox Khi0140,name
ひよこ,「あうぅ、ま、また、好きって……はふぅ」

#textbox Khi0130,name
ひよこ,「な、何だか、アタルくんが私の言ってほしい言葉ばっかり言ってくれるよぉ。ゆ、夢じゃないよね?」

アタル,「どうだろ? どうだ、ヒヨ? 今は夢か?」

俺はヒヨのほっぺをくにぃ~っと左右に引っ張ってみた。

相変わらず、柔らかくてよく伸びるほっぺだなぁ。

#textbox Khi0140,name
ひよこ,「あひううぉああううう~、あえ? いあうあいお? おういおぅ、うえあおあぁ~?」

アタル,「ははっ、何を言ってるのかわかんないぞ?」

あんまり引っ張り過ぎてもなんなので、俺はそんな言葉とともに手を離した。

長く引っ張っていなかったからか、ヒヨのほっぺが赤くなったりすることはなかった。

#textbox Khi0190,name
ひよこ,「はぷっ! んっ、あ、アタルくん、変だよ?ほっぺ引っ張られたのに、全然痛くなかったよ?」

アタル,「そりゃそうだ。痛くしなかったんだから。俺がヒヨを痛がらせるはずないだろ?」

#textbox Khi01A0,name
ひよこ,「あ、アタルくんがまた嬉し恥ずかしなことを。はうぅ~……」

#textbox Khi0190,name
ひよこ,「そっ、そうだ! おっ、お弁当だよ!そろそろご飯食べないと、お昼休みが終わっちゃう!」

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ひよこ,「さ、アタルくん。いただきますしよう?」

このままじゃ俺に弄られ続けるとでも思ったのか、ヒヨは唐突に話題を変える。

俺としてはもう少しヒヨといちゃついていたかったんだけど……昼休みが残り少ないのも確かだ。

俺は頷いて、ヒヨの隣に座り込む。

アタル,「じゃ、いただきますか」

#textbox Khi0110,name
ひよこ,「アタルくん……せっかくだから、あーんとか……しちゃう?」

そして弁当を食べ始めようとした俺に、ヒヨは不意打ちの仕返しを放ってきたのだった。

……ちなみに、もちろんしてもらいました。お弁当は美味しかったです、まる。

学園での授業を全て終えた俺は、ヒヨとともに帰路についていた。

いつも通りの、放課後。

仮にいつもと違うところがあるとすれば……王宮までの道のりをのんびりと自分の足で進んでいるところか。

車でさっと通り過ぎていく通学路を、俺はヒヨとゆっくりと並び歩いていく。

アタル,「本当によかったのか? こんなお願い事で」

昼休みにヒヨが告げた願い事。それは『俺とゆっくり歩いて帰りたい』だった。

ひよこ,「うん。わたしはこれで、いいの。アタルくんとこうして一緒に帰ってみたかったんだぁ」

ひよこ,「2人一緒に、昔みたいに……小さな頃みたいに並んで帰りたかったの」

ひよこ,「えへへ~。アタルくんを好きって言う気持ちは、昔よりもすっごく大きくなってるから、手は握るんじゃなくて、組んじゃうけど」

そう言い、ヒヨは俺の腕を抱きしめて、そっと寄り添ってくる。

しかし、歩き辛くはない。むしろ腕に感じるヒヨの重みが心地よいくらいだった。

ヒヨの願い。実にささやかな希望。欲のないヤツだと思うと同時に、すごくヒヨらしいとも思う。

何か願い事を。そう告げられた時にお高いブランド物の何かや宝石を強請るようなヤツじゃないってことは、俺が誰よりもよく知っている。

ひよこ,「アタルくん、今日はたくさん笑ったり元気に叫んだりしたね? 今日、楽しかったよね?」

アタル,「ん? あぁ、そうだな。ちょっと騒ぎ過ぎたかも知れないけど……うん、楽しかった」

ひよこ,「私もね、すっごく楽しかったし、嬉しかった。ふふっ、恥かしかったりもしたけど」

ひよこ,「……柴田さんのことも、ミルフィさんのことも、どっちも進展がないから」

ひよこ,「アタルくん、ここ数日ちょっと難しい顔ばっかりしてたんだよ? だから、よかったよ。今日はいつものアタルくんだったから」

ひよこ,「笑えなくなるって、悲しいことだもんね」

アタル,「ごめん。ヒヨに心配かけてたみたいだな」

ひよこ,「ううん、いいの」

ヒヨが俺の腕を少しだけ自分の方へと寄せる。

そのため、俺は右の二の腕辺りにふにょんとした素敵な感触を覚えた。

下手をするといつも通りに笑うを通り越して、いつも以上にだらしなく鼻の下が伸びそうだ。

……ヒヨも大きくなったよなぁ。

俺たちは少し前まで、すごく小さくて……ヒヨの胸もぺったんこだったんだけどなぁ。

初体験の夜にも成長をしみじみを感じたけど、改めてそう思う。

ひよこ,「ん~、だいぶ歩いたはずなのに、まだお屋敷が見えてこないね? 歩きだと、やっぱり時間がかかっちゃう……」

アタル,「そうだな。やっぱ10キロは伊達じゃない。でも、その分いい運動になりそうだ」

昔よりも確実に摂取カロリーは増えているからな。

こう言う地味な運動で、地味にエネルギーを消費するべきだろう。

アタル,「一人で黙々と歩いてると苦痛だろうけど、ヒヨと喋りながらなら退屈もしないし」

ひよこ,「うん。私もアタルくんとお話したいこと、たくさんあるよ」

ひよこ,「えへへ、不思議だよね? 同じお家に住んで、同じ学園に通ってるのに……でも、お話はなくならない」

アタル,「でもま、いつの時代も恋人ってそんな感じらしいぞ?」

父さんとや母さんの、もっと上の世代……ケータイ電話がなかった世代。

その世代の人たちの中には、家の電話を長時間占領して恋人とお喋りをしていたがために、通話禁止令を下された人もいるのだとか。

また『そもそも学園で会っているだろうに、何をそんなに電話で話すことがあるんだ』って、そう説教されたりだとか。

そんな話を、前にどこかで聞いたような気がする。

ひよこ,「ね、アタルくん。明日の朝も、こうして2人で並んで学園に行こう?」

アタル,「むぅ。それだと、ちょい早起きしないと駄目そうだな」

アタル,「まぁ、その分だけ健康的か。よし、ヒヨ。多分、俺は起きられないから、気合を入れて起こしてくれ」

ひよこ,「うん、任せて! 優しく起こしてあげるね!」

ヒヨは空いている手でぽんっと胸元を叩き、笑顔でそう言うのだった。

夜明けとともに、中庭からは多くの鳥のさえずりが聞こえてくる。

敷地が広く、木々がたくさんあるからだろう。

朝に鳴く鳥と言えば何か? そう問われたら、俺は『すずめ』以外の答えを持ち合わせてはいなかった。

しかし……この広い中庭ではキセキレイだとかメジロだとか、様々な種類の鳥を見つけることが出来た。

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ひよこ,「あっちにいるのが、キジバトだよ」

アタル,「結構茶色いな? ハトって言うと純白とか紫のイメージしかなかったよ、俺」

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ひよこ,「別名はヤマバトって言うんだって。テーテテッテテーって鳴くんだってー」

アタル,「ほうほう。何か、鳴くごとにレベルアップしそうなリズムだな」

俺はヒヨの鳥解説を聞きながらに歩き進む。

登下校を徒歩にしたため、俺とヒヨは毎朝早くに家を出ることになった。

そのため、こうして登校途中にバードウォッチングを楽しむことが出来ていたりもする。

中庭を抜け、正門をくぐり……俺たちは他愛のないお喋りを続けながら、学園に向けて通学路を進んでいく。

アタル,「意外と鳥に詳しいのは、やっぱりヒヨの名前がひよこだからか?」

ひよこ,「うん。多分、そうなんだと思う。鳥の図鑑とか、結構小さな頃から見てた気がするもん」

もしも名前がメダカだった場合、今頃ヒヨはやたらと魚に詳しくなっていたのかも知れないな。

まぁ、人が何かについて詳しくなるきっかけなんて、そんなもんなんだろう。

ひよこ,「ひよこが大きくなってニワトリになるって知った時は、ちょっとショックだったなぁ。だって顔、怖いんだもん」

ひよこ,「あっ、ひよこってこんなに丸いんだぁって思って、隣のページを見たら……赤いトサカが立ってて、目もぎょろっとしてて」

アタル,「と言うか、顔だけじゃなくて性格も怖いヤツがいるよな、ニワトリって。グスタフとか、ホントすごかったし」

ひよこ,「ふふっ。そう言えばいたねー、そんな名前のニワトリさん」

アタル,「いまだにヤツへのエサやりの恐怖は忘れてないぞ、俺」

飼育小屋の掃除を任されたところ、ニワトリやチャボに手足をつつかれて痛い目を見た。

小さな頃にそんな試練を受けた人々は、今のニッポンにどのくらいいるだろうか?

俺の呟いたグスタフ……名前からしてやたらとごつそうなコイツは、飼育係泣かせの強者だった。

ニワトリのくせに飛ぶし、指の付け根を狙って突いてくるし、挙句に脱走するし……。

幼心に『もう、ウサギとかメダカとかだけを飼っていればいいのに』と思ったぞ、俺は。

アタル,「わがままで、攻撃的で、好物を食べている時だけは大人しくて、頭には綺麗なトサカ。誰かを思い出すなぁ」

ひよこ,「もう。そんな言い方、ミルフィさんに失礼だよ?」

アタル,「んー? 俺は別にミルフィだなんて一言も言ってないけどな?」

ひよこ,「今、確実にミルフィさんのことを想像して言ってたでしょ? わかるんだからね」

アタル,「ははっ、黙っといてくれよ?あいつの耳に入ったら、また怒らせちゃうだろうし」

ひよこ,「うん。言わないよ? って言うか……今は言いようがないもん」

ひよこ,「ミルフィさん。今どこにいて、何をしているんだろうね? あのお別れから、もう1週間以上だけど」

アタル,「……ろくなことはしてないだろうなぁ、多分」

現在、イスリア王国側に目立った動きはない。少なくとも、昨日の午後10時時点では、そうだった。

そう、俺には報告が上がってきている。

つまりは……俺たちに悟られぬように、虎視眈々と戦闘の準備を進めているのだろう。

動きがないと言うことは、ミルフィの怒りも治まってきているんじゃないか?

開戦には至らないんじゃないか? なんて……そんな風に暢気に考えるのは、きっと間違いだ。

俺はヒヨから視線を離し、空を見上げる。そしてほうっと、息を吐く。

アタル,「頼むから、無茶だけはしないでくれよ?」

俺はおそらくは叶わないだろうと思いつつも、そう呟かずにはいられないのだった。

……

…………

エリス,「こちらにおられましたか、姫様」

ミルフィ,「……何か用なの、エリ?」

エリス,「いえ、特に用はございません。ただ御姿が見えなかったもので……」

ミルフィ,「そう」

エリス,「姫様。差し出がましいとは思いますが、やはり……姫様御自らが艦隊指揮をされる必要はないかと思います」

エリス,「まずはかの国の対空防御網を少数精鋭の部隊により沈黙、掌握。しかる後に絨毯爆撃。焼け野原になったところで兵を派遣」

エリス,「それで片がつきます。あの地での忌まわしい記憶を、灰燼と帰すことが出来ます。完全に抹消することが出来ます」

エリス,「確かにかの国への殲滅戦は、世界そのものの均衡を乱しかねません。ですが、我がイスリアには乱れた世界を乗り切るだけの地力があります」

ミルフィ,「駄目よ。そんな戦いでは、あたしが納得出来ない」

ミルフィ,「それに、その戦法はいわゆる1つの敗北フラグよ。もしザンバスターとか出されたらどうするの?」

エリス,「……は? ざ、ざんばすたー、ですか?」

ミルフィ,「前方に敵影、その数およそ3万って言われても、ザンバソードの一太刀でそれを撃滅しちゃう摩訶不思議スペックなのよ?」

ミルフィ,「漢字で馬を斬ると書いて斬馬。だから機体名もザンバなのに……馬じゃなくて宇宙怪獣とか変動重力源を真っ二つなのよ?」

エリス,「恐れながら、姫様。そのような不思議機体の可能性は考慮する必要が―――」

ミルフィ,「だ・か・ら・こ・そ!」

ミルフィ,「もし、あっちがスーパーロボを出してきた場合、一方的な虐殺になって、あっちも国際世論の批判を浴びるであろうからこそ!」

ミルフィ,「このあたし自らが戦力を率いて、あの馬鹿と戦うのよ」

ミルフィ,「同等の戦力で! 同規模の艦隊であの馬鹿を屈服させる!華麗な指揮で手玉に取って、負けを認めさせる!」

ミルフィ,「それが出来てこそ、あたし。真正面から敵を打ち倒してこそ……ミルフィ・ポム・デリングなの!」

ミルフィ,「エリ。貴女の仕える姫は、ただ王座に座して戦勝の知らせを待つだけのお飾りかしら?」

ミルフィ,「それとも、兵を率いて勝利を掴む戦乙女か?さぁ、どちらかしら? 答えなさい!」

エリス,「はっ! 姫様は我ら臣下一同を率いし美麗なる戦乙女にございます!」

ミルフィ,「なら、異論はないでしょう? あたしはこの戦力で、あの馬鹿を打ち倒す。絶対に!」

エリス,「あぁ……姫様。なんと、凛々しい……」

ミルフィ,「ふんっ、見惚れるのはまだ早いわよ? 褒め称えるのは、あたしがあの馬鹿の頭を踏んづけてからにしなさい」

エリス,「御意っ!」

ミルフィ,「ふふふふ……待ってなさいよ、アタル? このあたしを怒らせたことを、骨の髄まで後悔させてやるんだから!」

…………

……

全ての授業を終え、学園は放課後を迎えていた。

そのため教室内には俺とヒヨ以外の学生の姿は見えず、ひどく閑散としていた。

いつもなら俺たちもすでに帰宅している時間帯なのだが、今日の俺とヒヨは日直の当番だった。

だから俺とヒヨだけが教室に残り、地味で細々とした作業に精を出していた。

俺は黒板に書き残されている授業内容を、年季の入った黒板消しで拭って行く。

こうしていると、自分が王様だなんて忘れそうになるな。

アタル,「はぁ。こんな上にまで書かなくてもいいのに……」

愚痴りつつ、俺は背伸びをする。黒板の最上部に引かれた白線に、あともう少し背が届かない……。

アタル,「―――くぅっ!」

手と背筋を伸ばしていたその時、ぞくりと―――冷たい感覚が背筋を駆け抜けた。

思わず身をかがめて、呻いてしまう。

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ひよこ,「どうしたの、アタルくん? 足がつっちゃったの?」

学級日誌を書き進めていたヒヨが、心配そうに問いかけてくる。

アタル,「いや、よくわかんないんだけど……何かゾクッと来た。な、何なんだ?」

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ひよこ,「風邪かなぁ? 大丈夫? 喉が痛かったり、頭がぼうっとしたりしてない?」

アタル,「いや、そーゆー感じじゃないんだけど」

殺気と言うか、敵意と言うか? 捕食者であるヘビに睨まれたカエルの気分と言うか?

……ミルフィが何かろくでもないことをしていそうな気がする。

いや、俺の想定は『当たらない』のだから、ミルフィはろくでもないことをしていないのか?

となると、ろくでもないことをしているのは……行方不明中の柴田さん、か?

どうにしろ、気分がよくないことだけは確かだった。はぁ、平和な放課後の一時がぶち壊しだよ。

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ひよこ,「ちょっとおでこ触るね? んっ……」

アタル,「……ヒ、ヒヨ?」

ヒヨが俺に歩み寄り、そしてそっと額に触れてくる。

手の平ではなく、ヒヨ自身の額で……だ。俺の視界には、ヒヨの顔がドアップで広がる。

俺が少し唇を突き出せば、そこにはヒヨの唇がある。そんな、距離感だ。

……ヒヨの口から漏れる暖かな吐息が、俺の唇の上をふわりと撫でていく。

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ひよこ,「うん。熱はないみたい。でも、寒気がしたのなら気をつけないとダメだね。風邪は引き始めが肝心だもん」

アタル,「あ、あぁ、そうだな」

ヒヨは俺の頬を両手で包み持ちながらに、そう言う。

声にも表情にも俺への気遣いが溢れていて、ヒヨが心底こっちを心配してくれているのがわかる。

心配してくれることに感謝する前に、俺はヒヨに密着されて今すごく気恥ずかしいんだが……。

俺が頭を撫でたりすると照れるくせに、こんな触れ合いは自然に出来るヒヨだった。

面倒を見るモードに入っているから、なのか? 

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ひよこ,「今日は寄り道しないで、まっすぐに帰ろうね?歩いて帰るのは止めた方がいいかもしれないから、車をお願いしなきゃ……」

あれこれと言葉を並べるヒヨ。そのために、次々と形を変えるヒヨの唇。ピンク色で、艶やかで、柔らかそうな唇。

アタル,「…………」

俺はただただ無言で、ヒヨの唇を見つめ続ける。

何かもう、さっき感じた寒気とか……俺の中ではどうでもよくなり始めていた。

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ひよこ,「アタルくん? 聞いてる? アータールくん?」

アタル,「あっ! お、おぉ? 何だ、ヒヨ?」

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ひよこ,「ぼうっとしてるけど、本当に大丈夫? 寒くない? また震えが来ちゃいそう?」

アタル,「えーっと、うん。何か寒いような気がする。だから、ヒヨに暖めて欲しいなぁ、なんて」

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ひよこ,「え? あっ……」

俺はヒヨの身体を抱きしめる。俺がこんな行動に出ると思っていなかったのか、ヒヨは驚きの声を上げた。

俺がヒヨを抱きしめ、ヒヨは俺の頬を両手で包んで……今すぐキスをしても不自然さがないであろう、そんな体勢……。

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ひよこ,「も、もう、アタルくんってば。何だか甘えん坊さんだね?急に、抱きついてくるなんて」

アタル,「風邪を引いてると心細くなって、人恋しくなるんだよ」

俺は心にもないことを呟きつつ、ヒヨを抱きしめる手に力を入れる。

実際、寒気を感じたのはさっきの一回だけ。風邪を引いている気なんて、まったくしない。

アタル,「なぁ、ヒヨ? このままここで……いいか?」

俺が気になっているのは、風邪なんかじゃなくて、すぐ目の前にいるヒヨ自身だった。

不意打ちの密着ですっかり気分が高まった俺は……もう、我慢出来そうになかった

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ひよこ,「えっ!? そ、そんな、ダメだよぉ。誰かが来ちゃうかもしれないし、きょ、教室でなんて……」

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ひよこ,「明日もここで授業を受けるんだよ? 明後日も、その次の日も……だよ? ここでえっちしちゃったら、毎日思い出しちゃうよぉ」

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ひよこ,「もしそうなったら、恥ずかしくて……私、きっと普通に座っていられなくなっちゃうもん」

アタル,「……ダメか?」

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ひよこ,「はうぅぅ、そ、そんな子犬みたいな目をしないでよぉ」

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ひよこ,「そ、それに風邪の引き始めは無茶したらダメなんだよ?」

アタル,「運動をして汗をかくといいって話もあるぞ?」

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ひよこ,「それはこの場合、ちょっと違うんじゃないかなぁ?俗説って言うか……あっ」

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ひよこ,「俗説と言うと、他に人に風邪を感染しちゃうといいって、言うよね?」

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ひよこ,「王様のアタルくんが風邪を引いてると困るから、ここは私がアタルくんの風邪を引き受けてあげなきゃ……かも」

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ひよこ,「う、うん。緊急事態と言うか、緊急回避と言うか。早期の処置が大切だもんね。きょ、教室でえっちしても……いい、よね?」

アタル,「……何だかんだ言って、実はヒヨも結構乗り気なんじゃないか?」

ヒヨの反対は、本当に形だけだった。

実際、俺の腕の中から抜け出そうと言う気は欠片も感じられない。

それどころかヒヨは俺にもたれかかって来ている。

俺は自分の胸板でヒヨの体の柔らかさを感じていた。

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ひよこ,「そ、そんなことはない、よ? うん。ない……かな?」

アタル,「嘘吐け。そんなことある、だろ?」

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ひよこ,「……えへへ。じ、実を言うと……ちょっとドキドキワクワクしてるかも。いけないことをしちゃうんだって思うから、かな?」

#textbox Khi01A0,name
ひよこ,「アタルくん……んっ、んちゅ……はぁ」

ヒヨは顔を持ち上げて、俺の唇をついばんでくる。

俺もお返しとばかりに、ヒヨの小さな唇をついばみ返した。

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ひよこ,「ふふ、アタルくんとこうして教室でキスしたり、抱き合ったりするなんて……ちょっと前には、考えられなかったのにね」

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ひよこ,「アタルくんが王様になったから、だね。私が今、こうしてアタルくんに抱きしめてもらえるのは……」

アタル,「そんなことはないと思うぞ? 王様になったことは、確かに1つのきっかけになったかも知れないけど、でも」

アタル,「俺は王様にならなくても、きっとヒヨをこうして抱きしめていたと思う」

アタル,「だって王様にならなかったら、ミルフィたちとは絶対に会わなかったからな」

アタル,「そして、出会った場合でも、俺はこうしてヒヨを選んでる。つまり俺は、いつでもどこでもずっと……ヒヨ一筋だ」

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ひよこ,「アタルくん……わ、私もね、アタルくん一筋だよ!ずっと、ずっと! んちゅ、ちゅ……んっ、ふぅ」

ヒヨは言葉とともに、再び俺と唇を重ねる。気分が、どんどん高まっていく。

もう、本気で我慢が出来そうにない。

#textbox Khi0170,name
ひよこ,「……アタルくん……」

ヒヨも俺と同じ気持ちのようだ。もう、言葉は必要ないだろう。

切なげに名前を呼ぶヒヨに、俺は無言で頷くのだった。

ひよこ,「あ……やっ、恥ずかしい……よ……」

俺はそっとヒヨのパンツを引き下ろし、その下に隠れていたスリットを露にした。

弱くなり始めた、夕刻の陽光。その光は暖かく、そして柔らかくヒヨの秘所を照らす。

何と言うか、ちょうど見やすい加減の光量だ。真昼間だと、ヒヨの白い肌が眼に痛そうだしな。

アタル,「触るね?」

宣言してからヒヨのスリットに人差し指を這わせると、ヒヨの口からは切なげな喘ぎが漏れた。

当然というべきか、ヒヨのココの潤いはまだまだ充分とは言えない。

なにせ、まだ2回目だ。奥まで入れても痛かったりキツかったりしないように、ちゃんと準備してあげないと。

俺のこの指をフル動員して、今度はヒヨをしっかりと感じさせてやる!

そう意気込んで、俺はヒヨの恥丘をゆっくり撫でまわす。

ひよこ,「あ、ぁはっ……ひゃ、っ、アタルくん、くすぐったいぃ……んっ……」

アタル,「それじゃ、こんなのは?」

ふぅっと吐息を吹きかけてみたりする。

ひよこ,「ひゃんッ!? あうぅぅ~~、は、恥ずかしいよぉ。アタルくん、も、もう少し離れて?」

アタル,「無茶言うなよ。離れたら、指も息も届かないだろ?」

ひよこ,「で、でも、こんなに近くで見られて、触られるなんて……んぅっ、はぁ、あっ、恥ずかし過ぎるんだもんー……」

アタル,「そっか、恥ずかしいのか。じゃあ、仕方ないな――」

俺はヒヨを見上げ、これ見よがしに真剣な表情でこう言ってみた。

アタル,「ヒヨ……恥ずかしいのは我慢だ。ひたすら耐えてくれ」

根性論だった。

ひよこ,「そ、そんなぁ……が、我慢できないよぅ。離れられないのなら、せ、せめて横を向いて欲しいよぉ」

アタル,「いや、ちゃんと見てないと、気持ちよくしてあげられないだろ? ……こんな風に」

つぷっ、と、音を立てて、俺の人差し指がヒヨの膣口に埋まる。

ひよこ,「ひぁんっ!? あっ、んふぅ……うぅっ……んっ、あっ! はぁ、んふぅ……おなかの中……ぐにぐにするぅ……」

アタル,「もうそこまでツラくはないかな?」

指1本だけならば、思いの他、簡単に飲み込んでくれた。

膣内に潜りこませた指をくすぐるように蠢かせると、ヒヨの口からは熱っぽい息が漏れ出した。

ひよこ,「ひうっ、うぅん! あぁ、そ、そんなとこ、触っちゃヤだよぉ。んっ、んはぁ、あっ……」

ヒヨの言葉には耳を貸すことなく、俺は指を動かし続ける。

と言うか、そもそも……スカートをめくり上げているのは、ヒヨ自身なのだし。

本気で嫌がっているのであれば、ヒヨはもうとっくにスカートを下ろして、拒んでいるはずだ。

そうするだけで、ヒヨの秘密のスリットは俺の視線から逃れられるんだから。

つまり、ヒヨは何だかんだと言いつつ、俺と同じように今このシチュエーションを楽しんでいる――と、判断。

アタル,「―――と言うわけで、もう少し強くしてみたり?」

ひよこ,「ど、どーゆーワケなのぉっ!? 私には、よくわかんなっ! んぁあっ、はぁっ! んうぅぅ~~~……ッ!」

ヒヨの膣内に入っていたのは、俺の人差し指だけだった。

他の指は、あくまで外側を這っていただけに過ぎない。

しかし俺はここで、ヒヨの膣内へ中指をも押し込む。

ひよこ,「―――あっ、ふぁあぁあぁぁっ……!」

ぬぷっと内側に侵入する指が突然増えたことで、ヒヨの声が一際震えた。

ひよこ,「はぁ、あっ、はぁぁ、な、ナカに……アタルくんの指が、んぅ、わ、私の、ナカにぃ……はうぅ」

アタル,「何本入ってるか、わかる?」

中で2本の指を交差させながら、ヒヨに問いかける。

ひよこ,「太くなった、よね……1本じゃない、よね……ッ! んぅ、に、2本? 2本も、入っちゃってる……入って、来ちゃって……あぁっ」

もぞもぞと、ほんの少しずつヒヨの膣内へと入り込んでいく俺の指。

淡い快感と異物感が背筋を駆け上っていくのか、ヒヨは切なそうに身体を揺する。すると―――

ひよこ,「んふぅ、ふぅ、はぁ、あっ、中に、こ、擦れてぇ……んぅっ、あぁ、はぁッ!? ゆ、指ぃ……んくっ、あっ……ひゃんっ、あっ! はぁ……ふぁ、ふあぁぁ……」

ヒヨ自身がわずかに身動きすることで、俺の指が予期せぬ箇所に当たったようだ。

ひよこ,「あ、はっ……広がっちゃう……私の中っ、アタルくんの、指で……っあっ、あぁんっ! はぁ、んはぁ、あぁぁ……」

ヒヨは声を押し殺しながらに、さらに身体を震わせる。

すると、またしても俺の指はヒヨの中を刺激するわけで、ヒヨはまた身体を揺らし……快感はどんどん加速していく。

ひよこ,「んはぁ、あっ、あくぅぅっ! んんっ、ふぅ、ふぅぅ……あっ、んっ、んあぁ……」

ヒヨの『恥ずかしさに耐える声』が、すっかり『快感に耐える声』に変わっていた。

まぁ、それも当然だろう。俺はただ指を押し入れて硬直しているわけじゃない。

ヒヨの中でくにくにと関節を曲げたり、まるで鍵をこじ開けるかのように指を回転させたりもしているのだから。

ひよこ,「ひゃ、あ、あぁっ! んはぁん! ひうぅっ、ひぃ、あ、アタルくんの指が、私の中で、うっ、動き、回って……」

アタル,「ヒヨ? 気持ちいいのはわかるけど、もう少し声を抑えないと、誰かに聞かれるかもしれないぞ?」

ひよこ,「そ、そんなこと、言われても……んっ、んんぅ……んっ……んぁっ……はぁはぁ、んっ……ふぅぅ、んっ……んくっ、んっ……んぅぅ~~~……う、うぅっ」

俺の指摘を受けたヒヨは、ほっぺたを薄桃色に染めて、口をきゅっと閉じて、必死に声を抑えようと努力する。

そんなヒヨに対して、俺は爽やかな笑顔を浮かべて。

アタル,「もっと激しくするからな☆」

笑顔とは真逆に、より執拗に、ねっとりと指を動かしつつ、熱~い吐息を湿り気を帯びた秘所へと吹きかけてやる。

ひよこ,「あんっ! あぁ、そ、それ、ダメェ! が、我慢、出来ないよぉ! ひぅぅ! あん、あ、あはぁ!」

アタル,「おいおい、だから声が大きいってば。放課後とは言え、学園に誰もいないわけじゃないんだぞ?」

いくら自分が王様とはいえ、こんな現場を発見されたら、大問題になる。

ひよこ,「うぅぅ、ア、アタルくんの、イジワルぅ。私に声を出させてるのは、アタルくん、でしょ? はぁ、あぅ、んぅ」

アタル,「ヒヨが感じてるみたいだから、つい、ね?」

そんな言葉とともに、俺はヒヨのスリットの上部にある出っ張りを、ぴんっと軽く指で弾いた。

ひよこ,「やっ、やぁぁっ! はぁ! あんっ、んっ、んぅぅぅ~~~っ!?」

クリトリスへの刺激が少し大き過ぎたのか。ヒヨの太ももががくがくと震えた。

アタル,「ヒヨ?」

ひよこ,「はうぅっ、ふぅっ、も、もう、ダメ……こ、これ以上されたら、立ってられないよぉ……」

アタル,「その時は俺に寄りかかってきてもいいからさ。思いっきり感じていいんだぞ?」

アタル,「よく濡らしておかないと、ヒヨが痛い思いをしちゃうからな。ヒヨが痛がっているところは見たくないんだ」

と、俺は精一杯のキメ顔で言った。

ひよこ,「あうぅぅ、あ、アタルくん、そう言うけど……わ、私がフラフラするのを見て、たっ、楽しんで、ない?」

アタル,「うん、正直、かなり楽しんでる」

好きな女の子が日頃、絶対に口にすることのない声で喘ぐ姿ってのは実にいいモノだ、と、しみじみと思う。

『今、俺が自分の指でこんなにもヒヨを気持ちよくしてるんだ』って思うと、達成感もすごく大きい。

指先も性感帯っていうし、にゅるにゅると潤ってきたヒヨのナカを弄繰り回していて気持ちよかったりもする。

さて、おっぱいと膣内。どっちの方が柔らかいんだろう?

正直、どっちも柔らか過ぎて、判断がつかない。もっとじっくり愉しんでみないことには。

ひよこ,「アタルくんの、バカぁ……あっ、やぁ! はっ、はぁんっ! あぅ、ぐちゅぐちゅって、いやらしい音……させないでぇ……!」

ヒヨのその文句も、今はものすごく可愛らしく思えた。

俺は笑みを強めて、指の動きをさらに加速させる。ヒヨを、より高みに導くために。

ヒヨの膣内を、指先で軽く押してみたり、引っかいてみたり。

もちろん傷つけないように、その力加減には最大限、気を払って。

ひよこ,「ダメ、やだ、なにか、く、くる、きちゃう、やめっ、アタル、くっ、んんぅ! んっ、んッッ!」

ヒヨの膣肉がブルブルと震え、中に埋まっている俺の指を強く強く締め付けてくる。

アタル,「もしかして、イキそうなの? いいよ、イッて。ヒヨがイッちゃうところ、見ててあげるから」

絶頂を訴えるヒヨの顔を見つつ、俺はつぷつぷと出し入れする指のスピードを加速させた。

ひよこ,「や、やだっ、そんなの、恥ずかし、ッ、ん、や、あ、ぞわぞわするっ……ぞわぞわがクるっ、クるの、やぁ、私、イ、イッちゃ、イッちゃうっ!」

ひよこ,「も、もう、ダメ! ダメなのぉっ! あっ、ふぁ、あ、やっ、んっ! イ、イクぅ、イクッ! イッ、イッちゃうぅぅ~~~ッ!」

ひよこ,「ひぅぅぅぅ~~~っ……あっ、あぁ、はぁ、はぁはぁ、んっ、はぁぁ~~~……っ」

ヒヨが大きく声を張り上げて、全身をプルプルと小刻みに震わせる。

ぷしゅっと、その声に合わせてヒヨのスリットからは透明な水が噴き出た。

どうやらこれが潮ふきってヤツなんだろう。なるほど、おしっこの出方とは違う。

ひよこ,「ふぅ、ふぅぅ、んっ……はぁはぁ、うぅぅ、お、お掃除したばっかりなのに、教室……汚しちゃったよぉ」

アタル,「またあとで拭けばいいさ。そんなことより、俺の指はそんなに気持ちよかったの、ヒヨ?」

ひよこ,「よ、よかった……気持ちよかったけどぉ……でも、ひどいよぉ。んっ、アタルくんってば、全然手加減してくれないんだもん……すっごくイジワルなんだもん……」

高まっていた気分が少し落ち着いたことで、恥ずかしさが再燃してきたのだろう。

もじもじと身体を揺らすヒヨの瞳は、ちょっと濡れていた。

ひよこ,「わ、私、変な顔、してたよね? うぅぅ~」

アタル,「いやいや、全然変な顔じゃなかったぞ?むしろ可愛くて、色っぽかったな。ヒヨもあんな顔になっちゃうんだなぁって、惚れ直した」

ひよこ,「うぅ、だらしのない顔を見て惚れ直されても、あんまり嬉しくないかも……」

アタル,「そっかぁ……ヒヨは俺に惚れられたくないのかぁ……」

ひよこ,「そそそんなわけないよっ! 嬉しいっ! すっごく嬉しいよぉっ! 私だってアタルくんにベタボレだもんっ!」

アタル,「……そ、それはどうも……」

ひよこ,「でも、ほ、本当に、色っぽかったの?嘘じゃない? セーラさんよりも?」

アタル,「なぁ、ヒヨ? ちょっと下の方を見てみ?」

俺はそう呟いて、両脚を少し開いてみた。

アタル,「な? もう、さっきから完全に臨戦態勢なんだ」

実際、俺の分身はヒヨの艶姿に当てられて、もう全力でいきり勃っていた。

ズボンをこんもりと押し上げて、テントを張り、今にもズボンを突き破って飛び出してきそうなほどに。

ひよこ,「私、アタルくんには何もしてあげてないのに、もう、そんなに……あは……アタルくんってば、ホントにエッチだね……」

アタル,「あぁ。ヒヨの顔を見て、声を聞いて……それだけで、もうこんなになってるんだ」

アタル,「もうヒヨの中も十分に濡れただろうし、このまましても……いい?」

ひよこ,「ふふっ、アタルくん、我慢できなくなっちゃったんだね……? 今のアタルくん、なんかかわいい」

アタル,「う……ヒヨがかわいすぎるのがいけないんだよ……」

ひよこ,「嬉しいな……うん、いいよ……優しく、してね?」

俺の問いかけに、ヒヨは小さな声でそう答えたのだった。

アタル,「ヒヨ、机の上に載って、お尻をこっちに向けてくれないか?」

ヒヨは俺の言葉通りに、行儀悪くも机へと載っかり、そしてお尻をこちらに向けてくる。

愛液が溢れてトロトロになったヒヨの秘密スリットが、よく見える体勢だ。

うつ伏せになって少し腰を上げているせいか、また、一度達してほぐれているせいか、スリットは、くぱぁ……と、自然と大きく開いている。

ポトポトと、机の上にヒヨの愛液が滴り落ちていった。

アタル,「それじゃ、入れるぞ?」

俺は逸る心を何とか抑えつけて、静かにそう言った。

ひよこ,「……う、うん。いいよ。来て、アタルくっ……あっ……んぅ、ふぅ……ッ!」

俺はガチガチになっている分身に手を添えて、ヒヨのスリットに擦り付ける。

俺のモノは、無意識にびくびくと震え、太く浮き出た血管は激しく脈打ち、ヒヨとの結合を求めていた。

俺の先端から漏れ出している先走りと、ヒヨの愛液。それが混じり合って、にゅちょっといやらしい音を立てる。

ヒヨはどこか不安そうな表情で、俺の方を見やってくる。

ひよこ,「……あ、アタルくん。ちゃんと手加減してね? ま、まだ、そんなに慣れてないから……さっきみたいにされると、きっと辛いと思うの」

ひよこ,「さっきは指だから、大丈夫だったけど……アタルくんのおちんちん……指よりずっと太いもん。あんな風に激しくされちゃうと、どうなっちゃうかわかんない……」

アタル,「ごめん。さっきは、ちょっと調子に乗っちゃった。うん、もうあんな風にはしないよ」

アタル,「ちゃんと優しくするって約束するから、安心してくれ」

ひよこ,「……約束、だよ? 優しくしてくれるのなら、それだけで充分だよ」

アタル,「あぁ、約束だ……てゆーか、ヒヨが嫌だって言うのなら、もう今日は止めにしてもいいんだぞ?」

モノの先端をほんの少しだけヒヨの中に入れた状態で、俺はそう聞いた。

本当に浅い挿入。少しでも動けば、すぐに抜ける程度のひっかかりだ。

アタル,「止めるのなら、今だぞ?」

奥まで突き入れたら、もう絶対に我慢なんて出来ないだろう。

俺はきっと、最後まで突っ走ってしまう。

いや、俺だけじゃなく、男なら誰でも引き返せないだろうと思う。

ひよこ,「んぅ、こ、こんなに硬くなってるのに、止めるなんて……アタルくん、我慢できないでしょ?」

アタル,「正直に言えばね」

俺の股間は今すぐにでも、ヒヨの体を欲している。

アタル,「でも――俺はヒヨが一番だしさ。ヒヨが嫌って言うのなら、今からでも我慢して、ズボンをはき直す」

ヒヨが本気で嫌だとは言わないと確信しているからこそ、俺はそう聞けるのだった。

さっきもそうだったけど、もし本気で嫌だと思っているのなら、そもそも机の上になんて載らないもんな。

しかもただ載るんじゃなくて、お尻を突き出して大事な部分を全部俺にさらけ出しているんだし。

言わばこのやり取りは、えっちを始める前のほんの些細なじゃれ合いだ。

何だかんだでヒヨはOKを出してくれる。そして、俺たちは最後まで、熱烈にイチャイチャする。

ヒヨが俺の言葉に答えようとした、その時だった。

静寂に満ちていたはずの廊下から、コツコツと誰かの足音が響いてきたのだ。

スーッと肝が冷えた。

ひよこ,「あ、あ、ア、アタルくん、どどっ、どうしようっ!?こ、こんなところ見られたら、大変だよぉ」

アタル,「おおおお落ち着け、静かにしろ。この声で気づかれるかもしれないだろ」

ひよこ,「さっきの、私の声が大きかったから……だから、人が来ちゃったのかなぁ? はうぅぅ~~~」

足音は次第に大きくなる。

ひよこ,「ど、どんどん、近づいてきてる。あっ、も、もう、ダメ……ッ!」

今から服を隠したところで、露になっている部分は隠しきれない。

それ以上に、たちこめている性臭はどうやっても隠しきれない。

ひよこ,「――――――あっ」

ひよこ,「……と、隣の教室だったみたい、だね?」

アタル,「あぁ、そうみたいだな。ふぅ、ギリギリだったな」

ひよこ,「や、やっぱり放課後に教室でえっちするのって、危ないね……これっきりにしよ……」

俺は上半身を捻って、背後の廊下側を見やる。

隣の教室を訪れた誰かは来たルートをそのまま辿り帰ったらしく、この教室に近づく人影はないようだった。

アタル,「そうだな」

ひよこ,「……あんっ、んぅ、ぬ、抜いちゃうの? ほ、本当に止めちゃうの?」

アタル,「ん? やめようっていったのはヒヨだぞ?」

ヒヨが甘い声を上げる。俺が視線を元に戻すと、ヒヨが縋るような瞳で俺を見上げていた。

ひよこ,「教室でえっちをするの、危ないって言ったのは、私だけど、でも……でもね? アタルくん。あのね、我慢はね、身体に毒じゃないかなぁって思うの」

ひよこ,「私も、あんまり声を出さないように頑張るから、だから、このまましても平気だよ?」

アタル,「いや、心配しなくても、俺は別に止める気なんてないけど?」

ひよこ,「え? じゃあ、どうしてアタルくん、私の中から……その、おちんちん、抜いちゃったの?」

言われて見れば、俺のモノはヒヨの膣穴から抜けていた。

俺のモノはまるでつっかえ棒のように、ヒヨのスリットに押し付けられているだけの状態だ。

浅い挿入だったからな。俺が背後を振り返った拍子に、抜け出てしまったのだろう。

アタル,「抜く気はなくて、動いた拍子にたまたま抜けただけだぞ?」

ひよこ,「え? そ、そうだったんだ。わ、私の勘違い、だね。あはは……」

俺が事の真相を告げると、ヒヨは少しほっぺを赤くしたのだった。

アタル,「と言うか……ヒヨももう、ヤル気満々なんだな?」

ひよこ,「う、うぅ。だ、だって、あんな風にされたら、アタルくんの欲しくなっちゃうよぉ……明るくて恥ずかしいし、誰かが来ちゃいそうで怖いけど……最後まで、しよ?」

アタル,「あぁ、そうだな。俺ももう、我慢の限界だ……ヒヨの中に、早く深く入れたいよ」

人に見られるかもという緊張を持ってしても、俺の性欲に押さえは効かなかった。

その誘いの言葉に頷いて、俺はヒヨのお尻に改めて手を置いた。

そして、ヒヨの奥深くへとモノを押し入れていく。

ヒヨを怖がらせないよう、びっくりさせないよう、あくまでゆっくり、優しく。

ひよこ,「んぅぅ、はぁ、あっ……んっ、入って、くるよぉ……アタルくんの、お、おちんちんが……私のアソコ、ひ、広げて……んはぁ、んっ、はぁッ……はぁぁッ……!」

早く突きたい動かしたい思いはあるが、我慢だ。

ヒヨの喘ぎ声で興奮は天井知らずに高まっていくが、それでも我慢。

さっきは心が逸り過ぎて、少しヒヨに無理をさせちゃったからな。

ひよこ,「んはぁ、あぁっ、お、奥に、もう少しで、奥に当たるよぉ……あ、来るぅ、来ちゃうぅ、お、おちんちん……深いよぉッ……くふぅ」

どうせ気持ちよくなるのなら、心と身体が同時に……そしてお互いが同時に心地よくなりたい。

1回目みたいに俺だけが気持ちよくなって……ヒヨは涙目だなんて、そんなのはゴメンだ。

これでようやく2度目のセックスなんだ。よく濡れてはいるけれど、まだまだヒヨの膣内はきつい。

ゆっくりゆっくり俺のモノを奥に進ませて、その感覚に慣れさせてあげなければ。

ひよこ,「んっ、んんっ、んふぅ、あっ、あぁ、んっ、ふぅ……あぁ……入った、よぉ……ッ、アタルくんの、おちん、ちん……私の、一番奥まで、んっ、ちゃんと……」

アタル,「あぁ、気持ちいいよ、ヒヨ。すっげぇ、いい」

ぴったりと俺の下腹部とヒヨのお尻を密着させる。その体勢のまま、円を描くように腰を静かに動かす。

ひよこ,「んぅ、わ、わかるよ。アタルくんが、私の中で、動いてるのが……はぁ、ふぁ、はぁん……」

俺はそれからしばらくの間、実に緩慢な動作でヒヨの膣壁を解していったのだった。

アタル,「そろそろ、慣れてきたか?」

ひよこ,「んぅ、そ、そう、かな? んんっ、そう、かも……お腹の奥から、不思議な感じが……あっ、んぁ、はぁ……」

アタル,「もう少しだけ、早めに動いてもいいか?」

ひよこ,「う、うん。私なら、もう、んんぅ……へ、平気、だよ? んっ、あ、アタルくん、好きなように、動いて?」

ひよこ,「アタルくんが、はぁ、んっ! や、優しくしてくれたから。約束、守ってくれた、から……だから、大丈夫。つ、強くしても、いいよ?」

アタル,「強くしてもいいっていうか……もしかして、ヒヨがそうしてほしいだけじゃないの?」

ひよこ,「ぅん……その……何だか、お腹の奥の方が、切なくて……アタルくんに、もっと奥まで来て、欲しいの……強く、おちんちん、いっ、入れて欲しいよぉ」

ヒヨは明らかに悦びの混ざった甘い声で、そう俺に囁いてくる。

しかも同時に、お尻を左右にフリフリと可愛らしく動かすほどだ。

多分、意識しての動きではないのだろう。無意識に、俺のモノを深くまで入れようとしているんだと思う。

……こうまでおねだりされたら、応えないわけには行かないな。

第一、俺もそろそろ我慢の限界だ。

ヒヨを、激しく荒々しく攻め立てたい。好きな女の子の身体を、味わいたい。そんな想いは、時間を追うごとに強くなっている。
アタル,「……じゃあ、ちょっとだけ強くするぞ? ヒヨっ!」

ひよこ,「―――ひゃうんっ! あ、はぁ、んはぁ! あ、あふぅ! んんっ!」

俺はヒヨのお尻に置いた手に、力を込める。

柔らかなヒヨのお尻をきゅっと掴んで、腰を前後に動かしていく。

ひよこ,「はぁあっ! は、早いよぉ! お、奥まで、入ってくるのぉ! ゆ、指じゃ、届かない、ところまで……んはぁ、お、おちんちんが、とっ、届いてぇ! あんっ!」

ヒヨの艶っぽい声に合わせて、膣壁がきゅぅっと俺のモノを締め付けてくる。

一度目よりも強い快感だ。砂漠で遭難してる最中にスコールが降り注いだかのような心地よさとでも言おうか。

我ながらワケのわからない例えだし、遭難なんてしたこともないけど、気持ちよ過ぎて、考えがまとまらない。まとめる気も起きない。
ひよこ,「ひぅ、んっ! ひゃぁ、あぁ、あぁん!はぁ、んあっ、あぁん!」

好きな女の子のこんな声を聞きつつ、いちいち上手い比喩なんて考えられるはずがない。

アタル,「あぁ~~、はぁ~」

俺は間の抜けた声と息を漏らしつつ、ただただヒヨの膣穴を突き続ける。

もちろん声に張りがなくても、動きのキレは非常にいい。

動けば動くほど、快感は増していくんだ。そしてヒヨの声にもどんどん色っぽさが増していくんだ。

もう、ゆっくりのんびりとなんて、動いていられない!

ひよこ,「んっ、ひゃ、ひゃうぅぅっ! あっ、はふぅ、ア、アタルくぅん! んぅ、これ、好き……あんっ、はぁ。そ、そこ、そこっ、奥、コツコツされるの、気持ちいいよぉ」

アタル,「そこか? ん。それとも、こっち? んっ!」

ひよこ,「はうぅぅ、ど、どっちも、いい、いいよぉ……」

アタル,「なんだ、ヒヨ、なんでもいいの? 感じてるの?」

ひよこ,「あんっ、はぁ、か、感じ、過ぎてるよぉ。ゆ、指でされたのと、全然違う感じなのに、気持ちいいっ! おちんちん気持ちいいよぉっ!」

明確な比較対象があるからか。ヒヨは絶頂に向けて、どんどん高まっているようだった。

感じている最中のヒヨの顔。快感の底なし沼に沈んで、少しだらしなくなっている顔。

ひよこ,「はぁっ、はぁぁっ! ずぽずぽされてっ、こんなえっちな音しててっ、はぁぁ、セックスって、こんな、こんなに気持ちいいんだね……ッ!」

唇の端っこからよだれがつぅ~っと漏れ出し、眼の焦点が曖昧な今のヒヨ。

どうやらヒヨの快感の扉を開いてしまったらしい。

ヒヨはあまり見られたくないと言っていたけれど……やっぱり今の喘いでいる顔はすごく可愛いと思う。許されるならば、写真に撮って残したいくらいだ。

感じてる女の子の顔って、どうしてこんなに艶かしくて、綺麗で……その上、可愛いんだろう?

全力で俺だけのモノにしたいって言う欲求――独占欲だとか支配欲だとか征服欲だとか。

何かそう言ったちょっと薄暗い感情が、こんこんと胸の奥から湧き出してくる。

アタル,「ヒヨはっ……ヒヨは俺の、恋人だからな! ずっとずっと、一緒だからな?」

ひよこ,「んっ、うんっ! 私は、アタルくんの恋人だよぉっ! はんっ、はぁ! ずっと、一緒ぉ! はぁ、んんっ、ずっと、私は……あ、アタルくんと、一緒だよぉ!」

1つになりたい。自分だけの女の子にしたい。そんな想いに衝き動かされ、俺はヒヨに熱い言葉を囁く。

ヒヨはもちろん首を横に振ることなく、俺の言葉を受け入れてくれた。

愛情を受けたせいか、俺のモノが、ヒヨの膣内でまた硬くなったように思えた。

ひよこ,「んんぅっ、はっ、く、ふぅぅっ! んっ、ひゃぁ、はぁんっ、い、いぃ、いいよぉ、はぁっ、アタルくん……」

ひよこ,「はぁはぁ、うぅっ……好きぃ、大好きだよぉ……あぁんっ、アタルくん、しゅきぃ……んんっ、はぁ」

アタル,「あぁ……俺も大好きだよ、ヒヨ……っ」

ひよこ,「んぅ、う、嬉し……っ! アタルくんに好きっていわれると、また気持ちい、あっ! ひゃんっ! はうぅ、んはぁ、はぁ、んんっ!」

ヒヨの大きな声が、教室内にこだまする―――って、今ふと気づいたんだが、ちょっとまずくないだろうか?

少しヒヨの声が大きくなり過ぎているように思う。窓も扉も閉めてはいるけれど、多少なりとも教室の外に漏れているだろう。

アタル,「ヒヨ、もう少しだけ、声を落とそうな?」

ひよこ,「ううぅっ、そ、そんなこと、言われても、はぁ、んっ、ふぅ、こ、こんなに突かれたら、こ、声、我慢できないよぉ」

ひよこ,「んふぅ、ふぅ、はぁ……あ、アタルくん、少し、もう少しだけ、ペース……はぁ、んんっ、お、落とせる?」

アタル,「……ごめん、絶対に無理っ!」

歯向かうように、スピードが上がってしまう。

ひよこ,「んはぁんっ! ひゃうぅっ! はぁ、あっ、じゃ、じゃあ、私も声っ、が、我慢できないよぉ! ひぅぅっ!」

アタル,「こ、こうなったら、ラストスパートで……人が来る前に2人で、一緒に!」

ひよこ,「うん……うんっ! も、もっともっと、突いてっ! たくさん、私の中、おちんちんで、ぐりぐりしてっ!」

ひよこ,「き、きっと、もう少しだけなら、大丈夫だもん! だ、誰も来ないよ! だから、さっ、最後まで、今のまま激しく……んんっ」

アタル,「あぁっ!」

きっと誰も来ない。ヒヨのその言葉に、根拠なんて何もない。ただの希望的観測ってヤツだ。

でも、俺はその言葉に頷いて、腰の動きを今まで以上に強め、速めていく。

俺ももう、我慢なんてしたくなかった。

ヒヨの黄色い悦びの声を聞きながら、思いっきり奥を突いて、そして射精したい!

その欲望を前にしたら『声が大き過ぎるんじゃ?』なんて常識的な心配は簡単にどこかへと吹き飛んだ。

ひよこ,「はぁん! あっ、あはぁ、はぁ、んんっ、ぐっ、ぐりぐり、してる……おちんちんが、お腹の奥に、来てっ! あぁん!」

ひよこ,「んくぅぅ~~~っ! あ、だ、ダメっ、わ、私もう、い、いうぅぅ、んんっ! あっ、アタル、くん……は、早く、来て……私、もう、もうっ……う、うぅぅっ!」

絶頂が近いのだろう。ヒヨは切羽詰った声を漏らす。

俺だって、もちろん限界は近い。ヒヨのその声に背を押されたかのように、射精感がせり上がって来る。

アタル,「ヒヨっ、くっ……俺も、俺ももうっ!」

ひよこ,「んっ、き、来て! はぁ、んんっ、一緒に、一緒にぃ! あ、あはぁ、あぁぁっ!」

アタル,「くっ、出る……出るぞ、ヒヨ!」

ひよこ,「うん、出して……あっ、はぁ! わ、私の中に、たくさん……奥で、出して! いっぱいいっぱい、ちょうだい! んんっ、はぁ!」

中に出すことに一切のためらいはなく。

そこまで、俺はヒヨの体に溺れていた。

そこまで――ヒヨのことを愛していた。

アタル,「―――くうぅっ! 出る!」

ひよこ,「―――んはぁ、あっ、ふぁ、あぁあぁあぁぁぁんっ!」

俺は自分のモノでヒヨの子宮口をぐぃっと押し上げ、その上で我慢のダムを決壊させる。

先端に触れるヒヨの最奥が、俺の射精に合わせて、吸い付いてくれたような気がした。

ひよこ,「ひゃ、やっ、あっ、あぁぁぁっ……んっ、ふぅぅ、はぁ、あぁ、あぁぁ~~~っ……」

どっぷりと、俺はヒヨの膣内に熱い白濁液をぶちまける。

脈打つ度、ゼリー状の精液がポンプのように汲み出されては、ヒヨの中を満たしていった。

ひよこ,「あっ、あはぁんッ……おなかの中、アツいよぅ……! ふぁ、はぁ、はぁはぁ……あんっ、まだ、で、出てる。アタルくんの、せーし……いっぱい、んぅ」

指でヒヨのアソコを弄っていた時から、ずっと屹立していた俺のモノ。

限界まで溜め込んでいた性欲が、射精と同時、ようやく抜けていくのを感じた……。

あまりの気持ちよさに、口からよだれが溢れ出ていることに気づき、慌てて口元を拭う。

あまりの解放感に、気を抜くと膝ががっくりと崩れ落ちてしまいそうだ。

ひよこ,「あっ、はぁ、あっ……お、お腹っ……んぅ、ナカで、まだ、まだ出てる。おちんちん、私の中で、ぴくぴくしてるよぅ……せーし……たっぷりだよぉ……」

俺はいまだにモノを抜かずに、ヒヨの膣内に入れたままだ。

射精と同時に少し小さくなった俺のモノ。それをヒヨの膣壁がきゅっと締めつける。

すると、モノの中に残っていたかすかな精液が、ヒヨの中へと搾り取られていくのだった。

アタル,「普通にヒヨとするだけでもドキドキなのに、見つかるかもとか思って……余計にドキドキした」

アタル,「ヒヨも興奮してたんじゃない? 初めての時と、全然反応が違ったし……俺もすごい出ちゃった……」

ひよこ,「興奮したし、はぁ……アタルくんもすっごくせーし、出してくれたけど……クセになったら、困っちゃうよぉ……こんなに恥ずかしいのは、もう今日だけ、だよ?」

ヒヨは快感の余韻がまだまだ抜けきらないのか、どこか間延びした声を発する。

アタル,「でも、時々なら、こんなえっちもいいよな?」

ひよこ,「で、でも、バレたら、とんでもないことに、なっちゃうんだよ? 裸の王様なんて……ど、童話なら、いいけど……アタルくんと私じゃ、スキャンダルだもん」

ひよこ,「それに、こ、こーゆー場所だと、後からも困っちゃいそうだし。その、恥ずかしくて……」

言葉とともに、ヒヨは軽くお尻を振る。

俺のモノがヒヨの中から抜け落ちかけ、机の上には俺の精子とヒヨの愛液の混じったものが落ちる。

ひよこ,「……くふぅ、はぁ……んんっ……はぁはぁ……あっ、いっぱい、漏れちゃった……ううん、でも、中にまだいっぱい、入ってるぅ……」

膣穴から机の上へと溢れ落ちた精液を見て、ヒヨは静かにそう呟いた。

ひよこ,「こんな、せーし……出してくれたんだね……机も……どろどろになっちゃってる……」

明日、ふと机の上を見て、ヒヨは今日のこの秘密の行為を思い出すんだろう。

顔を真っ赤にしてもじもじするであろう明日のヒヨが、今から楽しみだった。

隙を突いて耳に息を吹きかけたりしたら、たとえ授業中であったとしても。

『ひゃあんっ!?』とか、ヒヨは色っぽい声を出しちゃうんだろうなぁ。

よし、絶対に試そう!

ひよこ,「……あんっ、はぁ、あ、アタルくんが何だか悪いこと考えてる顔、してるぅ……」

アタル,「ははっ、そんなことないよ。ヒヨのことに決まってるだろう」

そう言いながらに身体を倒し、俺は圧し掛かるような感じでヒヨの顔に近づく。

にゅるんと、その拍子に俺のモノがヒヨの中から完全に抜け落ちる。

ひよこ,「んはぁ、はぁ、あっ……んちゅっ、んっ」

燃え上がった炎。その大部分はもう鎮火したけれど、しかし、燻る小さな火種までをも完全に鎮めるには、もう少しの時間が必要だった。

淡い喘ぎを漏らすヒヨの口を、俺は自分の唇で塞ぐ。

俺たち2人はそれからしばらくの間、お互いに熱くキスをし合うのだった。

教室の中には、男と女の行為を悟らせる生々しい匂いが充満していた。

俺とヒヨは顔を赤くしながらに服を正し、窓を開け、えっちの痕跡をかき消していく。

昂ぶりが治まってくると……我ながら大胆なコトをしたと思う。クセになったらどうしよう?

#textbox Khi0120,name
ひよこ,「え、えへへ。なんだかんだで、すっごく時間がかかっちゃったね」

アタル,「あぁ、ヒゲゴリも職員室でご立腹かもな」

#textbox Khi0160,name
ひよこ,「だねー。んっ、早く日誌を提出して、帰ろ?」

ようやく全ての後始末を終えた俺たちは、仲良く手を取り合って教室を去ろうとする。

アタル,「…………」

ふと、俺は背後を振り返る。閉められた窓の向こう側には、鮮やかな夕焼けが広がっていた。

#textbox khi0120,name
ひよこ,「あれ? どうしたの、アタルくん? 何かやり忘れたこと、あったかな?」

アタル,「いや、夕焼けだなぁと思って」

#textbox Khi0120,name
#textbox khi0120,name
ひよこ,「うん。太陽の沈む方向……海の方に雲がないから、明日もいい天気になりそうだね」

アタル,「そうだな」

明日もいい天気で、のんびりと穏やかに過ごしたいもんだ。

どこか感傷的に、俺はそう思うのだった。

しかし、俺のそんなささやかな願いは叶うことがなかった。

イスリア王国の艦隊がニッポンに向けて海を突き進んでいると、そう報告が上がって来たのは……その夜のことだった。

ミルフィが沈黙を破り、ついに表舞台へと姿を現したのだ。

つまりは……俺とミルフィの再会の時が近づいているのだ。どう考えても、普通とは言えない再会の時が……。

アタル,「初対面がパラシュート降下で、今回は艦隊か……」

俺は迫り来る騒動を思い、頭を抱えるのだった。

……

…………

エリス,「姫様。ニッポン側に動きがありました。あちらもこちらと戦うに相応しい艦艇の招集にかかったようです」

ミルフィ,「そう。トラノコの人型の特機は?」

エリス,「あ、えー……そちらの方は確認出来ておりません。今のところ、動きがあるのは常識的な艦艇ばかりです」

ミルフィ,「そう。外道なアタルのことだから、恥も外聞もなく奥の手のスーパーロボを出すかと思ったけど……」

エリス,「姫様、油断はなりません。仮に人型の特機はなくとも、こちらの想定以上の戦力を配備する可能性があります」

エリス,「そもそも、あの外道相手に『同戦力で正々堂々ぶつかり合おう』との提案自体に問題があるのではないかと……」

ミルフィ,「その件については、もう言ったでしょ? あたしは、アイツを真正面から打ち倒さないと気が済まないの!」

ミルフィ,「いいじゃない。卑怯な手も、規定以上の戦力もドンと来いよ! あたしと、あたしの『アタルぶん殴り艦隊』がなぎ払ってやるわ! 全てを!」

エリス,「姫様……えぇ、その通りでございます。自分は何を不安に思っていたのでしょうか? 我らに敗北の二文字などないと言うのに!」

ミルフィ,「構わないわ。最悪を想定することも、エリのお役目の1つだもん」

ミルフィ,「そしてあたしは皆を率いる王女として、精神的な柱として! 無理も道理も最悪的で危機的な状況も、全て踏破して見せることが役目」

ミルフィ,「あたしたちに負けはないわよ、エリ!」

エリス,「はっ!」

ミルフィ,「それで? 用はそれだけ? なら、あたしはそろそろ明日に備えて眠るけど」

エリス,「あ、いえ。セーラ姫よりメッセージが届いております。曰く『即刻艦隊を退くべきです』と。先日から内容にはほとんど相違がありません」

ミルフィ,「延々と……セーラも存外しつこいわね。何であの馬鹿の肩を持つのかしら? あんなにひどいことを言われてたのに」

エリス,「この世にはダメな男に貢ぎ続ける女性も存在します。やはり、惚れた弱みと言うものかと」

ミルフィ,「惚れた弱み、ね。つまり、こうして艦を率いるあたしは、アタルに惚れてなんかいなかったってワケね」

ミルフィ,「……そうよ。べ、別にアイツのことなんて、あたしは何とも思ってなかったんだもん」

ミルフィ,「あくまで、技術目的で近づいただけで……別に本気でアイツと結婚したいわけじゃなかったし? 好きでも何でもなかったし?」

ミルフィ,「むぅ~………………」

ミルフィ,「エリ! とにかくセーラのメッセージは無視でいいわ。あたしはもう、止まる気なんてないもん!」

ミルフィ,「セーラに『鬱陶しいから、もう何も言うな』って返信しておいて! あたしはもう寝るから!」

エリス,「はっ、かしこまりました。姫様、どうかよい夢を」

ミルフィ,「本番に備えて、夢の中であの馬鹿をぎったんぎったんにしてやるわ! じゃ、おやすみ!」

イスリア王国王女ミルフィの命によって叩きつけられた通牒に、我がニッポンの上層部は騒然となった。

つい先日まで、間違いなく両国の関係は上手く行っていたのだ。

ニッポンのトップである王の俺と、イスリアの姫であるミルフィは同じ屋敷に住み、同じ学園に通い、笑い、語り合っていたのだから。

それが一転、艦隊戦だ。しかも形式上はあくまで侵攻ではなく、決闘。

王である俺と、王女であるミルフィが同規模戦力を率いて、正々堂々と海上にて雌雄を決するのだ。

この決闘を受けなければ一気に全面戦争に突入すると一方的に意思表示を突きつけられれば……そりゃ、驚くなと言う方が無理だろう。

まぁ、ミルフィの人柄をよく知る俺からすれば、あり得なくもない状況だとも思う。

もっともこんな大事にせず、あの日、あの場、あの別れ際に、思いっきり殴りかかってきてくれた方が、よほどよかったとも思うけれど。

俺だって殴られれば『どうしてこんな!』と聞くわけで……。

するときっと、ミルフィも『柴田に聞いたわよ!』と状況を説明するわけで……。

そうなれば、俺はその場で『そんなことは頼んでない』って、誤解を解くことも出来たかもしれなくて……。

まぁ、そんなことはもう、考えるだけ無駄だ。

俺は決闘を受け、もう艦隊も集結させ終えた。

あとは旗艦に乗り込み、ミルフィに指定された海域に赴くだけなのだ。

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「……アタルくん……行くんだね。ミルフィさんの待つ、海に」

アタル,「あっちからのご所望だしな。俺が出ないわけにはいかないさ」

アタル,「もしここで出て行かなかったり、影武者でも立てようモンなら……ミルフィが何をしだすかわからないし」

アタル,「それに、ミルフィが待ってることは確かなんだ。ある意味、直接話の出来る最大のチャンスだとも思う」

アタル,「こんだけの大騒ぎだ。出て行ってすぐミサイル攻撃されるって事もないだろ?」

アタル,「話をするチャンスがある。そして話が出来るのなら、誤解は解ける。諦めなきゃ、話は通じる……はずだ」

アタル,「アイツは無茶苦茶なヤツだけど……俺の家を壊した事だって、最後にはちゃんと謝ってくれたしな」

問答無用で俺に怒りをぶつける気なら、ここまで回りくどいことはしないだろう。

ミルフィはミルフィで、それなりにニッポンのことを考えてくれているのだ。多分。

短期間とは言え、自分が住んだ屋敷。自分が歩いた道。自分が好んだ飲食店。自分が通った学園。自分を慕うファンクラブたち。その他学友に教師たち。

俺との直接対決なら、この国にあるそう言った大切なものを傷つけたり壊したりすることは避けられるからな。

#textbox Khi0380,name
ひよこ,「……あのね、アタルくん。私も一緒に行きたい」

アタル,「――――――はいぃ?」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「2人はずっと一緒って、言ったでしょ? だから……私も連れて行って?」

#textbox Khi0350,name
ひよこ,「アタルくんが危ない場所に行くのに、私だけお留守番なんて、そんなの……ヤだよぉ」

アタル,「いや、そうは言っても……」

#textbox Khi0380,name
ひよこ,「だって今みたいな状況、映画で見たことあるんだもん!」

#textbox Khi0350,name
ひよこ,「アタルくんが『このゴタゴタを解決したら、その時は結婚式を挙げよう』とか言って、海に出て……」

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「そしてエンディング直前に『もうこうするしか……』って言って、ミルフィさんの船を沈めるために特攻とかしちゃうんだよ!」

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「最期の言葉は『ごめん、ヒヨ。俺はもう、帰れない』とか……うぅぅ、そんなの、ヤだよぉ。離れ離れは、ヤだぁ!」

アタル,「え、縁起でもないことを言ってくれるなよ。俺は絶対帰ってくるって」

……って、この俺の台詞も死亡フラグっぽいな。

ヒヨの言うことに賛同するわけじゃないけど、少し気をつけた方がいいのかも知れない。

出陣前って言う、特殊な状況ではな。

アタル,「あーっと、とにかく心配ゴム用品だ」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「でも、海の上なんだよ? 戦艦がぶつかったりするんだよ? 危ないよ! ゲームじゃなくて、現実なんだよ!?」

……場を和ませようとした洒落に、ヒヨはまったく気づいてくれなかった。少し悲しかった。

アタル,「あー、その、大丈夫だって。我に秘策あり。そう簡単にやられたりはしないって。絶対に大丈夫だ!」

ひよこ,「……本当に? 本当に絶対大丈夫?」

アタル,「あぁ。まず問題ない。俺はきっと無傷で帰ってくるさ」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「じゃあ、私がついて行っても大丈夫だよね?」

アタル,「へ? な、何でそうなるんだ?」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「アタルくんには秘策があって、絶対大丈夫なんでしょ? なら、私が傍にいても平気でしょ?」

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「それとも……秘策って、嘘なの? やっぱりアタルくん……決死の覚悟、なの?」

アタル,「いや、策って言うか、大丈夫って言う根拠は一応あるけど……あー……はぁ、仕方ないな。わかったよ。一緒に行こう」

アタル,「船酔いになっても知らないからな?」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「うん、ありがと! 船酔いのお薬はちゃんと持って行くから、大丈夫だよ!」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「じゃあ、準備してくるね! 先に行ったらダメだよ? 絶対だからね~!」

ヒヨは元気よくそう言うと、駆け足で俺の部屋を去っていった。

―――と思ったら、すぐさま戻ってきた。何か俺の部屋に忘れ物だろうか?

アタル,「ん? って……セーラさんたちでしたか」

セーラ,「おはようございます、アタル様」

アサリ,「いやー、色々と手は尽くしたんですけどー、ミルフィさんの猛進は止められませんでしたー」

ヒヨと入れ替わりになる形で、セーラさんとアサリさんが入室してくる。

その表情は俺とミルフィさんの決戦を前にしてか、少し暗かった。

いや、正確に言えば暗いのはセーラさんだけで、アサリさんはいつも通りののほほん加減だったけれど。

セーラ,「申し訳ございません。私の声も、今のミルフィさんには届かなかったようで……」

アタル,「いえ、いいんですよ。2人が一生懸命やってくれたことは、ちゃんとわかっています」

セーラ,「出来ることならアタル様へのお力添えとして、私の保有戦力も出撃させたかったのですが……」

アサリ,「正々堂々、同規模の戦力での対決ってミルフィさんに言われちゃいましたもんねー」

セーラ,「……ですので、アタル様。せめてもの気持ちとして、私も戦場に馳せ参じますわ」

セーラ,「直接の手出しが出来ない以上、戦場にてアタル様に送れるものは声援のみですが……どうか、受け取ってください」

アタル,「ありがとうございます。その気持ちだけで、十分ですよ」

ひよこ,「アタルくん! 私も準備出来たよ! 浮き輪とかたたんで持ってきちゃった!」

アタル,「……いや、艦内に救命胴衣とかあるから、まず市販の浮き輪は要らないと思うんだけど」

アタル,「ま、いっか。別に大した荷物にもならないだろうし」

俺はヒヨと、セーラさんと、そしてアサリさんを順番に見やっていく。

そして最後に自分のほっぺたを両手でぱんっと叩く。

艦隊を率いた経験なんて、もちろんない。だが、もう逃げも隠れも出来ない状況だ。行くしかない。やるしかない。

アタル,「……よし! それじゃ、皆でミルフィの待つ海に行くとしますか」

ひよこ,「物騒なのは今日だけで、今度行く時は普通に海水浴になるといいね!」

アタル,「ははっ、まったくだ」

俺たちは揃って部屋を後にする。

屋敷の中庭でヘリに乗り、すでに沖合いへと進んでいる艦に直行。その後は……艦隊戦だ。

いや、艦隊戦とは言いつつも、俺はまともに戦う気なんて髪の毛先ほどもないんだけどな。

……さぁ、待ってろよ、ミルフィ?

俺は今からそっちに『戦いに』じゃなくて『話し合いに』行くからな!

……

…………

エリス,「特殊妨害領域の構築、完了いたしました。これにより両軍の索敵網の性能は著しく低下いたします」

ミルフィ,「エリ、この場合は散布を完了しましたと言いなさい。それが様式美よ?」

エリス,「さ、散布ですか? しかし、特に何も撒いてはいないのですが……」

ミルフィ,「レーダーとか通信を無用の長物にするものと言えば、ミノ粉と相場が決まってるのよ!」

エリス,「……み、ミノ?」

ミルフィ,「チェルノブイリ出身の博士が発見したハイブリット粒子! レーダーは使用不能となり、艦船は互いの位置を光学的手段でしか察知出来なくなる! 基本よ!」

ミルフィ,「まぁ、何にしろ……これで前時代的な戦いになるわね。最新の超高性能レーダーに変わって、望遠鏡やら手旗信号が重用されるような、ね」

ミルフィ,「ふふふふ! 決闘と言えば、こうじゃなくっちゃ!」

エリス,「は、はぁ……つまりはまた何かのアニメの影響、なのですね?」

ミルフィ,「端的に言えばそうね。でも様式美は大事よ? こだわらなければ、戦いなんて一瞬で終わるもん」

ミルフィ,「それこそ、エリが前に言っていたような、エレガントさの欠片もない無機質な作戦みたく……」

ミルフィ,「ん…………?」

ミルフィ,「ふふ、そろそろかしら? あぁ―――来たわね、アタル!」

ミルフィに指定された海域に到着するなり、艦隊の搭載機器のいくつかに不具合が出始める。何かしらの罠だろうか?

俺は眉をひそめつつもマイクを手に取り、大きな声ではるか彼方に浮かぶミルフィ艦隊に向かって、声を張り上げた。

アタル,「ミルフィーっ!? 聞こえるかぁー!」

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ミルフィ,「ふぅん? 執事に伝言を任せて逃げるような臆病者の卑怯者だから、てっきり策を弄すかと思ったけど……」

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ミルフィ,「意外や意外。ちゃんと規定通りの戦力を引き連れて来たようね?」

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ミルフィ,「その潔さには……何なら拍手を送ってあげてもいいわよ? パチパチパチ~ってね!」

アタル,「そうケンカ腰にならないでくれ、ミルフィ! 俺はお前と戦いに来たわけじゃない!」

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ミルフィ,「はぁ? 領海に外国の艦隊が入り込んでて、アンタも艦隊を率いて迎えてる。この状況で起こることなんて、もう戦闘以外にないでしょ?」

アタル,「違う! 俺はあくまで、お前との話し合いのために来たんだ」

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ミルフィ,「平和ボケなのか、それともいざと言う時には奥の手のロボを出せばいいって言う余裕なのか……」

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ミルフィ,「どっちにしろ、ムカつくわね? もうとっくに話し合いの時間は終わったのよ! 今さら、誰がアンタの話なんて聞くもんですか!」

アタル,「そんな! 頼むから聞いてくれ!」

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ミルフィ,「どの口がそんなことを言うのよ! 自分があたしに何を言ったのか、忘れたとは言わせないわよ?」

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ミルフィ,「こ、このあたしの胸がミニマム過ぎるとか! ロボヲタ馬鹿王女とか! 他にもあれやこれや!」

ミルフィ,「しかも、アタルの本当の目的はイスリアの軍事力を掠め取ることだったんでしょ? 冗談じゃないわ!」

#textbox Kmi0230,name
ミルフィ,「さらに! あんたはエリにもセーラにもアサリにもひどいことを言ったのよ!?」

ミルフィ,「あたしは自分の身体のこと、心のこと、母国のこと、部下のこと……そして友達のことまで馬鹿にされて黙ってられるほど、お人好しじゃないわ!」

アタル,「だから、そもそも俺はミルフィにそんなことを言った覚えはない!」

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ミルフィ,「はぁ? どんな言い訳よ、それ? 確かに言ってたのよ、あの柴田が! あたしの目の前に立って、侮蔑の視線とともにね!」

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ミルフィ,「アタルが言えって命じたんでしょ? 自分じゃ言えないことを部下に言わせて、しかも雲行きが怪しくなったら知りません? 最っ低ね!」

アタル,「だから、それは違うって! 俺はミルフィのことを嫌ったり、馬鹿にしたりする気は全然ない!」

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ミルフィ,「……ふん。そう? まぁ、どうでもいいわ。そう……元からどうでもいいのよ。あたしだって、別にアタルのことなんて好きじゃなかったし」

ミルフィ,「アタルと結婚したかったのは、あくまでニッポンの技術を手に入れるため。あんたに対して、愛なんてこれっぽっちもなかったわ」

#textbox Kmi0240,name
ミルフィ,「って言うか、あるはずないわよね? うん。クジで選ばれただけの誰かさんに、このあたしが本気で惚れるはずがないもん」

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「ニッポンの技術が欲しかったあたしと、イスリアの軍事力を欲しがったアタル」

#textbox Kmi0270,name
ミルフィ,「見詰め合って、穏やかに笑い合っている時でも……本当は、相手のことなんて見てなかったのよ。あたしたちは、お互いにね」

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ミルフィ,「まぁ、あたしは卑怯なアタルとは違うから、本心は自分で言うけどね。エリに言わせて自分は知らん振りなんて、そんなことはしないもん」

アタル,「くっ、なんて意固地なヤツなんだ。わかってはいたけど、本当に厄介だな」

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ひよこ,「アタルくん……ちょっと変わって……」

アタル,「え? あ、あぁ……」

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ひよこ,「はぁー、すぅ~、はぁー、すぅ~……」

ミルフィ,「……ん? 何? 今度はアタルじゃなくてぴよぴよ?」

ひよこ,「ミルフィさんの、おバカぁぁぁぁ~~~~~~っ!」

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ミルフィ,「―――くっ!? と、突然、何よ!?」

ひよこ,「どうしてアタルくんのこと、ちゃんとわかろうとしてくれないの!? どうしてアタルくんのこと、信じてくれないの!?」

#textbox kmi0270,name
ミルフィ,「信じるも何も、アタルが全部悪いんじゃない! ぴよぴよも騙されちゃダメよ!」

ひよこ,「アタルくんは誰も騙してなんかないもん! それにアタルくんは卑怯でも臆病でもなくて、優しい人だもん!」

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ミルフィ,「あのね、ぴよぴよ? アタルは柴田に命じて、このあたしに下賤で下衆で下劣極まりない言葉をぶつけたのよ?」

ひよこ,「そこがまず間違いなの! どうしてアタルくんがそんなこと言わせたと思うの? 柴田さんが勝手に言ったと思わないの!?」

#textbox kmi0220,name
ミルフィ,「はぁ~。柴田はアタルの執事で、右腕でしょ? ぴよぴよだってエリが『姫様がこう言っていた』って言えば、信じるでしょうに」

ひよこ,「柴田さんとエリスさんじゃ、全然違うよ!」

#textbox kmi0270,name
ミルフィ,「あぁもう、違わないわよ! それぞれ、王と王女の右腕。もしくは……えーっと、懐刀? って言うわよね?」

#textbox kmi0270,name
ミルフィ,「主人と一心同体の、長く連れ添った信頼出来る人材。それがエリや柴田。つまり2人の言葉はあたしやアタル本人に準じるのよ!」

ひよこ,「……ミルフィさん、さっき自分でクジって言ってたでしょ? そう。アタルくんが王様に選ばれたのは、つい最近」

ひよこ,「アタルくんと柴田さんは、ミルフィさんとエリスさんみたいに長く連れ添ってなんか、いないんだよ?」

ひよこ,「ミルフィさんがアタルくんと初めて出会ったあの日。あの日が、アタルくんと柴田さんの初対面だったんだよ?」

ミルフィ,「そ、それでも、仮に柴田が暴走して勝手に変なことを言ったのなら、それもアタルの責任。任命責任とか聞いた覚え、あるでしょ?」

ひよこ,「アタルくんが柴田さんに執事をしてってお願いしたわけじゃないんだよ? 政府から、アタルくんのもとに派遣されただけで……」

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ミルフィ,「う、うるさいうるさいうるさぁ~い! とにかくアタルが全部悪いのっ!」

ひよこ,「むぅぅ~~、ミルフィさんのわからず屋ぁ!」

ひよこ,「私は、ずっとずっと昔から、アタルくんのことが好きだった。大好きだったんだよ!」

ひよこ,「そして私は……ミルフィさんもセーラさんも魅力的だから……きっとアタルくんのこと取られちゃうって、心配してたの!」

ひよこ,「でも、よかったよ。アタルくんが、ミルフィさんを選ばなくて! ミルフィさんと一緒だと、アタルくんが可哀相だもん!」

ひよこ,「ミルフィさんにならアタルくんを任せてもいいかもーって、前にちょっとだけ思ったけど……でも実は全然そんなことなかったかも、だよ!」

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ミルフィ,「はんっ! べ、別にアタルなんて要らないわよ! アタルなんて、好きじゃないし!」

ひよこ,「私は好き! 大好き! すっごく好き! ミルフィさんよりずっとずっと、アタルくんのことを愛してるんだもん!」

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ミルフィ,「だ、だから、あたしは別に好きじゃないって、言ってるでしょ! どうぞ、末永くお幸せに! ノシ? とか言うのを付けてあげるわよ!」

ひよこ,「うん! なるもん! 絶対になるもん! アタルくんと一緒に、幸せに! 最初は女の子で、次は男の子! その次にまた女の子で……」

ひよこ,「えーと、とにかく少子化に歯止めをかけるためにも、いっぱいい~っぱい赤ちゃん作っちゃうもん! そして皆で仲良く暮らすの!」

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ミルフィ,「そ、そう。うん、頑張れば、いいんじゃない、かしら? うん。って言うか……ぴよぴよ?」

ひよこ,「何? もう私とアタルくんの間に隙間なんてないよ? すっごーくラブラブなんだもん!」

ひよこ,「今朝だって、優しくキスしてくれたし! あと、ぎゅ~って抱っこしてくれたし、それから、それから……」

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ミルフィ,「いや、うん? 落ち着いて? あのね? この通信ね? 大海原に響いてるんだけど……その辺り、理解してる?」

ひよこ,「――――――え?」

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ミルフィ,「しかも、今この海域は世界中から注目されてるわけで。そして、この海域内だとレーダーとか各種機械の性能が落ちたり、使用不可になる、けどね?」

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ミルフィ,「音は妨害出来ないから。うん。普通に空気が振動して、かなり遠くまで聞こえちゃうから」

ひよこ,「あ、う、で、でも、て、テレビとかって、今ここ、大変だから、来てない、よね?」

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ミルフィ,「どれだけダメって言っても勝手に入ってくるのがマスコミよ。渡航禁止の危険地帯に、わざわざ突っ込んでいく戦場カメラマンとかね」

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ミルフィ,「うん。あたしも思い返してみると、かなーり色々とぶっちゃけたけど……ぴよぴよの方はちょーっと赤裸々過ぎると言うか?」

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ミルフィ,「そもそも、仮にマスコミに漏れなくても、ニッポンとイスリアの艦隊全体に響いてるわけで……」

ひよこ,「ど、どど、どうしよう? は、はうぅ、す、すっごく恥ずかしいよぉ」

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ミルフィ,「って言うか、アタルも止めなさいよ! ぴよぴよの隣にいるんでしょ!? 何してんの!?」

アタル,「いや、勢いがあり過ぎて割って入れなかったんだ」

ひよこ,「え、あ、う、ご、ごめん、なさい。えっと、あ、あの、アタルくん、どうしよう?」

アタル,「……まぁ、いいんじゃないか? うん。仲がいいのは事実だし」

ひよこ,「で、でもでも、はうぅぅ~~、は、恥ずかしいよぉ。顔から火が出るって、こんな感じなのかなぁ!?」

アタル,「……教室でアレだけのことをしておいて、何を今さら」

ひよこ,「そ、それとこれとは話が違うよぉ! って、皆に聞かれてるんだから、そーゆー事は言っちゃダメだよぉ!」

アタル,「当分はこれをネタにヒヨをからかえそうだな」

ひよこ,「か、からかっちゃダメだってばぁ! うぅぅ、アタルくんのイジワル……」

エリス,「すっかり和やかムードですね」

ミルフィ,「あんのバカップル……っていうか、柴田の言ってたことのほとんどが嘘だったとしても、1つだけ真実があったわね」

ミルフィ,「つまりは、あたしは選ばれなかった。アタルの選んだ相手は、ぴよぴよだった」

エリス,「姫様……」

ミルフィ,「変な声を出さないでよ、エリ。あたしは別に、全然ショックなんて……受けてないんだから」

ミルフィ,「とにかく! もうここに至って『誤解でした、はいそうですか、わかりました、じゃあ帰ります』なんて行かないでしょ?」

ミルフィ,「何かあの2人の会話を聞いてるとイライラしてくるし! このよくわからない不愉快な気分は全部アタルにぶつけさせてもらうわ」

ミルフィ,「……で! アタルを降伏させて、技術も貢いでもらうわ! あのバカップルに世間の荒波の厳しさを教えてやるのよ!」

アタル,「おーい、無茶苦茶なこと言ってるぞ、ミルフィ!?」

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ひよこ,「そ、そうだよ! 誤解は解けたんだから、もうケンカしなくていいでしょー!」

ミルフィ,「うるさいうるさぁーい! とにかく、進撃開始! 目標はあのバカップルよ!」

エリス,「姫様。それではもう、すっかり恋敗れて嫉妬に燃える我がまま娘です。しかし、それが……イイ」

エリス,「ふふ、うふふっ、拗ねて駄々をこねる姫様もまた、素敵だ」

ミルフィ,「ん? 何を笑ってるの、エリ? あぁ、余裕の笑みね?」

エリス,「はっ! 無論です!」

ミルフィ,「よーし! いい気合ね!」

ミルフィ,「さぁ、アタル! ひざまずかせてあげるわ! 命乞いの準備はいい? 涙をぬぐうハンカチは? ついでにオムツも付けときなさい!」

ミルフィ,「ふははははぁ~! ニッポン製の特機を手に入れた暁には、イスリアの支配圏は木星圏までに広がることになるのよ!」

アタル,「どうしてもやるって言うんだな? なら、こっちだって……全力で話し合ってやる!」

ミルフィ,「ふんっ! まだ『戦う』って言わないあたり、あんたもなかなかに強情ね!」

アタル,「大切な友達と血で血を洗う気なんてないんでな! こちとら平和国家だ!」

ミルフィ,「……でも、こっちはもう話す気なんてないわ! 話したかったら、あたしの首根っこを掴んで無理矢理椅子に座らせることね! ふんっ!」

ミルフィ,「降伏宣言以外は全て無視よ! さぁ、全艦戦闘開始!」

エリス,「はっ! 了解です!」

ミルフィ,「………………」

ミルフィ,「……大切な友達、か」

ミルフィ,「ふん。あたしが勝てば、アタルなんて下僕に格下げなんだから!」

前方に展開していたミルフィの艦隊が、大きく動き始める。

どうやら本気でこっちに攻撃をしてくるつもりのようだ。

アタル,「……仕方ないな。よし、機関最大! 全速前進! 我が艦をミルフィの乗る艦に接舷しろ!」

アタル,「ついでに他の艦は下がらせろ。動くのは俺たちの艦だけでいい!」

将棋で言えば、全ての駒を捨てて王将だけで前進するような暴挙だ。

さすがに戦闘に詳しくないヒヨでもこの状況はまずいと感じたのか、俺の手に縋りついて来る。

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ひよこ,「あ、アタルくん! このお船だけで前に出たら危ないよ! 攻撃されて、すぐ沈んじゃうよ!」

アタル,「大丈夫だ。ここには俺がいるんだぞ?」

アタル,「対艦連砲、高角砲、機銃、機雷、ミサイル……何でも来い! 当てられるものなら、当てて見せろ。俺の当たらなさは伊達じゃない!」

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ひよこ,「……あっ、そっか」

俺の一言に、ヒヨは一瞬で納得した。

普通『当たらないから大丈夫』とだけ言われても、こうは落ち着けないだろう。

だが、俺の『当たらなさ』は尋常じゃない。俺とヒヨを筆頭に、この艦に乗っている人員の不安値はゼロだ!

いわばこの状況は『ミルフィ陣の駒ではアタルの動かす王将を倒せない』という設定で始めた将棋!

俺はどこまでも気ままにミルフィの艦隊へと接近することが出来るのだ!

アタル,「さぁ、前進だ! 怖がる必要なんて、何にもないんだからなー!」

俺の威勢のいい声が、艦内に響くのだった。

ミルフィ,「単艦で突出してるのよ!? 何で沈められないのよ! っいうか、何で当たらないのよ!」

エリス,「全てが、当たらない。姫様もご存知の通り、それが国枝アタルの持つ特性です」

ミルフィ,「くぅぅ、なんて理不尽な! 弾幕に直進で突っ込んできて無傷とか、あり得ないでしょ!? 物理的に!」

ミルフィ,「うぅぅぅ、当たらない! ああもう、弾の無駄遣いじゃない!」

俺たちの艦は悠々と前進を続ける。ミルフィの放つ砲弾が海へと着水し、大きな水しぶきを上げる。

しかし、それだけだ。砲弾は俺の艦に直撃するどころか、かすることすらない。

セーラ,「すさまじい光景ですね。これだけの攻撃が降り注いでいるのに、この艦はまったく損傷を受けておりません」

アサリ,「っていうかー……何かもぉ~、アサリとセーラさんは空気ですねー。アタルさんたちにも忘れられてるんじゃ?」

セーラ,「そ、そんなことは。そんなこと、ないですよね? ね? アタル様、ひよこさん?」

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ひよこ,「ひゃぁっ!?」

アタル,「っと、大丈夫か、ヒヨ? 外れた弾は着水して艦を揺らすからな。気をつけろよ?」

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ひよこ,「う、うん。大丈夫だよ。えへへ、ありがと、アタルくん」

艦が揺れることで、俺の隣に立っていたヒヨが危うくバランスを崩す。

俺はとっさにヒヨを抱きしめ、その身体を支えたのだった。

そう言えば、セーラさんが何かを言っていたような気もするが……まぁ、大丈夫だろう。

セーラさんの隣にはアサリさんがいるんだし、俺が助けなくても怪我をすることはまずないはずだ。

アサリ,「軽くスルーされましたねー」

セーラ,「い、今のは間が悪かっただけです!」

セーラ,「アタル様、これからどうなさるのですか? このままでは埒が明きません!」

アタル,「ふぉ!?」

艦が揺れることで気分が悪くなったのだろうか?

セーラさんはどことなく不機嫌そうに、俺にそう尋ねてくる。

アタル,「そ、そうですね。接舷してミルフィを確保しようにも、どの艦に乗ってるかがわからないし」

望遠鏡を片手にミルフィの姿を探すのだが……今のところ、それらしい姿はなかった。

艦の奥深くにこもっている場合、こうして甲板とかを眺め見てても絶対に見つけられないんだよな。

まぁ、何となくミルフィは甲板上で仁王立ちとかしてそうな気がする。

だって戦車にだって、乗らずに車上で仁王立ちしてたヤツだし。

落ちたらどうするんだとか、そーゆー細かいことは考えないタイプなのだ、ミルフィは。

セーラ,「上空からこの海域を眺められればいいのですが……」

アタル,「じゃあ、俺が艦載機で偵察に……って、俺が席を外すとこの艦が沈んじゃうし」

アサリ,「っていうかー、上から見ただけじゃそう簡単にわかんないと思いますよー? 人間なんて豆粒以下の大きさですし」

ひよこ,「うーん……?」

アタル,「ん? どうしたんだ、ヒヨ? 酔ったか?」

ひよこ,「え? ううん、違うよ? 酔い止めは飲んだから平気、じゃなくて!」

ひよこ,「あのね、何だかあっちの方にミルフィさんがいるような気がするの。こう、視界の端をかすめた感じっていうか」

アサリ,「ふむふむ。ひよこさんはずいぶんと目がよろしいのですねー。この距離じゃ豆粒以下を通り越して、砂粒レベルですのにー」

ひよこ,「あ、いえ、その、何となくそういう感じっていうだけで、実際に私の目で見えたわけじゃないんですけど」

アタル,「どうせ当てはないんだ。ヒヨの勘に頼って移動するのもいいだろ。どうせ敵の攻撃はこっちに当たらないし」

アタル,「ヒヨ、ナビゲートを頼む。俺の絶対に当たらない勘だと、100年経ってもミルフィに会えないからな」

ひよこ,「う、うん! 頑張るよ!」

俺がそう告げると、ヒヨは自信なさげに右斜め前を指差した。

俺たちはヒヨの曖昧な指示を頼りに、ミルフィを求めて再度前進を始めたのだった。

エリス,「姫様! 国枝アタルの乗る旗艦が、こちらに一直線に突き進んできます!」

ミルフィ,「くっ、どうしてあたしのいる位置がわかってるの!? 偶然? それともあたしの敗北が歴史の必然だとでも!?」

ミルフィ,「いえ……落ち着くのよ、ミルフィ。たとえ位置がわかっていたとしても、相手は手出し出来ないわ!」

ミルフィ,「何故ならば! アタルの艦載兵器じゃあたしたちを攻撃出来ないもの。あっちに攻撃は『当たらない』けど、あっちも攻撃は『当てられない』のよ!」

ミルフィ,「まさか艦を正面衝突させるほど愚かじゃない……って、その心配も要らないわね。絶対に当てられないんだから、衝突だって不可能!」

ミルフィ,「そうよ。慌てる必要なんてどこにもなかったわ。ふふ、ははっ、はーっはっはぁ!」

ヒヨの指示に従って最大船速で突き進むこと、しばし。

俺たちはようやくミルフィの姿をその視界に捉えることが出来たのだった。

あのおバカは何故か甲板上で胸を張って高笑いをしている。何を考えているんだが……。

アタル,「目標、前方の敵艦……じゃないな。えーっと、ミルフィ艦! よく狙わなくていい。むしろ当たらなくてもいいやって感じで!」

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ひよこ,「アタルくんが当たれよ~って祈っちゃうと、外れちゃうかもしれないもんね」

アタル,「それに俺の目的は撃沈じゃない。今でも俺の目的は一応『話し合い』だ」

アタル,「倒すために撃ったり、殺すために撃つんじゃない。足止めするために撃つんだ!」

アタル,「だからまぁ、お気楽でテキトーな感じにに……撃てぇぇぇーっ!」

俺のその声に従って、ミルフィの艦に向かって攻撃が放たれる。

その瞬間、俺はふとこう思うのだった。

アタル,「……左舷、弾幕薄いよ! とかも言ってみたかったなぁ」

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ひよこ,「左舷も何も、弾幕自体1回も張らなかったもんねー」

アタル,「そもそも兵装を使うのもこれが初めてだからなぁ」

そんな暢気なことを呟いている間にも、俺の艦から放たれた砲弾はミルフィの艦に向かって飛んでいく!

ミルフィ,「撃ってきたわね? ふふん、無駄なことを!」

エリス,「……あのー、姫様? ふと思ったのですが?」

ミルフィ,「何かしら、エリ? 遠慮なく言っちゃいなさい」

エリス,「あの艦に、我が艦隊の攻撃は命中しません。ですが、あちらの攻撃はこちらに当たるのでは?」

ミルフィ,「はぁ? 何でよ?」

エリス,「あの艦には国枝アタルが乗艦しております。よって攻撃は当たりませんが……あの艦の砲撃は国枝アタル本人によって撃たれるわけではありません」

エリス,「そう……弾を込め、狙い、撃つ。この工程に、国枝アタル本人は一切関与していないのです」

ミルフィ,「えーっと……つ、つまり?」

エリス,「あの艦の攻撃がこちらに当たるかどうかは、艦の人員次第。そして常識的に考えて、普通の兵にとってここは……すでに有効射程内」

ミルフィ,「……こっちが攻撃を当てられる確率はゼロだけど、あっちは通常通りってことね? 普通に撃って、普通に当たると?」

エリス,「はい。あくまで仮説の域を出ませんが……」

ミルフィ,「それって、無茶苦茶まずくないかしら?」

エリス,「かなりまずいかと」

ミルフィ,「………………」

エリス,「…………」

ミルフィ,「こ、後退! 機関最大で後た―――あっ! しまった! あたしの辞書に後退なんて載ってないんだった! 訂正、訂正!」

エリス,「姫様、今はそんなことにこだわっている場合では!」

ミルフィ,「追い詰められた時にこそ人の本性が出るって言うでしょ! 今こだわらなかったら、いつこだわるのよ!」

エリス,「一理あるかも知れませんが、しかし――――――あっ」

ミルフィ,「え?」

エリス,「失礼!」

ミルフィ,「ひゃぁぁっ!?」

エリス,「ちぃっ、直撃か!?」

アタル,「…………何か、大破してるように見えるのは、俺の気のせいなんだろうか?」

アサリ,「いえいえー、どー見ても沈み始めてますねー。ちょーっと当たり所が悪かったようですー」

アサリ,「アタルさんが望んだ『艦を軽微の損傷でイイ感じに足止め出来そうな箇所』には『当たらなかった』ってことでしょーかー?」

セーラ,「み、ミルフィさんは大丈夫なのでしょうか?」

セーラさんがそう呟いた瞬間、ミルフィの声が大海原に響き渡った。

艦の乗員に指示を行き渡らせるため、最大ボリュームで怒鳴っているようだ。

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ミルフィ,「ちぃぃ、悔しいけど、総員退艦! 沈む前に退避するわよ! くぅぅ、あ、アタルなんかにぃぃっ!」

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エリス,「―――姫様! ここは危険です! 早急に退避を! くっ―――」

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ミルフィ,「まだよ! 最後にこれだけは、言っておかなきゃなんないでしょ?」

#textbox kmi0270,name
ミルフィ,「全イスリア艦艇に告ぐ。傾聴せよ……!」

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ミルフィ,「あたしの艦の撃沈を持って、この戦闘の敗北を……認めるわ」

#textbox kmi0220,name
ミルフィ,「か、海上に投げ出された兵に鞭打つことなく、じ、人道的な救助を、期待……します」

後半は俺に向けての発言だったのだろう。その声には悔しさがにじみ出ていた。

大きな音を立て、黒煙をもうもうと上げ、ミルフィの艦が海に沈んでいく。

映画などでしか見たことのない光景が、俺のすぐ目の前で起きていた。

ひよこ,「あ、アタルくん、早くミルフィさんを助けに行ってあげないと!」

アタル,「そ、そうだった!」

あまりに現実離れしたスペクタクルな光景に、ぽかんとしてしまった俺だった。

アサリ,「サメに食べられて死んじゃうことが多いんですよねー、こーゆー時はー」

アタル,「しゃ、洒落になんないことを言わないでください、アサリさん!」

アタル,「えーと、戦闘終了を全軍に伝えて、俺も早くミルフィたちの救助に……」

セーラ,「落ち着いてください、アタル様。この艦で接近しては海上に浮かぶイスリア兵の皆様が大変なことになります」

アタル,「……っと、そうか。えーと、艦はここで待機させて、救助は小型艇でやんなきゃいけないんですね」

ひよこ,「一応、浮き輪も膨らませた方がいいかなぁ?」

アタル,「いや、それは要らないと思うぞ? 多分……」

わたわたと大慌てで、俺は救助の指示を飛ばすのだった。

ミルフィ,「ひっぷちん! はぅっ……」

エリス,「あぁ、なんとお労しい御姿なのでしょうか? でも、濡れ鼠な姫様というのも、これはこれで……」

その後、何とか俺たちはミルフィをボートに引き上げることに成功した。

海水温は低かったらしく、ミルフィの体はカタカタと震えていた。

これ幸いとそんなミルフィに密着して悦に入るエリスさん。

こっちはミルフィと違って、まだまだ余裕がありそうだった。恐ろしいタフさだ。

ちなみに余談だが、ヒヨの浮き輪は1人の尊い命を救ったと言っておこう。具体的には、アサリさんの。

いや、ボートが揺れて落ちたんだよね、アサリさん。泳げないとは意外な弱点だった。

―――閑話休題。

とにもかくにもミルフィを無事に確保出来たことで、この壮大な騒ぎもようやく収束に向かうのだった。

#textbox Kmi0240,name
ミルフィ,「はぁ~、負けね。うん、完敗よ。まさかアタルがこんなに厄介な相手だとは思わなかったわ」

#textbox Kmi0220,name
ミルフィ,「ボスが全戦闘で閃きっぱなしって……明らかに攻略させる気がないステージじゃない。ゲームならディスクを割ってるところよ」

常時回避率100%……うん、大したチート性能だな。

俺がシミュレーションゲームのキャラクターじゃなくて良かったと思おう。あやうくクソゲー呼ばわりされるとこだった。

#textbox Kmi0280,name
ミルフィ,「……で? アタルはあたしをどうするの? あたしがここにいる以上、イスリア艦隊も手出しは出来ないわ」

#textbox Kmi0270,name
ミルフィ,「このままシチュー弾き語りでもする? それがアタルの国における、罪人に対する様式美なんでしょ?」

アタル,「……いや、市中引き回しって言いたかったんだと思うけどさ……別に俺はミルフィをどうこうするつもりはない。ただ、話を聞いて欲しいんだ」

アタル,「……その、すまなかった。俺のせいで、ミルフィを傷つけて」

#textbox Kmi0220,name
ミルフィ,「はぁ? 何でアタルがあたしに謝るのよ? 勝者が敗者に頭を下げるとか、前代未聞よ?」

アタル,「もともとこんな大事になったのは、俺のせいだからな。俺があの日、きちんとミルフィに自分の選択を告げていれば、それで済んだんだ」

アタル,「間に柴田さんを挟んだから、ここまで事態がこじれてしまった」

アタル,「まぁ、正直に言って、俺も柴田さんがミルフィに変なことを言うなんて……完全に予想外だったんだけど」

アタル,「とにかく……ミルフィ。俺にとって最愛の人は、ヒヨなんだ。俺はこれから、ヒヨと一緒に生きていく」

#textbox Kmi0270,name
ミルフィ,「改めて言われなくても、知ってるわよ。あれだけの大声で思いの丈をぶちまけられれば、ね」

アタル,「ミルフィとは結婚出来ないし、家族にもなれない。でも、ミルフィと一緒に過ごした時間は、あの楽しい日々は、俺とヒヨにとって大切なものなんだ」

アタル,「だから、これからもどうか……友達として仲良くやっていって欲しい。ダメ、かな?」

#textbox Kmi0220,name
ミルフィ,「……はぁ。本当にたったそれだけのことだったわけ? それが柴田の伝言1つですれ違って、ここに至ったと?」

#textbox Kmi0240,name
ミルフィ,「むぅ……改めて考えると、我ながらとんでもない事態ね。ここまで大事にする必要なんて、ゼロじゃない」

ミルフィはそっと肩をすくめて、嘆息する。そして数拍の間、その瞳を閉じた。

やがて、目蓋を持ち上げたミルフィは、俺の瞳を見据えながらにこう言った。

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「いいわ。アタルとぴよぴよの2人じゃ、こっちも色々と心配だしね。友達として見守ってあげる」

#textbox Kmi0270,name
ミルフィ,「ただし、タダじゃないわよ? そっちが困ってる時には手を貸してあげる。でも、そっちも出すべきモノを出しなさい」

#textbox Kmi0290,name
ミルフィ,「ギブアンドテイク。どちらかに寄りかかるだけの関係は、友情とは言わないわ」

#textbox Kmi0260,name
ミルフィ,「まぁ、もちろん時に身体を張って無理をするのも、友情だとは思うけどね」

アタル,「わかってる。技術提供も、喜んでさせてもらうよ」

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「うん。よろしい。それ相応の見返りがなくちゃ、健全とは言えないもんね? それに…………」

#textbox Kmi0290,name
ミルフィ,「アタルにとって無償で寄りかかれる相手、構えることなく甘えられる相手は……あたしじゃなくて、隣のぴよぴよだろうし」

ミルフィは俺のすぐ傍に立つヒヨをちらりと見やる。

それから、その細い手を俺に向けて差し出してきた。

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「今後ともよろしくね、アタル」

アタル,「あぁ、こちらこそ。よろしくな、ミルフィ」

#textbox Kmi0260,name
ミルフィ,「ぷふぅっ、ふふっ、あははは! 何かアレね? 決闘して仲良く友情を再確認だなんて、好敵手と書いて親友と読む、みたいな? ふふっ」

アタル,「夕陽に照らされた川原じゃなくて、太陽がさんさんと照りつける大海原だけどな」

#textbox Kmi0290,name
ミルフィ,「王様と王女様よ? このくらいのスケールで、むしろ似合ってるのよ」

アタル,「そんなもんかなぁ?」

俺がミルフィに曖昧な返答をした、その時だった。

一際大きな破裂音とともに、ミルフィの乗っていた艦が沈降して行く。

やがてその船首すらも、青く広い海の中に消えて行ったのだった。

#textbox Kmi0210,name
ミルフィ,「あたしとアタル。2人でこれだけの艦隊を並べておいて、実質的な被害がバトルシップ1隻のみ。奇跡的な数字ね」

#textbox Kmi0220,name
ミルフィ,「にしても、どうしてあたしの位置がわかったの? ミノ粉で索敵網はほぼダウンしてたはずなのに」

アタル,「ヒヨの勘が当たったんだよ。ミルフィはこっちの方にいるんじゃないかーってさ」

#textbox Kmi0290,name
ミルフィ,「へぇ、そうなんだ。すごいじゃない、ぴよぴよ」

ひよこ,「えへへ~、私にもよくわかんないんだけど、何となくそうじゃないかなーって思って」

ミルフィ,「アタルの最愛の人は、アタルの幸運の女神様だった、と。何だか妬けちゃうくらいにイイ話ね」

アタル,「艦隊の弾幕すら当たらないのに、ヒヨのチョップは俺に当たるからな。やっぱ愛の力、とか?」

ミルフィ,「言うようになったわね、アタルも。はいはい、ごちそーさま……だっけ? こんな場合は」

言い終えると同時に、ミルフィが笑う。それに釣られ、俺もつい噴出してしまう。

ヒヨもセーラさんも微笑ましげで、当然エリスさんもミルフィを見てご満悦で……。

艦隊戦の直後だというのに、俺たちはものすごく和やかなムードに浸るのだった。

#textbox Kas0160,name
アサリ,「わ、笑ってないで、早く帰りませんかー? う、海は苦手なんですよねー。はぁ~」

にこやかな俺たちのすぐ脇で、アサリさんだけが深いため息を吐いているのだった。

カーテンが開かれ、窓からは煌めく朝陽が注ぎ込まれていた。

俺はその眩しさを避けようと、布団に包まってきつく目蓋を閉じる。

もう少しだけ、寝ていたい。今日は休日なんだ。少しくらい寝坊したっていいだろ?

それに……昨日はここからはるか彼方の大海原で旗艦を率いていたんだ。

1発の被弾もなかったとは言え、精神的にかなりきつい一日だったんだ。

のほほんとまどろみを楽しんで、何が悪いって言う話だよな、うん。

アタル,「……とゆーワケで、俺はまだ起きないから」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「もう。いつもより十分に寝てるでしょ? そろそろ起きないと生活リズムが乱れちゃうよ?」

ヒヨが布団をぐいぐい引っ張りながらに、そう言う。

確かに、ここ数日は早起きをして歩いて登校していたからな。

それを考えれば、今日はもう十二分に寝坊を楽しんだと言える。だが!

アタル,「俺は……今日は昼過ぎぐらいまで、ダラダラしたいんだよぉ……」

アタル,「俺は絶対、ベッドから出ないからな。起こせるもんなら、起こしてみろぉ……はふ~」

#textbox Khi0380,name
ひよこ,「むむむっ。そんなこと言うんだ。わかったよ。じゃあ、何としても私が起こしてあげるね」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「んふふ~、いたずらしちゃうんだから。アタルくんは、いつまで起きないでいられるかなぁ?」

ヒヨはクスクスと笑い、俺の布団の中に潜りこんで来る。

強引に力で布団をはぐんじゃなくて、くすぐったりするつもりだろうか?

#textbox Khi0390,name
ひよこ,「うりゃうりゃうりゃ~」

アタル,「くっ!? 予想通りかよ! くはっ、ちょ、ひ、ヒヨ、やめ!」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「どう? 起きる気になった? 起きないのなら、もっともーっとこちょこちょしちゃ……う?」

#textbox Khi0340,name
ひよこ,「あ、あれ? これって……はわぁ~」

アタル,「うん? どうした、ヒヨ?」

#textbox Khi0330,name
ひよこ,「あ、え、えと、指先に、何だか硬い物体が。あ、アタルくん、私にこちょこちょされて、コーフンしちゃったの?」

#textbox Khi0350,name
ひよこ,「もう。こんなことで、こんな風になっちゃうなんて……アタルくんってば、えっちぃ」

アタル,「はっ!? あ、いや、それは男性の朝の生理現象だ! 確か、レム睡眠時の神経刺激がどうとかこうとかで起こる現象で!」

アタル,「べ、別にコーフンしたり、俺がえっちぃから勃ったわけじゃないぞ? 自動なんだよ、うん」

#textbox Khi0310,name
ひよこ,「そうなの? 男の人の身体って、不思議なんだね。勝手にこんな風になっちゃうんだ」

#textbox Khi0350,name
ひよこ,「んー……アタルくんは自動って言うけど、でも……いつもと同じように硬いよぉ」

ヒヨの手が、俺のモノに絡みついてくる。

布団の下でごそごそと動かれているせいか、どんな風に触れられているのかが俺には見えない。

それが不意の刺激を、余計に強いものにしてくる。

アタル,「ひ、ヒヨ。あんまり弄り回さないでくれ。きっかけは生理現象でも、マジでコーフンしてくるから」

#textbox Khi0320,name
ひよこ,「……んふふ、うりゃ。くにくにくに~」

アタル,「ちょ、ひ、ヒヨ!?」

#textbox Khi0360,name
ひよこ,「すっごく硬くなって、辛そうだから……私がこのまま、アタルくんのこと静めてあげるね? んっ……」

そう言うと、ヒヨは布団の中で器用に体勢を変えて、俺のズボンを脱がしにかかったのだった。

ひよこ,「はーい、脱ぎ脱ぎしてくださいねー♪……んしょ、はむっ。んっ、んぅ~、んむぅ」

ズボンを引き下げ、さらにはトランクスまでずらし、ヒヨは俺のモノを露出させる。

そして、勢いよく、ぱくりと俺のモノをくわえ込んだ。

アタル,「あっ、ちょっ、ひ、ヒヨ? あっ……くぅ」

ヒヨの温かな舌が、俺の亀頭にまとわりついて来る。思わず俺の口からは、意味もない音が漏れてしまう。

ヒヨは小さくうめく俺をちらりと見て、満足そうな微笑を浮かべると、ちろちろと舌の動きを加速させていく。

ひよこ,「んふふ~。んっ、んんっ、んんっ! んぷぅ、ふぅ、れろ……ふぅ、んんっ、れろ、んっ、んちゅ、ちゅる……んっ、んんぅ、はぁ、んっ」

溶け始めたアイスクリームを舐めすくうかのように、ヒヨは世話しなく口を動かし続ける。

ヒヨの口元に視線は釘付け、ヒヨの唇と舌で腰砕け。俺に出来ることは、ただ呼吸を荒げることだけだ。

にゅるりと舌が離れたかと思うと、ヒヨの熱い吐息が俺のモノにかかる。

そのもどかしい刺激も、なかなかに心地よかった。俺はもう、ヒヨにされるがままだ。

ひよこ,「んふぅ、んっ、ちゅる、んっ、ちょっろ強めに、ちゅってあげゆね? ちゅぅぅ~~、れろ、んっ、んはぁ、はぁはぁ」

ひよこ,「んぷっ、んぅぅ~~~、んぱぁ、はぁ、んっ……ろう、あらううん? ひもひいーい? ん、こんらろろか、ろう? れろ、んふぅ」

アタル,「ひ、ヒヨ、ちょ……うあっ」

咥えたまま、正しく舌足らずな声でヒヨはそう問いかけてくる。

何とも言えない振動が、俺のモノを、そして俺自身を震わせる。

ふとヒヨの方を見やると、上目遣いなヒヨを視線がぶつかる。

……朝、メイド、上目遣い、一生懸命なご奉仕……。

心弾む視覚情報とともに、色んなキーワードが俺の脳内を駆け巡っていく。

俺のモノの硬度が、さらに増したような気がした。

ひよこ,「ぷは……んふふ~。気持ち、いいんだね? 今、ぴくぴくって、お口の中でおちんちんが跳ねたもん……ふふっ、このままもっともっと……気持ちよく、してあげるぅ」

ひよこ,「んっ、んっ、んぅ! ぷはぁ、ふぅ……ご主人様が気持ちよく起きられるように頑張るのも、メイドさんの大切なお仕事だもんね」

ひよこ,「大きっく、硬ぁ~くなってる、アタルくんのおちんちん……私がちゃんと……んふぅ、はぁ、鎮めてあげるからね。んちゅ」

俺をより興奮させるためか、ヒヨはここぞとばかりに甘い声を漏らす。

それはどこかわざとらしくさえあった。多分、ヒヨも内心では今の台詞に照れているんだろう。だから、どこか不自然さが残るのだ。
……だが、それが良かった。恥ずかしがりながらも、えっちな言葉を発するヒヨ。うん、すごくかわいい……。
―――と、そんなことを考えていた俺の身体を、再び大きな快感の波が襲う。

舌を激しく動かすのと同時に、ヒヨは両手で、その細い指で、俺のモノの茎やその周りを優しく撫でる。

アタル,「っ、ふぅっ……!」

抗うことの出来ない快感。俺も抑えようと思うのだが、どうしても情けない声が漏れてしまう。

ひよこ,「ふふっ、アタルくん、可愛い~。ほっぺ、赤くなって来てるよ? 気持ちいいんだね……んっ、んくぅ、っぷぅ、はぁはぁ……んっ」

アタル,「おうっ、くぅっ……」

ひよこ,「私、ちゃんとアタルくんのこと、気持ちよく……できてる? ふぅ、んっ……はぁ、もっと、頑張っちゃうよー。ちゅぅ~、れろ」

俺が小さく声を漏らすたびに、ヒヨは嬉しそうに少しだけ目を細める。

ひよこ,「もっと、ぺろぺろした方が気持ちいい?それとも、ちゅ~ってする方がいい?アタルくんは、どっちが好きなのかな?」

アタル,「ど、どっちとか言う以前に……ヒヨにやられっ放しなことが、気にかかるんだけど」

俺も男だ。どうせなら、攻められるよりも攻めたい。愛されるよりも愛したい。

自分が快感に喘ぎ続けるよりも、ヒヨを喘がせ続けたいと思う。

このまま攻めに転じることなく、出すモノを出してしまうというのは、王として、男として沽券に関わるというか。

ひよこ,「う~~~、アタルくん、私にぺろぺろされるの、嫌? 私じゃ……最後までちゃんと気持ちよくできないかなぁ?もう、ここで止めちゃった方がいいのかなぁ……?」

俺のモノを離し、ヒヨはどこか悲しげに俺を見上げてくる。

アタル,「い、いや、止めないでくれ。ここで止められたら、生殺しだよ」

ひよこ,「え~~? でも……何か気にかかってるんでしょ?」

ヒヨはじぃ~っと無垢な瞳で俺を見つめてくる。って、俺のモノをこんだけ舐めといて、無垢も何もない。

つまり、ヒヨは俺にこう言わせたいんだろう。

『気持ちいいから、最後まで続けて』って。

前は教室で、俺が一方的にヒヨを攻め続けちゃったしな。

ヒヨもたまには俺を攻め立ててみたいのかも知れない。

だが……俺にも男の沽券がある。

ここでそう易々と頷くわけには行かない。行かないのだが―――

アタル,「……たった今、気にかからなくなりましたので、続きをお願いします」

それはそれ、これはこれ。俺はヒヨに向かって至極真面目にお願いをした。

うん、たまになら、ヒヨになされるがままって言うのも、いいと思う。

『いつもベッドじゃ、ヒヨにやられっぱなしなんだ』なんてことになるのも、困るけどさ。

アタル,「ヒヨ、続きを頼む。お願いだから。な?」

ひよこ,「えへへ~、うん、ご主人様がそう言うのなら……んはぁ、ちゅっ、私は、んっ……アタルくんのメイドさんだから、はぁ、一生懸命、頑張る、んっ、んんぅ~~、はぷぅ」

ひよこ,「も、もっと奥まで、入っちゃうかにゃ……んくぅ……んぷっ、んちゅ、んっ、んっ、んぁ!」

ヒヨは目を閉じて、ゆっくりと俺のモノを口内の奥の奥、喉にまで差し込んでいく。

ぬるぬるとした舌が、柔らかなほっぺの内側が、唾液が、俺のペニスを余すところなく包み込んでいく。

ひよこ,「んぐっ、んっ、んぅぅ~~~、んっ、んぷぅ。んふぅ、ふぅふぅ、んっ、じゅる……ぷっ、んぷぅ、んっ」

やがて、俺のモノの先端がヒヨの喉の奥にこつんと当たる。

さすがに苦しいのか、ヒヨは少しだけ眉を寄せた。

だが……ヒヨが苦しがっている分だけ、俺には快感が与えられる。

膣内に負けないくらいに熱く、そしてきゅぅっと締まっているヒヨの口内。

気を抜けば、今にも出してしまいそうだ。

ひよこ,「―――んぷはぁ、はぁ、んっ! ちゅる、ちゅるぅ、んぅっ!」

息苦しかったのだろう、ヒヨは俺のモノを吐き出して、大きく息を吸う。

しかし、すぐにまた俺のモノを口に含み、舐めあげてくれる。

アタル,「……ヒヨ、あんまり無理しないでいいんだよ?」

ヒヨは俺の言葉には答えずに、一心不乱に頭と舌を動かす。

目を閉じ、ただただ口を動かし続けるヒヨ。

ヒヨは今、何を考えているんだろう?

奉仕され続けるだけだからか、ふとそんなことが気になってしまう。

さっきから俺のモノを奥深くにまで入れてるけど、フェラって初めてだよな? 大丈夫なのかな?嫌悪感とかはないのかな?
頑張ってくれるのは嬉しいけど、あまり無理はしないで欲しいんだけどな。いや、献身的なご奉仕の甲斐あって、すげぇ気持ちいいんだけど。

アタル,「なぁ、ヒヨ――」

ひよこ,「ちゅる、んっ、じゅぷ、じゅっじゅっ、んぷぅ、じゅるぅ~~~、ちゅ、ちゅちゅっ!」

アタル,「―――くぁっ!?」

ヒヨの口の動きが少し遅くなったと思った次の瞬間、思い出したかのように激しくなる。

一瞬気を抜いていたせいで、余計に快感が強く感じられた。今のが意図したフェイントならば、すごく効果的だ。

俺の身体の奥から、急速に射精感がせり上がって来る。

アタル,「ヒ、ヒヨ、ちょいペースを落としてくれ。こ、このままじゃ、もう!」

ひよこ,「んぷっ、ひ、ひぃよ? らしてひぃよ? んっ、んむむむ、わらひのなかに、らひれ? ぉくひの、なかに」

アタル,「く、咥えたまま喋られると、ッぐぅっ!?」

ひよこ,「んちゅ、ふぅ、んっ! ちゅぅぅっ、ちゅ!んちゅ! れろ、んふぅ!」

アタル,「ぁ、ッくぁ! ヒヨ、もう、出ッ、くぅ……!」

耐え切れなくなった俺は、モノをヒヨの口から引き抜くことなく射精に至った。

いや、むしろヒヨの吸い込みに合わせて、腰を浮かせ、ヒヨの喉の奥を突いてしまった。

ひよこ,「んくぅぅぅ~~~っ! んぷぅ! ちゅぅぅ~~っ!」

ヒヨの口の一番奥で、俺は熱い精液をぶちまける。

ひよこ,「んぶぅっ!? んっ、んはぁ、はぁはぁ、はふぅ、はぁ、あ、あぁ……んっく、ん、んうぅぅぅぅっ!?」

突如、口の中に湧いた熱い精液。

俺の射精が近いとわかっていても、やはり噴出には驚かされたのだろう。瞳を見開きながら、ヒヨは口内で俺の精液を受け止めてくれた。

ひよこ,「んちゅ、ふぅ、あうぅ、く、口の中、アタルくんので、たぷたぷだよぉ。はぁっ、たくさん、らしたね? あは、そんなに気持ちよかった? んぷっ、ちゅっ……」

ひよこ,「いっぱいいっぱい、出たから……お掃除、しないと……ん、れろ……はむっ、んく」

自身の顔にも降りかかった精液。口元を汚し、俺のモノにもへばり付いている精液。

ヒヨは多くの白濁液を、その赤く柔らかな舌で丁寧に舐め取っていく。

ひよこ,「んうぅ? んっ、たくさん出して、お掃除までしてるのに……アタルくんの、全然鎮まってくれないね?」

アタル,「ヒヨ……わかって言ってるだろ? お掃除なんてされたら、逆に大きくなるっつーの……」

射精直後の敏感な一時を舐め立てられたことで、俺のモノは一向に萎える気配がない。

むしろ2回戦目の準備を終え、臨戦態勢を取っていると言っていいだろう。

ひよこ,「えへへ~。じゃあ……お口でダメなら、もう……最後の手段しかないよね?」

ニコニコと、実に嬉しそうにそう言うヒヨなのだった。

アタル,「一応聞いておくけど、最後の手段って言うのは、やっぱり……」

ひよこ,「ふふっ、アタルくんはそのまま横になってて? このまま、私が最後までしてあげる。私は、寝ぼすけなご主人様を起こす、頑張り屋さんなメイドだからねっ♪」

ヒヨは俺のペニスへと刺激を絶え間なく送りつつ、優しく微笑むのだった。

メイド服を着崩して、ヒヨは形のいいおっぱいをぽろりと晒す。

そしてそのおっぱいを見せ付けるかのようにゆっくりと俺に迫り――

ひよこ,「んしょ~っ。えへへ~」

――俺の腰の上へと跨ってきた。

ヒヨが身じろぎする度にぷるぷると揺れるおっぱい。絶景かな。絶景かな。

今すぐ腹筋に力を入れて身を起こし、ヒヨを押し倒したい。

そして、ガバッと覆いかぶさって、激しくヒヨの膣内を突き回したい。

もちろん両手はヒヨのおっぱいに添えて、心の赴くまま、がむしゃらに揉んで……。

と、思うのだが……この体勢ではそう簡単に起き上がれそうにない。いわゆる、マウントポジション。ヒヨがその気なら、俺ボッコボコ。

アタル,「えーっと……俺はやっぱりこのままなの?」

ひよこ,「うん。さっきから言ってるでしょ? 全部、私がしてあげるから……んっ、アタルくんは、そのまま楽にしてて」

俺を起き上がらせないようにと、ヒヨは巧みに体重をかけてくる。

どうやら本気で、最初から最後まで主導権を握り続けるつもりのようだ。

ヒヨは肩目を閉じ、俺に向けて可愛らしいウィンクを投げつけてくれた。

ひよこ,「アタルくんの、一度出したばっかりなのに……すっごくカチカチ。これなら、入れやすいね。んっ、はぁ……」

アタル,「ヒヨも……結構濡れてるみたいだな。口でしてただけなのに、興奮しちゃったのか?」

ヒヨの秘密の穴はかなり潤っていた。俺のモノの先端が触れると、くちゅっといやらしい音が鳴る。

ヒヨの唾液と新たに溢れた先走りに塗れた俺のペニスに、ヒヨの熱い蜜が、つぅっと漏れ伝ってくる。

アタル,「……頑張り屋さんなメイドより、今のヒヨはエロスなメイドさんじゃないかなぁ……?」

ひよこ,「むぅ……もしそうだとしたら、それはアタルくんのせいなんだよ? ご主人様が、そーゆー風にメイドさんをちょーきょーしちゃったから……」

ちょーきょーの意味をわかって言ってるんだろうか?というか、どこからそーゆー知識を得てるんだろうか?

まさか、マジで俺の影響なのか?いや、でも……うーん?

各種のエロスアイテムはヒヨの眼に届かない場所にしまい込んでいたつもりなんだけど……。

ひよこ,「えへへ~、アタルくん……えっちなメイドさんって、好きでしょ?」

……メイドだらけのエロ本を見られたんだろうか?

……素直に好きだと認めるのも何となく悔しいので、俺は少しクサい台詞を吐いて誤魔化すことにした。

アタル,「えっちなメイドさんが好きなんじゃなくて、俺はえっちなヒヨが好きだな。ヒヨ、かわいい……」

ひよこ,「んふふっ♪ 私もアタルくんのこと、大好きだよ?」

口説き文句の効果は抜群らしかった。

ヒヨは嬉しそうに微笑むと、ゆっくりと腰を屈めていく。

ひよこ,「んはぁ、ふぅ、それじゃ……入れるね……ふぁっ……んっ、んんぅ~~、あっ、はっ、はいって、入って、くるよぉ。アタルくんの、お、おちんちんがぁ、あぁ……」

互いの性器が触れ合っている状況で、腰を沈めていけば、当然、2人の距離はゼロになる。

股間から、快感が背筋を駆け上っていく。俺のモノは、ゆっくりとヒヨの熱い膣内へと埋まっていく。

ひよこ,「お、押し広げ、られて……あぁ、んぅっ!はぁ、ふぅ、んっ……」

先ほどの微笑から一転、ヒヨはその瞳を閉じて挿入に耐えているようだった。

当然、興奮はしていたのだろう。しかし、それだけでは準備不足だったらしい。

やっぱり俺も、もっとヒヨのことを愛撫してあげるべきだったんだろう。

ペニスの埋まっているヒヨの性器の締め付けは、気持ちいいを通り越して、ちょっと痛いくらいだ。

アタル,「ヒ、ヒヨ? 無理はするなよ?」

ひよこ,「んぅ、平気、だよ? 私……無理なんか、して、ないもん。痛くなんてないもん。た、ただ、こ、こんな風に入れるのは、初めて、だから……んっ」

ひよこ,「はぁん、あっ、こ、これまで当たらなかった場所に、あっ、はぁっ、はぁっ、う……んっ……アタルくんのおちんちんが届いてる感じがするよぉ……」

ひよこ,「下から、か、身体の中を、押し上げられてるぅ。アタルくんのおちんちんが、はぁ、あぁ、あっ、んぅっ、は、入ったよ。私の中に、全部ぅ……」

ヒヨのその言葉通り、ようやく俺のモノが全てヒヨの膣内に収まった。

熱くて、柔らかくて、うにうにと蠢くヒヨの膣内。

何度挿れても変わらない、いや、挿れる度、より気持ちよくなるヒヨの中の与えてくれる快感は極上の一言だ。

一度出したばかりだと言うのに、早くも射精感がこみ上げてくる。

肉体的よりは、精神的な繋がりが強いのかも知れない。

かわいい俺だけのメイドに、愛する恋人の膣内に、子種を余すことなく放ちたい。

自分の熱さや匂いを、染み込ませたい。身体の芯から、ヒヨを自分の色に染め上げたい。

そんな、男らしい……いや、いっそオスらしいとも言える欲求だ。

ひよこ,「はぁ、んっ……す、少しだけ、このまま……じっとしていても、いい? し、刺激が強過ぎて、んぅ、はぁ、ちょ、ちょっと腰に力が入らない……の……あん……ッ!」

アタル,「ん、俺は全然構わないよ」

言葉とともに、俺はそっと息を吐く。

ちょっと休憩をもらえるのは、俺にもちょうどいい。少しでも長い時間、ヒヨの膣内を愉しみたい。

ヒヨを背筋をピンと伸ばし、しばしの間固まった。

その間も、ヒヨの膣内はきゅうきゅうと俺のモノを締め上げてくる。

その淡い快感は射精に至れない焦れったいものでもあり、同時にずっと射精せずに浸っていたいとも思える心地よさだった。

ひよこ,「んぅ、はぁ、す、すぐに……気持ちよく、してあげるから、ね? んはぁ、はぁはぁ、んっ、んっ、ふぅ、んっ、んんっ、はぁ、ふぁ……」

やがて、俺のモノの圧迫感にも慣れ始めたのか。ヒヨがゆっくりと腰を振り出した。

ひよこ,「はぁ、あっ、あぁ……だ、だんだん、なじんで、きた、かもぉ……ふぁん、はぁ! き、気持ち、いい。んっ、ひゃ、あっ、あぁっ! あぁん! んっ、はうぅ~~」

ヒヨの甲高い声が、俺の自室に響く。ヒヨの口からは嬌声だけでなく、とろみのあるよだれまでもが零れていた。

俺の上でメイド姿の彼女が淫らに腰を振る。すごく艶かしい光景だった。

ひよこ,「――んはぁ、あっ、ま、また、私の中で、あっ、アタルくんのが、おちんちんが、またぁ、おっ、大きくぅ! ひゃぁん!」

そう言うヒヨも、より一層俺のモノを締め付けてくる。

いや、俺のペニスがヒヨの中でより一層膨れたからこそ、そう思えるのかな?

まぁ、どっちでもいい。俺とヒヨは今、お互いを感じて、高まり続けている。それだけは、何よりも確かだ。
ひよこ,「んはぁ、はぁんっ! き、気持ち、いいよぉ? ア、アタルくんも、いい? 私、ちゃんとよく、できてる? んふぅ、ふぅ」

アタル,「……あ、ああっ……すごく……気持ちいい……ッ!」

ひよこ,「こ、こうすると、どう? 私の、一番奥に……アタルくんのが、あ、当たってるよ。くちゅって、すっごく、引っ付いて……あんっ!」

ひよこ,「アタルくんの、先端と……ふぁ、あっ、わ、私の、奥が……ひぅぅっ! こ、擦れて、はぁ、あぁん!」

ヒヨがわずかに腰を浮かし、そして一拍置いて、すとんと腰を落とす。

すると、さっきの言葉通りに、ヒヨの最奥――子宮口と俺の亀頭の尖端とがぶつかるのだ。

包まれていて、吸い上げられていて、食いつかれているかのようなこの感触は、他に喩えようもない。

ヒヨが短い嬌声とともに、再び腰を持ち上げる。俺のモノの先端に触れていたヒヨの子宮口が、離れていく。

アタル,「……くっ!」

あの素晴らしい感触を逃がしてなるものかと、かすかに浮いたヒヨの身体を、下から思いっきり突き上げる。

ひよこ,「―――はぁぁんっ!? あ、あひゃぁ、あっ! や、やぁぁ……あんっ、あぁん!」

突然俺に攻め込まれたヒヨは、そんな艶っぽい声とともに全身を弛緩させる。

すると当然、ヒヨの身体は重力に従い落ち、俺の身体に密着する。

ひよこ,「ひゃぅ、うっ、うぅぅっ! はぁ、あっ、当たってるぅ!あぁ、お、おちんちんがぁ、はぁん!」

俺のモノの先端とヒヨの膣内の最奥の子宮口が、『これでもか、これでもか』と愛し合うように擦れ合う。

ひよこ,「ふぁぁっ、あぁっ! ふ、深い、深いよぉ……あ、あうぅ、つ、突き刺さって、るぅ……はっ、はぁ、んぅ!」

さらに俺は腰を振り、ヒヨの身体を揺らす。ぽよんぽよんと、目の前で実にいい感じにおっぱいが踊る。

さっきはお口のご奉仕で攻め続けられたからな。これはちょっとした仕返しだ。

まぁ……仕返しと言っても、俺も気持ちよくて、ヒヨも気持ちいいんだ。何の問題もないよな、うん。

ひよこ,「ひゃぅぅっ!? あ、あんっ! ダメだよぉ!わ、私が、全部してあげるって、んっ!あ、い、言った、でしょ?」

ひよこ,「あ、アタルくんは、動いちゃ、ダメぇ……あっ、ひゃぁ! お、奥、た、叩かれてる……んうぅっ! はぁ!」

アタル,「ダメって言われても、気持ちよ過ぎて……つい腰が、勝手に動いちゃうんだよ……」

そんな言い訳を口にしながらに、俺は己が分身をヒヨの膣壁に擦り付ける。

ひよこ,「ひゃぅっ! あんっ! ま、また、来てるぅ!あふぅ、お、奥に、ひゃんっ! あんっ! あぁっ!」

アタル,「ごめん、つい、腰が……止まんなくて……ッ!」

ひよこ,「はぁはぁ、それ、ならっ、し、仕方ないけどぉ。あ、アタルくんは、絶対、自分から動いちゃ、ダメだよぉっ」

ひよこ,「きょ、今日は私が、アタルくんを攻めて……じゃ、じゃなくて! んんっ、アタルくんに、ご、ご奉仕するんだもん」

アタル,「うん、わかってる。出来るだけ、動かないようにしとくって」

ひよこ,「そっ、そうして、ね? んっ、はぁ、はぁはぁ、私が、ちゃんとする、から」

途切れ途切れにそう言うヒヨの膣内を、俺は再び突き上げる。

ひよこ,「―――ひゃうぅん!? あっ、そ、そこ、そこはぁ、だめぇ! あっ、はぁ、あ、あうぅぅ~~~」

アタル,「ごめんごめん。またつい、な?」

ひよこ,「い、今のは、絶対にわざとだよぉ! あっ、ひゃぁっ!ひゃうぅ! こ、腰を、う、動かされたら……わ、私、う、動けな……あっ、い、いいっ、ふぅん……ッ!」

ヒヨは大きく声を上げ、ぷるぷると全身を震わせた。軽くイッちゃったのかな?

快感に酔ってぼぅっとした今のヒヨの顔は――ひどく、そそる。

また俺の中に雄の欲望と射精感がこみ上げてくる。

もうそろそろ我慢もできない。ここからは本気で腰を使って……最後はヒヨの中で思いっきりぶちまけたい。

そんな風に俺は考えて、改めてヒヨの顔を見つめ直した。

――すると、ヒヨと眼が合った。

ひよこ,「はぅうぅ~、うぅっ、わ、私も、本気、出すもん。アタルくんのこと、き、気持ちよく……んぁっ!はっ、はぁ! するもん!」

快感でうつろだったヒヨの眼に、しっかりとした光が灯る。ただし、その光は淫蕩な色に染まっていた。

そしてヒヨはぺたんと俺の上に腰を下ろし、身体を前後に揺すり始める。

この体勢だとヒヨに思いっきり体重をかけられていて、腰を思い通りに動かせない。

完全に、ヒヨは俺の上に女の子座りで腰をおろしている。

下手に腰を上げ下げすると、俺に突き上げられるから、それを避けたいんだろう。

アタル,「むぅ、これじゃ動けない……」

ひよこ,「ふふっ、こうすれば、アタルくんも動けないでしょ? も、もう、ここからは、私が……んぅ、はぁ、んはぁ、あっ!」

ひよこ,「気持ちよくしてもらってばかりじゃ、ないもん。私だって、ア、アタルくんのこと、気持ち、よく、できるんだもん、う、んはぁ……」

アタル,「―――くぅっ!」

ヒヨの甘い声と、モノに密着してくる膣壁によって、俺は限界の一歩手前にまで押しやられた。

ひよこ,「おちんちんが、私の中で、ぴくぴくって、動いてる……ん、ふ、膨らんで、きてる? もう出そうなの? はぁはぁ、んっ、アタルくんも、もう、もうイッちゃうの?」

アタル,「……そ、そうみたい……」

もう何度も何度も、身体の奥から熱い射精感がこみ上げてきていた。

今までその刺激をギリギリで耐えられていたのは、ヒヨの口に一度出していたからだ。

だが、そろそろまた限界に達しようとしている。それもこれもヒヨの膣内の感触が良すぎるのに加えて。

俺の腰の上で乱れるヒヨがかわいすぎるからだ。

むしろ、一度出していたとはいえ、よく保った方じゃないだろうか?

ひよこ,「な、なら、一緒に……一緒に、キて? んっ、私、さっきから、もう何回も、はぁんっ、ふぅ……すっごく、気持ちよくなっててっ、ね? だから、2人で一緒に――」

アタル,「あぁ、それじゃ、俺も動くからな?」

『つい』だとか『反射的に』だとか。そんな言い訳はかなぐり捨てて、俺は腰を揺すり出す。

お互いがより1つとなるために、俺は自分の分身をヒヨの膣壁に擦り付ける。

ひよこ,「はぁはぁ、あぁっ! は、激しっ……アタルくんが、私の中で、暴れてっ! っ、あふぅ! あぁ、いい、いいよぉ! 気持ち、いいのっ! はぁ、はぁんっ!」

アタル,「あぁ、激しく……するからな……ッ!」

溶けて混ざり合っていくかのような快感が、俺とヒヨを包み込んでいく。

体位のせいで激しく突き上げることはできない。だがもう、今の俺たちには、些細な揺れによる刺激だけでも十分なくらいだった。

穴が空き、ヒビの入った我慢のダムは、あとほんの少しの圧力が加わるだけで決壊する。

ひよこ,「んふぅ、はぁ、わ、私だって、ちゃんと、動くんだもん。アタルくんのこと、気持ち、よく……あぁ、はぁん!」

ヒヨもまたイキかけているのか、うっとりとした瞳で俺の顔を見ている。

その瞳には、果たして俺の姿が映っているかはともかく。必死に、ひたすらに、健気に身体を揺すり続けてくれた。

じっとしていてもヒヨの膣内は、俺のモノをきゅうきゅうと締め付けてくれる。

アタル,「……くうぅっ!」

ぞわっと、股座のポンプが、熱い白濁を送り出し始める。腹に、尻に、そして爪先に力を込め、迫りくる絶頂を迎え撃つ。

俺は我慢することを放棄して、ただただヒヨの膣内の熱さを味わう。

アタル,「も……もう、イク……ヒヨ、出る……ぞ……ッ?」

ひよこ,「出して、出していいよ! んっ、私の膣内で、そのまま、また、たくさん、出してぇ! あぁっ」

ひよこ,「んぅ、はぁ、あっ、アタルくんに、たくさん出してもらうの……私、大好き、だよ? だから、思いっきり……膣内に、ちょうだい? んっ!」

アタル,「あぁ、なら、遠慮なく出す……ッぅく……ッ!」

ひよこ,「――ひゃぁんっ!? あぁああぁああぁぁっ――!」

目の前がチカチカと瞬くほどの強烈な射精。

ひよこ,「あ、あぁぁぁっ! はぁっ、はぁ……あっ、で、出てるぅ……出てる、アタルくんの……せーえきぃ……! 出したばっかり、なのに……んぅぅ、すごい、勢いだよぉ」

ヒヨは身体をぴくぴくと痙攣させながら、俺の精液をその身体の奥へと、美味しそうに飲み込んでくれた。

隙間なくぴっちりと合わさっていたはずの、俺のペニスとヒヨの膣口。

しかし今、その結合部からはヒヨの膣内に収まりきらなかった俺の精液が、どろどろと溢れ出てきていた。

ヒヨの愛液と俺の精液の交じり合った熱いミックスジュースが、シーツの上に滴り落ちていくのが、見えなくてもわかった。

ひよこ,「私の膣内に、たくさん……アタルくんの、せーえき、広がってくよ……お口だけじゃなくて、お腹の中まで……はぁっ、アタルくんのでたぷたぷにされちゃったぁ……」

ヒヨは満足気に息を吐き、そしてニコニコと俺を見つめてくる。

ひよこ,「……一緒に、イッちゃったぁ……すごかったぁ……ね、アタルくん……私は、アタルくんを――ご主人様を満足させられたかなぁ……?」

アタル,「あぁ、もう……これ以上ないってくらい……ヒヨは本当に、すっごいメイドさんだなぁ……」

ひよこ,「えへへ~、よかったぁ。私もね?私も、すっごく気持ちよくて、大満足だったよ?」

ヒヨの温かな笑顔と、甘く甘える声。それが俺の心を、まるで後戯のように震わせる。

ヒヨの中に埋まっている俺のモノに力が入り、尿道にわずかに残っていた精液がぴゅっと噴き出す。

――とまぁ、俺は朝っぱらから、最後の一滴まで、かわいいメイドさんに搾り取られてしまったのだ。

ヒヨとのえっちぃ一時を終えた俺は、多少冷静になった頭でふとこんなことを思う。

なんて幸せな目覚めなんだろうってさ。

朝勃ちを治める方法の主流と言えば、まずは放置だろう。朝から射精なんて、まずしない。

そりゃまぁ、俺も男だ。目が覚めてすぐに可愛い女の子に奉仕されて、気持ちよく出しちゃいたいなぁ、なんて夢見たことはあった。

しかし、まさか俺がお願いせずとも、ヒヨから進んでご奉仕してくれるなんて……。

しかも口でのご奉仕だけじゃなく、そのまま騎乗位で本番まで……目は完全に覚めたが、いまだに夢見心地だよ。

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ひよこ,「はふぅぅ~。うー、何だか疲れちゃったね? でも……いい気分」

#textbox Khi0370,name
ひよこ,「心地いい疲労感って言うのが、気持ちよさと一緒にじんわりと身体に広がってる気がするよぉ」

#textbox Khi03A0,name
ひよこ,「はふぅ。んにゅ……眠くなってきちゃった」

ヒヨは口元を手で押さえながら、熱っぽい吐息を漏らす。

このヒヨの口の中に俺のモノが入ってたんだよなぁ、なんて思ってしまうと……またちょっと興奮してくる。

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ひよこ,「このままアタルくんと一緒に、ちょっとおねむになりたい気分かも。そんなの、ダメなのに」

アタル,「俺を起こしに来たはずなのにな。まさにミイラ取りがミイラってヤツか?」

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ひよこ,「そうかも。頭がぽわぁ~んってなって、うとうと~ってしちゃって……んぅ、はぁ……」

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ひよこ,「あっ…………」

アタル,「―――ん? ヒヨ?」

ヒヨが唐突に自身の頭に手を添える。戸惑いがちに、ただでさえ大きな瞳をより見開いて。

俺が首を傾げながらに声をかけても……困惑が大きいのか、ヒヨは返事をしなかった。

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ひよこ,「んっ、ふぅ、はぁ、はぁはぁ、な、何だろ、これ? 何だか、頭が―――」

アタル,「ヒヨ? おい、ヒヨ!? どうした? 大丈夫か!?」

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ひよこ,「あ、頭が、ふわふわして……ひ、ひどい熱がある時みたいに……せ、世界が、揺れてる。あ、あうぅ」

ひよこ,「うぅぅ~~~、も、もしくは、乗り物酔い的な感じ、かも? はうぅ、結構、き、気持ち悪い、感じ……?」

ヒヨは頭から口元に手を添え直す。ヒヨの瞳は潤み、本気で吐き気に耐えているのがわかった。

アタル,「ちょっと待ってろよ、ヒヨ!」

俺はズボンをはき直し、ベッドから起き上がる。そして部屋の隅に置いてあるゴミ箱をヒヨの元へと運ぶ。

気持ちが悪いのなら、我慢せずに吐いてしまうのが一番だと思う。

でも、さすがにベッドの上でぶちまけさせるわけには行かないからな。

色んな物が汚れるから……と言うより、ヒヨ自身が精神的ダメージを受けそうだし。

吐く姿を俺に見られたくないだろうし、ヒヨの後ろに回って背中をさすることにする。

アタル,「ヒヨ? 医者を呼んだ方がいいか?」

右手で背中をさすり、左手でヒヨの額に触れる。うん、どうやら熱はなさそうだけど……。

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ひよこ,「う、ううん。そこまでは……あっ」

アタル,「ダムが決壊か? いいぞ、我慢するな。こーゆーのは無理に耐えるから辛いんだ」

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ひよこ,「ううん、そうじゃなくて……何だろ?」

先ほどとはまた毛色の違う戸惑いの声。

ヒヨの顔を後ろから覗き込んでみると、そこには今つい先ほどの辛さはなかった。

ヒヨは、ただただきょとんとしていた。

いや、そんな顔をされても、こっちだってきょとんとするしかないんだけど……。

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ひよこ,「急にすぅ~って治まっちゃった。一瞬、すごく気持ち悪かったのに……どうしてだろ?」

アタル,「俺に聞かれてもなぁ。まっ、とりあえず、もう治まったんだな? 今は気持ち悪くないんだな?」

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ひよこ,「うん、全然平気。変なの」

アタル,「乗り物酔いって言ってたよな? つまり……俺のアレに跨ったことで酔ったと?」

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ひよこ,「な、何だかその言い方は妙にいやらしいよ? そ、それにあのくらいで酔ったりなんて」

アタル,「いや、現にいやらし~くぐいぐい腰を動かしてたしな? 酔っても不思議じゃないと言えば、そうかも?」

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ひよこ,「い、いやらしくなんてないもん。どうせなら、セクシーだったって言ってよ。いやらしいって言われるのは、何かヤダよ」

アタル,「ははっ、そうか? それはそうと、アレだな? 朝からえっちなことをした罰が当たったって言うのは、あるのかも?」

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ひよこ,「うぅぅ、それだと私だけ気持ち悪くなるのは不公平だよぉ。アタルくんだって、すっごく気持ちよさそうにしてたのに」

アタル,「そこはほら、俺は『当たらない』人間だし? 天罰も外れちゃうんじゃないか? それに始めたのは俺じゃなくてヒヨだし?」

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ひよこ,「むぅぅ~、確かに私から始めたけど……でも、やっぱりちょっと納得がいかないよ。アタルくんだけずるいよぉ」

アタル,「……まぁ、とにかく。もしまた気持ち悪くなったら、今度は医者に診てもらおうな?」

俺はそんな言葉とともに、ぷく~っとほっぺをふくらませるヒヨの頭を撫でる。

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ひよこ,「そこまでしなくてもいいと思うんだけど……」

アタル,「前に風邪は引き始めが肝心って言ったのはヒヨだろ? 用心に越したことはないって」

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ひよこ,「うん。えへへ、心配してくれてありがとね、アタルくん」

アタル,「そりゃま、ヒヨは俺の大事な大事な恋人だからな」

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ひよこ,「はうぅぅ~~~……わ、私も、すっごく大切だよ? アタルくんのこと」

すぐに機嫌が直って、俺に擦り寄ってくるヒヨ。

まさに親鳥に甘えてくるひよこって感じで、こう言う時のヒヨはすごく可愛い。

俺はヒヨの髪を乱さない程度に力を入れ、その頭を撫で続ける。

うむ、今日のヒヨの髪の感触も最高だ。

女の子の髪って、何でここまで細くてさらさらしてるんだろうか?

アタル,「……ん? 急に気持ち悪くなる……はっ!? もしや、妊娠? つわりってヤツか?」

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ひよこ,「ふふふっ、そんなに早く赤ちゃんは出来ないよ?」

アタル,「…………むぅ、冷静に考えてみれば、それもそうか」

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ひよこ,「アタルくんは、早くパパになりたかったりするの?」

アタル,「んー、いや、どっちかと言えば……まだ当分はヒヨと2人きりでいちゃいちゃしていたいかな」

俺はそう答えて、ヒヨの唇をそっと啄ばむのだった。

朝の身支度を終えてヒヨとともにリビングへと向かう。

そこにはミルフィとセーラさんの姿があった。

さらに言えばエリスさんやアサリさんも2人のすぐ傍に控えている。

ミルフィたちは情報端末やら新聞やらを広げて話し込んでいた。

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セーラ,「さすがにどのメディアも昨日の話題で持ちきりですわね」

アサリ,「大艦隊による一大海上決戦なんて、もう今の時代にはないことですからねー」

ミルフィ,「どうしてあのような戦闘に至ったのか? 隠された真の目論見とは……か。どこもお祭り騒ぎね」

エリス,「どのような経緯で戦闘に至ったかが公表されないために、憶測が憶測を呼んでいる状況ですね」

ミルフィ,「真正面から公表出来るはずがないじゃない。不届きな執事のせいですれ違って、結果こうなりましただなんて」

アサリ,「あははー。でもー、仮に真剣な表情でそれを公表しても、誰も信じはしないと思いますけどー」

ミルフィ,「まぁ、そうよね。むしろその発言で真意を隠そうとしてるって騒ぐに決まってるわ」

セーラ,「メディアの方々にとっては、実のところ『真相』より『面白さ』の方が重要なのかもしれません」

アタル,「皆、おはよう。やっぱ大騒ぎになってるみたいだな」

俺は皆に挨拶をし、そして広げられているいくつもの新聞に目を通してみた。

今の話にあった通り、どの報道機関でも憶測と推論が飛び交っているようだった。

単にアタル王が派手好きで、伴侶のお披露目を大々的に実施したかったと言う説。

アタル王が自国の海上戦力に活を入れるため、ミルフィ王女へと模擬戦を申し込んだと言う説。

アタル王の寵愛を受けられなかったミルフィ姫が、単に苛立ちをぶちまけただけであると言う説。

実は新兵器の性能評価試験であり、その兵器はニッポンとイスリアの合同開発兵装。王族は単に観覧していただけと言う説。

他にも、あれやこれや……。

ゴシップ紙には『実は地球外から侵攻した未確認飛行物体の迎撃を行っていた』と言う、おバカっぽい説まで掲載されていた。

ひよこ,「色んな考えが出てるけど、どれもそんなに深刻そうじゃないね。よかったぁ」

セーラ,「実質的な被害はミルフィさんの艦一隻で、人命も失われませんでしたしね」

ミルフィ,「でも、やっぱりぴよぴよの大告白が一番の要因ね。あんなこと言ってるんだから、本気で戦争してるはずがないって感じ?」

ミルフィ,「どこで聞き耳を立てていたのかは知らないけど、告白内容はほぼ全部漏れてるわね~? ふふっ」

エリス,「乗組員へのインタビューなどでも漏れているようですね。人の口に戸は立てられません」

アタル,「と言うか、戸を立てる気もなかったしなぁ」

そう。ヒヨのあの告白に関しては、俺もわざわざ緘口令なんて布いていなかった。よって、だだ漏れ状態だ。

ヒヨのあの大告白は素直に嬉しくもあったし、緘口令でこそこそ隠すのは何だか無粋かなーと思ったんだ。

セーラ,「ふふふ、人類史上最も大きな声で愛の告白をした女性ですね、ひよこさんは」

ミルフィ,「いまや、ぴよぴよの知名度はあたしやセーラをも上回るわね!」

ひよこ,「……うぅぅ、録音されて色んな国のニュースで流されるなんて、あの時は考えてなかったの……」

ミルフィが意地悪げな笑顔を浮かべ、ヒヨに絡む。そしてセーラさんが、そんな2人をニコニコと見守る。

アタル,「……やっぱり、ココはこうじゃなくちゃな」

イスリア艦隊は、あのまま最寄の港に寄港した。

そしてミルフィもエリスさんも、俺たちと一緒にココへと戻ってきた。

仲直りが出来たとは言え、やはり意地っ張りで頑固なところのあるミルフィだ。

艦隊とともに母国にとんぼ返りする可能性は、ゼロではなかったと思う。

でも、ミルフィは心に湧いたであろうその考えを捨てて、俺たちと一緒にココに戻ってきてくれたんだ。

きっと、ミルフィもまた皆と一緒にココで楽しく過ごしたいと……そう思ってくれたんだと思う。

アタル,「いつまでもずっと皆一緒ってワケにはいかないのは、わかってる。ミルフィもセーラさんも、お姫様で帰るべき国があるわけだし」

アタル,「でも、もう少し……あと少しくらい、皆で一緒に楽しくやっていきたいと、俺はそう思う」

ミルフィ,「そうね。せっかくアタルの学園に無理に入り込んだんだもん。卒業くらいは、きちっとしておくのもいいかもね」

ミルフィ,「学園には迷惑をかけることになるだろうけど、もう一回前のクラスにねじ込んでもらって……」

ひよこ,「ミルフィさんとセーラさんが戻って来てくれたら、クラスの皆もきっと喜ぶよ!」

ひよこ,「2人が来なくなって、皆すっごくがっかりしてたから。ファンクラブの人たちなんて、アタルくんに詰め寄ったりもしてたんだよ?」

セーラ,「短い期間ではありましたが、私たちは皆様から別離を悲しまれるまでになっていたのですね。それも社交辞令ではなく、心から」

セーラ,「ふふっ、嬉しいことですわ。やはりここで過ごす日々は、きっとこれからの私たちにとってかけがえのないものになるのでしょうね」

ミルフィ,「改めて、よろしくね。ぴよぴよ、セーラ、そしてアタル」

ひよこ,「うん、よろしくね、ミルフィさん、セーラさん!」

セーラ,「ふふ、よろしくお願いします。また同じクラスですね」

アタル,「ファンクラブのやつら、まだ大騒ぎするんだろうなぁ」

しかも艦隊戦なんてしてしまったから、より一層質問を投げつけられそうだ。

まぁ、今度登校する時は2人も一緒なんだから、俺1人に皆が集中することもないだろう。多分。

俺は来週の月曜日を思い、待ち焦がれるような、そうでもないような……ちょっと複雑な気分になるのだった。

…………

アサリ,「よーやく、元鞘ですねー。んー、これも青春でしょうかー?」

エリス,「自分は姫様が笑ってさえいてくれれば、それで構わん。あぁ、姫様……」

エリス,「ここ最近のアンニュイな表情もお美しかったが……やはり元気溢れる笑顔こそが、姫様の真髄……」

アサリ,「気を抜くのは早いですよー? これにて一件落着と、断言出来ちゃえばよかったんですけどー、でもでもー?」

アサリ,「まだ事の発端である柴田さんは行方知れずなのですよねー。はてさて、どこで何をしておられることやらー?」

エリス,「確かに油断は出来ないな。しかし、問題ない。彼奴が何を目論んでいようと、自分は姫様を全力でお守りするだけだ」

アサリ,「その意気で、ついでにセーラさんとかも守ってくださいねー」

エリス,「いや、自分の雇い主くらいは、自分でどうにかするべきだろう?」

アサリ,「まー、そーですねー。面倒ですけど、お給料分は働きますよー」

エリス,「自分は、自分の足さえ引っ張られなければ、それで構わない」

……

…………

休日の昼下がり。屋敷内は午後の穏やかな空気に包まれていた。

昼食を食べ終えたばかりで、なおかつ陽気もいい。うとうとーと、俺の頭に睡魔が降り立とうとしてくる。

しかしまぁ、食べてすぐ眠ると牛になるなんて言い伝えもあるので、俺は仕方なく書類に目を通していた。

その書類の内容は、柴田さんの捜索に関する報告だ。

割と真面目な話なので、寝惚け眼も醒めてくれる。

アタル,「……で、現状、手がかりなし。この時点で不自然なんだよな」