《美少女万華鏡5:理と迷宮の少女》剧本原案

それは寒さが少し和らいだ時節の、望月の夜であった。
時刻は丑三つ時の午前二時……煌々と満月の光が外界に差し、新月ならば夜の闇で覆い隠されてしまうような事象も、今宵は全て照らし出されていた。
【少女】
「……」
鬱蒼とした山の中の道を一人歩く少女の姿も同様に、木の葉の陰から届く月光に映し出される。
少女に連れはいない。外見から年齢を推し量るに、彼女のような年頃の少女が、一人で出歩いていい時刻ではない。
【少女】
「とーりゃんせー……とーりゃんせ……」
少女は愛らしい横顔とは相反する[rb,何処,どこ]か虚ろな表情で、わらべうたを口ずさんでいる。
虫の声もない[rb,幽邃,ゆうすい]な山道に、彼女の透き通った、悲しげな声だけが僅かに響いていた。
人どころか獣も通らぬ、そんな寂しい道を、少女と少女の影だけが通り過ぎてゆくのだった。
やがて無数に連なる鳥居の前に出た。
それは荘厳な景色ではあったが、ある種心胆を寒からしめる類の建築物である。
しかし彼女は恐れる様子もなく、躊躇なく鳥居をくぐっていく。
【少女】
「こーこーはどーこのほそみちじゃー……」
【少女】
「てんじん、さまの、ほそみちじゃー……」
【少女】
「ちぃーととーしてくだしゃんせー……」
【少女】
「ごよーのないもの、とおしゃせぬー……」
【少女】
「このこのななつのおいわいにー……」
【少女】
「おふだをおさめにまいりますー……」
【少女】
「いきはよいよい、かえりは………………
こわい……」
【少女】
「こわいながらも、とーおーりゃんせー……とーりゃんせー……」
鳥居を抜けると見晴らしの良い平原に出た。
そこは誰からも忘れられ、時が止まったような静けさに覆われている原野だった。
【少女】
「おねがい……します……」
[rb,落莫,らくばく]とした荒野の只中に、それだけがぽつんと鎮座している大きな石に向かって、少女は掠れた声で語りかけた。
【少女】
「どうか……私の願いを……」
少女の願いに呼応するかのように、風景が溶けて霞んでいく。
【少女】
「えっ……?」
少女は自分の見ているものを疑って、眼を擦る。しかし、それは眼の錯覚ではなかった。
辺り一面がぱあっと明るくなり、一瞬にして赤い色が広がっていく。
荒れ果てた広野等、もうそこにはなかった。季節外れの曼珠沙華が、少女の足元に赤い絨毯のように広がり、鮮やかに咲き乱れていた。
【少女】
「……!」
ひらひらと美しい蝶が鱗粉を撒きながら舞っている。
それは驚くべきことに、曼珠沙華の花びらがふわっと宙に舞い上がる毎に、蝶へと変化しているように見えた。
やがて……歪んだヴィジョンの中から、白い着物を纏った異形の姿がゆらゆらと出現した。
漂うようにぼんやりとしていた影が、次第にしっかりとした輪郭を伴って実存してゆく。
何もない空間から立ち現れたその姿は、純白の衣の所為か、やけに神々しく、威厳に満ちていた。
頭には角隠し、身体には白無垢。
身辺には纏わりつくような沢山の蝶の舞……。
花嫁衣装も相まって、幻想的で美しいとも言える光景である。
……しかし、少女の二つの瞳は、一種異様な霊妙さ、凶々しさを明確に捉えていたのだ……。
どんなことにも報いがやってくる。人生は“代償の法則”で動いている。
ずっと白日夢の中にいるような気がする。
人生は胡蝶の夢であるという。
『胡蝶の夢』とは、中国戦国時代の思想家荘子が、蝶となった夢を見て目覚めた後、自分が夢の中で胡蝶に変身したのか、[rb,其,そ]れとも、胡蝶が夢の中で自分になっているのか、と疑ったという説話である。
つまり、夢の世界の方が本当は現実だったのかも知れず、今、現実だと思っている世界の方が実は夢の中なのかも知れない。
現実と夢という区別自体が定かではなく、自分はある時は、胡蝶となり、別のある時は、人間となっているに過ぎないのである……。
僕も常にこんな風に、自分の存在に不確かさを感じていた。
もし、自分が夢の中にいるのだとして、[rb,其,そ]れがとても幸せな夢だとしたら、僕は目覚めたいと思うのだろうか。
有名なSF映画の中で、仮想世界で生きていると信じていた主人公が、『青の薬を飲めば、元通りの生活に戻る。赤の薬を飲めば真実を知る事が出来る』という選択を迫られる場面が[rb,在,あ]る。
僕は果たして赤い薬を飲めるだろうか。
もし、幸福な夢の中で満足しているとしたら……わざわざ危険を犯して、真実を求めるだろうか。
僕には自信がない。
僕は出来れば何ものにも傷つけられず、ゆるふわと過ごしていたい愚か者である。
まだ何者にも成っていない、卵の殻から出たくはないと、丸まっている惨めな雛鳥なのだ。
【深見】
「あ、はーい」
僕はチャイムの音に反応して玄関に立ち、扉を開く。
【香恋】
「おはようございます、お迎えに来ました」
この佳人は月丘香恋女史……『妖』での僕の担当編集者である。
【深見】
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
僕は怪奇作家深見夏彦。怪談話が三度の飯よりも好きで、出来れば人間よりも妖怪のお友達が欲しい、そんな変わり者の風来坊。
怪奇小説ばかり読んで部屋に引き籠もっているうちに、歳ばかり食ってしまった。当然女性とお付き合いした経験もなく、恋人なんて僕には夢のまた夢の話である。
しかし、そんな僕だからこそ、彼女に出会えたのかも知れないと思うと、[rb,是迄,これまで]の人生も無駄ではなかったのではないかと感慨深い。
今日は9月29日、日曜日。
僕は[rb,此,こ]れからI県T市阿紫町薬缶郷にある阿紫旅館に向かう。
そう、彼女……蓮華のいる、あの旅館である。
【香恋】
「あ、こっちですよ、深見先生」
【深見】
「あ、あぁ、申し訳ない」
知っている街ですらも、雑踏に紛れるとつい[rb,蹌踉,そうろう]と足が向く方へ進んでしまい、[rb,何時,いつ]の間にか迷子になってしまうという特技を持つ僕であった。
【香恋】
「ふふっ……しっかりしてくださいね。新しい小説のことでも考えていらっしゃったんですか?」
【深見】
「え、ええ、まぁ……」
本当は……。
自分は何時も何かを捜している。
この街角の……知らない顔の群れの中に……もしかしたら自分が求めているものが密かに存在しているのかも知れないと。
【深見】
「すみません、行きましょうか」
【香恋】
「はい」
自分でも分からない何かを、追い求めてしまうのだ。
【香恋】
「……」
【香恋】
「田舎は空気が美味しいですね。深見先生……」
【香恋】
「深見先生?」
僕は読みかけの本を読みながら歩を進める。
丁度藤牧氏の日記が見つかり、物語がいよいよ佳境に入っていくという辺りで、僕はページを捲る手が止まらなくなっていた。姑獲鳥の本は何度読み返しても面白いのである。
【香恋】
「あ、危ないですよ、深見先生っ……」
足元も確認せずに歩いていた僕を、月丘女史が抱きとめた。
【深見】
「へ……あ、すみません……」
【香恋】
「大丈夫ですか……?」
前方不注意な僕を心配してくれたのだろう。
ふに、ふにっ……
何故か彼女の豊満な胸が不自然な程僕の腕に当たっている気がするが……そんな筈はないか。
【香恋】
「本を読みながら歩くのは危ないですよ」
【深見】
「すみません、そうですね」
僕は読みかけの妖怪ミステリ小説を鞄に仕舞った。
【香恋】
「ふふ、深見先生って、何だか放っておけないんですよね……保護欲を刺激されると言うか」
月丘女史はふんわりと微笑む。何でも包み込んでくれそうな包容力を感じさせる笑顔だ。
【深見】
「はは、子供っぽくてすみません……」
読書家であるのは間違いないのだが、電車の中で彼女と二人きりでは何を話していいのか分からず、防御壁として本を開いたというところもある。
僕は対人関係が苦手だ。[rb,所謂,いわゆる]コミュ障なのだ。
【香恋】
「それにしても変わった駅名ですよね……や……かんごう、でしたっけ?」
【深見】
「ああ、やっかんごうですね」
【香恋】
「やっかんなんですか……やかんとばかり……」
【深見】
「地名表記は、普通の空き缶の缶で良いみたいですが、駅名は旧字体になっているようですね」
【香恋】
「そうなんですねー」
月丘女史は小首を傾げ、屈託のない笑顔を僕に向ける。
【深見】
「薬缶郷の薬缶とは何かご存知ですか?」
【香恋】
「もちろん!」
【香恋】
「ヤカン、所謂ケトルのことです……中国で、薬を煎じる時にこれを用いたことが語源と記憶しています」
【香恋】
「[rb,因,ちな]みに、ここ、薬缶郷では、ヤカンの生産が盛んなんですよ。古くから砂鉄等の[rb,鋳型,いがた]材料が豊富で、鋳物業が栄えたそうなんです」
【深見】
「特産品迄把握しているとは、流石、敏腕編集者様です」
読み方を教えてあげたつもりが、反対にご教授頂く結果になってしまった。
【香恋】
「もうっ、褒めたって何も出ませんよ」
そう言って微かに頬を染めてはにかむ月丘女史の姿は、あどけない少女のようだった。
僕がこの地を訪れるのは実に半年ぶりの事だ。
最近の僕は、怪奇雑誌『妖』の連載がお陰様で好評のうちに終了し、今は新連載の題材を試行錯誤する日々である。
今日も今日とて、目出度くも看板作家(?)のひとりとして、こうして雑誌社主催の食事会場へと向かっている次第なのである。
【深見】
「ふぁ~あ……」
道を歩きながらつい欠伸が漏れる。
昨夜良く眠れなかった所為で、[rb,此処迄,ここまで]来る電車の中でも本を読みながら何度かウトウトしてしまい、首を軽く痛めていた。
【香恋】
「くすくす……」
そんな僕を見て、彼女が微笑む。
【深見】
「あはは……恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
【香恋】
「そんなことないですよ。可愛らしい欠伸です」
【深見】
「参ったな……」
優しげなその微笑みが、僕の緊張を少し解してくれた。
【香恋】
「深見先生、何だか今日は、嬉しそうな顔をしていますね」
【深見】
「えっ……」
心の内を言い当てられたようで、ドキリとする。
見た目はおっとりとした女学生風の彼女であるが、中々どうして人間に対する観察力、洞察力に富んでいて、仕事もバリバリこなすキャリアウーマンである。
『私の力で先生を流行作家にしてみせます!』と言ってくれる、僕にとっては至極頼もしい存在だ。
彼女の叱咤激励があってこそ、何とか[rb,此処迄,ここまで]やってこれた……というのは過言ではない。
本日の会場になる場所を訪れた事がない彼女の為に、僕が及ばずながらこうしてナビゲーターのような真似事をして、一緒に歩いている訳なのであった……。
【香恋】
「先生お気に入りの『人形の間』が遂に見られるので、私もワクワクしています」
【深見】
「はは……[rb,一寸,ちょっと]怖がる人もいるみたいですが……」
【香恋】
「うふ、深見先生ほどじゃないにしても、私も怖い話には興味があるので。伊達に怪奇雑誌の編集者はやっていませんよ」
そう言って微笑む彼女の顔はやはり美しい……が。
【深見】
「そうですよね……」
『人形の間』という言葉に反応して、僕の心は条件反射的に別の女性を思い浮かべてしまう……。
いや、女性……と言えるのかどうか、外見はとても幼い彼女なのだが……。
やはり……女性なのだろう、僕にとって……。
【香恋】
「? 先生、どうかしましたか? ぼーっとして……」
【深見】
「い、否……あ、ほら、着きましたよ」
僕は[rb,暫,しばら]く眼にする事のなかった馴染み深い建物を見て、郷里に帰ったような懐かしさを感じた。
【深見】
「……」
【香恋】
「ここなんですねー……すっごく楽しみです!」
【深見】
「僕も……楽しみです」
そう……本日の会場は、この旅館なのだ……。
蓮華のいる、この……。
【はる】
「いらっしゃいませ。お久しぶりです」
【深見】
「あぁ……こんにちは」
彼女はこの阿紫旅館の仲居、稲森はるさん。僕が何度か滞在した折にお世話になった人だ。
【香恋】
「……むむむ……」
何故か気後れしたようにはるさんを見る月丘女史。
【深見】
「あ、こちらは、仲居さんの稲森はるさんです」
初対面である月丘女史に、はるさんを紹介する。
【はる】
「よろしくお願いいたします」
【香恋】
「[rb,鄙,ひな]には稀な美しさ……」
【はる】
「はぁ……?」
何を言われているのか分からないはるさんはキョトンとしている。
【深見】
「あ、あの、こちらは僕の担当編集をして頂いている、月丘女史……もとい、月丘香恋さんです」
【はる】
「ようこそ、遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」
にこやかに、そつ無く会釈するはるさん。
【香恋】
「こ、こちらこそお世話になります」
月丘女史も慌てて頭を下げていた。
【深見】
「……」
僕は、ふと誰かに呼ばれたような気がして、一人旅館の中へ脚を踏み入れる……。
日本情緒溢れる廊下を進んでいくと、石灯籠や手水の在る狭いが風趣に富んだ中庭へと辿り着く。
【深見】
「……」
一人きりでこういう和の空間に立っていると、心が落ち着くのを感じる。僕はどうも洋風なものより和風なものに惹かれてしまう質なのだ。
和服を好むのも同じ理由だ。乱歩御大を気取っているうちに、自然と自分の身体にしっくりと馴染んでしまったのだ。
【深見】
「……」
僕は、[rb,其,そ]れにしても誰に呼ばれたような気がしたのだろうと周囲を見回す。
【深見】
「蓮華……?」
そして、自分が会いたい人の名を呼んだ。
【深見】
「!!」
【深見】
「蓮華……」
其れは、ずっとずっと会いたかった人だった。
仕事の都合で訪れる事が出来なかった約半年の間……何度も何度ももつれた糸を手繰るようにして脳裏に思い浮かべていた……。
蓮華だった。
【蓮華】
「……」
蓮華……彼女はミステリアスな人物である。
僕がこの旅館の人形の間と呼ばれる部屋に宿泊した際に、不思議な万華鏡を持って現れた女の子……。
彼女は[rb,何処,どこ]から来て、[rb,何処,どこ]へ消えてゆくのか……。
その存在は、僕以外、恐らく誰も知らない。
神秘的で、幻惑的で、謎に包まれた蓮華……。
そして僕は、そんな彼女に惹かれている……。
【深見】
「れ、蓮華……会いたかった……」
僕は彼女に駆け寄る。
彼女の顔をもっと傍で見たい。
彼女の声を聞いて、また以前のように言葉を交わしたい。
僕の心の中は彼女で充満して今にもぱちんと破裂しそうだった。
【蓮華】
「……」
しかし、蓮華は例の無表情な目で僕を見つめるばかりだった。
【深見】
「蓮華……」
僕は彼女を抱きしめたいくらいだったが、嫌われるといけないので其れはやめておいた。
【深見】
「どうしたんですか、何か言ってくださいよ」
【蓮華】
「……馬鹿」
【深見】
「えっ!? れ、蓮華っ……!?」
息が掛かる程耳元で……蓮華の声が聞こえた気がするのに……もう彼女の姿は見えなくなっていた。
【深見】
「蓮華……」
また、彼女はいなくなってしまった。
不思議な少女蓮華……彼女は、現れたかと思うと、煙のように消えてしまう。
彼女の無表情で取り付く島のない態度からは、僕の事をどう思っているのか、推し量る事等到底出来ない。
今度何時会えるかも分からない……彼女と僕の関係は、すぐに消えてしまう彼女の存在感のように、不確かなものなのだ。
【深見】
「……」
彼女が去った場所に一人立ち尽くしていると、切ないような悲しいような名前をつけ難い感情が、僕の胸を締め付けるのだった。
【香恋】
「深見先生、ここにいらっしゃったんですかー、捜しましたよ」
廊下の奥から、小走りで月丘女史が姿を現す。
【深見】
「……あ、すみません……」
そう言えば、月丘女史を置いて来てしまったのだと今更ながらに思い当たる。
【香恋】
「あの~、深見先生……あの方がお待ちかねですので、そろそろ……」
月丘女史が僕を促す。
【深見】
「……あの方って……」
我に返った僕の脳裏に一人の男性の顔が浮かぶ。
【深見】
「やっぱり、あの方ですか……?」
【香恋】
「はい。もう深見先生ご指名で、ずーっとお待ちのようですから」
【深見】
「はぁ、そうですか……」
【香恋】
「ささ、どうぞこちらへ……」
【深見】
「あ、[rb,一寸,ちょっと]押さないでください……」
【香恋】
「ふふっ……深見先生の背中って、意外と広いんですね……逞しい……」
【深見】
「?」
ポツリと何かを呟く月丘女史だったが、内容迄は僕の耳には届かなかった。
【蓮華】
「……ふん」
僕は月丘女史に背中を押されながら、廊下の奥へと歩を進める。
あの方……僕なんかでは及びもつかない偉い先生だという事は分かっているのだが……。
[rb,一寸,ちょっと]苦手なんだよなぁ……。
【深見】
「失礼しまーす……」
あの方が待つという部屋の外から声をかけ、恐る恐る襖を開く。
【深見】
「あれ……?」
忍び足で室内に入ると、ぐったりとだらしない格好で畳の上で寝転んでいるあの方の姿があった。
【香恋】
「……あら、待ちくたびれて寝ちゃったのかしら……」
【深見】
「はは……」
月丘女史と顔を合わせて笑い合う。
僕達は眠っているのをいい事に、彼の顔をしげしげと眺めた。
【深見】
「こうして見ると、絶世の美男子って奴なのですがね……」
【香恋】
「まるで彫刻のよう……」
そう……こうやっておとなしくしていると、彼の顔はまるで天使と見紛う程に美しいのだった……。
【皇】
「ふふふ……褒めても何も出ないぞ」
突然、彼の目がバチッと開いた。
【深見】
「うわ、起きていたんですか」
【皇】
「いや、眠ってた」
怠そうに上半身を起こし、伸びをする。何だか猫みたいな仕草だ。
【深見】
「す、皇さん……この度はおめでとうございます……」
僕は今日の主賓である彼に挨拶をした。
【皇】
「あぁ……」
彼は僕を余り興味なさそうにちらりと見る。
あれ、僕を待ってたんじゃなかったっけ?
【皇】
「……へえ……」
彼は僕を見てふっと笑う。
【深見】
「何ですか?」
この冷たい美貌で笑われると、何だか馬鹿にされているのかと勘違いしてしまいそうになる。
【皇】
「どうしたのかな? 何だか緊張しているようだね。そんなに今日を楽しみにしていたのかい?」
【深見】
「えっ……」
皇さんの外国人のような色素の薄い瞳で見つめられ、思わず息を詰らせてしまう。
皇さんお得意の心理分析が発動したのだ。
【香恋】
「どうして分かるんですか? 深見先生が緊張しているって……」
【皇】
「簡単なことさ」
突然、僕の手をぎゅっと握ってくる。
【深見】
「(ドキッ……)」
いや、ドキッとする事はないのだが、ハンサムすぎて男同士でもついドギマギしてしまう。
【皇】
「手に汗をかいてる」
【香恋】
「そ、そうですか……でも、誰でも手に汗ぐらいかくんじゃないでしょうか?」
【皇】
「それに、彼の眼は少し充血している……作家なら徹夜も珍しくないだろうが、彼の連載は先頃終わったばかり……ということは、今日の日が楽しみで……もしくは他の理由でよく眠れなかった」
【皇】
「さっきから首を捻っているのは、恐らく昨夜眠れなかったせいで、ここまで来る電車の中で不慣れな姿勢で寝てしまい、首を痛めてしまったからだ……」
僕は、はっと首に手をやった。
【皇】
「そう、それに首といえば……一見いつものスタイルと全く同じに見えて、実は巻いているマフラーを新調している……」
【深見】
「な、何故[rb,其,そ]れを……!?」
【皇】
「ふふ……新品を下ろす時は、ちゃんと値札を取ることだね」
【深見】
「!」
慌ててマフラーを取ると、皇さんの言う通り、値札がぶら下がった[rb,儘,まま]だった。
【深見】
「……お、お恥ずかしい……」
【皇】
「それにしても今日は皆浮足立ってるみたいだ。編集部で会うのと随分違うなぁ……」
僕と月丘女史に交互に目をやる。
【皇】
「月丘くんも胸の大きさが少し増したみたいだ。ブラジャーを寄せて上げるタイプに変えたんだね」
【香恋】
「!!!!!!!」
サラリとセクハラをかまされ、真っ赤になってしまう女史。
【皇】
「まぁ僕にはたかが脂肪のあるなしで一喜一憂する気がしれないんだけど、胸だけは脂肪が多い方が好きだという男が多いというのは、知識として知ってはいるからね。女性も大変だ。全くご苦労なことだ」
【香恋】
「(ぱくぱく……)」
余りの事に声も出ない月丘女史……狼狽の[rb,所為,せい]か、かけている眼鏡が曇ってしまっている……。
皇さんのこういう所が、女性ファンは多いのに、何時迄も独り身で居る理由なんだろう……。
【皇】
「まぁ、そんなことはどうでもいいか……」
月丘女史の眼鏡の事等気にもせずに、欠伸をする皇さん。
彼は空気を読んだりはしない。その場の空気を支配する、そんな王様タイプの人間なのだ。
【皇】
「折角こんな所までわざわざ来たんだ……深見くん、そろそろ座敷童子に会わせてくれよ」
【深見】
「え……否、其れ、本気だったんですか……?」
【皇】
「僕は本当のことしか言わない」
一度決めたら、梃子でも動かない人である……。
この方は[rb,皇,すめらぎ][rb,公暁,きみあき]。言わずと知れたベストセラー作家である。
彼の書くものはジャンルに囚われず、その自由気儘なペンはとどまる事を知らない。特に、豊富な心理学の知識をベースにしたミステリーやサイコサスペンス小説は絶賛されている。
本物の人間が描けていない等というやっかみ混じりの批判はあるものの、彼の卓越したトリック、奇想天外な発想は、本格パズラー作家としての名声を広く海外にも鳴り響かせている。
加えて、元華族の生まれであるという高貴な血筋と、誰が見ても一目瞭然の美貌によって女性ファンも多く、マスコミへの露出度も高い。
最近も注目度の高い文学賞直本賞を受賞したばかりで、人気実力ともに兼ね備えた素晴らしい作家なのだ。
今日こうして集まったのだって、皇さんの直本賞受賞記念の食事会を、月刊『妖』の編集長、お抱え作家、編集者等のメンバーでお祝いしようという目的からなのである。
直本賞主催のパーティーは既に東京のホテルで済んでいるのだが、看板作家皇さんの為であれば、『妖』の編集スタッフは努力を惜しまない。
つまり、皇さん以外に売れている作家はいない雑誌なのである……。
そんな、僕にとっては雲の上の存在の人なのだが……。
【皇】
「今日はこのために来たんだ」
【深見】
「ひえぇ……」
何故か彼はこうして僕に構ってくるのだった。
【香恋】
「そういえば……この旅館って、座敷童子が出るという事で有名なんでしたっけ……?」
【皇】
「あぁ……深見くんがよくご存知らしいんだ」
【香恋】
「えっ!? 深見先生が……?」
月丘女史にも人形の間の話はしていたのだが、流石に蓮華の話迄はしていなかった。
【皇】
「僕はそういうオカルトとか非科学的なことは余り信用しない立場だからね……もし本当に存在するのならば、この目で見てみたいと思ってね」
皇さんの色素の薄い瞳が、キラリと光る。
【深見】
「……」
其れは、僕の著作の[rb,所為,せい]だった……。
【皇】
「ねえ、これって実話?」
初めて彼に会った日……出版社で通りすがっただけだったのだが……彼は僕の肩を掴み、好奇心いっぱいの目でそう聞いてきた。
【深見】
「え……?」
【皇】
「この小説、これに出てくる少女って、座敷童子だろう?」
【深見】
「い、否……[rb,其,そ]れは」
よく見ると、彼は手に僕の小説が載った『妖』を持っていた。
確かに僕は、蓮華とあの人形の間をモデルにした怪奇小説を連載していたのだ。
【皇】
「君が、座敷童子が出没するという噂で有名な旅館を、頻繁に訪れているということは、先刻承知しているんだよ」
【深見】
「あの……僕のファンの方ですか……?」
【皇】
「まぁ、そんなところかな」
彼は無作法なぐらい僕をじっと見つめてから……。
【皇】
「君、何だか面白い人みたいだね」
そう言って、にっこりと微笑んだ……。
……後から月丘女史に聞いた話なのだが、僕の小説を読んだ皇さんはいたく興味を示し、わざわざ僕が出版社に来る日を彼女に聞いて、待ち伏せしていたんだそうである……。
超有名作家である『皇公暁』……そのご尊顔を知らなかったあの時の自分を思い出すと……今でも顔から火が出る程恥ずかしい。
[rb,畢竟,ひっきょう]、彼に根掘り葉掘り聞かれ、僕はこの旅館の事を話してしまった。
今日[rb,此処,ここ]が会場に決まったのは、是非自分の目で座敷童子を見たいという皇さんたっての希望によるものだった……。
【香恋】
「深見先生は、座敷童子を見たことがあるんですか?」
好奇心旺盛に目を輝かせる月丘女史。
【深見】
「否、その……」
【はる】
「そうですよ、深見先生はいつも和服の女の子の座敷童子さんを見てらっしゃるんですよぉ!」
通りがかりにぬっと現れるはるさん。蓮華だけでなく彼女も意外と神出鬼没だ。
【はる】
「みなさん、人形の間に行かれるんですか? では、私がご案内します」
僕達の前に立ち、案内役を買って出るはるさん。
【香恋】
「はるさんも見たことあるのですか? その座敷童子を……」
【はる】
「いいえぇ、私なんて、折角職場に座敷童子さんがいるのに、全然霊感がないので、一回も見たことがないんですよ~。一度見てみたいものなのですが」
はるさんは残念そうに溜息を吐いていた。
【深見】
「……」
そう、この旅館で評判になっている座敷童子とは、蓮華の事を指している。
蓮華の姿を見た人は誰も居ない。が、何らかの雰囲気や気配を感じた人達が、『座敷童子がいる!』と噂を立て始めて、今では[rb,其,そ]れが都市伝説のように定着しているという訳なのである。
【香恋】
「私も見てみたいです! 後学のためにも」
興奮を隠せない月丘女史であった……。
【深見】
「……」
……こんなにぞろぞろ見物人を引き連れて……蓮華はいい顔をしないだろうな……。
しかしそう思いながらも断れない僕は、全く小心者だ。
久しぶりの逢瀬だというのに……。
【蓮華】
「……馬鹿」
否……逢瀬等と浮かれているのは僕だけで、蓮華は僕の事を歓迎していないのかも知れない……。
【はる】
「こちらが人形の間になりますー」
【深見】
「は、はいっ……!」
はるさんの声にビクンと身体をすくませる。[rb,何時,いつ]の間にかお目当ての場所に到着していたらしい。
……一体どうしたというのだ、僕は……。
蓮華の事を考えると、どうも冷静ではいられない。
【皇】
「さあ、もったいぶらずに開けたまえ、深見くん」
【深見】
「は、はぁ……」
促され、僕はモヤモヤとした気持ちの儘、人形の間へと続く襖を開けた。
最早見慣れた部屋に足を踏み入れる。
八畳程の和室……その壁に沿ってずらりと何百体もの人形が並べられている。
此処は『人形の間』。その道の人の間では、何かと噂のスポットで、そのオカルティックな雰囲気からテレビや雑誌にも数多く取り上げられていた。
この部屋に宿泊すると、深夜に勝手に動き出す人形やポルターガイスト現象が体験出来るという評判で、連日肝っ玉に自信のある強者達の予約で一杯だそうである……。
【香恋】
「はぁ……写真とは違って、生だとやっぱり迫力が違いますね……さすが有名な『人形の間』……」
僕なんかにはもう馴染みの光景だが、初めて此処を訪れる月丘女史はやはり気後れしたように呟いていた。
【深見】
「……」
僕は蓮華の姿を探す……。
蓮華は……。
いなかった。
【香恋】
「ところで深見先生、いますか? 座敷童子はいますか?」
【深見】
「否……」
【はる】
「はぁ~……私にはやっぱり分かりません……」
【皇】
「……」
皇さんはポケットからフィールド測定器を取り出し、部屋を検証していた……。
【香恋】
「何ですか、それは?」
【皇】
「あぁ、これは、対象となるエリアの電磁気による汚染レベルを測るためのものだよ。必需品じゃないか」
一般人が普通に眼にする品ではないと思うが……。
【深見】
「な、成程……ポルターガイスト現象は、電磁気の不安定な場所で起こるという説もありますからね……」
【皇】
「流石詳しいね。しかし……この部屋は、特に異常はないみたいだ」
皇さんは、人形が並んでいる壁際に目を凝らす。
【香恋】
「でも、こんなに人形が並んでると、確かに少し不気味ですね……」
【皇】
「どうして?」
【香恋】
「何だか、情念みたいなものがこもってる気がして……怖いというか……」
【皇】
「? 人形はただの物体でしょ? 何で怖いの?」
【深見】
「ま、まぁ、気持ちは分かりますよ……」
月丘女史をフォローするつもりで口を開く。
【深見】
「そもそも人形というものは、古来から他人に呪いをかける呪詛としての道具や、人間の身代わりに厄災を引き受けてくれる対象物として使われていましたからね」
【深見】
「ブードゥー教の泥人形や、日本でも埴輪や土偶なんかが有名ですけれど……」
【深見】
「埴輪は古墳に埋葬される殉死者の代わりに作られたとも言われていますし、土偶は脚部の一方のみを故意に壊した例が多く、その為、祭祀などの際に破壊し、災厄などを払う目的があったといいます」
【香恋】
「ふむ……人間の形をした身近な存在だからこそ、情念のようなものが宿りやすい、と……いうことですね」
【深見】
「はい、そう言えるんじゃないでしょうか。長い年月を経た道具などに神や精霊、霊魂などが宿ったとされる『付喪神』なんてその最たる例だと思います」
【深見】
「室町時代の『付喪神絵巻』には、廃棄された器物たちが腹を立てて節分の夜に妖怪となり一揆を起こすという物語が記されていますが……」
【深見】
「そういった例を見ても、やはり物には魂が宿ると、古くから考えられていたという証明にもなるのではないでしょうか」
【皇】
「へえ、[rb,成程,なるほど]ねぇ……」
[rb,長口舌,ながこうぜつ]に辟易されるかな、とヒヤヒヤしたが、皇さんは深く頷いていた。
【皇】
「君のような考え方をする人には、座敷童子も見えるのかな? つまり、妖怪とか、怪異とか、そういった不思議な現象を信じているんだね?」
【深見】
「は、はぁ、まあ、そうです……」
蓮華や彼女の万華鏡を目の当たりにしているのだから、信じない訳にはいかない。
【皇】
「……」
皇さんは考え込んでしまい、完全に沈黙してしまった。
【蓮華】
「そろそろお食事会が始まるって、女将さんが言っていたわ」
【深見】
「ええ!?」
もう姿を現さないのでは、と半ば諦めていた蓮華が、突然出現した。
【深見】
「蓮華!? ど、どうして!?」
【蓮華】
「あら、私もお呼ばれされているものだとばかり……」
くすり、と微笑む蓮華。
【深見】
「い、否否否っ、そんな訳ないじゃないですかっ……!」
自分で引き連れてきておきながら、皇さん達に蓮華を会わせては拙いのではないかと、慌ててしまう。
だが……。
【皇】
「……」
【香恋】
「……」
【はる】
「……」
皆はぽかんとして蓮華を見つめている。
【皇】
「……あ、そうそう、君も出席者だよね……ええと」
【蓮華】
「蓮華です」
【香恋】
「そ、そうでした、蓮華ちゃん、ですか……素敵なお召し物ですね」
【蓮華】
「普段着です」
あれ……?
【皇】
「君はあれなのかな……? 深見くんの関係者……だっけ……?」
【深見】
「あぁっ、は、はいっ……蓮華は、え、えっと……此処の、子でっ……!」
慌てて返事をする……まぁ、嘘は言っていない。
【皇】
「ここの……?」
【深見】
「え、ええ、はい、そうです……」
【蓮華】
「そうよね? はるさん」
【はる】
「は、はぁ……そう言われればそんな気が……いえ、そうでした……」
催眠術にかかったようにぼんやりと答えるはるさん。
【皇】
「ふ~ん……何だか怪しいなぁ……」
【深見】
「(ギクッ……)」
[rb,真逆,まさか]、皇さんは真相を看破したとでも言うのか……!?
【皇】
「君ってそういう趣味があったのかなぁ?」
ニヤリ、と唇を釣り上げる皇さん。
【深見】
「ど、どういう趣味ですか?」
【皇】
「まっ、僕はそういう男女の事情には寛容だから安心したまえ」
僕の肩をポンポンと叩いて、鷹揚な笑みを浮かべる皇さん。
【深見】
「何で僕が安心しなくちゃならないんですかっ!」
皇さんにからかわれるのは御免被りたかったが、蓮華の正体を見抜かれた訳ではなかったので、[rb,其処,そこ]は一安心であった。
【香恋】
「鄙には稀な美しい子……!
ま、まさか、深見先生と……? いえいえ、先生に限ってそんなはずはないわ……」
月丘女史迄、念仏のようにぶつぶつと何事かを呟いていた。
【はる】
「ええと……何でしたっけ……? そうそう、では、私はお食事会の準備をいたしますので、厨房へ行かなければ……」
はるさんは用事を思い出して、[rb,楚々,そそ]と部屋から退出した。
【深見】
「……」
しかし……僕は奇妙な事に気がついた。
何故、蓮華が此処にいる事が、当たり前みたいに話が進んでいるのだ……?
皆、蓮華とは初対面の[rb,筈,はず]だ……だから座敷童子を待っていたんじゃなかったのか……?
【蓮華】
「冴えない顔ね……いつも辛気臭い顔だけれど、増々見られたものじゃなくなるわ」
呆れ顔で微笑む蓮華。
【深見】
「あの~……皇さん、月丘女史、蓮華と[rb,一寸,ちょっと]話があるので……」
【皇】
「あぁ、どうぞご自由に」
【香恋】
「誤解しないでくれ、香恋、僕は君を忘れはしない……でも、先生っ、あの子、先生のこと……信じてくれ、香恋、僕には君だけだ……先生っ、愛してますっ……な~んてね、ウフフフフ……ッ〈ハ〉」
【深見】
「?」
僕の言葉も耳に入っていないようで、何やら独り言を呟き続ける月丘女史であった。
【深見】
「じゃあ蓮華、こっちに来てください……」
僕は無理矢理に蓮華の腕を引っ張り、廊下へと連れ出した。
【蓮華】
「痛いわ……引っ張らないで」
【深見】
「あ、ごめん、つい……」
【深見】
「じゃなくて!」
【深見】
「何なんですか、今のは……皆、君の事知ってるみたいで……!?」
僕は質問をぶつけるが、蓮華は無表情だ。
【蓮華】
「そう……」
【深見】
「そ、そうって何ですか!?」
【蓮華】
「この世には、貴方の知らないことも、沢山あるのよ」
蓮華は微かに横を向いて、流し目を送る。僕の追求を、その優美な仕草でサラリと躱していた。
【深見】
「……」
あぁ、蓮華だ。
このツンと澄ました眼差し、僕なんかよりもよっぽど人生経験豊富そうな、達観したこの表情。
艶やかな黒髪も、きらびやかな和服も、全てが僕の見知った蓮華だった。
僕が半年間、狂おしい程に再会を願っていた彼女本人だった。
【深見】
「でも良かった……機嫌を直してくれたのですね」
【蓮華】
「何のこと」
【深見】
「さっきは、何だか怒っていたみたいだったので」
【蓮華】
「……」
冷たい目で睨まれた。
【蓮華】
「貴方って、やっぱり馬鹿ね……」
溜息を吐かれる。
【深見】
「そんなに馬鹿ですか?」
【蓮華】
「馬鹿とかけて馬鹿と解く、その心は貴方、というぐらいの馬鹿よ」
【深見】
「へえ……何故謎掛け風に言ったのです?」
【蓮華】
「宿泊客が人形の間に置き忘れていった本から学んだの」
袂からチラリと本を取り出す蓮華。『なぞなぞの本 だれにでもできる楽しいなぞかけ』というタイトルであった。
【蓮華】
「もう一問出してあげるわ」
【深見】
「もういいのですが」
【蓮華】
「貴方とかけまして、裕福な生まれのお嬢様のお宅にある箸より重いもの、と解きます。その心は?」
【深見】
「僕とかけて……箸、ですか……」
【蓮華】
「その心は、どちらもモテ(持て)ないでしょう」
【深見】
「……」
成程、確かに的を射ている……と思いながらも、全く笑えなかった。
【蓮華】
「ふふっ……全く、半年も待たせたのだから、このぐらいの意地悪は当然だわ……」
何事かを小声で呟く蓮華。
【深見】
「何か言いましたか?」
【蓮華】
「いいえ、別にっ」
ぷいと横を向いてしまう蓮華。そんな顔も可愛らしいと思ってしまうのだから、僕も中々強者だ。
【蓮華】
「キモ……」
【深見】
「(グサッ……)」
蓮華を可愛いと愛でていた心の内が、表出していたのだろうか。
【蓮華】
「キモ……ノが、似合っているわね」
【深見】
「あ、あぁ……ありがとうございます」
ホッと溜息を吐く。着物を新調した事、気づいてくれたのだろうか。
【蓮華】
「キモ……」
【深見】
「(ビクッ)」
条件反射的に反応してしまうが、[rb,此,こ]れはまた多分『キモい』ではなく別の言葉……。
【蓮華】
「キモいわね、貴方って」
ストレートに来た。
【深見】
「ど、[rb,何処,どこ]がキモいんですか?」
勇気を出して聞いてみる。
【蓮華】
「私と話している時、ニヤニヤしているところがキモいのよ」
正直か。
【深見】
「否ぁ……蓮華と会えたのが嬉しくて……つい笑ってしまうんですよ」
僕は蔑まれても尚ニヤつきを抑えられず言った。
【蓮華】
「!」
【蓮華】
「(ぽっ……)そ、そう……それなら、仕方がないわね……」
蓮華は俯き、恥じらうように呟くのだった。
【蓮華】
「こほん、それにしても……今回は随分大勢で来たのね」
【深見】
「そうなんですよ……」
僕は皇さんに圧力をかけられている自分の微妙な立場を説明した。
【蓮華】
「ふーん……」
蓮華は余り興味がなさそうだった。
【深見】
「分かってくれましたか? 僕の辛い立場」
【蓮華】
「貴方がその皇っていう人より偉い作家になれば、言うことを聞かなくて済むのじゃなくて?」
【蓮華】
「つまり、貴方のせいね」
正論で叩きのめされた。
【深見】
「ま、まぁそうなのですが……」
【蓮華】
「ふふ……精々頑張ることね……貴方の小説は、つまらない、というわけではないのだし……」
【深見】
「え? 僕の小説……読んでくれたのですか?」
【蓮華】
「え、そ、それはっ……」
【蓮華】
「す、少しだけよ」
顔を赤らめ、ぷいっと横を向いてしまう。
【深見】
「あ、ありがとうございます、読んでくれて……」
どうやって手に入れたのか、其れは分からないが……蓮華が僕の小説を読んでくれている……僕の事を気にかけてくれている……。
その事がとても嬉しかった。
【はる】
「はぁ……おかしいですねぇー……」
【深見】
「あれ?」
厨房に行った筈のはるさんが、こちらへ戻ってくるところだった。
【深見】
「どうしたんですか?」
眉を顰めて、[rb,頻,しき]りに何かを不思議がっている彼女の様子が気になって、声をかけた。
【はる】
「はい、厨房で妙なことがありまして……」
【深見】
「妙な事?」
【はる】
「皇先生のお知恵を借りようと思って、こうして戻ってきたわけなんです」
【深見】
「皇さんに?」
僕と蓮華ははるさんと一緒に、再び人形の間へ入っていった。
【蓮華】
「……」
【皇】
「ん? 僕に話?」
【はる】
「はい……ぜひ名探偵と名高い皇先生のお力をお貸しいただければと……」
名探偵……何とも古典的で胸躍る名称である。そう、実は皇さんは、流行作家にして名探偵なのである。
勿論看板を掲げて探偵業を営んでいる訳ではない。主に著名人の間で、彼に相談すれば何でも解決してくれるという口コミが広がり、何時しか名探偵と呼ばれるようになったのだという。
皇さんはその卓越した頭脳と心理学的アプローチで、いわば非公式に探偵として活動しているのだ。
まるで漫画のキャラクターの設定のようなのであるが、其れを地で行ってしまうのが、皇さんの皇さんたる[rb,所以,ゆえん]である。
【はる】
「実は……松茸が、なくなってしまったらしいのです」
【香恋】
「松茸、ですか?」
【はる】
「ええ……」
【蓮華】
「……」
蓮華が肩を[rb,竦,すく]めたような気がしたが、気の所為だろうか。
【皇】
「……まぁ、話を聞きましょうか」
はるさんが厨房で、女将さんに確認してきた話はこうだった……。
先刻、厨房の板長さんが、いざ本日の食材である松茸を料理しようとしたら、調理台の上に置いてあった筈の1kg程の松茸が、紛失していたのだという。
女将さんも交えたスタッフが大慌てで探したが、何処にも見当たらない。
本来ならこういう内輪の話は、お客様である僕達には話したりはしないものなのだけれど……。
名探偵としても名を馳せる皇先生であれば、逆に謎解きを楽しんでもらえるかも知れない、と、身内の恥をこうして晒す事になった次第なのだという……。
【皇】
「消えた……普通に考えれば、誰かが盗んだっていうことになると思うけど……」
【蓮華】
「いいえ。この旅館のスタッフは皆正直な人よ」
蓮華が口を挟む。
【皇】
「……蓮華くん、だっけ? そうか君はここの子だから、旅館の事情には詳しいんだね?」
【蓮華】
「私が言うのだから、間違いはないわ」
不機嫌に横を向く蓮華。
【はる】
「は、はい、私も、板長さんはじめ、この旅館で働く人達は皆、善人だと断言します!」
はるさんは真っ直ぐに皇さんを見つめていた。
【深見】
「僕もこちらの旅館にはよくお世話になっていますが、人もサービスも五つ星ですよ」
及ばずながら僕もフォローに回った。
【皇】
「ふむ……」
皇さんは何やら思案しているようだ。
【皇】
「まず教えてほしいんだけど……」
【はる】
「はい、何でしょう」
どうして調理場を調べないのかと疑問を抱く方もおられるだろうが、[rb,此,こ]れが皇さんの推理スタイル安楽椅子探偵である。
[rb,因,ちな]みに、安楽椅子探偵とは、ミステリの分野で用いられる呼称であり、部屋から出る事なく、あるいは現場に赴く事なく事件を推理する探偵の事である。
【皇】
「……松茸が消えるまでの間に、外出したり、席を外した人はいたのかな?」
【はる】
「はぁ……お手洗いに行くぐらいのことはあるかと思いますが……今日はお食事会の準備で、朝からずっと皆さん調理場にいらっしゃって……」
【皇】
「外部の人が厨房に入ってきたりはした? 出入りの業者の人とか……」
【はる】
「業者さんはみんな朝早くに食材を届けてくれます。その後は特に……」
【皇】
「つまり、厨房にはこの旅館の人達しか入れなかった?」
【はる】
「は、はぁ……ですが、そういえば……」
はるさんは何かを思い出すような表情になった。
【はる】
「関係ないかも知れませんが……以前、厨房で狐を見たことがあります……まあ、田舎ですから、狐の一匹や二匹、珍しくはないのですが……」
【皇】
「へえ、狐がいるんだね、この辺りには……」
【はる】
「はい……その時は慌てて人を呼びに行きまして、戻ってきた時にはもう狐はいなくなっていました……窓が開いていたので、裏山にでも逃げたんじゃないかという話になりまして……」
【はる】
「それ以来、営業中は窓を締めるように心がけています」
【皇】
「成程……その時、厨房が荒らされていた痕跡はあったのかな?」
【はる】
「……いえ、私が見る限り特に変わったことはなかったような……それに、板長さんからも、それで困ったような話は聞きませんでしたねぇ……」
【皇】
「ふむ……じゃあ、人間が入ったことはないのかな? いわゆる泥棒って奴だけど……」
【はる】
「はぁ……一度あります……ですが、厨房ではなく客室の空き巣狙いで、すぐに捕まえましたけど……」
【皇】
「捕ま……え? 君達だけで捕まえたの?」
【はる】
「はい、うちの従業員は意外と優秀ですから……ホホホホ」
背筋が寒くなるような、はるさんの美しい笑顔であった。
【皇】
「それは凄いね……ところで、厨房の出入り口は幾つ?」
【はる】
「表に出る勝手口と、あとは室内の、廊下への出入り口が一つです」
【皇】
「調理の最中は、そこに鍵がかかっていたりはしないよね?」
【はる】
「ええ……それにお料理をすぐにお出しする場合が多いので、たいてい扉は開け放たれています……」
【皇】
「厨房に入ろうと思えば、誰でも入れるってことだね」
【はる】
「はぁ……」
【皇】
「厨房のスタッフは、料理を作る人だけ?」
【はる】
「私達仲居と、女将も出入りします」
【皇】
「で、今日の客は僕等を入れて何人かな?」
【はる】
「いえ、今日は……皇先生の大切なお食事会なので、貸し切りになっています」
【皇】
「成程ね。ありがとう、だいぶ分かったよ」
皇さんははるさんにお礼を言った。
【深見】
「ううむ……」
大まかな状況は理解できた。
今のはるさんの話だと、内部の者……旅館のスタッフと此処にいる僕等しか容疑者はいない事になってしまう。
もしも怪しい侵入者等がいたとしても、優秀なスタッフに即刻取り押さえられてしまうだろうし……。
しかし蓮華も言っていたが、何度もお世話になっているこの旅館のスタッフに、松茸を盗むような人がいるとは思えないし、また思いたくない。
[rb,其,そ]れは僕の仕事仲間である雑誌社の人達だって同様だ。
という事は……やはり外部の者が犯人、という事か……。
問題はスタッフが常駐している厨房に、どうやって誰にも気づかれずに入り込み、松茸を盗んだか、という事だが……。
透明人間であれば気づかれないよな……否、流石に其れは荒唐無稽過ぎるか……。
【深見】
「……否、でも、妖怪なら気づかれずに侵入する事は可能か……」
【皇】
「ん? 何か分かったのかな? 深見君」
【深見】
「え、い、否っ……[rb,真逆,まさか]っ……!」
皇さんに耳ざとく独り言を聞きつけられ、挙措を失う僕。
【皇】
「もったいぶらずに教えてくれよ、僕と君の仲じゃないか」
【深見】
「どんな仲でもありません」
【香恋】
「私も深見先生の御高説、賜りたいですっ!」
【はる】
「是非、私にも教えて下さいっ」
【蓮華】
「(じっ……)」
皆が期待の籠もった眼で見つめてくる。
【深見】
「うう……ぼ、僕はただ……もしも妖怪であれば、誰にも気づかれずに松茸を盗む事は可能かな、と思っただけで……」
プレッシャーに耐えきれず、やけっぱちで発言してしまう僕。
【皇】
「妖怪?」
【はる】
「よ、妖怪、ですか……」
失意の空気が人形の間を満たした。
【深見】
「い、否、そのっ……僕は妖怪や怪談を研究していてですねっ……例えば、有名なぬらりひょんですが、何処からともなく家に入り、茶や煙草を飲む等すると言われていますし……」
【深見】
「人の頭髪を密かに切るという髪切、風呂場の垢を舐める垢舐め、日本版のポルターガイストとも言われる鳴家、天井から降りてくる天井下り等、屋内に出没するという妖怪は実は数多く存在するのです」
【深見】
「ぼ、僕はその……研究者の立場から……妖怪という可能性も決して0ではないかな~……なんて……」
つい意地になって持論を展開してしまったが、やはり説得力がないような気がして、尻すぼみになってしまう。
【はる】
「うふふ、何だか昔話みたいなお話で、少し和みますね」
【香恋】
「そうですね、深見先生らしいと言うか……おかわいらしいと言うか……」
くすくす……と女性陣の笑い声に包まれる。
【深見】
「~~~……」
……推理という名のもとに、何故か日本昔話を語ってしまった事になっていた……。
【蓮華】
「(むっ)」
僕の隣で眉を顰めていた蓮華が、すっと立ち上がった。
【深見】
「蓮華……?」
【蓮華】
「妖怪は居るわ」
彼女の発した一言で、シーン……と場が静まり返る。
僕が言ったら笑われるであろう言葉……だが、蓮華の言葉には、誰も反論しない。
蓮華の卓越した美しさ、全てを平伏させてしまうようなその威厳と貫禄が、周囲の人間を否応なしに沈黙させるのだった。
【蓮華】
「貴方達のような……」
ビシッと月丘女史とはるさんを指差す。
【蓮華】
「容姿が優れていて、いつでも異性に注目され、常に陽のあたる場所を歩いているような、そんな何不自由のないリア充には、分からないわ……!」
【香恋】
「え? は、はぁ……」
【はる】
「?」
【蓮華】
「彼のような……」
ビシッと僕を指差す。
【蓮華】
「夢見る心を失っていない、それどころか夢の中にしか居場所がない、純粋すぎてもうすぐ魔法使いとして誕生日を迎えてしまいそうな、そんな人にしか、分からないことも沢山あるのよ!」
【深見】
「公開処刑ですか」
蓮華は僕を庇ってくれるつもりだったのだろうが、完全に裏目に出ていた。
【はる】
「あ、何か、すみません、深見先生……」
【深見】
「否……」
謝られたのに負けた気がした。
【蓮華】
「(えっへん!)」
蓮華だけが、言ってやったとばかりに胸を反らしていた……。
【蓮華】
「(キラキラ)」
『私を褒めて』と目で訴えていたが、残念ながらその気にはなれなかった。
【皇】
「……でも、僕も深見くんの意見をあながち否定はできないと思うけどなぁ」
【深見】
「……!?」
どちらかと言えばアンチオカルトである皇さんが助け舟を出してくれた事に、少し驚く。
【皇】
「だって、この旅館には座敷童子がいるって評判なんでしょ? 皆、座敷童子の話には肯定的だったのに、他の妖怪の話になったら否定的になるのはおかしくないかな?」
【香恋】
「あ……そう、ですね……」
【はる】
「確かに……私もひと目座敷童子さんに会いたいと思っていたんでした……」
二人は皇さんの言葉に首肯する。
特に座敷童子が売り物の旅館で働いているはるさんは、余計感じ入ったように頷いていた。
【はる】
「ごめんなさい……深見先生」
【香恋】
「私も……ちょっと笑ってしまって、すみません……」
【深見】
「ふ、二人とも謝らないでくださいよぉ~……」
はるさんと月丘女史に揃って頭を下げられ、逆に恐縮してしまう。
【深見】
「僕は妖怪が好きだから、何時も妖怪の事ばかり考えてしまうんです……いい歳をしておかしいのは自分でも分かっているので、そんなに気にしないでください……」
【深見】
「でも、誰に笑われたとしても……やっぱり好きなものは好きですし……僕は、好きを貫くつもりですから」
僕は照れ隠しに頭を掻いて微笑んだ。
【蓮華】
「ふふ……そういうまっすぐなところ、嫌いじゃない」
小さな声で囁く蓮華。
【香恋】
「私、純粋な方って素敵だと思います、深見先生……」
何故か眼がとろりと潤んでいる月丘女史だった。
【はる】
「私も断然妖怪に興味が出てきました~」
【深見】
「い、否、そんな……」
口々に肯定され、余り経験がないだけに居心地が悪い。
【皇】
「深見くん、君という人間は本当に興味深いよ! 僕が思いもよらないことを平然と言ってのけるんだからね」
【深見】
「そう、ですかね……アハハ……」
褒められているのか、バカにされているのか分からなくて、微妙な顔をするしかなかった僕であった。
【皇】
「……という事はつまり、深見くんは、座敷童子が松茸を盗んだのかもしれない、とそう言いたいんだね?」
【深見】
「!?」
話が拙い方向へ舵を切られていた。
【深見】
「ち、違いますっ……違います違いますっ!!」
僕は泡を食って否定する。
【皇】
「え? どうしてだい? 座敷童子の仕業なら辻褄が合うって、君は言いたいんじゃないの?」
【深見】
「い、否っ……座敷童子はそんな事は、絶対にしませんっ!!」
【蓮華】
「……」
【深見】
「この旅館の座敷童子は、良い人……い、否、良い座敷童子ですっ……僕は、彼女を、信じていますっ……!!」
【蓮華】
「……」
【皇】
「そんなに口角泡を飛ばして[rb,反駁,はんばく]しなくても……」
僕の剣幕に若干引き気味の皇さんだった。
【皇】
「……ま、正直に言うと、僕はやはり、今回の犯人は妖怪の類ではないと思うけどね」
【深見】
「そ、そうですか……」
持ち上げられた後にあっさりと落とされた僕だった。
【皇】
「ところではるさん、今日の献立表ってありますか?」
【はる】
「は、はい……」
急にガラリと話が変わったので、怪訝な顔をしながらも、懐から献立表を取り出すはるさん。
献立表とは、旅館の夕食の際に添えられるもので、僕も何度か見た事がある。
綺麗な和紙で作られた[rb,其,そ]れには、『お献立』と書かれており、本日のメニューが綴られていた。
【皇】
「ん? この献立表の中に、松茸を使った料理は入っていないようだけど……」
【はる】
「え……? そんなはずは……」
全員が献立表を覗き込む。
お刺身や炊き込みご飯、すき焼きなど、美味しそうな料理の数々が書かれているが、確かに松茸の文字はない。
松茸と言えば泣く子も黙る高級食材、メイン料理になってもおかしくなない品格を持つというのに、松茸のまの字もないとは、一体どういう訳なのだ……?
【はる】
「ど、どうしてなんでしょう?」
【皇】
「この献立は、いつ考えたのかな?」
【はる】
「は、はい……ご予約を頂いてからすぐに考えたようです……皇先生は何しろ大切なお客様ですから、女将さんも板長さんも気合を入れて……」
【皇】
「それはどうも……じゃあ、献立は、以前から決まっていたんだね?」
【はる】
「はい……」
【皇】
「それなのに、突如として松茸が現れ、そして消えた……」
【深見】
「……」
確かに不思議だ……。
【深見】
「あ、あの、例えば、松茸を他の食材か何かと間違えて発注してしまったとか……そんな事はないんですよね?」
【はる】
「はぁ……それはないと思いますが……」
また失笑されてしまった。
【皇】
「フフフフ……やはり君は面白いよ、深見くん」
皇さんは何かを思いついたように目を光らせていた。
【皇】
「松茸は、この旅館ではよく使うんですか?」
【はる】
「いいえ、あまり……高級食材ですし、安く手に入った時ぐらいで……とにかく今年は初めてです」
【皇】
「成程、そうですか……あの、すみませんがはるさん、松茸を買ってきたのは誰なのか、いつ厨房に届いたのか、確認してもらえませんか?」
【はる】
「はい、分かりました」
【皇】
「あ、それと……厨房の板前さんで、今年新しく入った人はいますか?」
【はる】
「はい。今年の春に、高校を卒業してすぐ入った子がいますけれど……」
【皇】
「その人を、ここに呼んでもらえませんか?」
【はる】
「は、はい……」
はるさんは部屋に備え付けの電話から厨房に連絡して、皇さんの質問を全て伝えた。
そして電話を切ると、首を傾げながら皇さんの前へとやってきた。
【はる】
「松茸ですが……どうも、誰が注文したのか、はっきりしないんです」
【皇】
「はっきりしない?」
【蓮華】
「……」
蓮華が居心地悪そうに身じろぎしたような気がしたが、[rb,気,き]の[rb,所為,せい]だろうか。
【はる】
「はい……女将さんは自分が買ったっておっしゃるし、板長さんも自分が用意したっておっしゃるし……何だか話が噛み合わなくて……」
【はる】
「けれども、ふたりとも今日は松茸を使うということでは、意見が一致してまして……」
【皇】
「厨房の他の人は、それを知っていたんですかね?」
【はる】
「それがどうも、知らなかったらしいんです……板長さんが、松茸がないって言い出して、初めて松茸を使うことを知ったらしくて……」
【はる】
「他の板前さんはみんな、狐につままれたような気がしたそうです。板長さんに、いつ誰が調理台に置いたのかと尋ねても、とにかくあるはずだの一点張りだそうで……」
【はる】
「だから、いつから松茸が厨房にあったのか、誰もはっきりと分からないそうなんです」
【皇】
「やっぱりそうか……」
【新人板前】
「失礼します……」
[rb,其処,そこ]へ、ノックの音とともに、まだ幼いような顔つきの若い板前さんが入ってきた。
【皇】
「あぁ……君か、今年入った新人さんは」
【新人板前】
「そうです、俺に何か……?」
ペコリとお辞儀をして、皇さんの前に正座する。敬語などはまだ不慣れなようだが、素直な印象の青年だった。
【皇】
「見てもらいたいものがあるんだけど」
【新人板前】
「ハァ……」
【皇】
「これ、何か分かる?」
皇さんはポケットからスマートフォンを取り出すと、何やら操作し、新人板前さんに画面を見せた。
【新人板前】
「この写真が、何の写真かってことっすか?」
僕の位置からはよく見えなかったが、何かの画像を見せているらしい。
【皇】
「うん」
【新人板前】
「椎茸、っすよね?」
皇さんが僕らに見えるように、スマートフォンの画面を上向きにする。
其れは、松茸の写真だった。
結論から言うと……今回の事件は、新人板前さんが松茸を椎茸と勘違いして起こってしまった悲劇であった。
そもそも、献立表に松茸の記載はなかった。しかも、板長さん以外の板前さん達は皆、松茸を今日の献立に使うという事を、事前に知らされていなかった。
今年初めて扱う松茸である。就職したばかりの新人板前さんにとっては、初めて触れる食材でもあった。
勿論彼も、『松茸』という言葉は、有名だから知っていた。しかし残念ながら、彼は今迄松茸を食した事はなかったのだ。
テレビ等でちらっと目にした事はあったかも知れない。しかし、彼の脳裏に深く刻まれる迄には至らなかった。
そして、今日初めて松茸を目にした彼は……。
メイン料理のすき焼きに使う椎茸(に似たような茸)が別のザルに盛られている事を不思議に思って、椎茸と一緒に大きなザルに移し替えていたそうなのだ。
厨房で皆が松茸を探している時も、そのザルはちゃんと調理台の上にあったのである。
しかし皆、ザルに乗っているのは椎茸だと思い込んでいた為、一緒に紛れていた松茸には、気が付かなかったのだ……。
【はる】
「ありましたー!」
厨房から戻ってきたはるさんは、松茸と椎茸が入ったザルを手にしていた。
【深見】
「ほう……確かに、似ていますね」
ザルに並んでいる二種類の茸は、色も形も意外とよく似ていて、僕でもちらっと見ただけでは区別がつかないかも知れない。
特に、傘が開いている松茸なんて、知っている人ですら一瞬勘違いをしてしまいそうなくらい酷似していた。
【新人板前】
「……」
新人板前さんはザルを覗き込むとわなわなと震えだした。
【新人板前】
「す、すいませんでした!!」
【はる】
「もういいんですよ、これからは気をつけてくださいね」
【新人板前】
「は、はい!! お騒がせして、申し訳ありませんでした!!」
丁寧に僕達にも頭を下げる新人さん。
【皇】
「まぁ、初めから何でも出来る人はいないよ。これも勉強だね」
【新人板前】
「は、はい!!」
[rb,此,こ]れで一件落着と相成った。
【皇】
「全ては思い込み……先入観なんだよ」
目出度く謎を解いた皇さんが、滔々と語りだした。
【皇】
「心理学で言うとインプリンティングに似てるかもしれない」
【深見】
「刷り込みの事ですか?」
【皇】
「そう……刻印づけとも言うんだけど、鳥のヒナが初めて見た人間を親だと思い込んでしまう……」
【皇】
「そういう心理が働いたんだろうな……新人くんが初めて見た茸を、何となく椎茸と思い込んでしまう、ありそうなことだよ」
【香恋】
「でも、松茸を知らない人がいるとは、驚きました……秋になるとテレビでも雑誌でも特集が組まれたり、嫌でも目に入るような気がして……」
【皇】
「……それこそが思い込みなんだよ。自分が知っていることを、当然他人も知っているなんて、どうして思うんだい?」
【皇】
「それこそまさにフォールスコンセンサス効果だ。人は自分の意見や判断が普通で、正当なものだと思いがちなんだ」
【皇】
「かき揚げを作って、と言われて、牡蠣を油で揚げようとする人もいるし、電車内で化粧をする女性を見て、嫌だと思う人もいるし、別段何も感じない人もいる。人それぞれだよ」
【香恋】
「一人ひとりの常識は違う、ということですか」
【皇】
「そういうことだね……」
説明に飽きたように、不意に皇さんが口を閉じたかと思うと、僕をじっと見つめてきた。
【深見】
「何か?」
【皇】
「うん……実は松茸よりも気になる事があってね……さっきからずっと考えているんだけど」
【深見】
「?」
【皇】
「……深見くん、既に君は、座敷童子を見つけているんじゃないのかい?」
【深見】
「!」
【蓮華】
「!」
突然の指摘に僕と蓮華は完全に虚を突かれていた。
【香恋】
「え? どういう事ですか? 既に座敷童子を見つけているって……本当なんですか? 深見先生っ」
キョロキョロと周囲を見回す月丘女史。
僕の反応よりも速く月丘女史が発言してくれたお陰で、一旦心を落ち着かせる事が出来た。
【深見】
「……否、見つけてませんよ……」
暴走する心臓の鼓動を押し殺して、努めて冷静に答えた。
【皇】
「ホントに?」
皇さんは、その瞳に僕の顔が映り込むくらい近づいて僕の目をじっと見ていた。
【深見】
「はい」
僕は皇さんから目を逸らす事無くコクリと頷いた。
【皇】
「……そうなの?」
皇さんはふっと興味を失ったように、目を伏せた。
【皇】
「今日の深見くんは、何か捜しているみたいに、ずっとそわそわしていたよね……けれども、今は落ち着いている……」
【皇】
「だから僕は、既に君がお目当ての座敷童子を発見しているんじゃないのかなと思ったんだけど……」
【深見】
「い、否、僕は普段一人でいる事が多いので、こういう人が大勢集まる賑やかな場所は少し苦手で……決して嫌いという訳ではないのですが、緊張するというか……」
【深見】
「でも、もう十分この場の雰囲気にも慣れてきましたので、少し落ち着いてきたのかと……」
付け焼き刃の理屈が皇さんに通用するか少し不安だったが……。
【皇】
「ふぅ~~~ん……」
【深見】
「…………」
【皇】
「……ま、僕の主義としては、座敷童子だけじゃなくて、そういう超自然的なもの全般を信じてはいないんだけれど、いたら面白いなって、思ってはいるんだよ」
追求を諦めたかのように、話を変える皇さん。僕は内心、ほっと安堵の息を吐いた。
【皇】
「それにもし、座敷童子が実在しないとしたら、深見くんは重度の妄想性障害っていう事になる。それはそれで、心理学的にものすごく興味深いけどね!」
【皇】
「君は僕にとって、とても刺激的な人物なんだよ、深見くん」
【深見】
「あ、あはは……」
しかし、何という観察力と推察力だ……皇さんの底知れぬ能力に恐ろしさすら感じていた。
【香恋】
「座敷童子さん、やっぱりいないんですか……残念です……」
シュンとした仕草が可愛らしい月丘女史であった。
【蓮華】
「残念ね」
慰める座敷童子だった。
【皇】
「それにしても、気になるな……」
【深見】
「まだ、何かあるんですか!?」
皇さんの気になる発言に、条件反射的に恐怖を感じる。
【皇】
「うん、果たして誰が、松茸を用意したのか」
【深見】
「そ、其れは……女将さんか板長さんでしょう?」
バクバクしている心臓を[rb,宥,なだ]めながら答える。
【皇】
「それも先入観かもしれないよ」
【蓮華】
「……」
皇さんが、ちらりと蓮華を見たような気がしたのだけれど……其れも先入観ゆえの気の所為だったのかも知れない……。
そして……出席者達が続々と集まってきて、遂に皇公暁直本賞受賞記念祝賀会の火蓋は切って落とされた……。
大きなテーブルの上にずらりと豪華な料理が並べられ、集まった雑誌社の面々が舌鼓を打つ。
因みに料理はとても美味しく、特に松茸の味は絶品だった。
【蓮華】
「しあわせ……」
松茸を存分に舌で愛でる蓮華だった。
【深見】
「はは……蓮華は食いしん坊ですね」
【香恋】
「いっぱい食べて、大きくならないといけませんね~」
月丘女史は蓮華の頭を撫でている。
【蓮華】
「こ、子供扱いは、嫌いよっ……」
唇を尖らせながらも、満更でもない表情の蓮華だった。
【深見】
「其れにしても怖いお面ですね……」
飾り棚に立て掛けられたお面が先程から気になっていた。
【蓮華】
「そう……?」
食べる事に夢中で僕の話を碌に聞いてくれない蓮華。
僕がこの旅館を訪れる時は何時も一人だったので、食事は常に部屋食であった。広間に入るのも今回が初めてであり、この面については全く知らなかったのである。
しかし、不気味な面だ……能面のようだが、詳しくないので分からない。只者ではないその面構えは鬼のようでもある。
鬼、[rb,其,そ]れは妖怪の一種と考えられている……。
【深見】
「……やはり妖怪と……!?」
【蓮華】
「……関係ないから」
天啓が閃いたような気がした僕であったが、蓮華はお構いなしに澄まし顔で食事を続けている。
そうだな……目移りばかりしても仕様がない。僕の可愛い妖怪(?)は、既に[rb,此処,ここ]に一匹いるのだから……。
【香恋】
「それでは皆さん、ここで一枚記念撮影を……」
参加者に呼びかけ、デジカメを構える月丘女史。
写真に写りたい人は皆勢揃いして月丘女史の前に並ぶ。
【蓮華】
「ぴーす」
ちゃっかり記念撮影に参加していて、無表情にピースしている蓮華が微笑ましかった。
【はる】
「皇先生のおかげで助かりました。さすが名探偵ですね」
皇さんにお礼を述べるはるさん。さっきは女将さんにも直々にお礼を言われていた。
【皇】
「いや……たいしたことはないよ」
謙遜とは珍しいが、誰が松茸を用意したのかという謎が、まだ引っかかっているのかも知れない。
【香恋】
「それにしても、謎解きが本当にお好きなんですね」
【皇】
「あぁ……君たちも面白い謎の持ち合わせがあれば、どんどん提供してくれて構わない。良い謎には報酬を出すよ」
【蓮華】
「……あの人、随分自信家なのね、謎を出してみろだなんて。貴方とは大違い」
皇さんの発言を聞いて、蓮華は辟易したように言う。
【深見】
「はぁ……まぁ、ベストセラー作家にして名探偵ですから、僕とは比ぶべくもない人ですよ」
【蓮華】
「まぁ……そんなに自分を卑下することもないわ」
蓮華はニヤリと笑う。
【深見】
「うわ、悪い顔してるなぁ」
【蓮華】
「私の力をもってすれば、皇の栄光の過去を全て黒歴史として塗りつぶすことも可能」
【深見】
「酷い事しないでくださいって」
【蓮華】
「彼を貴方の奴隷にすることも可能よ」
【深見】
「否、そんなのやめてくださいよ」
【蓮華】
「彼を貴方の性奴隷にすることも可能よ」
【深見】
「何で言い直したんですか」
【蓮華】
「でも、私が近くに居ないと、少しずつ効力は薄れていくわ」
【深見】
「じゃあプレイ中に、素に戻ったりしたら大変じゃないですか」
……何を想像しているんだ、僕は。
【蓮華】
「残念だったわね」
【深見】
「残念って何ですか……僕にそういう趣味はありませんから」
其れにしても、今迄蓮華に他人を操る能力があるなんて、想像だにしなかったが……。
一見便利そうではあるが、色々弊害もありそうだった。
【深見】
「……しかし、何故君はそんなに皇さんにこだわるのです……?」
蓮華が自分から他人に関わろうとする姿は見慣れていないので、少々疑問を感じた。
【蓮華】
「妬いているのね?」
【深見】
「い、否、違いますけど」
【蓮華】
「ふふ……美しさは罪……」
しゃらり、と、これみよがしに髪を靡かせる蓮華だった。
【深見】
「……」
【蓮華】
「安心して。彼に興味はないわ」
【深見】
「だったらどうして……」
【蓮華】
「貴方ねぇ……あんな皇なんかに負けて、悔しくはないの?」
【深見】
「悔しいも何も、勝ち負けで人の価値は決められないものです」
【蓮華】
「はぁ……そんな事言っているから、いつまで経ってもおこちゃまのまま……」
【深見】
「お言葉を返すようですが、お子様なのはどっち……」
【蓮華】
「むうっっ……!」
ワナワナと小さな肩を震わせて怒っている。蓮華は人一倍、子供扱いされる事を嫌がる生き物だった。
【深見】
「すみません……つい」
口を滑らせてしまった事を深く後悔し、頭を下げた。
【蓮華】
「……まったく……」
【蓮華】
「男だったら彼の上に立ってやろうというくらいの、気概を見せてみたらどうなの?」
【深見】
【蓮華】
「……ど、どうしてって……」
蓮華の頬がぽっと桃色に染まる。
思い切り怒られると覚悟していたから、蓮華の態度は意外なものだった。
【蓮華】
「ただ……貴方は……皇なんかより……だから……」
最後は小さくなって、彼女の声は聞こえなくなってしまった。
【深見】
「……でも、僕が皇さんに勝っている部分もありますよ」
【蓮華】
「そんな所あるかしら」
【深見】
「君が、皇さんよりも僕の事を気にかけてくれています」
【蓮華】
「……!!」
【深見】
「僕は、其れだけで十分ですよ」
【蓮華】
「……そんな事で勝った気になるなんて……全く馬鹿なんだから……」
横を向いてくすりと笑った蓮華が、僕にはとても可愛らしく見えた。
僕だけに見せてくれる笑顔……そんな気がしたのだ。
【皇】
「……ええと、誰か、良い謎はありませんかー?」
突然、皇さんが[rb,香具師,やし]ばりの大声を張り上げた。何時もクールな美貌がほんのりと上気している。よっぽど謎解きが楽しいのだろう。
しかし、無理難題を要求される『妖』編集長や他の作家さん達は、たまったものではない。皆一様に困った顔を見合わせていた。
【香恋】
「そういえば……皇先生のお気に召すかどうか分かりませんが……不思議な話があるんです……」
皇さんのお眼鏡に適うような話を誰も絞り出せない中……満を持して月丘女史が口を開いた。
【皇】
「ふむ……君には期待しているよ、月丘くん」
【香恋】
「そ、そんな風に言われると、話しづらいですが……」
頬を染めながら、女史は話を始めるのだった。
この旅館の近くに、私立讃咲良学園という女子学園があるんです。
結構有名な名門私立女子学園で、通っているのは育ちの良いご令嬢ばかり。戦前からある[rb,擬洋風,ぎようふう]建築を用いた歴史的価値も高い校舎が評判の学園なのですが……。
そこで最近、変わった事件が多発し、何故か生徒だけが被害に遭っているんです。
【深見】
「変わった事件、とは……?」
【香恋】
「はい……例えば、階段から転落して足を折ったりですとか、窓ガラスが突然割れて近くにいた生徒があわや失明の大怪我をしたり、はたまたピアノの鍵盤蓋が勝手に閉まって全指骨折……」
【香恋】
「化学の実験中に謎の発火現象で大やけどというのもありましたし、血が一滴も出ていないのに、骨まで届くような深くきれいな切り傷を負った生徒もいたそうです」
【深見】
「其れは大変な事ですね……」
【香恋】
「不思議なのは、その生徒達全員の身体に、奇妙な痣のようなものが浮き出ていたという事実なんです……」
【深見】
「あざ、ですか?」
【香恋】
「はい、青黒く不気味な、何かに巻きつかれでもしたかのような痣だそうです……それが身体の到る所に現れるのだとか……」
【皇】
「どこかにぶつけたとか、虐待されたなんてことはないんだね?」
【香恋】
「はい……けれども被害者の多くは何も語ろうとしないので、詳しい事情は分からないままなんだそうです……」
【皇】
「ふうん……語りたいけど、語れないんじゃないかな」
【皇】
「[rb,所謂,いわゆる]、偶然起こった事故による、PTSDだよ。心的外傷後ストレス障害の人は、パニックを避けるため、事件前後の記憶の想起を回避忘却する傾向にあるからね」
【香恋】
「一般的には、そう解釈されてもおかしくはないんですが、この件には更に続きがありまして……」
【香恋】
「そもそも私がこの件を知ったのは、有名なオカルトサイトからなんです……」
【香恋】
「サイトには、読者が自身の怖い体験などを投稿する投稿コーナーがあるのですが……」
【深見】
「あ、もしかしてムウマイナスじゃないですか? 僕もよく見るんですけど……」
話の腰を折ったせいか、じろり、と皇さんに睨まれてしまった。
【香恋】
「はい、とにかく、その体験談が怖すぎるということで……私達の業界ではかなり話題になったんです」
【香恋】
「それはある女子学生からの、匿名での投稿だったんですが……水泳部の彼女がプールで泳いでいると、突然、水の中から誰かに足を引っ張られたんだそうです」
【香恋】
「危うく溺れそうになったところをなんとか泳ぎきって……命からがらプールから上がると、水中で掴まれた気がしたその足首には、青黒い痣が、はっきりついていたんだそうです」
【皇】
「誰かがいたずらして引っ張ったんじゃないの?」
【香恋】
「その日は部活がお休みの日で、放課後彼女一人だけが自主練をしていた……つまり、現場には彼女しかいなかったんです」
【深見】
「ほう!」
【香恋】
「投稿には画像ファイルも添付されていて、実際に見た人の話によると、青黒く浮き上がった毛細血管が、蜘蛛の巣のように見える奇怪な写真だったそうなんです」
【香恋】
「それはいたずら……とはとても思えない、異常な痕だったそうです」
【香恋】
「痣の形状から、何時しか『青蜘蛛の呪い』と呼ばれるようになったその書き込みは、ムウマイナスの投稿コーナーにちょっとした反響を巻き起こしたのです」
【香恋】
「勿論、合成じゃないかと揶揄する人もいました。ですが、その後、サイトに『私も同じ経験をした』という複数の投稿がなされたんです」
【香恋】
「投稿が増えていくと、これは本物ではないか、と注目されました。まとめサイトなどでも取り上げられ、一時期私達編集者の間でもかなり盛り上がったのですが……」
【香恋】
「何故かその後すぐに、サイトから『青蜘蛛の呪い』についての全ての投稿、画像が削除されてしまったんです」
【皇】
「へえ……」
【深見】
「何だか、怪談じみてますね……」
学園での怪事件残された痣の話だけでも怖いのに、突然投稿が全て消えたとなると……。
幽霊を目撃した直後、其れがふっと消えてしまった……とでもいうような、後味の悪い不気味さがあった。
【香恋】
「実は……この話、うちの雑誌でも取り上げたいなと思いまして、オカルトサイトの運営者に問い合わせてみたんです」
【深見】
「成程、運営に聞けば何か分かるかも知れないですね」
【香恋】
「ですが、運営者のお話だと、削除したのは運営側ではなく、投稿したユーザーの方だと言うのです」
【香恋】
「何件もあった投稿が、まるで口裏を合わせたように一斉に消えた……投稿したのは皆別々のユーザーなのに、そんな事ができるのか? とても不思議な話でした」
【香恋】
「投稿は全て匿名でしたので、個人の特定等は出来ませんでした。そもそも書き込み自体削除されてしまっているので、運営としてもどうにもならない状況でした」
【香恋】
「ですが……一通だけ、運営宛てにメールが来ていたんです」
【深見】
「メール、ですか」
【香恋】
「はい……一番最初に投稿した被害者本人からと思われるメールでした」
【香恋】
「ネットで評判になり、嘘だと非難する書き込みが増えた時に、呪いは真実です、と訴えてきたのだそうです」
【香恋】
「そして、それを証明するかのように、メールにも青黒い痣の写真……『青蜘蛛の呪い』の写真が添付されていました」
【香恋】
「私は『妖』で記事にしてもいいかどうか許可をもらいたいからと、運営者に返信をお願いしました。けれども、そのアドレスはもう使われていませんでした」
【香恋】
「それでも私は諦めきれず、メールに添付されていた写真を、色々調べさせてもらいました。すると、その写真には、撮影された時の位置情報が残っていたんです」
【香恋】
「位置情報と、写真に映っていた制服らしき一部から判断して、これは先程お話した私立讃咲良学園で起こった出来事なのではないか、という結論に至ったという訳なんです」
【皇】
「ううむ、見事だね……君も編集者より探偵に向いているかもね」
【香恋】
「あ、ありがとうございます……」
照れ笑いを浮かべる月丘女史。
【皇】
「でも、位置情報だったら、そのムウマイナスに投稿された写真からでも分かったんじゃないの?」
【香恋】
「いえ……投稿された写真の方は、位置情報はオフになっていたそうです」
【皇】
「そっちはオフに……」
【香恋】
「ええ、メールに添付されていた写真の方は、個人情報に配慮してサイトにアップするのは控えたということでした」
【皇】
「ふーん、そうなんだ……抜かりなく調べているんだね、月丘くん」
【香恋】
「あはは、私だけの力ではないんですよ。実は、讃咲良学園の学長は、私の大学時代の恩師でして……そのつてで、色々お話を聞くことができまして……」
【皇】
「すごい偶然だね……ええと、月丘くんは何を専攻してたんだっけ?」
【香恋】
「臨床心理学です」
【皇】
「ふーん……心理学とオカルトかぁ……」
【皇】
「何だか僕と君にピッタリの話じゃないか」
僕を見てニッコリする皇さん。
【深見】
「は、はぁ……しかし、そんな学園が、この近所とは……何だか人ごとではないような気がしますね」
【香恋】
「ええ……私も調査を続けたいと思っているんです」
【蓮華】
「……」
【皇】
「そうか……調査、してみるのも面白いか」
皇さんは呟いた。
【香恋】
「皇さんが、ですか……?」
【皇】
「うん、僕も調べてみたい。その学長さんに会わせてもらえるかな?」
【香恋】
「は、はい……学長は皇さんのファンなので……大丈夫だと思いますけど……」
【皇】
「じゃあ、よろしく」
【香恋】
「は、はい……」
戸惑いながらも頷く月丘女史だった。
【皇】
「君も興味あるだろう?」
何気なく、僕にも同調を求めてくる皇さん。
【深見】
「え、ええ、そりゃありますよ……オカルト的な話は大好物ですから」
【皇】
「じゃあ、君も同行決定」
【深見】
「はい?」
僕は展開の速さについていけなかった。
【深見】
「ぼ、僕も一緒に……学長に会うって事ですか?」
【皇】
「うんそう。いつにする?」
【香恋】
「はい、では学長に、アポ入れてみますね……」
【深見】
「……」
話がトントン拍子に進んでしまっていた……。
【蓮華】
「……」
その時ふと、蓮華の横顔が目に入った。
例のごとく、静謐な美貌……しかしその表情は何時になく、不安そうに見えた。
【深見】
「蓮華、どうかしましたか?」
【蓮華】
「べつに……」
【深見】
「君の近所で起こった事ですから……一寸怖いですよね」
【蓮華】
「私は怖くはないわ……」
そう言って、彼女は僕を見つめる。
【蓮華】
「……むしろ、貴方が心配」
【深見】
「え?」
真顔で見つめられ、一瞬ドキッとしてしまう。
【深見】
「この件について、何か知っているんですか?」
彼女は不思議な力の持ち主だ。普通の人間には知り得ないような事を知っていても、おかしくはない……。
【蓮華】
「なんてね」
【深見】
「は?」
【蓮華】
「冗談よ、冗談、ふふふふ……」
蓮華は何時もの悪戯っぽい表情で笑っていた。
【蓮華】
「私は何も知らないわ……でも、ちょっと面白そうな話ね」
【深見】
「そうですよね」
【蓮華】
「貴方のだ~い好きな怪談話の当事者になれる、いい機会かもしれないしね」
【深見】
「僕もそう思います!」
確かに……貴重な体験ではあるのだ。
僕のような怪奇作家にとっては、千載一遇の好機かも知れない。
月丘女史も記事にしたいような事を言っていたが、僕だって、うまくすれば小説の題材になるかも知れないのだ。
【香恋】
「深見先生、よろしくおねがいしますね」
【深見】
「はい」
【香恋】
「深見先生も同行してくださるなんて、心強い限りです!」
【深見】
「任せて下さい!」
[rb,一寸,ちょっと]好い気分だった。
【はる】
「事件が無事、解決することを願ってますぅ」
【香恋】
「心配いりませんよ、何と言っても、深見先生はオカルトのスペシャリスト……怪談や妖怪に造詣が深いですから、きっと有意義なアドバイスをしてくれるはずです!」
【香恋】
「深見先生が皇さんと組めば鬼に金棒、ホームズとワトソンですよ!」
月丘女史に期待の眼差しを向けられ、照れてしまう。
【深見】
「いやぁ、[rb,其,そ]れ[rb,程,ほど]でも……」
【蓮華】
「調子乗りすぎ……」
【深見】
「……」
蓮華がムスッとした顔をしていた。
【皇】
「ふうん……」
月丘女史を見て、ニヤリと笑う皇さん。
【香恋】
「な、なんですか……」
【皇】
「君……深見くん褒め過ぎだよね」
【香恋】
「そ……そんなことないですよ……」
また眼鏡を曇らせる月丘女史。
【皇】
「でも、いつも深見くんばかり見て……」
【香恋】
「ちょ、ちょっとやめてくださいっ……!」
急に手旗信号のように腕をバタバタさせる月丘女史が、何時ものビジネスウーマン然とした彼女と比べると、何だか幼く見えて愛らしかった。
……ひょんな事から、関わる次第となってしまった今回の騒動であるが……。
僕は、怪事件そのものよりも、蓮華とまた近いうちに会えるのではないかと、期待している自分を自嘲した……。
【はる】
「ありがとうございましたー、またお越しくださいませ。心よりお待ちしております」
【香恋】
「お世話になりました」
【深見】
「ご馳走様でした」
やがて宴も終わり、僕達は見送ってくれるはるさんや女将さんに別れを告げ、帰宅の途につこうとしていたのだが……。
【皇】
「最後に一つだけ……いいかな? はるさん」
【深見】
「またですか~……皇さん」
【皇】
「ちょっとだけだから、ね〈ハ〉」
そう言ってウインクする皇さん……常人であればお寒い仕草だが、彼ならハートが[rb,其処,そこ]ら中に浮遊しそうに魅力的だった。
【はる】
「あはは……どうぞ~」
【皇】
「門扉脇の狐の像は、いつからあったんだい?」
【はる】
「ああ……あれは私がここで働き始める前からあったものですから、具体的にいつからと言われましても……」
【皇】
「……そう」
【はる】
「すみません……次にお越し頂く時までには調べておきます」
【皇】
「ありがとう、助かるよ」
皇さんははるさんに紳士的な会釈をした。
【深見】
「何故あの像が気になるのです?」
何度も旅館に通っている僕ですら、[rb,其処,そこ]に建っていた事すら気が付かないような、石造りの小さな狐の像である。
僕から見たら単なるオブジェにしか見えないが……。
【皇】
「うん……狐繋がりでね。さっきはるさんから聞いた、以前厨房に狐が出たという話が頭に引っかかっていて……」
【香恋】
「ああ、そう言えば、そんな話をしていましたね……」
【皇】
「そう……その狐は一体、何処から来て、何処へ逃げたのか……」
【はる】
「それは……開いていた窓から……じゃないんですか?」
【皇】
「狐が窓から出入りするところを目撃した人はいたのかな?」
【はる】
「いえ……その時は、あいにく厨房に誰もいなかったので、目撃した人はいませんでした」
【皇】
「その窓は、厨房のどの辺りにあるの? 高さはどのくらい?」
【はる】
「そうですねぇ……丁度流し台の上辺り……高さは1m4~50cmくらいでしょうか」
【皇】
「結構高いね」
皇さんは頷きながら、ニヒルな笑いを浮かべる。
【深見】
「何がそんなに気になるんです」
【皇】
「色々気になるよ。仮にも腹を空かして入り込んだはずの野生の狐が、食材を物色もせず、大人しく帰るっていうのも引っかかるし……」
【深見】
「其れは……はるさんが来たから慌てて逃げ出したのでは?」
【皇】
「慌てて、ね……それならば、慌てた痕跡が残っていて当然じゃないかな」
【皇】
「聞けば、窓は流し台に面していたという。流し台の傍には調理器具やキッチン用品、食器等、色々な物が置いてあるだろう……しかし一つも壊れた物はなかった」
【皇】
「確かに狐は跳躍力に優れている……しかし、1m以上もある高さの窓を、目に見える被害を何も与えずに飛び越える事は、果たして可能だろうか……?」
一同の顔をゆっくりと見回す皇さん。その立ち振舞は、正に小説の中から抜け出てきた名探偵さながらの貫禄があった。
【はる】
「は、はぁ、言われてみれば、そうかもしれません……」
【皇】
「当然勝手口のドアは閉まっていたんだろう?」
【はる】
「え、ええ、それは勿論」
【皇】
「では、狐はどこへ消えたのか? これは狐の消失事件とも言える面白い謎だよ。今となっては証拠も残っていないだろうから、解明できないのが残念だけどね……」
【深見】
「ふむ……」
狐とは、『狐狸妖怪』という言葉が在る事からも分かるように、古から日本では妖怪の仲間とも思われていた獣である。
頭に木の葉を載せ、きれいな娘等に化けては、人間を騙す……そんな民話や昔話も沢山残っているのだ。
【深見】
「……ハッ、もしかして皇さん……あなたは、厨房に侵入したのは、化け狐である、とそう言いたいのですか!」
すわ妖怪の話題かと、気合を入れて尋ねるが……。
【皇】
「そんな訳ないじゃない……僕は反オカルトだって言ってるでしょ」
明らかに好感度が下がったと分かる表情を浮かべる皇さん。
【深見】
「ですよね……」
意気消沈の僕だった。
【皇】
「……でも、そうではない、とも言い切れないのが、この話の面白いところではあるんだ」
【深見】
「え……?」
【皇】
「伝聞だけでは何も証明できないだろう? 証拠がなければ化け狐であるともないとも言えない。まさしく悪魔の証明さ」
【皇】
「ホームズも言っているよね、『全ての不可能を除外して最後に残ったものが、如何に奇妙なことであってもそれが真実となる』」
【皇】
「僕だって同意見だよ。もし化け狐や座敷童子が存在するということが証明されたら、僕は自分の主義主張を曲げても、喜んで君にシャッポを脱ぐよ」
【深見】
「皇さん……」
皇さんに微笑みかけられ、僕は少々気分が高揚するのを感じた。
彼が超自然的なものに理解を示してくれたら嬉しいな、と素直に思う。
しかし、座敷童子の存在を証明する事……其れはイコール蓮華の正体を彼に知られてしまうという事でもあるので、複雑な心境だった。
【皇】
「……この土地は、まだ僕が知らない、到達していない未知の境地へと導いてくれるんじゃないか、そんな気がする……」
【皇】
「胸がわくわくするよ、早く謎を解いてみたい……!」
皇さんは深呼吸をするように思い切り腕を伸ばすと……。
その儘背後にぶっ倒れた。
【香恋】
「す、皇さんっ、大丈夫ですかっ!?」
【皇】
「ははは、大丈夫大丈夫。何故か脚がフラフラする」
倒れた体勢の[rb,儘,まま]、言葉だけはしっかりとしている皇さん。
【深見】
「ど、どうしたんですか、突然!?」
【はる】
「もしかして、お食事会でお酒を召されて、酔ってらっしゃるのかしら……?」
【皇】
「酔ってないよー……」
今の今迄全くおくびにも出していなかったが、酔っているのか。
しかし、酩酊状態であれだけの推理を披露出来るのだから、大したものである。
【香恋】
「しっかりしてください、皇さぁん!」
【皇】
「はいはい……全く大げさだなぁ、ははは……」
何人かの編集者が駆けつけてきて、月丘女史と一緒に皇さんに肩を貸しながら、駅へと向かって歩き出していた。
【深見】
「……」
独り残されたような形になった僕は、玄関前に未練がましく立った儘、背後を振り返る。
【深見】
「……気まぐれお姫様のお見送りは……無しか」
蓮華に面と向かって別れの挨拶を告げていなかったので、後ろ髪を引かれる思いではあったが、またすぐ会えると気持ちを切り替え、僕も歩き出そうとしたその刹那。
くいっ……
誰かに和服の袖を惹かれ、振り返る。
【蓮華】
「……」
蓮華が見送りに来てくれていた。
【深見】
「蓮華……」
【蓮華】
「……今日は、色々ありがと……」
【深見】
「へ? ……僕って何かしましたっけ」
思いがけなくお礼を言われるが、僕としては全く心当たりがなかった。
【蓮華】
「貴方は……私の事、色々知っているのに、皆に何も言わないでいてくれた……」
【蓮華】
「私が……座敷童子が松茸を盗んだって言われた時も、庇ってくれた……」
【蓮華】
「だから、ありがと……」
【深見】
「何だ、そんな事ですか……感謝されるような事ではないですよ……はは」
照れくさくなって、自分の頭をボリボリ掻いた。
【蓮華】
「頭ボサボサよ……」
【深見】
「あははは……」
蓮華にお礼を言われた事が嬉しくて、更に頭をクシャクシャにする僕だった。
【蓮華】
「貴方って……本当に人がいいのね」
蓮華は笑顔を見せてくれる。
今日最初に会った時は不機嫌な仏頂面だったその顔が、今は笑顔でキラキラと輝いていた。
【蓮華】
「……ま………………」
【深見】
「ま? ……」
二人がいる空間に時間という概念がないかのように、沈黙が無限に果てしなく続いていくような感覚に襲われる。
………………
…………
……不意に少し冷たくなった秋風が僕の頬を撫でていった。
其れと同時に時が動き出し、竹林の笹がカサササと風にそよぐ音が聞こえてきた。
【蓮華】
「……またすぐ、会えるわね?」
ぶっきらぼうで、其れでいて儚く消え入りそうなその声が、僕の心臓を抉る。
あぁ僕は、蓮華と離れるのが寂しいのだと、嫌という程思い知らされたからだ。
そして、もしかしたら、蓮華も……。
【深見】
「もちろん……すぐに会えますよ、すぐです……!」
僕は強く頷く。
【蓮華】
「……」
蓮華は無言で、一本だけ立てた小指を差し出した。
指切り……僕も同じように小指を立て、蓮華の指に絡める。
半年前にも交わした約束……あの時、彼女は何と言ったのだったか。
指と指が触れた時……僕の全身を稲妻が貫いたように痺れ、甘い感傷が胸にこみ上げてきた。
やはり蓮華も、僕に会いたいと想っていてくれたのかも知れないと……そう考えるのは、早計だろうか?
【蓮華】
「約束……」
【深見】
「はい、約束、です……」
小指をしっかりと絡め、そして離した。
思い出した……。
『これで貴方は、もう私から、離れられないわね』
半年前に、彼女はそう言ったのだった。
夜遅く、僕は自宅に着いた。
食事会で少々聞こし召した酔いはもう醒めていたけれど、浮き浮きとした明るい気分は、自室に帰ってもまだ続いていた。
【深見】
「約束、か……」
僕は小指を立て、彼女の小指の感触を心の中で再現しようと試みる。
ふんわりとした小さな指を思い出すと、僕の顔に自動的に笑みが広がった。
また蓮華に会える……。
そのささやかな約束が、僕の心の支え、果ては生きる希望になっていたのだった。

僕は蓮華を捜して、[rb,只管,ひたすら]に真っ白な空間を彷徨っていた。
[rb,何処迄,どこまで]も白い世界は、どれ程歩いても何処にも辿り着かない。
果てしなく長い時を僕は費やし、孤独で、寂しかった。
【犬】
「クゥ~~ン……」
【深見】
「あれっ……お前は……!」
降って湧いたように現れた犬が、僕の脚に絡みつくように戯れてくる。
ごく平凡な柴犬である。とても可愛らしく、キャンキャンと鳴く。
【深見】
「よしよし……いい子だね」
構って欲しいらしく、嬉しそうに僕に飛びついてくるのだ。
犬にかまけて随分時間が経ったのかも知れない……気がついたら、遠方に蓮華の姿が小さく見えた。
【深見】
「蓮華……」
視界は白一色であるが、彼女が大きな川の前に立っているのは、何故か分かる。
豊かな水を湛えた川だ。[rb,淙々,そうそう]と流れる川の音が耳に聞こえるようだ。
しかし、その水は薄気味の悪い黒々とした色をしていて、僕はとても不安な気持ちになって、彼女を呼ぶ。
【深見】
「蓮華……!」
あっちに行ってはいけない。
蓮華を呼び戻さなければ……。
【深見】
「!?」
不意に何もなかった場所から、するすると道が植物の蔓のように伸びて、二股に分かれる。
蓮華へ続く道と、其れ以外の道。
【深見】
「蓮華っ……」
僕は蓮華へと至る道を選んで、駆け出そうとする。
ぐいっ……
【犬】
「クゥ~~ン……」
犬が僕を邪魔するように着物の裾を咥えて、引っ張っていた。
『行くな』と言っているようだった。
【深見】
「だ、駄目だよ、お離し。僕は行かなければいけないんだ……!」
【犬】
「クゥンクゥン……!」
しかし、犬は咥えた着物を離そうとはしない。
【蓮華】
「……」
【蓮華】
「……貴方は、来れないのね」
【蓮華】
「さよなら」
【深見】
「蓮華!?」
ざあっと風のような音と共に、蓮華が粉々に飛び散って消滅した。
【深見】
「!?」
蓮華も、犬も、道も、何もかも消えていた。
果てしない純白だけが続く、何もない世界だけが残った。
【深見】
「蓮華……?」
【深見】
「蓮華ーーーーーっっ……!!」
しかし幾ら呼んでも、もう僕の声は誰にも届かない。
さらさらと流れる久遠の河音に、何もかも飲み込まれ、掻き消されてしまうのだった。
【深見】
「ハッ……!!」
僕は目覚め、ガバッと頭を上げた。
どうやら自宅の書物机に突っ伏して眠ってしまっていたようだった。今迄顔があったと思われる場所に、涎を垂らしている。
【深見】
「夢、か……」
身体を起こす。そうだ、昨夜は遅くまで仕事をしていて、その儘眠ってしまったのだ。
【深見】
「しかし、変な夢を見てしまったな……」
蓮華に去られる夢だなんて、縁起でもない。
【深見】
「……」
10月7日、土曜日。
皇さんの食事会の日から……約一週間が過ぎていた。
女子学園の怪事件の調査なんて、その場のノリで終わるかと思っていたのだが、決してそうではなく……。
皇さんは私立讃咲良学園の学長との面会の約束を取り付けたばかりか、明日から学園の特別講師として一週間の滞在を許可される、という所迄話は飛躍していた……。
皇さんのファンである学長に、調査だけではもったいない、是非とも我が園の学生達に貴重な講義をお願いしたいと、逆に頼み込まれた結果である。
実は皇さんばかりでなく、僕迄も特別講師の肩書を与えられ……内容は任せるから、授業の半分を担当してくれと言われているのだ。
喜んでいいやら悲しんでいいやら分からない、非常に困った状況に陥っているのである。
そして今日は……。
【香恋】
「ハイ、確かにいただきました」
担当編集者の月丘女史が、原稿を取りに来る日だった。
皇さんの直本賞受賞祝賀会の様子を雑誌『妖』で特集記事にしたので、僕も奇妙な出来事として松茸消失事件の事を少し書かせて貰ったのだ。
【深見】
「わざわざすみません……メールで送ればよかったのですが」
今の時代、原稿はメールに添付して送るのが主流だという。皇さんのような大先生ならいざ知らず、僕のような若輩者の為に、わざわざ足を運んで貰うのは申し訳ない。
【香恋】
「そんなぁ! 大切な原稿ですもの。私がきちんとこの手で受け取らないと」
しかし、月丘女史は厭な顔ひとつせず、[rb,何時,いつ]もこうして直接取りに来てくれるのだった。
[rb,其,そ]れは原稿の受け渡しの為だけでなく、僕という人間を気にかけてくれているからなのだと思う。
【深見】
「恐縮です……」
僕は有り難くて頭を下げた。
【香恋】
「そ、そんなぁ……」
月丘女史は頬を赤らめている。
【香恋】
「わ……私がしたくてしてることですので、お気になさらず……」
【深見】
「はい?」
小声でボソボソ呟く女史に問い返す。
【香恋】
「い、いいえっ……な、何でもっ、ありません……」
わたわたする月丘女史。またもや眼鏡が曇っていた。
【香恋】
「……い、いよいよ明日ですね、私立讃咲良学園への訪問は。準備はもうお済みですか?」
気を取り直して、そう尋ねてくる月丘女史。
【深見】
「は、はぁ……準備と言っても、何をしていいのやら……」
皇さんのお供で、僕迄特別講師として赴く事になってしまったのであるが、何もかも初めての経験で、何をどうしていいのやら分からない。
【香恋】
「またまたご謙遜を……深見先生の授業、私も楽しみにしていますよ」
因みに彼女も、恩師である学園長への挨拶と取材を兼ねて、明日は学園に同行してくれる事になっている。
【香恋】
「ふふ……それにしても、深見先生と皇先生とのコラボにご同行できるなんて、編集者冥利に尽きます」
何と、『妖』では、僕と皇さんの『青蜘蛛の呪い』事件簿と称して、地元のグルメや観光スポット等も織り交ぜた特集記事を組むのだという。
【深見】
「コラボなんて……其れは[rb,一寸,ちょっと]僕を買い被り過ぎですよ。単なるオマケですから」
【香恋】
「そんな事ないです、深見先生はもう既にウチの雑誌『妖』の看板作家さんなんですよ! もっと売れっ子だという自覚を持っていただかなくては」
【深見】
「そんな、売れっ子だなんて……一寸照れますね」
とは言うものの、片や直本賞作家で、片や超マイナー怪奇作家……差は歴然である。
【香恋】
「今回の事件をきっかけに、共著でもしていただければ、深見先生の名も全国区ですよ! そうなった暁には、ウチの社も深見先生と皇先生の二枚看板を前面に押し出して、大きく飛躍できますね!」
【深見】
「ハハハハ……そうなればいいですね」
[rb,最早,もはや]月丘女史の妄想が怪事件であった……。
【香恋】
「でも……正直言って私、今回の件で深見先生にご同行していただける事になって、本当に良かったと思っているんです」
【深見】
「え? どうしてですか」
【香恋】
「皇先生って、天才肌であるが故に、結構常識が通じないところが多いと思うんです……」
【深見】
「ハハ……確かに、そういうきらいはあるかも知れませんね」
【香恋】
「それに、精神分析にしても、何だか人を極端に俯瞰して見ていて……人間と言うよりは機械が分析しているように冷たくて、血が通っていないみたいで……その見解にも余り共感できないんです」
【深見】
「まぁ、天才というものは、その辺普通の人とは違うんでしょうね」
確かに、見た目も彫刻みたいに整っているし、あの冷たい美貌は何処か感情を排したような所があるから……。
【香恋】
「その点、私に言わせれば、深見先生のほうが温かくて……人間的にはずっとバランスが取れていると思います」
心の内を吐露するように月丘女史は言った。
【深見】
「そ、そうですかぁ? 僕なんか、怪談キチの駄目人間ですよ……」
【香恋】
「いえ、立派な良心回路をお持ちですよ」
【香恋】
「だから私は、何よりその優しい心の持ち主の協力が、皇さんには必要だと思っています」
月丘女史が優しく微笑む……。
【深見】
「……ハハハ」
僕は照れくさくなって頭を掻く。
思えば、初対面の時も、彼女は微笑んでいた。
【香恋】
「私がこれから深見先生を担当させていただく月丘香恋です、よろしくお願いいたします」
【深見】
「はぁ……こちらこそよろしくお願いします」
こんなに綺麗な編集さんがいるのかと、驚いた覚えがある。
【香恋】
「ホラー作家の先生を担当するのは初めてなので、色々教えてくださると助かります」
【深見】
「えーと、以前はどんな……?」
【香恋】
「経済誌の方にいたんです。だから、文芸は初心者で……」
【深見】
「そ、そうなんですか……僕は、どうもそっち方面には疎くって」
【香恋】
「私も、大学で心理学を専攻していたので……数字とのにらめっこは性に合いませんでしたが、なんとかなるものですよ」
謙虚に微笑む姿に、滲み出る知性が感じられた。
【深見】
「[rb,此処,ここ]の出版社だと、確か経済誌と言えば花形ですよね……そちらでご活躍されていたのに、どうしてこんな……あ、こちらに?」
何を間違ってこんな理知的で美しい人が、ディープな怪奇雑誌等に飛ばされて来てしまったのか甚だ疑問だった。
【香恋】
「いいえ、私の希望でこちらに移らせてもらったんですよ」
【深見】
「何と」
世の中やはり不思議な事は多いなぁ……とつくづく思う。
【香恋】
「怪奇小説は古くは『雨月物語』など歴史もありますし、とても興味深いジャンルだと思います」
【深見】
「そうですよね! 『雨月物語』はやはり原点にして至高! 『蛇性の淫』なんかは中国の『白蛇伝』や『安珍清姫』の派生として、比べてみるのも面白いですし、映画も素晴らしくロマンチックで……」
【深見】
「他にも『浅茅が宿』や『夢応の鯉魚』のような、しみじみと幻想的なものもあれば、『吉備津の釜』のような、まさにホラーといった作品迄、実に幅が広い!」
【深見】
「否、怪奇小説というジャンルこそが、恋愛あり、感動あり、そして何より重要な恐怖ありの、懐の深いものなのですよね、僕は一怪奇作家として、怪奇小説をもっと世に広めたいと……」
【香恋】
「……」
【深見】
「ハッ……! す、すみません……初対面なのに……」
怪奇小説に興味を示してくれた事が嬉しくて、つい一席ぶってしまった……。
【香恋】
「いいえ、素敵です……こんな情熱を持った方だったとは」
【深見】
「え……?」
下手をするとマウンティングとも思われそうな僕の言動を、月丘女史は笑って許容してくれたのだ。
【香恋】
「これから、二人三脚で頑張らせて下さいっ!」
【深見】
「は、はい……!」
[rb,其,そ]れが、月丘女史との、出会い……。
僕の中でも、大切な思い出だ。
思い出から、ふと我に返った。
【香恋】
「じゃあ、明日への活力を養うために、今日は美味しいものでも食べて、ゆっくりお休みになってくださいね」
月丘女史がまとめに入っていた。そろそろ辞去するつもりなのだろう。
もう少しお喋りでもしたい気もするが、そんなふんわりとした理由で若い女性を引き止める訳にもいかない。
【深見】
「否ぁ……今日も[rb,何時,いつ]もと変わらず、独身者の味方カップ麺で済ませますよ……」
【香恋】
「ええっ!? そんなの、だめですよぉ!」
素っ頓狂な声を上げる月丘女史。
【深見】
「え、駄目と言われましても……」
【香恋】
「自炊って、されないんですか?」
【深見】
「はぁ、からきし……」
【香恋】
「せめて、出前でも……」
【深見】
「生憎、給料前なもので……」
【香恋】
「……」
呆れてしまったのか、声も出ないようだ。
【香恋】
「もうっ……分かりました」
【深見】
「へ?」
【香恋】
「待っていてくださいっ!!」
月丘女史はすかさず立ち上がると、足音も荒く玄関から出て行ってしまった。
【深見】
「……」
一体彼女は何処へ行ってしまったのだろう……。
『待っててください』と言うからには、帰ってしまった……訳ではないのだろうか。
僕は彼女の不在で急にガランとしてしまった部屋で、一人ぽつねんと座していたのだった。
【香恋】
「はいー、出来ましたよー」
【深見】
「おおっ……」
月丘女史は帰ってしまった訳ではなく……。
近所のスーパーでササッと買い物を済ませると、僕の家にとんぼ返りして、手作りの夕食を用意してくれたのだった。
【深見】
「へぇ……す、すごいなぁ……」
豪勢なご馳走が目の前に並べられている。一人暮らしを始めたばかりの頃に買った儘、虚しく出番のなかった食器達が、華を添えられて喜んでいるように見えた。
【香恋】
「すごくなんかないですよ……」
【深見】
「否、うちの食器が見違えました。スーパーで買ってきた惣菜とは全然違いますよ。感動だなぁ」
【香恋】
「もうっ……やめて下さい、恥ずかしいから……見るだけじゃなくて、早く食べちゃって下さい」
顔を真っ赤にしながら、本気で恥ずかしがっている様子だった。
【深見】
「分かりました……其れでは、食べるのが惜しいですが……こちらの煮物から」
パクリ!
【深見】
「ん……」
【香恋】
「どうですかぁ……? お味のほうは」
心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
【深見】
「んっっんまあぁぁいぃぃ!!」
こんなにも美味しい家庭料理を食べたのは久しぶりだったので、思わず声が出てしまった。
【深見】
「否、お世辞抜きに本当に美味しいですっ! この焼き魚も頂いて……(パクっ、モグモグ……) ん~っ! 仄かに甘くてジューシー……最っ高ですっ!」
【香恋】
「よかったぁぁ~……」
ホッと胸を撫で下ろす月丘女史。
【深見】
「美味いなぁ……箸が止まりませんよ、ハハハハハ」
美味しい物を食べると、気分迄明るくなる事を実感する。
【香恋】
「そう言って下さると、嬉しいです。ありがとうございます」
【深見】
「何を仰っているんですか! 感謝したいのはこっちの方っ……」
食べ物を口一杯に頬張りながら喋った所為で、その一部が口の端からポロリと溢れる。
【深見】
「おっと……」
慌てて其れを取り繕おうとして……。
バシャッ
テーブルの上の味噌汁をひっくり返してしまった。
【深見】
「熱っ……!」
溢れた味噌汁は、無残にも僕の右太腿の上にぶち撒けられていた。
【香恋】
「たいへんっ!」
月丘女史は電光石火の勢いで僕の隣に飛んできて、状況を確認するや、やれ布巾だの、濡れタオルだのを持ってきてスピーディーに状況に対処してくれた。
【深見】
「……すみません」
【香恋】
「やけど、しませんでしたぁ?」
【深見】
「大丈夫です」
【香恋】
「本当、気を付けてくださいね」
【深見】
「すみません……ご迷惑おかけしてしまって」
【香恋】
「迷惑だなんて……」
月丘女史は僕の隣りに座って、太腿を濡れタオルで冷やしてくれている。
僕はじっと静止して、彼女の介抱を受け入れていた。
月丘女史の精緻に整った横顔が、僕の目の前にある。
【香恋】
「……」
【深見】
「……」
何か喋らないといけないと思うのだが、上手い言葉が出てこない儘、時間だけが過ぎてゆく。
【深見】
「……」
寄り添うように傍にいてくれる月丘女史から、仄かな体温が伝わってくるのを感じる。
タオル越しではあったが、彼女の両手が内腿に触れている感覚が僕の思考を麻痺させていく……。
【深見】
「あの……」
【香恋】
「え?」
【深見】
「あ、ありがとう、ございます……もう、大丈夫です」
【香恋】
「あ、ああっ! つ、つい……す、すみません」
飛び退くように立ち上がる月丘女史。
【香恋】
「あのぉ~……一応、まだ冷やしておいたほうがいいですよ……あはは」
僕の太腿に乗せられた濡れタオルを見て月丘女史が言った。
【深見】
「……そうですね」
落ち着いているふりをしてみたものの、僕の心臓のドキドキは、中々収まりそうになかった。
【香恋】
「あ、そうだ!」
急に驚いたような声を出す月丘女史。
【深見】
「ど、どうかしました!?」
驚き返す。
【香恋】
「おビールのこと、すっかり忘れてました」
冷蔵庫からいそいそと、キンキンに冷えた500ml入の缶ビールを持ってくる。
【香恋】
「おひとつどーぞ」
にこやかに笑って、僕のグラスにビールを注いでくる月丘女史。
【深見】
「ありがとうございます」
しかし、僕ばかり食べたり飲んでいたりしては申し訳ない。
【深見】
「あの……月丘女史もおひとつ如何ですか?」
手酌のポーズをとって、月丘女史にビールを勧めてみる。
【香恋】
「いいんですか?」
【深見】
「勿論です!」
僕はニッコリと笑顔で返した。
【香恋】
「じゃあ、いただこっかな」
月丘女史は嬉しそうに、料理が乗っているテーブルを挟んで正面に座った。
仕切り直して食事を再開する。
【深見】
「其れにしても、また……冷えたビールと一緒に食べる美味しい料理は、格別だな~」
【香恋】
「作った甲斐がありました~」
喜んでいる月丘女史には悪いのだが、僕は正直な所、先程の緊張で味がよく分からなくなっていた。
【香恋】
「……でも、嬉しいです。私こういうの、憧れていたんですよ。好きな男性に、手料理をご馳走するの……」
月丘女史は僕を見て優しく微笑む。
【深見】
「そ、そうでしたか……否ぁ、好きな男性じゃなくて、僕のような男で、残念でしたね」
はぐらかすようにビールを飲んで、反射的に返事をした。
【香恋】
「い、いえ、そうじゃなくて……」
【深見】
「まあ、僕なんかでも[rb,屹度,きっと]、予行練習ぐらいにはなるんじゃないかな、ははは……」
【香恋】
「あ、あはは……」
月丘女史は苦笑いを浮かべていた。
彼女の苦笑いの意味が分からない。そもそも僕は人の気持ちを推し量る事が苦手だ。
その時はたと思い当たる。もしかしたら僕は、女性と二人きりで食事をするのは初体験ではないのか?
【深見】
「(かぁーーーっ……!)」
[rb,拙,まず]い……アルコールの所為もあって、どんどん頭が沸騰してくる。
意識すればする程、[rb,此,こ]れから何を話せばいいのか、どう振る舞っていいのか、さっぱり分からなくなっていく。
【香恋】
「まあ、いいです……いっぱい、食べてくださいね」
月丘女史はそう言って微笑むと、食べる僕をじっと見つめてくる。
【香恋】
「…………」
【深見】
「ど、どうかしましたか……」
緊張して、何か食事の作法を間違えたのではないかと不安になる。
【香恋】
「別に……見ているだけです」
【深見】
「は、はぁ、照れますね……」
見られているだけで、意識してしまうなんて、僕はどうかしている。
【香恋】
「ふふ……『アイコンタクトの心理』ってご存知ですか」
【深見】
「何ですか、それは?」
【香恋】
「男性は、特定の女性から見られれば見られるほど、相手の女性を好きになってしまうという実験結果があるんですよ」
【深見】
「え、本当ですか?」
【香恋】
「ええ、だから、深見先生のことずっと見つめていたら、先生は私を……」
【深見】
「え……?」
【香恋】
「ふふっ……何でもありません……」
眼鏡を曇らせながら微笑む月丘女史。
【深見】
「はは……」
【香恋】
「こうして一緒にお酒を飲んでいると、思い出します。去年の忘年会で……深見先生に、ご相談に乗ってもらったこと……」
【深見】
「そ、そんなこと、ありましたっけ?」
凡そ頼り甲斐のない僕である。
【香恋】
「はい……私、以前から作家になりたくて……心理学を勉強したのも、人間心理を多角的な視点から描きたかったからで……」
【香恋】
「でも……中々これだっていう作品が書けなくて……やめちゃおうかなって……先生にご相談したんです」
【深見】
「あ、あぁ……そういえば……」
【香恋】
「あの時……深見先生、言ってくださいましたよね? 私なら出来るって……」
【深見】
「ええ……」
そうだ……あの頃は、丁度蓮華が、僕の小説を読んだと言ってくれた頃で……。
【香恋】
「完成したら、是非読みたいって、言ってくれました……」
人に自分の作品を読んで貰える事が、どんなに嬉しい事か、痛感していた時で……。
【香恋】
「私、深見先生の言葉を聞いて、また頑張ろうって、思えたんです」
月丘女史に、自分の姿を重ねて、応援していたんだ。
【深見】
「……」
【香恋】
「あなたの、そういうところが、やっぱり私……」
【深見】
「はい? 何か言いました?」
【香恋】
「い、いえ……ビール、もっといかがですか?」
月丘女史の話に聞き入っているうちに、一本目のビールはとうに空っぽになっていた。
【深見】
「は、はい、じゃあ……」
月丘女史は冷蔵庫から二本目のビールを出して、勧めてくる。
【香恋】
「それでは、お注ぎしますね」
お酌をする為に再び寄り添ってくる月丘女史。その拍子に彼女の大きな胸が、グラスを持った僕の二の腕に微かに触れる。
【深見】
「!」
[rb,真逆,まさか]……と思うが、やはり胸は当たっている。僕の二の腕のその部分が、全神経が集中しているかのように敏感になる。
腕を動かすのも変に意識しているみたいだし、この儘やり過ごそうと微動だにせず姿勢を保っていると、其れが次第に押し付けられてくるように感じてしまう。
【深見】
「……」
わざと……じゃないよな? 月丘女史がわざと胸を押し当ててくるなんて……。
【深見】
「(どきどき!)」
胸の谷間に、二の腕の半分が埋もれた状態になった。
【香恋】
「どうぞ」
【深見】
「え! (ドキン!)」
ど、どうぞって……!?
【香恋】
「おビール、注ぎ終わりましたよ……」
僕の右手のグラスは、見事、泡と液体が7:3の黄金比率で注がれたビールで満たされていた。
【深見】
「び、ビールね……ハハハハ」
何か、変な想像しちゃったな……自分を戒めた。
【香恋】
「(にこっ……)」
月丘女史もビールに酔ったのだろうか……頬が赤く染まり、瞳が[rb,一寸,ちょっと]潤んでいる。
僕は月丘女史に勧められる儘、グラスを空ける。
月丘女史の作ってくれた、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、美味しいお酒を飲み、楽しい会話をし……[rb,何時,いつ]しか夜も遅くなっていった。
【香恋】
「……それにしても、先生はどうして、そんなに怪談がお好きなんですか?」
【深見】
「うん? そうですねぇ……」
彼女にそんな質問をされた頃には、僕はもう充分酔っ払ってしまっていた。
酔った[rb,所為,せい]だろうか、今では緊張もだいぶ薄れて、月丘女史に対して親近感すら覚えていた。
【深見】
「僕は子供の頃から、怖い話、不思議な話が大好きだったんですけれども……」
【深見】
「中でも惹かれたのは、[rb,異類婚姻譚,いるいこんいんたん]なんです」
【香恋】
「異類婚姻譚? あの、雪女のような、ですか……」
【深見】
「はい……手塚先生の漫画なんかにもよく出てきますけど、美女だと思って恋をしたら、その女性は人間じゃなかった……[rb,所謂,いわゆる]人間とは異なる種類の存在と人間とが結婚する説話です……」
【香恋】
「主人公が動物を助けて、その後恩返しに……っていうのが、パターンですよね」
【深見】
「そうですね……研究者によると、おおまかに六つの要素で構成されていると言われています。まず一つ目は援助動物を助ける。次に二つ目、来訪動物が人間に化けて訪れる」
【深見】
「そして三つ目は共棲此れには守るべき契約や規則があるんですが、鶴の恩返しなんかで出てくる、決して機を織ってる私を見ないでください、みたいな……」
【香恋】
「いわゆるカリギュラ効果というものですね、禁止されるほどやってみたくなる……」
【深見】
「そうですね……読者は見なきゃいいのにと思うけれど、どうしても見てしまうんですね」
【深見】
「ええと、話は[rb,逸,そ]れましたが、四つ目が労働つまり人間に化けた動物が富を[rb,齎,もたら]す。五つ目が破局正体を知ってしまう。最後の六つ目が別離……」
【香恋】
「別離……悲しい話が多いですよね」
【深見】
「はい……鶴女房にしても、蛇女房にしても、彼女達は美しく、働き者で、富を[rb,齎,もたら]す……其れなのに、主人公の夫ときたら、タブーを犯して結局彼女達を失ってしまう……」
【深見】
「僕は何時も歯がゆく思ったものです……僕だったら、決してそんなミスは犯さないのにと……」
【香恋】
「……深見先生……」
【深見】
「はは……どうも話が脇道に逸れがちですね……つまり、何で僕がそういう不思議な話や怪談に興味を惹かれたかというと、ですね……」
【深見】
「鶴女房や蛇女房のような……未知の存在……美しい、異形の者への憧れ……」
【深見】
「そういう者が何時か……僕を知らない世界へ連れて行ってくれるような、そんな気がして……」
話しながら、僕の視線は宙を彷徨う。
そう、僕は……脳裏に彼女を思い浮かべていたんだ。
何時しか僕は彼女の事を、異類婚姻譚の花嫁達と[rb,擬,なぞら]えていたのかも知れない。
僕は自分の存在をずっと希薄に感じていた。
僕のいるべき場所は此処ではないという思いに、ずっと囚われていたような気がする。だから何時も何かを捜していた。
逃避したかったんだ。
何処か違う世界に。
蓮華と……。
【香恋】
「先生っ……!!」
ドンッ!
【深見】
「えっ!?」
どうしてこういう事になったのか、よく分からない儘……。
気がつけば、壁ドンならぬテーブルドンの状態で、月丘女史が僕の胸の中に飛び込んで来ていたのだった。
【香恋】
「深見、先生……」
至近距離で、僕を見つめてくる月丘女史。
唇と唇が触れ合ってしまいそうな程近い。
【深見】
「つ、月丘、女史……」
急展開に頭がついていかない。
ただ彼女の甘い吐息や、体温や、女性らしい肉体を間近に感じて、戸惑っているばかりだ。
【香恋】
「私じゃ、駄目、ですか……?」
【深見】
「えっ……」
思いがけない事を言われる。
【香恋】
「先生は、いつもそう……」
【深見】
「な、何がです……」
【香恋】
「いつもそうなんですっ……いつも、違うところばかり見て……」
【香恋】
「『ここではないどこか』ばかり見て……」
【深見】
「……」
【香恋】
「現実の、目の前のことには無関心で……今目の前にいる、私のことにも、無関心で……」
【深見】
「月丘女史……」
【香恋】
「見てほしいんです、私の事……!」
【香恋】
「いるかいないか分からない、幽霊や、未知の存在なんかじゃなくて……」
【香恋】
「今ここにいる、私の事、見てほしいんですっ……」
そう言って……ほっそりした肩を震わせながら彼女は……。
【香恋】
「あなたのそばにいると……胸が、ギュッと締め付けられる感じで……感情が抑えられなくなるんです……」
【香恋】
「変な振る舞いばっかりで……イタい女と思われてるかもしれないですけど……」
僕をじっと見つめていた。
私は此処にいるのだと。その大きな目で、自分の存在を、僕の目に焼き付けるように……激しく見つめていた。
【深見】
「……」
僕は……彼女から目が離せなかった。
まるで魔法にかけられたように……彼女の言葉がガンガン頭の中で響いていた。
『私を見て。私を見て。』と。
【香恋】
「……せんせいっ」
僕は……。
【香恋】
「私、先生が……」
【香恋】
「好き、ですっ……」
【深見】
「……」
僕は……。
【深見】
「あ、ありがとう……」
自分でも思ってもみなかった言葉が、不意に口をついて出た。
【深見】
「でも、ごめんなさい……」
【香恋】
「……」
【深見】
「あ、あの……勿論あなたが悪いんじゃないです……あなたは僕なんかにはもったいない、素晴らしい人です……」
自分でも言い訳がましいと思ったが、彼女が素敵な人だという事は事実だ。
本来なら……僕だって、彼女のような人とお付き合いしたいと、心の底から願っていた筈なのだ。
【香恋】
「……でも、だめなんですか……」
彼女は俯き、ポツリと言う。
【深見】
「……はい」
否定してあげたかったけど、どうしようもなかった。
僕の頭の中に、彼女の姿が、浮かんでしまったから……。
【香恋】
「分かり、ました……」
月丘女史は悲しそうに、其れでも聞き分けよく頷いてくれた。
【香恋】
「なんとなく、分かってました」
【深見】
「え……」
【香恋】
「深見先生の心の中には……誰かがいるって……いつも感じてました」
【香恋】
「それが私じゃなくて……残念ですけど」
月丘女史は、儚い笑顔を浮かべた。その眼に涙が光っているのを、僕は見ないふりした。
【香恋】
「だめですね……心理学なんて勉強していても、現実の恋愛では、さっぱり……」
【深見】
「月丘女史……」
【香恋】
「……じゃあ、帰ります、私。お邪魔しました」
【深見】
「あ、駅迄送りますよ……」
【香恋】
「大丈夫です……駅まで遠くないですし、商店街を通って帰りますから」
【深見】
「そう、ですか……」
【香恋】
「じゃ、また明日……失礼しまーす」
彼女は軽く頭を下げて、駆けるように去っていった。
僕は窓を開けて外を眺めた。
鋭い靴音を響かせながらアパートの階段を下りてきて、駅の方へと走っていく月丘女史の後ろ姿が見えた。
僕はその姿を目に焼き付ける。
僕が失ってしまったものの、美しさを。
【深見】
「……」
独りになって、後悔を感じなかったと言えば、嘘になる。
けれども……。
【深見】
「[rb,此,こ]れで、よかったのだ……」
もう寝よう……明日は早起きをして出かけなければいけないのだ。
明日は[rb,屹度,きっと]蓮華に会える。
僕は[rb,虞,おそ]れのような気持ちで、明日を待った。

【深見】
「つ、月丘女史……僕は……」
【香恋】
「深見先生……」
僕が口を開こうとすると、月丘女史が更に身体を寄せてくる。
【香恋】
「ごめんなさい……私、深見先生を困らせてますね……」
【深見】
「い、否、僕は……」
【香恋】
「いいんです、私……」
月丘女史はしなやかな指で僕の唇を塞ぐ。
【香恋】
「今夜だけでも、いいんです……」
【香恋】
「今夜だけでも、あなたの、恋人になりたい……」
そっと僕にもたれかかってくる月丘女史。
【深見】
「(ドキドキドキ……!)」
僕は、現実の、しっかりとした重量を持った彼女の肉体に、圧倒されていた。
酔っていたせいかも知れない……。
しかし、僕は初めて触れる柔らかな生身の乙女に、夢中になっていた。完全に判断力を失っていた。
【深見】
「つ、月丘女史……」
【香恋】
「私、魅力、ないですか……?」
上目遣いで僕を見ながら、猫のように身体を擦り寄せ、しなだれかかってくる月丘女史。
【深見】
「そんな事ないです、魅力的です、あなたは……!」
【香恋】
「……良かった……」
妖艶に微笑む月丘女史……。
その時……僕の蓮華に対する、憧れとも恋とも言えない、何とも名前のつけようのない気持ちは……。
月丘女史の血の通った肉体を前にして……まるで現実には存在しない蜃気楼のように……。
儚く消え失せていたんだ。
【香恋】
「先生も、とっても魅力的です……」
【深見】
「そ、そんな僕なんか……」
【香恋】
「本当ですよ……だって、先生のことを想って、私……一人で、何回も……」
熱に浮かされたような潤んだ眼差しを僕に向けてくる月丘女史。
【深見】
「え、一人で……」
【香恋】
「はい……あなたの顔を思い浮かべながら……ひとりで、気持ちよく、なっちゃってました……」
【香恋】
「はしたないですよね……でも、本当の事です……私、先生のことを考えると……はしたない女になってしまうんです……」
はぁ、はぁ、と吐息まで熱さを増している月丘女史。僕に触れている肌も、体温が高くなってきている。
【香恋】
「あなたのことを考えるだけで、私……身体が、熱くなって……心臓が破裂しそうなほど、ドキドキ、して……」
僕の手を握り締め、自らの胸へと導く。
【深見】
「あっ……」
【香恋】
「ほら、熱いでしょう……? 私の身体……火照っているでしょう……?」
恍惚の表情で囁く月丘女史。僕の手で、彼女の胸を弄らせる。
【深見】
「あ、あぁ……」
月丘女史の胸に触れてしまっている……。
服の上からではあったけれども、彼女の大きな胸……その弾力も柔らかさも、ぽってりとした乳首の膨らみまで、僕の手のひらで感じてしまっている……!
【香恋】
「ほらぁ……さわって……私の、胸……いっぱい、まさぐってぇ……もみもみしてぇ……はぁ、はぁっ……!」
月丘女史は僕の手を操って、自らの胸を蹂躙させる。僕の手の中で、月丘女史の巨乳は面白いように形を変える。
【香恋】
「柔らかいでしょ……好き、でしょ、おっぱいぃ……はぁ、はぁ……私も、私も好きですぅ……あなたの手で、おっぱいむにむにされるのぉ、だいすきぃ……!」
【香恋】
「興奮しちゃうのぉ……はぁぁっ……あなたの手でこうされてるだけでぇ、興奮、してっ……あぁっ……おっぱいきもちいぃぃっ……あぁっ……!」
月丘女史の声はどんどん甲高く、大きくなっていく、まるで彼女の抑えきれない欲情を現しているかのように……。
彼女はお預けをされた犬のように舌を垂らし、焦点の定まっていないような目で僕を見据える。
【香恋】
「はぁっ、こんなのぉ、もぉ、がまんれきなぁいっ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ……!」
今にも涎を垂らさんばかりの彼女の官能の炎は、激しく燃え上がり、僕の身体にも引火する。
【深見】
「(かぁぁーっ……!)」
股間に血液が集まり、僕は勃起してしまう。
彼女に密着され、熱を持った身体を押し付けられ、豊満な胸を揉んで……僕は、遂に理性の箍が外れてしまう。
僕は彼女に、紛れもない獣欲を感じていた。
【香恋】
「あなたのせいっ……なんですよ、全部……はぁっ……あなたのせいで、私、こんなにいけないこと、しちゃうの……はぁ、はぁ……!」
【香恋】
「あなたのことが、好きで……好きで好きで好きで……私……」
【香恋】
「えっちになりますぅ……どんどん身体が、エッチになっていくんですぅっ……はぁぁっ!」
【深見】
「月丘女史……」
【香恋】
「あなたも、感じてくれてます……? 私の、ときめき……心臓が、物凄くドキドキしてるの、感じますか……?」
ギュッと手を握られ、僕の手がむにゅんと彼女の胸の谷間に埋まる。
【深見】
「か、感じ、ます……!」
彼女の肉体に圧倒され、肉棒が一層膨張していく。
知らない間に着物がはだけてパンツから亀頭がはみ出している。
ビクンビクンとひとりでに脈打ち、このまま放って置いても勝手に射精してしまいそうだ。
【深見】
「っ……」
月丘女史に気づかれない内に、何とか隠したいと思うが……。
【香恋】
「感じて、くれているんですね? 先生も……」
月丘女史の手が、僕の股間に触れる。
【深見】
「うくっ……!」
最初は偶然当たってしまっただけかと思った。けれども月丘女史はしっかりと男根を握りしめてくる。
【香恋】
「嬉しいです……先生のおちんちんも、こんなに、感じてくれてるんですね……! はぁ、はぁ、はぁっ……!」
勃起を見つけて、目の色を変える月丘女史。すかさず肉棒を撫でさすり、飢えた獣のように舌なめずりをする。
【深見】
「あ……あぁ……」
【香恋】
「あぁっ……おおきくなってる先生のおちんちんぅ! ……夢にまで見たあなたのおちんちん……かわいいです……ふぁぁっ……最高ですぅ……!」
月丘女史は、僕の肉竿も、亀頭も、玉袋にさえ指を這わせ、いたる所をさわさわと撫で、くすぐってくる。
【香恋】
「かわいいぃ……おちんちん、かわいいぃ……はぁ、はぁっ……すっごくおおきくなってるぅっ……はぁっ、はぁっ……!」
【深見】
「ふぅっ……くっ……!」
その巧みな指使いに、僕は言葉を失くして喘いでしまう。
月丘女史は人差し指と親指で輪っかを作って、雁部分に沿って指を添え、くるくると回すように刺激してくる。
其れは極めて精緻で男の官能を知り尽くした愛撫だった。
【香恋】
「知ってるんですよ、私……男の人の気持ちいいところ、ちゃんと知ってるんです……あなたのこと、考えながら、エッチなこと、いっぱい勉強したから……」
何気なく手を動かしながら微笑む。その手から途轍もない快楽が生み出されてゆく。
【香恋】
「夜……一人で……あなたを思い浮かべながら……えっちなこと……いっぱい、いっぱい……だから、男の人と、こんなことするの、初めて、だけど……上手でしょう? 私……」
【香恋】
「あなたに、あんなこともしてあげたい……こんなこともしてあげたいって……ふふっ……私、真面目が取り柄ですから……」
【香恋】
「男の人の身体……男の人のおちんちん……こんな風に扱えばいいんですよね……? 私、一人で何回もシュミレーションして、分かってるんだよ……」
【深見】
「あ、あぁっ……月丘女史……!」
息を弾ませながら、僕は身体を捩る。しかし、月丘女史は僕が逃げられないように体重を乗せてくる。
【香恋】
「気持ち、いいんですね?」
彼女の湿った息が僕の頬にかかるだけで、僕はぴくんと身を震わせてしまう。
【深見】
「い、いい、ですっ……」
【香恋】
「嬉しいぃ……私ずっと、先生のこと、こんな風に気持ちよくしてあげたかった……おちんちん、いっぱい可愛がってあげたかったのぉっ……!」
月丘女史は人差し指と中指の二本で亀頭を挟み、刺激してくる。
きゅうっと上に亀頭を引き上げられると、腰がビリビリと痺れ、甘く疼くような快感が胸に突き上げてくる。
【深見】
「くふぅっ……!」
【香恋】
「ふふっ……おちんちん、ピクピクッて跳ねて……元気ですね……いやらしいお汁も、いっぱいおもらししちゃいましたね……?」
鈴口から漏れ出した我慢汁を、ぬちゃぬちゃと音を立てながらマッサージするように肉棒全体に塗り込めていく月丘女史。
【香恋】
「気持ちよくて、出ちゃったんですね……? もう、エッチなお汁で、こんなにおちんちん、汁塗れのヌルヌルになってるよ……」
【深見】
「す、すみません……」
【香恋】
「いいんです、あなたのえろえろジュース、とってもいいにおい……いやらしい匂いで、私の身体も、うずうずしちゃいます……はぁ、はぁっ……」
眼鏡の奥の眼をとろりと潤ませながら、しかし手は動きを止めずカウパーをたっぷり纏った指先で、裏筋を刺激してくる。
【深見】
「うぁっ……!」
緩急をつけたえげつないテクニックで僕を責め立てる月丘女史。
生まれて初めての快楽に僕は玩弄され、虜になってゆく。
【香恋】
「はぁぁ……先生のおちんちん、私が相手でも、こんなに硬く、大きくなってくれるんですねぇ……私のこと、少しは可愛いって、思ってくれてます……?」
【深見】
「お、思っていますよ……あなたは、すごく、可愛くて……エッチだ……!」
【香恋】
「ふぁん……〈ハ〉 そう、そうです……私ってすごいエッチ……」
瞳を色っぽく潤ませながら、月丘女史は嬉しそうに首肯する。
【香恋】
「私は……あなたを想って、一人エッチしちゃう、淫乱なの……あなたのおちんちんのこと考えるだけで、興奮しちゃう、エロエロ女ぁっ……あぁっ……!」
【深見】
「そんな事……ぼ、僕は、嬉しいですよ……」
思わず言ってしまう。
【香恋】
「ほ、本当、ですか?」
【深見】
「本当です……僕なんかのことを、そんなに想ってくれていたなんて……信じられません……」
【香恋】
「信じてください……これが私ですぅ……あなたを好きすぎて、暴走しちゃう……欲望を止められない、ドスケベ女なんですぅ……〈ハ〉」
【香恋】
「こんな私……がっかりします……?」
首を傾げて、縋るような目で僕を見つめてくる月丘女史。
【深見】
「そ、そんなことないです、僕は、好き、ですっ……」
僕は『好き』という言葉を曖昧に使ってしまった。
けれども……今、僕のことを一生懸命気持ちよくしてくれている月丘女史を、僕は好きだと感じていた。
僕は、彼女の気持ちに応えたいと思った。
【香恋】
「う、うれしい、ですっ……その言葉だけで、私っ……私ぃぃっ……!」
月丘女史の手が、今度は上下に動き始める。
きゅっ、きゅっ……!
【深見】
「あ、あぁっ! だ、だめ、ですっ……」
気持ちの良い電流が身体中を駆け巡る。
月丘女史の指が肉竿を擦り上げる度、今にも絶頂してしまいそうな強烈な快美感が走り抜ける。
【香恋】
「だめじゃないですぅっ……もう、焦らさないでください、先生……もう、我慢できません、私ぃぃ……っ!」
月丘女史の、男根を握る力が強くなる。根本から潰すように扱いてくる。
【香恋】
「先生っ……好き、好き、好きィッ……私で勃起してるおちんちん見て、私もう、平静ではいられないのぉっ……おちんちんっ、めちゃくちゃにかわいがりたいっ……私の、手でぇ……っ!」
【香恋】
「ずっとずっとぉ……妄想してたんです……私、こういう場面を、ずっと……大好きな、あなたのおちんちんを……私がぁ……っ!」
【香恋】
「しこしこしてぇっ……ぐちゅぐちゅしてぇ……こねこねしてぇっ……すごくすごく、いやらしいこと、いっぱい、したいってぇぇっ……!」
【香恋】
「そういうこと、考えるだけで……ぱんつが、ぬれちゃうぐらい……あなたが、好き……でっ……!」
【香恋】
「だから、もう、止められないのぉっ……あなたを、好きな気持ち、とめられないぃぃっ……!」
感情の高ぶるままに、荒々しく男根を扱き立てる月丘女史。
【深見】
「あ、あぁぁっ……」
僕も荒ぶる感情を抑えきれなくなる。ただでさえ快感メーターの針はもうすぐにでも振り切れそうだ。
【香恋】
「あぁっ……あぁっあぁっあっ……たくましいおちんちんっ……私の手の中で暴れてるおちんちんっ……好きっ……好きぃぃっ……!」
【香恋】
「こうして、おちんちんシコシコしてるだけでぇっ、あなたの、気持ちよくなってる顔、見てるだけでぇっ……わたしも、わたしもっ……きもちよく、なっちゃうううっ……!」
月丘女史は僕のペニスを扱きながら悶え始める。
【香恋】
「感じちゃう、感じちゃううっ……見てるだけで、おちんちん触ってるだけで……私は何もされてないのに、感じるぅっ……」
【香恋】
「あ、脚の間が、むずむずしちゃうっ……はぁ、はぁ、さ、さわられてないのにっ……おっぱいもっ……はうぅっ……かんじるっ……感じるぅっ……!」
あられもない声を上げる月丘女史。ふと気づくと、彼女は僕の膝に股間を擦り付けてきている。
パンティーやストッキング越しにも、彼女の秘密の部分が熱を持ってじっとりと湿っているのが分かる。その花園をぐねぐねといやらしい腰つきで僕の膝小僧に押し付けてくる月丘女史。
【香恋】
「あぁぁっ……! らめぇっ……こんなことしちゃらめっ……ク、クリッ、こすりつけちゃ、らめぇっ……でもでもぉっ……き、きもちいいいいっ……!!」
【香恋】
「あぁぁ~~~っっ……やめられないぃっ……クリちゃんきもちいいっ……あぁぁっ、せんせい、ごめんなさいぃっ……いやらしい私っ……先生のお膝で、おなにいっ……ひぃいいいいんんっ〈ハ〉」
【香恋】
「オナニーしちゃいましゅっ……あひぃんっ! 膝おなにいっ……は、はしたないっ、はじゅかしいけどっ……やめられなひぃっ! あひいいいいいっ……〈ハ〉〈ハ〉」
乱暴とも言える仕草で、夢中になって膝に股間を擦り付けて来る月丘女史。
その姿は清楚な女史とは思えないぐらい乱れに乱れて、淫らな女のフェロモンを侘しい独身男の部屋中に撒き散らしていたのだった。
【香恋】
「先生もぉっ……おっぱいさわってぇっ……もっとおっぱいさわってぇっ……おっぱいっめちゃくちゃにしてぇっ……先生の手で、おっぱいもみくちゃにしてぇぇーーーっ……ひぃぃんんっ〈ハ〉」
上から僕の手を掴みながら、痛いんじゃないかと心配になるぐらい豊乳を揉みしだかせる。
僕の手の中でぶるんぶるんと上下左右におっぱいは揺れ、むちゃくちゃに暴れ回る。
【香恋】
「あひゃうううううううっ……〈ハ〉 きもひっ……いいいんんっ〈ハ〉 おっぱいもクリもっ……先生にぐちゃぐちゃにされてっ……嬉しっ……最高っ……〈ハ〉 あぁぁ~~っ〈ハ〉」
額に汗し、頬を赤く染め、荒い息を吐き、自ら股間を刺激し、もじもじと腰を揺らしながら、ぎゅっと男根を握り締め、擦り続ける月丘女史。
【香恋】
「ひぁぁんんっ〈ハ〉 も、もうっ、きちゃううっうっんんっ〈ハ〉 クリちゃんビリビリッ、こんなにいいのっ、はじめてぇっ……自分の手でするのと、ぜんぜんちがうのぉぉぉんっ〈ハ〉」
【香恋】
「きもひぃっ〈ハ〉 あなたにみられてるとおもうとっ……余計にかんじるのぉぉっ〈ハ〉 いやらしいわたしっ……えっちなわたしっ……エロエロなわたしっ……見られてっ……〈ハ〉」
【香恋】
「見てぇっ……もっとみてぇっ……ふしだらなどエロ女見てぇっ……あなたの手でめちゃくちゃに感じまくってるドスケベ女、見てぇっ……じっと見てぇっ……〈ハ〉」
【香恋】
「あなたにみつめられながら、イキたいのぉおっ〈ハ〉 みられながらいっひゃうっ〈ハ〉 だらしないかおっ〈ハ〉 よだれたらしながらイクとこっ……みてぇぇっっ〈ハ〉」
【香恋】
「いっひゃううううっんんっ〈ハ〉 もうとんでっちゃうんんっ〈ハ〉 きもちよしゅぎてっっ……あひぁぁっぁあっぁぁぁっぁっーーー……〈ハ〉」
もう恥や外聞もなく、自らの快楽のみを求める月丘女史……。
そんな彼女の姿を見ていると……。
【深見】
「あぁっ、僕はもうっ……!」
射精のカウントダウンに入ってしまった。
此れ以上はもう持ちそうにない。
【深見】
「イキますっ……」
【香恋】
「イッてぇぇっ……! くひぃんっ〈ハ〉 イッてくりゃさいっ……私も、私もぉぉぉぉっ……!」
歯を食い縛って苦しそうに身悶えする月丘女史。彼女の快感も極限まで高まってしまったらしい。
【香恋】
「イキますぅっ……あぁぁっ、あなたのおちんちん、手コキしながらイッちゃうううっ……! 貴方のお膝でオナニーしながら、膝ニーしながらぁっ、イッちゃいますうううううっ……!!」
頻りに股間を僕の膝に擦り付けてきて、ぶるんぶるんとその大きな胸を揺らしながら、切ない声を上げるのだった。
【深見】
「あぁっ……!」
【香恋】
「あぁぁぁーーーーーーっ……いくいくいくぅっ……! 淫乱くりとりすぅっ……勝手に感じちゃっていくぅっ! あなたのたくましいびんびんおちんちんと一緒に、いっちゃううううっ……!!」
どびゅるるるるるるるるるるるーーーっっ!! びゅるるるるるるるーーっ!! びゅぎゅるるるるるるるーーっ!!
【香恋】
「あぁぁぁんんっ〈ハ〉 はぁぁぁーーーっ……〈ハ〉」
僕の射精と同時に、びくんびくんと身を震わせて、アクメに達したらしい月丘女史……。
【香恋】
「あ、ああぁあぁぁ……イッちゃった……私……はぁ、はぁ……」
【香恋】
「先生のお膝、気持ち、良かったです……とっても……〈ハ〉」
恥じ入るように眼鏡を曇らせ、小さな声で呟く月丘女史が、僕にはとても可愛く、愛おしく見えた……。
【香恋】
「すみませんでした……私……」
月丘女史は乱れた衣服を直すと、僕に頭を下げた。
【深見】
「え……どうして……」
【香恋】
「深見先生にも、迷惑かけちゃいましたね」
【深見】
「そんな……」
【香恋】
「私、今日は帰りますね……」
くるっと僕に背を向け、玄関に向かう月丘女史。
【深見】
「つ、月丘女史……待って下さいっ……!」
僕は彼女を呼び止めた。
この儘彼女を帰してしまったら、先程のあの目眩く愛の行為が無になってしまいそうで怖かった。
そうだ、あれは間違いなく愛の行為だ。
僕は嬉々としてあの行為を……月丘女史を受け入れた。もっとやって欲しいとさえ思っていたのだ。
まだまだ足りないとさえ……。
僕は……。
【深見】
「ぼ、僕は、あなたがっ……!」
【深見】
「す、すすすすすっ……!」
【香恋】
「くすっ……」
月丘女史は、不器用な僕を見て優しく微笑むと……。
【香恋】
「ちゅっ……〈ハ〉」
僕の唇に、甘いキスをしてくれた。
【深見】
「……」
【香恋】
「好きです……深見先生……」
【香恋】
「明日から……ずっと一緒にいられますね」
【深見】
「は、はい……」
【香恋】
「これから二人でいっぱい……楽しいこと、できますね〈ハ〉」
そう言って月丘女史は、目元に色気を滲ませながらニッコリと微笑んだのだった。
【深見】
「は、はい……!」
その後、僕は月丘女史をタクシーが拾える場所まで送っていき、彼女が帰る姿を見届けた。
家までの帰り道……。
蓮華の事を考えるともなく考えていた。
【深見】
「……」
彼女と僕との関係は、果たして何だったのか……。
僕の、蓮華に対する、恋とも呼べないような淡い感情……。
そんな、不安定なものでしかなかったのか。
彼女といると、創作意欲が湧いて、自分もいっぱしの作家になれたような気がした。
彼女の不思議な力に……彼女の持つ万華鏡に、精神的に頼り切っていたのだろう。
しかし、此れからは……。
【深見】
「大人にならなければ……」
蓮華に頼らずとも、僕独りでしっかりと立っていく。
月丘女史も、傍に居てくれる。
卒業、しなければいけないのだ。蓮華から。
【深見】
「……」
寂しい気持ちが大きい。
けれども、何時かこんな日が来ると、頭の片隅では、覚悟していた気がする……。
【深見】
「さよなら……」
今朝見た夢の中の蓮華に返すように、呟く。
僕は……自分のモラトリアムな時間が終わったのだと……何処か清々しい気持ちで理解していたのだ……。

そして翌日……。
【皇】
「あ、来た来た……僕を待たせるなんて、百年早いなぁ」
【香恋】
「おはようございまーす、深見先生」
【深見】
「おはようございます……遅れてすみません」
【香恋】
「ここまで迷わずにいらっしゃれたんですねぇ、偉いです」
5分程遅刻したにも関わらず、僕を労ってくれる月丘女史。
【皇】
「ええ? ここまで来ただけで褒めるの? 僕のことは褒めてくれなかったよね?」
【香恋】
「はい。私は人を見て、その人に合った適切な対応をするように心掛けています」
【皇】
「どういうこと?」
【香恋】
「深見先生は褒められて伸びるタイプです」
【皇】
「僕は?」
【香恋】
「逆境にお強いタイプかと」
【皇】
「ええ~~? 僕って大抵どこへ行ってもちやほやされるタイプなんだけど?」
月丘女史はビジネスライクな微笑みを返した。
【皇】
「でもそういうの、逆に新鮮かも」
【香恋】
「じゃあ、深見先生、行きましょうか」
【深見】
「は、はい……」
10月8日、日曜日。
天高く馬肥ゆる秋の日……。
街頭で待ち合わせた僕と月丘女史と皇さんは、一路、私立讃咲良学園を目指し出発したのだった。
昼過ぎに僕達は目的地の駅に到着した。
【香恋】
「うーん、気持ちがいいお天気ですね~」
田舎の新鮮な空気を吸い込み、大きく伸びをする月丘女史。振り向いて微笑んだ顔が、[rb,何時,いつ]もの事ながら美しい。
【深見】
「はい……」
【香恋】
「昨日は……」
【深見】
「き、昨日は、ご馳走様でした! ……美味しかったです」
月丘女史に話しかけられた途端、美女を眼の前にした中学生男子のように緊張してしまう。
【香恋】
「……太腿……大丈夫でした?」
【深見】
「お陰様で……」
【香恋】
「それはよかったです」
【深見】
「……」
僕は昨夜の一件を思い出していた……。
僕にとっての初めての経験……。
眩いばかりの、幸福の時だった……。
【皇】
「さあ、行こうか」
後から電車を降りた皇さんに促され、僕は物思いから覚める。
【深見】
「は、はい」
……しかし、一夜明けると、あれが本当に起こった事なのか、不安になってくる。
月丘女史が素敵女子過ぎて、今日はまだ彼女の顔をまともに見れていない、情けない僕なのだった。
【深見】
「昨日は、ご馳走様でした……美味しかったです」
何かを言おうとした月丘女史をはぐらかすように……僕は社交辞令で切り抜けた。
【香恋】
「……太腿……大丈夫でした?」
[rb,一寸,ちょっと]淋しそうな表情で僕を気遣ってくれる月丘女史に心が痛む……。
【深見】
「お陰様で……」
【香恋】
「それはよかったです」
けれども月丘女史はニッコリと笑ってくれた。
【深見】
「……」
僕は昨夜の一件を思い出していた……。
僕が彼女を傷つけてしまったのではないかという事……。
【皇】
「さあ、行こうか」
後から電車を降りた皇さんに促され、僕は物思いから覚める。
【深見】
「は、はい」
皇さんがいてくれるお陰で、昨日の今日で月丘女史と顔を合わせる気まずさも大分緩和され、内心ホッとしていた。
今日はまだ彼女の顔をまともに見れていない僕だったのだが、月丘女史もこだわらない態度で接してくれるので、有難かった。
【香恋】
「よいっ……しょっ!」
その月丘女史が、気合を入れてやけに大きなボストンバックを抱える。
【皇】
「しかし……その荷物……どうしたんだい? 随分重そうだけど」
僕も先程から気にはなっていたのだが、一体何が入っているのだろう……。
【深見】
「[rb,其,そ]れ、旅館に送らなかったんですか」
当座の着替えやその他必要な荷物は、前もって旅館に送る事になっていた筈なのだが……。
【香恋】
「はい、中々そうもっ……いかなくて」
本当に重そうである。
【皇】
「そんなに重いの? ちょっと貸してみて」
【香恋】
「え……重いですよ」
【皇】
「いいから」
皇さんは興味津々に月丘女史の荷物を受け取った。
ズシッ……!!
【皇】
「うっ!」
月丘女史から渡された荷物を両手で抱えた儘、ピタリと動かなくなってしまった皇さん。
【深見】
「皇さん……どうかしました!?」
【皇】
「ふ、深見くん……ちょっとこっちに来てくれたまえ」
目顔で近くに来るように合図する皇さん。
【深見】
「何です?」
【皇】
「パス、パス……」
バッグを僕に差し出してくる。
ズシッ……!!
【深見】
「お、重っ!! な、何ですかっ此れっ!」
余りの重さに、腰を抜かしそうになる。
【香恋】
「大事なものなんですぅ……えへへへ」
月丘女史が、照れくさそうに笑っていた。
【皇】
「よくこんな重いもの、ここまで持ってきたね」
【香恋】
「使命と心得ております!」
キラリと眼鏡が光った。
【皇】
「折角だから、このまま深見くんに運んでもらったらいいんじゃない? 女性にこんな重いもの持たせておく訳にもいかないだろう」
僕の肩をポンッと叩き、涼しい顔で歩き出す皇さん。
【深見】
「(自分は全く動けなかった癖に!)」
【香恋】
「深見先生、私持ちますから……返して下さい」
皇さんを恨めしく思っていると、[rb,其,そ]れを察したのか、両手を差し出してくる月丘女史。
【深見】
「へ、平気ですよ……僕が持ちますから」
【香恋】
「でも、そんな……」
僕を心配そうに見つめる月丘女史。
【深見】
「(トゥクン……!)」
間近で見る彼女は、やはり飛び切りに美しく……。
【深見】
「大丈夫ですって! 何処ぞのヤワな人とは違いますからっ、とっ!」
僕は彼女の前で見栄を張りたくなり、肩に担ぐようにボストンバックを持ち直した。
【香恋】
「(きゅーーーんっ)」
【香恋】
「か、かっこいいです、深見先生っ……!! なんか……流石男の人って感じで……私、私っ……」
【香恋】
「……したくなっちゃう……」
月丘女史は頬を染め、何やら小声で呟いた。
【深見】
「え?」
【香恋】
「あ、あははっ……もーいやだ私ったらっ……恥ずかしいっ……」
恥ずかしそうに眼鏡を曇らせながら、顔を扇ぐように手を動かす。
【香恋】
「あの、重たくなったら、すぐに返してくださいね。本当に、私のワガママで持ってきたものなので……」
【深見】
「否、そんな……大丈夫です、僕が責任持って運びますから」
【香恋】
「そうですか……?」
月丘女史は、まだ若干不安そうに僕を見ていたが……。
【香恋】
「ありがとうございますっ……」
やがて、花が咲いたようにきらきらとした笑顔を見せてくれた。
【深見】
「ど、どういたしまして……」
か、可愛い……。
僕は彼女とほんの少し会話を交わしただけで、さっき迄感じていた気後れが、あっという間に雲散霧消したのを感じる。
そして、月丘女史の笑顔の為なら、重い荷物どころか、何でもしてあげたいという気分になっていた。
話には聞いていたが、恋とは[rb,此処迄,ここまで]愚かなものなのか。
え、恋……?
僕やっぱり、月丘女史に恋しちゃった、のだろうか……。
【深見】
「(ほわわん……)」
ま、[rb,拙,まず]い……昨夜のセクシーな月丘女史がエンドレスリピートされて、脳内お花畑になってしまう……。
【香恋】
「深見先生?」
【深見】
「じゃ、じゃあ、僕等も行きましょうかっ」
【香恋】
「はい」
微笑む月丘女史に、僕は体育会系の笑顔を作って見せた。
【深見】
「大丈夫ですって! 何処ぞのヤワな人とは違いますからっ、とっ!」
此処迄来たら後には引けない。僕は肩に担ぐように、ボストンバックを持ち直した。
【深見】
「じゃあ、僕等も行きましょうか」
【香恋】
「……はい……」
心配そうな月丘女史に、僕は体育会系の笑顔を作って見せた。
とは言ったものの……。
【深見】
「ぜぇ……はぁ……」
【香恋】
「……」
先程、景気よく啖呵を切った僕であったが、やはりと言うべきか、軽やかに歩いていく皇さんのペースについて行けなくなっていた。
月丘女史は僕の歩みに合わせて、ゆっくりと寄り添うように隣を歩いてくれているが、前との差は開くばかりだ。
【深見】
「皇さーーん……」
【皇】
「(スタスタ……)」
僕の声が聞こえないのか、こちらを振り返ろうともしなかった。
【深見】
「[rb,一寸,ちょっと]、待ってくださーーい!」
【皇】
「君も早くきたまえーっ!」
遠くから皇さんの声が聞こえる。
【深見】
「……ちぇっ、手ぶらの人は、気楽でいいよな……」
【皇】
「え? 何が気楽だって?」
【深見】
「こういう時だけ聞こえるの!?」
地獄耳の皇さんだった……。
そして、皇さんが待っていた場所迄辿り着くと……。
【皇】
「これこれ……」
皇さんは得意げに路傍の石像を指差すのだった。
【深見】
「此れは……」
旅館の門の脇に在ったような、狐の像が目の前にあった。
【香恋】
「? こんな所にも狐ですか」
【深見】
「ふぅ……付近に稲荷神社でもあるんでしょうか?」
額から流れてくる汗を拭いながら、そんな疑問を口にした。
【皇】
「うん、恐らくそうだろうね、豊川稲荷がある愛知県の豊川稲荷駅なんかも、駅前から神社までずっと狐の像が続いているそうだからね」
【香恋】
「それにしても、この辺は古い家が多いですね」
周囲に目を向けると、[rb,其処,そこ]には写真等でよく目にした、昭和の日本をその儘切り取ったような景色が広がっていた。
【深見】
「何か、時が止まったような感じですね」
【皇】
「うん、そうだね……昔のことはよく分からないが、こういうところに来ると、ノスタルジーみたいなものを感じるね」
幼少の頃を思い出そうとして、僕はやめた……そんなに楽しい思い出はなかったからだ。
【皇】
「ところで、今回の『青蜘蛛の呪い』事件、君はやっぱり、妖怪の仕業だと思っているのかい?」
【深見】
「どうですかね……僕には……」
【皇】
「そんなに遠慮しないで聞かせてくれたまえよ、僕は本当に君の見解が聞きたいんだ。オカルト関係は僕の不得意とする分野だし。何より君の話は興味深い」
【深見】
「そうですか……?」
そう迄言われたら、僕も悪い気はしない。
【香恋】
「何か心あたりがあるんですか?」
【深見】
「そうですねぇ……僕も本当に妖怪の仕業だと思っている訳ではないのですが……」
一応、そんな前置きをして話し始める。
【深見】
「例えば、骨迄届くような切り傷を負った生徒の例ですが、あれなんかは、真っ先に[rb,鎌鼬,かまいたち]を思い浮かべます」
【香恋】
「かまいたち、ですか……」
【深見】
「はい、鎌鼬……鎌風とも言いますが、道等を歩いている時、突然鎌で切られたような傷を受ける怪異現象です。旋風に乗ってくる魔獣だとも言われます」
【深見】
「特徴的なのは、突然皮膚が裂けて、鋭利な鎌で切ったような切り傷が出来るという事です。[rb,其処,そこ]から、目に見えない鼬の仕業と考えられたのですね」
【深見】
「他にも、化学実験中の事故なんかは、人体発火現象が疑われます。周囲に火の気がないにも関わらず、人間の身体が自然に発火したと推察される現象ですね」
【深見】
「また、ポルターガイスト現象というのも、十分考えられます。[rb,所謂,いわゆる]ポルターガイストであれば、物体の移動、物を叩く音の発生、発光、発火……もう何でもありですから……」
【深見】
「いずれも、科学的解釈はされているものの、その原因ははっきりとは分かっていません。ですから、私立讃咲良学園でも、同様の現象が起こったと考えても、おかしくはないのではないかと」
【香恋】
「成程です……何だか深見先生のお話を聞いていると、私も怪奇現象説に一票入れたくなってしまいました」
うんうんと頷いてくれる月丘女史。
……以前の僕であれば、こんな風に自説を主張する事はなかったかも知れない。
けれども、蓮華の存在を知ってから……この世には、現在の科学では解明出来ない事実というものが、確かにあるのだと実感している。
【皇】
「……うん、僕も面白いとは思うけれどね」
【香恋】
「皇さんは、やっぱり怪奇現象だとは思っていないんですか?」
月丘女史はズバリと皇さんに切り込む。
【皇】
「うーん……まだなんとも言えないね」
皇さんはきまり悪そうに言う。
【皇】
「僕って想像力が乏しい人間なのかもしれないけど、自分の目で見たものしか、信じられないっていうのはあるよ」
【深見】
「まぁ、そうですよね……」
僕だって、蓮華に出会っていなければ、[rb,此処,ここ]まで怪異に傾倒していなかったかも知れないものな。
【皇】
「フィクションならいいのだけれど、何の証拠もソースもないのに、盲目的に信じるっていうことは、僕には出来ない。座敷童子にも結局会えなかったしね」
【深見】
「(ギクッ……)」
しまった、この話題は藪蛇だったようだ。
【皇】
「あ、そうだ、座敷童子のこと、もっと教えてよ、どんな顔してるの? 子供の外見なんでしょ、何歳ぐらい?」
【深見】
「あ、ああ、ええと……」
座敷童子=蓮華と気付かれないように答えなければ……。
【深見】
「座敷童子なんて、そんなにいいものじゃないですよ」
【香恋】
「ええっ? そうなんですか?」
【深見】
「座敷童子っていうのは、こ汚い格好をした、餓鬼なんですよ」
苦し紛れの回答を捻り出す。
【深見】
「悪戯ばかりするし、食いしん坊で、碌なものじゃない」
【皇】
「へえ……君の小説からはそんな印象は受けなかったけど……美少女だって書いてあったような……」
【深見】
「び、美化してるんですよ、美化! 滅茶苦茶フィクションですから!」
【皇】
「でも、食事会の時も、良い座敷童子だって主張してたよね?」
【深見】
「あ、あぁ……あの、根は良い奴ですよ、勿論っ……でも其れって裏を返せば基本悪い人って事でっ……あ、否、悪いって言っても、極悪人じゃないですよ、えっと……説明が難しいな……」
【皇】
「ふーーーん……?」
[rb,拙,まず]い、疑いの目で見られている……。
【香恋】
「はぁ~、そうなんですか……何だか残念です」
本気でがっかりしている月丘女史だった。
【深見】
「え、ええ、だから座敷童子に会いたいなんて、思わないほうがいいですよ。座敷童子なんて、[rb,畢竟,ひっきょう]狐憑きや犬神と変わらない、なんて忌み嫌う地方もあるぐらいですから」
【香恋】
「でも、色々面白いお話があるじゃないですか……遊んでいる子供達の数を数えると、本来の人数より一人多かったりとか、大人には座敷童子が見えないので、誰が多いのか分からないとか……」
【深見】
「あ、あぁ、確かにそういう話がありますね……何時の間にか一人増えている……」
【蓮華】
「そうね、いつの間にか増えているんだったわね」
【深見】
「!!」
何時の間にか蓮華が増えていた!
【蓮華】
「遅かったわね」
何処から調達したのか、セーラー服姿の蓮華が、僕の隣に微笑んで立っていたのだ。
【深見】
「れ、れれれれれんげっ!?」
【蓮華】
「何を慌てているのかしら」
しれっとそんな事を言う。
【皇】
「あれ……君、蓮華くんだっけ……? いつからここに……」
【蓮華】
「あら嫌だ。今日は学園までご一緒する約束だったじゃないの。だからこうして待っていたのよ」
【皇】
「そう……だっけ」
【蓮華】
「ええ、そうよ。私が私立讃咲良学園の学生だと知って、どうか案内をお願いしますと、無理やり頼み込んだじゃないの」
【香恋】
「あ、そういえば、そのセーラー服、讃咲良学園のものですね」
【皇】
「無理やり? 僕がそんな事、したかなぁ?」
【蓮華】
「土下座して頼み込んだわ」
【皇】
「土下座?」
【蓮華】
「泣いてすがっていたわ」
【皇】
「……」
ショックを受けた顔の皇さん。
【深見】
「れ、蓮華、其れは流石に言い過ぎなのでは……」
[rb,凡,およ]そ皇さんがしそうにない事ばかり、強気で重ねてくる。
勘のいい皇さんの事だ、何かがおかしいと気づかれてしまうのでは……。
【皇】
「そ……」
【皇】
「そんなことしたのかなー、恥ずかしいな、ははは……」
照れたように笑っていた。
【深見】
「……」
蓮華は不思議な力で、皇さんにやってもいない事を信じ込ませてしまったようだった。
【蓮華】
「フフ、本当に恥ずかしいわね……」
やってもいない事を嘲笑っていた……。
【深見】
「……蓮華、一寸大丈夫なんですか、あんな事言って……」
他の人に聞こえないように、こそっと蓮華に耳打ちする。
【蓮華】
「大丈夫よ……私を誰だと思っているの」
【深見】
「誰なんですか」
【蓮華】
「こ汚い餓鬼よ」
やはり聞いていたのか。
【深見】
「すみませんでした!」
全力で謝った。
【蓮華】
「いいのよ、貴方が私をどう思っているのか、よく分かったわ」
あ、物凄く根に持っている。
【深見】
「い、否、あれはですね、蓮華と座敷童子を結び付けまいとする、僕なりの解決方法で……」
【蓮華】
「分かっているってば」
僕は……蓮華の冷たい態度に、すっかり汗も引いて、涼しくなっていた。
【深見】
「其れにしても、よく僕達の行動が分かりましたね。ストーカーじゃあるまいし……」
【蓮華】
「失礼ね。こんなに可愛いストーカーがどこにいるの」
【深見】
「はぁ……」
此処にいるのではないか。
【蓮華】
「わ、私は……ただちょっと、神出鬼没なだけ……」
何故か頬を染めている。
【深見】
「そうですよね」
僕は曖昧に答えながら、ちらりと蓮華を盗み見た。
どうやって手に入れたのかは不明だが、私立讃咲良学園の制服を身に纏っている蓮華……。
清楚で[rb,伝統的,トラディショナル]なセーラーカラーが、彼女の端正な美貌に実に映えている。
【蓮華】
「あまり見惚れないでよ」
【深見】
「見惚れてなんか、ないですよ」
【蓮華】
「無理しちゃって」
ニヤニヤと笑う蓮華。また僕をからかう気らしい。
【深見】
「いーえっ」
そうそうからかわれては堪らない。僕はつれなく首を振る。
【香恋】
「あ、あのー……そろそろ行きませんか?」
【深見】
「そ、そうですね、行きましょう」
……其れに、今の僕には月丘女史がいるのだ。
何時迄も蓮華にからかわれてオタオタしている情けない男ではないのである。
【蓮華】
「……?」
【蓮華】
「……なんで私をそんなにじっと見つめるの?」
【深見】
「あ、あの、制服、似合ってますね」
【蓮華】
「当然……」
平然と言ってのける蓮華。
【蓮華】
「ふふっ……貴方には、ちょっと目の毒だったかしら? いつもなら着物で隠れている、この領域も見えてしまうものね……」
スカートの裾をチラと捲る。
【深見】
「えっ……」
其れは、かつて一世を風靡した絶対領域の事ではっ!? 蓮華の挑発的な言葉に、心臓が跳ね上がる。
【深見】
「(ドキドキドキッ……!!)」
【香恋】
「どうしたんですか、深見先生……とっても苦しそうになさって? あっ!? まさか、荷物がっ……」
【深見】
「だ、大丈夫です! 荷物、重くないですから!」
何とか取り繕う事が出来た自分を褒めてあげたかった。
【蓮華】
「はぁ……ちょっと興奮しすぎじゃない?」
僕を冷ややかな目で見る蓮華。
【深見】
「興奮したら、悪いんですか?」
真剣な目で蓮華を見た。
【蓮華】
「……べ、べつに悪くないけど……」
そっぽを向いて頬を赤くする。
【深見】
「(……じっ)」
僕は蓮華を見つめ続けた。
【蓮華】
「……」
蓮華は僕の視線に耐えかね……。
【蓮華】
「い、いい加減にしないと、怒るからっ……」
僕を睨んだ蓮華の潤んだ瞳がとっても色っぽかった。
【香恋】
「あ、あのー……お話まだ続きます? そろそろ約束の時間が……」
拙い、完全に二人の世界に入ってしまっていた。
【深見】
「そ、そうですね、すみませんでした」
【皇】
「はあぁぁぁぁ~……」
再び歩き出そうとすると、道の片隅で盛大な溜息を吐いている皇さんがいた。
【深見】
「どうしたんです?」
【皇】
「……いや、ちょっと自分が情けなくなって……」
【深見】
「……」
【蓮華】
「……」
『泣いてすがった』等と言われた事が、余程ショックだったらしい。意気消沈の体でヨロヨロと歩き出す皇さんだった。
【香恋】
「皇さん……大丈夫ですか?」
【蓮華】
「……」
【深見】
「蓮華、一寸やり過ぎたんじゃないですか」
【蓮華】
「てへ……」
【深見】
「てへじゃないですよ、もー……」
蓮華の悪戯好きにも困ったものである。
蓮華を加えた四人で学園迄の道のりを歩く。
[rb,此,こ]れから例の学園の理事長や他の先生方に今回の捜査の説明がてら、ご挨拶に伺う予定になっている。
爽やかな秋の日差しと、のどかな田園風景が、都会に疲れた僕の心を癒やしてくれた。
でも、何よりも僕の心を癒やしていたのは……。
月丘女史ととこうして一緒に居られる事だった……。
【蓮華】
「……」
【皇】
「あ、ここにも……」
皇さんが道端に建っている狐像を見て足を止める。
【深見】
「また狐の像ですね……随分狐の像多くないですか、此処って? ねえ、蓮華」
この地に詳しそうな蓮華に、振ってみる。
【蓮華】
「こんな石ころに興味はないわ」
蓮華は無関心のようだ。
【深見】
「そうですか……」
蓮華を[rb,窘,たしな]めながらも……何となく共犯者のような気分になって、不謹慎ながら僕は少し嬉しかった。
蓮華を加えた四人で学園迄の道のりを歩く。
此れから例の学園の理事長や他の先生方に今回の捜査の説明がてら、ご挨拶に伺う予定になっている。
爽やかな秋の日差しと、のどかな田園風景が、都会に疲れた僕の心を癒やしてくれた。
でも、何よりも僕の心を癒やしていたのは、蓮華とこうして一緒に居られる事だった。
【皇】
「あ、ここにも……」
皇さんが道端に建っている狐像を見て足を止める。
【深見】
「また狐の像ですね……随分狐の像多くないですか、此処って? ねえ、蓮華」
この地に詳しそうな蓮華に、振ってみる。
【蓮華】
「こんな石ころに興味はないわ」
蓮華は無関心のようだ。
【深見】
「そうですか……」
……考えてみれば、蓮華が何に関心を持っているのかなんて、僕もよく知らないのだ。
僕は、蓮華の事を、殆ど知らないに等しい。
改めて、そんな事を思って寂しい気持ちになった。
【香恋】
「でも、こんなに狐の像が多いということは、本物の狐も多いんですかねぇ……」
【深見】
「はるさんも狐が珍しくないと仰っていましたから、沢山いるんじゃないでしょうか」
【香恋】
「会えるでしょうか? 楽しみですぅ~」
目をキラキラさせながら微笑む月丘女史。
【蓮華】
「……」
乙女のようにはしゃぐ月丘女史に比べると、蓮華は冷静だ。動物には余り食指が動かないらしい。
まぁ、僕にとっても、人を化かす妖怪としての狐にしか興味はないのだが……。
【深見】
「蓮華も狐を見た事あるんですか?」
【蓮華】
「あるにはあるわ……でも興味ない」
ぷいと、そっぽを向く蓮華。
【香恋】
「蓮華ちゃんは、狐が嫌いなんですか」
【蓮華】
「ただの畜生に好きも嫌いもないわ」
全くもって……蓮華らしい。
【香恋】
「でも、狐の赤ちゃんってキュウ、キュウって声で鳴いて、とってもかわいいんですよぉ~」
キュウ、キュウと鳴きながら、瞳に星を湛えて蓮華に近づいていく月丘女史。
【蓮華】
「私を洗脳しようとするのはやめて」
ブンブンと首を振る蓮華。
【皇】
「狐の赤ちゃんかぁ、楽しみだなぁ……」
【深見】
「?」
少女漫画のように無駄に瞳を煌めかせながら、薄ら笑いを浮かべている皇さんだった。
[rb,暫,しばら]く歩いて、目的地である私立讃咲良学園の門前へ辿り着いた。
【皇】
「やれやれ、結構歩いたな。君もようやくその荷物から開放されるね」
他人事のように言う。
【深見】
「ハハハハ……」
笑顔を引き攣らせる僕。
【香恋】
「深見先生、ホント、お疲れさまでした! よくこんな重い荷物を……ありがとうございました」
【深見】
「否……まだ校舎に着いていませんので……もう少しお預かりしますよ」
乗りかかった船だ。こうなったら最後迄全うしようと笑顔で月丘女史に応えた。
【香恋】
「すみません……ここの階段を上がってグラウンドを越えた先が校舎ですから」
【深見】
「分かりました、行きましょう!」
バッグを担ぎ直し、先に歩く皇さんと月丘女史を追うように階段を上る。
【蓮華】
「……その荷物、そんなに重いの?」
蓮華が不思議そうに訊ねてくる。
【深見】
「其れは、もう……!」
言葉に力を込めた。
【蓮華】
「そんなに重かったのなら、私が持ってあげたのに」
【深見】
「[rb,真逆,まさか]……君には無理ですよ」
【蓮華】
「ふふん……」
ふうふう言っている僕を見下すように微笑む。
【深見】
「……本当にこんな重い物、持てるんですか?」
【蓮華】
「(……コクリ)」

蓮華の体型からは、俄には信じ難かったが自信ありげであった。
【蓮華】
「……」
蓮華はこちらに近づくと、僕の肩に掛かっているボストンバッグの持ち手をちょいと摘み上げた。
【深見】
「!!」
か、軽い……肩だけ重力が無くなったような感じだ。
【深見】
「どうしてそんなに軽々と持てるんですか!?」
【蓮華】
「これくらいの重さだったら、お手玉だってできるわ」
ニヤと笑い、ボストンバッグからぱっと手を離す。
ズシッ……!!
再び僕の肩に、小型巨人が片足を乗せたような負荷が掛かる。
【深見】
「言ってから、離してくださいよ……」
【蓮華】
「……ごめん……クックック……」
蔑むように笑いながら、謝る蓮華。
【深見】
「……」
普段は忘れているが、やはり蓮華は人ならざるものの力というものを、持っているのだ……。
何だか複雑な気持ちだった。
【深見】
「此処ですかぁ……」
僕達は何とも古風な趣のある建物へ到着した。
【皇】
「ふーん、映画のセットみたいだなぁ」
【香恋】
「雰囲気ありますよねぇ……」
此処が僕達の目的地、私立讃咲良学園であった。
『私立 讃咲良学園』。英才の育成をその目的とする、名門女子学園である。
周囲を森に囲まれた[rb,風光明媚,ふうこうめいび]な土地に建つ校舎は、少しレトロな雰囲気がお洒落であり、その名声に負けない立派なものであった。
[rb,辺鄙,へんぴ]な立地条件ではあるが、学園の人気は大変なもので、親元から離れた自立した生活をコンセプトに、寮も完備しているという。
清浄な空気と健やかな緑の中で、悪い虫等も寄せ付けずに良家のお嬢様がすくすくと成長する、此処はそんな場所なのである……。
【深見】
「はぁぁ……」
僕のような日陰者が、この学園に通う立派なお嬢様方に、教えられる事があるのだろうかと不安になってしまう。
【香恋】
「では、とりあえず職員室へ行きましょうか」
【皇】
「蓮華くん、案内をよろしく頼むよ」
【蓮華】
「何故私が?」
【皇】
「え? 君がここの学生だから、僕が案内を泣いて頼んだって話じゃなかったっけ……?」
【蓮華】
「そうだったかしら」
すっとぼけている。
【皇】
「おかしいなぁ、さっきと話が違うような……?」
【蓮華】
「私は意外性のある女よ」
【深見】
「かっこよく言って誤魔化さないでください」
【香恋】
「ま、まあ、職員室ぐらいすぐ見つかりますよ……」
月丘女史がフォローしてくれるが、此れでは何の為に蓮華が来たのか、意味を喪失してしまっていた。
職員室を探しながら、よく磨かれた廊下を歩く。
レトロな雰囲気が、何処か懐かしい。この場所を訪れた事等勿論ないが、此れが日本人の原風景というようなものなのかも知れなかった。
この場所で様々なオカルト的事件が勃発したのかと考えると興奮してしまう。
もしかしたら……今この時に、僕が事件に巻き込まれる……等という事も起こり得るのだろうか。
此れはワクワクが止まらないぞ……!
【蓮華】
「どうしたの、そんなに眼をギラギラさせて……R指定の顔してるわ」
【深見】
「す、すみません……」
興奮し過ぎて、僕の顔面が妖怪化してしまったようだった。
【皇】
「ん……?」
皇さんが、不意に立ち止まる。
【深見】
「どうしたんですか、皇さん」
皇さんの視線の先には、可愛らしい狐の絵があった。
【深見】
「狐の絵ですね……」
【皇】
「こっちにもあるよ」
【深見】
「……本当だ」
廊下や教室の窓枠等[rb,其処此処,そこここ]に、その可愛らしい絵は鉛筆で描かれたり、彫られたりしている。
目立たないように描かれているので、一寸見ただけでは気が付かないだろう。
何故このような場所にまで、狐の絵が描かれているのか……年頃の女性の考える事は不可解だ。
【香恋】
「どうしたんです?」
【深見】
「一寸狐の絵が……」
【香恋】
「……どれどれ」
【香恋】
「かわいいぃぃぃ〈ハ〉」
【香恋】
「これ本当、可愛いです! LIMEスタンプとかでも流行りますよ、絶対」
キャラクター物には弱いのだろうか、興奮を隠せない月丘女史だ。
【香恋】
「蓮華ちゃんも、見て見てぇ~! ほんっと可愛いですからぁ」
【蓮華】
「狐ねぇ……毛皮になら興味あるけれど」
サラッと怖い事を言う蓮華だった。
【香恋】
「あら、イラストにも興味なしですかぁ? 女の子は大概こういう可愛いものに興味があるかと思ったんですが……」
残念そうな月丘女史。
【蓮華】
「……女の子は、興味あるの……?」
ピクッと眉を動かす蓮華。
【蓮華】
「ふ……ふーーん」
【香恋】
「え、ええ、まぁ……でも、人それぞれですからね……」
【蓮華】
「よ、よく見たら、少しは……可愛いかもね」
【香恋】
「やっぱり女の子ですね~、蓮華ちゃん」
嬉しそうに蓮華の肩に手を置いて、肩揉みの仕草をする月丘女史。
【蓮華】
「……馴れ合うのは嫌い」
そう簡単には開かない、開かずの間のような蓮華の心だった……。
【香恋】
「あ、ここですね」
【蓮華】
「ほら、すぐに見つかったじゃない。私にお礼を言いなさい」
【皇】
「? あ、ありがとう」
蓮華の手の内でいいように操られている皇さんだった……。
【香恋】
「失礼しますー……」
ノックをして中に入ると、既に教員の方々が勢揃いしていた。
【学長】
「お待ちしていましたよ、皇先生!」
【皇】
「どうも、お世話になります」
僕等は学長に熱烈に迎えられ、他の先生方や職員の人達に一通り挨拶を済ませた。
此処でも皇さんの威光は凄まじく、理事長学長揃って記念写真まで撮影する始末だ。
休日という事もあり希望者だけの集まりだったらしいが、殆どの職員が出席したらしい。
【学長】
「月丘くん、久しぶりだねえ」
【香恋】
「お久しぶりです、今回はお世話になります」
学長と月丘女史も旧交を温めていた。
【学長】
「いやぁ気にしないでくれたまえ、直木賞作家がウチにいらっしゃると言うだけで、学園に箔が付くからね。此方としても願ったり叶ったりだよ、ワハハハ」
【香恋】
「はぁ……それは良かったです……で、あの、こちらが深見夏彦先生とおっしゃいまして、月刊『妖』の若手実力派……」
【学長】
「深見先生かね、よろしく」
月丘女史の話に被せるように学長が挨拶してきた。
【深見】
「よ、よろしくお願いします」
挨拶を返してはみたものの……。
【学長】
「ところで、サイン宜しいでしょうか?」
お目当ての皇さんの事しか目に入っていないようだ。
【皇】
「はぁ……」
持参した本にサインして貰う学長……。
【学長】
「ありがとうございます」
年甲斐もなく、ルンルン気分で小躍りしていた。
【男性教師】
「私も頂きたいのですが、いいですか?」
【女性教師】
「で、では私もっ……!」
職員室は、皇さんの即席サイン会場になってしまった。
【香恋】
「あの、深見先生」
【深見】
「?」
【香恋】
「その……荷物、ありがとうございました」
月丘女史が、申し訳無さそうに荷物の返却を求めていた。
【深見】
「そうでした、すっかり忘れていました」
この学園の雰囲気に飲まれて、すっかりバッグの事を忘れてしまっていた。
【香恋】
「よし、それでは……コホン」
荷物を渡すと、姿勢を正して咳払いする月丘女史。
【香恋】
「みなさ~んっ! こちらの深見先生も、高名で素晴らしい作家先生でいらっしゃいますよっ!!」
そして突然、皆の注目を集めようと、大きな声を張り上げた。
【深見】
「ちょ、一寸、突然何を言い出すんですかっ……」
月丘女史の爆弾発言にぶわっと脂汗が吹き出す。
【香恋】
「深見先生をご存じない方にも、ちゃんと知って頂かないと」
【深見】
「だからって、そんな大袈裟な……」
【香恋】
「大袈裟じゃありません!!」
【蓮華】
「そうよ」
傍にいた蓮華が横槍を入れてくる。
【蓮華】
「貴方の小説は面白いわ……意外と」
『意外と』は余計だが、蓮華が素直に褒めてくれたのが嬉しかった。
【香恋】
「そうですよ、蓮華ちゃんの言うとおりです!」
【香恋】
「深見先生の小説は、[rb,永劫,えいごう]の闇に漂いし者が地を這い回るような、忌まわしさと恐怖に満ち満ちた限りなく残酷なグロ描写を駆使しているにも関わらず、[rb,静謐,せいひつ]な美しさを湛えている素晴らしい小説で……」
【蓮華】
「褒めてるの、あれ?」
【深見】
「……」
【香恋】
「……とにかく、大袈裟なんかじゃありませんからっ! 深見先生はこれから絶対に高名な作家さんになられる方です。私が保証します!!」
眼鏡の奥の瞳が狂信的に輝き、すっかり編集者の顔になっていた。
【男性教師】
「……あの~す、すみません、ふかみ先生……ですか? 存じ上げなくて……」
【女性教師】
「すみません……わたしも……」
先生陣は誰ひとりとして、僕の事を知らなかった……まあ、当然といえば当然なのかも知れないが、やはり真実とは人を傷つけるものだ。
【香恋】
「大丈夫です、そんなこともあろうかと、深見先生のサイン本を既にこちらで用意しております! ご希望の方に差し上げます!」
月丘女史が例のボストンバッグから僕の本をごそっと取り出す。
【深見】
「……」
随分重い荷物だと思ったのは其れだったのか!? [rb,漸,ようや]く謎が解けたと思いきや……。
見覚えのあるサイン本……。
【深見】
「こ、此れもしかして、この間の限定サイン会の売れ残りでは……? 確か数は……」
【香恋】
「あー、いえ、いえっ、この本は予め私の布教用として、ポケットマネーで購入しておいたものですから……他は完売しておりますのでご安心を!」
【深見】
「何か、すみません、月丘女史……」
【香恋】
「才能のある作家さんの本は、世に行き渡らせなくてはっ! 私の使命ですっ!」
キラーンと眼鏡を光らせていた。
【深見】
「月丘女史……」
感動していた。
売れない僕の為に布教したり重い荷物を持ったり……月丘女史が、此処迄僕の事を真剣に考えてくれていたなんて……思いもしなかった。
僕が、その月丘女史の気持ちに見合うような男なのか、正直自信はなかったが……。
彼女の気持ちに応えたい……素直にそう思っていた。
売れない僕の為に布教したり重い荷物を持ったり……月丘女史の苦労を考えると、もっと頑張らねばと心底思った。
【香恋】
「才能のある作家さんの本は、世に行き渡らせなくてはっ! 私の使命ですっ!」
キラーンと眼鏡を光らせていた。
【男性教師】
「それでは、お言葉に甘えて一冊もらおうかな……」
【香恋】
「ありがとうございまーすっ!」
【女性教師】
「じゃ、じゃあ、私、一冊頂いていいですか?」
【香恋】
「ありがとうございますっ!! 皆さん、読み終わった暁にはSNSに感想、拡散お願いします! あと、ご友人にもどうかお勧めください」
【女性教師】
「は、はい……」
皆、月丘女史に愛想笑いをしていた。
【香恋】
「よろしくおねがいしますっ!!」
政治家の妻のように、深々とお辞儀をする月丘女史。
【蓮華】
「中々いい編集者を持ったようね」
【深見】
「はい……」
……月丘女史の捨て身の営業活動に心の中で頭を下げた……。
【舞斗@???】
「深見夏彦先生、ですか……? どこかで、お聞きしたような……」
背の高い男性に話しかけられる。
【深見】
「え? ……」
もしかして、僕をご存じの方がいらっしゃったのか?
【舞斗@???】
「確かあれは……」
期待して待つ。
【舞斗@???】
「んっ……んぅーーーーーーーんっ……」
ほら、がんばれ!
【舞斗@???】
「……ん、はぁ、
はぁ……やっぱりダメだ……」
諦めんのかい!?
【舞斗@???】
「すみません……恥ずかしながら思い出せません。勘違いだったかも知れませんし、思わせぶりなことを言ってしまって申し訳ありませんでした……」
平身低頭謝られた。
【深見】
「否否、いいんですよ、気にしなくて……勘違いはよくある事ですから」
【舞斗@???】
「これは……ホラーなのですか。いや、僕もオカルト関係には興味があって……」
僕の本を手に取って帯を見ている。
【深見】
「ほう、そうですか……」
思わぬ形で、同好の士に出会えたようだ。言われてみれば彼の外見も、[rb,如何,いか]にも怪奇を好みそうな某死神博士のような風貌をしていた。
【深見】
「僕はやはり乱歩御大を愛好しているのですが、あなたは……?」
【舞斗@???】
「僕も好きですが……どちらかというとノンフィクションのものをよく読みますね。実録怪談ものなんかを……」
【深見】
「素晴らしいご趣味です!」
彼は稀少な怪奇クラスタだ。
がっちりと握手を交わした。
【蓮華】
「キモオタが一人増殖したわね……」
蓮華が溜息を吐いていた。
【深見】
「一寸蓮華、キモオタはないでしょう?」
【蓮華】
「あら、特殊な趣味を深く掘り下げている人をそう呼ぶのかと思っていたのだけれど……貴方は違うの?」
そう言われると間違いではない気がする。
【舞斗@???】
「……っっ」
死神博士のような男性が、蓮華を見て驚きの表情を浮かべる。
【蓮華】
「?」
……ま、真逆、この人……怪奇小説に詳しいと言っていたし、蓮華の正体に気づいたのでは……!?
【舞斗@???】
「(じいいいいいっ……!)」
【蓮華】
「私の顔に何かついているかしら」
【舞斗@???】
「ちょ……」
【蓮華】
「ちょ?」
【舞斗@???】
「超絶美少女キターーーーーーーーーーッッッ……!!!!」
悶絶する死神博士だった……。
【舞斗@???】
「き、君はっ……何年何組何番ですかっ……いや、それより名前はっ」
【蓮華】
「名前は蓮華よ」
【舞斗@???】
「れ、れんげっ……!」
【蓮華】
「そうよ」
【舞斗@???】
「……? そ、そうか……蓮華さん、か……」
【舞斗@???】
「そういえば、そうでしたね……僕としたことが」
額の汗をハンカチで拭いながら、納得したように頷く。
【舞斗@???】
「すみません、君のような美少女のことを忘れてしまうなんて……何故か初対面のような気がして、動転してしまって……失礼しました」
【蓮華】
「分かればいいのよ」
鷹揚に頷く蓮華……。
またしても蓮華の不思議な力で、彼女の存在を肯定させられた人が一人増えたのだった……。
【舞斗】
「あ、申し遅れました。僕は音楽教師の高瀬舞斗といいます。どうぞよろしく、深見先生」
取り乱していた高瀬先生が、いきなりシャンとなる。
【深見】
「あ、よ、よろしくお願いします……」
戸惑いつつも、僕等は高瀬先生と挨拶を交わした。
【皇】
「……で、例の『青蜘蛛の呪い』事件の話ですが」
サインが落ち着いた所で、本題に入る皇さん。
しかし、途端に教師達の口は重くなった。
【学長】
「……実は事件よりも別の問題が……」
【皇】
「といいますと……?」
【学長】
「大袈裟すぎるネットの情報ですよ……」
【学長】
「うちの学園の生徒が、『青蜘蛛の呪い』とかいう訳の分からん呪いのせいで大怪我をしたとかなんとか……私も調べてみたんだが、有る事無い事書かれていて、見ていられたものじゃない」
【学長】
「無責任に騒いでいる連中のくだらない噂で、我が園の評判を傷つけられることだけは何としても避けなくてはならない」
【皇】
「……」
【学長】
「生徒達は多感な年頃故に、ネットの嘘に簡単に騙され……中には本気で怯えて親御さんに泣きついてしまう生徒もでてくる始末……」
【学長】
「学園としても非常に説明に困っているんだよ……」
はあ……とため息をつく学長。
【皇】
「どの様なご説明を?」
【学長】
「ご心配なく……根も葉もない噂話、その様な事実は一切ございませんと」
【皇】
「成程……」
【香恋】
「ですが……実際に事故があって、被害に遭われている生徒さんがいらっしゃるのに……」
自己保身発言ばかりする学長とは反対に、生徒を思い遣る月丘女史。
【学長】
「……それはそうなのだが」
【香恋】
「学園側では、被害者の名前や人数は把握しているんですか?」
【学長】
「まぁ……大体は把握しているんだが、医療機関を受診した生徒達は、事件以来自宅で部屋に籠もりっきりだったり色々で……状況は余りよく分からないと言うか……」
【香恋】
「……」
月丘女史はかつての恩師の体たらくに、言葉もない様子だった。
【学長】
「まぁ、幸い最近はそういった事故も起こってはいないし、比較的落ち着いていてね……時間が経てば、皆忘れるんじゃないかと期待はしているんだが……」
【香恋】
「先生方はどうお考えなんですか? 学園内で不審な事故が立て続けに何件も起こっているのに、おかしいとは思わないのですか……?」
月丘女史は学園の教師達に問いかけるが……。
【教師一同】
「…………」
その場の面々は困り果てた表情で、お互いに顔を見合わせるだけだった。
【学長】
「まぁまぁ、月丘くん落ち着いて……確かに、こうも不条理な事故が重なると、先生方が本気で心霊現象を疑うのも理解はできる……」
【教師一同】
「…………」
むむ……漸く発言の機会が訪れたか。
僕も一応、この事件の関係者の一人として……一言くらい助言をせねば……。
【深見】
「あ、あのぉ……僕の意見としては……」
【学長】
「だが、私は信じちゃいない!」
え゛ーーー……。
またもや食い気味に発言する学長。
【皇】
「全くその通り、心霊現象なんてナンセンスですよ」
【深見】
「!!」
止めを刺された……。
【皇】
「どのみち、ここで話していても埒が明きませんので、明日から生徒の様子を観察しながら、事の次第を紐解いていきますよ」
【学長】
「さすが皇先生、冷静でいらっしゃる……あなたに来て頂けて本当に良かった……事態の究明、よろしくお願いしますよ」
【皇】
「分かりました……頑張ってみますよ」
【深見】
「……」
結局、僕は何も発言できなかった……。
担当するクラス、学園内の構造や園の規則等、特別講師として明日からの授業に必要な様々な説明を受けた後、僕と蓮華は職員室を後にした。
皇さんと月丘女史は、まだ先生方と話があるようで、学園に留め置きとなった。
【皇】
「じゃあね、深見くん。あと、今日は案内ありがとう、蓮華くん」
【蓮華】
「気にしないで、お安い御用よ」
上から目線であった。
【香恋】
「それじゃ、蓮華ちゃん。深見先生、また後で」
軽く会釈をする月丘女史。
【深見】
「はい……」
職員室へと消えていく月丘女史を、名残惜しい思いで見送る。
またすぐに会えるのは分かっていたけれど、ほんの少しの間でも、月丘女史と離れる事に、僕は淋しさを感じてしまっていたのだ。
【蓮華】
「……」
【深見】
「……」
【蓮華】
「何だか、淋しそうね」
【深見】
「(ギクッ)」
僕の月丘女史への傾倒を見透かすような、蓮華の指摘だった。
【深見】
「い、否ぁ……正直、僕は事件の調査には必要なかったかも知れないなぁ、なんて……ハハハハ」
自虐ギャグで誤魔化した。
【蓮華】
「何言ってるの? 大きい荷物運んだじゃない」
【深見】
「其れ、あんまり笑えない……」
【蓮華】
「くすっ」
[rb,畢竟,ひっきょう]、からかわれてしまう僕だった。
【深見】
「学園の中を僕等だけで、少し調べてみましょうか?」
【蓮華】
「付き合ってもいいけれど、そんなの皇と一緒の時にでもやれば?」
【深見】
「……蓮華は、『青蜘蛛の呪い』が気にならないのですか?」
【蓮華】
「別に……」
【蓮華】
「……それに私はどちらかというと、怪異を起こす側。私が介入してしまったら、こんな事件、あっという間に解決するから、ちっとも面白くないわ」
【深見】
「……」
へえ……蓮華が事件を解決かぁ。何だか魔法少女みたいでカッコいいな。
【蓮華】
「とにかく私は今回、傍観者として近くにいることにするから」
【深見】
「傍観者、ですか」
【蓮華】
「私は自分の力でこの世の調和を乱さないように気をつけているのよ。だから、傍観者」
【深見】
「はあ……」
【蓮華】
「それに、そのほうが面白いし」
ニヤリと笑う蓮華。
【深見】
「面白いからって、余り変な事しないでくださいよ……」
【蓮華】
「分かったわ」
蓮華の『分かった』は、全く当てにはならないが……。
【深見】
「じゃあ取り敢えず、その辺を歩いてみましょうか」
【蓮華】
「ええ」
二人は職員室へと消えていった。
【深見】
「……正直、僕は必要なかったかも知れませんね、ハハハハ」
自嘲気味に笑う。
【蓮華】
「何言ってるの? 大きい荷物運んだじゃない」
【深見】
「其れ、あんまり笑えない……」
【蓮華】
「くすっ」
其れは蓮華なりの励まし方だったのかも知れない……そんな彼女と、思いがけず二人きりになってしまった。
『青蜘蛛の呪い』事件の調査で訪れているという名目上、浮かれ気分なのは些か不謹慎な気もするが……。
こんなにも早く蓮華に会えて、こうして二人きりになれたという事は、僕にとっては内心、嬉しい誤算だった。
【深見】
「学園の中を僕等だけで、少し調べてみましょうか?」
【蓮華】
「付き合ってもいいけれど、そんなの皇と一緒の時にでもやれば?」
【深見】
「……蓮華は、『青蜘蛛の呪い』が気にならないのですか?」
【蓮華】
「別に……」
【蓮華】
「……それに私はどちらかというと、怪異を起こす側。私が介入してしまったら、こんな事件、あっという間に解決するから、ちっとも面白くないわ」
【深見】
「……」
へえ……蓮華が事件を解決かぁ。何だか魔法少女みたいでカッコいいな。
【深見】
「(ニヤニヤ……)」
魔法少女の蓮華も見てみたいものだ……。
【蓮華】
「キモい想像して、妄想空間の住人になるのはやめて」
【深見】
「す、すみません……」
今回は本当にキモかったので反省する。
【蓮華】
「……貴方のそういうところ、本当、ほっとけない」
【深見】
「え? ……僕のキモい所がほっとけないと?」
【蓮華】
「違うわ! と、とにかく私は今回、傍観者として近くにいることにするから」
【深見】
「傍観者、ですか」
【蓮華】
「私は自分の力でこの世の調和を乱さないように気をつけているのよ。だから、傍観者」
【深見】
「はあ……」
【蓮華】
「それに、そのほうが面白いし」
ニヤリと笑う蓮華。
【深見】
「面白いからって、余り変な事しないでくださいよ……」
【蓮華】
「分かったわ」
蓮華の『分かった』は、全く当てにはならないが……。
しかし、傍観者としてでも彼女が僕の傍にいてくれるのだと思うと、少々心強い相棒が出来たような喜びを感じていた。
【深見】
「よろしく……蓮華」
【蓮華】
「……貴方と皇のお手並み拝見ね、楽しみだわ」
クックックと悪戯っぽく笑う蓮華が、とても可愛かった。
【深見】
「……」
彼女の美しい顔を見ていると……。
ふと、僕と蓮華の関係……その心の距離感がどの程度のものなのかと考えてしまう。
果たして其れは、僕の想いが届く距離なのだろうか?
其れとも……?
僕は、不安と期待とが交錯するこの切ない気持ちを、何時迄抱えていればいいのだろうか……?
【深見】
「じゃあ取り敢えず、その辺を歩いてみましょうか」
【蓮華】
「ええ」
僕と蓮華は並んで歩き出す。
隣り合った僕等の距離は……恐らく友達と言うには近く、恋人と言うには遠いものだったのではないだろうか……?
下駄箱を抜けて表へ出た。
来た道を戻って街へと降りていく。
【深見】
「あ……」
暫く歩いていると、街へ行く道と、山の中へ続く坂道の分岐路に差し掛かった。
【深見】
「さっき通りかかった時も気になったのですが、こっちに行くと何があるんでしょうか……」
僕は、木々で陰った薄暗い坂道の奥の方を指差した。
坂道は森の奥へと繋がっているらしい。入口には古い石碑、道沿いには『死人花』とも言われる曼珠沙華の花が並び、見るからにどんよりとした怪しげな雰囲気を醸し出していた。
【蓮華】
「暗がりの小道にうら若き美少女を連れ込んで、一体何をするつもりなの?」
一寸怯えるような演技をする蓮華。
【深見】
「何もしません!」
顔を真っ赤にして否定した。
【蓮華】
「そう……残念」
【深見】
「……」
しれっと澄まし顔をする蓮華。
【蓮華】
「……でも、私とのデートコースとしては不向きね」
【深見】
「で、デートコース……!?」
デートというリア充用語に過敏に反応してしまう。
【蓮華】
「え? あ……こ、言葉のアヤよ! 例え話……誤解しないで」
慌てふためいて、プイとそっぽを向く蓮華。
【深見】
「……まあ、そうですね……もう一寸寛げそうなところに……」
【蓮華】
「……」
【深見】
「そうそう、確か駅の方に、甘味処っぽい場所がありましたよ。其処に行ってみましょう?」
蓮華と二人きりの時間を楽しめるなら、正直、僕は何処でも構わなかった。
【蓮華】
「……別に、行ってもいいわよ」
【深見】
「甘味処に?」
【蓮華】
「馬鹿ね、森の中によ」
【深見】
「いいんですか?」
【蓮華】
「貴方が行きたいのなら……付き合うわ」
【深見】
「ホントですか!」
奥歯に物が挟まったような言い方ではあったが、蓮華が了承してくれた事が嬉しくて、声が上擦ってしまった。
【蓮華】
「どうせまた妖怪探しか何かなんでしょう?」
【深見】
「ハハハ、分かります?」
こう見えて、僕は自然が好きである。山姫、ヒダル神、スネコスリ等の妖怪はこういった藪が茂る山道によく出没すると言われているし、山に纏わる怖い話は、意外と多いのだ。
【蓮華】
「ほとんど病気ね……」
【深見】
「妖怪探索でもあるのですが……実は、狐の像が[rb,是程,これほど]沢山ある割に、稲荷神社が一向に見当たらない事が気になっていまして……」
【深見】
「山、巨木、巨石、森等がご神体であれば、山の中や高台に神社が作られているケースが多いんです。だから、こういう坂の先に、何かあるような気がするんですよね」
【蓮華】
「……貴方って、ブレないわね」
【深見】
「其れ程でも……」
【蓮華】
「褒めてないから」
ピシャリと否定された。
【蓮華】
「それじゃ、行くわよ」
蓮華は身を翻すと、さっさと薄暗い森の中に入って行く。
【深見】
「一寸、待って下さい」
僕も慌てて後を追った。
【蓮華】
「思ったより、続いてるわ……この道」
【深見】
「そうですね……」
随分歩いたような気がするが、同じような景色が続くばかりで、特に此れと言った発見はなかった。
道に降り積もっている枯れ葉には、踏み荒らされた痕跡も無い。此処を歩く人も殆どいないのだろう。
【深見】
「自分で言い出しておいて申し訳ないのですが、もう引き返しましょうか?」
【蓮華】
「どうして?」
【深見】
「どうしてって……遅くなりますし」
スマホの時計を見ると午後四時近くになっていた……もうそろそろ怪談用語で言えば逢魔が時。
まだ陽が出ているとはいえ、秋の日は[rb,釣瓶落,つるべ]おとしである。薄暗い森の中は木々の影で足元が[rb,覚束,おぼつか]ない程になっていた。
【蓮華】
「でも、まだ何も面白いことは起こっていないわ」
【深見】
「そう都合よく面白い事なんて起きませんよ」
【蓮華】
「じゃあ、狼にでも変身して見せて」
【深見】
「そんなの無理ですよ」
【蓮華】
「乙女の柔肌と純潔を求める狼にだったら、すぐにでも変身できるでしょ」
【深見】
「しませんから!」
人を何だと思っているのか。
【蓮華】
「やはり1700万ゼノ以上のブルーツ波が必要だということかっ!」
頭を抱えて悶てみせる蓮華……。
【深見】
「其れは大猿です」
人形の間の様々な忘れ物を取り込んで、完全体に近づいているようだ。
【深見】
「あの、面白い事は出来ませんが、面白い話なら」
【蓮華】
「そう、楽しみだわ」
【深見】
「……ええと……」
一発ギャグを言ってみる。
【深見】
「……怪盗ルパンが……買い取るパン……」
……
【蓮華】
「え……? それは何」
笑わないどころか真顔で質問された。
【深見】
「ううっ……」
は、恥ずかしい……。
……が、しかし……僕はある事に気がついていた。
蓮華の奴、怪盗ルパンを知らないんじゃないか?
だから、このギャグが面白いかつまらないかも、判断出来ないのでは……?
つまらないのであれば、『そんなつまらない事しか言えないの、恥ずかしい人ね!』等と罵られる筈である。
彼女と会話していて気づいた事であるが、彼女の知識教養には、大きな偏りがあるようだ。
語彙等はかなり豊富であるが、通俗的な話題については、認知の差が激しい。恐らく旅館内で手に入れられるような僅かな情報しか把握出来ない立場にあるのだろう。
【深見】
「な、な~んだ、蓮華、知らないんですか~? 今巷ですごく流行しているギャグなのですが~~?」
蓮華の真似をして、強気に出てみた。
【蓮華】
「えっ……」
虚を突かれたように絶句する蓮華。
【深見】
「ほう~? 蓮華も知らない事があるのですね~、ま、仕方がないですよね~、君は世間知らずですから~……」
【蓮華】
「……っ」
蓮華は一瞬悔しそうに口籠ると……。
【蓮華】
「し、知ってるけど……」
モゴモゴと口の中で返事をした。
【深見】
「ええ? 知らないでしょう?」
【蓮華】
「しってる……っ」
[rb,飽,あ]く[rb,迄,ま]でも言い張るつもりか。負けず嫌いも甚だしい。
【深見】
「知っている~? では何故笑わなかったのです~?」
【蓮華】
「わ、笑うわよ……」
【蓮華】
「(……へらっ)」
笑顔が引き攣っていた。相当無理をさせてしまったようだ。
【蓮華】
「……こ、これでどう?」
【深見】
「何か、すみません……」
【蓮華】
「? 何故謝るの」
罪悪感を感じてしまい、からかうよりもからかわれる方が向いているなと、また一つ自分の性癖を理解した僕だった。
【深見】
「お化け屋敷に入れない虫って、な~んだ?」
僕はなぞなぞを出してみた。
【蓮華】
「弱虫」
【深見】
「うぐ……」
何と、すぐに回答されてしまうとは……。
【深見】
「で、では……此れはどうでしょう? 大人チームと子供チームで肝試しをしました。さて勝ったのはどちらですか?」
【蓮華】
「勝ったのは……」
よし、少し考えているぞ……。
【蓮華】
「勝ったのは……かった……怖かった……」
【蓮華】
「子は勝った」
くそう!!
【蓮華】
「これが面白い?」
【深見】
「まあ……」
飄々と眉一つ動かさない蓮華に、焦燥感を覚える。
【蓮華】
「それじゃあ……私の番ね」
【深見】
「え? はい」
何時の間にか主導権を握る蓮華……彼女が好むなぞなぞで、僕に負けたくないのかも知れない。
【蓮華】
「どんなテレビでも、リモコンのあるボタンを押すと、とても悪い霊が映るのよ……さて、そのボタンとは何かしら?」
【深見】
「悪い霊……ですか……」
何だろう?
【蓮華】
「10秒数えるわ……いーち、にーい……」
【深見】
「プレッシャーかけないでくださいよ……!」
【蓮華】
「作家先生なら、これぐらい簡単に答えないと……さーん、よーん、ごーお、ろーく……」
【深見】
「うう……」
焦ってしまい、中々答えが導き出せない……。
【蓮華】
「しーち、はーち、きゅーう……」
悪い霊……わるいれい……悪い霊という事は悪霊……あくりょう……。
テレビに映るって事は……貞子? 否否……。
【蓮華】
「じゅう!」
10秒経ってしまった。
【深見】
「……答えは何ですか」
【蓮華】
「……知りたい?」
僕を焦らしながら、ニヤニヤしていた。
【深見】
「教えて下さいよ!」
胸の辺りの引っ掛かりを取りたくて、やけになって言う。
【蓮華】
「くすくすっ……ムキになっちゃって……」
蓮華は僕を見下すように微笑んでいた。
【蓮華】
「ま……貴方のそういうところが、可愛いのだけれど……」
そしてぽつりと聞き取れないぐらいの声で呟いた。
【深見】
「えっ……今、何て……?」
【蓮華】
「答えはね……音量(怨霊)ボタンよ」
【深見】
「……ああ、そうかっ!」
ぽんと手を打つ。
なぞなぞの答えが分かってスッキリした僕は、蓮華にからかわれた事等、もう気にならなくなっていた。
【蓮華】
「ふふふ……子供みたいね」
蓮華が喜んでくれたから、まあ、いいか。
【深見】
「其れでは、もう少しだけ先へ進んで、何もなさそうだったら引き返しましょうか」
【蓮華】
「わかったわ」
再び、人気のない山道の、その奥へと進んでゆく。
蓮華には言わなかったが……僕は先程からこの森に、妙な違和感を感じ始めていた。
僕はこの場所を知っているような……初めてなのに、初めてではないような……。
ずっとずっと昔……追懐する事も出来ない程の遠い昔に……この道を歩いた事があるような……?
何かはっきりと言葉には出来ない、既視感のようなものを感じていた。
僕はこの阿紫町薬缶郷を何度か訪れている。しかし僕の興味は万華鏡と蓮華で占められていて、他の事象に目を向ける事は余りなかった……。
だが視野を広げてみると、讃咲良学園での不可解な事件や、沢山の狐像、そしてこの森……この地には僕の好奇心をくすぐるものが数多く存在している。
もしかすると此処には、僕が昔から捜していた何かがあるのかも知れない……そんな歪な期待感で、胸が膨れ上がるのを感じる。
【蓮華】
「急に霧が出てきたわ……」
蓮華の一言が僕の意識を現世に戻す。
【深見】
「……」
ふと、顔を上げると、何時の間にか辺りはすっかり霧に覆われていた。
こんな時、人は誰しも不安に思うものなのかも知れない……だが。
【蓮華】
「何か面白いことが起こりそうね」
【深見】
「ですね」
僕も蓮華も、この状況に[rb,寧,むし]ろワクワクしていた。
やがて……。
【蓮華】
「あっ!?」
徐々に霧が晴れ……。
【深見】
「此処は……」
目の前に突如として現れた神秘的な風景に総毛立つ。
少し靄った空気の間から、蜃気楼のように立ち現れた禍々しい程の朱の柱。
その鳥居は、京都の伏見稲荷のように連なって奥へ奥へと続き、くぐっていくと、何処か遠い世界へ迷い込んで行ってしまいそうな妖しい雰囲気を醸し出していた。
【深見】
「こ、此処から先は[rb,幽世,かくりよ]って感じですね……」
別世界のような光景を目にして、僕は驚きと少しばかりの恐怖、そして心の奥底から湧き出てくる喜びに震えていた。
【蓮華】
「かくりよ……神域のこと……?」
【深見】
「はい、死後の世界でもあります。鳥居とは、神域と人間が住む俗界を区画する結界であると言われています」
【深見】
「その所為か、鳥居に纏わる怪談話も多いんです。女性は月経中に鳥居をくぐってはいけないだとか、蛇神様を祀っているお宅の人は、赤い鳥居の稲荷神社に行ってはいけないだとか……」
【深見】
「特に[rb,荼吉尼天,だきにてん]の概念を含んだ稲荷信仰は、一寸怖いという話もありますね。祟り神が正体の稲荷神は、恨みつらみ、貪欲など負の念が一番のごちそうだとか……」
【深見】
「一度拝んだら一生拝まないといけない等、信仰を止めると祟りがあるなんていう話もありますね。神様をないがしろにすると罰が当たるとはよく言われることですが、稲荷神社は其れが特に顕著です」
【蓮華】
「……貴方、どうしてこういう話の時だけ、目が少女漫画みたいにきらめくの? ちょっと怖いのだけど……」
気がつくと、蓮華が冷めた目で僕を見ていた。
また暴走しそうになっていたようだ。
【深見】
「あ、あはは……すみません……兎に角行ってみましょうか」
【蓮華】
「そうね」
この先に何があるのか……期待を胸に抱き、僕達は鳥居をくぐった。
【深見】
「中々辿り着きませんね……」
石段が何処迄も、上へ上へと続いている……結構登ってきた筈なのだが、一向に終りが見えない。
振り向くと、また立ち込めてきた霧に視界が覆われ、来た道も見えなくなっていた。
【蓮華】
「……そうね」
心なしか、先を行く蓮華の後ろ姿が疲れているように見えた。
【深見】
「どうかしました?」
【蓮華】
「別に……どうもしないけど、ちょっと……ね」
明らかに普段の蓮華と違って元気がない。
【深見】
「蓮華も疲れたりするんですねー、ハハハハ」
一寸弄るように言ってみる。
【蓮華】
「そんなこと言って……貴方も実は膝が笑っているのでしょう」
減らず口を返してきた。
【深見】
「僕は全然平気です!」
胸を張る。
【蓮華】
「ふーん……」
【深見】
「何てったって、かいだんは得意ですから!」
【蓮華】
「ちッ……」
僕のダジャレを聞いて、一瞬、『成程』みたいな顔をした蓮華を見逃さなかった。
【深見】
「僕も偶にはやるでしょう?」
腕捲くりをして、力瘤を作ってみせる。
【蓮華】
「……貧相ね」
【深見】
「ほっといて下さい」
蓮華から一本取った事に大満足していた。
【深見】
「ん……?」
気づくと、足元を蝶が飛んでいる。
【深見】
「きれいな蝶だな」
始めは一頭だけだった蝶だが、鳥居をくぐる度に増えていく気がする。
霊妙なロケーションの所為だろうか。ひらひらと舞う美しい蝶の羽を見ているだけで、目眩にも似た陶酔を感じた。
夢見るような気持ちで更に石段を登っていくと、[rb,玲瓏,れいろう]たる鈴の音が、木霊のように何処からともなく響いてくる。
【深見】
「……蓮華、鈴の音が聞こえませんか?」
【蓮華】
「いいえ」
儚いまでに[rb,幽,かそけ]きその音は、蓮華の耳には届いていないようだった。
そして階段を登り切ると……。
其処に広がっていたのは、現実離れした幻想郷のような空間であった……。
【深見】
「……うわぁ……」
暫し言葉を失う。
鳥居で感じた怖いような雰囲気は既に掻き消えている。
[rb,深山幽谷,しんざんゆうこく]の趣のある開けた場所に出ると、足元には大きな湖……其処にぽっかりと浮かんでいるような境内があり……架け橋を渡っていくと、双方を狐の像に守られた本殿がある。
【深見】
「きれいだ……」
【蓮華】
「そうね……」
僕等はこの風景に見惚れた。
この場所は、ただ[rb,只管,ひたすら]に荘厳で、神聖で、清浄で……まさに神がおわすにはふさわしい場所のようだった。
【深見】
「本当に……すごい」
僕と蓮華はその神々しい景色に引き込まれるように、本殿へと足を伸ばした。
本殿に差し掛かった時……。
【もよか@???】
「お兄ちゃん……」
【深見】
「ん?」
声に驚き、そちらを見ると、巫女姿の女の子が箒を持って立っていたのだった。
【深見】
「あ、どうも……」
神社の人か、お掃除ご苦労さまだな、と僕は頭を下げる。
【もよか@???】
「……」
魂が抜けたような表情で僕を見つめる巫女の女の子は、ぱたりと持っていた箒を取り落してしまう。
【深見】
「……」
置き人形のように立ち竦む彼女に近づいて、僕は落とした箒を拾って、手渡してあげた。
【深見】
「……どうぞ」
その拍子に、僕の手が彼女の手に、僅かに触れる。
ごくごく微量ではあるが、静電気のようなエネルギーが僕と彼女の間に渦巻いたような気がした。
【もよか@???】
「……っ」
びくんっ! と大袈裟な反応を見せて、手を引っ込める巫女姿の女の子。
【深見】
「……」
僕も、慌てて手を引いた。
何か……触れてはいけないものに、触れてしまったような気がしたのだ。
【もよか@???】
「お……」
しかし、巫女の女の子は、何故か僕を見上げて頬を染めているのだった。
【深見】
「……お?」
【もよか@???】
「おにいちゃぁんっ……」
ぽよんっ……
【深見】
「!!」
突然見ず知らずの女の子に抱きつかれ、僕は硬直した。
【もよか@???】
「〈ハ〉」
【深見】
「……っ」
彼女の柔らかな身体が……特に其れ程存在を主張してはいないけれども、確実にある小さな胸の膨らみの感触が、僕の心を著しく動揺させるのだった。
【蓮華】
「(じと……)」
女の子の肩越しにジト目の蓮華が見えた。
【深見】
「はうっ!」
僕の心に芽生えそうになったいけない考えを、絶対零度で凍結させるかの如き眼差しで断罪してくる蓮華。
【深見】
「あっ! え、ええとっ……君はっ……一体っ……!?」
僕は慌てて女の子の身体を引き離す。
【もよか@???】
「くすっ……どうしたんですかぁ?」
泡を食った僕を見て、微笑む巫女服の女の子。
【もよか@???】
「ふふっ……もしかしてあわてんぼうさんなのかな? そんなところも、私のお兄ちゃんにそっくりだったりして~」
【深見】
「……そうですか」
この娘が一体何を言っているのか、全く理解不能だった。
【もよか@???】
「でもでも、お兄ちゃんはそんなに目つき、悪くなかったですよぉっ」
【深見】
「へ、へえ……?」
巫女さんは僕に、彼女のお兄さんを重ねているようだが……。
【もよか@???】
「お兄ちゃんはもっともっとも~~っと爽やかイケメンさんでした!」
にっこり微笑む巫女さん。
【深見】
「話を聞いてると、何だか全然似てないみたいですが……」
爽やかイケメンと僕には共通項は余り無いような気がした。
【もよか@???】
「それでも、似てるんですよぉっ! あなたにお兄ちゃんの何が分かるんですかっ」
可愛らしい巫女さんは、ムッとしてほっぺたを膨らました。
【深見】
「否だから分からないですって……」
【蓮華】
「ちょっと貴方、少し馴れ馴れしいんじゃなくて?」
蚊帳の外に置かれていた蓮華が、目を三角にしていた。
【もよか@???】
「?」
改めて蓮華をまじまじと見つめる巫女さん。
【もよか@???】
「ふーむ……」
蓮華を頭の先からつま先まで、じっくりと見つめる。まるで値踏みでもしているかのような真剣な表情だ。
【もよか@???】
「……お名前、教えてもらっていいですかぁ?」
【蓮華】
「れ、蓮華よ……」
【もよか@???】
「蓮華ちゃん、ですか……とってもお似合いなきれいなお名前……お花の名前だなんて、名は体を表すとでも言いたいんですかぁ~?」
巫女さんは蓮華の周りを回るようにして、上から下まで舐めるように眺めた。
【もよか@???】
「……蓮華ちゃん」
【蓮華】
「な、何……」
【もよか@???】
「蓮華ちゃん、とってもきれいです~~、私……憧れちゃいます~~ぅ! そこにシビれる! あこがれるゥ!」
巫女さんの表情が一変し、人懐こい笑顔に称賛までも潜ませる。
【蓮華】
「そ、そう……? ま、まあ、貴方、見る目はあるようね……」
巫女さんのテンションに圧倒されながらも、褒められて満更でもなさそうな蓮華だった。
【もよか@???】
「私は、菜々山もよかっていいます、よろしく、蓮華ちゃん!」
巫女さんは元気よく蓮華に自己紹介して、ペコリとお辞儀をした。
【蓮華】
「よ、よろしく……もよか……」
今度は僕の方に向き直り、元気よくお辞儀する。
【もよか】
「よろしくですっ、お兄ちゃん!」
【深見】
「えー、僕は深見夏彦といいまして……」
【もよか】
「ふかみ……」
一瞬、もよかさんの表情がぴくんと固まる。
【深見】
「ええ、深見夏彦……」
【もよか】
「あ、お兄ちゃんはお兄ちゃんでいいですっ」
自己紹介しようとしたが、もよかさんに呆気なく拒否された。
【深見】
「……?」
【もよか】
「蓮華ちゃん……あなたと私は、同じですね」
もよかさんはまた蓮華にひたと目を据え、謎めいた言葉を口にする。
【蓮華】
「何が同じなの」
【もよか】
「ふふっ……お友達になってください」
蓮華の質問をはぐらかし、アルカイックスマイルを浮かべるもよかさん。
【蓮華】
「馴れ馴れしいのは嫌い」
【もよか】
「どうしてですか」
【蓮華】
「貴方のような子供っぽい人にうろちょろされたくないの」
【もよか】
「ふぅむっ……蓮華ちゃんがそれ、言っちゃいますぅっ?」
蓮華を熟視するもよかさん。
【蓮華】
「何よ」
【もよか】
「じゃあ、お聞きしますけどぉ……蓮華ちゃんのバストは何センチですかぁ?」
【蓮華】
「ば、バストっ?」
想定外の質問に、焦っている蓮華。
【もよか】
「えぇ? ……大人なのにBustも知らないのですぅ?」
【蓮華】
「し、知ってるわよそのくらい! 胸のことでしょ!」
もよかさんの挑発めいた発言に、ムキになって答える。
【もよか】
「よかった……知ってたんですね、蓮華ちゃん……危うくお子様認定しちゃうところだったぞ? あはははっ」
【蓮華】
「……ムッ」
【もよか】
「私のバストのサイズは76cmですけど、蓮華ちゃんは?」
何故か誇らしげに胸を張るもよかさん。否、威張る程の胸ではないような……。
【蓮華】
「なんでそんなこと聞くの?」
【もよか】
「ふっふ~ん、知らないんだ蓮華ちゃん……女の武器はおっぱい! おっぱいが大きいほうが大人って決まってるからだよぉ!」
【深見】
「!」
もよかさんの『おっぱい』という言葉に妙に生々しさを感じてしまう。
【もよか】
「女の勝負はおっぱいで決まる!!」
【蓮華】
「そ、そうなの……?」
目を丸くして、衝撃を受けている蓮華がいた。
そんな訳無いだろうと横からツッコミを入れたくなったが、蓮華の反応が面白いので静観する事にした。
【もよか】
「さあ……答えてください、蓮華ちゃん!
さあさあさあさあっっ!!」
グイグイ来る。
【蓮華】
「そ、そんなの知らないわ……」
真っ赤になってモゴモゴする蓮華。どうやら、測った事がないみたいだ。
【もよか】
「……答えられないということは、76cm以下、ということでよろしいんですね?」
【蓮華】
「違うわ、きっと! 今度測ってきてあげるわ!」
僕から見たら、どうでもいい勝負事に飽く迄も拘る蓮華。
彼女を完全に自分のペースに巻き込んでいるもよかさんは、中々の強者であった。
【もよか】
「フフフ……勝負あったね、蓮華ちゃん……やっぱり私のほうが大人、これは間違いようのない事実です」
【蓮華】
「だから、今度測ってくるって言ってるじゃない……!」
必死に食い下がる蓮華。
【もよか】
「はぁ……わっかんないのかな~、蓮華ちゃん?」
【蓮華】
「なんのこと?」
【もよか】
「くすくすっ……自分のおっぱいの大きさに興味がないということはぁ、残念ながらお子様の証拠なんですよぉ」
【もよか】
「だって、大人の女はおっぱいを大きく見せるために、寄せて上げたり、隙間にでっかいパッドを詰め込んだり、隙間にアンパンをぶち込んだり、口には出せない努力をしているんですよ!」
【蓮華】
「あ、あんぱん……食べたほうがいいのに……」
【もよか】
「……はぁ、その発言、まさにお子様。自分の身の程が分かりましたか蓮華ちゃん……」
溜め息交じりに首を振るもよかさん……。
【蓮華】
「貴方、いっぺん、死んでみる……?」
蓮華は顔筋をピクピクと引き攣らせている……。
【もよか】
「うふっ、怒った蓮華ちゃんも可愛いですね~」
もよかさんは可愛らしく媚びた笑いを浮かべる。
【蓮華】
「地獄流しにするわよ……」
……どうやら此処らが限界のようだ。
【深見】
「え、えー……そろそろ暗くなるし、旅館に戻りましょうかっ」
現状打開の提案をする。
【蓮華】
「そ、そうね……それがいいわ。一刻も早く帰りましょう!」
もよかさんからプイと顔を逸らす蓮華。
【もよか】
「そうですかぁ、残念ですけど、また会えますよね、蓮華ちゃん〈ハ〉」
【蓮華】
「私は、できれば二度と会いたくないけど……」
【もよか】
「またまたぁ~~そんなこと言っちゃって~蓮華ちゃんったら~」
【蓮華】
「本気なの」
蓮華がリスみたいにほっぺたを膨らませた。
【もよか】
「ツンデレさん、かっわいいぃぃぃ~~~〈ハ〉」
むぎゅうっ……
【蓮華】
「ぐふっ……!!」
もよかさんに抱きつかれて、腕をバタバタさせている蓮華。
【もよか】
「蓮華ちゃんって、素直じゃないんですねぇ……早く私にデレ要素、開放してみせてくださいよぉ……〈ハ〉」
抱きしめている腕が蓮華の首に絡みつき、首を絞める形になっていた。
【蓮華】
「げ、げほぉっ……」
苦しんでいる蓮華の事はお構いなしに、顔をスリスリさせて愛で続けるもよかさん。
【深見】
「もよかさん、ストップストップ!」
僕は手遅れにならないうちに、もよかさんの腕から蓮華を救出した。
【もよか】
「ふぇっ、すみませぇん……蓮華ちゃんがプリティキュアキュアすぎて、ついつい力が篭もっちゃいましたぁ……エヘッ☆」
とぼけた口調のもよかさんは……本気なのか冗談なのか全く判別がつかなかった。
【蓮華】
「はぁ、はぁ……もよか、恐ろしい子……」
【もよか】
「ふふっ……では、また近いうちにお会いしましょうね〈ハ〉 蓮華ちゃん、お兄ちゃん……」
本殿の方へ帰っていくもよかさん。
【もよか】
「……あ! 忘れてた」
何かを思い出したように立ち止まり、僕に向かって駆け寄ってくる。
見る間にもよかさんが近づいてきて……。
【もよか】
「も……め……れ…………」
【深見】
「……え?」
もよかさんがふわりと僕の耳元で囁く。が、一瞬の事でよく聞きとれなかった。
【蓮華】
「……」
【もよか】
「ふふっ……」
もよかさんは僕に微笑みかけると、パッと離れて……。
【もよか】
「今度こそさよならです~……お兄ちゃん」
スキップするような軽い足取りで、今度こそ本殿の方へ去って行った。
【深見】
「……?」
な、何だったんだろうか……いきなり顔が近づいてきて、一瞬動揺してしまった自分がいた。
【深見】
「……」
さて僕も引き返すかと踵を返すが、ふと視線を感じ、足を止める。
【深見】
「……?」
立ち去ったとばかり思っていたもよかさんが、境内の奥から振り返りこちらを眺めているようだった。
【もよか】
「……」
遠くて表情はよく視認出来ないが、こちらを見つめた儘じっと立っている。
【深見】
「……」
僕達にまだ何か用があるのか……言い残した事でもあったのだろうか……?
僕の方から訊ねてみようと思った瞬間……もよかさんは本殿の陰に消えていった。
【深見】
「……何だったんだろう?」
何だか今のもよかさんは、先程の明るい彼女とは別人のように感じた。
僕の気の所為、なんだろうけれど……。
【蓮華】
「こほん、こほん……」
蓮華が僕の隣で小さく咳をする。
【深見】
「風邪ですか?」
【蓮華】
「いえ……私が見えているのならいいのだけれど」
【深見】
「……何か、怒ってます?」
【蓮華】
「別に……ただ貴方があんまりあの子ばかり見つめていたものだから、私が見えなくなってしまったのかと思ったわ」
辛辣であった。
【深見】
「勿論見えていますとも」
【蓮華】
「じゃあ、その目をよく見せて」
蓮華が僕の目を凝視して顔を近づけてきた。
【深見】
「……」
どんどん顔が近づいてくる。
【深見】
「……」
どんどん……。
【深見】
「……ちょ、蓮華さん?」
どんどん、どんどん……。
【深見】
「……うっ」
蓮華の顔が余りにも至近距離迄近づいて来て、思わず乙女のように目を瞑ってしまった。
ん? 両方のほっぺたを引っ張られる感覚。
僕は恐る恐る目を開けた。
【蓮華】
「変な顔……」
其処には無表情の蓮華の顔があった。
【深見】
「ほっぺた引っ張るのやめて貰えます?」
【蓮華】
「(コネコネ……)」
ニヤニヤしながら、僕の頬を餅のようにこねくり回す。
【深見】
「やめいっ……」
蓮華の両手を振り払う。
【深見】
「お、大人をからかうのはやめて下さい」
【蓮華】
「ふふふ……貴方が大人ねぇ……」
【深見】
「……大人ですよ、僕は」
『大人』という言葉に反応して、昨夜の事を追想する。
そうだ……月丘女史とあんな事をしてしまった自分は、もう完全なる『大人』なのだ……。
【深見】
「ふふふふふ……」
僕は今迄持ち合わせていなかった『大人』の余裕という奴を漂わせながら、蓮華を見遣るのだった。
【蓮華】
「な、何を笑っているの……キモいわ……」
しかし、何と言われようが、真の大人である僕の勝ちである。
【蓮華】
「もう、いいわ……」
蓮華が呆れたような顔で、先に歩き出した刹那。
【深見】
「勿論見えていますとも、僕の目には蓮華以外は映っていません」
【蓮華】
「じゃあ、その目をよく見せて」
蓮華が僕の目を凝視して顔を近づけてきた。
【深見】
「……」
どんどん顔が近づいてくる。
【深見】
「……」
どんどん……。
【深見】
「……ちょ、蓮華さん?」
どんどん、どんどん……。
【深見】
「……うっ」
蓮華の顔が鼻先まで近づいた瞬間、恥ずかしくて、乙女のように目を瞑ってしまった。
もしかして此れは……キス!? 淡い期待にどんどんと心音が高鳴る……。
ん? 両方のほっぺたを引っ張られる感覚。
僕は恐る恐る目を開けた。
【蓮華】
「変な顔……」
其処には無表情の蓮華の顔があった。
【深見】
「ほっぺた引っ張るのやめて貰えます?」
【蓮華】
「(コネコネ……)」
ニヤニヤしながら、僕の頬を餅のようにこねくり回す。
【深見】
「やめいっ……」
蓮華の両手を振り払う。
【深見】
「お、大人をからかうのはやめて下さい」
【蓮華】
「からかってなんかいないわ」
【深見】
「……じゃあ何なんですか?」
【蓮華】
「……さっき貴方が、自分の目には私しか映っていないって言うから、確認しようとしただけよ」
【深見】
「其れで、確認出来たんですか……?」
【蓮華】
「もうちょっとで確認できそうだったのに……貴方は目を瞑ってしまったわ」
【深見】
「そ、其れは……」
自分の妄想を思い出し、顔が熱くなってしまう。
【蓮華】
「……きっともよかが映っていたから、隠そうとしたのね」
【深見】
「ち、違いますよ断じて! そもそも、もよかさんが映る訳無いでしょ、此処にいないんだから!」
【蓮華】
「じゃあ、どうして目を瞑ったの?」
【深見】
「そ、其れは……」
【蓮華】
「……何か、期待した?」
焦らすように聞いてきた。
【深見】
「……」
【蓮華】
「ふふ……」
妖しい微笑を浮かべる蓮華。また僕をからかう気だな……。
【深見】
「キス、を期待しました」
蓮華の変化球に、敢えてストレートで答えてみた。
【蓮華】
「はぅ……!」
意外な回答だったのか、慌て出す蓮華。
【蓮華】
「この、変態っ!」
【深見】
「……」
【蓮華】
「な、何考えてるのぉ……まったく……」
顔を真っ赤にして怒っていた。しかし、何と言われようが、蓮華を赤面させた僕の勝ちである。
【蓮華】
「もう、いいわっ……」
蓮華が照れた顔を僕に見られまいと、先に歩き出した刹那。
フラッ……。
よろめいて座り込んだ。
【深見】
「どうかしました?」
僕も屈んで、蓮華の顔を覗き込む。
【蓮華】
「ちょっと目眩がしただけ……」
【深見】
「大丈夫ですか?」
【蓮華】
「多分」
そう言って弱々しく立ち上がる蓮華。
【深見】
「そう言えば、階段を登っている時から少し疲れていましたよね」
【蓮華】
「……そうね」
蓮華は一寸考えるように言った。
あの時は階段を登るのがしんどいだけかと思っていた。だが、其れとは関係なく、疲れが溜まっていたのかも知れない。
【深見】
「本当に大丈夫ですか?」
【蓮華】
「ええ、早く戻りましょう……」
頷く蓮華には力がない。
けれども、蓮華は普通の人間ではない。だから、人間である僕には、彼女の疲れは癒やせないのだと思うと、少し淋しかった……。
旅館に到着した頃には、とっぷり日が暮れていた。
【深見】
「気分は良くなりました?」
【蓮華】
「ええ、もう大丈夫……」
彼女の言葉通り、随分顔色が良くなっている。
何故急に気分が優れなくなったのか、その理由はよく分からなかったが、蓮華の体調が戻り、取り敢えずホッとした僕だった。
蓮華は普通の人間ではない。だから、人間である僕には、彼女の疲れは癒やせないような気もするが……。
【深見】
「あ、そうだ」
一つ思いついた。
【蓮華】
「どうしたの?」
【深見】
「おんぶしてあげますよ」
少しでも蓮華の負担を取り除いてあげたかった。
【蓮華】
「え?」
突然の申し出に、驚いてアタフタしている。
【蓮華】
「な、何言ってるの!?」
蓮華のしどろもどろの反応を見ているだけで、心が和んだ。
【深見】
「じゃあ、やめます?」
【蓮華】
「……」
【深見】
「?」
【蓮華】
「……して……」
【深見】
「はい? 小さい声でよく聞こえないなぁ」
【蓮華】
「……おんぶ、して」
恥ずかしそうに、耳まで赤くしていた。
やはり消え入るようなか細い声だったが、僕にはしっかりと聞こえたのだった。
【深見】
「分かりました」
僕は腰を下ろし、後ろに手を回して乗ってくれと言うように首で蓮華に合図を送った。
【蓮華】
「……」
もじもじと恥ずかしそうにしながら僕の肩に掴まって、手に足を添えた。
【深見】
「しっかり捕まって下さいよ」
【蓮華】
「……うん」
蓮華を背中に乗せて僕は立ち上がる。
【深見】
「……」
僕は啓示に貫かれたように、その場に立ち尽くした。
【蓮華】
「どうかしたの?」
僕が立った儘動かないのを不安に思っているようだ。
【深見】
「……」
しかし僕は、感動に打ち震えて、一歩も動けずにいたのだ。
背負った蓮華から重さを感じた……其れは、同世代の女の子に比べると、軽いものだったかも知れない。けれども確実に、僕の背中には蓮華の重みが掛かっていたのだ。
彼女の肉体が其処に在るという事実が、僕に安心感を与えてくれていた。
今迄不安だった彼女との関係が、まやかしなんかではなく、現実であるという事に、自信が持てた瞬間でもあった。
此れ等が全て思い込みだとしても構わなかった。今僕が自分の心で感じた事……其れが真実だと思った。
【蓮華】
「ねえ、大丈夫?」
【深見】
「何でもありません……」
僕はこみ上げる思いを抑えながら歩き出した。
【蓮華】
「そう、ならいいのだけれど」
【深見】
「其れじゃ、遅くなりますから一寸急ぎますよ」
【蓮華】
「え?」
蓮華の返事を待たずに小走りに駆け出した。
【深見】
「蓮華は軽いなぁ~……鳥みたいだ」
【蓮華】
「……馬鹿ね」
背中越しに蓮華の重さを感じる、蓮華の息遣いを感じる、蓮華の体温を感じる……。
[rb,仮令,たとえ]彼女が人ならざるもので、其れ等全てが幻覚だったとしても構わない。
僕の蓮華への想いは、本物なのだから……。
旅館に到着した頃には、とっぷり日が暮れていた。
蓮華は僕におんぶされている間、終始無言だった。
【深見】
「さ、旅館に着いたから、下ろしますね」
僕は背負っていた蓮華を、そっと地面に下ろした。
【深見】
「気分は良くなりました?」
蓮華は照れて俯いた儘、もじもじしているようだ。
【蓮華】
「え、ええ……」
何だか良い雰囲気だなぁ、と思っていると……。
【蓮華】
「跪いて」
とんでもない爆弾発言。
【深見】
「へ……?」
【蓮華】
「ほら、早く……」
困惑する僕の着物を引っ張り、強引にしゃがませる。
【深見】
「な、何を……?」
蓮華の手が僕の頭の上に乗った。
【深見】
「え……?」
【蓮華】
「あ、ありがと……」
蓮華が、僕の頭を撫でる。
【深見】
「い、今なんて……?」
【蓮華】
「だ、だから、ありがと……」
僕の顔を直視せず、相変わらず照れくさそうにしている。
なでなでっ
しかし彼女の手は、優しく僕の髪の毛をまさぐるのであった……。
【深見】
「……僕は犬ではありませんが」
【蓮華】
「ち、違うわよ、これはただ身長が足りなくて、手が届かないからで……」
僕への感謝を頭を撫でることで示したかったのだろうが、結果、飼い主とペットの構図となってしまったという訳か……。
【蓮華】
「ご、ご褒美は終わり……もう立っていいわ」
ご褒美ならほっぺたにキスくらいしてくれてもいいのに……。
否否! 蓮華にそんなふしだらな……僕は何を考えているんだ……!
【深見】
「うひひっ……」
一人悶絶する。
【蓮華】
「……ニヤニヤして、ちょっと気持ち悪いわ」
ジトッと見つめられていた。
【深見】
「……」
僕は立ち上がると、手の中にすっぽり収まりそうな蓮華の頭をくしゃっと撫でた。
【蓮華】
「やっ……な、何……」
【深見】
「撫でてくれたお返しです」
【蓮華】
「そ、そんなの、いらな……
ふぁっ……」
顔中真っ赤にして恥ずかしがっている蓮華が可愛過ぎて、一向に手を止める事が出来ない。
【深見】
「遠慮しないで」
【蓮華】
「ふぁぁ~~へぁっ~~……」
こうして蓮華と何時迄も戯れ合っていたかった……。
【はる】
「あら、深見先生、いらっしゃいませ~!」
丁度表に出てきたはるさんの登場に吃驚して、僕と蓮華は慌てて距離を取った。
【はる】
「蓮華ちゃんも一緒だったんですね、さ、さ、お入り下さい」
【はる】
「お荷物の方はお部屋にお運びしてありますので~」
着替え等は事前に発送していたので、僕より先に部屋に到着しているようだった。
【深見】
「ありがとうございます」
【深見】
「……あ、ありがとうございます」
【蓮華】
「……っ」
頭を撫でている場面を見られたかどうかは分からなかったが、妙に意識してはるさんに接してしまう。
【はる】
「お二人とも……どうかなさいました?」
【深見】
「い、否……」
【蓮華】
「……」
気まずい雰囲気の僕等を、はるさんは不思議そうに見つめていた。
【はる】
「それにしても良かったです~、先生方が一週間も泊まってくださるなんて! 今週は丁度予約のお客様が一人もいらっしゃらなかったので、助かりましたよ~」
【深見】
「そうなんですか、こんなにいい宿なのに、もったいないですね」
僕なら毎日でも泊まりたいものだが……。
【はる】
「ありがとうございますー」
はるさんは僕の言葉がお世辞ではないと察したのか、ニッコリと微笑んでくれた。
僕と蓮華は部屋へと向かう。
はるさんは僕と一緒に帰ってきた蓮華を見ても、特に驚いたりはしなかった。
蓮華の不思議な能力で、蓮華が僕と一緒にいる現実を当然の事として受け入れているのだろう。
こちらに滞在する間の僕の部屋は此処だ。
滞在期間は一週間……其れ迄に事件は解決出来るのであろうか。
尤も、宿泊費用等は全て、『妖』編集部が取材費として負担してくれているので、僕等は気楽な身分である。
何時もの人形の間ではないのが、少々残念なのだが……。
人形の間はこの旅館の名物であるから、急な予約も入るかも知れない。僕だけが独り占めというのは、やはり出来ない相談なのだろう。
因みに皇さんの方はVIP待遇で、もう少し高額な部屋らしい。
【深見】
「さて……そろそろ夕食の時間だ」
夕食は皇さん達と一緒に摂る事になっている。
【深見】
「蓮華もお腹が空いたでしょう」
【蓮華】
「(フンスッ)」
鼻息で応える蓮華であった。
僕達は広間へと向かった。
【深見】
「……」
部屋に入ると、相変わらず怖いお面が出迎えてくれた。
其れは小さな角を生やし、虚ろな目と裂けた口を持った化け物の面である。
【皇】
「……気になるかい」
【深見】
「皇さん?」
先に来ていた皇さんと月丘女史が、僕達に近づいてくる。
【香恋】

(にこっ)」
【深見】
「(どきっ)」
目が合うと、微笑みかけてくれる月丘女史。
ほんの数時間会わなかっただけなのに、もう彼女を懐かしく感じていた。
月丘女史に見とれていると、彼女がさり気なく近づいてくる。
【香恋】
「うふ……〈ハ〉」
そして、自然な仕草で、彼女の手が僕の手に触れた。
【深見】
「!」
一瞬だけ、ギュッと手を握りしめてくる。
【深見】
「(ぽわわぁ……)」
【香恋】
「(後で、ね……?)」
僕にだけ聞こえるような小さな声で囁くと、僕から離れる月丘女史。
何が……後で、なんだろう……?
もしかして……期待、してしまっていいのだろうか……?
【深見】
「……」
あぁ……僕は……。
月丘女史のコケティッシュな魅力に、すっかり悩殺されてしまっている……。
【皇】
「深見くん? お面が気になるんじゃないの?」
お面に見入っていた皇さんが、いきなり問いかけてくる。
【深見】
「は、はいっ……!?」
そうだ、お面の話をしていたんだった。
月丘女史に翻弄され、お面の事等頭から抜け落ちていた。
【皇】
「確かに怖いお面だよね」
【深見】
「ええ、実は食事会の時から気になっていたんですよ」
チラと蓮華を見る。
【蓮華】
「……?」
食事以外には無頓着な蓮華では、やっぱり話にならないと思った。
【香恋】
「これは能面ですよね、角があるから鬼の面かも知れないですね」
【深見】
「あぁ、確かに」
人を食らう鬼のようであった。
【皇】
「ふむ……実は僕もちょっと気になって調べてみたんだけど」
やはり皇さん……仕事が早い。
【皇】
「氷見出身の幻の能面師と言われている、『氷見宗忠』の作品だね」
【深見】
「へぇ、そうなんですか」
【皇】
「ここに置かれていることや、面の状態から考えても本物ではないだろうけど……きっとレプリカだね」
【香恋】
「流石です皇さん、抜かりありませんね」
月丘女史はウンウンと頷きながら感心していた。
【皇】
「あ、あと月丘くん、この面は鬼の面ではないよ」
【香恋】
「そうなんですか、てっきり……」
【皇】
「これは野干と呼ばれている妖怪の面さ」
【香恋】
「やかん? ……ですか」
野干といえば……僕はある妖怪の話が頭に浮かんだ。
【深見】
「中国で伝説となっている悪獣の名ですね。狐に似て小さく、よく木に登り、夜鳴く声が狼に似ていると言います」
【深見】
「野干は閻魔天眷属の女鬼荼枳尼と同一視される事もあるそうです。荼枳尼天、所謂ダーキニーですね。日本では狐の精とされ、稲荷信仰と混同されていますね」
【皇】
「へえ、流石詳しいね」
【深見】
「……あ、そういえば、神社を見つけましたよ、皇さん」
ダーキニーで思い出した。僕は今日の成果を皇さんに報告する。
【皇】
「やはりあったのか。それで、どういう……」
【香恋】
「あの……立ち話もなんですし、そろそろ食事にしませんか」
僕と皇さんの間に割って入る月丘女史。話が終わらなくなる事を予期したのだろう。
【深見】
「そ、そうですね、食べましょう皇さん」
【皇】
「そうだね」
ぼ~っと話を聞いていた蓮華が急に……。
【蓮華】
「たべよ、たべよ」
子供のようにはしゃぎだしたのであった。
皆で揃って夕食を摂る。
普段一人で食事を摂ることの多い僕は、この状況がとても心地よかった。
食べる事よりも、お喋りについつい夢中になってしまう。
二人と別れてからの事も克明に皇さんと月丘女史に話した。神社が何処にあって、どんな建物だったか。もよかさんと出会って、どんな話をしたか。
二人共興味深く僕の話を聞いてくれて話が弾んだ。
一人、食事に夢中になっている者を除いて……。
【蓮華】
「もぐもぐ……」
蓮華は美味しそうに牛鍋をつついている。
先程迄の疲れはどうやら癒えたようだ。口いっぱいに食べ物を詰め込んでいる様が愛らしくはある。
【蓮華】
「牛は美味しいわねぇ」
底なしに食べ続ける蓮華を見ていると、僕の方は何時の間にかお腹いっぱいになっていた……。
一通り食事が終わり……。
【蓮華】
「ふぅ……」
[rb,漸,ようや]く満足したのか、部屋の片隅で寛いでる蓮華。
【深見】
「そう言えばあの後、学園ではどんなお話があったんですか?」
食後のお茶を頂きながら、僕達と廊下で別れた後の経緯を、月丘女史に尋ねてみた。
【香恋】
「そうですねえ、学長を中心に皇さんのファンの集いのようになっていました……」
辟易した顔をする月丘女史。
【深見】
「事件については、特に何も?」
【香恋】
「はい、お話するようなことは何も……それにしても、学長と来たら……学園の心配ばかりで、生徒さんの事、ちゃんと考えているんでしょうか……」
【深見】
「あははは……」
月丘女史の感情を逆撫でしないように愛想笑いをする。
でも、こういう真面目な所も素敵だと思った。
【深見】
「皇さんはどうお考えです、学長の事……?」
【皇】
「ん? 別に……大人というものは皆俗物だからねぇ。僕は違うけど」
特に学長の話題には興味を示さず、床の間の前に屈み込み、何やら黙々とお茶碗等を並べている皇さん。
【深見】
「何をしているんですか?」
【皇】
「あぁ……座敷童子は小豆飯を好むって言うから、撒き餌として置いているんだ」
野生動物の捕獲みたいな事を言っている。
【深見】
「まだ諦めてなかったんですね」
【皇】
「諦めてないよ、一度でいいから会ってみたい」
もう会ってるけど……。
【蓮華】
「小豆飯……」
蓮華が眉を顰めていた。
【深見】
「何か文句があるんですか?」
【蓮華】
「お菓子の方がいいわ」
【皇】
「……ふむ、座敷童子とは子供である訳だから、お菓子を好むだろうと、こう言いたいんだね?」
【蓮華】
「ええそうよ……」
【蓮華】
「特に『うまし棒』『じゃがりんこ』『ピザポテチ』『ピスコ』『ふんわり師匠 きなこもち』辺りがベストだと思うわ」
蓮華の趣味全開だった。
【皇】
「そうか、具体的な商品名ありがとう。早速買って試してみるよ」
【蓮華】
「いい心がけだわ」
知らぬ間に皇さんが蓮華のパシリにされていた。
【深見】
「……」
此れは……前途多難なのではないだろうか。
明日からの学園生活が、少し不安になる僕なのだった……。
夕食後……。
一日の疲労回復の為に、温泉へと足を運んだ。
【深見】
「ふう……」
お湯に身体を沈めると、満足の溜息が漏れる。
肩こり腰痛などにも効果アリと謳われているこの温泉は、僕の肉体を柔らかく解してくれるのだった。
【皇】
「やあ」
【深見】
「あっ……」
呑気に一人で湯浴みしたい心境であったが、皇さんと遭遇してしまう。
【皇】
「中々良い温泉だね」
僕等以外誰も居ないのをいい事に、すーいと泳ぎだす皇さん。
【深見】
「ちょ、一寸、子供じゃないんですからっ」
【蓮華】
「子供じゃないのよ」
【深見】
「!?」
蓮華の声が聞こえてきて、すわ一大事と驚愕したが、隣の女湯から声が漏れているだけだった。
【香恋】
「そうですよね、分かってます。蓮華ちゃんは立派なレディーですよね」
【蓮華】
「ちょっと、頭を撫でないで。馴れ馴れしいわ……」
【香恋】
「あらごめんなさい、とっても可愛かったので」
【蓮華】
「また子供扱いね……この妖怪乳おばけ……」
【香恋】
「ちちおばけ……
(ピーン!)」
【香恋】
「胸を大きくしたいなら、適度なエクササイズときなこ牛乳を飲むといいですよ」
【蓮華】
「本当にそれで大きくなるの……」
【香恋】
「大丈夫ですよ~〈ハ〉」
なでなでっ
【蓮華】
「貴方、完全に舐めてるわね……」
【香恋】
「でも、胸が大きくても、そんなにいいことないんですよ~、邪魔だし重いし肩は凝るし、胸の下の汗が不快だし……」
【蓮華】
「自慢?」
【香恋】
「いえ、求めてくれる人がいなければ、ただのリスクです」
【香恋】
「私……女の人の胸って、好きな人のためにあるものだと思っているんです……」
【蓮華】
「赤ん坊のものだと思うけど」
【香恋】
「自分では得られない快感を好きな相手から与えられて、初めてこの胸は存在する意味を持つんです……」
【蓮華】
「ちょっと、何言ってるか分かんない」
【香恋】
「そして、この胸で好きな人を包み込んであげて、その人の心を癒やしてあげる……」
【香恋】
「深見先生をこの胸で、こう、ぎゅうっっと抱きしめてあげたい……安らかなお顔を思いっきりこの胸の谷間に埋めさせて、甘えさせてあげたい……〈ハ〉」
【蓮華】
「深見って言っちゃってるけど……」
【香恋】
「! ……へっ!?」
【香恋】
「わ、私っ、言っちゃってました……?」
【蓮華】
「しっかりとね」
【香恋】
「恥ずかしいっ……わ、忘れて下さいっ、蓮華ちゃんっ……!」
【蓮華】
「無理ね」
【香恋】
「わ、私、すぐ心の声が口に出ちゃうんですよ~……誰にも言わないでくださいねっ、蓮華ちゃん~~~! お願いしますぅ~~~っ!」
もう既に聞こえていますが……。
【香恋】
「そんな、意地悪言わないでくださいぃ~……恋人がいない寂しい私を、これ以上、苦しめないでくださいぃ~~!」
【蓮華】
「貴方……悲しいぐらいのポンコツ美人ね」
【皇】
「……君はこんなに近くに、愛してくれる人がいて羨ましいね」
優しく見守るような顔で皇さんが僕を見ていた。
【深見】
「い、否そんなんじゃぁ……」
と言いつつ、今、人生初のモテ期だと思います、僕も……。
【皇】
「僕の予想通り、付き合ってたんだね、君達は……」
【深見】
「予想通り!?」
いきなりの発言に驚いて、声が裏返った。
【深見】
「……! い、否そんなんじゃ」
と言いつつ、今、人生初のモテ期だと思います、僕も……。
【皇】
「でも、意外だな……」
【深見】
「?」
【皇】
「君は月丘くんと付き合い始めたものとばかり思っていたから」
【深見】
「ど、どうしてそうなるんですかっ!?」
いきなりの発言に驚いて、声が裏返った。
【皇】
「君と月丘くんが駅で話している内容から、推理したのさ……」
【深見】
「え……?」
【皇】
「昨日はごちそうさま、美味しかった、と……君は月丘くんに言っていた」
【深見】
「はあ……」
【皇】
「そして月丘くんは、太腿は大丈夫か? と、君に尋ねていた」
【深見】
「!! ……どうして其れを!?」
やっぱりあの時の会話を皇さんは聞いていたんだ!?
【皇】
「ということは、昨日、君は月丘くんから食事を振る舞われ、その際、太腿に何か支障をきたしたと考えられる……しかし君は足を引きずる様子もなく、平然と歩いていた」
【皇】
「その状況から、軽い創傷が考えられ……おかげさまで、という君の発言から、月丘くんは君のために何らかの処置を行い、大事には至らなかった事が窺える……」
【皇】
「男女が一緒に食事をして、太腿が傷つくケースはそう多くない」
【皇】
「それで、僕は思った……月丘くんが料理をし、スープか味噌汁なんかが君の太腿に溢れ、軽度熱傷を負ったのではないか……と。外食や差し入れの線も考えたが、この条件から、それは極めて薄い」
【深見】
「……すごい」
何時の間にか僕は、皇さんのその推理力に感心し、聞き入っていた。
【皇】
「つまり、月丘くんは、自分の家、もしくは君の自宅で、手料理を振る舞ったのじゃないかな……これは二人が恋人関係になったという証明だと思ったんだ……」
【深見】
「その通りなのですが、でも……」
僕は言葉を濁してしまう。
僕と月丘女史は……まだ、恋人とは呼べない。
僕は彼女に、まだ『好きだ』とも『付き合って欲しい』とも言っていないのである。
でも……。
【香恋】
「……太腿……大丈夫でした?」
【香恋】
「才能のある作家さんの本は、世に行き渡らせなくてはっ! 私の使命ですっ!」
【香恋】
「(後で、ね……?)」
今日一日の月丘女史との会話を思い出すと、其れだけで胸が高鳴る……。
此れは、やっぱり……。
恋、なのかも知れない……。
【皇】
「ふーん……」
皇さんは何か察したように笑っていた……でも、僕の方にも一つ疑問があった。
確かに言われてみればそうである。でも、その先の真実は僕の心の中に秘めておきたかった。
【深見】
「その通りです、でも違います」
きっぱりと、僕は言った。
【皇】
「そうかい」
頷きながらも、皇さんは何か察したように笑っていた……でも、僕の方にも一つ疑問があった。
【深見】
「でもあの時、皇さん、近くにいなかったですよね」
【皇】
「ああ」
【深見】
「僕と月丘女史の会話、聞こえてたんですか?」
【皇】
「うん、普通に……」
やはり蓮華並の地獄耳の持ち主だったようだ。
【深見】
「因みに視力は?」
【皇】
「20以上はあると思うよ」
【深見】
「す、凄いですね……」
ある意味、無敵の人だった。
【深見】
「ところで、皇さんは彼女さんとかいないんですか?」
恋バナ繋がり、という訳ではないが、一般男子が良くするような話題を振ってしまった……。
【皇】
「そうか……でも月丘くんじゃないとすると、やっぱり君のす……」
【深見】
「と、ところで、皇さんは彼女さんとかいないんですかっ?」
深く追求されるのを避けようと、恋バナ的な一般男子が良くするような話題を振ってしまった……。
【皇】
「僕はいないねぇ」
サラリと答えてくれた。
【深見】
「そうなんですか……意外です。皇さんだったらモテモテだと思うんですけど」
【皇】
「いくらモテたってしょうがないよ……だって、僕にはエリザベスがいるし……」
エリザベスって……外国人? 恋人じゃないという事は、大人の付き合いか……? 今流行のセフレという奴か……。
【深見】
「が、外国の方ですか……」
流石皇さんだ、国籍に捕らわれないお付き合いをしているのだな……最早僕のような庶民とは住んでいる世界が違うようだ。
【皇】
「外国かなぁ……?」
皇さんが不思議そうに考える。
【皇】
「生まれはどこか分からないなぁ……彼女今、東京のホテルに宿泊中なんだけど、とても心配なんだ……こんなに長い間彼女と離れるのは初めてだからさ。まさに悲劇そのものだよ」
【深見】
「ホテル? ですか……」
来日しているセフレさんがホテル住まいという事は……? 海外のセレブか何かかな……皇さんレベルであれば十分に有り得る……。
【皇】
「本当は一緒に連れてきたかったんだけどね。彼女、畳を齧っちゃうからさ。和室は無理なんだよ」
【深見】
「畳をかじる?」
海外のセレブが畳を齧る!? こ、怖すぎる……が、妖怪並みに興味深い。
【皇】
「後、すごく嫉妬深いからね。僕を愛する余り、他の女性を見ると牙を剥くんだよなぁ……ま、そういうところも可愛らしいんだけど」
【深見】
「牙を剥くって……」
海外で牙が鋭い妖怪……確かブラジルにチュパカブラという妖怪がいたけれど……その類か?
【皇】
「歯が鋭いでしょ。げっ歯類」
【深見】
「げっしるい!」
ブラジルのげっ歯類?
【深見】
「も、もしかして、エリザベスさんって……」
【深見】
「カピバラの妖怪!?」
【皇】
「な、何言ってるの?」
露骨に嫌な顔をされた。
【深見】
「え? 違います?」
【皇】
「ハムスターだけど」
ハムスター!!
【深見】
「え、え~と、其れは、ペット、ですよね……セフレじゃなくて……」
東京のホテルって、ペットホテルか……皇さんの返答に当惑して、思わず表情筋が痙攣してしまう。
【皇】
「セフレって言い方はないだろ!」
【深見】
「す、すみません……」
【皇】
「エリザベスは家族だよ!」
マジギレしていた……。
国籍どころか、種にも捕らわれない自由人……其れが皇さんだった……。
【深見】
「……」
風呂を済ませて部屋へと戻る途中……。
【深見】
「!」
中庭から見える外の茂みがガサッと葉を鳴らしたかと思うと、何か動物のような黒い影が、あっという間に木の上に飛び上がり、枝から枝へと飛び移って、何処かに消えていった。
【皇】
「わっ、今の何だったんだろうね!?」
【深見】
「吃驚した……」
しかし、此処は山の中の温泉宿……野生動物の一匹や二匹居ても不思議ではない。
【深見】
「狸か狐かな……」
【皇】
「狐より若干大きかったような気もするが、あれだけのジャンプ力がある動物と言ったら、やっぱり狐かな……ここは本当に狐が多い土地なんだね」
……一瞬しか見えなかったし、暗かったし、職業柄僕は余り目が良くないから……。
逃げていった黒い影が、人間のように見えた……なんて事は……。
【深見】
「気の所為だろうな……やっぱり」
【皇】
「うーん、もっとよく見たかったなぁ、残念……この中庭にも撒き餌をしておくか……」
【深見】
「はるさんに怒られますよ……」
やはり座敷童子も野生動物も同列に捉えている皇さんだった。
【皇】
「お腹を空かせた動物はほっとけないからねぇ」
【深見】
「優しいかよ」
自室に戻ってきた僕は、畳にゴロリと横になる。
すぐにでも明日の初授業の準備をした方がいいのだろうが、人見知りの僕には気が重い。嫌な事は先送りにするタイプの僕である。
【深見】
「ふう……」
湯上がりで程よく温まった身体をこうして畳に横たえていると、一日の疲れが溶けていくようである。
普段は家で執筆活動ばかりの僕だ……。好きな仕事を続けていられるのはとても楽しい事だけれど、こうして偶に違う事をやってみると、其れは其れでいいものだなと思った。
其れにしても、今日はかなり刺激的な出来事ばかり起こったと言わずにおれない。
皇さんや月丘女史と、私立讃咲良学園へ行き……高瀬先生に出会い……。
神社ではもよかさんに出会った……情景や場面がぼんやりと脳内で動画再生される。
【深見】
「……」
しかし……。
閑暇を覚えるとつい思い出してしまう。
月丘女史の蠱惑的な表情や、悩ましい手付きを……。
僕にとっては……今日起こった全ての出来事よりも、昨夜の月丘女史との行為の方が、より一層刺激的だったな、と思う。
【深見】
「月丘女史……今何してるかな?」
彼女の部屋を訪ねてみようか……でも、図々しいと思われるかも知れない……。
【香恋】
「……あの、すみません……深見先生?」
モヤモヤと逡巡していると、部屋の外から遠慮がちに問い掛ける声が聞こえてくる。
【深見】
「はい、どうぞ」
【香恋】
「こ、こんばんは……」
おずおずと……しかし照れくさそうな笑みを浮かべて、月丘女史が障子を開けて中に入ってきた。
【深見】
「あ、月丘女史……」
嬉しくて、彼女の顔を見た途端にニヤけてしまう。
【香恋】
「お邪魔……じゃなかったですか? すみません、こんな時間に……」
【深見】
「否否……邪魔なんて、そんな訳ありませんよ……でも、どういったご用件で……?」
【香恋】
「うふ……」
月丘女史は意味ありげに微笑む。
【深見】
「?」
【香恋】
「襲いに来ちゃいました〈ハ〉」
【深見】
「えっ……」
【香恋】
「がおーっ」
月丘女史は可愛らしく吠え声をあげると……。
【香恋】
「んぷっ……〈ハ〉 ちゅくっ……〈ハ〉」
襲いかかるように、僕にキスをしてきたのだった。
【深見】
「月丘、女史……」
押し付けられる月丘女史の唇。
【香恋】
「は、あぁっ……んっ、くちゅりっ……」
甘い唾液を口内に流し込み、つるりとした舌の感触が妙にエロくて、僕をうっとりとさせる。
【深見】
「んっ……ちゅっ……」
あぁ……僕は月丘女史と、接吻を交わしてしまっている……。
実感が湧かない。此れは本当に現実に起こっている事なのか。
【香恋】
「あ……ちゅるっ……ん、はぁっ……〈ハ〉」
けれども……彼女の生々しい息遣い、唇の柔らかさ、触れ合った肌から伝わる体温……其れ等が全て現実だと物語っている……。
【香恋】
「はぁ、はぁっ……好き……あなたが、すき……〈ハ〉」
豊満な肉体を此れでもかと密着させる月丘女史。大きな胸も、ほっそりとしたウエストも、股間すら絡み合うように密着している。
【深見】
「ぼ……僕も……あなたが……」
積極的な彼女の迫力にたじろぎながらも、僕はこの儘衝動に流されてしまいたいと切に願っていた。
【香恋】
「あなたが……?」
【深見】
「す、好き……」
【香恋】
「本当……?」
【深見】
「は、はい……!」
僕は[rb,頻,しき]りに頷く。
【香恋】
「嬉しいっ……」
僕は月丘女史に押されて仰向けに倒れ込んだ。
【深見】
「其れに、蓮華とこんなに沢山話したのは、初めてだったなぁ……」
蓮華とは随分前から知り合ってはいたが、彼女はすぐに消えてしまう為、今日のように長時間一緒に過ごすのは初めてだった。
【深見】
「セーラー服もとても似合っていたし……フフ……」
【蓮華】
「気持ち悪い」
【深見】
「……」
僕の心の平安に土足で踏み込むような蓮華の一言だった。
【深見】
「れ、蓮華……何時からいたんですか」
【蓮華】
「セーラー服もとても似合っていたし……ハァハァ……のところからよ」
【深見】
「変な風に脚色しないでくださいっ」
【蓮華】
「ふふ……照れなくてもいいじゃない」
髪を掻き上げ、得意げな蓮華だ。
【深見】
「そういえば、今日は万華鏡は持っていないのですか?」
気恥ずかしくて、僕は話題を変える。
しかし、ずっと気になっていた事でもある。
蓮華にとって万華鏡は、彼女に何らかの力を及ぼしている不思議な繋がりを持つ物だと、僕は勝手に解釈している。
初めて人形の間を訪れた僕に、蓮華は万華鏡を見せてくれた。
万華鏡を覗くと、何かが見える……。
けれども、後で必ず、何を見たのか、忘れてしまう……。
【蓮華】
「私は徒に、通りすがりの人に夢を見せる……」
【蓮華】
「夢の世界は、美しく、魅力的で、恐ろしい……いつの世も人間は、この万華鏡に魅せられる……」
【蓮華】
「でも、夢の世界から現世へと、戻って来られるかは、その人次第……」
【蓮華】
「貴方は、たまたま戻ってこられた……でも、もう一度戻れるとは、限らない……」
【蓮華】
「それでも、夢が見たいのかしら……?」
蓮華にも何度となく釘を刺されている。
あの万華鏡はただの子供の玩具ではない。恐ろしい物なのだ。
けれど、何故か万華鏡を覗きたくなってしまう……危険なものだと分かっていても。
あれを覗くと、僕が捜し求めていたものが見つかりそうな気がして……。
【深見】
「蓮華?」
【蓮華】
「……」
返答を待つ僕を睨み、蓮華は少し唇を尖らせる。
【深見】
「どうしました?」
【蓮華】
「やっぱり、貴方の目的は万華鏡ね」
急に肩を落とし、がっかりしたような言い方をした。
【深見】
「い、否、そういう訳じゃ……」
【蓮華】
「万華鏡のためなら、平気で私を弄ぶ気でしょ?」
【深見】
「そ、そんな、とんでもない言いがかりですよ」
【蓮華】
「さあ白状しなさい、どうやって私を弄ぶつもりなの? 満員電車の痴漢のように、スカートの中に手を挿れようとして挿れなかったり、大事なところに触れるのかと思わせて延々と太腿ばかりを撫で回して」
【深見】
「そ、そんなのしませんしませんっ……!」
【蓮華】
「……そう、では、私を弄ばない?」
【深見】
「え、ええ、勿論ですよ……」
【蓮華】
「絶対に?」
【深見】
「はい……」
【蓮華】
「意気地なし……」
何故か溜息を吐く蓮華。
【深見】
「弄ばれたいのですか、君はっ」
【蓮華】
「冗談よ……冗談の分からない人は嫌い」
【深見】
「ですよね」
畢竟、弄ばれるのは蓮華ではなく、僕のようだった。
【蓮華】
「……でもね」
少し、今までの[rb,巫山戯,ふざけ]た口調を変え、落ち着いた声で蓮華は言う。
【蓮華】
「貴方に万華鏡のことばかり催促されるのは、少し寂しい……」
【蓮華】
「折角こうして、一緒にいるのだから……たまには万華鏡無しで、貴方とゆっくり過ごしてみたい……なんて、思うのはおかしなことかしら?」
【深見】
「蓮華……」
俯いて呟く蓮華を見て……。
僕は、彼女の淋しさに触れたような気がした。
僕は……僕が訪れていない時、彼女がどのように過ごしているかは知らない。
けれども……僕が見た彼女は何時だって……。
独りだった……。
【深見】
「そ、そんな事ありませんよ……僕だって……」
【蓮華】
「……」
【深見】
「……蓮華と一緒にいたい、です……」
照れくさかったが、僕の本心を告げる。
【蓮華】
「……本当?」
【深見】
「本当ですよ」
僕は安心させるように頷く。
【深見】
「……そうだ、折角一週間も一緒にいられるのですから……なるべく万華鏡の事は忘れる事にしましょう」
【蓮華】
「忘れる……?」
【深見】
「はい、思えば僕等は何時も万華鏡を介していた……でも万華鏡が無くったって、僕等は一緒にいられる筈です」
【蓮華】
「一緒に?」
【深見】
「はい」
何時も独りだった蓮華に……誰かと一緒にいる楽しさを、少しでも教えてあげられたら、其れはとてもいい考えのように思えた。
【深見】
「何か、蓮華のしたい事はありますか? 何でもいいです、僕、付き合いますから」
【蓮華】
「本当?」
【深見】
「はい」
僕は力強く頷く。
【蓮華】
「あ……」
【蓮華】
「ありがと……」
蓮華は嬉しそうに微笑んだ。
【蓮華】
「では、トランプをしましょう」
【深見】
「トランプですか」
……案外平凡な事がやりたいのだな。
まぁ、学生の頃は僕もよく一人でフリーセルなんかしてたしなぁ。
……そう言えば僕自身、誰かと一緒にいる楽しさをよく知らなかったんだ、という事を思い出し、自嘲気味に笑う。
【深見】
「フフ……」
【蓮華】
「不満でもあるのかしら?」
【深見】
「[rb,真逆,まさか]……やりましょう」
僕は笑顔で了解した。
そうして……何時間が過ぎたのだろう……。
何時しか僕は疲れ果て……。
【蓮華】
「貴方の番よ」
【蓮華】
「……どうしたの?」
【深見】
「すーすー……」
【蓮華】
「朝まで付き合うなんて、威勢のいいこと言っていたのに……」
【深見】
「すーすー……」
【蓮華】
「仕方がないわね……」
【蓮華】
「……」
【蓮華】
「今日は楽しかったわ……」
【蓮華】
「あ、ありがと……」
【深見】
「……」
……何処かで鈴が鳴っている。
やっと聞き取れるぐらいの微かな音……けれどもやけに耳に残る。
【深見】
「……」
僕はこの鈴の音で目覚めたのだろうか。
【深見】
「……」
此れはもしかしたら、夢なのかも知れない。
全て夢の中の出来事……。
だから、僕の意志とは関係なく、身体が勝手に動いて、こんな所まで来てしまったのかも知れない……。
執拗に鳴り響く鈴の音。
まるで僕に何かを訴えかけてきているようだ。
何かに呼ばれているような気がする……。
僕は其処へ行かなければならない……。
あの人に、会わなければいけないのだ……。
そうだ……僕はずっと捜していた。
遠い、遠い昔からずっと……。
【深見】
「……」
あの人を捜していたのだ……。

【深見】
「あ……」
【香恋】
「うふふ……押し倒しちゃった……〈ハ〉 ちょっと、乱暴だったね……痛くなかった……?」
【深見】
「い、否……大丈夫……」
頬を染める月丘女史……その月丘女史の顔が、僕の、股間のすぐ近くにあった。
すべすべとした桃のような頬、小さく尖った月丘女史の鼻先……其れが触れそうな程近く……。
【香恋】
「でも……あなたとくっつけて……嬉しい、私……〈ハ〉」
月丘女史は更にぴとっと身体を寄せてくる。柔らかな肉体の感触と、彼女の香りが嫌でも伝わってくる。
【香恋】
「あなたの……男の人の、広い胸……素敵……かっこいい、ですぅ……〈ハ〉」
僕の浴衣の前に手を入れ、上半身を弄ってくる月丘女史。
【香恋】
「はぁ……〈ハ〉 幸せ……あなたと、こんなふうに……イチャイチャ、出来るなんて……」
彼女の手が僕の胸板を這い回る。指先が微かに乳首をかすめ、僕は驚きで息を吸い込む。
【香恋】
「はぁ、はぁ……〈ハ〉 着物姿、素敵ですよね……前が開いたところ……最高に、セクシー……はぁぁ……〈ハ〉」
ドキドキする。心臓が止まるのではないかと心配になる程、早鐘のように打っている。
【深見】
「……っ」
彼女が手を動かした瞬間、わざとなのか偶然なのか、僕の股間の中心に触れてしまう。
【深見】
「うぁ……!」
むくり、と、僕の欲望器官が目を覚ます。
【香恋】
「くすっ……」
月丘女史は悪戯っぽく微笑いながら、勃起をぎゅっと掴んでしまう。。
【深見】
「うぅっ……」
彼女の色気が、僕を堪らなく切なくさせる。
【香恋】
「大きく、なってますね……?」
幼さの残るあどけない可愛らしい顔立ちなのに、その表情はゾクッとする程艶っぽい。そして、余りにも豊満な女性の魅力に溢れた肉体が、僕を誘惑してやまないのだ……。
【香恋】
「だめですよぉ……〈ハ〉 こんなにおちんちん、おおきくしちゃ……私、こんなの見たら、ほっとけないじゃないですかぁ……?」
【深見】
「え……」
【香恋】
「そうですよぉ……せっかく、あなたが、私を想って、こうなってくれたのに……私……このまま、見てるだけなんて……無理、ですっ……」
【香恋】
「私……あなたを、食べちゃいたい……〈ハ〉」
今まで見た事もないような月丘女史の表情に戸惑ってしまう。
眼の前にいるのは、何時もの美しい、清楚な月丘女史……[rb,其,そ]れは変わらないのに……。
【香恋】
「いい、ですよね……?」
眼鏡の奥の瞳は、らんらんと燃えるように輝いている。まるで僕を……。
取って食べてしまおう、とでもいうかのように……。
【深見】
「つ、月丘女史、僕……」
僕が返事をする前に……。
【香恋】
「はぁむっ……〈ハ〉」
肉棒は月丘女史の口の中へと消えた。
【香恋】
「んじゅっ、ちゅぷるっ、ちゅうっ、ちゅくちゅくっ……んっ〈ハ〉 くちゅくちゅくちゅっ……んちゅううううっ……〈ハ〉」
【深見】
「くぅぅっ……!」
温かい口中、唾液がたっぷりと絡みつく感触に唸ってしまう。
頬の内側の柔らかい粘膜に、亀頭が当たっている。そのヌメヌメと包みこまれるような心地よさ。
生まれて初めての体験に興奮し、何より相手が月丘女史だという事に更に興奮し、僕は其れだけで達してしまいそうだった。
【香恋】
「ほほへふはぁ……? ひもひひひへふはぁ……?」
もごもごと咥えた儘何事かを尋ねる月丘女史。
【深見】
「す、すみません、聞き取れませんが……」
【香恋】
「あ、ひょうか……」
ちゅるん、と口からペニスを出す。
【深見】
「ううっ……」
そんな刺激にいちいち反応してしまう。
【香恋】
「気持ち、いいですか? 痛いところ、ありませんか?」
僕の反応を誤解したのか、ナースのような気遣いを見せてくれる。
【深見】
「気持ちいいですっ……」
僕はただ、阿呆のように答えるだけだ。
最高の時間に、身を委ねるだけだった。
【香恋】
「よかったぁ……〈ハ〉 んちゅっ、ちゅっ、ちゅるるっ……」
月丘女史は再度男根に唇を付け、舌を這わせる。
【香恋】
「んじゅるっ、ぴちゃっ、んっ、ちゅぶっ、ちゅっ、ちゅくっ……ちゅぷちゅぷっ、ちゅうっ、ちゅぴっ……」
【深見】
「うう、すごいです、月丘女史っ……」
可愛い顔に似合わず大胆な舌使い。亀頭にくるっと巻きつけるように舌を回し、レロレロと舐めあげられると、其れだけで下半身に甘い痺れが走り抜ける。
【香恋】
「ひょうれふか? んんっ、ちゅくちゅくちゅくっ……はじめて、なんれふけろ、うまくれきているれしょうか?」
【深見】
「うまいですっ……あなたは天才ですっ……」
僕の方も初めてなので、比較のしようがないのだが、確実に言えるのは、比較なんてする迄もなく、最高に気持ちがいいという事だ。
【香恋】
「よ、よかった、でしゅ……ちゅうっ、ぷちゅるっ、んっ、じゅちゅっ〈ハ〉 ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……れちゅ、んっ、くちゅっ〈ハ〉」
【香恋】
「ああんっ、かわいいっ……おちんちんっ……んじゅるっちゅうっ、……おいしいっ、おいしい、おいしいっ……ちゅううっ……!」
『美味しい』と連呼しながら、子供がアイスキャンディーを舐めるように夢中になってペニスにむしゃぶりつく月丘女史。
【香恋】
「ふぁぁ……じゅるるっ〈ハ〉 おちんちんの先っぽからぁ……お汁、でてきてるぅ〈ハ〉 興奮したおしる……〈ハ〉 あなたの、味……〈ハ〉 おいしい、おいしいぃぃ……〈ハ〉」
【香恋】
「吸っても吸っても、でてくるのぉ〈ハ〉 おいしいあなたのお汁ぅ……〈ハ〉 ちゅぴっ〈ハ〉 飲み干したいのぉ……わたしが、ぜんぶっ……ちゅくちゅくちゅくっ〈ハ〉」
【香恋】
「んじゅるるっ……ちゅううっ〈ハ〉 あぁっ……ぷっくりしてぇ、きのこさんおちんちん、かわいいい……ぜんぶ、じぇんぶっ……なめなめしてぇ……きれいきれいしてあげるぅ……〈ハ〉」
【香恋】
「あぁんっ〈ハ〉 ぴくぴくおちんぽぉ〈ハ〉 舐めるとびくんってなるの、かわいいよぉ……〈ハ〉 なんでこんなに可愛いのぉ……わたしをかわいいで殺す気なのぉ……はぁぁ……〈ハ〉」
独り言を呟きながら夢中になってフェラチオを続ける月丘女史。
彼女の眼が段々と潤んできて、蕩けるような顔つきになってくる。
【香恋】
「あ、あぁぁ……もう、だめぇ……おちんちんかわいすぎて、尊すぎてぇ……だめぇ……もう、精神保っていられないよぉ……〈ハ〉」
【香恋】
「あぁぁ……〈ハ〉 おちんちんなめなめしてるだけでぇ……らめぇ……わらひ、もう……こうふんししゅぎぃ……ぶっとんじゃうのぉ……ちゅるっ、ぴちゃぴちゃっ〈ハ〉」
【香恋】
「すきなひとのおちんぽぉ……尊いのぉ……〈ハ〉 なめしゃしぇてくれて、ありがとうぅ……おちんぽにちゅっちゅ、しゃいこうにきもひいい……〈ハ〉 きもひいいい……〈ハ〉」
興奮の所為なのだろうか、月丘女史の身体が時折ぴくんぴくんと震えだす。彼女の震えが伝わり、肉棒にも更にビクンビクンと血液が流れ込んでゆく。
【深見】
「あぁぁっ……月丘女史、僕、もうっ、だめかも知れません……」
【香恋】
「んちゅるっ、わ、わたしも、らめっ……らめかも……ちゅぶちゅぶっ、くちゅるっ……ふぇらちお、こんなに、きもちいいなんて……ちゅううっ……!」
【深見】
「い、イキそうですっ……!」
【香恋】
「い、いいのっ、イッて……わたしのおくちでイッてぇぇ……あなたがイカないと、私がイッちゃううううううう……ちゅううううううっ……!」
月丘女史が天性の勘で唇の吸上げを強めると……。
【深見】
「う、うぁぁっ……!!」
堪えていたものが、一気に吸い出された。
どびゅうううううううっ!! ぶぎゅるるるるるるるるっ!! びゅぐぐぐぐぐぐぐぐっ!! どぴゅるるるるるるっ!!
【香恋】
「んぐぅっ……!! んじゅちゅうううううううううっ……!!」
僕は月丘女史の口中に精液を溢れさせてしまった。
初めての行為で口内発射とは……してはいけない事をしてしまった気がする。
【深見】
「う、くっ……す、すみません、月丘女史……」
が、月丘女史は……。
【香恋】
「(ぽわわわわ……〈ハ〉)」
目をトロンとさせ、口内に出された精液を、全て飲み込んでしまったようだった。
【深見】
「月丘女史? 大丈夫ですか?」
【香恋】
「ふわわ……〈ハ〉 こ、これが、精液の味……あなたの……味……〈ハ〉 は、はじめて……〈ハ〉」
【深見】
「す、すみません、飲まなくたってよかったんですよ……」
【香恋】
「う、うれしいっ……〈ハ〉 私だけにくれた、あなたからの、贈り物……〈ハ〉 美味……〈ハ〉」
じゅるり、と舌舐めずりをする月丘女史。
【香恋】
「欲しい……もっと、ほしい、ですっ……〈ハ〉」
そう言って悪戯っぽい笑みを見せると、月丘女史は……。
【香恋】
「ちゅじゅううううううううううっっ……〈ハ〉」
ペニスにしゃぶりつき、思い切り吸い上げてきたのだった。
【深見】
「うぁぁっ……!」
絶頂を迎えたばかりの男根は、新しい刺激に悲鳴を上げる。
そもそも僕は草食系を自認している。性欲は余り強くない方だな位に思っていたものである。
けれども……。
【香恋】
「んふぅっ……ちゅっ、ちゅぶっ……んちゅうっ、ちゅくちゅくっ……ぷちゅっ、ぴちゃぴちゃっ、ちゅっ、ちゅぱっ……」
怒涛のような月丘女史の舌技、そして何より……。
【香恋】
「はぁむっ……ちゅっ、ちゅるっ……もっと、もっと、欲しいよぉ……あなたの、贈り物……せい、えき……ちゅっ〈ハ〉」
【香恋】
「あなたの、におい……あじ、あせ……あなたの、全部っ……ほしいの……ちゅうちゅうっ、ちゅぱっ……〈ハ〉」
【香恋】
「わがまま、かな……? ……でもっ……あなたがほしいの、がまんできなくてっ……ちゅるるるっ、ぷちゅるるるっ……!」
月丘女史のねっとりとした視線、すがりついてくるような言葉の数々、甘ったるい息遣い、僕の太ももに触れてくるしっとりとした肌……。
そんな月丘女史の全てが、草食系の僕でさえ、興奮させ、いきり勃たせるのだ……!
【深見】
「あぁっ……月丘女史っ……あなたは、すごいっ……」
【香恋】
「あなたこそ、すごい、ですぅっ……こんなに大きく、膨らんでぇっ……にどめなのにっ……まだまだ、元気っ……あぷっ……ちゅうううっ……〈ハ〉」
そうだ、僕の今まで余り自慢ではなかった息子は、かつて見たことがないくらい、雄々しく天を衝くようにそびえ立っていたのだ。
【香恋】
「こんな……こんなおっきいおちんちん、見せつけられたらぁ……もお、理性なんかぶっとんじゃうよぉ……〈ハ〉 がまんなんか、できないよぉ……ちゅぷちゅぷっ、れるぅっ!」
【香恋】
「おちんぽがすきすぎてぇ〈ハ〉 あたまどうにかなっちゃうぅ〈ハ〉 あなたのおちんぽが、きょだいすぎてぇ〈ハ〉 もう、おちんぽのことしか考えられないぃ……ちゅるっ、ぴちゃっ〈ハ〉」
そそり立つ男根に、絶え間なくキスの雨を降らせる月丘女史。肉棒全体を隙間なく舐めしゃぶり、思い出したように吸引を加えてくる。
【香恋】
「じゅううっ〈ハ〉 ふぁっ……亀頭おちんちんの弾力……〈ハ〉 口の中でもこもこしてぇ〈ハ〉 かわいいっ……もう、一日中でもしゃぶっていたいっ……〈ハ〉」
【香恋】
「一日中、キスして、あげりゅっ……〈ハ〉 ちゅっ、ちゅぅっ、ちゅぱっ〈ハ〉 れりゅれりゅれりゅっ〈ハ〉 くちゅり、んちゅっ、ちゅるちゅるっ……じゅりゅりゅりゅりゅっ〈ハ〉」
【深見】
「ううっ……!」
扇情的な言葉と舌での愛撫を浴び続け、僕の官能も極限に達しそうだ。
【香恋】
「あふぅっ〈ハ〉 び、びくんびくんっ……おちんぽ、あばれてるぅっ……い、いまにも、ばくはつしそうっ……ちゅううっ、むちゅっ、ぴちゃぴちゃっ、ちゅくっ! んっ、ちゅうっ……!」
月丘女史の言う通り、ペニスは今にも爆発しそうだ。
【香恋】
「わ、わたしもぉ……私も限界ぃ……おちんちん、いっぱいなめしゅぎて……なめなめしてるだけで、唇……お口の中、粘膜ぅ……きもちよく……んくぅっ〈ハ〉 じゅるるるっ〈ハ〉」
【香恋】
「いろんなとこ、きもひいいよぉ……舌……くちびるぅ……ちゅうちゅうするの、きもちいいっ……あぁっ……〈ハ〉 ちゅくちゅくちゅくっ、んちゅぅっ……れるれるれるっ〈ハ〉」
【香恋】
「らめっ……きもひいいっ……ふぇらきもちいいのぉっ……おくちこうふんしちゃうっ……わ、わたし……も、ばくはつ、しちゃうっ……おまんこが、ばくはつぅっ……ちゅううぅぅっ〈ハ〉」
しかし月丘女史の方も十分官能を刺激されているようで、頬を真っ赤に染めながら、今にも絶頂を極めそうに震えているのだった。
【深見】
「あぁっ、月丘女史……僕はもう……!」
【香恋】
「い、いいよぉっ……また、いって……〈ハ〉 わ、わたしも……び、びくびく、してっ……ふぁんっ〈ハ〉 も、もう、がまんっ……ひぁぁっ……ちゅるるるっ!」
【深見】
「い、イキますっ……!」
【香恋】
「イッてよぉっ……はやくイッてよぉっ……じゃないと私が、先にイッちゃう……はやく、わたしのおくちのなかに、愛のザーメン、プレゼントしてよぉっ……〈ハ〉 もう、わたしっ……イッ……〈ハ〉」
【香恋】
「ちゅううううううっ……じゅるるるるっ……んちゅううううううっ……じゅちゅうううううっ……!!」
【深見】
「あぁぁっ……!!」
どくどくどくどくどくどく~~~っっ!! びゅるるるるるるっ!! どびゅるるるるるーーっ……!!
【香恋】
「んんんん~~~~~~っっ……!!」
びくん、びくん、と身体を震わせながら、精液を受け止める月丘女史。
【香恋】
「んくっ……ごくん、ごくんっ……」
彼女もエクスタシーに達したのかも知れない……荒い息を吐きながら、喉を鳴らして僕の放出物を飲み干していた。
【香恋】
「ふぁぁ……〈ハ〉 ん、ちゅぴっ……せーえき、またもらっちゃったぁ……くせになりそう……はぁぁ……〈ハ〉」
夢見るように小さな声で呟く月丘女史だったが、僕の肉棒を見てはっと息を止める。
【香恋】
「しゅご……しゅごいぃ……とってもたくましい……〈ハ〉」
頬を染め、息も荒く僕を見つめる。
【深見】
「んっ……!?」
僕の肉棒が、また性懲りもなく勃ちあがっていたのだった……。
【深見】
「うわ、こ、此れはっ……ち、違うんです……」
僕は何故か言い訳の必要に駆られた。
【香恋】
「はぁ、はぁ……何も違わないですよぉ……」
【香恋】
「まだ、私を求めてくれるんですよね……?」
月丘女史は魅惑的な微笑を浮かべて、僕にすり寄ってくる。
【深見】
「あ、あの、僕は……」
【香恋】
「お願い……」
【香恋】
「私を全部……あなたのものにして……〈ハ〉」
【深見】
「えっ……?」
そっと、月丘女史が抱きついてくる。
【深見】
「つ、月丘女史……!」
僕は反射的に、月丘女史を強く抱きしめ返していた……。
【香恋】
「はぁ、はぁ……〈ハ〉」
畳の上に、月丘女史を静かに横たえる。
【香恋】
「ドキドキ、します……胸が、苦しくて……」
【深見】
「胸が……」
僕は思わず月丘女史の豊満な胸に目をやる。
ふっくらと盛り上がり、女性らしいカーブを描く双乳……。
【深見】
「(ゴクリ……)」
急に喉がカラカラになってしまったかのようだ。こんなに大きな乳房を眼の前にして僕は……。
【香恋】
「脱がせてぇ……〈ハ〉 お願い、早くぅ……」
月丘女史は自らセーターを捲り上げた。
僕は慌てて彼女の言う通りにする。セーターを捲り上げ、ブラジャーをずり下げ、胸の輪郭の全てを露わにする。
【深見】
「ほう……」
その全貌が明らかになり、僕は溜息を吐いた。
白い丘のような胸……その頂点についている桃色の乳首……如何な天才画家でも此れを絵にする事は不可能であろう、其程の素晴らしさ。
自分がこのようなものを目にすることが出来るとは、否、目にしていいのか、と自問自答しながら、目が離せずにいた。
【香恋】
「ど、どうかな? ……私の、おっぱい……恥ずかしいけど、でも、見てほしいの……」
恥じらって身を捩りつつも、僕の前に全てを晒す。
赤面し、震えながらも、僕の為に堪えてくれている。
【深見】
「きれいです……」
僕は思わず月丘女史の片方の膨らみに触れる。
【香恋】
「ひゃぅっ……!」
ビクッと月丘女史が身体を縮こまらせる。
【深見】
「い、痛かったですか……?」
乱暴な触れ方だっただろうかと手を引っ込める。
【香恋】
「ち、ちがうのぉ……ちょっとさわっただけで、ち、ちくびぃ……」
月丘女史は僕の手を取ると、ぎゅむっと自分の胸に押し付けてきた。
【深見】
「!」
手のひらに、月丘女史の胸の膨らみと、何時の間にか固く凝った乳首の感触を感じる。
【香恋】
「きもち、いいのぉ……〈ハ〉 私……さわってほしい……あなたに、触れられた瞬間……電気が、からだに流れて……む、むね、が……ち、ちくび、が……ビリビリってぇ……〈ハ〉」
【香恋】
「き、きもち、よかった……あなたの、手……だから、わたし……」
目に薄っすらと涙を浮かべながら、切々と訴える月丘女史。
そんな月丘女史に背中を押されるようにして、僕はゆっくりと彼女の胸を揉んでいく。
【香恋】
「んっ、ふぅ……はぁっ……〈ハ〉」
僕の手の動きに合わせるように、次第に息を荒くしていく月丘女史。
【香恋】
「ふぁ……〈ハ〉 大きい手……骨ばってて、かっこいい……んっ、あふっ……」
僕は気を良くして手の動きを大胆にする。乳房をギュッと揉み込んだり、両手のひらで双丘の形をなぞったりする。
【香恋】
「あ、そこぉっ……ん、ふぅっ……〈ハ〉 ひゃうんっ……〈ハ〉」
僕が乳輪の周りをなぞり始めると、月丘女史は顕著な反応を見せた。
【深見】
「其処って、何処ですか?」
僕はわざと焦らすように乳首には触れず、その周辺ばかりを執拗に撫で回した。
【香恋】
「あ、うぅぅんっ……ち、ちくびぃ……はうんんっ……〈ハ〉」
【深見】
「乳首、すごく勃ってますね……」
【香恋】
「あ、は、はじゅかしぃ……ふぅんっ……さわってほしくて、びんびんにたっちゃってるちくびぃ……はじゅかしぃ〈ハ〉」
触らなくても、月丘女史の乳首はもう弾けそうに勃起してしまっている。固くなった小さな突起が、触れてほしそうにぷるぷると震えていた。
【深見】
「恥ずかしいなら、やめますか?」
僕らしくもない、意地悪な言い方だ。
けれども、今の雰囲気には……淫らな行為に没頭している、非現実的な今なら……ぴったりのセリフだと思った。
【香恋】
「や、やぁぁ……やめない、でぇぇ……」
【香恋】
「もっと、さわってぇ……むね……おっぱい……ちくび……さわって……あなたのてで、さわってほしいのぉ……〈ハ〉」
涙声でこんなに可愛らしい事を言われては、僕の方も堪らない。
触れたくて堪らなかった乳首に、遂に触れた。
【香恋】
「んくぅぅぅぅ~~~っっ……〈ハ〉〈ハ〉」
指先で軽く触れただけで、月丘女史の身体は跳ね上がる。
【香恋】
「あ、ちくびぃ……しゅごい……びりびり、からだじゅう、しびれちゃう、とけちゃうぅ……〈ハ〉」
【深見】
「感度がいいんですね、すごく……」
【香恋】
「あ、あぁぁ……やらしい、やらしいからだ……なの……しゅごく、きもちいいからぁ……あぁぁ……〈ハ〉」
月丘女史はぐったりと身体の力を抜き、僕に預けてくる。
【香恋】
「んっ、あぁっ、はぁっ、あっ……あぁっ、ふぁぁっ……」
目を閉じて快感に浸っている。何時ものきりりとした月丘女史とは違う、少しだらしなく開いた口元が凄くセクシーだ。
【深見】
「月丘女史……」
僕はおっぱいに手を這わせながら、月丘女史の唇を求めた。
【香恋】
「んっ……ちゅっ……ちゅくるっ……はぁっ……き、きもちいい、きもち、いいですぅ……ちゅっ、んちゅっ……おっぱい、ナデナデされながら、キス……いやらしいけど……きもちいい……」
舌を絡め、彼女の甘い唾液を味わい、手は休めずに胸を弄り続ける。
ぷっくりとした乳首をこね回すと、乳首の方も負けじと弾力を増し、指を押し返してくるようだった。
【深見】
「ちゅっ……」
そろそろいいだろうか……僕は月丘女史のスカートに手を伸ばした。
【香恋】
「はぁ、はぁ……そ、そこ、もう、ぐちゅぐちゅだよぉ……〈ハ〉」
月丘女史は僕の動きを敏感に察知し、お尻を少し持ち上げて、パンティーを下ろすのを手伝ってくれる。
【香恋】
「あ、あぁぁぁぁ……〈ハ〉」
そして、月丘女史の秘部……剥き出しの女性器が晒された。
【深見】
「此れが月丘女史の……」
初めて見る其処は……艶々としたピンク色だった。
まだ誰にも触れられていない、隠されていた場所……月丘女史の入口はぴくぴくと開き……僕を誘っているようだった。
【香恋】
「み、見られたぁ……遂に、好きな人に……全部……恥ずかしいところ、全部……はぁ、はぁ……〈ハ〉」
【香恋】
「はずかしい……でも、うれしい……〈ハ〉 見て……もっと見て……私のいやらしいところ……見て……〈ハ〉」
【深見】
「は、はい……!」
僕は産まれて初めて見る女性器を凝視する。
【深見】
「すごく、きれいです……」
生の迫力に圧倒される。
女性器のシンメトリーな形も、熱帯魚のヒレのような陰唇も、ぽつんと膨らんだ可愛らしい肉の芽も……全部が月丘女史の一部として、美しかった。
【香恋】
「あ、あぁんっ……う、うれしっ……うれしいから、また、あふれちゃうう……〈ハ〉」
【深見】
「本当だ……凄く濡れてる……」
僕は月丘女史の蜜口にそっと指を挿れた。
【香恋】
「あ、くううんんっ……!!」
月丘女史は可愛い声を上げて身悶えた。
膣内は既に蜜で充満していたので、入り口が狭いながらも指はぬるりと入っていく。
肉と肉とがみっしりとせめぎあい、僕の指を抱きしめるように締まっていった。
【香恋】
「あ、ひぃぃっ……〈ハ〉 はいったぁ〈ハ〉 あなたの指、はいっちゃたぁっ……〈ハ〉 わたしの、おまんこに、指……っ」
【深見】
「はい、挿れましたよ……」
【香恋】
「んくうううっ〈ハ〉 うれしいっ〈ハ〉 わたしのなかにっ……あなたがっ……くふぅっ! こうふん、するっ……だめっ、こんなの、すごすぎるぅっ……〈ハ〉〈ハ〉」
僕は何度か指の抜き差しを繰り返した。しかしすぐに其れだけでは飽き足らなくなり、中指を膣奥へと押し込みながら、親指でぷっくりとしたクリトリスに触れてみた。
【香恋】
「きゃううううぅぅぅぅーーっっ……〈ハ〉」
途端に、月丘女史の肉体が跳ねる。
【香恋】
「あ、あぁぁっ、そ、そこっ……はぁぁっ……!」
【深見】
「此処ですか?」
僕はクリトリスを重点的に攻める。たっぷりと愛液を纏った其処は、真っ赤に勃起して、グミのような触り心地がした。
【香恋】
「あぁぁっ〈ハ〉 そ、そこぉっ……しゅごっ……こんな、か、からだ、おかしくなっちゃうっ……〈ハ〉 ふぁぁぁんっ……!」
【香恋】
「き、きもひ、いっ……ひゃうんっ〈ハ〉 くり、とり、すっ……こんなに、きもひいい、なんてっ……あっ、あぁっ、あぁぁっ、あぁっ、あっぁっ、あっあぁっんっ……〈ハ〉」
髪を振り乱し、人目も気にせず乱れる月丘女史……。
あぁ、此処には皆が知っている彼女はいない。知的で、清潔感があって、品行方正な彼女は……。
僕の愛撫で、恥じらいもかなぐり捨て、大きな胸を揺らして悶えているのだ。
知っているのは僕だけ、僕だけなんだ……!
【深見】
「月丘女史……!」
僕は感情を堪えきれなくなり、ペニスを掴む。
月丘女史への愛情が、最早抑えられなくなっていた。
【深見】
「い、挿れます、よ……!」
作家なのに、どうしてもっとスマートに言えないんだろう。月丘女史がうっとりするような言葉を言えればいいのに。
【香恋】
「きて、きてっ……早くっ……も、もうっ……待てないっ!」
けれども月丘女史は、僕以上に求めてくれていた。
【香恋】
「はやく、はやくあなたに抱いてほしいんですっ……〈ハ〉」
焦るように僕を引き寄せる月丘女史。もう一分一秒も待ちきれない様子だ。
【深見】
「月丘女史っ……!」
月丘女史の可愛さに励まされ、僕は猛り立ったものを彼女の中へ埋めていく……。
にゅちにゅちにゅちーっ……
【香恋】
「あぁぁっ……くうぅぅうんんんっ……〈ハ〉〈ハ〉」
【香恋】
「お、おちんぽぉぉぉぉ〈ハ〉 はじめてのおちんぽぉぉぉ〈ハ〉 だいすきなひとのおちんぽっ〈ハ〉 はいったぁぁぁぁ……〈ハ〉〈ハ〉」
熱に浮かされたような表情で、甘い声を上げる月丘女史。
【深見】
「い、痛くはないですか……?」
初めての経験で何も分からず、ビクビクしながら腰を進める僕だったが……。
【香恋】
「あぁぁっ……あぁぁぁっあぁぁぁっぁっ……あぁぁぁっ〈ハ〉」
月丘女史はぎゅっと膣内を締め付け、熱っぽく喘ぎ続けている。
【深見】
「大丈夫ですか……」
【香恋】
「んふぅっ……〈ハ〉 だ、だいじょうぶっ……おちんぽ、すごいっ……わたしのおまんこのなかにっ……おちんぽぉっ……はぁっ……あっ……んんっ……んひっ……〈ハ〉」
月丘女史は構わず腰を振り立ててくる。
【香恋】
「はぁっ、あっあぁっあっ……あんっあぁんんっああっあぁっ……ひあぁんんっ、ふぁっ、あぁぁっ〈ハ〉」
【深見】
「つ、月丘女史っ……」
彼女の荒々しさに戸惑い、一瞬本当に初めてなのかな、と疑問を抱くが……。
僕等が繋がった部分から、鮮血が流れているのを目の当たりにし、そんな疑問を持った自分を恥じた。
【香恋】
「あぁぁっ〈ハ〉 おちんぽぉ……愛おしい、あなたのおちんぽっ……わたしのおまんこに、もらって……〈ハ〉 うれしいっ……うれしいよぉっ〈ハ〉」
【深見】
「あぁっ……!!」
昂ぶってしまう。彼女の愛情を感じて、僕も堪えきれないぐらい感情が沸騰する。
【深見】
「……気持ちいいっ……!」
【香恋】
「うれしいぃ、きもちよくなってぇっ……もっとわたしで、きもちよくなってぇぇっ……あぁぁっ……ふぁぁっ……!」
次から次へと激情が、快感が、下半身から湧き上がってきて、もう止める事が出来ない。
彼女を強く抱きしめて、奥迄肉棒を埋める。
もう彼女を気遣う余裕はなかった。僕は僕の快楽を追求し、只管に腰を振った。
【香恋】
「あぁぁっ、おくまで、はいってるぅっ……あなたを、おくまでかんじますぅっ……んぁっ、あん、あぁっ、あぁぁっっ……〈ハ〉〈ハ〉」
【香恋】
「おまんこで、ぜんぶかんじるっ……あなたのおちんちんっ、大きさも、太さも、硬さも、熱さもぉっ……ぜんぶっ……おまんこの中でぇっ……ふぁぁっ〈ハ〉 あぁぁっ〈ハ〉」
【香恋】
「きついくらいいっぱいなの、あなたで、わたしの中が、ぜんぶ、うめつくされてるぅっ……〈ハ〉 うれしいっ……うれしいっ……〈ハ〉」
【香恋】
「あぁぁっ……すごい、ですぅ……わたし、やっと、あなたと、ひとつになって……うれし、いいいいっ……〈ハ〉」
痛みを堪えながら、そんな殊勝なことを言ってくれる月丘女史。僕は処女である彼女に済まない気持ちを覚えつつも、ペニスを打ち込むのをやめる事ができなかった。
【深見】
「月丘女史……!!」
僕が激しく腰を動かすと、月丘女史は両手でしがみついてくる。
胸と胸が触れ合い、僕等の距離はゼロになった。
【香恋】
「すき、ですっ……すき、すきすきっ……あなたが、すきぃっ……〈ハ〉」
【深見】
「僕もですっ……」
【香恋】
「しっかり、抱きしめてぇっ……すきまなく、わたしを全部、あなたのものに……!」
請われる儘にきつく抱きしめる。
【香恋】
「あぁっ、うれしい、うれしいっ……あぁっ、あぁぁっ……〈ハ〉」
更に密着し、二人の境目が分からないくらいだ。
【深見】
「あぁっ……」
ペニスが溶けてしまいそうな心地よさが、身体中に広がっていく……。
僕はもう、発射を我慢出来そうもなかった。
【深見】
「月丘女史、僕は、もうっ……!!」
【香恋】
「きてぇっ……私に全部ちょうだいっ……!!」
【香恋】
「いってぇっ……わたしのなかに、刻みつけてぇっ……あなたの、愛の証をっ……ちょうだいっ……〈ハ〉〈ハ〉」
【深見】
「うぁぁっ……!!」
絶頂を目指し、彼女の最奥に突き込んだ。
どびゅるるるーーーっっ!! びゅぐびゅぐびゅぐびゅぐびゅぐーーっ……!! どびゅるるるるるるるーーっ……!!
【香恋】
「あぁぁぁーーーーーーっっ……!!」
僕は柔らかな彼女の身体に抱かれて、全てを放出していた。
【深見】
「はぁっ、はぁっ……」
大きな快感に震え、言葉も出ない。生まれて初めて女性器に包まれ、その柔らかさ、温かさ、気持ちよさに圧倒されていた。
そして、その快感を教えてくれた月丘女史への感謝の気持ちでいっぱいだった。
【香恋】
「ふぁ……また、大きくなって……〈ハ〉」
しかし男根はそんな僕の気持ちとは裏腹に、また未練がましくも彼女の中で復活していたらしい。
【深見】
「すみません、月丘女史が、気持ちよすぎて……」
【香恋】
「ほ、本当……? 私も、わたしもきもちいいよぉ……処女おまんこ、こんなに気持ちいいなんて……〈ハ〉」
【香恋】
「嬉しい……あなたと、してよかった……〈ハ〉」
涙目の瞳で愛らしく微笑む月丘女史。
【香恋】
「ね……もっと、しよ……〈ハ〉 私、もっとあなたと……したい……〈ハ〉」
ぐちゅ、ぐちゅっ……
【香恋】
「あふぅっあっあぁあっ……あぁんっあぁっ、あぁぁっ……くぅんっあぁっああぁっぁっ……あぁぁぁ~っ……〈ハ〉」
月丘女史は喘ぎ喘ぎ、巧みに腰を揺すり始める。
【深見】
「あぁっ……!」
ぎこちないけれども、僕も必死に腰を動かす。
股間が再び熱く擦れ、快感が漣のように全身に広がってゆく。
【香恋】
「んんっ、はぁっ、ふぁぁっ……か、からだがぁっ、あついっ……はぁぁっ……あぅぅっ、お、おまんこ……あ、あついっ……あぁっ、あっ、あぁっ、はぁっ……」
僕にしがみついてきて、必死に訴えてくる。みるみるうちに汗に塗れていく肉体が、やけに艶めかしい。
【香恋】
「お、おまんこがぁっ……あつくってぇっ……おくから、いやらしい液が……じゅわって溢れてきてますぅ……ふぁんっ〈ハ〉」
【香恋】
「わたし……はじめてなのに、おまんこで……かんじて……〈ハ〉 愛液を、いっぱい、だしてしまったんですねぇ……」
【深見】
「は、はい……」
僕は頷く。処女であるにも関わらず、情欲を剥き出しにしてくる月丘女史には戸惑いも感じたが、其れよりも強く激しく僕を惹き付けてしまう魅力があったのだ。
【香恋】
「わ、わたし……いやらしいおんな、なんです……んぁっ……〈ハ〉 初めてでも、かんじちゃう……淫乱女……あなたのおちんちん、早く……挿れてほしくて、たまらなかった……」
【香恋】
「あなたの、おちんちんのことばっかり考えてたの……きのうからずっと……おちんちんのこと考えて、身体、熱くしてたの……ひとりでぇ……〈ハ〉」
【香恋】
「だから、だから今……本当のおちんちん、リアルおちんぽぉ……あなたの生おちんぽ……私の処女おまんこに入ってるなんてぇ……うれしくてたまんないのぉ……〈ハ〉」
【深見】
「月丘女史……」
恥ずかしい事でも、隠さずに本音を告白してくれる月丘女史が愛おしい。
【深見】
「僕も、嬉しいですよ……」
【香恋】
「ほ、本当、ですか……?」
【深見】
「はい……此れからは、一人でなんかしなくていいんですよ。僕がいますから」
僕も彼女に素直な気持ちを返したかった。
【香恋】
「う、うれしいっ……わたし、うれしい、、ですっ……ふあっぁっあぁぁっ、あぁぁんっ、あぁぁっっ……〈ハ〉」
【深見】
「僕もです、月丘女史っ……」
ぐちゅんぐちゅんぐちゅんっ……
感情が昂ぶり、夢中になって腰を振るう。
僕のペニスも熱くなり、とろとろとした愛液の中で溶けてしまいそうだ。
痺れるような快楽、そして好きな人と繋がっているという充足感に僕は満たされ、あっという間に昇りつめていく。
【香恋】
「あぁあぁっ、すごいっ……きもち、いいっ……おまんこ……きもひ、いいっ……ふぁぁぁっ〈ハ〉」
【香恋】
「おまんこ無理やり広げられてる感がたまんないぃっ……おちんぽおおきくて、おまんこひろがってるのぉっ……おちんぽでぱんぱんおまんこなのぉっ……あぁんんっ、ひぁぁっ〈ハ〉」
【香恋】
「あ、あなたのテクニシャンおちんぽぉ、しゅごしゅぎぃっ……〈ハ〉 は、はじめての、処女おまんこ、こんなに感じさせてくれるなんてぇ……はぁっ、はぁっ……〈ハ〉」
【深見】
「はは……」
大袈裟な言い方だが、彼女の反応のお陰で男としてのプライドが満たされていく。
【香恋】
「わ、わたし……またイッちゃうよぉ……はじゅかしいけろ、イッちゃいそう……初めておまんこで、また、イクッ……〈ハ〉 おちんぽテクで、イカされりゅうっ〈ハ〉」
決して僕のテクニックの所為ではなく、月丘女史の感度がいいからなのだろうけれど……。
素直に喜んでくれる月丘女史が、可愛くて、愛しくて……。
【深見】
「月丘女史、僕はもう、ダメですっ……!」
此れ以上、かわいい月丘女史に耐えられない。
ペニスもビクビクと痙攣を繰り返し、今にも達してしまいそうだ。
【香恋】
「いいよぉっ……イッて……! おちんぽイッてっ……大好きなあなたに、わたしのおまんこで、イッてほしいぃっ……!」
【香恋】
「私もイクからぁっ……〈ハ〉 イッてるおまんこに、ちょうだいっ……なかだし、してぇっ……絶頂おまんこの中に、いっぱい、いっぱいぃぃっっ……〈ハ〉」
【深見】
「あぁぁっ、月丘女史っ……!」
僕は彼女を抱きしめ、最奥迄肉棒を突き込んだ。
びゅるるるるるっっ!! どぷどぷどぷどぷどぷっ!! どびゅるるるるるっ!! びゅぶるるるるるーーっ……!!
【香恋】
「あぁぁぁぁあああああぁぁぁぁああぁぁぁぁあああぁぁぁ~~~っっ……〈ハ〉〈ハ〉」
【深見】
「あぁぁっ……」
四度目ではあるが、放出の気持ちよさは変わらない。程よい開放感を感じながら、僕は月丘女史の中に尽きるまで注ぎ込んだのだった。
【香恋】
「ふぁぁぁ……〈ハ〉 いっぱい、出てますぅ……あなたの、精液……」
【香恋】
「ありがとう、ございます……〈ハ〉」
【深見】
「ど、どうしてお礼なんて……?」
【香恋】
「い、いえ、良い経験をさせていただいたので……」
【深見】
「ははっ……」
思わず笑ってしまう。
さっき迄の大胆さはすっかり影を潜め……何時もの品行方正な月丘女史の顔になっている。
【深見】
「こちらこそ、ありがとうございます」
僕はどちらの彼女もとても好きだ。
【香恋】
「あのぉ……いいんでしょうか、私のような者で……」
【深見】
「え?」
【香恋】
「あわっ、私がっ、そのぉっあなっ、あなたのぉっ、かかかかかかかかか……っっ」
【深見】
「彼女、ですか?」
【香恋】
「は、はい……(かぁ~~~~~っっ)」
耳迄真っ赤に染まる月丘女史……。
あれだけ淫らな行為に耽っておいて何を今更、という感じではあるが……。
ただの会話の方が照れてしまう、そんな彼女も可愛らしかった……。
【深見】
「僕と、付き合ってくれますか?」
【香恋】
「も、勿論ですぅっ……!」
嬉しそうに微笑む月丘女史……。
裸の儘、寛いだ表情の彼女を見て、あぁ僕等は恋人同士なのだと実感する。
其れは幸せな発見だった。
【香恋】
「また……」
【深見】
「はい……?」
【香恋】
「また、しようね……〈ハ〉」
【深見】
「はい……!」
罪のない笑顔を向ける月丘女史。
僕はそんな彼女を……。
大好きだ、としみじみと思うのだった。

………………
…………
……
僕は旅館の廊下を歩いている。
何時から歩いているのか、よく分からない。ただ歩いている。
廊下は何処迄も何処迄も続き、歩く傍から伸びていくように感じる。
僕は何かを捜している。
其れが何なのかは分からない。ただ捜している。
【深見】
「……」
どうして捜しているのか、捜さなければならないのか、その理由は分からない。
[rb,只管,ひたすら]、何かを捜している……。
【深見】
「……」
ふと、廊下の突き当りに何かの気配を感じ、そちらに顔を向けるが、気配はたった今角を曲がったような足音を残して消えていった。
【深見】
「待って……!」
追いかけるように角を曲がるが……。
その先には何もない……。
また一本道の廊下が何処迄も続いている。
果てしなくまっすぐに続いている。
【深見】
「……」
何時迄捜し続ければいいのだろうか……。
答えは何時か見つかるのだろうか……。
僕には分からない。
でも、捜し続けなければいけないのだ……。
………………
…………
【深見】
「……厭な夢を見た」
目覚めると……僕は畳の上にうつ伏せになって倒れていた。
【深見】
「あれ、どうして……?」
部屋を見るときちんと布団は敷いてあるというのに、其れには入らずこんな所で眠ってしまったらしい……。
そうか……昨夜は月丘女史と遅く迄過ごしていたから、こんな中途半端な所で寝てしまったのかも知れない。
否、月丘女史が帰った後、ちゃんと布団に入った覚えがあるが……。
【深見】
「……そんな事はどうでもいい、其れより僕は昨夜月丘女史と……」
僕は身体を起こし、昨夜の出来事を振り返る。
月丘女史と過ごした、濃密な時間……。
思い出すだけで溜息が漏れるような高揚とときめきを覚え、我知らず顔がニヤついてしまう。
【深見】
「遂に僕達も、カップルに……」
【蓮華】
「カップルって?」
【深見】
「おわあああああっっ……!!?」
独りほくそ笑んでいた僕の目の前に、蓮華が立っていた。
【蓮華】
「早く答えて」
【深見】
「ど、どうして此処に?」
【蓮華】
「そんな事はどうでもいいから、カップルって何なのか答えて」
【深見】
「い、否、か、カップル……じゃなくて、そう、カップ麺! ……カップ麺が食べたいな~なんて、ははは」
苦しい言い訳をする。
【蓮華】
「これから美味しい朝食を食べるのに、カップ麺?」
【深見】
「ですよね……」
呆れたように見下されるが、何とか誤魔化せたからよしとするか……。
【蓮華】
「変な人……一体、誰と誰がカップルなのよ……」
全く誤魔化せていなかった。
そうか……昨夜は蓮華と遅くまでトランプ遊びをしていたから、こんな中途半端な所で寝てしまったのかも知れない。
【深見】
「……そうだ、蓮華と……」
僕は身体を起こし、昨夜の出来事を振り返る。
畢竟トランプの決着はつかなかったが……。
今迄知らなかった、蓮華の色々な姿を見る事が出来たのは収穫だった。彼女の笑顔や可愛らしい姿が、こうして目を閉じると、瞼の裏に焼き付いている。
あんなにも長時間、蓮華と過ごせたのは是迄になかった事だ……こうやって、一緒の時を重ねていけば、何時の日か……。
【深見】
「蓮華とカップルに……」
【蓮華】
「カップルって?」
【深見】
「おわあああああっっ……!!?」
独りほくそ笑んでいた僕の目の前に、ほんのりと頬を染めた蓮華が立っていた。
【蓮華】
「早く答えて」
【深見】
「ど、どうして此処に?」
【蓮華】
「そんな事はどうでもいいから、カップルって何なのか答えて」
【深見】
「い、否、か、カップル……じゃなくて、そう、カップ麺! ……蓮華とカップ麺が食べたいな~なんて、ははは」
妄想が言葉に出たとも言えず、苦しい言い訳をする。
【蓮華】
「これから美味しい朝食を食べるのに、カップ麺?」
【深見】
「ですよね……」
呆れたように見下されるが、何とか誤魔化せたからよしとするか……。
【蓮華】
「ふふ……下手な言い訳ね。そんなことじゃ、私とカップルになるなんて、夢のまた夢ね」
【深見】
「! 聞こえてたんじゃないですか……」
【蓮華】
「くすくす……」
思わず赤くなる僕を見て、ニヤニヤと微笑む蓮華。
【蓮華】
「フフ……すぐにいやらしい妄想をするのだから、油断も隙もないわ……」
悦に入って、踊るような足取りで近づいてくる蓮華。何だか妙に嬉しそうだが……僕の気の所為だろうか。
【蓮華】
「……スン、スン……」
その蓮華が、ふと眉を顰めると、僕の胸の辺りにくっつかんばかりに顔を近づけてくる。
【深見】
「(ドキッ) ど、どうかしました?」
【蓮華】
「貴方、少し匂うわね……」
【深見】
「加齢臭!?」
至近距離の蓮華に、違う意味でドキドキしてしまう。
【蓮華】
「違うわ……これは、麝香かしら……微かに匂うわ」
【深見】
「麝香? ですか……」
浴衣の袂を持ち上げてクンクンと嗅いでみる。しかし、僕にはよく分からなかった。
【深見】
「そんな匂いするかなぁ……?」
【蓮華】
「……それに、何その足?」
【深見】
「え?」
【蓮華】
「ちょっと、汚れているわよ……」
【深見】
「本当だ……何時の間にこんな……?」
足の甲から足首の辺り迄、泥はねや草の切れ端等がくっついて、若干汚れていた。
僕は和装なので、下駄を履いている時に山道や舗装のない道等を歩くと、こんな風になったりもするのだが……。
【蓮華】
「……麝香の香りといい、足の汚れといい、夜の街にでも遊びに行ったのではなくて」
じろりと睨まれる。
【深見】
「ま、真逆、だって昨夜は……」
【蓮華】
「昨夜は?」
【深見】
「ね、寝てましたから……」
月丘女史と……。
【蓮華】
「……」
蓮華は疑心暗鬼の眼差しを向け続けていたが……。
【蓮華】
「まあいいわ……そんな事より朝食よ」
【深見】
「はい……」
畢竟、食欲が勝ったようだった。
【深見】
「しかし……」
【深見】
「ま、真逆、だって昨夜は蓮華と……」
僕は蓮華と一緒だった筈……しかし、彼女は何時迄この部屋にいたのだろう?
蓮華が帰った後……僕はどうしたのか……?
【蓮華】
「まあいいわ……そんな事より朝食よ」
【深見】
「はい……」
僕は足に付着していた土をタオルで拭う。
全く記憶にないのだが、寝ぼけて中庭にでも降りてしまったのだろうか?
そうかも知れない。何しろおっちょこちょいの僕であるから……。
10月9日、月曜日。
今日は学園での初授業の日だった。
部屋を出て、僕と蓮華が廊下を歩いていると、朝食会場の広間へ向かう皇さんに出くわした。
【皇】
「ふぁあ~……おはよう、深見くん、蓮華くん」
【深見】
「おはようございます」
【蓮華】
「(ニコ……)」
三人で朝の挨拶を交わす。
【深見】
「どうしました? 皇さん、寝不足ですか」
欠伸をしていた皇さんに尋ねる。
【皇】
「いやぁ……いつもはエリザベスと添い寝してるから、彼女がいないとあんまり眠れなくてねぇ……」
【蓮華】
「ふーん……皇が彼女と添い寝するほど仲がいいなんて、意外だわ」
【深見】
「でも、添い寝って危険じゃないですか?」
【皇】
「まあ、身体の大きさが違うから、彼女にとっては命に関わるよね。でも僕は眠りが浅いから大丈夫さ」
【蓮華】
「……?」
【深見】
「噛まれたりしませんか?」
【皇】
「たまにはあるけどね……だから彼女が興奮している時には、念の為に檻の中に入れて様子を見ることにしているよ」
【蓮華】
「!?」
【深見】
「あはは……僕なんか、寝ている時に噛まれでもしたら、反射的に手が出て、バン! って殺っちゃったりするかも知れません」
【蓮華】
「!!」
【皇】
「う~ん、理性の及ばない時には、そういうことをしてしまう可能性もゼロではないかもしれないね。そんなことで家族を失いたくはないから、今度から気を付けてみるよ」
【蓮華】
「あ、あ、貴方達、一体何の話を……」
蓮華が怯えるような目で、僕と皇さんを見つめていた。
【香恋】
「あぁ! みなさんお揃いで~」
軽やかに廊下を走る音と共に、月丘女史が登場する。
【香恋】
「おはようございます!」
【深見】
「おはようございます」
月丘女史の顔を見ると、恥ずかしさと嬉しさが混じったくすぐったい感情に襲われる。
好きな女性と初体験を迎えたばかりの僕は、少し浮足立っているようだった。
【皇】
「おはよう」
【蓮華】
「おはよう」
【深見】
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
【香恋】
「お化粧にちょっと手間取ってしまって……」
一寸頬を染めながら僕の方をちらりと見る月丘女史。
【蓮華】
「お化粧なんて、しなくていいんじゃない」
【香恋】
「ピチピチツヤツヤの蓮華ちゃんには分かりませんよ! お肌の曲がり角を迎えようとしている乙女の気持ちは……ましてや深見先生もいらっしゃるというのに、手抜きはできませんっ……」
ピリピリとした返答をする月丘女史。とても若く見える月丘女史のような人でも、やはり年齢は気になるようだ。
【深見】
「否、屹度蓮華は、月丘女史が綺麗だから、お化粧はいらないと、こう言いたかったのではないでしょうか」
僕は咄嗟に自分の考えを口に出してしまう。
【香恋】
「私が、きれい……?」
【香恋】
「(かあああああ~~~っっっ……!!)」
僕の言葉を聞くと、月丘女史はプシューと音がしそうな程顔面を沸騰させ、眼鏡を曇らせる。
【香恋】
「わ、わたしが、きれ……? え? キレッキレ……?」
レールガンを構えるようなポーズを取る月丘女史。
【深見】
「否、キレッキレではなく、綺麗ですって……」
【香恋】
「はわぁぁぁぁぁ……」
オーバーヒートしてしまったように、その場に倒れ込む月丘女史。
【深見】
「おっと、大丈夫ですか?」
倒れる前に受け止めた。
【香恋】
「え? え? え?」
月丘女史は僕の腕の中で抱かれるような形になって、戸惑いを見せる。
【香恋】
「『大丈夫かい、香恋』『ううん、何とも……』『でも、フラフラじゃないか、僕が抱いていってあげるよ』『きゃっ〈ハ〉 たくましい腕〈ハ〉』……って!?」
【香恋】
「え? これは現実なんですか? それとも、夢!?」
【深見】
「現実……ですが」
【香恋】
「あっ……〈ハ〉 あひぃぃぃぃぃぃんんんんっ……〈ハ〉〈ハ〉〈ハ〉」
ビクビクビクーーッ……!
月丘女史は数回僕の腕の中で震えたかと思うと、一瞬気を失ったようだった。
【深見】
「え? 月丘女史っ?」
【香恋】
「ハッ……」
【香恋】
「あ、あははっ……す、すみません……ちょっとイッ……な、何でもないです~」
ガバッと身を起こすと、照れ笑いを見せる月丘女史だった。
【蓮華】
「何あの茶番劇……」
【皇】
「恋は盲目と言うけれど、これほどとはね」
【蓮華】
「……恋……?」
【香恋】
「じゃ、じゃあ、朝食に行きましょうかっ」
【深見】
「はい!」
恋をすると世界が薔薇色に見えるなんてよく言うけれど、其れは本当だったんだ。
僕はウキウキと弾むような気持ちで、月丘女史と肩を並べて広間へと向かったのだった。
【皇】
「おはよう」
【蓮華】
「おはよう」
【深見】
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
【香恋】
「お化粧にちょっと手間取ってしまって……」
一寸頬を染めながら僕の方をちらりと見る月丘女史。
【蓮華】
「お化粧なんて、しなくていいんじゃない」
【香恋】
「ピチピチツヤツヤの蓮華ちゃんには分かりませんよ! お肌の曲がり角を迎えようとしている乙女の気持ちは……ましてや深見先生もいらっしゃるというのに、手抜きはできませんっ……」
ピリピリとした返答をする月丘女史。とても若く見える月丘女史のような人でも、やはり年齢は気になるようだ。
【蓮華】
「貴方、美人だから必要ないと思ったのだけれど……」
【香恋】
「!」
【蓮華】
「乙女って大変なのね」
【香恋】
「れ、蓮華ちゃんっ……〈ハ〉」
しれっと男前発言をする蓮華に、月丘女史の心はいっぺんに癒やされたようだった……。
【蓮華】
「さ、早くご飯ご飯」
【香恋】
「はぁいっ、蓮華ちゃんについていきます~〈ハ〉」
僕等は皆で朝食を頂きに広間へ向かった。
朝食の席で、今日の予定について話し合う。
約一名を除いて……。
【蓮華】
「モグモグ……うん、この栗ご飯すごく美味しい。それにジュンサイのお味噌汁がすごく合うわ。ねーねー、そう思わない?」
蓮華が幸せそうにもぐもぐと口を動かしている。
【深見】
「……そうですね」
僕はフードコートやなんかで子供を連れている親の気持ちが、ちょっぴり分ったような気がした。
【皇】
「それでね、深見くん」
【深見】
「は、はい」
蓮華に気を取られていた僕に、皇さんが注意を促す。
【皇】
「昨日学園から帰る途中、月丘くんとも少し話したんだけど、僕達は一応、特別非常勤講師として招かれているわけだから、終業時間までは学園にいなくちゃいけないと思うんだ」
【深見】
「其れは、そうだと思います」
【香恋】
「私は、お二人の活動に密着して写真を撮ったり、会話などを録音させて頂きますね」
【香恋】
「もちろん、お二人が学園にいらっしゃる間、ご指示頂ければどこへだって飛んでいって、取材してきます。手足のようにコキ使って下さい」
ニッコリ笑う月丘女史。
【深見】
「……分かりました。では、学園が終わったらどうしましょう」
【皇】
「基本、バラバラに動いたほうがいいと思うな」
【深見】
「確かに、一週間と時間も限られている事ですし、その方が効率がよさそうですね」
【香恋】
「じゃあ私は、必要でしたらお二人にご同行しますが、そうでなければ、この町を巡って写真を撮ったり他で取材してきますね」
【皇】
「とりあえず、できるだけ毎日、夕食の後にでも情報共有してディスカッションしようか」
【深見】
「そうですね」
【香恋】
「ウチの社長もこの企画には欣喜雀躍で、予算も破格! ドーンと任せて下さい」
月丘女史が胸を叩くと、こちらもドドーンと大きく弾んだ。
【香恋】
「雑誌『妖』でも、今回の事件に奔走したお二人の活躍ぶりを増刊号で紹介する予定ですので、よろしくお願いします!」
鼻息荒く語る月丘女史の目は本気だった。先日、僕のアパートで語っていた、皇さんとのコラボ企画に抱く野望は本物だったんだと痛感した。
ヤレヤレ、責任重大だな……。
【蓮華】
「ひょかったわね……きゅきょりょおきなきゅをいひいものたくひゃんたべれりゅわれ」
口一杯に食べ物を頬張りながら喋る蓮華。
【深見】
「一寸何言ってるか分かんない……」
【蓮華】
「ゴクリ……これからもっともっと美味しいものが沢山食べられるからよかったわね、と、言ったのだけれど」
其れで一番喜んでるの、あなたですよね……。
【蓮華】
「いいパトロン見つけたわね」
獲物を見つけた寄生獣のようにクックックッと笑っていた。
食事を終えた僕達は、身支度を済ませ、皆で私立讃咲良学園へと向う。
自然豊かな風景の中を足取り軽く歩いて行く。
山間から流れ込んでくる、清々しい朝の空気を肺いっぱいに吸い込むと、心も身体も浄化されていくような、神聖な感覚に酔いしれた。
今日が登園初日となる僕達は、授業の為に一応資料や参考書等鞄に入れて持参していた。
が……。
【深見】
「蓮華は鞄を持っていないようですが?」
【蓮華】
「必要ある?」
【深見】
「……」
僕としては、学生に扮している蓮華が手ぶらなのが[rb,些,いささ]気になっていたのだが、皇さんも月丘女史も全く気にしていないようだった。
蓮華は一体学園に行って何をするのだろう……? 素朴な疑問と一抹の不安はあったが、彼女の事だから大丈夫だろうと、考えるのはやめにした。
程なくして、昨日蓮華と歩いた分岐路に差し掛かっていた。
【深見】
「そう言えば皇さん」
【皇】
「何だい?」
【深見】
「昨日話していた神社は、この道を上がって行った所にあるんですよ」
僕は薄暗い森の奥へ行く道を指差した。
【皇】
「ああ、ここだったのか……へえ、奥の方は随分暗いね。ちょっとした登山道みたいに見えるけど、準備もなしによく一人で行く気になったね……」
妖怪が出て来そうな暗い場所、怪しい場所を見つけると、つい行ってみたくなってしまう僕の性分を、皇さんにはまだ話していなかった。
【深見】
「僕って、昔からこういう人気のない、一風変わった雰囲気の場所が好きで、どうしても足が向いちゃうんですよね……」
【皇】
「例の妖怪捜しかい?」
【深見】
「其れもありますが、習性……って奴ですかね、虫が明るい光に吸い寄せられるようなものでしょうか」
何かを捜さなければいけないという思い……其れは何時しか、生まれ持った宿命のように、僕を[rb,雁字搦,がんじがら]めにしていたのかも知れない……。
【皇】
「ふうん……釣り人は釣りと離れた普段の生活の中でも、水面をじっと見つめたり、傘を持つと釣りのマネをしたりするらしいけど、そんな感じかな?」
【深見】
「かも知れないですね……あ、でも昨日は一人じゃなく、蓮華も一緒だったのですが」
【香恋】
「れ、蓮華ちゃんも一緒だったんですか!?」
驚いたような声を上げる月丘女史。
【蓮華】
「(コク)」
【香恋】
「こ、こ、こんな人目を忍ぶ薄暗い場所に、仮にも男女が二人っきりでぇ……」
何を勘違いしたのか僕と蓮華の顔を交互に見ながら、月丘女史が頬を真っ赤に染めていた。
【深見】
「月丘女史……其れってもしかして、やきもちですか?」
僕も恋人からやきもちを妬かれる程、男として成長したのか……そう考えると急に自分が甲斐性のある人間になったようで、少し嬉しかった。
【香恋】
「! そ、そんな、アハハハ……お、大人の私が……一々そんな小さなことでヤキモチなんて焼く訳ないじゃないですか」
しかし月丘女史は無下に否定する。
【蓮華】
「……」
【深見】
「そうですよね、否……やきもちだったら、一寸嬉しいなぁなんて思っちゃったもんですから……」
僕は頭を掻く。
【香恋】
「う、嬉しいっ? 私がヤキモチを妬いたら、嬉しいんですか?」
【深見】
「はは……一寸」
【香恋】
「嘘ついてごめんなさあいっ! 本当は妬きましたぁっ!! ヤキモチ、妬きましたぁっ!!」
半べそ顔で僕に謝ってくる月丘女史。
【蓮華】
「……どこが大人なんだか」
【深見】
「あははは……大人には、何かと複雑な事情があるものですよ」
【蓮華】
「ふ~ん……」
【香恋】
「すみません……嫉妬深い女とウザがられるのではないかと思って、つい否定しちゃったんです」
恥じらう姿がまた愛らしい。
【深見】
「そんな……僕が月丘女史をウザいと思うなんて、そんな事天地がひっくり返っても有り得ませんよ」
【香恋】
「深見先生……〈ハ〉」
僕達は見つめ合う。
あぁ……僕の眼に月丘女史が映って、月丘女史の眼に僕が映っている……。
たった其れだけの事で、僕は幸せを感じてしまう……。
【蓮華】
「私達がいること、完全に忘れられてる……」
【皇】
「うーん、この僕がモブ扱いとは……もしかしたら間違った世界線に入り込んでしまったのかな?」
【深見】
「い、否、別に何も……」
【蓮華】
「あんな事やこんな事をしたわ」
【香恋】
「あんなことやこんなこと!? どんなことっ??」
【深見】
「勘違いを助長しないでください!」
【蓮華】
「月丘……どんな事をしたか聞きたい?」
僕の制止も聞かず、ニヤニヤと月丘女史に迫っていく蓮華。
【香恋】
「……聞きたくないけど……聞きたいかナ」
恋バナを期待する乙女のように瞳をうるうるさせている月丘女史。
【蓮華】
「ないしょ」
【香恋】
「はぅぅあああ~~~っ! なんですかその山なしオチなし意味なしみたいな、悪魔のような所業はぁぁ~~っっ!!」
一層悶絶度を増す、月丘女史であった。
【深見】
「一寸蓮華、いい加減に……」
流石に月丘女史が不憫になって、蓮華を注意しようとすると……。
【蓮華】
「嘘よ……ゴメンね月丘、貴方のこと、ちょっとからかいたくなってしまって……」
柄にもなく……と言うべきか、蓮華は優しく微笑んでいた。
【香恋】
「……蓮華ちゃん……意地悪ですぅ」
【蓮華】
「特に何もなかった? ……から安心して」
【香恋】
「その疑問形に何だかモヤッとしちゃいますよぉ、蓮華ちゃん……」
【蓮華】
「クスクスクス……」
楽しそうに笑う蓮華……。
からかわれた月丘女史には申し訳ないが、二人の姿が仲睦まじい友達同士のように見えて、僕もつい笑みが溢れる。
【皇】
「はは、姉妹のようで麗しいね」
【深見】
「そうですね……」
何だかんだと言いながらも……僕はこのメンバーで一緒に過ごす事に、居心地の良さを覚え始めていたのだった……。
【もよか@???】
「おにぃちゃ~~~~~ん」
すると、背後から聞き覚えのある声が響いてきた。
【深見】
「?」
タタタタタッと、弾むような足音が聞こえる。
【もよか】
「お兄ちゃん!!」
後方から走ってきたもよかさんが、いきなり僕の眼前に現れた。
【深見】
「わっ!」
【もよか】
「お早うございまーーーす、お兄ちゃんっ!」
敬礼のように手を翳し、ニッコリ笑うもよかさん。朝からテンションファビュラスマックスだ。
【蓮華】
「グルルル……」
もよかさんを敵と認識し、野良犬のように身構える蓮華。
その唸り声は可愛らしい子犬のようである。
【もよか】
「あ、蓮華ちゃん! おっはよ~~うっ!」
蓮華に挨拶をするなり、またもや抱きついて蓮華を締め上げるもよかさん。
【蓮華】
「(ジタバタバタジタ)」
僕はまた、蓮華を救出してあげる。
【蓮華】
「はあ、はあ、はあ……やっぱり貴方……恐ろしいわね」
【もよか】
「そんなに褒めないでくださいよぉ、照れちゃうなぁ……テヘへぇ」
そう言っておいたをした子供のように舌を出す。
【蓮華】
「褒めてない」
【深見】
「あれ、もよかさんも、讃咲良学園の生徒さんだったんですか?」
もよかさんが着用しているのは、蓮華と同じ私立讃咲良学園の物であった。
【もよか】
「ピンポンピンポン! 大正解でぃ~~っしゅっ!」
昨日もよかさんが、すぐに会えると言っていたのは、蓮華の制服を見て、自分と同じ学園の生徒であると認識していたからなのか。
其れならば、どうしてあの時、すぐにそう言わなかったのだろうか……?
【蓮華】
「貴方も同じ学園だったなんて……悪夢でしかないわ」
【もよか】
「あれあれ~、蓮華ちゃんって私のこと知らなかったんですかぁ? 私って学園内じゃ結構イケてる有名人だと思うんだけどなぁ~……」
【蓮華】
「へー、そうなの。知らなかった」
【もよか】
「……まっ、いっかー~……超絶ぎゃんかわ美人の蓮華ちゃんのこと、私も知らなかった訳だし、お[rb,相子,あいこ]だねっ」
【蓮華】
「ま、まぁ……美人なのは認めるけれど……」
【もよか】
「褒め殺しって知ってます? 蓮華ちゃん」
【蓮華】
「!?」
蓮華の方も、どうして例の力を使って、もよかさんの意識を操作しないのだろう? 否、今更もう遅くはあるのだが。
【香恋】
「あの~、お知り合いですか?」
もよかさんとは初対面になる月丘女史が、僕に尋ねてきた。
【深見】
「あぁ、昨日話した神社で会った巫女さん……其れがこの、もよかさんです」
【もよか】
「二年B組の菜々山もよかです。初めましてぇ
……って、お姉さん中々の巨乳ですねぇ。こりゃ100cmはイッちゃってるのではぁ……いや~眼福眼福~」
【香恋】
「……アハハハ、月丘香恋って言います。よろしくおねがいしますね」
いきなり巨乳と言われて動揺を隠せない月丘女史であった。
【もよか】
「どもどもこちらこそー。
あれあれ~? そちらの紳士は……」
皇さんの方をまじまじと見るもよかさん。
【皇】
「ぼく?」
【もよか】
「すっごい、イケメン~~……聖杯戦争の英雄王さんみたいですぅ~」
推しメンを見つけたドルオタみたいに感激している。
【皇】
「僕は皇公暁だよ、よろしくね、もよかくん」
【もよか】
「よろしくお願いしまーす……紳士的でいらっしゃって、声までイケボですぅ~」
【もよか】
「でも、ごめんなさい!!」
ペコリと皇さんに頭を下げる。
【皇】
「?」
【もよか】
「私には、だーいすきなお兄ちゃんがいるので~っ……」
スッと僕の方に寄ってくるもよかさん。
【蓮華】
「!」
【香恋】
「!」
【もよか】
「どんなに素敵でカッコいい三ツ星レストランの綺羅星のような殿方でも、お兄ちゃんの平凡だけど素朴で美味しいじゃがいものような地上の星の魅力には敵いませんからぁ!」
皇さんに見せつけるように、僕の腕に自分の腕を絡めてくるもよかさん。
【皇】
「……」
【深見】
「じゃがいも……」
地味にショック。
【香恋】
「もよかさん……深見先生の腕を自然に取って……仲睦まじく……いいえっ、私は深見先生を信じるわっ……私達の間には深い愛があるんだから……香恋、あなたはお姉さんでしょ? ここは我慢の子」
身悶えしながら何事かを呟いている月丘女史だった。
【蓮華】
「何してるの! あっち行きなさい、シッシッ」
蓮華は野良猫を追い払うような仕草で、もよかさんを僕から遠ざけようとしていた。
【もよか】
「もうっ蓮華ちゃんったら……私とあなたはお仲間さんじゃないですかぁ?」
【蓮華】
「貴方と一緒にしないで」
【舞斗@???】
「もよかちゃ~~~ん」
遥か遠方から……もよかさんを呼ぶ声が聞こえてくる。
【もよか】
「やっば~~い……見つかっちゃうっ、行かなくっちゃ」
その声に敏感に反応するもよかさん。
【もよか】
「それじゃあ、お兄ちゃん、蓮華ちゃん、その他の皆様、また後でお会いしましょう! 加速装ーーーー置ィィッ!!」
どぴゅーんっ!!
奥歯を噛み締めたもよかさんはマッハ3のスピードで風になった。
【皇】
「…………」
【蓮華】
「……」
【香恋】
「……」
【香恋】
「台風みたいな人でしたね……」
【皇】
「秋に多いらしいね」
【蓮華】
「もよか、キライ」
【深見】
「はは……悪い子ではないみたいですが……」
皆に強烈な印象を残して去っていったもよかさんであった。
タッタッタッタ……
【舞斗@???】
「もよかちゃ~~~ん、待ってよぉ~……」
もよかさんを呼ぶ声が、背後から近づいてくる。
【舞斗】
「もよかちゃ~ん……はぁはぁはぁ……」
ヘトヘトな様子で走ってきたのは、昨日学園で初顔合わせをした高瀬先生だった。
【舞斗】
「はぁ……つかれた……はぁはぁ」
【深見】
「高瀬先生、おはようございます」
【舞斗】
「はぁ……あっ、深見先生……おはようございますっ」
僕に気づき、挨拶を返してくれる。
【香恋】
「昨日はお世話になりました」
【舞斗】
「月丘さん……それに皇先生までお揃いで」
【皇】
「どうも」
皆、僕に続いて高瀬先生と挨拶を交わした。
【深見】
「一体どうされました? そんなに急いで」
【舞斗】
「いや……うちのもよかちゃんがって、
れ、蓮華さんではないですかっ!」
高瀬先生が瞬時に顔を赤くし、驚きの声を上げた。
【蓮華】
「私に挨拶は無し?」
何故か上から目線の蓮華。
【舞斗】
「も、申し訳ない! ……おはよう、蓮華さん……ち、小さすぎたのかなぁ……居るとは気付きませんでした……」
【蓮華】
「ち、小さいですって!」
気にしていることを指摘されて怒っている。
【舞斗】
「す、すみません……悪気があった訳では……」
【蓮華】
「むぅぅぅぅぅ……!」
蓮華より遥かに大きい高瀬先生の方が小さく見えた。
【深見】
「あ、あの、高瀬先生、先程からもよかさんのことを呼んでおられましたが、どういうご関係ですか? 差し支えなければ……」
【舞斗】
「ああ、もよかちゃんは僕の従兄妹なんです」
【深見】
「!」
【皇】
「!」
【香恋】
「!」
【蓮華】
「!」
皆一様に驚く。
【深見】
「そ、そうでしたか……」
愛らしいもよかさんと、相似点を見つけるのが難しい。従兄妹ともなると、こうも似ないものかとしみじみ思った。
【舞斗】
「こ、こうしちゃいられない! それでは皆さんお先に……」
もよかさんを追って、フラフラと駆け出してゆく高瀬先生。
【舞斗】
「もよかちゃ~~~ん……」
山彦のように、もよかさんを呼ぶ声が淋しく響いていた……。
【深見】
「……」
僕達も先行する二人の後を追うように、私立讃咲良学園へと向かったのだった。
登園した僕達は、まず初めに月曜の朝の慣例である朝礼に参加する事となった。
園庭には既に、大勢の生徒達が並んでいた。
流石、名門の女学園というだけの事はあって、規律正しくグラウンドに整列している生徒達は、皆慎ましやかで育ちのよいご令嬢のようである。
此処は、皆何れ[rb,菖蒲,しょうぶ]か[rb,杜若,かきつばた]といった、お淑やかな大和撫子ばかりが何百人も集められた、閉鎖空間なのだ……。
こうして教師の側に立って彼女達を眺めていると、こんな所に僕のような者がいてもいいのだろうかという素朴な疑問が浮かぶ。
【学長】
「えー、今日は皆さんに、特別講師の方をご紹介します……」
そんな僕の気持ち等お構いなしに朝礼は進行し、僕、皇さん、月丘女史は、学長から学園の生徒達に紹介された。
【学長】
「皆さんご存知だとは思いますが、作家の皇公暁先生と深見夏彦先生です。あとはお二人が連載されている雑誌の編集者の月丘香恋さんも、取材の為同行されています」
【学長】
「皆さんにも、お話を伺うことがあるかもしれません。その際には出来るだけ、協力してあげてください。以上、私の方からも、よろしくお願いします」
しかし……気の所為か、皆何処となく表情が暗いような気がした。
まぁ、名門の学園であるからして、朝礼ではしゃぐような生徒もいない訳なのだろうが……。
空は晴れているのに、何故かしらどんよりとした黒雲に覆われているような……そんな雰囲気の儘、朝の集会は終了したのだった。
【皇】
「えー、こちらに注目してください」
【皇】
「この図を見てください」
【皇】
「中央に、はっきりとした輪郭をもつ三角形が見えますね?」
【皇】
「ところが、目を近づけて見てみると、三角形の輪郭などどこにも描かれていないことが分かります」
【皇】
「このように、等質の領域に見える輪郭を主観的輪郭といいます」
【皇】
「これはイタリアの心理学者カニッツァが発見した現象です」
【皇】
「目の錯覚のように見えますが、これって心理学なんです」
【皇】
「僕達の目は、与えられた事態において、出来るだけ規則的な秩序のある、バランスの良いものを求めようとします」
【皇】
「だから、本来なら存在しないのに三角形の輪郭が知覚されてしまうのですね」
【皇】
「怖がりの人が家具等の木目を、幽霊の顔と錯視してしまうという話も聞きますが、これはシミュラクラ現象といい、身の回りにある物を顔と錯覚してしまう現象なんですね」
【皇】
「エーレンシュタイン錯視や、ルビンの盃にも、似たようなことが言えます。つまり、『人間は、注目する視点によって色々な解釈をする』ということです」
【皇】
「今日の僕の授業も、面白いと思ってくれる人もいるかもしれないし、作家のくせに、たいしたことないのねと思う人もいるかもしれない。そういうことですかね」
【皇】
「できれば、面白いと思ってくれる人の方が多いといいんですが」
教室から、上品な笑いが起こる。
【深見】
「……うーん、流石皇さん」
様々な図等を使用し、知覚心理学について分かりやすく解説していく……。
僕と月丘女史は一応助手のような立場として一緒に教室内にいる訳なのだが、殆ど一生徒と化して授業を拝聴していた。
朝礼後、僕達は担当するクラスへと案内され、生徒と対面した。
一時間目のクラスは二年B組。何という偶然か、此処は菜々山もよかさんの在籍するクラスだった。
そして……。
【蓮華】
「……」
教室の隅に、ちょこんと座っている蓮華の姿があった。
まるでその場所にいないかのように、ひっそりと存在している。そんな彼女の様子を見ると、まさに座敷童子の面目躍如という感じだった。
【皇】
「……というわけで……人間というものは不完全なものを補おうとして、錯視、錯覚をしてしまうということが、分かってもらえたと思います……」
【皇】
「これは恋愛にも言えることで、いわゆる『つり橋効果』と言われるものがその最たる例ですね」
【皇】
「『つり橋効果』とは『揺れるつり橋を渡ったことによるドキドキを、一緒につり橋を渡った相手へのドキドキだと勘違いし、恋愛感情だと思い込んでしまう効果』のことですね」
【皇】
「皆さんも、錯覚しないように気をつけましょう」
パチパチパチ……。
教室の至る所で拍手が起こった。
【香恋】
「……いいですねぇ」
月丘女史が皇さんの授業風景をパチリパチリとデジタルカメラに収めていく。
【深見】
「……」
皇さんの言う錯覚……。
本当に、恋とは……吊橋を渡った程度の事で落ちてしまうような、そんなに簡単なものなのか。
簡単に錯覚してしまえるものなのか。
僕はそうは思わない。
恋愛とは……決して勘違い等で出来るものではないだろう。
其れは運命さえも揺るがすような、強固な絆ではないのか。僕はそう考えている。
窓の外を見る。
風に流されていく雲に乗って、性懲りもなく何かを捜しに行きたいと、漠然と感じる。
[rb,彼処,あそこ]から見下ろした景色は[rb,嘸,さぞ]かし見晴らしもよく、捜し物だってすぐに見つかるかも知れない……。
でも……自分自身何を捜しているのか分からないのだから、そんなもの、どうやったって見つかりっこない。
僕はただ、あの雲と一緒にふわふわと上空を漂いながら、ぼんやりと地上を眺めているしかないのだ……。
【皇】
「深見くん、君の番だよ」
【深見】
「ハッ……」
我に返ると、皇さんがもの問いたげに僕を見ていた。
そうだった……授業の後半は僕が受け持つ事になっていたんだった……!
慌てて教壇に立ち、用意していた資料の小説等を鞄から引っ張り出す。
【深見】
「す、すみませんっ……えっと、ふ、深見夏彦と言いますっ……よろひくっ……お願いします……」
噛んでしまった僕に、教室内から失笑が漏れる。
【深見】
「え、えええと……今日は、そうです、エイクマンについて話しましょう! 皆さんご存知かと思いますが、イギリスの有名な怪奇小説家ですね!」
しーん……
【深見】
「え? ご存じない?」
生徒達の反応は無だ。
【深見】
「そうですか……失礼しました……ではもう少しメジャーどころ……デラメアについて話しましょう! カーネギー賞も受賞した超有名作家……」
しーん……
【深見】
「あれ、駄目ですか……? ええと、では……誰について話せばいいかな……?」
【香恋】
「あの、深見先生……日本の作家さんの方がよろしいのでは……」
完全にテンパってしまった僕に、月丘女史がこそっとアドバイスをくれる。
【深見】
「そうですね……では、乱歩御大の事は、皆さんご存知でしょうか……?」
此れなら幾ら何でも名前ぐらいは知っているだろう……。
【女子学生A】
「私知っております。文ストのキャラクターですわ」
生徒の一人が小さく挙手して、発言してくれたのはいいのだが……。
【深見】
「文すと?」
【香恋】
「文豪をモチーフにした、アニメです……」
また教えてくれた。
【深見】
「あ、ええと、アニメではなく本人について……」
【女子学生B】
「そうですわ、文ストではなくて、文アルについてお話していただきたいですわ」
また一人、控えめに……だがきっぱりと発言する。
【深見】
「文ある???」
【香恋】
「あの、文豪をモチーフにした、ゲームです……」
月丘女史よく知ってるな!
【皇】
「僕は有名な文豪の名前だけを借りて、その作品や人となりを全く理解しないまま、イケメンのアニメやゲームにしてしまうのはどうかとは思うけどなぁ。リスペクトが感じられれば良いのだけれど」
【深見】
「あなたも詳しいですね……」
【香恋】
「私は好きですよ。実際文豪はイケメンが多いですし……皇先生とか、深見先生とか……」
【深見】
「……」
畢竟……アニメとゲームの話で、僕の持ち時間は消費し尽くされてしまったのだった。
その後……[rb,恙無,つつがな]く時は過ぎ、昼休みになっていた。
【香恋】
「ようやく昼休みですね、結構いい絵撮れましたよ」
月丘女史は午前中デジタルカメラに収めたデータを液晶画面で確認しながら、ホッとしたように呟いていた。
【皇】
「それは良かった。でも、あっという間だったね」
授業で使った資料等を纏めながら、余裕の発言である。
【深見】
「……僕はタイムリープを繰り返して、終わらない時の迷路を彷徨っているみたいでしたよ……」
皇さんと違って生徒の受けが良くなかった所為もあるが、兎に角緊張で疲れてしまった。
【皇】
「こんなものは、慣れだよ慣れ」
【深見】
「そうですかね……」
【皇】
「ジャネーの法則によると、40歳の大人は1年を人生の1/40と感じ、4歳の子供は1/4と感じるという。つまり子供のほうが1年を長く感じるということだ」
【皇】
「それと同じで、僕は講演会とかサイン会とか、それこそ何千時間とスピーチやインタビューをこなしてきたのに対して、君はあまり経験が無いんだよね?」
【深見】
「お恥ずかしながら、初体験です……」
【皇】
「だったら、時間を長く感じるのも仕方ないさー」
そう言って軽く笑う皇さんに……否、経験値の問題ではなく、圧倒的な知識と話術が違い過ぎるのですが……っていうか、僕は子供ですか? と突っ込みたくなった。
【深見】
「いっその事、皇さんに授業全般を担当していただいた方がいいと思うのですが……僕は資料を用意したり、黒板に書いたり裏方に徹しますから」
正味50分の授業の内、皇さんが30分、僕が20分の割合で担当するという取り決めだったのだが、生徒達の反応から明らかにバランスの悪さを感じていた。
【皇】
「そういう訳にはいかないだろう、皆君の話も聞きたいだろうし」
僕のコアな趣味の話等、一体誰が聞きたいというのだろうか……。
【深見】
「……ん?」
【蓮華】
「……」
もう休み時間だというのに、蓮華がひとりぽつんと席に座っていた。
言う迄もない事かも知れないが、蓮華は僕達がクラスを移動する度に、一緒に付いて来ていた。
クラスに初顔の蓮華という異分子がいても、他の生徒は全く気づかなかったし、皇さんや月丘女史も、その不自然さには着目していないようだった。
その気付かれない感は、昆虫の死骸を体に満遍なくまぶし、ゴミや死骸に擬態するクサカゲロウの幼虫のようであった……。
【深見】
「蓮華、どうしたんですか? 一人ぼっちで……」
僕は蓮華の席に行って話しかけた。
【蓮華】
「おかしいわね……」
【深見】
「何がです?」
【蓮華】
「学園生活は楽しいものだと、風の噂で聞いていたのに……」
【深見】
「はぁ……」
【蓮華】
「誰も私に話しかけないし、誰も私を見もしないの」
【深見】
「……」
【蓮華】
「学生にさえなれば、友達に囲まれて楽しく笑って、リア充というものになれると思っていたのに……」
【蓮華】
「どうしたのかしら、孤独を感じる……」
座敷童子ゆえの孤独だろうか。
【深見】
「アピールする力を使えばいいんじゃないですか?」
【蓮華】
「実力で勝負したいの」
【深見】
「じゃあ、仕方がないですね、其れが蓮華の実力ですから……でも気にする事はないですよ。僕がいるじゃないですか、あははは」
ぽんと蓮華の肩を叩く。
【蓮華】
「何故かしら、負け犬のような気分よ」
落ち込んでしまった蓮華だった。
【深見】
「まあまあ、昼休みですから、蓮華も一緒に食堂に行きましょうよ」
【蓮華】
「……食堂」
【深見】
「お昼ご飯です」
【蓮華】
「お昼ご飯……」
【蓮華】
「(ぱああっ……)」
あ、喜んでいる……。
【深見】
「くすっ……」
【蓮華】
「何? 笑ったりして……」
【深見】
「否、本当、食いしん坊ですよね、蓮華って」
蓮華の食欲魔神ぶりに、つい笑みが溢れる。
【蓮華】
「むーっ……」
【深見】
「はは……その顔アソパソマソみたいで可愛いですね」
【香恋】
「食事に行きましょう、深見先生、蓮華ちゃん」
【深見】
「あっ、はーい」
僕は月丘女史に呼ばれ、駆け寄っていく。
朝も昼も夜も、好きな人と一緒にいられるなんて……。
夢のようだなって、思いながら。
【蓮華】
「……」
時折見せてくれる、こういう蓮華のあどけない仕草の一つ一つが、とても可愛い。
【蓮華】
「何? 笑ったりして……」
【深見】
「否、本当、食いしん坊ですよね、蓮華って」
【蓮華】
「そういう何もかも見透かしたような上から目線は嫌いよ」
【深見】
「仕方ないですよ、見た目だけは僕の方が年上ですし……」
僕にだけ見せてくれる……蓮華の愛らしい姿……。
【蓮華】
「子供扱いは、嫌い」
そんな風に思ってしまうのは……やっぱり僕の思い上がりだろうか。
【深見】
「あはは……すみません蓮華」
僕は蓮華の頭を撫でる。
【蓮華】
「はにゃぁ……」
【深見】
「ん? どうかしました?」
【蓮華】
「ハッ……お、御ぐしが乱れるじゃない……やめなさい」
【深見】
「? ……すみません」
【蓮華】
「……」
こうして何気なく過ごす時間の中で……僕と蓮華の絆も深まっていくといいと……。
……そう考えるのは、いけない事だろうか?
僕、皇さん、月丘女史、蓮華の面子で学生食堂にやってきた。
【蓮華】
「!」
食品サンプルで作られたメニューを前にして、喜びで顔を輝かせる蓮華。
【蓮華】
「(ゴクリ)……すごい」
【香恋】
「これ全部、無料らしいですよ、この食堂だけでなく売店も……」
【深見】
「へぇ、太っ腹ですね」
【香恋】
「何でも、園内に於いてのお金のやり取りは認めない方針だと聞いています」
【皇】
「そうなんだ、株とか先物とか、お金の運用方法を知るのも、立派な学業だと思うけど……」
相変わらず少し違う方向に行っている……。
【深見】
「お腹すいたでしょ蓮華、どれが食べたいですか?」
【蓮華】
「全部かしら」
【深見】
「否、それは……」
タダ飯だから言っている訳ではないにせよ、ここ数日の蓮華の食いっぷりを見て、彼女ならやりかねないと思ってしまう。
【深見】
「蓮華も一応この学園の生徒なのでしょう? だったら淑女たるもの慎ましやかでなくては」
【蓮華】
「淑女って何」
【深見】
「授業中には私語を慎み、休み時間でも大声は出さず、当然廊下も走らず、すれ違うときにはお辞儀をし、ごきげんようと声を掛け合う」
【深見】
「其れに食事が只だからといってがっつかない、品行方正な此処の生徒さん達のような女性の事を言うんですよ」
【蓮華】
「淑女って、窮屈ね」
【深見】
「……」
まあ、言われてみればそうだな……少し、蓮華に同調した。
朝礼の時感じた生徒達の暗いイメージは、そんな窮屈な空間が原因なのかも知れない……とそんな事を思ったりもした。
【蓮華】
「貴方には解らないかもしれないけど……」
【深見】
「?」
【蓮華】
「実体化を保つためには、すごくエネルギーを使うの。だからお腹が空くの」
【深見】
「え……」
蓮華の思いがけない言葉に困惑しながらも、その内容を考える。
実体化? ……すなわち、僕等が今見ているような、姿を作る事……?
其れってつまり……普段の蓮華は……。
【蓮華】
「何食べようかなー」
蓮華が話題を逸らして行ってしまう。
【深見】
「……」
そんな蓮華に、またしても隔たりのようなものを感じ、ほんの少しの淋しさを覚える僕であった。
【もよか】
「お兄ちゃんっ、みーーーっっけ!」
【深見】
「わっ!」
朝から引き続き、またもやショッキングな登場をするもよかさんだった。
【深見】
「ち、一寸驚かさないでくださいよ」
【もよか】
「何何~~? 私が可愛すぎて驚いちゃった?」
【深見】
「い、否、言ってませんから……」
【もよか】
「ええ~~? じゃあもよかって、可愛くない?」
【深見】
「い、否……かわいい、ですけど……」
【舞斗】
「もよかちゃんが可愛いですってぇ!? 僕の大切なもよかちゃんをっ、く、口説いてるんですかぁっ!? 深見先生っ、ちょっと二人で膝を詰めてお話しましょうかぁっ!?」
【深見】
「ひぃぃぃっ!!」
高瀬先生迄もがアップで出没し、本気で心臓が止まるかと思った。
【深見】
「た、高瀬先生! 落ち着いてくださいっ……驚かさないでくださいよ……」
【舞斗】
「……い、いや、失敬、つい取り乱してしまいました……」
髪を撫で付けて深呼吸する高瀬先生。この人、もよかさんの事になると、正気を失うみたいだ。
【もよか】
「……舞斗お兄ちゃん……」
もよかさんは眉を顰め、溜息と共に1オクターブ低い声で高瀬先生の名前を呼ぶ。
あれ……? もよかさん、急にテンションが下がったような……?
【舞斗】
「もよかちゃん、せっかくお弁当作ってきたんだから、今日は食べてね?」
【もよか】
「はい、はぁ~~い……分かりましたぁ~」
【舞斗】
「(にへらぁ……)」
もよかさんの一言で極度に喜ぶ高瀬先生。
【深見】
「た、高瀬先生……顔、崩れてますよ」
【舞斗】
「あ、え、う……これは失礼……」
怪物ランドのプリンスのように瞬く間に顔面を補正した。
【もよか】
「あ、蓮華ちゃんだ。蓮華ちゃ~~んっ」
【蓮華】
「(ギク)」
新たなターゲットを見つけて駆けて行くもよかさん。
【舞斗】
「……」
そんなもよかさんの後ろ姿を、何故か暗い表情で見つめる高瀬先生。
【深見】
「……」
高瀬先生はもよかさんを可愛がっているようだけれど、もよかさんの方は其れをどう思っているのか……。
否、従兄妹同士と言っても色々事情があるのだろうし、僕は部外者なのだから、余り立ち入らないでおこう。
……とはいうものの……。
【深見】
「あ、あの、よかったら、お昼……ご一緒しませんか?」
何となく彼に同情し、そんな台詞を吐いていた。
【舞斗】
「い、いいんですかっ!」
驚きながらも喜んでいるようだ。
【深見】
「え、ええ、勿論……」
【舞斗】
「それではお言葉に甘えまして」
シャキリと背筋を伸ばし髪の毛をクルリと巻く。
高瀬先生は少々感情のコントロールが苦手な人なのかも知れない……。
其れはある意味、もよかさんに似ているような気もするが……。
似ていないと言ってもやっぱり従兄妹同士、血は争えないのだなぁと思った。
各々好きな料理を注文し、席について食べ始めた。
【深見】
「いただきまーす」
僕が注文したのはこの学園の名物『狐ラーメン』。大きな油揚げがチャシューの代わりに乗っている変わったラーメンだった。
【深見】
「あ、蓮華も狐ラーメンを頼んだんだ」
【蓮華】
「そう、何事も経験」
【香恋】
「お二人とも好奇心旺盛ですねー」
月丘女史はサラダ蕎麦を頼んでいた。ヘルシーだからと人気のメニューらしい。
【深見】
「否ぁ、変わったものがあると、つい試してみようという気になってしまうんですよね」
【香恋】
「そういうところが、深見先生の作品性にも反映されているのかしら。私も見習いたいのですが、どうしてもカロリーが気になっちゃうんですよねー……あはは」
【深見】
「女性は大変ですねー」
一部の例外を除いて。
【蓮華】
「食べないのなら、その油揚げ、もらってあげるわ」
その例外が、早々に1枚しか入っていない油揚げを平らげ、虎視眈々と僕の其れを狙っていた。
【深見】
「……食べますから」
【蓮華】
「(じーーーっ……)」
【深見】
「そんなに見られると食べ辛いんですが」
【蓮華】
「グルル……あぶらあげ、すき」
【深見】
「……」
狐ラーメンの油揚げが、[rb,頗,すこぶる]るお気に入りの蓮華であった。
皇さんは、胸のポケットから袋を取り出し、何やらポリポリ食べている。
【深見】
「何を食べてるんです? 皇さん」
【皇】
「これは、ひまわりの種さ」
【深見】
「ひまわりって庭とかに生えている、あの種?」
【皇】
「そうだよ、こう見えてひまわりの種はビタミン、ミネラル、その他3大栄養素の入った万能食なんだよ」
【深見】
「其れしか食べないんですか?」
【皇】
「元々少食な質でね。旅館の料理が美味しいから、つい食べ過ぎちゃって、お腹はそんなに空いていないんだ。それに、エリザベスと同じ物を食べているという満足感で、心は満たされているから」
真っ白な歯を見せて笑う皇さん。遠い目をして、ハムスターを偲んでいた。
【香恋】
「わあ、すごい!」
突然、月丘女史が驚きの声を上げた。
【香恋】
「美味しそう~~~……」
【蓮華】
「……」
もよかさんがお弁当の蓋を開けてみせると……其処にはキャラクターを形作ったおいなりさんや、ハート型に切り抜いた卵焼き、食後のデザート等、とても可愛らしく彩り豊かな世界が広がっていた。
【香恋】
「こんなの中々作れませんよぉ……もよかさん、女子力高い!」
【舞斗】
「それほどでもありません」
ヌッと湧いて出る死神博士。
【香恋】
「?」
【もよか】
「これ全部、舞斗お兄ちゃんの手作りですけど……」
【香恋】
「えっ! ほ、本当ですか!? この可愛らしいおかずの数々を高瀬先生が……」
【舞斗】
「(ニカッ)」
胸を張って白い歯を見せる。
【香恋】
「あははは……女子力高いお兄さんですねー……」
女子力とは……。
【もよか】
「見た目だけじゃなくて、味の方も絶品ですよ……」
【舞斗】
「も、もよかちゃんってばぁ、そんなぁ、照れるなぁ~~~ウヘヘヘヘヘ……」
【もよか】
「それに、舞斗お兄ちゃんはお菓子作りも大得意ですから……」
【舞斗】
「うひぃいぃぃぃ~……」
イソギンチャクが喜んでいるようにしか見えないくらい、クネクネしていた。
しかし、大喜びしている高瀬先生に比べて、もよかさんの態度はやけに冷めている。
【深見】
「……しかし、お菓子作りとは驚きです。僕なんて包丁持ったら、自分の指くらいしか切る自信ないですから」
【蓮華】
「完全に明暗が別れたわね」
【深見】
「何のです?」
【蓮華】
「使えるキモオタとただのキモオタ」
【深見】
「……」
敢えてどっちがどっちなのか、答えは聞かないでおこう……。
【もよか】
「でもでもぉ……いくら美味しいお弁当だって、毎日じゃ飽きちゃうんですよねぇ~」
突然のもよかさんの発言に皆が固まった。
【深見】
「…………」
【蓮華】
「……」
【香恋】
「……」
【舞斗】
「あ、飽きないように、おかずの種類には気を使ってるし、味だって毎日変えてあるよ……もよかちゃんの大好きないなり寿司だって、今日はちゃんと入ってるから」
【もよか】
「……はぁ、そういう問題じゃないんですケドね~……まぁ、いいんですけど」
諦めたように箸を取るもよかさん。
【深見】
「……」
……高瀬先生に過保護過ぎるきらいがあるのは、確かに気になるけれど……。
此れだけの物を毎日[rb,拵,こしら]えてくれる人の事を、どうしてもよかさんはそんな風に……。
【皇】
「そのお弁当、可愛いね~……僕にも味見させて欲しいなー」
もよかさんのお弁当をうっとりと見つめながら、皇さんが口を開く。
【深見】
「お腹空いてなかったのでは?」
【皇】
「うん、そうだけど、僕ってグルメだからさ。美味しそうな物を見たら一口食べずにはいられないんだよね」
この美貌はあんまり長持ちしそうにないな。
【舞斗】
「だ、駄目ですよ。それはもよかちゃんの為だけに昼食に摂るべき栄養素とカロリーを全て計算して作った、謂わばもよカスタム。食べるんだったら僕のにして下さい。大体同じものですから」
【皇】
「いいのかい! それじゃあ、このハート型の卵焼きを頂くよ」
皇さんは目を輝かせながら、高瀬先生に借りた箸で卵焼きを摘む。
【皇】
「(はむっ……モグモグモグ)」
【舞斗】
「どう? ですか……」
【皇】
「とっても美味しいよ!」
幸せそうに微笑む。
【舞斗】
「よかったぁ」
こちらも安堵して微笑む。
何だか男二人のおままごとを見せられているような気分だ。
【舞斗】
「皇先生……」
【皇】
「何だい?」
【舞斗】
「……よかったら、皇先生のお弁当も、明日から作ってきましょうか?」
照れくさそうに高瀬先生が訊ねた。
【皇】
「本当に!? とっても嬉しいよ、ありがとう」
向日葵が咲いたように神々しく笑っていた。
【香恋】
「はうっっ……!!」
二人の会話に耳をそばだてていたらしい月丘女史が、真っ赤になって妖しく眼鏡を光らせる。
【香恋】
「ま、まさか、こんなところでお目にかかれるなんて……これは俗に言う、手作りお弁当イベント……ふふっ……セオリー通りのベタ展開!」
【香恋】
「……これをきっかけに急接近する二人の関係……すごく美味しかったよ、ついでに君のことも食べちゃいた~い……くすすっ……」
小声で何か呟いている月丘女史。
【深見】
「でもいいですねぇ……僕もこんなお弁当だったら、毎日でも食べたいな」
【舞斗】
「あ、よろしければ深見先生にも明日から作ってきましょうか? ついでなんで……」
【深見】
「いいんですか?」
【舞斗】
「2つ作るも3つ作るも大して変わりませんから」
【香恋】
「あうっ!? ……予想外の乱入展開ですかっ……てことは深見先生が総攻めっ!? いえいえそれは深見先生のキャラじゃ……でも……見てみたいっ、そんな複雑ないけない乙女心っ……〈ハ〉」
【蓮華】
「そうせめ?」
【深見】
「蓮華は知らなくていいです……」
また碌でもない知識が増えてしまう。
【蓮華】
「ついでなら、私にも作ってくれないかしら」
僕? というように自分を指し固まる高瀬先生。
【蓮華】
「食べてみたいのだけれど……駄目?」
【舞斗】
「だだだだだだ、だ、駄目だなんて滅相もない!」
【蓮華】
「そう、良かった」
微笑む蓮華。
【舞斗】
「はうあっ!? 僕のお弁当が大人気!? あぁ、意識が遠のいていく……だが、まだ僕は死ねない……もよかちゃんと蓮華さんの明日のお弁当を作るまでは……タナトスよ我にささやかな猶予を……」
【香恋】
「尊死ですね、分かります」
冷静になった月丘女史がウンウンと頷きながら高瀬先生に共感していた。
【深見】
「分かるんですね……」
凡そどんな場面であっても浮きまくっていた僕のような人間が、寧ろ埋没しそうな位ディープな状況に、喜んでいいものなのかよく分からなかった。
【皇】
「せっかくだから、少しお話を伺えないかな高瀬先生。あと、もよかくんもいいかい?」
皆の食事が済み、ほっと一息ついたタイミングを見計らって、皇さんが二人に尋ねる。
【舞斗】
「……あ、あの……失礼ですが、皇先生ともあろうお方が、どうしてわざわざこんな地方の学園へいらっしゃったのですか?」
すると、皇さんより先に高瀬先生が質問してきた。
【皇】
「昨日も職員室で話したけど、『青蜘蛛の呪い』事件に興味を持ってね」
【舞斗】
「興味、ですか……それで、何か分ったことはあるんでしょうか?」
【皇】
「僕達はまだ来たばかりだよ。昨日の今日じゃ、いくら僕でもまだ何も分からないよ」
【舞斗】
「そう……ですよね、ハハハ……失敬、失敬、僕としたことが……」
髪の毛を撫で付け、何処かホッとしたように笑う高瀬先生。
【皇】
「じゃあ……今度はこっちが聞くけど、この件について、君は何か知ってることがあるんじゃないのかな?」
皇さんの断定的な質問に高瀬先生の顔色が変わる。
【舞斗】
「え? い、いえ……僕は何も……」
【皇】
「本当かな?」
瞬間、皇さんの色素の薄い瞳が鋭く光った。
【舞斗】
「……」
【皇】
「確か君は音楽の先生だったよね? 生徒さんたちには、特に変わったこととか、何もないのかな?」
【舞斗】
「……昨日、校長が言っておられた通りで、最近は落ち着いていると思いますが……」
助け舟を求めるように、ちらっともよかさんを見る高瀬先生。
【もよか】
「たまたまちょっとした事故が重なっただけですよ……そういう偶然ってあると思いますよ」
もよかさんは笑顔で答える。
【皇】
「偶然ねぇ……」
脱力したように一息つくと、いきなり皇さんが僕の方を見た。
【皇】
「この深見くんは、妖怪の仕業じゃないかって思っているらしいんだけど、この近辺にそんな噂とか、あったりするのかな?」
【舞斗】
「妖怪? ……ですか」
高瀬先生にまじまじと見られて、顔が赤くなる。妖怪を信じているなんて、子供っぽいと思われたかも知れない。
【もよか】
「そう言えば……阿紫旅館の座敷童子のお話なんかは有名じゃないですかぁ?」
やはり、座敷童子『蓮華』の存在は皆の知る所であったみたいだ……。
【蓮華】
「……」
蓮華を見ると、一寸照れくさそうな満更でもない顔をしていた。
【香恋】
「私達、そこに宿泊してるんですよ。やっぱり地元でも有名なんですねぇ、座敷童子は。良かったですね、深見先生」
何がいいのかは、よく分からないが……。
【もよか】
「……誰も姿は見たことないらしいんですけどぉ……何でも、お菓子とか食べ物を部屋に置いておくと、すぐにやられるそうです……」
【深見】
「やられる……?」
【もよか】
「盗み食いされるらしいです! すっごく大食いの手癖が悪い奴みたいですよ! お化けのくせに図々しいっていうか、ちょっと怖いですよねぇ~」
【蓮華】
「~~っ!」
真っ赤になって膨れる座敷童子。
【深見】
「も、もよかさん、手癖が悪いなんて……其れは一応座敷童子の為のお供え物なのではないですか……」
僕が人形の間に宿泊した時も、お菓子やら缶ジュースやらが人形と一緒に置かれていた覚えがある。
【もよか】
「お兄ちゃんみたく、甘い考えを持ってるとぉ、もっと、もーっと奴はつけあがりますよぉ……妖怪だろうがなんだろうが、ビシッと行かないと、ビシッと! ねえ、蓮華ちゃんもそう思いません?」
【蓮華】
「……」
【皇】
「ははっ……でも可愛らしいじゃないか、日光の猿みたいで」
【深見】
「猿って……」
蓮華が俯いた儘肩を震わせていた……。後の報復が恐ろしい。
【舞斗】
「……確かに、座敷童子は以前テレビ局もよく取材に来たりして、一時期盛り上がりましたね。でも、今はオワコンですよ……ハハハハ」
オワコン……。
【蓮華】
「(ガーン……)」
怒りに震えていた蓮華であったが、今の発言で魂が抜けたような放心状態に陥っていた。
【皇】
「まあ座敷童子はそれくらいにして……他にはないのかな?」
皇さんが高瀬先生ともよかさんを交互に見つめている……。二人共此れ以上提供出来るような情報は持っていないようだ。
【皇】
「じゃあ、もう一つ質問……事件とは関係ないんだけれど、ちょっと気になることがあってね……」
皆、皇さんに注目する。
【皇】
「この町の至るところに狐の像が建てられているんだけど、その理由について何か心当たりはないかい?」
【舞斗】
「そうですね……像と関係あるかどうかは分かりませんが、ここは昔から他の町より野生の狐が多いところだってよく聞きますね」
【香恋】
「そう言えば、旅館のはるさんも狐が多いと仰ってましたね。あれは山奥だから単純に野生動物が多いのだとばかり……」
【皇】
「ふむ……どうして狐に限って個体数が多いのか?」
【皇】
「昔からということは、食用で殺されたり、害獣として駆除された過去がないということなんだろう……だって、環境的にはこの町も他の地域と大差ないように感じるからね」
【深見】
「……もしかしたら、古くからこの土地には、稲荷信仰のような狐に対する畏敬の念があったのかも知れませんね」
【皇】
「面白いね、その可能性は高い……そこで気になるのが神社なのさ」
【もよか】
「(ぴくんっ)」
【皇】
「確か、もよかくんはそこで巫女をやっているそうじゃないか。深見くんから聞いたよ」
【舞斗】
「もよかちゃん……?」
皇さんの話を聞いていた高瀬先生が、驚いたような顔でもよかさんを見つめる。
【もよか】
「さぁてとぉ~……そろそろ授業が始まっちゃうからいかなくっちゃ~!!」
何だかわざとらしいタイミングで、もよかさんが席を立つ。
【深見】
「え? どうしたんですか、急に……」
【もよか】
「でもでも、優等生キャラのもよかとしては遅刻するわけにもいかないしー、それじゃあ、皆さん、そういうことなので、失礼しまぁ~す!」
もよかさんはそそくさと退場してしまった。
【香恋】
「肝心なところで、行っちゃいましたね……」
【皇】
「うん、あの態度、ちょっと気になるね……」
【深見】
「気になりますか……」
【皇】
「うん、もよかくんの態度だけじゃない……この学園には何か隠されている事がある気がする……」
【皇】
「朝礼の時に感じた息苦しさ……一部の生徒達の間に、目に見えない緊張感みたいなものが存在していて、皆で何かを隠しているような……何故かそんな気がしてならないんだよ」
朝礼の時に、皇さんも僕と同じような違和感を抱いていたらしい……。
【舞斗】
「……」
【深見】
「……あれ、ところで蓮華は……」
会話に夢中になっていたら、蓮華がいなくなっている。
【皇】
「じゃあそろそろ僕達も行こうか」
皇さん達は何故か蓮華を気にする様子もなく、食堂を出ようとしている。
【深見】
「蓮華っ」
しかし僕は蓮華を置いていく訳にはいかない。
【深見】
「何処ですか、蓮華っ!?」
【蓮華】
「ここ」
机の下からにゅっと顔を出し、慌てる僕を楽しそうに眺めていた。
【深見】
「もう、また巫山戯て……消えちゃったかと思いましたよ」
僕はホッとして微笑んだ。
【蓮華】
「オワコンは消える宿命なのかしら……」
【深見】
「まだそんな事気にしてたんですか」
【蓮華】
「悪い?」
あれ……もしかして、落ち込んでいるのだろうか。
其れでずっと、机の下に隠れていたとか……?
蓮華にそんな殊勝な面があるとは思ってもみなかったが……机の下で丸まっている姿を想像すると、何だか可愛らしくて笑えた。
【深見】
「そんな事気にしないで。もう行きましょうよ」
【蓮華】
「……うん」
蓮華は先に立って歩いていく。
何となく……蓮華が元気がないような気がしたが……気の所為かな。
【深見】
「クスッ……」
【蓮華】
「何を笑うのよ」
【深見】
「否、可愛くてつい……」
【蓮華】
「(かあっ!)」
頬を染めている。そんな反応も実に可愛らしかった。
【深見】
「……それに、[rb,仮令,たとえ]オワコンでも、消えて貰ったら僕が困ります」
【蓮華】
「なんで?」
【深見】
「何でって、其れは……」
好きだからとサラリと言いそうになった自分に驚いた。
蓮華が僕の傍にいるのは当たり前の事……僕は自分でも気づかないうちに、そんな風に感じ始めていたのだろうか……。
【蓮華】
「……ま、いいわ、もう行きましょ」
僕の気持ちを察したのかどうか……蓮華は頬を染めた儘、先に歩いていく。
【深見】
「……あ、待ってくださいよ」
今はまだ……こんな風に蓮華を追いかけるだけでもいいと思った。
でも何時か……隣を歩けるようになりたい……。
そう思った。
【舞斗】
「……深見先生」
【深見】
「はい?」
蓮華の後を追うように歩いていると、廊下の端に立っていた高瀬先生に呼び止められる。
【舞斗】
「ちょ、ちょっとお聞きしたいのですが……」
どうやら僕を待っていたようだが、キョロキョロして挙動不審だった。
【深見】
「どうしたんです?」
【舞斗】
「あの、先程の話……もよかちゃんが巫女をやっていたとか……」
【深見】
「ええ、昨日もよかさんと神社で偶然お会いした時、巫女さんの格好をしていたので……」
【舞斗】
「ど、どこにありました!? その神社っっ」
まるで噛みつかんばかりに顔を近づけて尋ねてくる。
【深見】
「え、えーと……この学園を出て、左……そしてその先にある分かれ道を、山の方に登って行った所、ですかね……」
身振り手振りで説明した。
【舞斗】
「ありがとうございます!!」
そう言って会釈をすると、早々に立ち去っていった。
【深見】
「?」
今のは一体、何なんだ? ……高瀬先生の行動が全く理解できなかった。
【皇】
「えー、つまりこの三角形は…………」
午後になっても、相変わらず皇さんは、女生徒達の注目を一手に引き受け……。
蓮華は僕達について廻り……。
【蓮華】
「……」
つまらなそうに端っこに座っていた。
【深見】
「えーと、では……乱歩御大について語りたいと思います。あの、アニメやゲームとは関係ないですよ……」
僕は慣れない講義に孤軍奮闘……。
そうして、僕にとってエンドレスとも思える程の長い時間が経ち……遂に僕の授業初日は終わりを迎えたのだった。
【深見】
「[rb,漸,ようや]く終わりましたね……」
僕は安堵の笑みを漏らす。
【香恋】
「あ、いいですねその表情! 自然な感じで今日一番ですよぉ」
パシャ、パシャとシャッターを押す月丘女史。すっかり慣れてきたのか、軽快に動き回る姿は編集者と言うよりスポーツ新聞のカメラマンのようであった。
【皇】
「早速そわそわしてきたんじゃないかい? 深見くん」
暗に僕の妖怪捜しの事を言っているのだろうが、皇さんのような人にはヒキオタが緊張から解き放たれた開放感を只々漫然と味わいたいな~と、思うような感覚は分かるまい。
【深見】
「まあ……そうですね」
愛想笑いをする。
【皇】
「どうしたんだい? 疲れているね」
皇さんは、人の気持ちは解らないが、千里眼の持ち主だった……隠し事なんて出来っこないのだと改めて思う。
【深見】
「否……皇さんのように上手く授業が出来なくて……気疲れしてしまいましたよ」
【皇】
「そんな事ないよ深見くん……今日の講義は素晴らしかったよ」
【深見】
「え……?」
皇さんって、お世辞言える人だっけ?
【皇】
「君は、好きなことに忠実で、実に独創的な考えを持っている。故にそれは理解され難い性質を持っているかもしれない。だけど君は、その壁を今日打ち破った」
【皇】
「心の中に抱え込んでいた感情を開放して、それを伝えたことによって、唯一無二の君の個性は、知性となって生徒達の心に刻まれたことだろう」
【皇】
「僕のようにドライな人間は底が浅いからね……所詮は上っ面だけさ。でも君の体当たりの授業は、しっかり彼女達の人生の一部になったと思うよ」
【深見】
「皇さん……」
驚いた。
皇さんがそんな風に僕を評価してくれていたなんて……。
雲の上の存在と思っていた彼だけれど、やっぱり人並みに悩んだり、自問自答を繰り返したり……案外僕と似ている所もあるのかも知れない……。
勝手に苦手意識を持っていた自分を、大いに反省した。
【皇】
「元気出た?」
【深見】
「はい! 何だか、疲れなんて吹っ飛んだようで、身体も軽いです」
何処かで一線を引いていた所もあったけど、此れからは、もっと仲良く出来るかも知れないな……。
【皇】
「よかったー……勇気の心理学と言ってね、相手を全肯定して励ますっていう療法なんだ。デールカーネギーなんかにも多大な影響を与えたあれさ」
【深見】
「どれです?」
【皇】
「アドラー心理学」
【香恋】
「……あはは~……」
横で二人の話を聞いていた月丘女史が苦笑していた。
皇さんに評価されたと舞い上がっていたけれど、もしかして僕はカウンセリングを受けていただけだったのか……?
【女子学生A】
「ごきげんよう、皇先生……ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
僕等の話が終わらず、教室の外で待ちくたびれたのか、数名の女生徒達が教室に入ってきた。
【皇】
「ああ、いいよ」
【女子学生B】
「私達、ずっと皇先生のファンだったんです……ご本もほぼ全て持ってます」
【女子学生C】
「私もです」
【女子学生D】
「私も」
【皇】
「ありがとう」
皇さんの周りを、上品な物腰の女生徒達が取り囲む。
【女子学生E】
「今日の授業、素敵でした。今までで一番、魅力的な授業でした」
【皇】
「それはちょっと、褒め過ぎだよ」
【女子学生A】
「いいえ……私は今日の教えを、一生の宝物にします」
【皇】
「まいったな……」
【女子学生C】
「あの……もしよろしかったら、これからお茶でもご一緒にいかがでしょうか?」
【皇】
「あぁ、それはいい考えだね」
【女子学生達】
「わぁぁぁ……〈ハ〉」
女生徒達が歓喜する。
【深見】
「……」
【皇】
「じゃ、深見くん、月丘くん、僕はこれで」
【深見】
「え……?」
【香恋】
「は、はぁ……」
僕と月丘女史に簡単な挨拶をして、女子学生に囲まれながら教室を出ていく皇さん。廊下にも何人か待っている生徒がいたらしく、歓声が上がっていた。
【深見】
「やっぱり、生徒達を魅了していたのは皇さんでしたね……」
仮令一時でも、彼と似ている等と思ってしまった自分が恥ずかしい。
【香恋】
「深見先生の授業だって、とても素敵でしたよ! きっとこれから乱歩にハマる生徒が増えると思います!」
【深見】
「……ありがとうございます」
それはアニメキャラにだろう……と心の中だけで突っ込んだ。

僕と月丘女史は荷物をまとめて廊下に出た。
【蓮華】
「遅かったわね」
【深見】
「蓮華……」
【香恋】
「蓮華ちゃん、お待たせしました」
蓮華が廊下で僕達を待ってくれていた。
【蓮華】
「アイドルは大勢の出待ちと共に消えたわ」
【香恋】
「そうみたいですね~、やっぱり大人気ですね皇さんは」
しかし……蓮華は皇さんではなく、僕を待っていてくれたのだ。
其れだけでも、僕の心は優しく癒やされるのだった。
【香恋】
「深見先生、今日はこれからどうなさいます?」
【深見】
「そうですね、一人で何処迄出来るか分かりませんが、取り敢えず学園を調べてみます」
【香恋】
「じゃあ私は、被害者のご家族に連絡を取った後、ご近所の方に取材しながら、この辺りの風景をカメラに収めてきますね」
【深見】
「分かりました、其れじゃまた後で」
【香恋】
「はい」
【蓮華】
「月丘、いってらっしゃい。気をつけてね」
【香恋】
「蓮華ちゃ~~~ん……ありがとうございますぅ」
蓮華をハグして笑顔で去っていく月丘女史。
月丘女史まで籠絡するとは、蓮華の魅力恐るべし……まぁ僕も籠絡された一人なのだが。
【深見】
「蓮華……」
【蓮華】
「?」
【深見】
「ちゃんとご挨拶出来て、偉いではないですか」
蓮華の頭をくしゃくしゃっと撫でる。
【蓮華】
「ふぃぁあぁ~こ、子供扱いはきらいぃぃぅぇぇ……」
【もよか】
「仲良さそうで……妬けますね」
【もよか】
「お兄ちゃぁぁぁん!!」
【深見】
「わっ!!」
いきなり駆け寄ってくると、蓮華を弾き飛ばし、僕の首根っこにしがみついてくるもよかさんだった。
【もよか】
「ずっとずっと待ってたんだよ~、お兄ちゃんと一緒に帰ろうと思って!!」
僕に抱きつき、甘えた声で擦り寄ってくるもよかさん。
【深見】
「い、否、僕達はまだやる事があるから帰れないんですよ……」
【蓮華】
「残念だったわね、シッシッ」
蓮華がもよかさんを追い払おうとする。
【もよか】
「蓮華ちゃ~ん、かっわいい~~~っ! まだツンツンモードなんですねぇ、いつになったらフラグが立つのですかぁ~~!」
僕から離れると、またもや蓮華を締め上げるもよかさん。
【蓮華】
「(ジタバタジタバタ……)」
【深見】
「ストップ、ストーーーップ!」
往年のレフリーばりに二人を引き離す。慣れていく自分が怖い。
【蓮華】
「はあはあ……二人の間に角が立つことはあっても、フラグが立つことなんてありえないから」
【もよか】
「あ、蓮華ちゃん、上手いこと言いますねぇ~」
【深見】
「そういう訳なので、すみませんが先に帰ってください、もよかさん」
【もよか】
「……そうなんですか、私、お二人の邪魔なんですね」
僕がやんわりと断ると、しょぼんと俯くもよかさん。
【蓮華】
「邪魔って何のこと?」
【もよか】
「分かってますよ、お二人は付き合ってるんでしょっ!?」
ビシィッ! と指をさされる。
【蓮華】
「つ、つ、付き合ってって!?」
【深見】
「そ、そ、そんな付き合うだなんて!?」
蓮華と僕は真っ赤になってほぼ同時に否定した。
【もよか】
「でもでもぉ、いつも二人は一緒にいるしぃ、お昼もおんなじラーメン頼んでたしぃ……な~んか気が合ってる? てゆーか、息ピッタリ? だから付き合っているようにしか見えないんですよねぇ~」
【蓮華】
「ぐ、偶然でしょそんなの。よ、よくあることよ」
茹でダコのようになっている蓮華が可愛かった。
本当に傍からそう見えているのだとしたら、一寸嬉しい気がする僕である。
【もよか】
「でもでもぉ、これからイチャコラする気だったんじゃないんですかぁ? アブナイ放課後、イケナイ恋の課外授業、エッチなABC、ヤッちゃう気じゃなかったんですかぁ~~……??」
【蓮華/深見】
「ないから!」
「ないですっ!」
まさに息ピッタリの二人であった。
【もよか】
「……」
もよかさんは、そんな僕達を冷静な眼差しで観察していたかと思うと……。
【もよか】
「きゃははははっ☆ 冗~~~~談ですよ、冗談っ! お二人とも、ほんっとウブいんだからぁ~、それじゃ今どきの幼児にも笑われちゃうぞ!」
いきなり笑い出した。
【深見】
「も、もよかさんも人が悪いなぁ……僕達をからかったんですね……」
【もよか】
「ごめんなさい、お二人が可愛すぎて、からかっちゃいましたー! でもでもぉ、まだまだ疑惑は消えていませんよ~? だって、私の見てない所で、ナニするつもりか分かんないですし~~」
【蓮華】
「じゃ、じゃあ、貴方もついてくればいいじゃないっ」
もよかさんの視線から逃れるように、ぷいっと横を向く。
【蓮華】
「い、一緒にいれば、そんな事ないって分かるでしょ」
【もよか】
「ついて行っていいんですかぁ?」
【蓮華】
「いいわよ……」
【深見】
「僕は構いませんよ」
【もよか】
「やったぁ~!!」
【蓮華】
「それじゃ、行くわよ」
蓮華が、何処へ行くかも知らない筈なのに、先に立って歩き出す。
【もよか】
「まだまだ、つけ入る隙はありそうねぇ……」
【深見】
「何か言いました? もよかさん」
【もよか】
「ん? お兄ちゃんだ~いすきって言ったんですよっ」
僕の腕に勢いよくぶら下がってくるもよかさん。
【深見】
「ひいっ!」
【もよか】
「くすくすっ、嬉しい悲鳴あげちゃって、かわいいんだからっ」
【深見】
「あれ……?」
今、眼の端に何か映ったような……?
【蓮華】
「早く来なさいっ」
【深見】
「は、は~~~いっ」
僕はもよかさんを腕にぶら下げながら、慌てて蓮華の後を追ったのだった。
【もよか】
「はいは~い、ご注目ぅ~」
もよかさんが階段を登る手前で立ち止まり、僕と蓮華を引き止める。
【蓮華】
「どうしたの?」
【もよか】
「ここが、体操部の人が怪我しちゃった場所でぃ~っしゅっ」
【深見】
「此処だったんですか……」
【もよか】
「コロコロコロコロ階段を転がり落ちてしまってーさあ大変って、お前はどんぐりかよ~~~」
腕をぐるぐる回してバンザイするもよかさん。
【深見】
「(ポカーン)……」
【もよか】
「で、あっちの奥の廊下では、窓ガラスが割れてお目々を怪我しちゃった娘がいましたねぇ~……」
今度は廊下奥の窓を指差すもよかさん。
【もよか】
「歩いてたらいきなりパリーンって、割れやすい乙女のハートみたいですねぇ~……コワイコワイ」
【蓮華】
「……あ、貴方が怖いわ」
【深見】
「……」
あっけらかんと解説するもよかさんに、空いた口が塞がらなかった。
【もよか】
「現場からは、以上で~~す……じゃあ、お次は二階の音楽室に参りましょうかー☆」
ニッコリと笑うもよかさん。
【深見】
「……あ、あの、こう言ってはなんですが、その言い方は少々不謹慎ではないですか?」
【もよか】
「だって、怪我って言っても大したことないんですよぉ。皆大げさに言いすぎなんですって。ホラ、女子学生って、注目浴びたくて嘘ついちゃうみたいなとこ、あるじゃないですかぁ?」
【深見】
「そ、そうなんですか……?」
【もよか】
「そおですよぉ……女子学生って、女狐なんですから、騙されないでくださいね~」
【蓮華】
「……」
何とも拍子抜けした儘、僕達は二階の音楽室へ向かった。
音楽室は『青蜘蛛の呪い』事件で、全指骨折の被害者が出た場所だった。
【もよか】
「あれあれ~~? 舞斗お兄ちゃんいませんねぇ~、いつもだったら、ここでピアノ弾いてるはずなんですけど」
【もよか】
「舞斗お兄ちゃ~~ん?」
【深見】
「?」
出入り口の扉の辺りから、何やら物音が聞こえた気がしたが……どうやら気の所為のようだ。
【深見】
「高瀬先生はピアノがお上手なんですか?」
音楽室に鎮座する立派なグランドピアノを見て、そんな質問を投げかけてみる。
【もよか】
「それは、音楽教師ですからぁ~……」
他人事のように言っていた。
【深見】
「余り聴いた事はないんですか?」
クラシックに興味がないのか、はたまた高瀬先生自体に興味がないのか……。
是迄のやり取りを見ていると、彼等の関係は良好とは言えそうもないが……。

【もよか】
「……昔は……」
【もよか】
「よく好きで聴いてたんですけどね……舞斗お兄ちゃんのピアノ」
ずっと昔を見つめるように、遠い目をしているもよかさん。
【もよか】
「特に、乙女の祈りっていう曲が好きで……タイトルも素敵だけど、その曲を聴いていると、私の祈りも、いつか届く気がして……」
静かな声で語る言葉は、意外とも思える内容だった。
何時も明るく、煩いぐらいのもよかさんの寂然とした表情は、何故か僕に不吉な印象を与えたのだった。
【深見】
「……」
【もよか】
「でもでもぉ、一緒に暮らすようになってからはぁ、全然聴かなくなっちゃいましたね~」
【深見】
「え、もよかさんって、高瀬先生と一緒に住んでるんですか!?」
衝撃の事実を知り、其れ迄考えていた事が全て四散してしまった。
【もよか】
「言ってませんでしたっけ?」
【深見】
「否、聞いていませんでしたが」
【蓮華】
「あんなヘンタイと寝るときまで一緒だなんて、意外ともよかって可哀想な子だったのね」
【もよか】
「アハハハ……
一緒には寝てませんよ、ひとつ屋根の下ですが。そこは誤解がないようにぃ」
本気で迷惑そうに言うもよかさんだった。
【もよか】
「今、私、舞斗お兄ちゃんの家に居候してるんですよぉ」
どうして自分の家ではなく親戚の家にお世話になっているのだろう、と疑問を持つものの、余り突っ込んだ質問をしても失礼かなと遠慮してしまう。
【蓮華】
「何故従兄妹の家なんかに住んでいるの」
蓮華が代弁してくれた。
【もよか】
「……実は四年前、私の実家が火事になってしまって、私の家族全員、亡くなっちゃったんですよね~」
【深見】
「え!」
思ってもいなかった告白に気が動転してしまう。
【深見】
【蓮華】
「……大変だったわね、もよか」
蓮華も、少し動揺しているみたいだった。
【もよか】
「二人とも、そんな引かないでくださいよぉ~、もう今は全然何ともないんですからぁ」
そう言って明るく笑うもよかさんであったが、こちらの気持ちも影響してか、その表情は何処となく淋しげに見えた。
【もよか】
「兎に角、それで行く宛がなくなっちゃって……身寄りのない、かわいそーな私を舞斗お兄ちゃんとご家族が、引き取ってくれた訳なんです~」
【深見】
「そ、そうでしたか……」
何という事だ……こんなに明るいもよかさんに、そんなに悲しい過去があったとは……。
【もよか】
「そりゃぁ、最初は悲しかったですけどぉ……舞斗お兄ちゃんも、おじさんもおばさんもぉ~、とーっても優しくしてくれて、励ましてくれて、私も頑張んなきゃーって……」
【もよか】
「いつまでもくよくよしてばかりじゃ、天国のお父さんもお母さんも……そしてお兄ちゃんも、きっと悲しむと思うからぁ……」
もよかさんは、明るく微笑む。
【深見】
「もよかさん……」
【蓮華】
「強く生きるのよ……もよか」
蓮華も思わぬもよかさんの過去を聞かされて、対立する立場から、すっかり応援する側に回っていたようであった。
【舞斗@???】
「……うううっうぐっ……」
【深見】
「!?」
何処からともなく、不気味なすすり泣きが聞こえてきて、音楽室を陰気なムードで包み込む。
【深見】
「何だ? この気持ち悪い声……」
真逆、幽霊だろうか……?
怯えている所に、突然、バーン!! という大きな音が鳴り響き、僕達は文字通り飛び上がった。
【深見】
「何の音!?」
【蓮華】
「ピアノの方から聞こえてきたわ」
蓮華がピアノに駆け寄って確認する。
【深見】
「?」
音楽準備室の方から、小さくドアが閉まるような音が聞こえたが……?
【もよか】
「……」
【蓮華】
「……ピアノの蓋が閉まったんじゃないかしら」
【深見】
「何故、蓋が突然……」
すすり泣く声といい、ピアノの蓋といい、此れはあの有名なポルターガイスト現象……?
【蓮華】
「鍵盤蓋の蝶番のところがグラグラしているみたいだけど」
【深見】
「……あ、そう言えば、ピアノの蓋で全指骨折の大怪我をした生徒がいるらしいのですが……其れって此処の事ですか?」
そもそも音楽室を訪れた理由を思い出し、僕はもよかさんに尋ねた。
【もよか】
「あぁ、確かに事故がありましたねぇ……でもそれって相当眉唾ですよぉ~」
【深見】
「何か知っているのですか?」
【もよか】
「友達に聞いたんですけどぉ……そのピアノの練習してた子、蓋が閉まりそうなのに気付いて、間一髪! ギリギリのところで手をどけて、大丈夫だった~みたいな話でしたよぉ」
【もよか】
「でもでもぉ、左手の中指だけ間に合わなくってぇ、第一関節のところ、骨折しちゃったみたいです~……でもこれって、不幸中の幸いってヤツですよね」
【深見】
「中指だけですか……其れでも、結構大変な事じゃないですか」
【もよか】
「それはそうですケド~、指全部骨折しちゃうより全っ然たいしたことないですよぉ~」
【深見】
「……」
今後は噂が真実かどうかも検証していかなければいけないな、と思いながらも、余りにも事も無げに語るもよかさんに、若干の違和感を感じていた。
其れから二階の教室を一通り回ってみた。
特に変わった所はなく、一階に降りて理科室へと向かった。
【もよか】
「ここが理科室、厳密に言うとぉ、理科室だったところでぇ~す」
【深見】
「だった……って、どういう事ですか?」
【もよか】
「実験中に生徒が燃えちゃった事故があってからぁ、本格的な実験用具は撤去されちゃったんです。蓮華ちゃんも知ってるでしょ? これは学園内でも有名な話だから」
【蓮華】
「し、知っているわ。まるっとお見通しよ!」
いきなり振られて、焦る蓮華。
【深見】
「事故……」
そうだ、『青蜘蛛の呪い』事件の人体発火現象は、此処で起こったんだ……。
【深見】
「もよかさんは、その現場に居合わせたりは……?」
【もよか】
「私はいなかったんですけどぉ、友達に聞いた話だと、一瞬にして髪の毛がぶわあっと、燃え上がったらしいです」
【蓮華】
「髪の毛は女の命なのにかわいそう」
【もよか】
「あとは、それが服に燃え広がっちゃったらしくってぇ……」
【深見】
「其れは大変だ……結構重症だったのでしょうか?」
【もよか】
「さあ……死んではいないと思いますケド。学長から特に報告ありませんでしたし」
【深見】
「死んでって……其れはあんまりじゃ……」
仮にも同じ学園の生徒が被害に遭っているというのに、その言い方はどうなのだろう。
【もよか】
「でもでもぉ、被害者の子って別に私の友達でも何でもない子ですし……それなのにわざとらしく心配してます~って顔するの、なーんか偽善じゃないですかぁ?」
【深見】
「……」
やはり、家族を失くしたことが影響しているのだろうか……他人に対しては極度に無関心な一面があるような気がした。
【もよか】
「でも、お兄ちゃんは別ですからね……私の大切な人、ですから……〈ハ〉」
もよかさんが色っぽい目つきで、僕にしなだれかかってくる。
ガタッ……!
入口のドアの辺りで、また音がした。誰かがドアにぶつかったような音である……。
【蓮華】
「誰?」
【もよか】
「…………」
【深見】
「……気の所為、ですかね……」
初めは幽霊、かとも思ったが……恐らくそうではなく……。
【もよか】
「それじゃあ、次に行きましょうお兄ちゃん」
もよかさんは、不審な物音等聞かなかったように僕の腕に腕を絡めてきた。
【蓮華】
「もよか! 貴方いい加減に……」
【もよか】
「もうっ、蓮華ちゃん妬かないで下さ~い。ちゃんと蓮華ちゃんとも腕を組んであげますからぁ」
【蓮華】
「そ、そういう意味ではないのだけれど」
もよかさんが僕と蓮華を引っ張るように廊下に出る。
【もよか】
「次はどこ行きましょっか、お兄ちゃん!」
【深見】
「え、えーと次は……」
【蓮華】
「ちょっと、そんなに引っ張らないで、もよか」
真面目に学園内を調査するつもりが、何時の間にかもよかさんに完全に主導権を握られていたのだった。
次に、事故のあったプールに行ってみたのだが、水が抜かれてから結構時間が経っているらしく、特に変わった所は見受けられなかった。
溺れかけた水泳部の生徒についてもよかさんは、『元々血管の病気を患っているのに無理したのでアキレス腱が切れたみたい』と語った。
鎌鼬の件があったグラウンドでもしかり……『骨迄達する切り傷なんてとんでもない、単なる擦り傷程度だった』と片付けられてしまった。
そうして……各所を巡るうちにすっかり夕方になっていた。
【深見】
「もよかさん、今日は案内ありがとうございます、助かりましたよ」
【もよか】
「もう終わりですかぁ~、私はお兄ちゃんとまだまだ一緒にいたいですぅ~」
僕の両手を取って目をうるうるさせているもよかさん。
【蓮華】
「はぁ~……」
蓮華が大きな溜息を吐く。
【蓮華】
「こんな事なら、昨日貴方と二人で学園内を調べていればよかったわね」
蓮華はもよかさんの底知れぬバイタリティに、怒る気力もなくしてしまっているようだ。
【深見】
「まあ、そう言わずに……もよかさんのくれた生の情報は、中々貴重ですよ」
残念ながら、僕と蓮華の二人で調査した所で、特に何の収穫も得られなかっただろうという気がするから、学内の事情に詳しいもよかさんに案内して貰って、良かったと言える。
【もよか】
「だって! 蓮華ちゃん」
【蓮華】
「~~……」
【深見】
「……でも、もよかさんって友達が多いんですね。事件に関わっていた生徒の事、何でもご存知で……流石って感じです」
【もよか】
「私を知らない讃咲良学園生はモグリですよぉ~。友達なんて、ざっと100人は超えちゃいますね、富士山の上でおにぎりぱっくんぱっくんぱっくんですよ!」
友達の多さをアピールするように、胸を張って蓮華を見るもよかさん。
【蓮華】
「……」
蓮華は、友達がいない自分を顧みて意気消沈してしまったようだ……。
まあ、僕も同じようなものだが。
【もよか】
「……なーんちゃって!」
もよかさんは、[rb,暫,しばら]くそんな蓮華の様子を窺っていたが、やがて励ますかのように、大きな声を出した。
【もよか】
「……私の廻りに集まって来る子達なんて、皆、私が描くイラストが目的なだけですよ」
【深見】
「イラスト?」
【もよか】
「本当の友達は、蓮華ちゃんだけ!」
一瞬暗い表情をしたもよかさんだったが、蓮華に向き直り、そんな告白をする。
【蓮華】
「! い、いきなり何を言い出すの?」
思いがけぬもよかさんの言葉に、しどろもどろになる蓮華。
【もよか】
「だってぇ、好みだっておんなじでしょぉ~」
【蓮華】
「?」
【もよか】
「お兄ちゃん……」
ピト……。
もよかさんが僕に寄り添ってきた。
【深見】
「!」
【蓮華】
「!」
【もよか】
「私、お兄ちゃんにだったら、どんなことだってしてあげられるよぉ」
もよかさんが顔を上気させながら、上目遣いで艶かしく囁く。
【蓮華】
「い、いい加減にしなさいよ、もよかっ!」
蓮華の怒りが頂点に達した時……。
【舞斗@???】
「い゛ぃぇぇぇえええぉぉぉえぇぇぇぇっっ!!!」
【蓮華】
「!」
【深見】
「!」
【もよか】
「……」
またしても人間離れした異様な呻き声が、地を這うようにどよもしてくる。
声はすれども姿は見えず、周囲を確認してもこの場にいるのは僕達だけだった。
【深見】
「……何だったんですかね、今の……」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「……」
誰も答えないが、大方の予想はついていた。
【深見】
「あ、そういえば、さっきもよかさんが言っていたイラストって、何ですか?」
声の事は忘れて、軌道修正する。
【もよか】
「? ……あぁ、びゃっこ氏です」
【深見】
「びゃっこし……?」
【もよか】
「白ギツネさんのイラストですぅ」
【深見】
「狐……」
ピンとくるものがあって……僕は周囲に目を配った。
すると、案の定渡り廊下の柱部分にも、昨日発見した狐のイラストと同じような落書きを見つけた。
【深見】
「其れって、もしかして、こんなイラストですか?」
もよかさんを手招きして、柱に描いてあるその落書きを見せた。
【深見】
「学園内で、頻繁に目にするのですが……」
【もよか】
「そうそう、これですぅ~」
【もよか】
「私が通っている神社の稲荷狐さんをデザインして描いた、願いを叶えてくれるかみさまです。かわいいでしょ~」
【深見】
「願いを叶えてくれる、神様……」
【もよか】
「はぁい、このイラストを描くと、何故か願い事が叶うってぇ、皆の評判なんですよぉ!」
【深見】
「へえ……」
白狐か……確かに、稲荷神の眷属として神格化されやすく、人々に福を[rb,齎,もたら]すと言われているな。
【もよか】
「今後の予定としてはぁ、びゃっこ氏のホームページを作って、人気ゆるふわキャラとして全国展開していこうかなぁと思ってるぐらいなんですよぉ!」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「あ、蓮華ちゃん、信じてない眼してるーーー。そんな蓮華ちゃんにもご利益あげちゃおうかな?」
【蓮華】
「ご利益?」
【もよか】
「そおですっ! こうやってぇこう描いて……」
バッグからマジックを取り出すと、自分の左掌にびゃっこ氏を描き始めた。
【もよか】
「出来た! ……蓮華ちゃん、ちょっといいですかぁ~」
【蓮華】
「……何?」
【もよか】
「それじゃあ、行きますよぉ~……えいっ!」
ぱふっ……モミモミ。
あろうことか、もよかさんはびゃっこ氏が描かれた左手で、蓮華の右胸を揉み始めた。
【蓮華】
「ひゃぁぁん……」
【もよか】
「おおきくなぁれ~、おおきくなぁれ~」
呪文のような呟きに合わせて、もよかさんの左手は蓮華の胸を優しく撫で回す。
モミモミモミモミ……。
【深見】
「うおおおおおおっ……!!」
眼前で咲き誇り、荒れ狂う百合の嵐に、僕は感動すら覚えた。
僕はこの時……二人の美少女の甘い秘め事を、鼻の下を伸ばしながら見届ける事が自分の使命なのだと痛感していた。
【蓮華】
「んっ、ぃぃあぁぁ~……いっ、いい加減になさい!」
蓮華が真っ赤になって、もよかさんの左手を振り払った。
【蓮華】
「な、何をするの! いきなりっ」
【もよか】
「蓮華ちゃんのおっぱいを大きくしてあげようと思いまして」
【舞斗@???】
「ぉぉおっぱぁぁぁいぃぃぃぃいいぃぃっっ!?」
【蓮華/深見】
「!!」
また、何処からともなく奇声が聞こえてくる。否、と言うか、校舎の陰辺りから聞こえた。
【深見】
「今の声、おっぱいって言ってませんでした?」
【もよか】
「……あ、そうそう、蓮華ちゃんのおっぱい、少しは大きくなりましたぁ?」
思い出したように言う。
【蓮華】
「そ、そんなにすぐ、大きくなんかなる訳がないじゃない。大体、片方だけ大きくされたってバランスが悪いだけだわ」
【もよか】
「それは失礼しましたぁ~……では、両方のお胸を大きくしてさしあげますよぉ~~」
すかさず右掌にもびゃっこ氏を描いたもよかさんが、獲物を狙うような目つきで、両手をニキニキしながら蓮華に近づいていく。
【蓮華】
「や、やめなさい」
怯えるように両胸を隠す蓮華。
【もよか】
「びゃっこ氏のちからは偉大ですよぉ~」
蓮華をジリッ、ジリッ、と追い詰めていく。
【蓮華】
「だったら、自分の胸をもっと大きくすればいいじゃない? 私との違いはたった1cmだけしかないんだから」
【もよか】
「? ……ということは、蓮華ちゃんのお胸のサイズは、75? それとも77?」
【蓮華】
「……な、75……だけれども」
追い詰められて自分の胸のサイズをカミングアウトしてしまう蓮華だった……。
【舞斗@???】
「……な、な、ななじゅうぅぅごぉぉですとぉぉ!!??」
【蓮華/深見】
「!!」
【もよか】
「舞斗お兄ちゃん、そこにいるんでしょ!」
もよかさんが、堪忍袋の緒が切れたとばかりに校舎の壁に向かって言い放つ。
壁の裏側に空蝉のように……はたまたカメレオンのように、息を潜めていた高瀬先生が出現する。
【舞斗】
「……な……なじゅう、ごぉ、なな、じゅう、ごぉ……」
何やらブツブツと念仏のように唱えていた。
【もよか】
「ずっとぉ、私達についてきてたでしょぉ~!」
【舞斗】
「? ……ハッ!!」
【舞斗】
「こ、これは失礼……皆さんお揃いで何事かな?」
僕達の視線にやっと気づいたのか、スッと背筋を伸ばす高瀬先生だった。
【蓮華/深見】
「…………」
【もよか】
「もうっ、何事かな? ……じゃないんだからねぇ、舞斗おにいちゃん!」
ほっぺたをプーッと膨らませるもよかさん。
【舞斗】
「もよかちゃん、ごめんよぉ」
ヘラヘラと笑いながら、もよかさんに謝っている高瀬先生。前衛的な兄妹コントを見せられている気分である……。
【もよか】
「いい加減、従兄妹離れしたらどうなのぉ~」
【舞斗】
「僕はただ、もよかちゃんが心配なだけなんだ」
【もよか】
「……はぁ」
溜息を吐くもよかさん。
【舞斗】
「もう夕方だし、一緒に帰ろうかもよかちゃん。僕は職員室から荷物取ってくるからちょっと待ってて」
【もよか】
「……」
諦めたような表情で俯くもよかさんだった。
【蓮華】
「それでは、私達も帰りましょう」
高瀬先生ともよかさんに会釈だけして、さっさと行ってしまう蓮華。
【深見】
「そうですね、其れじゃあ、高瀬先生、もよかさん」
二人に挨拶した。
【舞斗】
「お気をつけて、深見先生、蓮華さん」
【もよか】
「お兄ちゃん、蓮華ちゃん……またねぇ」
僕等に手を振るもよかさんは、心なしか少し淋しげに見えた……。
【蓮華】
「貴方、気がついていた? 高瀬の事……ずっと私達の跡をつけていたのよ」
もよかさん達の姿が見えなくなってから、蓮華は僕にそんな事を尋ねてきた。
【深見】
「ええまあ、途中から気付いてはいましたが……」
彼処迄派手な音を立てていれば、厭でも気付くだろう。
【蓮華】
「恐らく、はじめからずっといたのだと思うわ……」
【深見】
「ですかねえ」
【蓮華】
「もよかも気付いていた筈よ……でも、鬱陶しいと思ったのか、ずっと無視していた……高瀬もそれを知っていたから、出るに出られなかったのかもしれないわね」
【深見】
「成程、見事な洞察力ですね」
【深見】
「しかし……幾ら心配だからとはいえ、従兄妹の跡をつけまわす高瀬先生もどうかと思いますが、つけられていると知っていて、敢えて其れを無視するもよかさんも……」
【蓮華】
「あの従兄妹同士の関係……相当歪んでいるわね」
【深見】
「……」
そうだなぁ……と蓮華の意見に同感しながらも、もよかさんと高瀬先生の関係が、どうしてそんな風になってしまったのかと、疑問を覚える僕なのだった。
【蓮華】
「それにしても……もよかって、変な子よね」
会話が途切れた時……蓮華はポツリと口を開いた。
【深見】
「そうですか……?」
元気いっぱいと言うか、エネルギッシュと言うか、瞳孔が開いていると言うか……まぁ、平たく言えば変である。
【蓮華】
「私なんかにしつこく構ってきて……学園内じゃ、そんなのもよかくらいなものよ」
【深見】
「僕も構っているつもりですが」
【蓮華】
「貴方は私の虜なんだから当たり前でしょ」
【深見】
「はは……」
まあ、否定はしない。
【深見】
「……でも、蓮華が他人に興味を示すなんて珍しいですね」
【蓮華】
「ええ……皇や月丘の時みたいに、特別に意識させたわけでもないのに……どうしてあの子だけが、私にちょっかいをかけてくるのか……」
【蓮華】
「もしかしたら、もよかにも、貴方と似たような能力があるのかも知れないわね」
【深見】
「僕と同じ能力……?」
今迄考えた事もなかったが……そういえば、僕はどうして始めから、蓮華を認識出来たのだろう。
蓮華がそうさせたから? 否、彼女も言っているように、其れは違うようだ。
だとしたら……。
僕は、僕自身の能力で、蓮華と出会ったのだという事になる……。
霊感なんて全く無い僕のような人間が、この広い世界の中から、どうやって蓮華を見つけ出す事が出来たのだろうか……。
偶然か? 其れとも……?
その答えは、まだ自分でもよく分からない。
けれど……。
【深見】
「……蓮華、君はもよかさんに構ってもらえて、一寸嬉しかったのではないですか?」
【蓮華】
「ど、どうして」
僕の問に、恥ずかしそうに目を逸らす。
【深見】
「そして、初めて僕が君を見つけた時も、同様に嬉しかったのでは?」
【蓮華】
「そ、そんな事……」
【深見】
「僕も……何となく分かるんです。僕だって、ずっと一人ぼっちだったから」
僕は蓮華に優しく微笑みかけた。
【蓮華】
「……!」
蓮華が驚いた顔で僕を見つめる。
【深見】
「君は寂しかった……だからずっと、誰かに見つけて欲しいと願っていたのではないですか……? 君という存在を……分ってくれる人に」
そして僕に出会った……心の中でそっと付け足すが、恥ずかしくて声に出す事は出来なかった。
【蓮華】
「な……」
【蓮華】
「何をしたり顔でえらそーに……わ、私は元々無縁の存在なのよ。貴方は人間社会という有縁の中で生きているのに単に孤独なだけじゃない。そんな出来損ないと、一緒にしないでほしいわっ」
【深見】
「フッ……」
全く一寸カッコイイ事を言おうとすると此れである。我ながら決まらないなと失笑が漏れた。
【蓮華】
「ど、どうしたの? 怒ったの……」
蓮華が心配そうに僕の顔色を窺っている。彼女がフォローしてくれるなんて珍しい事も有るものだ。
【深見】
「怒っていませんよ。君の毒舌には免疫が出来ていますから」
【蓮華】
「そう、それならいいのだけれど」
照れくさそうにそっぽを向く。自分の発言を反省しているようだった。
【深見】
「……75、でしたっけ?」
【蓮華】
「え!?」
途端に蓮華の顔が火を噴いたように赤く染まる。
【深見】
「ふふん、一体何処で胸のサイズなんて計ったんですか?」
からかいは何も蓮華の専売特許でもあるまい。僕も偶にはやり返してみたい時もあるのだ。
【蓮華】
「ど、どこだっていいでしょう! ……お、お風呂よ……悪い」
【深見】
「いーえっ、悪くはないですが……」
昨夜、蓮華がこっそりバストサイズを測っていた状況を想像すると……。
【深見】
「ふふっ……」
微笑ましくて、つい笑みが漏れてしまう。
【蓮華】
「な……今笑ったわね!」
【深見】
「わ、笑ってませんよ……ププッ」
【蓮華】
「あ~っ! また笑ったぁ!」
【深見】
「あはははは、笑ってません、笑ってません」
【蓮華】
「ばぁかぁぁぁ……!!」
そう言ってポカポカと僕を殴りつけてくる蓮華。全然痛くない。
まるでラブコメラノベの主人公にでもなったような気分を満喫する。
【深見】
「あはははは……!」
【蓮華】
「もうっ、待ってよぉっ……うふふふっ……」
僕等は追いかけっ子をしながら、旅館への帰り道を辿る。
二人の影がその背を伸ばしながらピッタリと後ろをついてくる。
蓮華が僕に追いついたり、僕が彼女を引き離したりすると、位置関係が前後する。その度に二人の影が重なり合い、その分だけ身長が伸びたり縮んだり……。
僕等にくっついてくる影は……何だか妬けるくらい、仲良く巫山戯合っていたのだった……。
旅館に着く頃には、昨日と同様に、すっかり日が暮れていた。
はるさんに挨拶を済ませ、蓮華と自分の部屋へ向かう途中、進路を塞ぐように皇さんが飛び出してきた。
【皇】
「深見くん、遅かったじゃないか! 君を待ってたんだよ……ちょっとおかしなことがあってね……」
勢い込んで僕を捕まえる皇さん。
【深見】
「どうしたんです?」
【皇】
「まあ、立ち話も何だから、とりあえず広間へ行こう」
【深見】
「はあ……」
ぞろぞろと夕食会場の広間へ向かう。
【深見】
「で、何があったんですか、皇さん?」
夕食の時間には早かったので、まだ食事は並んでいない。僕達は何時もの席について、話を聞く態勢になる。
【皇】
「う~む……どこから話していいものか……」
皇さんらしくない歯切れの悪い口調で、遂には黙り込んでしまう。
【深見】
「もったいぶらないで、早く教えて下さい」
【皇】
「見つからなかったんだよ!」
【深見】
「何がです?」
【皇】
「神社だよ」
【深見】
「え?」
神社……と言うと、昨日僕と蓮華とで行った、あの荘厳な神社の事だろうか?
【深見】
「あの神社でしたら、鳥居まで一本道ですし、見つからない筈はないのですが……奥の方までちゃんと捜しました?」
【皇】
「捜した……というより、森を抜けてしまった」
【深見】
「何処迄奥に行ったんです?」
【皇】
「いや、あの山道に入ってから10分程度で、森の外の車道に出てしまった感じかな。グルグルMAPで位置情報を確認してみたんだが、どうやら圏外みたいでね……」
【深見】
「……」
【蓮華】
「……」
僕と蓮華は顔を見合わせた。
昨日の僕達は、小一時間[rb,只管,ひたすら]歩いて鳥居を見つけた筈であった。其れが、10分程度で外に出てしまうなんて……[rb,些,いささ]か信じられなかった。
【深見】
「もしかしたら、途中で分岐点があったのかも知れない。皇さん、明日一緒に行ってみましょうか」
【皇】
「ああ、そうしてくれると助かるよ。でも、本当に何もなかったんだけどねぇ……」
納得がいかない様子の皇さん。
【深見】
「でも、僕は蓮華と一緒に確認してるんですよ」
幾ら天才皇さんの話とはいえ、僕だって納得がいかなかった。
【蓮華】
「その通り、はっきり言って私は嘘がキライよ」
……否、あなた結構皆を騙してますよね。
【香恋】
「只今戻りましたぁ~……」
入り口から月丘女史がひょっこり顔を出す。どうやらたった今、取材から戻った所みたいだ。
【香恋】
「……すみませ~ん、このお部屋の前を通り掛かったら、皆さんの話し声が聞こえたものですから、ちょっとお邪魔させて頂きました」
少し疲れたような仕草で、肩に掛けていたバッグをドサッと下ろす。
【深見】
「月丘女史、お帰りなさい」
【香恋】
「はいっ、ただいまです」
優しい笑顔を返してくれた。
【皇】
「月丘くん、お帰り」
【蓮華】
「おかえり、月丘」
【香恋】
「蓮華ちゃ~ん!」
蓮華を見つけると、間髪入れずに抱きついていく月丘女史。
【香恋】
「蓮華ちゃん、ただいまぁ~……」
胸に抱えるように蓮華を抱きしめ、スリスリと頬ずりしている。
【香恋】
「はぅ~……和みますぅ~〈ハ〉」
まるで蓮華を抱きしめる事で、今日一日の疲れを癒やしているかのようだった。
【蓮華】
「……く、苦しい、月丘」
蓮華の顔が紅潮している。
【香恋】
「あ、ごめんなさい蓮華ちゃん……あはははは」
蓮華から慌てて離れた月丘女史が、バツの悪い笑顔を見せていた。
【蓮華】
「はぁ、はぁ……危うく巨乳の谷間で窒息死するところだったわ」
……事と次第によっては、其れが夢だという人もいるに違いない。
【深見】
「どうしたんですか、月丘女史。いきなり蓮華に抱きついたりして……」
【香恋】
「あはは……学園で別れたときの蓮華ちゃんが可愛すぎて……気がついたら、つい、ぎゅうぅっと……」
……もよかさんといい、月丘女史といい、皆蓮華という愛玩動物に魅了されてしまう運命なのだろうか……。
【皇】
「コアラは体温調節のために、抱きつき衝動があるというが……」
考え込む雑学王。
【香恋】
「でも、こういうのってなんかいいですよね。落ち着くと言うか……安心すると言うか」
【深見】
「……何がです?」
【香恋】
「『おかえりなさい』って言ってもらえたりすると、自分の居場所があるんだなって思えるんですよね」
【深見】
「……」
【蓮華】
「……」
【香恋】
「私は、一人暮らしが長いから……帰りを待ってくれてる人がいるって、やっぱりいいなって……一人は寂しいですもんね……」
月丘女史の言う通りだ……。
月丘女史、皇さん、そして蓮華……誰かが常に傍にいてくれる、この心地よさ……。
誰かと一緒にご飯を食べて、笑い合う……そんな幸せな状況に、今の僕はどっぷりと浸かっている……。
【深見】
「……」
けれども、はたと思いたる。
月丘女史の言っていた、自分の居場所とは……。
僕の居場所とは……果たして何処なのだろう?
【皇】
「本当にそうだね月丘くん……僕も早くエリザベスを抱きしめてあげたいよ」
【香恋】
「え、エリザベスさん、ですか、素敵なお名前ですね……」
絶対に勘違いしているパターンだった。
其れから暫くして……仲居さん達が夕食の膳を運び込んできて、食事の時間となった。
今日は山の物を中心とした、彩り豊かな山菜料理だ。
秋の山菜ともなると、茸類や果物が中心になったりするのだが、ジビエ等肉類も豊富にあって、アクセントの効いたメニューは僕達若者の食欲をあっという間に満たしてくれた。
食事が終わると恒例の報告会が始まる。
僕は放課後もよかさんと『青蜘蛛の呪い』事件の現場を回った事……そして、事件とは関係ないが、もよかさんが火事で家族を亡くし、高瀬先生と暮らしている事を一応報告した。
皇さんと月丘女史はその話を聞いてショックを受けているようだったが、もよかさんはそのトラウマからどうやら立ち直っているらしいと話すと、少し安心したようだった。
【皇】
「ふむ……でも、もよかくんが言っていたように、偶然が立て続けに起こるような事が、実際有り得るだろうか……」
『青蜘蛛の呪い』についてのもよかさんの見解を皆に伝えると、意外にも皇さんは眉を顰めるのだった。
【深見】
「まあ、お湯を注いだカップ麺を運んでいる時に、不意に何かに気を取られて机の角に小指をぶつけて、痛いと思って前屈みになった所に……」
【深見】
「偶々本棚があって、其れに頭をぶつけてしまって、反動で本が落下、その上にカップ麺をぶち撒けてしまうような偶然なんかは、よくあるかと思いますが……」
【蓮華】
「淋しい私生活が垣間見えて、あまり笑えないわね」
蓮華がデザートを食べながら、ほんの1ミリ程笑う。
【皇】
「それは偶然でもなんでもないよ。お湯を注いだカップ麺を慎重に運ぶことに起因した連鎖反応だろう」
【深見】
「……偶然じゃないんですか」
【香恋】
「イメージでは偶々って感じしますよね」
【皇】
「ここにあるコップだって、極めて低いけれども、確率的に突然割れることがあるんだ。割れる瞬間に遭遇したら偶然と思うかも知れない」
【皇】
「しかしコップが次々に、突然割れていったとしたら、それはもう、偶然なんかではない。何か原因がある連鎖だよ」
【皇】
「ルーブゴールドバーグマシンみたいに些細なきっかけで物事は連鎖する……まさにドミノ倒しさ。それが広がると、終わるまでは止められない」
【皇】
「そう考えると、偶然がこの薬缶郷……それも学園に集中しているということは……いずれ何かが起こるという前兆なのかもしれない……」
【深見】
「事件はまだ続いているという事ですか」
【皇】
「そうなるね」
【香恋】
「なんか、ちょっと怖いですね」
【皇】
「でも、オカルトだったらまた話は別かもしれないね」
僕を見てニヤリとする皇さん。
【香恋】
「結局どっちも怖いですよ~」
僕はそのオカルトの重要な因子である蓮華を見る。
【蓮華】
「その羊羹もらっていい?」
僕達の話等そっちのけで、僕が食べないで取っておいた栗羊羹に手を出そうとする蓮華だった。
【深見】
「駄目ですよ、此れ僕も楽しみにしてた奴ですから」
【蓮華】
「ケチ……」
【香恋】
「蓮華ちゃん、私の食べる~?」
瞳を蓮華愛でうるうると潤ませながら、うやうやしく姫に栗羊羹を献上する月丘女史。
【蓮華】
「いいの? ありがとう」
蓮華がとっておきの笑顔を見せる。
【香恋】
「か、かわいいぃ……〈ハ〉 蓮華ちゃんよかったらこれも食べない?」
小鉢に入ったわらび餅迄差し出す。
【深見】
「月丘女史、物を与え過ぎると癖になりますよ」
【蓮華】
「(ムッ)」
餓鬼が僕を睨みつけた。
【香恋】
「まあ、まあ……」
【蓮華】
「月丘……だいすき」
【香恋】
「(トゥクン!) 私もよ、蓮華ちゃん!」
……駄目だ、今の月丘女史は完全に180分の恋奴隷に堕ちている。
【蓮華】
「モグ、モグモグ……月丘、とってもおいしい」
一々月丘女史のご機嫌を取る蓮華。此奴、心得てやがる……水族館のシロイルカ並に。
【香恋】
「尊い……尊みが過ぎるわ……」
【皇】
「確かに、食べているところは可愛いよね……」
【深見】
「動物じゃないのに!?」
彼女が皆と溶け込んでくれて嬉しく思う反面、もう、僕だけの蓮華ではないのだと思うと……複雑な心境だった。
【皇】
「そうそう思い出した。僕も、何も収穫がなかったわけではなかったんだった」
皆でほんわかと蓮華を眺めていたが、ふと皇さんが我に返って話を元に戻す。
【深見】
「そうなんですか?」
【皇】
「一緒にお茶した女子生徒達に聞いてみたんだよ。『青蜘蛛の呪い』事件が発生した時期……つまり、ネットに画像がアップされるよりちょっと前くらいの時期に、何か変わったことはなかったかって」
【深見】
「成程……女生徒達と喫茶店に行ったのは、現場の意見を直接拾いたいという狙いがあったからなのですね」
女子学生に囲まれてウェイウェイしているだけだと勘違いしていた自分を反省する。
【皇】
「……うーむ、まあ、結果的にはそうなるのかな」
【深見】
「……」
やっぱり、勘違いじゃなかった……のか……?
【皇】
「とにかく……彼女達の話ではね、ちょうどその頃から学園で流行り出したものが、一つあったんだよ」
皇さんはニヒルに笑って、ポケットからメモ帳を取り出す。
【皇】
「これだよ」
目の前で其れを開いて得意げに見せてくれた。
【香恋】
「なんですかこれは……!?」
【蓮華/深見】
「!!」
ショックで皆の顔が矢庭に青褪める。
【皇】
「え、分からない? 皆から描き方教わって、随分上手く描けるようになったって褒められたんだけどなぁ……」
【深見】
「……真逆、此れって……」
大体の見当はついたのだが、元を知らなかったら絶対に何をモデルにして描いたのか解らないだろう……。
【皇】
「びゃっこ氏っていうんだ……生徒の間で大流行してるらしくてさ、廊下の壁や柱なんかに狐の落書きがあったろう。あれさ」
【香恋】
「う、嘘ですよね……かわいくない……です。これ、SNSとかで送られてきたらグロ画像認定して、秒で閉じるやつですよね……」
【皇】
「あんまりじゃないかぁ月丘くん……あのイラストに似てると思うんだけど」
[rb,飽,あ]く[rb,迄,ま]でも自己評価を変えない皇さん。
【蓮華】
「……人は誰でも、[rb,一籌,いっちゅう][rb,輸,ゆ]するところがあるのね」
【深見】
「僕も、一寸安心しました」
【皇】
「皆、ちょっと酷いんじゃないかなあ?」
とても悲しそうな顔をする皇さん。もしかしたら、傷つけてしまったのだろうか……。
【皇】
「じゃあ、これはどうだい?」
懲りてなかった……。
【香恋】
「ひっ!」
思わず悲鳴を上げる月丘女史。
【蓮華】
「何、このエイリアン……」
【深見】
「……」
絵の下に英語でエリザベスと書いてあるってことは……。
【皇】
「可愛いだろう……これが僕の家族の、ハムスター。『エリザベス』さ。ここ数日会えていないから、寂しいよ……」
【香恋】
「これ……いえ、この子が、エリザベスさん……ハムスター……だったんですね、へー……」
【蓮華】
「この口らしき所から落ちているのは何? 血?」
【皇】
「向日葵の種さー……僕が今日お昼に食べていただろう。彼女と同じものを食して、魂を共有する。それが家族だよ」
【蓮華】
「あ、そう……」
【皇】
「目なんかクリクリっとして、一際大きいんだ。とても食いしん坊な子でさ、食べっぷりがいいとこなんて、蓮華くんにそっくりだよ」
【蓮華】
「(ガーーン…!)」
そっくりと言われ、蓮華がショックを受けていた。
【皇】
「一緒にお茶した生徒達も、皆口々に、かわいい、かわいいって言ってくれたよ」
【香恋】
「じょ、上手ですものね~」
【蓮華】
「……かわいい、かわいい」
【深見】
「早く会えるといいですね」
皆で画伯を[rb,労,いたわ]る……心のきれいな人達ばかりだ……。
【深見】
「あ、あの、このびゃっこ氏ですが……デザインしたの、もよかさんらしいですよ」
いたたまれず、そっと話題を変える。
【皇】
「本当かい!」
驚きの声を上げる皇さん。
【蓮華】
「(コク)」
【香恋】
「もよかさんって、デザインセンスあるんですね~」
【皇】
「ふーん、面白くなってきたねー……」
僕には何が面白いのかさっぱりであったが、皇さんは、おもちゃを見つけた子供のように目を輝かせていたのだった。
【香恋】
「……では、そろそろ私の調査結果もご報告しますね」
控えめに挙手する月丘女史。
【皇】
「あぁ、そうだね、聞かせてもらえるかな」
【香恋】
「はい、えーと……一応、生徒指導部の先生に頂いたリストから、被害者生徒にアポを取ろうと試みたのですが……どこのご家族の方も、口が固い上に非協力的で、取材は不首尾に終わりました……」
【香恋】
「でも、丁度その『青蜘蛛の呪い』の噂が広まりだした頃から、不登園になっているという生徒さんの情報を、職員室で得まして……」
【香恋】
「もしかすると、この不登園の生徒さんも『青蜘蛛』の被害者ではないか、と、まぁ勘のようなものが働きまして、ご自宅にお電話してみたところ……」
【香恋】
「お母様のお話だと……やっぱりその生徒さんにも変な痣が出来ていた時期があるようで……今は消えているらしいのですが」
【皇】
「ふむ……他にも被害者がいるということかな……?」
【香恋】
「まだ分かりませんが、どうも『青蜘蛛の呪い』に似ているようなので……明日、実際にお会いして来て、どういう状況かお話を伺ってきます」
【深見】
「凄い進展です、流石の編集者魂ですね」
【香恋】
「いいえぇ……お役人相手の取材に比べれば、楽勝ですよ。経済誌では、黒塗りの資料や根拠のない数字ばかり並べられて、中々欲しい物が頂けなくて苦労しましたから」
謙遜するように言った。
【皇】
「……そうなると、月丘くんも誘おうと思っていたのだけど、明日は僕達とは別行動になるね」
【香恋】
「明日は、皆さんでどこか行かれるんですか?」
【皇】
「さっき深見くんとも話したんだけどね、今日僕は例の神社を捜してみたんだけど、どうしても辿り着けなくてね……明日深見くんと蓮華くんに道案内を頼んだんだよ」
【香恋】
「……そうなんですか、分かりました。ご一緒できないのが少し残念ですが、仕方がありませんね」
一寸淋しそうに微笑む月丘女史。
【深見】
「ご苦労かけます」
【香恋】
「いいんですよ~、深見先生……あ、そうそう」
【深見】
「?」
月丘女史がカメラを取り出して、何やら操作を始めた。
【香恋】
「これ見てくださいよ~」
デジタルカメラの液晶画面を僕と皇さんに見せてきた。
【香恋】
「可愛くないですかぁ~……」
写真には小狐達が戯れる姿が映っていた。
【深見】
「コロコロして可愛いらしいですね」
見た儘の感想を言う。
【皇】
「な、な、何、この写真!?」
皇さんが鼻息荒く食いついてきた。
【香恋】
「凄いでしょう? ……私、写真を撮りながら色んな所を取材してたんですけど、偶然狐に出くわしまして、かわいいな~って追いかけてたら……なんと、狐の家族を見つけちゃったんです!」
【皇】
「うん、うん、それで!?」
【香恋】
「こっちが近づいても、怯える様子も殆どないし、ほんっと可愛くって! たまにキュウ、キュウって鳴くんですよ~」
【皇】
「キュウ、キュウかぁ……僕も会ってみたいなぁ」
遠い目をして微笑む皇さん……心此処に在らずだ。
【香恋】
「調子に乗って写真を撮りまくってたら、すっかり日が暮れちゃってました……あはは……」
其れで遅くなったんかーい!
【皇】
「わかる、わかるよー月丘くん」
【香恋】
「これも、これも、これも……凄くないですかぁ」
スライドショーのようにして、次々狐の写真を披露する月丘女史。
【皇】
「な、何この天使たち!?
いやっ、僕にはエリザベスがっ……」
【香恋】
「ちょっとぐらいお宝写真を見たからって、浮気にはなりませんよっ」
【皇】
「そうだね!」
すっかり意気投合して、調査そっちのけで盛り上がる二人。
【深見】
「……」
狐か……。
本物の狐ではなく、妖怪としての狐になら、僕も興味があるのだけれど……。
【深見】
「ん?」
今、何かが脳裏を掠めた気がする。
……狐の事を考えたら、何かを、思い出しかけたような……?
しかし、その考えは一瞬で消えてしまって、もうどうやっても思い出せそうにない。
【深見】
「……」
【蓮華】
「ずず……」
蓮華の方を見ると、狐の写真にはまるで興味なさそうに茶を啜っていた。
【深見】
「其れじゃ、僕お風呂行ってきますので……」
僕も癒やし系動物には、[rb,然程,さほど]興味がないからな。
報告会も終わったようだし、僕は僕の癒やしを求めよう……。
【深見】
「はあ、気持ちいいなぁ……」
今夜も露天風呂を独り占めである。
ひんやりとした湯船内の置き石に頭を乗っけて、ぼうっと月を眺めながら今日一日を振り返る。
今日も楽しく充実した一日だった。
僕の人生の中で、こんなにも充実した日々が、是迄あっただろうか……。
否、言う迄もなく、なかった。
失敗したとはいえ、僕にとって初陣とも言える大変な授業を[rb,熟,こな]し、楽しい昼食、放課後は蓮華やもよかさんと学園中を回り、豪華な夕食を堪能し、温泉でリフレッシュ……。
普段の僕であれば、昼頃に起きてダラダラと仕事をし、侘しい食事をして、眠くなったら寝る、其れだけだ……。
そんな自分がこんなキラキラ生活の当事者になろうとは……。
【深見】
「神様ありがとう……」
存在自体が不確実であるが一応神に感謝していると……ふと、誰かに見られているような感覚に襲われる。
【深見】
「!?」
背後を振り返る。この場には勿論僕以外誰もいないのだが……ジリジリとひりつくような視線を、確かに感じる……。
その視線は、露天風呂を囲む塀の外から送られているような気がして、僕もそちらを見返す。
【深見】
「!」
ガサガサ、ガサ……
塀の外から草を掻き分けるような音がしたかと思うと、続いて何かが走って遠ざかって行くような音が聞こえてくる。
【深見】
「本当に何かいたのか……?」
そういえば、昨夜も風呂上がりにこんな物音を聞いたなと思い当たる。
もしかして、妖怪……? 否、そんなに都合よく妖怪が出てくるだろうか。とすると……狐、か?
【深見】
「……ふむ、出動してみるか」
僕はどうしても音の正体を調べてみたくなって、急いで風呂からあがると浴衣を身に着け、外に出てみる事にした。
誰もいない玄関から外に出た。
少しのぼせ気味の身体に丁度いい風が吹いてくる。
灯籠の光が足元を照らし、傍にあった狐の像を浮かび上がらせる。
【深見】
「また狐、か……」
食事会の際に、皇さんがはるさんに狐像について何か尋ねていた事を思い出す。
狐……。
狐について考えると、何か、もどかしい思いが去来する。
思い出せそうで思い出せない、そんな舌先現象に翻弄され、僕の気持ちは千千に乱れた。
ガサ……
【深見】
「!」
何かの気配を感じた。
ガサガサ……
其れは木々の陰から、段々とこちらに近づいてくるようだった……。
【深見】
「だ、誰だ……!?」
狐か? 妖怪か? 其れとも温泉で感じた視線の主か……?
暗がりにじっと目を凝らしてみるがよく見えない……。
【もよか】
「お兄ちゃん……」
【深見】
「!!」
【深見】
「え、その声は、もよかさん!?」
闇の中から突然もよかさんが出現したように感じて、吃驚する。
【深見】
「ど、どうしたんですか!? こんな夜遅くに一人で……!?」
【もよか】
「……」
もよかさんは少し離れた場所にぼうっと立っている。
丁度灯籠の光が届かないギリギリの場所に立っていて、その姿は暗闇の中に沈んでいるように見える。
【深見】
「[rb,兎,と]に[rb,角,かく]、こんな所じゃなんだから、中に入って下さいよ……」
【もよか】
「……ここでいい」
聞き取れないぐらいの声で呟くもよかさん。
昼間の明るい彼女とはとても同一人物とは思えないくらい、陰気な印象だ。
【もよか】
「……一つ、どうしてもお兄ちゃんに聞きたかったことがあって……」
俯いた儘、ぽつりぽつりと話すもよかさん。
……そういえば、まだ一度も、もよかさんの顔をはっきりと見ていない。
【深見】
「何……かな?」
目の前にいるこの人は、果たして本当にもよかさんなのだろうか……?
否、もよかさんなのだろう。
声も、身体つきや全体の雰囲気、制服も、もよかさんものに違いないのだが……。
何故かその疑問が、べっとりと脳裏にこびりついて、僕の判断を鈍らせていた。
【もよか】
「何か……思い出しました?」
【深見】
「え?」
【もよか】
「ここに来てから、何か……思い出しました?」
もよかさんの声は聞こえるのだが、影が濃過ぎて、口が動いているのか、そうでないのかすら分からなかった。
【深見】
「思い出すって……? 一体何の事ですか?」
彼女が何について話しているのか……僕にはよく分からなかった。
【もよか】
「そう……ですか……まだ、なんですね……」
【深見】
「……?」
【もよか】
「思い出したら……私の、勝ち、だから……」
低い声で何事かを呟く。
僕は何故かその声を聞いて、背筋が寒くなるのを感じた。
【深見】
「もよか、さん?」
【もよか】
「……フッ」
口の端が釣り上がり、闇の中で笑った彼女の白い歯だけが見えた。
【深見】
「もよかさ……」
【蓮華】
「誰かそこにいるの?」
旅館の方から聞き慣れた蓮華の声が聞こえてきて、僕は安堵する。
一人きりでもよかさんと対面している事に、何だか不安を覚え始めていたからだ……。
【深見】
「あぁ、丁度良かった、今此処に……」
【深見】
「もよ……か、さんが……」
たった今迄目の前にいたもよかさんが、忽然と消えていた。
【深見】
「え……?」
まるで奇術師がバニーガールを消してしまうみたいに、その姿は煙のように消失していたのだった。
【蓮華】
「どうしたの?」
【深見】
「否……今迄、此処にもよかさんがいたのに……」
【蓮華】
「本当?」
【深見】
「間違いないよ、だって……」
もよかさんは蓮華とは違う、普通の女子学生だ。だから瞬間移動のような真似は、出来る筈がないのだ。
しかし……あれはそもそも、本当にもよかさんだったのか?
……本当に、妖怪の類ではなかった、と言い切れるのだろうか……。
【蓮華】
「どうしたの? 狐にでもつままれたような顔をしているわね」
……狐。
また狐か。
【深見】
「僕、一寸もよかさんを捜してきます……!」
【蓮華】
「あっ……」
内なる衝動に突き動かされて、僕は走り出した。
【深見】
「もよかさーーん……!」
あれは、もよかさんだったのか……。もよかさんであったのなら、まだ近くにいる筈ではないのか。
女の子の足で、そう遠く迄行ける筈もない。だから、あれが本当にもよかさんだったのなら、すぐに見つけられる筈だ。
では、もよかさんではなかったら……?
【深見】
「もよかさーんっ……!!」
僕は何を捜しているのだろう……。
もよかさんを捜している……。
その実、別の何かを捜しているのかも知れない……。
僕が捜しているもの……。
其れは、もよかさんなのか、狐なのか、妖怪なのか。
【深見】
「はぁ、はぁ……!」
夜風を切って走り続ける。靄々とした[rb,懊悩,おうのう]を断ち切るかのように走る。
何かを見つけられそうな気もする。
けれども……其れは何時も……見つからない……。
【深見】
「うわっ……」
運動不足が祟ったのか、僕は足を[rb,縺,もつ]れさせ、もんどり打って倒れた。
【深見】
「はぁ……」
僕は地べたに倒れた儘、空を見上げる。
自分が何を求めているのか、よく分からなくなってしまった……。
【蓮華】
「……大丈夫?」
蓮華がひょいと顔を出し、倒れた僕を覗き込んでいた。
【深見】
「だ、大丈夫です」
蓮華に手を貸してもらい、立ち上がる。
【蓮華】
「そう……ほら、下駄が落ちていたわ」
転んだ時に脱げたのだろう。蓮華が其れを履かせてくれた。
【蓮華】
「おっちょこちょいね」
【深見】
「みたいですね」
優しく僕を[rb,窘,たしな]める蓮華は、幼い容姿にも関わらず、包み込むような母性を感じさせてくれた。
【蓮華】
「もよかはいたの?」
【深見】
「……」
僕は返答出来ずに黙り込む。
あれがもよかさんだったのかどうか……自分が何を捜していたのかすら、曖昧になっていた。
【蓮華】
「では、帰りましょうか……」
蓮華は其れ以上問い詰めず、そっと僕の背中を押す。
【深見】
「帰る……」
僕は何となく、先程の月丘女史の言葉を思い出していた。
【香恋】
「『おかえりなさい』って言ってもらえたりすると、自分の居場所があるんだなって思えるんですよね」
【深見】
「……」
僕の帰る場所……僕の居場所は……。
蓮華の隣だったらいいのに……と、思わずにはいられなかった。
【蓮華】
「何? 私をじっと見て……」
【深見】
「否……すみません、僕を迎えに来てくれたのですか?」
急に走り出した僕の奇行を見て、心配して追いかけてきてくれたのかと思った。
【蓮華】
「……私、貴方におやすみを言いに来たの」
しかし蓮華は、僕の想像とは違う事を言う。
【深見】
「わざわざ……おやすみを、ですか?」
言ってくれるのは嬉しいのだが、追いかけて迄、というのは意外だった。
【蓮華】
「貴方に、話しておきたいことがあったの」
【深見】
「何です?」
何を言われるのかと、少し緊張する。
【蓮華】
「お昼休みにも話したけれど……私が実体化するにはエネルギー……つまり『霊力』とでも言えば、貴方には分かりやすいかしら……それが必要なの……」
【蓮華】
「こうやってずっと実体化していると、霊力を消費するだけ……蓄えなければ、その力は無くなってしまうの」
【蓮華】
「食事でも回復は出来るけれど、それは微々たる量……だから、夜は休息しなければならないの……」
【深見】
「そうなんですか……」
僕は蓮華の話を納得しながら聞いていた。
幾ら人間離れした力を持っていると言っても、休養が必要なのは当たり前だろう。
【蓮華】
「人間が睡眠を取るのと同じようなことよ……その間は意識を遮断しているから、完全に外界との接触は絶たれてしまう……」
【蓮華】
「いずれこういう事を、貴方に話さなければいけないと思っていたの……私が寝ている間……貴方のことを守れないから」
物思わしげに僕をじっと見つめる蓮華……。
その表情は、何か僕を不安にさせるものがあった。
【深見】
「ええ? 守るってなんですか? 僕は仮にも男ですよ?」
妙に深刻な表情で見つめてくる蓮華を、僕は笑い飛ばした。
【蓮華】
「貴方が、男?」
蓮華はそれを聞いて、からかうように語尾を上げる。
【深見】
「そうですよ、僕の男の魅力、試してみますか?」
僕も負けじと蓮華に一歩詰め寄った。
【蓮華】
「ふふっ、やめておくわ……貴方もプレイボーイの真似事からは足を洗ったほうがいいわね」
蓮華の目線を辿ると、自分の汚れた足が目に入る。転んだ時に土で汚れたらしい。
【深見】
「はは……分かりました、寝る前に洗っときます」
【蓮華】
「そうしなさい……」
蓮華は微笑みながらも、まだ何か気になる事があるように僕を見つめていた。
【深見】
「蓮華……?」
【蓮華】
「貴方には……私にも分からない力がある……もしかしたら、それは怪異を引き寄せる力なのかもしれない……」
【深見】
「でも、僕は怪奇作家なのに霊感がない男なんですよ」
蓮華の心配をはぐらかすようにわざとそんな事を言う。
【蓮華】
「そう……そうよね」
蓮華は、自分に言い聞かせるように何度も頷いていた。
【蓮華】
「貴方は、大好きな妖怪からも相手にされない甲斐性なしってところが精々ね」
【深見】
「蓮華が相手にしてくれてるからいいですよ」
【蓮華】
「……そう、貴方の相手は私だけで十分」
【蓮華】
「って、何言わせるのよっ……」
赤面して膨れていた。
【蓮華】
「じゃあ、おやすみなさい……全く、心配して損したわ……」
捨て台詞と共にふっと姿を消す蓮華。
彼女の言葉通り、休息をしに行ったのだろう……。
【深見】
「お休み、蓮華……」
蓮華の心配は的外れだと思いつつも……。
僕を気遣ってくれた事に、そして秘密を打ち明けてくれた事に、心の中で感謝していた。
此れは蓮華が……[rb,仮令,たとえ]少しずつだとしても、僕に心を開きかけている証ではないか……。
そんな風に考えるのは、当て推量が過ぎるだろうか。
【深見】
「さて、足を洗って寝るか……」
旅館に戻って、風呂場で足を流してから部屋に戻る。
本当なら月丘女史と皇さんに挨拶をしてから寝たかったが、もう時刻も遅い為、今夜は遠慮した方がいいだろう。
そんな事を考えながら歩いていると、何時も食事している広間から明かりが漏れていて、中に皇さんがいるのを発見する。
【深見】
「皇さん、何やってるんですか?」
【皇】
「あ、深見くん、昨日の夜蓮華くんにアドバイスしてもらった通り、座敷童子用にお菓子を置いておいたらさ、朝には無くなっていたんだよ。だからまた仕掛けようと思って」
広間の床の間にお菓子を仕掛けながら、にこやかに報告してくる。
【深見】
「……やけに嬉しそうですね?」
【皇】
「まあ100億パーセント有り得ない話だとしても、この旅館に座敷童子がいると仮定すると、ちょっとワクワクしないかい」
100億パーセント確実にいるのですが。
【皇】
「実際に食べているところを見てみたいんだけど、お菓子の袋ごとなくなっているから、ここではなくどこか別の場所で食べているんだろうね」
【皇】
「食べているところを確認するには、やはり中身を出して置いておくべきだろうか……?」
真剣に悩んでいる。
【深見】
「そうすると、スナック類は湿気てしまわないですか? 味や食感に拘っている奴みたいですから、気に入らないと食べませんよ」
【皇】
「グルメなんだね……ザリガニを捕獲するような訳にはいかないか」
【深見】
「捕獲って、網でも被せるんですか?」
【皇】
「いや、捕まえなくてもいいんだけど、なんとか僕の手から直に食べさせてあげたいんだよね……」
【深見】
「餌付けでもするつもりですか?」
【皇】
「そうだけど、問題あるかな」
皇さんに餌を与えられ、頭を撫でられながら喜んでいる蓮華を想像してしまった。
【深見】
「絶っっっ対ダメです!」
【皇】
「どうして君が反対するの」
【深見】
「……そ、其れは……そう、例えば野生の狐に餌付けをすると、人に慣れてしまって、野生ではなくなるでしょう、そういう事です」
【皇】
「環境保護の観点か……大事なことだね」
【深見】
「まあ、自然界で言えば希少種……レッドリスト入りの絶滅危惧種ですから……」
【皇】
「あはははっ……深見くんってば、それ本気で言ってるの!? 本当に君って面白いんだから……!」
突然笑い出す皇さん。
【深見】
「え……?」
【皇】
「僕はね、君に合わせてお芝居してたんだよ……でも君が、本当に座敷童子が実在するみたいに話すから、おかしくって……!」
そうか……皇さんはアンチオカルトだった。座敷童子がいるなんて、本気で信じている訳ではないんだ。
【深見】
「で、では、いないと思っているのに、どうして餌を置いているんですか?」
【皇】
「うん、僕は座敷童子を信じていない。けれども実際に餌は消えた……」
【皇】
「これって、面白い謎じゃないかな?」
【深見】
「はあ……」
皇さんの謎中毒には、凡人には一寸ついていけない所があった。
漸く、長い一日が終わった。
僕は布団に入って横になる。
今日は昨日と違い、きちんと布団で寝る事が出来た。
【深見】
「……」
眠ろうとする頭に、先程聞いた蓮華の話や、旅館の玄関先で会った時のもよかさんの妙な様子等、今日一日のイメージが次々に浮かんでは消えていく。
しかし、答えの出ない問に頭を悩ませても仕方がない。
今夜はもう眠ろう。
【深見】
「……」
僕の瞼は次第に重くなり、意識は暗闇に墜ちてゆく……。
………………
…………
……
シャン……
静寂に包まれた漆黒の池に、滴が一滴垂れるように……鈴の音が微かに響く。
黒に覆われた思考の儘、僕は夢の中を彷徨っているかのような感覚に陥る。
シャン……!
【深見】
「ハッ……!」
鈴の音が聞こえて目を開けると、僕は朱に染まった鳥居の前に立っている。
連なる鳥居の先には、蝶の飛び交う赤い原野が広がっている。
【深見】
「……」
僕の身体の周りを廻るようにひらひらと蝶が舞っている。
沢山の蝶に囲まれ、僕は奥へ進む。
シャン……
赤い原野の真ん中に、あの人は立っている。
今夜も僕を待っていてくれたのだろう。
【深見】
「……あ゛ぃ……」
僕は口を開くが、上手く声が出せない。
『会いたかった』と、言うつもりだったのか……。
僕は夢の中のように重い足取りで、あの人の元へと歩いていく。
僕達の間に言葉はいらない。こうして、一緒にいられるだけで満足だ。
目の前にあの人がいる……其れだけで僕は幸せなのだ。
僕はあの人の手を取り、二人で赤い花の中を歩いていく。
僕達は、何時迄も一緒だ……。
何処迄も、二人で歩いていくのだ……。

【深見】
「……」
此処は旅館の大浴場である。
そんな所で香恋さんと逢引するのは、少々気が咎めるが……。
僕は胸のときめきを抑えられない儘、先に着物を脱ぎ、露天風呂で彼女を待っていた。
【香恋】
「夏彦、さん……」
【深見】
「!」
【香恋】
「……おまたせ、しました」
おずおずと、大きな胸を隠すようにして、露天へと出てくる香恋さん。
洗い場で身体を流したらしく、その豊満な肢体がライトを反射して艶々と輝いていた。
【深見】
「あ、あはは……待ち焦がれてました」
【香恋】
「嬉しい……〈ハ〉」
恥ずかしそうに微笑む香恋さん。耳まで真っ赤である。
【香恋】
「やっぱり、恥ずかしいですね」
僕の隣りに腰掛けると、ピッタリと身体を寄せてくる。
【深見】
「(ドキッ……)」
恥じらいながらも、香恋さんの行動は大胆だ。
一糸まとわぬ裸の姿で、その豊かな乳房が僕の腕に触れる程の至近距離で、じっと僕を見上げてくるのだから。
【香恋】
「ふふっ……お風呂の中で……してあげますね〈ハ〉」
【深見】
「え……?」
【香恋】
「うふふっ……」
香恋さんの、色気をたっぷりと含んだ微笑に押し流されるように……僕は、彼女が何をしてくれるのか、期待で股間を膨らませていたのだった……。
ふにょんっ……
僕の期待を裏切ることなく……香恋さんはその美乳で、僕の肉棒を包み込んでくれたのだった。
【深見】
「おおぅっ……!」
思わず情けない声を上げる。
しかし、体面など保っていられない程、その感触は気持ちよく、二つの乳房は麗しいのだった。
【香恋】
「どう、ですか……」
【深見】
「は、はい……すごいです」
前回も見せて貰ったとはいえ……こうしてペニスを挟んで貰っていると、その迫力は凄まじい。
白くて、ふわふわで、マシュマロのようなおっぱい……大きくて、柔らかくて……挟まれている肉棒が蕩けてしまいそうだ。
きめの細かいつるつるすべすべの肌……見ているだけでうっとりするようなその膨らみの頂点に、さくらんぼのような赤く熟した乳首がちょこんと乗っている……その可愛らしさ……。
【深見】
「こんなにきれいなおっぱいは、初めて見ました」
お世辞ではなく真実そう思った。
【香恋】
「くすっ……ありがとう……」
香恋さんは、僕の賛辞にくすぐったそうに微笑む。
【香恋】
「じゃあ……このおっぱいで……おちんちん、気持ちよく、しちゃうね……〈ハ〉」
【深見】
「は、はいっ……」
香恋さんは色っぽい上目遣いで僕を見上げると、ふたつの肉房を揉み込み始める。
【香恋】
「んっ、んっ、んっ……〈ハ〉 はぁっ……んっ……〈ハ〉」
むにゅ、むにょん……
【深見】
「ん、くっ……!」
肉棒に衝撃が走る。
柔柔とした刺激が気持ちよすぎて……先走りの液がどばどばと亀頭の先端から溢れてくる。
【香恋】
「うふ……先走りのお汁……おちんちんの先っちょから、いっぱいあふれちゃってますね……」
【深見】
「は、はい……」
【香恋】
「ちょっと味見しちゃお……〈ハ〉」
香恋さんは指先でカウパーを掬うと、可愛らしい舌先を出しペロッと舐めた。
【深見】
「うう……恥ずかしいです」
【香恋】
「どうして……? とーっても、おいしいよぉ……〈ハ〉」
トロンとした眼差しで僕を見上げてくる。カウパーを舐めて、また興奮してしまったのかも知れない。
【香恋】
「このおちんちんのお汁……おっぱいに塗ったほうが、ぬるぬるになって……も~っときもちいいかも……しれないよね……?」
香恋さんは、我慢汁を全体的に塗り拡げるように、乳房を器用に揺り動かす。
【香恋】
「おっぱい……おちんちんのお汁まみれにして……気持ちよ~く……してあげるからねぇ……ねちょねちょして、すべりがよくなって……あふ……おちんちんも、よろこんでるみたい……〈ハ〉」
【深見】
「あ、ああ……っ」
おっぱいが擦れあって、亀頭が飛び出している谷間が、みるみる我慢汁まみれになっていく。
カウパー氏腺液のヌルヌル感と、絹のようなおっぱいのすべすべ感が、僕の肉棒を余すところなく刺激してゆく……。
肉棒の根本から亀頭まで……おっぱいがにゅるんっ、と撫でていくと、背筋がゾクゾクとして尻が浮きそうになる。
【香恋】
「どう、かな? わたしのおっぱい……ちゃんと、あなたのおちんぽ、気持ちよく、できてるかな……?」
僕の有頂天ぶりを確かめるように、そっと尋ねてくる香恋さん。
【深見】
「は、はいっ……」
【香恋】
「うふふっ……良かったぁ……〈ハ〉 特別に、おっぱいでしてほしいところは、ありませんか?」
【深見】
「えっ……?」
【香恋】
「丁寧に……してほしいところ、ないですか? じっくり、時間をかけて……ぬるぬるに、してあげますよ……?」
【深見】
「くぅっ……!」
香恋さんの献身ぶりに頭が下がる。
パイズリのテクニックもさることながら、僕の希望を一番に考えてくれる……そんな香恋さんの優しさに触れ、其れだけでイッてしまいそうだ。
【香恋】
「言ってください……どこを、可愛がって、ほしいですか……?」
【深見】
「あ、あの……じゃ、じゃあ……き、亀頭を……」
図々しくも欲望に忠実な僕であった。
【香恋】
「亀頭……この、ぷっくりとした……亀ちゃんみたいな、おちんぽの、先っぽ、ですね……? ここを、可愛がって、ほしいんですね……?」
【深見】
「は、はい……!」
【香恋】
「分かりました……〈ハ〉」
にゅちにゅちにゅちっ……!
【深見】
「あぁぁっ……!」
香恋さんは両手で乳房を持ち上げるように動かし、亀頭の傘を掬うように揉んでくる。
ねっとりとした我慢汁のおかげでちゅるちゅると滑り、おっぱいで傘を引っかかれる感じが堪らなく気持ちいい。
【深見】
「すごい、です……香恋さんっ」
【香恋】
「きもち、いい? わたしのおっぱい、あなたを、きもちよく、できてる?」
【深見】
「できてます……最高だ……!」
【香恋】
「うれしい……〈ハ〉 私、もっと、頑張っちゃう……〈ハ〉」
嬉しそうに微笑むと、香恋さんは柔乳をぐにぐにと歪め、更に肉棒を擦りまくる。
【香恋】
「あぁ……どんどん大きくなるぅ……〈ハ〉 勃起したおちんちん、おっぱいの間で大きく、膨らんでぇ……すごいです……ぷっくりした亀頭も、こんなにぃ……〈ハ〉」
【香恋】
「かわいい……亀さんおちんちんも、あなたも……〈ハ〉 だから、もっともっと、可愛がってあげたい……わたしのおっぱいでぇっ……〈ハ〉」
【香恋】
「私のモロ出し生おっぱいでぇっ、あなたの勃起おちんぽ、おっぱいずりずりぃっ〈ハ〉 あなたのおちんぽを、これでもかって、きもちよくしてあげたいのぉっ〈ハ〉」
香恋さんの身体が大きく弾み、乳房全体で肉棒を愛撫し始める。
むにゅんむにゅんむにゅんっ……
【深見】
「くぅっ……!」
【香恋】
「んふ……〈ハ〉 おっぱいがぁ、おちんちんこすってるぅっ……にゅるにゅる、にゅるにゅる……〈ハ〉 ほら、おちんちん穴、気持ちよさそうにぱくぱく、してるよぉ……〈ハ〉」
【香恋】
「かわいいね、おちんぽ、感じちゃって、ぴくぴく、してっ……わたしの、おっぱいのあいだで、ぴくぴく、ふるえてっ……!」
【香恋】
「ふぁぁっ……敏感なおちんちんが、どんどん硬く……おおきく、なるみたいっ……わたしの、おっぱいを跳ね返してっ……あぁっ、あぁっっ……」
【香恋】
「あなたの生おちんぽぉっ、生おっぱいでずっぽりハメハメぇっ……巨大おちんぽがおっぱいおまんこからハミだしてるよぉっ……ド迫力おちんぽだよぉっ〈ハ〉」
【香恋】
「すごいよぉっ……たくましいおちんちんっ……おとこらしい、あなたにも似た……立派にそそり立つ……おちんちんっ……わたしのおっぱいを、圧倒、してぇっ……」
【香恋】
「あぁ……あなたの、素晴らしいおちんぽっ……崇拝、します……尊敬、します……素敵な素敵な……わたしの、恋人おちんちんぅっ……〈ハ〉〈ハ〉」
【深見】
「あぁっ、気持ちいいですっ、香恋さん……!」
柔らかなおっぱいの肉竿への刺激……その甘やかな天国のような快さ……僕の快感は留まるところを知らず、どんどん高まってしまう。
【深見】
「も、もうっ……イキそうですっ……!」
僕は早くも音を上げていた。
【香恋】
「いいですよっ……イッてっ〈ハ〉 わたしのおっぱいで、射精おちんぽになっちゃってくださいっ……おっぱいに、あなたのおちんちん汁、ぶちまけてぇっ……〈ハ〉」
ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃっ!!
香恋さんはパイズリのスピードを上げる。僕を絶頂へと導くため、彼女も玉の肌に汗を浮かせて胸を揺さぶってくる。
【香恋】
「ほしいのっ、おちんちんミルクちょうだいっ〈ハ〉 おっぱいに……ちょうだいっ……貴方のざーめんみるくで、わたしのおっぱい、真っ白にしてぇぇーーっ……〈ハ〉〈ハ〉」
【深見】
「イクッ……!!」
びゅるるるるるるるるるるーーーーっっ!! ぶゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅーーーっっ!! びゅぐびゅぐびゅぐびゅぐっ!!
【香恋】
「ふぁぁぁあぁぁぁぁ~~~~~っっ……〈ハ〉〈ハ〉」
僕は香恋さんの美乳に、精液の白い雪を降らせた。其れは実際、清浄な香恋さんの肌に背徳的な香りを与える香水のようだった。
【香恋】
「あぁぁぁ……いっぱい、くれましたね……あなたの、おちんぽエキス……私に……〈ハ〉」
【香恋】
「うれしい、です……」
【深見】
「香恋さん……」
香恋さん……僕の恋人。
こんなに可愛らしい女性は、他にはいない。
【香恋】
「ふぁ……あなたの、ザーメンの匂い、かいだらぁ……私……また、ムラムラしてきちゃったよぉ……〈ハ〉」
そして、こんなに淫らな女性も……。
【香恋】
「ねえ……もっと欲しいな〈ハ〉 あなたのおちんぽミルク……おっぱいに、浴びせてほしい……〈ハ〉 いいでしょう?」
【深見】
「う、うん……」
【香恋】
「うれしいっ〈ハ〉 今度は、もっとも~~っと、やらしくしてあげるから〈ハ〉」
曖昧に頷くと、香恋さんは更に身を乗り出し、おっぱいで扱き立ててくる。
【香恋】
「んっ……んっ……んっ……〈ハ〉」
ふにょん、ふにょんっ……
【深見】
「ううっ……気持ちいいっ……」
香恋さんの柔乳に包まれ、再び官能の世界へとトリップする。
精液のおかげで更に滑りが良くなり、ふんわりとしたおっぱいで肉棒を上下に擦られると、其れだけでもう夢心地だ。
【香恋】
「んんっ……あなたの、ざーめんフレーバー……あたま、とんじゃうう……んぁっ……〈ハ〉」
【香恋】
「ザーメンの匂いにまみれてぇ……おちんぽぉ、おっぱいでなでなでしてるとぉ……んふぅっ〈ハ〉 あ、あたまのなか、えろえろになっちゃうぅ〈ハ〉 ……んっ……んっ……!」
【香恋】
「えっちすぎぃ……あなたの、巨根おちんぽぉ……〈ハ〉 おっぱいで、ぬるぬる、しこしこするとぉ……〈ハ〉 はぁぁ……おっぱい、感じちゃうぅ……ふぁぁ〈ハ〉」
なめらかな香恋さんの乳房が、ペニスの上をぬるぬると這い回り、時折ギュッと押さえたり締め付けたりしてくる。
肉棒全部をおっぱいで埋め尽くされ、くちゅくちゅと音を立て、愛撫される。其れを全て、美しい香恋さんがしているのだと思うと、興奮で頭がどうにかなってしまいそうだった。
【香恋】
「んんっ……んふぅっ……はぁっ……んぁっ〈ハ〉」
段々と、香恋さんの動きが激しくなる。
僕は先程から、香恋さんの動きに不自然な点があることに気づいていた。
【香恋】
「ああぁんっ〈ハ〉 あぁっあぁぁっ〈ハ〉 ふぁぁっ〈ハ〉」
僕の腹に、香恋さんの硬く尖った乳首が、擦り付けられているのだ。
偶然かとも思った。しかし、香恋さんは両手で乳房を支え、乳首が僕の腹に擦り付けられるように、自分で調整しているようなフシがあるのだ。
【深見】
「香恋さん……乳首、気持ちいいですか?」
【香恋】
「はい、とっても気持ち……ふぁっ……?」
やはりわざと乳首を擦りつけていたのだ。其れがバレたと知り、香恋さんは顔を真っ赤にして絶句した。
【深見】
「やっぱり乳首擦り付けてたんですね? いやらしいなぁ、香恋さんは」
【香恋】
「あ、あふぅ〈ハ〉 そ、そう、わたしはいやらしいのぉ……」
【深見】
「エロエロですね……?」
【香恋】
「そう、えろえろ、なのぉ……」
香恋さんは、恥じらいつつも嬉しそうに頬を染めていた。
【香恋】
「言って……もっと言って……わたしのこと、エロいって、いやらしいって……言って……〈ハ〉 わたし、あなたに、責められたい……」
【深見】
「いやらしい人ですね」
【香恋】
「ふぁ……〈ハ〉 もっと……」
【深見】
「エッチで……淫乱で……変態……ですね……」
此処迄言っていいものかと不安になるが、香恋さんは恍惚の表情を浮かべていた。
【香恋】
「そ、そうっ……わ、わたしは、えっちで、いんらん、へんたいの、えろえろおまんこっ……んっ〈ハ〉 んんっ〈ハ〉」
【香恋】
「ぱ、ぱいずりしながらっ、自分のほうがきもちよくなっちゃうへんたいぃっ……おちんぽ見るだけできもちよくなっちゃうへんたいぃぃぃっ……〈ハ〉」
ずちゅっずちゅっずちゅっ!!
香恋さんのおっぱいの揺れが、また大きくなった。今度は堂々と、僕の下腹部に乳首を押し付けてくる。
【香恋】
「い、いいのっ……? ちくびっ、こすりつけちゃって、いい……? 私も、ちくびで、きもちよくなって、イッちゃって、いいっ……?」
【深見】
「もちろんいいですよっ……一緒に、気持ちよくなってくださいっ……!」
【香恋】
「あ、あぁぁっ〈ハ〉 きもちよく、なるぅっ……わたしも、おっぱいで、ぱいずり、しながらっ……ちくび、ころころして、きもちよく、なっちゃうぅぅっ……〈ハ〉」
香恋さんの喘ぎ声が段々と高くなり、引き攣れるようになってくる。其れだけ彼女の快楽も増しているのだと思うと、僕も更に興奮してしまう。
【香恋】
「きもちいいっ……おっぱい、きもちいいっ……おちんちんで、乳首ずりずりするの、すごくいいぃっ〈ハ〉 あぁっ、きもちよすぎてっ、おっぱい、と、とまらないぃ~~っ……」
香恋さんは大胆にも肉竿に乳首をこすりつけ始めた。コリッとした乳首が、竿をねぶる感触は新鮮な快感があった。
【香恋】
「おっぱいが、わがままになっちゃうのっ……もっともっと気持ちよくなりたいってっ……あなたのびんびんおちんぽに、こすりつけて、もっときもちよくなっちゃうぅっ……〈ハ〉」
【深見】
「いいですよ、もっとこすりつけてくださいっ」
【香恋】
「あぁぁんっ〈ハ〉 嬉しいっ……ちくび、おっぱい、きもちよしゅぎてっ……からだっ、しびれりゅううぅ……〈ハ〉 ちくびだけでっ……おまんこの奥まで、きゅーんってっ……!」
【香恋】
「かんじ、るぅっ……ちくびも、おまんこも、かんじるぅっ……ふあっぁあっっ〈ハ〉 ぱいずり、ちくびズリオナニーっ、きもちよしゅぎれすぅぅっ……! あぁっぁっあっんぁぁんっ、ふぁぁっぁっ……〈ハ〉」
【香恋】
「あなたも、かんじてる? わたしとおなじくらい……ぱいずりおちんぽ、きもちよくなってくれてる……?」
【深見】
「なってますよ……其れ以上に、きもちよくなってますっ……!」
【香恋】
「よかったっ……一緒に気持ちよくなれて、よかったぁ……〈ハ〉」
あぁ、この人はなんて素敵な人なのだろう。
優しくて、かわいくて、エッチで……どこにも文句のつけようがない。
彼女への想いが、日一日と募っていくのを、僕は止めようがなかった。
【深見】
「あぁっ、また、イキそうですっ……」
そして、射精感も、もう止めようがないところまで高まってしまっていた。
【香恋】
「ふぁんっ……また、イッちゃいますかぁ……私のおっぱいで、また、イッちゃうんですかぁ……?」
嬉しそうに……けれども少し寂しそうに、香恋さんは呟く。
【深見】
「は、はい、イキますっ……!」
【香恋】
「イッて、イッていいよぉっ……私のおっぱいで、好きなだけ、おちんちんのお汁、どばどばしてぇっ……眼の前が真っ白になるぐらい、精液、どびゅどびゅしちゃってぇっ……〈ハ〉」
【香恋】
「あなたの白で、私を染めあげてぇっ……あなた色に、私を染めてぇっ……あなたのお好みの、わたしになりますぅっ……だから、精液、どびゅどびゅしてぇぇーー……っっ〈ハ〉〈ハ〉」
【深見】
「うあぁぁっ……!!」
両脇からむぎゅっと押し潰された豊乳に挟まれ、肉棒は一気に限界を迎えた。
びゅぶりゅりゅりゅーーーーっ!! どびゅるるるるるるるるーーーーーっっ!! びゅるるるるるるるるるるーーーーっっ!!
【香恋】
「あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ~~~~~っっ……〈ハ〉〈ハ〉」
肉棒は彼女の胸の間で跳ね上がりながら、白い液体を撒き散らした。
【香恋】
「ふぁぁぁぁ……〈ハ〉」
香恋さんもぴくぴくと断続的に震えている。おっぱいだけでイッたのかも知れなかった。
【香恋】
「あぁぁ……すごい……また出てるぅ……えっちなお汁……いっぱい……私の、顔にも……おっぱいにも……」
【香恋】
「こ、こんなぁ……男の人の匂い……いっぱい……ぶっかけされちゃったらぁ……ふぁぁ……わたしぃ、ますますえっちになっちゃうよぉ……はぁぁ……〈ハ〉」
【深見】
「はぁ、はぁ……か、香恋さん……っ」
香恋さんは頬を紅潮させ、潤んだ瞳で僕を見つめる。
【香恋】
「今日は……ものすごくえっちな気分……〈ハ〉」
【香恋】
「あなたは……?」
大きな胸で挟まれたままのペニスが、びくりと躍動し、其れが答えとなった。
【香恋】
「くすっ……〈ハ〉 かわいいおちんちん……」
【香恋】
「今度は、こっちにください……〈ハ〉」
香恋さんはそう言うと、そっと僕にお尻を向けてきたのだった……。
ぐちゅぐちゅぐちゅ~~っ
【香恋】
「あ、あぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁ~~~っっ……〈ハ〉」
滾りきった男根を背後からねじ込むと、香恋さんは甘い声を上げた。
【香恋】
「あぁぁ……おちんちん、はいってきたぁ……おまんこの中に……極太のおちんちん……はぁぁ……〈ハ〉」
香恋さんの蜜壺は溢れんばかりに濡れていた。パイズリで彼女の興奮も極まっていたらしく、その反応は僕の男としてのプライドをくすぐるものだった。
【深見】
「気持ち、いいですか、香恋さん……?」
【香恋】
「は、はいぃ……きもち、いいっ……おまんこ、いい、ですっ……」
ずちゅっ、ずちゅっ……
僕はまだ二度目の性交である香恋さんを思いやって、ゆっくりと腰を動かした。しかし其れも杞憂だったかも知れない。
香恋さんの方から、より深い結合を求めて、腰を振ってきていたのだから……。
【香恋】
「あっぁっあぁっあっっ……しゅごいっ、おちんちんっ、奥までっ……おまんこの奥までっ……きてましゅぅ……きもちいいとこ……あたってるぅ……〈ハ〉」
うわ言のような喘ぎ声を上げながら、香恋さんは目を閉じて快楽に没頭している。
其れに呼応するように肉襞もうねうねと蠢き、どっと恥ずかしい液体を吐き出してくるのだった。
【深見】
「すごく、濡れてます……」
【香恋】
「ふぁぁっ……み、みてぇ……〈ハ〉 わたしのぉ、恥ずかしいおまんこぉ……愛液でびっちょりの敏感おまんこぉ……見てぇ……」
言われなくても見てしまう。後背位で繋がっているため、僕の勃起肉を飲み込んでいる香恋さんの秘裂が丸見えなのである。
【深見】
「綺麗ですよ、香恋さんのおまんこ……」
【香恋】
「あ、あぁぁ……見、見られちゃってるぅ……だ、大好きな人にぃ……おまんこ……おちんちん美味しそうに食べちゃってるおまんこぉ……ぜんぶ……いやらしいとこぜんぶ、みられてるぅ……」
【香恋】
「あ、あぁぁぁ……はじゅかしおまんこぉ……おちんちんがほしくてぇ、愛液たれながしてるおまんこぉ……好きな人が、見てるぅ……恥知らずおまんこぉ……はぁぁ……〈ハ〉」
恥辱で真っ赤に染まった首をすくめる香恋さん。しかし、腰の動きは上半身とは別物で、恥ずかしいと言いつつ、ぬるぬると浅ましく蠢き続けているのだ。
【深見】
「エロいです、香恋さん……!」
【香恋】
「はぁぁんっ〈ハ〉 えっちな愛液おまんこ、かわいいがってぇ……いっぱい、おちんぽでかわいがってぇ〈ハ〉」
【深見】
「はい……」
僕はそっと結合部に触れ、指を滑らせる。肉棒を咥えこんでいる合わせ目から、ぷっくりと膨れた肉豆を手探りし、ぬるぬると愛撫した。
【香恋】
「きゃふぅぅぅんっ……〈ハ〉 あぁぁっ〈ハ〉 ク、クリぃッ……〈ハ〉」
【深見】
「ここも、可愛いです……すごく膨れて……」
2~3回クリトリスをこね回すと、刺激が強すぎたのか、香恋さんの全身がガクガクと震えだした。
【香恋】
「あ、あぁぁぁ……〈ハ〉 ら、らめっ、愛液駄々漏れおまんこぉっ……がまんれきないっ……愛液ピュッピュッて、いっぱいおもらししちゃうううう……〈ハ〉」
【深見】
「いいですよ、おもらししたって」
【香恋】
「ふぁんんっ……お、おもらし……おもらしおまんこで、いいんですかぁ……あぁぁっあぁぁっあぁっぁっぁあっ……〈ハ〉」
【深見】
「いいですよ、愛液でも、おしっこでも、漏らしちゃってくださいっ……」
【香恋】
「あぁぁっ……や、優しいんですね……おちんちんも、優しい……優しいおちんちん……すきっ……だいすきっ……〈ハ〉」
【深見】
「優しいだけじゃ、ないですよ……!」
僕はぱんぱん、と音がするほど、激しく腰を打ち付け始めた。
【香恋】
「あぁぁっ……きゃふぅぅぅぅぅーーーーっ……〈ハ〉〈ハ〉」
香恋さんは背をのけぞらせ、必死で快感を堪えている。
お尻がぶるぶると震え、ペニスを出し入れしている膣内から、白い太股に愛液が滴り落ちていく。
【香恋】
「あぁぁっ、はげしいっ……おちんちんはげしいっ……おまんこ深いの気持ちいいっ……奥までズッポリおちんぽっ、きもちいいっ……!」
もう恥も外聞もなく、乱れてしまう香恋さん。
【香恋】
「いやぁぁっ……いやらししゅぎるぅっ……おまんこっ、きもちよしゅぎでぇっ……おちんちんっ、つよしゅぎてぇっ……もう、もうっ……おまんこ、どうかなっちゃうぅぅっ……〈ハ〉」
しかし、僕はそんな香恋さんを、もっと見てみたい……。
僕の男根で淫らに染まってゆく……そんな香恋さんを、僕は欲していた。
【深見】
「いやらしい香恋さん、素敵です……もっと見せてください、僕に……!」
僕は休まずに抽送を続けた。膣の上壁に肉傘が引っかかるように腰を使うと、おまんこは其れを悦ぶようにきゅっきゅっと収縮するのだった。
【香恋】
「あぁぁっあぁぁっ……み、見てぇっ……えっちなわたしっ、本当のわたしを……見てぇぇっっ〈ハ〉」
【深見】
「いやらしい香恋さんを、見せてください……っ」
【香恋】
「見てほしいのぉっ……あなたには、ぜんぶっ……えっちな、わたしも、えっちなおまんこもっ……ぜんぶっ……ぜんぶあげたいのぉっ……〈ハ〉」
【香恋】
「一番エッチな私、見てっ〈ハ〉 エロしゅぎるわたしっ〈ハ〉 メスの本能丸出しおまんこの私っ……見てぇっ……あなたの眼に、やきつけてぇぇっ……〈ハ〉」
素直な香恋さんが愛おしく、剛直が更に硬く、熱く、猛り狂っていく。
僕の熱情のすべてを、香恋さんにぶつけたい。
抽送が速まるに連れ、快感もとめどなく高まっていくのを、自分でもどうしようもなかった。
【深見】
「あぁっ、香恋さんっ……イキそうですっ!!」
【香恋】
「イッてぇっ……わ、わたしもぉっ……わたしもぉっ……!」
【香恋】
「すぐイクおまんこぉっ……堪え性のないだらしないおまんこぉっ〈ハ〉 あなたの極上おちんぽで、すぐイッちゃうふしだらエロ狂いおまんこぉっ……イキそっ……〈ハ〉」
香恋さんも絶頂を求めてお尻をぶつけてくる。
下手するとペニスが抜けそうなくらい、二人で腰を振りあった。
【深見】
「イクッ……イキますっ……!」
【香恋】
「わ、わたしもぉっ……イクゥゥウゥゥゥゥゥウゥゥゥーーーーーッッ……〈ハ〉〈ハ〉」
【香恋】
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁーーーーっっ……〈ハ〉〈ハ〉」
お湯と汗と愛液を飛び散らせ、香恋さんは達した。
【深見】
「あぁっ……!!」
僕も肉棒を深く埋め込み、精液を放出する。
どくん、どくん、とペニスが跳ね、香恋さんの膣内に僕の精子を満たしていった。
が……。
【香恋】
「はぁぅっ……お、おちんちんが……まだ、硬いまま……」
【深見】
「うう……」
どうしたことだろう……精はもう出し尽くしたはずなのに……。
まだ飽き足らないとばかりに……男根は反り返ったまま、香恋さんの膣内を抉り続けている……。
【深見】
「あ、あぁっ……す、すみませんっ……僕、まだ……」
ぐちゅんぐちゅん……
僕はまたしても、浅ましく腰を振り始めた。
【香恋】
「あぁっああっあぁぁっああっああっぁんっ……〈ハ〉〈ハ〉」
香恋さんも声を上げ、僕に応えてくれる。
【深見】
「あぁっ……香恋さんっ……香恋さんっ……」
ピストン運動がやめられない。
ちんぽが気持ちいい……その気持ちよさが収まらず、腰の動きが止まらなかった。
【香恋】
「あぁっあぁぁっすごっあぁぁっおちんぽっあっぁんっおちんぽいいっあぁぁっきもちいっんっ……ふぁっあぁっおまんこきもちいっ……んぁぁっっ……〈ハ〉」
だって、気持ちよすぎるのだ、香恋さんのおまんこが……。
愛液やら精液やらでどろどろぐちゃぐちゃになったおまんこに、肉棒を突き入れると、じゅるじゅると滑り、底なしの沼の中に挿入しているかのようだ。
此処までぬるぬるしたものに、ペニスが触れたことはない。其れは言葉に出来ない堪らない気持ちよさなのだ。
【香恋】
「あぁぁっ……いいっひぃんっ……か、感じすぎ、おまんこっ……ま、また、またぁぁっっ……」
【香恋】
「んはぁぁぁっ……あぁぁぁーーーっっ〈ハ〉」
香恋さんがびくんびくんとなめらかな背をバウンドさせる。
膣肉の収縮から、香恋さんがまたイッたのだとわかる。
【香恋】
「はぁぁ、はぁぁ……い、いっちゃ……〈ハ〉 また、おまんこ、イッちゃった……ふぁぁ……〈ハ〉」
荒い息を吐き、こちらを振り返る香恋さんが、やけに色っぽく見える。
【深見】
「すぐイッちゃうんですね、香恋さんは」
【香恋】
「は、はうぅ……だ、だってだってぇ……おちんちん、きもちよすぎてぇ……〈ハ〉」
【香恋】
「イッちゃうう……イッちゃうよぉ……だってあなたのおちんぽさん、がんばってくれちゃってるからぁ、がんばりおちんぽさん、可愛くてぇ、尊くてぇ……〈ハ〉」
【香恋】
「ご、ごめんなさぁい……想像するだけでイッちゃいそう……ひぁぁっ〈ハ〉 おちんぽありがたくてぇ、おまんこにもらってるって、思うだけで……イッ……〈ハ〉〈ハ〉」
また僕の腕の中で、その淫らな肉体を惜しみなくバウンドさせる香恋さん……。
【深見】
「また、ですか?」
【香恋】
「ひゃふぅぅ……〈ハ〉 ご、ごめんなさいぃ……〈ハ〉」
済まなそうに眉を下げる香恋さんは、兎に角愛らしく、僕の情欲を更に刺激するのだった。
【深見】
「あぁっ……もう、止まりませんっ、香恋さんっ」
僕は勢いをつけて香恋さんの秘肉を突く。
ずりゅっずりゅっと愛液を交えた肉と肉との摩擦音が響き、この浴室全体が、淫靡な雰囲気に包みこまれる。
【香恋】
「とめないでぇぇっ……あぁぁああっ……わたしのおまんこも、ほしがってるのぉっ……あなたの、力強い、おちんぽっ……んはぁっっ……〈ハ〉」
【香恋】
「ズコズコされるのいぃぃっ〈ハ〉 おまんこにずしんって響いてるぅっ〈ハ〉 おちんぽで一撃されるたびぃっ、全身にずうんっ〈ハ〉てきもちいいの、きてるのぉおぉっ〈ハ〉」
【香恋】
「んひぃっあんっあぁっひぁっ……やめないでぇっ……ずっとおまんこっ、続けてぇっ……きもちいいおまんこぉっ……だいしゅきぃっ……〈ハ〉」
【深見】
「やめろと言われても、無理ですっ……!」
【香恋】
「うれしいっ……ずっと、ずっとしてぇっ……〈ハ〉 あなたのおちんちん、ずっと、わたしのおまんこにっ……あぁあっ、あぁっあっ、あぁっ〈ハ〉」
【香恋】
「あなたのおちんぽでつながってたいぃっ〈ハ〉 ずっとあなたとぉっ……一心同体おちんぽぉっ〈ハ〉 だいしゅきなあなたとぉっ……切っても切れないおまんこでいたいのぉっ〈ハ〉」
【香恋】
「じゅーっとしゅき、してぇっ〈ハ〉 だっこしてぇっ〈ハ〉 おまんこ、おちんぽでかわいがってぇっ〈ハ〉 らぶらぶおまんこ、してぇっ〈ハ〉」
【香恋】
「しゅきしゅきだいしゅきちょうあいしてるおちんぽぉぉっ〈ハ〉  あなたのおちんぽにエロぐるいおまんこなのぉっ〈ハ〉 ずぅっとハメハメハメグルイおまんこなのぉっ〈ハ〉」
僕も、香恋さんとずっと繋がっていたい……しかし、どんなことにも終わりは来てしまうものなのだ。
【深見】
「す、すみません、もう、イキそうですっ……」
僕は情けない声を上げるしかなかった。
【香恋】
「くぅんっ……あ、あなたも、すぐイッちゃうじゃないのぉ……」
恨み言を言う香恋さんですら可愛らしい。あぁ、この人はどこまで僕を魅了すれば気が済むのか……。
【深見】
「で、できるだけ、耐えてみますが……っ」
しかしもう耐えられそうにない。彼女の濡れた膣襞の一枚一枚が、ざわめき、僕を食い締めてくるのを、此れ以上堪えられるはずがなかった。
【香恋】
「い、いいの……ちょっと、私も、いじわる、したくなっただけ……〈ハ〉」
そんな僕を、香恋さんは優しい微笑みを浮かべて見つめる。
【香恋】
「イッて……わたしも、あなたと一緒に、イキたいっ……〈ハ〉」
【深見】
「あぁっ、香恋さんっ……!」
僕は一打一打に力を込め、香恋さんの花園に此れでもかと連打を浴びせる。
ぐちゅん! ぐちゅん! ぐちゅん!
【香恋】
「あひぃっ!? あぁっ、ハンマーおちんぽっ……わらひのおまんこ、ずんずんしてるぅっ〈ハ〉 子宮おまんこ、たたかれまくってっ……ひぁぁぁぁ~っ……〈ハ〉」
【香恋】
「あぁぁっあぁぁっあぁぁっ……! ちゅ、ちゅよっ……おちんちんっ、ちゅよいぃっ……あぁっ、んんぁぁっ……刺激、ちゅよしゅぎぃぃっ……!!」
【香恋】
「こ、これじゃっ……しゅぐイクぅっ……も、もう、しゅぐイッひゃうぅうぅぅーー……!!」
香恋さんも快感の波には逆らえないようで、桃色に染まったお尻を夢中になって振ってくるのだった。
【深見】
「イキます、香恋さんっ……!!」
【香恋】
「ひゃうぅぅっ〈ハ〉 わらひもイクぅぅッ……またイクのぉっ……えっちなおまんこっ、イキたくてたまんないれしゅぅっ……もうっ、もうっ……〈ハ〉〈ハ〉」
【香恋】
「あなたの神様おちんぽでイクッ……神テクでイカされちゃううっ〈ハ〉 おちんぽ様しゅごぉっ〈ハ〉 も、もぉっ、ご利益おちんぽしゃまで、天国までぶっ飛んじゃうぅぅぅ~~~っっ〈ハ〉〈ハ〉」
【深見】
「うぁぁっ……!!」
【香恋】
「イックうううううううううううううううううぅぅぅぅぅ~~~~~~ッッッ……〈ハ〉〈ハ〉」
火花が散るような快感とともに……。
弾みをつけて叩き込んだ剛直が、彼女の最奥に達した。
ドビュビュビュビュビュビュビュビュビューーーッッ!! ビュグルルルルルルッ!! ドプドプドプドプッ!!
【香恋】
「あぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁ~~~~~っっ……〈ハ〉〈ハ〉」
香恋さんは狂おしく身悶え、朱に染めた肉体をわななかせながら、長く尾を引く啼き声を上げたのだった。
【深見】
「ハァッハァッ……」
びゅく、びゅく、と鈴口から欲望の残滓が放出される。
心地よくもあり、寂しくもある……そんな瞬間だった。
【香恋】
「はぁぁ……きもち、よかった、です……〈ハ〉」
【深見】
「僕も、最高でした……」
うっとりと呟く香恋さんに、僕も返事を返す。
微笑み合う……其れだけで、心が満たされるのを感じた。
【香恋】
「好き……です……」
香恋さんとの甘美な思い出が、また一つ、心に刻まれた夜だった……。

………………
…………
……
【深見】
「……」
また此処にいる……。
旅館の廊下だ。
日差しの加減を見るとまだ昼だと言うのに何故か薄暗い。中庭の蛙の置物に、じろりと睨まれているような気がする。
誰もいない旅館の中を歩き続ける。
切れ目なく続く廊下……等間隔で並ぶ客室の襖……。
周り灯籠を見ているかのように、目の前を繰り返し同じ光景が流れてゆく。
【深見】
「……」
僕はまだ何かを捜している……。
しかし見つからない。何を捜しているのか、其れすら分からないのに、見つけようがないではないか。
段々胸が押し潰されるような不安な気分になってくる。
此処には誰もいない、誰も……。
【深見】
「誰かいませんか……!?」
淋しさに耐えきれず、僕は声を上げる。
だが、誰も答える者はない。
誰も。誰も。
【深見】
「くっ……!」
涙が浮かびそうになる。
どれだけ歩いても無駄だ。僕だけの世界が続くばかりだ。
もう捜すのをやめたい。
でもやめる訳にはいかないんだという強い意志だけは、僕の折れそうな心の中に確固たるものとして存在し続けている。
【深見】
「……っ」
この果てしなく続く廊下の、何処かの部屋に、捜しているものがあるのかも知れない……。
僕は手近な障子を開く。
そして、僕は……。
【深見】
「……」
朝だった。
【深見】
「此処は……!? (がばっ!)」
むにょんっ〈ハ〉
[rb,厭,いや]な夢を見て飛び起きた僕の顔面が、途方もなく柔らかいものに包まれた。
【深見】
「こ、此れは……?」
柔らかいものに触れてみる。
むにゅんっ〈ハ〉
【香恋】
「あふぅんっ〈ハ〉」
【深見】
「あふう?」
【深見】
「つ、月丘女史っ……!?」
【香恋】
「あ、おはようございます、夏彦さん……」
完全に覚醒した僕が眼にしたものは、何故か眼の前ではにかんでいる月丘女史の姿だった。
【深見】
「月丘女史……どうして……?」
【香恋】
「うふ〈ハ〉 起こしに来ちゃいました……こういうのって、付き合ってる~って感じで、よくないですか?」
【香恋】
「本当は、おはようのキスで起こしてあげたかったんですけど、まぁ仕方ないですねぇ……」
【深見】
「は、はぁ……」
キスも捨てがたいが、目覚めて2秒でぱふぱふとは……幸せ過ぎる朝である。
【香恋】
「でも、私から一つダメ出しがあります」
真面目な顔になる月丘女史。
【深見】
「え……何でしょう……?」
おっぱいに顔を埋めるのは、不可抗力とはいえ、やはり許されない行為だったのか……?
【香恋】
「かれん……〈ハ〉」
【深見】
「……」
【香恋】
「二人きりの時は、香恋〈ハ〉 って呼んでくれなきゃ、ダメ、です〈ハ〉」
そうだった……。二人きりの時は、下の名前で呼ぶと、昨夜約束したのだった……。
【深見】
「か、香恋さん……」
彼女の名前を口にした途端に、甘酸っぱい感情で胸が満たされる。
【香恋】
「はぁい〈ハ〉」
僕が呼ぶと、ニッコリと微笑んでくれる。
【深見】
「香恋さん……」
【香恋】
「くすくす、何ですかぁ?」
癒やし系の笑顔を浮かべる香恋さんが、その名の通り可憐で、チャーミングで……。
【深見】
「香恋さんっ!!」
がばっ!!
可愛すぎて、抱きしめてしまった。
【香恋】
「あぁぁ……〈ハ〉 待ってましたぁ〈ハ〉」
香恋さんもギュッと抱き返してくる。
【深見】
「好きです……」
【香恋】
「私も……〈ハ〉」
あぁ……幸せだ。こんなに幸せでいいのだろうか?
自分の心に問いかけると、ふと頭の片隅に影が差す。
僕には何か……ずっと求めていたもの……捜していたものが、あったような……?
今の僕は香恋さんにばかり気を取られ、其れを忘れているような気がする。
けれども……其れってそんなに大事なものなのだろうか?
香恋さんよりも大事なものなんて、本当に在るのだろうか?
【香恋】
「脱ぎますか?」
【深見】
「えっ?」
香恋さんの意外過ぎる発言で、物思いから覚める。
【香恋】
「あの、丁度布団もあるし……そのぉ〈ハ〉」
香恋さんが、離れた場所に敷いてある布団を横目でチラチラと見ながら訴えかけてくるのだった。
【香恋】
「でも……夏彦さんって、寝相悪いんですね。こんなに布団からはみ出して寝てるなんて……足にもちょっと泥がついてますし……ふふっ、少年みたい〈ハ〉 そんなところも可愛い……〈ハ〉」
【深見】
「はみ出して……」
今更ながらに気づくが、香恋さんの言う通り布団は随分遠くに在る……どうやら僕は、畳の上で寝ていたようだ……。
あれ……でも僕は、昨夜ちゃんと布団に入って寝た筈なのに……。
僕は寝相は良い方なのだ……家族には昔から、あんたって寝てる時死んでるみたいねと、よく言われていた。
なのに、何故……?
【深見】
「香恋さん、僕本当に畳の上で寝てましたか……」
【深見】
「って、ええええ~~~~~~っっ!?」
脱ぎっぷりのいい香恋さんだった……。
【香恋】
「ダメでした……?」
驚いている僕を見てキョトンとしている。
【深見】
「だ、だめ、駄目じゃないですけど……朝食の時間が……」
【香恋】
「大丈夫、5分もあれば十分ですっ」
【深見】
「5分……」
見くびられているようで、一寸悲しい。
【蓮華】
「5分で何をするつもり」
【香恋】
「何って、そんな事分かりきってるじゃないですかぁ~〈ハ〉」
【香恋】
「って!?」
【蓮華】
「(じと……)」
全く気配を感じさせる事なく……知らぬ間に部屋に入り込み、僕達を見据えていた蓮華だった。
【香恋】
「きゃああっ……」
慌てて服を抱え込むと、部屋の隅でいそいそと隠れるようにして服を着る香恋さん。
【蓮華】
「全く何をやっているのかしら」
蓮華は呆れたように僕を見下し、溜息を吐いていた。
【深見】
「蓮華には関係ないですよ」
思わず反発してしまう。
【蓮華】
「関係ない……」
【深見】
「あ、否、今のは言葉の綾で……」
蓮華の口調が少し淋しげだったのが気になり、急いで前言撤回する。
【蓮華】
「……」
【深見】
「!」
すると、蓮華が不自然な程顔を寄せてきた。
【蓮華】
「また……麝香の、香り……」
【深見】
「え? な、何ですか?」
小声で何か呟いていたが、蓮華のアップにドギマギしてしまい、何を言っているか聞き取る事は出来なかった。
【蓮華】
「ふふ……どうしたの? 顔が赤いわよ……」
【深見】
「そ、そうですか?」
【蓮華】
「私の色香に迷ってしまったのかしら?」
【深見】
「はは……面白い冗談ですね」
【香恋】
「そうですよ、蓮華ちゃん、冗談はそれぐらいにして、食事に行きましょう」
すっかり服を身に着けた香恋さんが、余裕の表情で反駁する。
【蓮華】
「冗談ではないのだけれど」
ぴと……
香恋さんに対抗してか、控えめにではあるが、僕に身を寄せてくる蓮華。
【深見】
「(ドキッ)」
香恋さんを裏切る訳ではないが、蓮華に抱きつかれると、やはりドキッと胸が高鳴る。
此れでは両手に花ではないか、と罰当たりな夢想迄してしまう。
【香恋】
「蓮華ちゃん……あなた、もしかして……」
香恋さんは蓮華をひたと見つめると……。
【香恋】
「あぁん、もしかして、仲間外れになったみたいで淋しかったんですねぇっ〈ハ〉 もうっ、ツンデレちゃんなんだからぁっ〈ハ〉 大丈夫、皆あなたが大好きですよぉ~~〈ハ〉」
盛大に抱きついていくのだった……。
【蓮華】
「……」
【香恋】
「月丘おねーさんに、たっぷり甘えちゃっていいんですよっ、れんげちゃぁぁんっ〈ハ〉」
蓮華は言葉を発しなかったが……。
その顔は、戸惑っているような……其れでも満更でもなさそうな……複雑な表情を浮かべていた。
【香恋】
「じゃあ、私達は先に広間に行ってます。深見先生も、早く来てくださいね」
身支度も済んでいない僕を残して、女性陣は先に広間へと向かった。
【深見】
「はい」
着替える前に、スマホの画面を確認する。
今日は10月10日、火曜日だった。
【深見】
「……」
一人になって、寝覚めに見た夢を振り返る……昨日も今日も、何かを捜し彷徨う厭な夢を見た。
何時からそうなったのか、気がついたらそうなっていたのか……余り自覚はない。
僕は何時も何かを捜していた……。
一寸した暗闇や物陰、壁の隙間を見つけると、心が踊った。
何かに遭遇出来るのではないかという期待感……。
何時しか其れは僕の中で膨らみ、心の中で妖怪幽霊異形と呼ばれるものとして実体化していった。
僕は次第に、そういった異界のものに憧れ、執着するようになっていったのだ。
誰とも遊ばずに好きな小説ばかり書いて、妄想の世界に生きていた。
……そんな僕は『変な奴』と呼ばれた……。
そして、当然の帰結として僕の周りから友達はいなくなっていた。
【蓮華】
「きゃっ!!」
ごちっ!!
僕の目の中で火花が散った。
【深見】
「あ痛た……あれ……蓮華?」
【蓮華】
「うぐぐ……」
[rb,厭,いや]な夢を見て飛び起きた僕の目の前に、涙目になって頭を抱えている蓮華がいたのだった。
どうやら僕が身体を起こした拍子に、僕達のおでこが正面衝突したらしい。
【蓮華】
「な、何するのよ、馬鹿ぁっ……」
【深見】
「すみません……でも、どうしてこんなに至近距離に蓮華が……?」
蓮華の神出鬼没には慣れているが、おでこをぶつける程近くにいたという事は……。
【深見】
「ふ~~ん……」
僕は蓮華を見てニヤニヤと微笑んだ。
【蓮華】
「な、何……その淫猥な顔つき……」
【深見】
「否ぁ……蓮華ってば、僕が寝ているのをいい事に、キスしようとしていたとは……」
【蓮華】
「はあ!? そ、そ、そんな事するわけない!!」
【深見】
「隠さなくてもいいのですよ……その慌て具合が何よりの証拠」
【蓮華】
「……ちょっとは貴方の寝顔が……かわいらしいなぁとかは思ったけど……」
【深見】
「やっぱりねぇ~……どんどん化けの皮が剥がれていく……」
【蓮華】
「……いい加減にして!」
【深見】
「ほら、僕は何時だっていいですよ。ん~~……」
唇を突き出す仕草をする。
【蓮華】
「な、な、な、なに、何!? 貴方の脳内で、どんなお花畑ストーリーが現在進行中なのっ?」
キョドりまくる蓮華であった。
【深見】
「いいんですよ、照れなくて」
【蓮華】
「ち~~が~~う~~っ……!」
真っ赤になって悶絶する蓮華だった。
【深見】
「なんて、嘘ですよ、嘘……何時も蓮華が僕を挑発するから、少しからかってみたんですよ」
此処迄過剰に反応するとは思わなかったが。
【蓮華】
「ふ、ふーん……そうだったの」
【蓮華】
「言っておくけど、貴方の変幻自在な寝相に呆れて顔を覗き込んだ瞬間に、偶然貴方が目覚めたっていうだけなのだから、勘違いしないで……」
……おかしいな。昨日はちゃんと布団を被って寝た筈なのに、随分布団から離れて寝ていたようだ。
【深見】
「僕って、寝相は良い方なのですが……昔、家族に、あんたって寝てる時死んでるみたいねと、よく言われていました」
【蓮華】
「そうね、いっぺん、死んでみるのもいいかもね」
【深見】
「そうなったら泣いてくれます?」
【蓮華】
「供養してあげる」
言葉はシニカルではあったが、昨夜の蓮華の話から推察すると、僕を気遣って朝から会いに来てくれたのだろう。
そう考えると、わざと僕に邪険にする不器用な彼女の態度が、余計可愛らしく感じられるのだった。
【蓮華】
「そんなことより、貴方、昨日足を洗わないで寝たの」
【深見】
「え? 否、そんな筈は……」
昨夜風呂場で足を洗った筈なのに、まだ少し汚れが残っていた。
【深見】
「……おかしいな?」
まぁ、シャワーで軽く洗い流しただけだったから、こういう事もあるのかも知れない。
【蓮華】
「また……麝香の、香り……」
【深見】
「え? 何か言いました?」
【蓮華】
「……いいえ」
未だ夢の中にいるようにぼんやりとした気分で、スマホの画面を確認する。
今日は10月10日、火曜日だった。
【蓮華】
「ねえ、本当に大丈夫……?」
【深見】
「あ、あぁ、はい、僕は炭治郎並みの石頭なので大丈夫ですよ」
【蓮華】
「そっちじゃないんだけど……」
何故か溜息を吐いている蓮華だった。
【蓮華】
「先に行っているわ。早く広間にいらっしゃい」
【深見】
「はい……」
蓮華が例によってふっと姿を消した辺りを、僕はぼんやりと見つめていた。
【深見】
「……」
……昨日も今日も、何かを捜し彷徨う厭な夢を見た。
何時からそうなったのか、気がついたらそうなっていたのか……余り自覚はない。
僕は何時も何かを捜していた……。
一寸した暗闇や物陰、壁の隙間を見つけると、心が踊った。
何かに遭遇出来るのではないかという期待感……。
何時しか其れは僕の中で膨らみ、心の中で妖怪幽霊異形と呼ばれるものとして実体化していった。
僕は次第に、そういった異界のものに憧れ、執着するようになっていったのだ。
誰とも遊ばずに好きな小説ばかり書いて、妄想の世界に生きていた。
……そんな僕は『変な奴』と呼ばれた……。
そして、当然の帰結として僕の周りから友達はいなくなっていた。
けれども、僕は間違っていなかった。蓮華のような不思議な存在を目にして、僕は彼女への想いが募ると共に、一層その考えを強くしていた。
[rb,屹度,きっと]何時か……自分が何を捜しているのか、はっきりする日が来るだろう……。
でも、時々……その答えを渇望し、高鳴る僕の鼓動は果たして、期待から来る興奮の所為なのか、其れとも……。
恐怖から来る不安の所為なのか、分からなくなるのだった。
【香恋】
「おはようございます、深見先生」
【深見】
「おはようございます」
【皇】
「おはよう」
【蓮華】
「おはよう」
朝の挨拶をし、席につく。
【香恋】
「昨夜はよく眠れましたか?」
頬を染めて僕を見上げる香恋さん。
否が応でも昨夜の情交を思い出し、見つめられるだけで身体が熱くなってくる。
【深見】
「はい、よく眠れたとは思うのですが……」
【香恋】
「ですが?」
【深見】
「否、一寸寝覚めに見た夢が、厭な夢で……」
【香恋】
「夢ですか……?」
【皇】
「へえ、どんな夢だったの?」
身を乗り出してくる皇さん。
【深見】
「嫌ですよ」
【皇】
「どうしてだい?」
【深見】
「どうせ、また何か分析でもするつもりでしょう? 僕はモルモットではありませんから……それに、あんまりよく覚えていないですし……」
本当は夢の内容は覚えていたが、オチも何もない夢なので、この場で皆に堂々と発表するのは憚られた。
【皇】
「僕という人間がよく解ってきたじゃないか、深見くん。しかし残念だね、フロイトみたいに夢判断でもしようと思っていたんだけど……」
【蓮華】
「いただきまーす」
蓮華は会話よりも、目の前に並べられている料理の方が重要みたいだ。
【皇】
「ところで、月丘くんは何か夢を見た?」
一人で食べ始めた蓮華を尻目に、皇さんは僕から香恋さんへターゲットを変更した。
一人で食べ始めた蓮華を尻目に、皇さんは僕から月丘女史へターゲットを変更した。
【香恋】
「そ、そうですね……深見先生に、プレゼントをいただく夢を見ましたが……」
【皇】
「へえー、どんなプレゼント?」
【香恋】
「きれいな箱に入った、爪やすりでした。ちょうどネイル用品が欲しかったので、夢とはいえ、とても嬉しかったです……」
【皇】
「ふふふふ……」
皇さんが不気味に笑いだした。
【香恋】
「どうしたんですか……?」
【皇】
「語るに落ちたね、月丘くん……君も心理学を学んだ身、箱と爪やすりが一体何を表すか、知っているはずだろう?」
【香恋】
「箱と爪やすり……? それがどうし……」
【香恋】
「ハッ……!」
香恋さんが[rb,青褪,あおざ]めて硬直してしまう。
月丘女史が[rb,青褪,あおざ]めて硬直してしまう。
【皇】
「ふふ……気づいたようだね、月丘くん……フロイトが提唱している箱とは女性器のこと、爪やすりとは男性器のこと……それを深見くんにもらって嬉しかったと言うことは……」
【皇】
「つまり君は……深見くんとセック……」
【蓮華】
「……むっ」
【深見】
「セクハラやめーーーーーーい!!」
皇さんに正義の鉄拳を食らわせた。
セクハラの件もそうだが、下ネタを朝っぱらから聞かされたら、僕迄恥ずかしい。
【香恋】
「す、すみません、夏彦さん……私……」
頬を染めて僕に謝ってくる香恋さん。
【深見】
「い、否、香恋さんは何も悪くないですよ……」
【香恋】
「あ、あはは……そ、それもそうですよね、夢ですから……でも私」
香恋さんは至近距離に迫ってくると、両手でぎゅっと僕の手を握ってくる。
【香恋】
「私……もしかすると、昨夜のことを思い出して……身体が熱くなって……そんな夢、見ちゃったのかも知れません……」
瞳を潤ませ、上目遣いで僕を見つめる香恋さん……。
【深見】
「か、香恋さんっ……?」
仄かに上気した香恋さんの顔が間近に迫り、握られた手が胸元に当てられ、ドキドキしてしまう。
【蓮華】
「くだらない」
軽蔑の眼差しを僕と香恋さんに注ぎ、冷たい声で一喝する蓮華だった。
【香恋】
「す、すみません、深見先生……お耳汚しでした……」
頬を染めて僕に謝ってくる月丘女史。
【深見】
「い、否、月丘女史は何も悪くないですよ……」
【香恋】
「あ、あはは……そ、それもそうですよね、夢ですから……でも私」
月丘女史は至近距離に迫ってくると、両手でぎゅっと僕の手を握ってくる。
【香恋】
「……深見先生さえよろしければ……」
【深見】
「つ、月丘女史……?」
仄かに上気した月丘女史の顔が間近に迫り、握られた手が胸元に当てられ、ドキドキしてしまう。
【蓮華】
「くだらない」
軽蔑の眼差しを僕と月丘女史に注ぎ、冷たい声で一喝する蓮華だった。
【香恋】
「そんな事ないですよ……心理学は素晴らしい学問です」
【蓮華】
「……では、これはそのフロイトとやらの解釈では、何なのかしら?」
蓮華が水の入ったコップを掲げていた。
【香恋】
「ヴァギナの象徴です」
キラーンと眼鏡を光らせる香恋さん……。
キラーンと眼鏡を光らせる月丘女史……。
【蓮華】
「これは?」
蓮華がお箸を持ち上げる。
【香恋】
「ペニスです」
【蓮華】
「ふふっ……こんな何の変哲もない食器を見て妄想を膨らませるなんて、欲求不満の変態くらいね」
蓮華が微笑む。
【香恋】
「た、確かに……」
香恋さんも興奮が収まったようで、眼鏡を曇らせていた。
【深見】
「コップに箸を立てて掻き混ぜたら性行為になるんですかね、全く、馬鹿げていますよね……ハハハハ」
香恋さんのコケティッシュさに惑ってしまった心を、笑って誤魔化す。
月丘女史も興奮が収まったようで、眼鏡を曇らせていた。
【深見】
「コップに箸を立てて掻き混ぜたら性行為になるんですかね、全く、馬鹿げていますよね……ハハハハ」
月丘女史のコケティッシュさに惑ってしまった心を、笑って誤魔化す。
【蓮華】
「(じろ……)」
そんな僕を見透かすように、蓮華が睨んでいた。
【皇】
「まあ確かにね、僕みたいな性的に無関心な人間には、笑っちゃうような説が多いけれどね」
【深見】
「あなたが元凶ですよね」
【皇】
「それは、見せかけの因果律だよ」
また、訳の分からない事を言い出す皇さん……ループ不可避である。
【蓮華】
「ねえ、今一番大事な事は?」
問いかけられ、皆が蓮華に注目する。
【皇/深見】
「?」
【香恋】
「?」
【蓮華】
「それは、食事!」
鼻息荒く断言する蓮華……。
【蓮華】
「お喋りばかりして、美味しい料理が冷めちゃうわ。用意してくれた旅館の人達に、失礼よ」
そして率先して、温かいご飯をぱくぱくと頬張る蓮華だった。
【香恋】
「た、確かにそうですね……」
【深見】
「いただきましょう」
【皇】
「そうだね、いただきます」
美味しい朝食を全員で頂く。
皆でわいわいと、くだらない話をしているだけで、何となく気分が解れていく……自分がそんなリア充的な団欒に参加しているのだと思うと、何だか感無量なのだった。
昨日と同じ道を通って、学園へ。
まだ数回しか歩いていない道であるが、既に通い慣れた道のような愛着を感じてしまっていた。
其れは香恋さんと一緒だからかも知れない……。
其れは蓮華と一緒だからかも知れない……。
【もよか】
「おはようございまーすっ、蓮華ちゃん、お兄ちゃんっ、そしてその他の皆様っ」
【深見】
「おはようございます」
暫くして、昨日と同じようにもよかさんと遭遇する。
【蓮華】
「出たわね……」
【もよか】
「蓮華ちゃん酷いですぅ~、人をお化けみたいに」
【もよか】
「気がつけばいつもあなたの隣に菜々山もよか。振り向けばもよか。暗い夜道の背後にも、お風呂場で髪の毛を洗ってる最中にも、就寝時の布団の中でも、常に私の気配感じてくださいっ!」
【香恋】
「あはは……それはもはや幽霊」
【深見】
「生霊タイプは厄介と聞きます」
【もよか】
「お兄ちゃん、ひどいですよぉ~、それぐらい私を身近に感じてほしいってことですよ~〈ハ〉」
愛が重い台詞を軽いノリで流すもよかさん。
【蓮華】
「朝から頭のネジが緩みっぱなしね」
【もよか】
「あれれ~、蓮華ちゃんのきついお言葉にもかかわらず~、その口調からちょっとした愛を感じてしまうのは気のせいでしょうかぁ~……」
【蓮華】
「気の所為」
【もよか】
「ほんとうかな~?」
蛇のようにくねくねと、蓮華に絡みついていくもよかさん。
【蓮華】
「待て!」
【もよか】
「(ピタッ!)」
犬のように静止するもよかさん。
【舞斗】
「もよかちゃーーーんっ……!!」
またもよかさんを追ってきたのだろう。こちらへ向かって駆けてくる高瀬先生の姿が小さく見えた。
【もよか】
「おおっと時間切れ、お名残惜しいですが私はお先にドロンさせていただきますぅっ! また学園で!」
まさしく忍者のように素早く走り去るもよかさん。
【舞斗】
「ハァ、ハァ……ゼェ~~ッ、ゼェ~~ッ……も、もよかちゃ……ゲホゲホッ……!」
もよかさんに追いつけずに、僕達の前で足を止める高瀬先生。
【舞斗】
「ウェッ……ゲホォッ……ハァハァ……!」
失礼ながら、余り運動をやり慣れていない彼の様子では、朝の全力疾走は却って身体に悪そうだった。
【香恋】
「大丈夫ですか?」
【舞斗】
「あ、あはは……おはようございます……フーッ、フーッ……すみません、お見苦しいところを……フーッ……ハァ……」
サラッと髪を撫でつける高瀬先生だが、無理をしているのは明らかだった。
【舞斗】
「で、では、僕はもよかちゃんを追いかけないといけないので……し、失礼します……」
一礼し、再びよろよろと駆け出していく高瀬先生。
【皇】
「何だろうね、あれ? 毎日ああなのかな」
【香恋】
「ダイエットになりそうですね」
【蓮華】
「例の大泥棒を追いかける刑事の構図」
【舞斗】
「待ってよぉもよかちゃぁぁ~~んっ……!!!」
今日もまた、爽やかな秋の空に、高瀬先生の虚しい叫びが響き渡っていた……。
そして学園で……。
【香恋】
「では、頑張ってくださいね、深見先生」
【皇】
「今日は、期待しているよ」
【蓮華】
「ふぁいと」
【深見】
「はぁ……」
開始のベルが高らかに、二日目の僕の授業の始まりを告げるのだった……。
【深見】
「えー、僕は深見夏彦と言いまして、怪奇作家を稼業としている者で……」
【もよか】
「知ってま~すっ」
真剣な眼差しの女生徒達の前でガチガチになっている僕に、ツッコミを入れるように黄色い声援が飛んだ。
【深見】
「確かに……今日は二日目でしたね」
その声の発信源は……。
【もよか】
「(お兄ちゃんがんばーっ〈ハ〉)」
口をパクパク動かして僕に手を振るもよかさん。
そうか、此処は2年B組、またもよかさんのクラスだったんだ。
そんな事にも意識が回らないくらい、僕は余裕を無くしていたようだ。
【深見】
「こほん……」
咳払いをしてリラックスする。昨日は散々な結果だったが、皇さんの授業を参考に、今日は自分の人間性も絡めて講義するように趣向を変えてみようと思っていた。
【深見】
「ええと……こう見えて、僕は人付き合いが苦手です……」
【深見】
「否、こう見えて、じゃないですね、そのまんまコミュ障に見えるかも知れませんが、まさにその通りなんです」
生徒達からクスクス、と忍び笑いが漏れる。自虐ギャグで掴みは上手くいったようだ。
【深見】
「おまけに僕が書いているのは怪奇小説……妖怪の研究をしているなんて言うと、大概の人には引かれてしまいます」
【深見】
「でも、妖怪の中には、とても便利な能力を持っている者もいるんですよ」
【深見】
「例えば、サトリです。人の言葉を話し、人の心を察すると言います。山中で働いている人に近づいていき、『今、お前は怖いと思っただろう』と、心を言い当て、食べようとするという話があります」
【深見】
「また、天の邪鬼や山彦、[rb,狒々,ひひ]等も、人の心を察して口真似等で人をからかう妖怪とされます……」
【深見】
「言葉にしなくても、覚ってしまう……特に『空気を読む』なんていうスキルが求められる現代社会では、サトリの力を素晴らしいと思う人もいるかも知れませんね……」
思いの外、皆、集中して聞いてくれているようだ。
嬉しくなって、言葉にも力が籠もる。
【深見】
「インターネットが発達した現代では、自宅にいながら世界中の人と交流出来ます。人と人との関係も、妖怪がポピュラーだった時代とは、変わってきているのかも知れません」
【深見】
「しかし……人と人との対話、コミュニケーションが大切なのは、変らないでしょう。コミュ障の僕が言うんだから、間違いありません」
【深見】
「その時、大切なのは……やはり言葉、なのではないでしょうか」
【深見】
「サトリのように、覚ってしまえれば、楽なのかも知れません。しかし僕達は人間ですから、自分の思いを伝える為には、やはり言葉が必要です……」
【深見】
「僕は自分が作家だからかも知れませんが、言葉はとても大切だと思います。誰かに自分の気持を伝える。其れは言葉にしか出来ないんです」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「……」
【深見】
「もし悩みがあれば、誰かに相談する……気持ちを聞いて貰う……」
【深見】
「当たり前の事かも知れませんが、空気を云々する前に、自分の気持ちを、しっかり言葉で伝える、其れが今の社会に必要な気がします」
当初の意図と違って、次第に熱弁を振るってしまっていた……。
しかし、この学園の生徒達に聞いて欲しいと、僕は思ったのだ。
学園の生徒達は皆、お淑やかで、非情に真面目で……でもお互いに何処か[rb,余所余所,よそよそ]しい気がする。
何か見えない同調圧力のようなものがこの学園を覆っていて……彼女達は甘んじて其れを受け入れている……何故かそんな雰囲気を感じる。
だから、見えない空気のようなものなんて気にせずに、自分自身の意見を自由に語って欲しい……僕はそんな風に思ったのだった。
【深見】
「す、すみませんね……何だか説教臭い事言ってしまって……では、他にも面白い妖怪の話は沢山ありますので、其れを紹介していきましょう……」
【蓮華】
「……」
其れに……。
【蓮華】
「……」
未だに僕の中で明文化出来ていない蓮華への感情を……持て余している自分自身への、此れは自戒でもあったのかも知れない……。
【もよか】
「……お兄ちゃんってば、いい子ぶっちゃって」
【深見】
「ふうー……」
冷や汗ものの授業を[rb,熟,こな]し、休み時間となっていた。
【皇】
「いやぁ、さっきの講義は中々良かったよ、深見くん。妖怪と絡めるところなんか、君らしさがよく出ていたね」
【香恋】
「かっこいい写真、いっぱい撮れましたよ~」
皇さんと香恋さんが労をねぎらってくれた。
皇さんと月丘女史が労をねぎらってくれた。
【女子学生A】
「いいお話でしたわ、深見先生……」
【女子学生B】
「深見先生の御本も、是非拝読してみたいです」
授業を受けていた生徒達も、追いかけて来て僕に励ましの言葉をくれた。
【深見】
「ありがとうございます」
【蓮華】
「貴方もたまにはいいことを言うわね」
【深見】
「偶にはですか」
【蓮華】
「ええそうよ、普段の貴方ったら私の貞操を虎視眈々と狙って下ネタばかり連発する……」
【深見】
「一寸止めてくださいっ、誤解を招くじゃないですかぁっ!」
蓮華を黙らせようと、慌てて彼女の背後から両手を回し、口を塞ぐ。
【女子学生B】
「ふ、深見先生!? どうして急にその子を抱きしめたんですのっ……!?」
【深見】
「! 否、此れは……」
拙い、口を塞ぐ事に集中する余り、蓮華を抱きしめたような格好になっている事に気づかなかった……!
【女子学生A】
「(ヒソヒソ)……ちょっとアブナイ先生かもしれませんわね……」
【女子学生B】
「(ヒソヒソ)……近寄らないほうが無難かもしれませんわ……」
【深見】
「……」
勝ち得る事が出来そうだった信頼が、地に堕ちていた。
【深見】
「(ガッカリ……)」
【蓮華】
「落ち込むことないわ。普段の貴方に戻っただけじゃない」
ダメ押しされた。
【皇】
「大丈夫、僕は味方だよ深見くん。エドガーアランポーやチャップリン他、偉大な先達だって君と同じ趣味を持っていた……」
【香恋】
「ふ、深見先生には、そんな趣味などありませんっ……!!」
ぼい~~~ん……
ガバッと僕の頭を抱え込むと、有無を言わさずその巨乳に僕の顔を埋めさせる香恋さん……。
【香恋】
「ホラッ、皆さんよ~くご覧になって! 深見先生はおっぱいが大好きなんですっ! 深見先生がお好きなのは、大人の女の巨乳! 断じて幼女趣味などではありません! そこをお間違えにならぬよう!」
僕を抱きしめ力説する香恋さん。
【女子学生A】
「(ヒソヒソ)……い、いやらしいですわ、お胸に顔があんなに深く埋まって……」
【女子学生B】
「(ヒソヒソ)……ふ、不潔っ……!」
状況は悪くなる一方だった。
【蓮華】
「月丘のポンコツ……」
【皇】
「つまりオジースミスばりに守備範囲が広い、ということだね、深見くん」
妙な誤解をされてしまったが……香恋さんのおっぱいは気持ちいいので、まぁいいかと思う僕だった。
【香恋】
「えー……そろそろ次の授業の教室へ移動しましょうか……っ」
顔が引き攣っている月丘女史だった。
【もよか】
「……」
次の教室へ移動しようと廊下を歩いていると、音楽室から流れるようなピアノの旋律が聞こえてきた。
【深見】
「ほう……」
美しい楽の音に惹かれて扉から覗き込むと、高瀬先生がピアノを弾いていたのだった。
【舞斗】
「……」
感情を込めてのめり込むようにピアノを弾く高瀬先生。
魂の懊悩を鍵盤にぶつけるような、迫力のある演奏だった。
【深見】
「否、凄いですね……流石音楽教師」
【香恋】
「素晴らしいです」
音楽室の扉から覗いている僕達に気づいて演奏を止めた高瀬先生を、拍手で賛美する。
【舞斗】
「あ、あぁ……みなさん……」
【蓮華】
「ピアノ上手ね」
【舞斗】
「れ、蓮華さん……いやぁ、それほどでも」
クネクネしながら、気恥ずかしそうに頭を掻いていた。
【舞斗】
「少し時間が空くと、こうやって一人で弾いているんです……」
高瀬先生がピアノの蓋を締める。すると、やけに煩いキイーと言う音が耳を突く。
【舞斗】
「すみません、古いピアノなので、蓋の蝶番がイカれちゃってて……」
【深見】
「否、こちらこそ……折角の演奏を邪魔してしまって」
【舞斗】
「そんな……」
照れくさそうな笑顔を浮かべてはいるが、その言葉は歯切れが悪く、元気がなかった。
【皇】
「……どうかしました?」
目ざとく高瀬先生の異変に気付いた皇さんが声をかける。
【舞斗】
「あ、いえ……」
彼は言おうか言うまいか迷っているように口籠る。
【舞斗】
「あの……深見先生は、凄くもよかちゃんに気に入られていますよね……」
【深見】
「え……? 否、まぁ……そう見えるんですかね……」
一寸、度が過ぎて困っている所もあるのですが……。
【舞斗】
「深見先生は、もよかちゃんのことをどう思いますか?」
【深見】
「どう思います? って言われても……」
【蓮華】
「(じーーーーっ……)」
【香恋】
「(じーーーーっ……)」
【皇】
「(じーーーーっ……)」
一斉にジト目で見つめられた。
【深見】
「な、何なんですか!? 皆で」
【蓮華】
「別に」
【香恋】
「い、いえ……ちょっとした好奇心というか」
【皇】
「フフフ……欲望を手放すな」
【深見】
「皇さん……いい加減にして下さいよ!」
【舞斗】
「も、も、もよかちゃんに欲情しているぅぅぅぅ~~っ!?」
【深見】
「そんな事1ミリも思っていません!」
【舞斗】
「……1ミリも、とは、そんなにもよかちゃんには魅力がないと仰るのですかぁ~……シク、シクシク……」
【蓮華】
「情緒不安定みたいね」
【香恋】
「あはは……」
【深見】
「と、兎に角、高瀬先生。僕はもよかさんは、とても明るくていい子だと思っています……ただ其れだけです」
……当たり障りのない事を言って誤魔化した。
【舞斗】
「……いい子、ですよね……もよかちゃんは……」
遠くを見るように呟く高瀬先生。
……そう言えば昨日……もよかさんが、以前はよく高瀬先生のピアノを聴いていたと話してくれた。
あの時のもよかさんは、少し寂しそうな顔をしていたな……。
それは、今の高瀬先生の表情と、何処か被る所があった。
【深見】
「あの、失礼ですが、もよかさんと、何か……?」
もよかさんとの事で、何か悩みでもあるのだろうか。
【舞斗】
「僕は、彼女に嫌われているのでしょうか……」
【深見】
「……其れは」
部外者の僕の目から見ても、もよかさんと高瀬先生の関係は、従兄妹と言う割には何処かギクシャクしているように見えたが……。
しかし、もよかさんが高瀬先生をどう思っているかなんて、僕には知る由もない事だ。
【深見】
「ま、まあ……色々と多感な時期ですし……」
【蓮華】
「何を気にしているの?」
【舞斗】
「……?」
【蓮華】
「貴方がもよかを好きなら、それでいいじゃない」
蓮華が高瀬先生に正面切って言い放つ。
【舞斗】
「!」
【深見】
「……」
【舞斗】
「そ、そうかな……そうかもしれない、あ、ありがとう、蓮華さん……!」
パッと顔色が明るくなり、蓮華に優しく笑いかける高瀬先生。
【深見】
「……」
僕も蓮華の言葉に目が覚めるような思いがしていた。
そうだよな……見返りを求めない、愛には其れも必要な事だと思う。
【香恋】
「蓮華ちゃん、すごいです……その若さで、酸いも甘いも知り尽くした大人の余裕を漂わせて……かっこいいです……」
蓮華に尊敬の眼差しを送る香恋さん。
【蓮華】
「余裕ね……むしろそれがないから、自分を戒めているのかもしれない……」
小さな声でぼそっと呟き、溜息を吐く蓮華だった。
【香恋】
「蓮華ちゃん……その通りだよねぇ。諦めちゃ駄目だよね……」
月丘女史迄、希望に目を輝かせていた。
【蓮華】
「でもいい加減にしないと、往生際の悪い女は、本当にあった怖い話になるわよ」
自分で与えた希望を絶望に変える蓮華だった。
【皇】
「高瀬先生、何かあれば、我々はいつでもご相談に乗りますよ」
【舞斗】
「あ、ありがとうございます……」
弱々しく笑う高瀬先生。
僕は彼の悲痛な笑顔が気になって、何だか妙な胸騒ぎを覚えるのだった。
【奏@???】
「すみません、高瀬先生……」
その時、後ろの扉を開けて一人の女子生徒が音楽室に入ってきた。
如何にも品行方正といった印象のスラリとした美人の学生だ。左手の中指に大きな包帯を巻いているのが、やけに痛々しくて悪目立ちしていた。
【舞斗】
「あ、奏ちゃん……」
【奏】
「……」
奏ちゃんと呼ばれた生徒は、僕達を見て、其れ以上中に入るのを躊躇っているようだった。
【皇】
「その指、どうしたの?」
皇さんが即座に質問する。
【奏】
「あ、これは……ピアノの蓋で挟んでしまって……」
奏さんは包帯が巻かれた指を庇うように、怪我をしていない方の手で隠す。
【香恋】
「あの……もしかして、桜庭奏さんではありませんか?」
【奏】
「……はい」
【香恋】
「『青蜘蛛の呪い』事件の被害に遭われた方ですよね……?」
香恋さんは詰め寄るように言う。
月丘女史は詰め寄るように言う。
そうか、この生徒が……ピアノの蓋に挟まれて怪我をしたという噂の当事者だったのか……。
【皇】
「あぁ……そう言えば、学長からもらったファイルに君の名前があったね……ちょっと話を聞かせてもらっていいかな?」
【奏】
「……っ!!」
奏さんは怯えた目で僕達を見ると、救いを求めるように高瀬先生の背後に隠れる。
【舞斗】
「あ、あの……申し訳ありません……今は、奏ちゃんと二人で話をしたいのですが……」
桜庭さんを庇うように間に立つ高瀬先生。はっきりとは口に出さなかったが、僕等がいると二人の会話に差し障りがあるようだった。
【香恋】
「……じゃあ、次の機会にしましょうか」
穏やかな声で場を取り成す香恋さん。
穏やかな声で場を取り成す月丘女史。
【皇】
「そうだね、すまない……少し急かしすぎたね、また今度、話を聞かせてもらえるかな」
【奏】
「……」
【深見】
「それでは、高瀬先生、僕達はこれで失礼します」
【舞斗】
「すみません……皆さん」
高瀬先生は申し訳無さそうに、頭を下げた。
嫌がっているものを無理強いは出来ない。僕達は桜庭奏さんを残し、すごすごと音楽室を後にした。
【深見】
「……」
怯えた彼女の様子が気になって振り返ると……。
防音扉のガラス窓から、真剣な表情でメモ帳にペンを走らせている桜庭奏さんの姿が目に映った。
【舞斗】
「奏ちゃん、まだそれを……」
【奏】
「だって……怖いんですもの……っ」
【深見】
「あの二人はどういう関係なんでしょうね……」
僕達は会話しながら次の授業の教室へ足を向ける。
【皇】
「随分親しそうだったね」
【香恋】
「……桜庭奏さんは、高瀬先生が顧問をしている合唱部の部長さんですね。ピアノ演奏を担当しているようです」
香恋さんは常に持ち歩いているらしい学園の生徒名簿を確認していた。
月丘女史は常に持ち歩いているらしい学園の生徒名簿を確認していた。
【皇】
「でも、見たところ、恋人関係って感じではなさそうだ。極端に神経質な高瀬先生が、彼女が現れても、特に動揺していなかったからね」
【深見】
「流石に其れはないでしょう……」
教師と生徒の間柄で、あってはならない事だろう。其れに、あれ程もよかさんを大事にしている高瀬先生が、もよかさんと同じ年代の学生と妙な関係になる等という事も考えられない。
まぁ……一寸高瀬先生の性癖に不安な部分はあるとしても……。
【蓮華】
「……」
【深見】
「蓮華? どうかしましたか……?」
さっきから難しい顔をして黙り込んでいる蓮華が気になって、声を掛けた。
【蓮華】
「匂いがした……」
【深見】
「え?」
【蓮華】
「貴方と同じ麝香の、匂い……」
【深見】
「其れって、桜庭さんから、ですか?」
【皇】
「麝香? 蓮華くん、本当にそんな匂いした? 僕って結構、鼻が利くほうなんだけどなぁ」
蓮華の話を聞いていた皇さんが、懐疑的な声を上げる。
【蓮華】
「……」
【蓮華】
「……そうね、私の気のせいだったみたい」
あっさりと認めた割には、蓮華の表情は晴れなかった。
【香恋】
「そうですよ、蓮華ちゃん。気のせいですよ気のせい、深見先生からもそんな匂いなんて全くしませんもの。ねえ、深見先生」
【深見】
「え、ええ……」
だが……。
蓮華は不確かな事を口にするような人ではない。
もしかしたら……僕等普通の人間が感知出来ない何かを、蓮華は例の不思議な能力で感じ取ってしまったのではないか……。
蓮華の沈黙が、逆に僕を不安にさせるのだった。
…………
……
午前中の授業は終わり、漸く昼休み……。
僕達は例の如く食堂に向かった。
食堂に着くと、並んでいるテーブルの一つで、5~6人の生徒がもよかさんを囲むように歓談しているのを見つけた。
皆、もよかさんのノートを覗き込み、談笑している。
例の『びゃっこ氏』を披露しているのであろうか。
【香恋】
「もよかさん、楽しそうですね」
【深見】
「そうですね、皆の輪の中心にいて」
【蓮華】
「もしかして、もよかってリア充……」
蓮華の表情に余裕がなかった。
【もよか】
「あっ!」
食堂の奥から、もよかさんがこちらの一団を見つけ、手を振っていた。
【蓮華】
「もよかが、こっちに気付いたわ」
【深見】
「遅かれ早かれ、気付かれますよ」
【蓮華】
「はぁ……それもそうね」
【もよか】
「お兄ちゃ~ん!」
周囲の友達を気にする様子もなく席を立ち、置いてきぼりにするような形で僕達の方に走ってくるもよかさん。
すると、今迄一緒に座っていた女生徒達は所在なさげに顔を見合わせ、そそくさと蜘蛛の子を散らすように何処かへ行ってしまうのだった。
しかし、その中でも……ツインテールが特徴的な生徒だけは、ピタリと足を止め、僕の方をじっと見つめている。
【深見】
「?」
どうして僕を見ているのだろう? 全く見覚えのない子であるが……。
【蓮華】
「どうしたの?」
【深見】
「あ、あの、ツインテールの子が……」
蓮華に教えようと、僕がその子を指差した時には、彼女は既にその場からいなくなっていた。
【深見】
「……?」
今のは何だったのだろう?
否、屹度、僕を見ていた訳でも何でもない……のかも知れない。目が合ったように錯覚しただけなのだろう。
しかし、其れにしては、随分真剣な眼差しで、僕を見つめていた……。
【蓮華】
「……じゃあ私達、先に席を取っておくから。皇、月丘、行きましょう」
ぼんやりと宙を見ている僕を残して、皆空いている席に向かった。
【もよか】
「お兄ちゃん、待ってたよぉ~、一緒にご飯食べましょ!」
蓮華達と入れ違いのようにして走ってきたもよかさんは、そんな僕の腕を取ると、皆の方へグイグイと引っ張っていこうとするのだった。
【深見】
「もよかさん、さっきのお友達は……?」
あんな風に置き去りにして大丈夫なのかなと少し心配して尋ねる。
【もよか】
「いいのいいのっ、
そんなことより、今日のお兄ちゃんの授業、と~~~っても、よかったよ~! ひゃくてーーんっ!! もよかがはなまるあげちゃうっ!」
キラキラした目で感動をストレートに伝えてくれるもよかさん。
【深見】
「あ、ありがとう」
【もよか】
「どういたしましてっ!」
もよかさんは素直で優しい笑顔を浮かべている。
そんなもよかさんを見ていると、昨夜旅館に現れたもよかさんとは、どうしても同一人物とは思えないのだった。
【深見】
「あの……」
其れでもやはり……尋ねずにはいられない……。
【もよか】
「なになに~? 私に恋の告白ですかぁ~!? ふしだらなもよかですが、末長くよろしくお願いしますっ!!」
【深見】
「否、其処は不束かでしょ……そうじゃなくってですね……」
【深見】
「昨夜、もよかさん、旅館に来ましたよね……?」
【もよか】
「……」
もよかさんの笑顔が、一瞬だけ、能面のように見えた。
【もよか】
「旅館って……何言っちゃってるのかな、お兄ちゃん? 意味不明~~……」
【深見】
「昨日、入り口の所で、僕に『思い出した』かって……」
【もよか】
「行ってませんよ、わたしは」
【深見】
「行ってない……?」
……もよかさんは本当の事を言っているのか?
其れじゃ、僕が会ったのは……一体誰だったのだ……?
【もよか】
「お兄ちゃん……大丈夫ですか~?」
心配そうに僕の顔を覗き込んでくるもよかさん。
そのくりくりとした大きな瞳には、どんな僕が映っているのだろう。
愛らしいもよかさんの顔……しかし、常時微笑んでいるその表情から、彼女の真の感情を読み取ることは難しい。
僕には、もよかさんという人が全く理解出来ていないのだと、その時初めて気づいたのだった。
【舞斗】
「深見先生ーっ、もよかちゃんっ」
呼ばれて振り返ると……。
【舞斗】
「お待たせしました、お弁当、持ってきましたよ」
大きな重箱を抱えた高瀬先生が、嬉しそうに駆け寄ってくるのだった。
【もよか】
「舞斗お兄ちゃん……」
【舞斗】
「もよかちゃん。一緒にお弁当、食べようね」
【もよか】
「……お兄ちゃん、行きましょっ」
もよかさんは高瀬先生から顔を背けると、僕の手を強引に引っ張っていく。
【深見】
「ちょ、一寸……」
【もよか】
「早くみんなの所に行かないと! お~~い、みなさ~ん!」
高瀬先生を避けるように、くるりと背を向けて行ってしまう。
【深見】
「高瀬先生も、行きましょう」
僕は高瀬先生にも呼びかけるが……。
【舞斗】
「……はい」
高瀬先生は笑っていたけれど、その哀愁はどうにも隠しきれずに顔にこびりついていたのだった。
昨日に引き続き、同じメンバーでの昼食となった。
【舞斗】
「どうぞ、皆さんで召し上がってください。お口に合えばいいのですが……」
【深見】
「おおーっ……!」
昨日の約束を違えず、僕等にもお弁当を用意してきてくれた高瀬先生。
重箱に詰められたおにぎり、可愛く盛り付けられたおかずの数々、サラダ、そしてデザートに至るまで、其れは一種の芸術とも言うべき、食べてしまうには惜しい程の完璧弁当だった。
【皇】
「すごいなぁ、そして、可愛いよ……眺めているだけで幸せな気分になれるね」
【香恋】
「私、作っていただくお約束していないのですが、私までいただいちゃってもよろしいのでしょうか?」
【舞斗】
「ええ、勿論。皆で一緒に食べられるように、今日はお重で持ってきましたから」
【蓮華】
「高瀬、ありがとう」
高瀬先生に美猫のように微笑みかける蓮華。
【舞斗】
「くふうっ……蓮華さんにお礼を言われたっ……それだけですべての努力が報われるっ……この高瀬舞斗、我がお弁当生涯に一片の悔いなしっ……!」
またもやクネクネしている高瀬先生であった。
【舞斗】
「ああそうだ……もよかちゃん、悪いんだけど今日は纏めて作っちゃったから、もよカスタム弁当はないんだ……だから皆と一緒に食べてくれるかな?」
申し訳無さそうに、もよかさんに語りかけた。
【もよか】
「そんなのは別に、いいけどぉ」
【舞斗】
「はぁ、良かった」
ホッとして微笑む高瀬先生。
【もよか】
「……でも」
【舞斗】
「?」
【もよか】
「こんなに種類あるのに、おいなりさん、入ってないんだね……」
【舞斗】
「もよかちゃん、ごめんね……冷蔵庫の油揚げ、切らしてたの忘れちゃってて……で、でもその代わり、びゃっこ氏おにぎりあるから……」
【もよか】
「ふ~ん……」
お弁当で盛り上がる和気藹々とした空気の中、もよかさんだけは何とも知れず冷めた表情をしていた。
【皇】
「食べるのがもったいないけど、いただきます」
【皇】
「パクッ、モグモグ、う~ん……旨い」
【香恋】
「それでは、遠慮なく」
【香恋】
「……はぅ~、この鶏肉お出汁が滲みてて、上品なお味です」
皆、高瀬先生が用意してくれた紙のお皿に各々好きなものを取り分け、感心しながら食べていた。
【深見】
「良かったですね、蓮華。此れなら、心置きなくいっぱい食べられますね」
【蓮華】
「ええ、とっても美味しい、いい仕事しているわね、高瀬」
【舞斗】
「あ、有難き幸せぇ!!」
顔が崩れていた……。
【深見】
「もぐ……」
僕もびゃっこ氏をモチーフにしたおにぎりをいただく。
【深見】
「……」
びゃっこ氏のおにぎりを見ていると、僕の頭の中に、何か不確かなものが浮かんでは消えてゆく……。
そうか……此れも狐だったな、とふと思う……。
狐……。
何かが引っ掛かる。
狐について、思い出せそうで思い出せない何かが、僕の頭の中で着実に腫瘍のように育っているのだ……。
そうか……此れも狐だったな、とふと思う……。
露天風呂で感じた視線……もしやあれも狐のものだったのだろうか……? そんな有り得ない妄想に取り憑かれる。
本当に有り得ない事だろうか?
古くから狐は人を化かすと言われている……昔話も沢山残っている……火の無い所に煙は立たぬ、中には真実の話もあるのではないだろうか?
なら、昨夜のもよかさんも狐が化けた姿……?
……否、真逆そんな……。
想像が飛躍し過ぎた事に気づき、冷静になる。
兎に角……こちらに来てから狐ばかりで、周囲を狐に取り囲まれたように感じ、何だか目眩のような感覚を覚える。
狐……其れの一体何がそんなに引っ掛かるのだろう?
狐について、思い出せそうで思い出せない何かが、僕の頭の中で着実に腫瘍のように育っているのだ……。

【香恋】
「どうしたんですか、深見先生? ぼーっとして……」
【深見】
「あ、あぁ……」
月丘女史に話しかけられ、現実に引き戻された。
【深見】
「最近どうも夢見が悪くて、一寸寝不足なのかも知れませんね……」
月丘女史にどう話していいものか分からず、僕は頭を掻きながらそんな言い訳をした。
【香恋】
「そう言えば、朝もそんな事おっしゃってましたね……では」
月丘女史は身を乗り出し、ぐっと僕の手を握ってくる。
【深見】
「ふぇっ?」
【香恋】
「私、夜ぐっすり眠れるツボを知っているんですよ……
んっ、んっ……」
色っぽい吐息を漏らしながら、僕の手を揉んでくる月丘女史。
【香恋】
「ここをこうしたらぁ……先生……きもち、いいですかぁ……?」
月丘女史の柔らかい指が、僕の手を包み込み……押したり擦ったりしている……。
【香恋】
「はぁ……深見先生の手ぇ……とっても硬くって……凝ってらっしゃってぇ……はぁ……〈ハ〉」
【香恋】
「いい、ですかぁ? 深見先生っ……はぁんっ……私、深見先生の、かたいのぉ……きもちよく、できてますかぁ……?」
【蓮華】
「公然猥褻」
蓮華が僕の手をサッと月丘女史から奪い取る。
【香恋】
「わ、猥褻なんてあんまりですっ、表現の自由を主張します」
【蓮華】
「公序良俗に反する行為として、裁量権を行使するわ」
月丘女史の言い分を言下に否定する蓮華だった。
【もよか】
「3人で何楽しそうにしてるんですかぁ~、私もお仲間に入れてくださ~い」
今度はもよかさんに素早く手を取られた。
【蓮華】
「もよかまで!?」
【もよか】
「違いますよ~、私はお兄ちゃんの手相を見て、よく眠れるようにアドバイスしてあげるだけですっ、ふーむふむ……」
なでなでっ……
僕の手のひらを撫で回すもよかさん。
【深見】
「く、くすぐったい……」
【もよか】
「こんなのがくすぐったいんですかぁ~……お兄ちゃんってぇ、感じやすい体質なんですかねぇ……?」
指先で手相の線に沿ってくすぐってくるもよかさん。
【深見】
「ううっ……」
【もよか】
「ピクピクしちゃってぇ、敏感なんですね~~……うふっ、か~わいい~、もっともっといたずらしたくなっちゃうなぁ~!」
【深見】
「あ、あひゃひゃひゃ……」
だらしない笑顔を見せてしまった。
【舞斗】
「も、もよかちゃんっ……!? い、いけないよっ男女七歳にして席を同じゅうせずっ、ましてや、て、手を握るなんてっ……!」
【蓮華】
「(むーっ……)」
高瀬先生と蓮華に睨まれていた。
【蓮華】
「そんなに笑いたいなら、私が笑わせてあげる……」
悪戯っぽく笑う蓮華。
【蓮華】
「こちょこちょこちょ……」
【深見】
「あ、あはははっ……あはははっ……ヒーーッ……!!」
蓮華に脇の下をくすぐられ悶える僕であった。
【皇】
「で? 結局手相はどうなったの?」
意に反してハシャいでしまった僕を、冷めた目で見つめる皇さん。
【もよか】
「そうでしたそうでした、ウッカリ忘れてましたぁ~、もよかってば、ダメな子ですね~☆」
ペロっと舌を出し、自分で自分の頭をコツンと小突くもよかさん。
【蓮華】
「私が永遠に忘れさせてあげる」
【香恋】
「蓮華ちゃん、ここは我慢ですっ……」
【舞斗】
「かわいいなぁもよかちゃんは、男心を惑わせる妖精さんみたいだぁ……」
親馬鹿が過ぎた。
【もよか】
「どれどれ~~……お兄ちゃんの手相はとっても健康的な手相ですよぉ……仕事線は大器晩成型……恋愛線は……」
野次馬を気にもせずに、マイペースを貫くもよかさん。
【もよか】
「すっごく女の子にモテモテの線です!」
【蓮華】
「モテモテ……」
【香恋】
「やっぱりそうなんですねっ、競争率が高いとは思ってましたが……でも私は就職倍率500倍の難関を乗り越えた女っ、諦めませんっ……」
【皇】
「僕を差し置いてモテモテで良かったね、深見くん」
【舞斗】
「……深見先生は勝ち組だったのですね……いい友人になれるような気がしていたのですが」
【深見】
「あははは……」
普段余り浴びる事のない脚光を浴びて、却って針の筵の僕だった。
【もよか】
「ただ、気になることがひとつ……
生命線が、二股に分かれちゃってるんですよね~……これはどういう意味なのかな? かな?」
もよかさんは首を傾げていた。
【蓮華】
「貴方、本当に手相なんて分かるの?」
【もよか】
「あれあれ~? 蓮華ちゃん、私のこと疑っちゃってるのかな? イケナイ子ですねぇ~? でも私は優しい心の持ち主ですから、蓮華ちゃんの手相も見てあげちゃいますよ?」
蓮華の手を取ろうとするもよかさん。
【蓮華】
「やめて」
蓮華はその手を払うように跳ね退けた。
【もよか】
「……どうしたの蓮華ちゃん? 何か見られて困るものでもぉ~?」
もよかさんは挑むように蓮華に詰め寄る。
【蓮華】
「……運命は予め定められているのに、手相なんか、何の意味もないわ」
蓮華はもよかさんから目を逸らし、少し憂いを帯びた表情で言うのだった。
【もよか】
「……」
もよかさんは、一瞬不意打ちを食らったかのように黙り込むが……。
【もよか】
「蓮華ちゃんが運命論者だとは思いませんでしたぁ」
すぐにニッコリと微笑んだ。
【もよか】
「占いって、予め決められている運命に従えっていうものではないんですよ。これから何が起きるか教えてくれて、悪い運命にどう対処すればいいか、考える指針を与えてくれるものなんです」
【もよか】
「だから学園の生徒さん達も、皆私の占いに頼ってくるんですよ。皆、自分の人生を良い方向に変えたいって必死なんです。だから何かにすがりたい……」
【蓮華】
「それは何かに依存したいだけ」
【もよか】
「それがいけませんか?」
蓮華ともよかさんの間に、ピリピリとした緊張感が走った。
【もよか】
「そ……」
【蓮華】
「そ……?」
【もよか】
「そんなときには、
コックリさ~~んっっ!!」
突然もよかさんが大声を張り上げ、二人の間の緊張感は破られた。
【もよか】
「あなたの不安も悩みもコックリさんに聞けば全て解決ぅ! こ~んなに晴れやかな気分になっちゃうぞっ……コンコーン☆」
その場で立ち上がるとくるりと一回転して、狐のようなポーズを取るもよかさん。
【舞斗】
「か、かわいいっ、かわいいよっ、もよかちゃ~~んっ!!」
高瀬先生が一人で喜んでいる。
【もよか】
「蓮華ちゃんも、何かお悩みがあるんですねっ? かわいそうに、何がそのちっちゃな胸を悩ませているのか知りませんが、コックリさんに相談してみてはいかがですかぁ?」
【蓮華】
「ちっちゃな胸は余計……」
蓮華は毒気を抜かれたように苦笑いを浮かべていた。
【蓮華】
「ところでコックリさんて何?」
【もよか】
「ズコーーっ!」
コケるフリをするもよかさん。
【深見】
「ま、まあ昭和レトロな遊びですし、蓮華が知らないのも無理ないですよ」
【蓮華】
「上から目線は嫌い」
【深見】
「そう言わずに、聞いて下さい」
蓮華をなだめすかすように説明する。
【深見】
「コックリさんとは西洋のテーブルターニングに起源を持つ占いの一種なのですが……」
【深見】
「まず『はい』『いいえ』『鳥居』『男』『女』、そして0~9までの数字と五十音表を記入した紙を置き、その紙の上に硬貨を置きます」
【深見】
「参加者全員が硬貨の上に人差し指を添え、質問したい事をコックリさんに尋ねると、指が勝手に動くといいます」
【香恋】
「そうそう、私も学生の頃やったことがあります。コックリさんが何でも答えを教えてくれるんですよね」
【もよか】
「コックリさんなら手相なんかよりドチャクソ凄いですよおっ、何でも教えてくれますから〈ハ〉 今学園で、と~っても流行っているんですよ~!」
【もよか】
「蓮華ちゃんも、やってみたいでしょ?」
【蓮華】
「……」
【深見】
「コックリさん、流行っているんですかぁ……」
現代っ子はその存在すら知らない人も多いのかと思っていたが、こうした古い風習が脈々と受け継がれているのを目の当たりにすると、とても興味深く、オカルト研究者としての血が騒ぐのであった。
しかし、びゃっこ氏といい、コックリさんといい……此処では、[rb,余所,よそ]の学園には見られないような変わったものが流行している……。
其れは、この讃咲良学園が閉鎖された環境だからではないか、そんな考えが頭をよぎる。
純粋培養されたような汚れを知らない彼女達……。
だからこそ『青蜘蛛の呪い』に対して、生徒達はより過敏に反応したのではないだろうか……。
【もよか】
「私とお兄ちゃんの相性も聞いてみましょっ」
僕の取り留めのない思考を、もよかさんの明るい声が遮る。
【香恋】
「年増のくせに張り合うなよと思われるかも知れませんが、私もコックリさんにお聞きしたい。私だって女子の端くれ、藁にもすがりたいお年頃……」
【蓮華】
「月丘、心の声は口に出さないほうがいいわ」
【深見】
「あ、はは……」
【皇】
「本当にそんな非科学的なこと信じてるのかい?」
一人ノリの悪い皇さんだった。
【もよか】
「信じるも何も、コックリさんは実在しますよぉ~」
【舞斗】
「もよかちゃんはこう見えて霊感があるのですよ。おまじないや占いも当たると学園中で評判なんです。いや、こんなに可愛くて魅力的なのに霊感なんてニッチな特性まであるなんてもう天は二物も三物も」
【もよか】
「もー、舞斗お兄ちゃん、そういうのやめてってば~……」
もよかさんを庇う高瀬先生だが、もよかさんは苦笑いだった。
【皇】
「じゃあ、今日の放課後、確かめてみようか。コックリさんは本当にいるのか……」
【もよか】
「ええ、望むところです~」
こうして……急遽成り行きで、今日の放課後は『コックリさん』の実施というスケジュールが組まれる事になったのだった。
【深見】
「コックリさんか……」
友達がいない僕は、かつて部屋で一人チャレンジしてみたけれど、10円玉がピクリとも動かなかったというほろ苦い思い出がある……。
僕も、この年にして仲間と共にコックリさんを謳歌出来るとは……駄菓子を箱買いする大人の喜びに似た感動を味わっていた。
【深見】
「心ときめくイベントですねっ」
意欲満点に、参加を表明する。
【蓮華】
「子供ね……そんなことで興奮するなんて……」
【蓮華】
「へんたい……」
蓮華に耳元で囁かれた。
【深見】
「(ゾクゾクッ……)」
違う意味で興奮してしまいそうで怖い。
【香恋】
「少年の心を失わない男性って素敵ですよ」
【蓮華】
「月丘、貴方男運悪いって言われるでしょ?」
【香恋】
「そうなんですよ、どうしてででしょう? 私、男性を見る目はあると自負しているのですが……」
首を傾げる月丘女史だった。
昼休み終了のチャイムが鳴り、食事を終えた生徒達が教室へ戻っていく。
僕達も廊下へ出ると、数人の女子学生がもよかさんに声を掛けてきた。
【女子学生C】
「あっ、もよかさんごきげんよう。また例のおまじないお願いしますね」
【女子学生D】
「ごきげんよう、今日は私にもお願いします!」
【もよか】
「いいですよぉ……」
【もよか】
「おいなりアラモードデコレーション! レッツラまぜまぜ! キラキラ☆びゃっこ氏メイクアッーープ!」
【もよか】
「愛を無くした悲しいお嬢さん、トキメキを取り戻しなさいっ! びゃっこ氏ミラクルっ、アメージングMYスター! 震える心にAED、昇天フィナーレ!」
キュピ~ンッ☆と電子音が聞こえてきそうな、アニメの魔法少女のような可愛らしいポーズを決めるもよかさん。
【女子学生C】
「もよかさんのびゃっこ氏パワー頂きました」
【女子学生D】
「素敵ですわ……」
もよかさんにおまじないをしてもらって、その気を浴びるように両手を広げる女子学生達……。
【蓮華】
「何かしら、この小芝居……」
【深見】
「さあ……」
【舞斗】
「ヒューヒュー、もよかちゃ~~んっ、かっこいいーーっ!!」
高瀬先生だけが、推しを応援するトップオタのようだった。
【女子学生C】
「これでまた今日から頑張れます」
【女子学生D】
「ありがとうございます、もよかさんっ」
【もよか】
「はぁい、喜んで。悩みがあったらいつでも相談してくださいね~」
お礼を言いながら去っていく女子学生達だった。
【深見】
「人気者なのですねぇ」
【もよか】
「あはっ、大したことないです、びゃっこ氏の生みの親ってだけ、ただそれだけですよ……」
そっけない返事をするもよかさん。
【蓮華】
「貴方、あんまり嬉しくないの?」
【もよか】
「な、何を言ってるのかな~? 嬉しいに決まってるじゃないですかぁ、びゃっこ氏がどんどん有名になっているのですから~」
【蓮華】
「ならいいのだけれど」
彼女の人気は本物のようだが、当のもよかさんは何処か冷めている。
……蓮華も其れに気づいたのか、もよかさんをじっと見つめていた。
【もよか】
「どおしたんですか蓮華ちゃんっ、私に熱い視線なんか向けちゃって~!?」
【蓮華】
「ち、ちがっ……」
【もよか】
「いーえ違いませんっ、熱い眼差しで、私を求めていたじゃないですかっ……ふふっ、分かっていますよ蓮華ちゃん、あなたはもよか式おっぱいマッサージを求めているんですねぇ……」
もよかさんが両手をニキニキしながら蓮華に近づいていく。
【蓮華】
「そ、それだけはやめて……」
蓮華が両胸を抑えながら、首をふるふる振っていた。
【もよか】
「大丈夫ですよぉ蓮華ちゃん、痛くしませんから〈ハ〉 ふひひひひひ……」
【蓮華】
「ふぇぇぇっ……」
【皇】
「あ、さっきの……」
もよかさんと蓮華の寸劇等まるで興味のない皇さんが、誰かを見つける。
【皇】
「おーい、桜庭奏くん」
午前中に音楽室で高瀬先生と話し込んでいた桜庭奏さんだった。食事を終えて友達と教室に戻ろうとしていた彼女を捕まえる。
【皇】
「少し話しを聞かせてもらっていいかな?」
【奏】
「ひっ……!」
皇さんに話しかけられ、振り返って僕達の顔ぶれを見ると、桜庭さんは小さな悲鳴を上げた。
【皇】
「?」
【奏】
「……っ」
皇さんから顔を背け、両腕を擦るようにする桜庭さん。
【皇】
「どうしたの? 震えているようだけど……」
【奏】
「す、すみません、私……っ」
桜庭さんは奇妙に引き攣った顔つきの儘、何も言わずに友達と一緒に立ち去ってしまった。
【皇】
「何、今の……?」
【深見】
「さあ……」
彼女の不自然な去り方に、僕も首を傾げる。
【皇】
「彼女、怯えていたね……。僕の顔、怖かった?」
【深見】
「嫌味なぐらいのイケメンですね」
【皇】
「だよねえ」
懐から手鏡を取り出し、自分の顔面偏差値を確かめる皇さんだった。
【深見】
「(チラ……)」
僕は気になって高瀬先生に目を遣るが……。
【舞斗】
「……」
音楽室では彼女と親しげに話していた高瀬先生だが、今は気まずそうに沈黙しているのみだ。
【深見】
「……」
僕は、立ち去る間際の彼女の表情が気になっていた。
僕等を振り返り、桜庭さんの表情が確かに一変した……彼女にとって余程怖いものでもあったのだろうか……。
考え過ぎかなと思いながらも……違和感が澱のように胸の奥にわだかまっていくのを感じる僕なのだった。
そして放課後……。
僕達は、約束通りもよかさんが待つ二年B組の教室へ赴いた。
教室ではもよかさんが一人で待っていた。
もよかさんに、こっちこっちと呼ばれて、彼女の席を取り囲むようにして、皆着席する。
コックリさんの始まりであった。
もよかさんが[rb,徐,おもむろ]に机の上に一枚の紙を乗せる。
新しい紙ではない。意外と使い込まれていて、折り目や鉛筆の滲み等が在る。
其れだけ、彼女がコックリさんをやり慣れているという事なのだろう。
【香恋】
「わあ、可愛いイラストですね」
紙の隅に描かれたびゃっこ氏のイラストを見て、反応する月丘女史。
【香恋】
「これ、もよかさんが描かれたんですか?」
【もよか】
「そうなのですよ~、えっへん」
【皇】
「随分皆に人気らしいね」
【もよか】
「まだまだですよ~。もっともーっと広まってくれると嬉しいのですけれど。心を込めて創作したびゃっこ氏ですからね~」
【香恋】
「落書きは拝見していましたが、これが本家のびゃっこ氏なんですね~、私もご利益にあずかりたいです!」
ご利益……と月丘女史は言うが、コックリさんは本来恐ろしいものである。
降霊術の一種であるコックリさんは、付近の低級霊や動物霊を呼び出すと言われており、コックリさんに取り憑かれたり、呪われたりという噂も、昭和の時代には沢山あった。
……現在では殆ど廃れているし、コックリさんの信憑性自体も、疑わしいものが在るのは確かなので、其程怖気づく必要もないとは思うのだが……。
【深見】
「あれ……?」
コックリさん、とは確か漢字では『狐狗狸』さん、と書く……。其れはキツネ、イヌ、タヌキの事だ。
此処でも狐が……?
否、偶然なのだろうが……。
【もよか】
「ではでは~、早速始めちゃいましょうかっ。参加するひとこの指とまれ~~っ?」
僕の考え等他所に、もよかさんは慣れた感じでテキパキと進行する。
【香恋】
「私も参加したいです」
【蓮華】
「私もやるわ」
【深見】
「僕もやります」
【皇】
「僕は、高みの見物をさせてもらうよ」
オカルトに懐疑的な皇さんを除く全員が、コックリさんに参加する事になった。
【もよか】
「そこのイケメンのお兄さんは不参加ですか? ノリが悪いな~、でもまぁ、信じる心がない人が入ると上手くいかない時もありますからね~……とりあえず、始めましょ~!」
ルールを熟知しているらしいもよかさんが、場を仕切る。
皆黙ってもよかさんの声を聞いている。微かな木の匂いがする教室のひんやりした空気に包まれ、少しばかり緊張した皆の精神状態が僕にも伝わってくるようだ。
【もよか】
「コックリさん、コックリさん、どうぞおいで下さい。おいでになられましたら『はい』へお進み下さいー!」
【深見】
「おお!」
10円玉の上に乗せられていた全員の指が、スッと『はい』へと進んだ。
【香恋】
「きゃっ、動きました……!」
【深見】
「動いてる、本当に動いてる」
僕一人では微動だにしなかった、過去の苦い体験が嘘のように、軽やかに10円玉は進んでいった。
【蓮華】
「……へえー」
【もよか】
「ほらぁ~、コックリさんはちゃ~~んとここにいるんですよーだ」
【皇】
「……」
皇さんは、特に動揺する事もなく冷静に、全員の所作を見ているようだった。
【もよか】
「来ていただいて、ありがとうございま~す。じゃあじゃあ早速ですが、質問に答えていただけますか?」
ククッ……
またしても見えない力で引っ張られるかのように、10円玉が動く。
『はい』の文字の上で止まる。
誰かが動かしているのか、其れとも……?
本当に、コックリさんが現れたのだろうか。
【もよか】
「……コホン、コックリさんがいらっしゃいましたので、誰か、聞いてみたいことはありますか?」
10円玉が動いた事に蓮華や月丘女史は多少動揺していたが、慣れているもよかさんは淡々と儀式を進行していくのだった。
【皇】
「明日の天気は?」
皇さんが横から質問してきた。
すかさず10円玉は紙の上を滑るように動く。五十音の『は』と『れ』の上で止まった。
【皇】
「ふ~ん……でも、晴れくらいは誰にでも予想できそうだね……」
【もよか】
「お兄さん、横からの質問は厳禁ですよぉ。コックリさんも怒っておられます」
10円玉が動き出して、『はい』で止まった。
【深見】
「……」
【もよか】
「ほらぁ、コックリさんもお怒りです」
【皇】
「はははは……ゴメンゴメン、今後は黙っておくよ」
【もよか】
「コックリさんをあんまり怒らせるとぉ、呪われちゃいますよ~」
【香恋】
「ちょ、ちょっと怖いこと言わないでくださいよ、もよかさん……」
本気で怯える月丘女史。
【もよか】
「大丈夫ですよ、ちゃんとルールを守れば呪われません。……あ、そうだ、蓮華ちゃん、コックリさんにお悩み相談してみたらどうですか~?」
【蓮華】
「……」
もよかさんに促され、蓮華は考え込むような様子を見せたが……。
【蓮華】
「私はいいわ」
すぐに素っ気なくそう答えていた。
【深見】
「……」
蓮華はどうしたんだろう……?
手相の時にもよかさんと言い合ってから、少し元気がないように見えた。
【蓮華】
「……それより、何か私達に関係があることを質問してみない?」
【香恋】
「あ、そうですねー、何がいいかしら……」
【もよか】
「じゃあじゃあ~……お兄ちゃんのことを教えてもらう予定だったのでぇ……」
【もよか】
「お兄ちゃんの好きな人は誰ですかっ?」
爆弾発言だった。
【蓮華】
「!」
【香恋】
「!」
【深見】
「ぼ、僕の……?」
【もよか】
「うふふ……コックリさん、お願いします~〈ハ〉」
もよかさんは、僕に思わせぶりな視線を送る。
【深見】
「……」
戸惑っている間にも、10円玉は動き始める……。
コックリさんは、どんな答えを導き出すというのだろう……?
僕が、好きな人は……。
【蓮華】
「くっ……!」
【香恋】
「んっ……!」
【もよか】
「はぁっ……!」
10円玉は、先程までのスムーズな動きとは異なり、プルプルと紙の中心辺りで揺れていた。
【蓮華】
「(れんげ、れ、れ、れ……!!)」
【香恋】
「(かれん、か、か、か……!!)」
【もよか】
「(もよか、も、も、も……!!)」
何故か、僕以外の3人の顔が紅潮しているように見える。
【皇】
「おかしいね、一つの質問にこんなに時間がかかるなんて……おまけに10円玉が殆ど動いていない……」
【蓮華】
「こ、このままでは埒が明かないわね!」
【香恋】
「譲れないっ……これだけは、譲れませんから……!」
【もよか】
「こ、コックリさんの言うことは絶対ですからねぇ!!」
【深見】
「……」
平静な僕を他所に、女性3人は歯を食い縛りながら、額に汗している……最早、コックリさんではなく、女の戦いのようであった……。
【皇】
「もういいよ……質問変えたら?」
皇さんは完全に飽きてしまっていた。
【深見】
「そ、そうですよ……ハハハハ」
【香恋】
「はぁ、はぁ……しょうがありませんね」
【蓮華】
「はぁ、ふぅ……痛み分けね」
【もよか】
「ひぃ、ふぅ……始めから、核心に迫りすぎましたねぇ」
女性陣が肩で息をしていた。
【皇】
「深見くんが質問してみたら?」
【香恋】
「そうですね、それがいいです」
【蓮華】
「任せるわ……」
【もよか】
「お兄ちゃん、よろしくお願いします」
【深見】
「ええと……」
何を聞けばいいだろう? 事前に何か質問する事を考えておけばよかった。
……あ、そうだ。もよかさんに手相を見てもらった時、生命線が二股になっているとか言われたっけ……。
【深見】
「じゃあ……僕の今後の運勢でも……」
特に気にしている訳ではないが、他に思いつく事もないので、そう聞いてみた。
【皇】
「また、ざっくりすぎるなぁ……」
【もよか】
「外野は黙ってて下さぃ!」
もよかさんが仕切るように一喝する。皇さんはやれやれとばかりに肩を竦めていた。
【もよか】
「コックリさんコックリさん、お兄ちゃんの今後の運勢を教えてください~」
すすっ……
10円玉はナチュラルに紙の上を滑ってゆき……。
『し』の上に止まった。
【深見】
「し?」
【蓮華】
「し……」
【もよか】
「き、きっとまだ続きがあるんですよ!」
【香恋】
「し……あわせ、ですよ、きっと」
しかし、10円玉はピタリと止まったまま、動こうとはしない。
【深見】
「……おかしいですね」
一寸不安になる。
【皇】
「ねえ、それまだ終わんないのかな? もしかしてもう結果出てんるんじゃないの」
他人事のように言う。
……と、いう事は……。
此れが僕の……運勢?
……し?
【深見】
「……あ、あはは……し……って、真逆『死』……とか?」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「……」
【香恋】
「……」
失言だった……皆を凍りつかせてしまった……。
【蓮華】
「し……わ……年を取れば誰だって、皺くらいできるわ」
【香恋】
「し……み……年を取れば誰だってシミくらい……」
【もよか】
「た……るみ……年を取れば誰だってたるみますよね~」
一人違うのがいた……。
三人がグイグイ指を動かしてくれて、皺、シミ、たるみの老後を約束してくれた。
【深見】
「あ、ありがとう……」
【皇】
「別に気にする必要ないと思うけど、人は皆いつかは死ぬんだし」
【蓮華】
「!!」
【香恋】
「!!」
【もよか】
「!!」
【もよか】
「きょ、今日はコックリさん、調子悪かったみたいですからぁ、そろそろ、お片付けしましょっか~」
【蓮華】
「(コクコク)」
【香恋】
「そうですね、それがいいです~……」
そそくさとコックリさんを終了させる女性陣。
折角、皆でコックリさんが出来る喜びを味わいたかったのに……中途半端な結果になってしまい、残念に思う。
【深見】
「……」
『し』か……。
……皇さんじゃないけれど、人は皆何時か死ぬ……其れは分かっているけれど、其れが何時なのかは重要な事だ。
僕はまだ死にたくない……。
やり残した事がある儘では。
コックリさんを終えた僕達は、帰り支度をして昇降口へ向かう。
廊下を歩いていると、微かにピアノの演奏が聞こえてきた。
【深見】
「誰か音楽室で、ピアノを弾いているようですね」
【もよか】
「どうせまた、舞斗お兄ちゃんでしょ~。ピアノを弾き始めると周りのことなんて一切頭に入ってこないんだからぁ~」
……昨日のもよかさんは、高瀬先生の事を聞いても、まるで興味を示さなかったのに……。
でも、やっぱり従兄妹同士……口には出さないが、心の何処かで高瀬先生を気にしているんだな、と思って少し安心した。
【皇】
「放課後は毎日演奏してるの?」
【もよか】
「そうですね、演奏してない時は、だいたい私のストーカーしてますよ……」
【皇】
「ふうん……でも午前中の演奏と違って、随分簡単な曲を弾いてるんだねぇ……」
【もよか】
「どうでもいいです、興味ないからぁ~……」
安心したのも束の間、白けたような返事をするもよかさんだった。
【香恋】
「では、私はこれからアポがありますので……」
昇降口で月丘女史と別れる。
【深見】
「あぁ、不登園の生徒に会うって、昨日仰ってましたね」
【もよか】
「……」
【蓮華】
「いってらっしゃい、月丘」
【香恋】
「いってきまぁすっ……蓮華ちゃわわわわぁんっ……〈ハ〉」
【蓮華】
「むぐぐっ……も、もう、早くいきなさいよっ……」
【香恋】
「はぁいっ〈ハ〉 それでは皆さん、また夕食の時に」
蓮華のハグで癒やされた月丘女史は、元気に去っていった。
【もよか】
「……巨乳のお姉さん、誰と会うのか言ってました?」
【皇】
「彼女が誰と会うか気になるの?」
【もよか】
「いえ、別に……今更って感じで……」
【深見】
「……」
僕達も今日は此れから、皇さんを神社に案内する任があった。
太陽の位置からして日没にはまだ時間がありそうだが、前回は神社に辿り着く迄小一時間掛かった事を考えると、すぐにでも出発した方が良さそうだ。
【もよか】
「皆さんこれからどこか行かれるんです? 私もぜひご一緒させてくださいっ!!」
下駄箱を出てからも僕達についてくるもよかさん。
【深見】
「え、でも高瀬先生を待っていなくていいんですか?」
【もよか】
「いいんですっ、私はお兄ちゃんと一緒に行きたいんですっ!」
【皇】
「君がそう言ってくれるのを待ってたよ、もよかくん……」
皇さんはすかさず前に出ると、もよかさんの前に立ち塞がる。
【もよか】
「はあ……?」
【皇】
「今日これから僕達は神社に行くんだけど、もよかくんも一緒に行ってくれるね?」
【もよか】
「これから神社に……ですか」
……そうか、皇さんは昨日から、巫女であるもよかさんに神社について尋ねたがっていた。
終始つまらなそうにしながらも、コックリさんに付き合っていたのは、後でもよかさんを神社に誘うという思惑があったからなのだ。
【皇】
「昨日行こうと思ってたんだけど、見つけられなくてね。深見くんに案内してもらおうと考えていたんだが、もよかくんが案内してくれたほうが嬉しいなぁ、なんて思っているんだけど……駄目かな?」
【もよか】
「……どうして私が?」
【皇】
「いやぁ、昨日今日と僕達は随分親睦を深めたじゃないか、友人として、頼みを聞いてもらいたいだけだよ」
【もよか】
「友人ねぇ~……じゃあ、お兄ちゃんと皇お兄さんはお友達ですか?」
いきなり友達かと聞かれて、ドキリとする。
僕は今迄、友達と呼べる人がいなかった……皇さんは僕の事をどう思っているのだろうか?
【深見】
「え……まあ、僕はそのつもり……」
【皇】
「友達だよ」
【深見】
「!」
僕が回答する前に間髪入れず、皇さんが友達だと言ってくれた事が嬉しかった。
【もよか】
「じゃあ、蓮華ちゃんとお兄ちゃんは……知り合い」
【蓮華】
「違うでしょ、そこは友達でしょ!」
【深見】
「(ガーーン……)」
思わぬ所で、蓮華に友達認定されてしまった事にショックを受ける。
落ち込んでる僕を見て、慌てて蓮華がフォローする。
【蓮華】
「え、ち……違ったわ、私達は、こいっ……」
何かを言い掛け、顔を真っ赤に染めて押し黙る蓮華。
【もよか】
「こい……何ですぅ?」
もよかさんがネットリした視線で蓮華を見る。
【皇】
「深見くん、蓮華くん、やっぱり君たちは、付き合っていたんだね。そうならそうと早く言ってくれたまえよ。祝福したのに」
【蓮華/深見】
「付き合ってません!」
呑気に言う皇さんに、恥ずかしさの余り、二人揃って否定した。
【蓮華】
「こ、濃い友達……所謂、濃い友よ」
【もよか】
「……なんか、男臭い感じしますね。友達以上恋人未満の、恋友なら分かるんですが~、まあ、いいでしょう」
【蓮華】
「友達だったら、何?」
【もよか】
「友達だったらぁ~、お夕食とか、招待し合ったりしますよね~?」
【深見】
「そういう事もあるのかなぁ……」
経験がないので分からないが、ドラマや映画ではディナーだパーティーだと親睦を深めているような気がする。
【もよか】
「じゃあ、もよかと、皇お兄さん、お兄ちゃんに、蓮華ちゃん、そして、巨乳のぉ……」
【蓮華】
「月丘」
【もよか】
「月丘お姉さんは、みーんなお友達ですねぇ~~! って、お兄ちゃん、そうですよねぇ?」
【深見】
「ま、まあ、そうなるね……」
【もよか】
「じゃあじゃあっ、私を今日のお夕食に、ご招待して下さい~!」
【深見】
「ええと、其れは……」
僕は答えに詰まる。そもそも僕等は旅館に泊まっている身だから、旅館の方に確認を取らないと返答のしようがないのだ。
【皇】
「いいよ、喜んで招待するよ」
しかし皇さんは即答していた。
【深見】
「皇さん、大丈夫ですか? 安請け合いして」
【皇】
「ドーンと任せとけって、月丘くんも言ってたろう。大丈夫だよ」
緻密な計算に基づいて行動しているのか其れとも行き当りばったりなのか、よく分からない人だった。
まあ、旅館はサービス業だから、急な対応には慣れているだろう……。
【もよか】
「ほんとですかー? ありがとうございますーっ! じゃあじゃあもよかもお友達として、これから皆さんを神社までご案内しちゃいますーっ!」
【皇】
「うん、よろしくね、もよかくん」
【もよか】
「本当はあんまり案内したくないんですケド……しょうがないですね~」
何やら小声で呟くもよかさん。
【皇】
「何か言った?」
【もよか】
「いいえっ、じゃ、行きましょっか!」
【深見】
「……」
其れにしてももよかさんは、どうして突然夕食に招待してくれなんて言い出したのだろう……?
単純に、僕達と仲良くしたいから……?
其れとも……?
【深見】
「……」
僕達は、学園を出て神社へと向かった。
歩きながら、当たり前のように皆と一緒に行動している自分を、少し不思議に思う。
妖怪を捜して一人で散策したり、人の話を聞くよりも自身の妄想に耽っている方が楽しかった自分が、今はこうして他の人と歩調を合わせている。
空気を読んで周囲の人に合わせたり、誰かの為に自分の時間を費やしたりするなんて、煩わしい事だと思っていた……。
けれどもこうして、居心地がいい仲間と一緒にいると……。
其れも悪くないな、と思えてくるのであった。
【皇】
「昨日こんな坂道、あったかなぁ……」
例の分かれ道から森に入って10分程度歩いただけで、皇さんが音を上げていた。
【深見】
「先日蓮華と来た時は、もっともっと歩きましたよ。似たような風景が続きますから、余り実感はないですが」
僕は周囲を見回す……やはり、この森に入ると何故か既視感を覚える。
まあ山道というのは何処も似ているものなのだが……そうではなく、この場の雰囲気に何かを感じている気がした。
【皇】
「えー、嘘でしょう? もっと歩くの?」
【もよか】
「だらしないですね~皇お兄さんは~。それに文句も多すぎです~」
【蓮華】
「口を動かす暇があったら足を動かしたら」
【皇】
「喋ることに要するカロリーなんて歩く1/4程度でたかが知れているよ。それに、雑食性の人間は顎の筋肉に持久性があって喋り続けることに向いている。肉食動物だったら話は別だが……」
皇さんがブツブツと喋っている間に、霧が立ち込めてきた……。
前回と同じだ……前回もこんな霧の中を暫く進むと、あの居並ぶ鳥居があったんだ。
でも、あの時は、もっと長時間歩いた筈なのだが……。
【もよか】
「もうすぐですよ~」
もよかさんの案内に従って霧の中を進んで行くと……。
ほんのついさっき迄、似たような森の風景が広がっていた筈なのに……。
気づけば僕達の目の前に、ずっしりと重々しい赤い鳥居が、ずらりと立ち並んでいたのだった。
まるでたった今、出現したばかりのように……。
【深見】
「ついた……」
【もよか】
「神社入り口、到着ぅ~~~!」
【皇】
「へえ、これは凄い絶景だね、伏見稲荷の千本鳥居に勝るとも劣らない……まああっちは建立日なんかがずらずらと書かれていてそれが俗っぽいんだけど、こっちは正に神域への入り口って感じだ」
皇さんも、初めて見る光景に畏敬の念を覚えているようだ。
【蓮華】
「どうしてかしら……今日は意外と早く着いたわ」
【深見】
「蓮華もそう思います?」
【蓮華】
「ええ……」
【もよか】
「それじゃあ、階段を上がりましょうか~」
元気よく進んでいくもよかさん。
【皇】
「うぇっ、ここを登るのかぁ……」
皇さんが神社に続く階段を見上げて、溜息を吐く。
【深見】
「諦めて、行きましょう」
【皇】
「はぁ、仕方がないね……」
僕達ももよかさんに続いて階段を登っていった。
石段を登っていると、此れも前回と同様、綺麗な蝶がひらひらと周囲を舞い飛ぶ。
【皇】
「はぁ、ふぅ……変わった蝶だな……タテハチョウ科だろうか……こんな蝶見たことないが……」
疲れを見せながらも、観察眼は衰え知らずの皇さん。
【蓮華】
「……」
そして、皇さんと同じように蓮華も少し疲れてきたみたいだ。足取りも重く皆より遅れがちになっている。
【深見】
「大丈夫かい? またおんぶしようか」
僕は彼女の隣に並び、そっと尋ねる。
【蓮華】
「全く隙あらば私に触れたがるのだから……いやらしい人……」
言い方は辛辣だったが……彼女の顔がニヤけていたのを、僕は自分の目にしっかりと焼き付けていたのだった。
【皇】
「はぁー……やっと着いたか……疲れたー……」
何時終わるとも知れない石段を遂に登りきり、頂上に到着した。
其れにしても毎度辿り着くのが大変な神社だ。今回は其れ程時間は経っていない筈なのに、体感的には凄く掛かったように感じていた。
【皇】
「う、う~~~~~んっ!!」
清浄な空気を胸いっぱいに吸い込みながら、大きく伸びをする皇さん。
【皇】
「いや~素晴らしいね、このロケーションは。神秘的で秀麗な景色……心が洗われる感じがするよ」
【もよか】
「どうですかぁ~、すっごい綺麗でしょ~」
【皇】
「そうだね~、疲れたけど来た甲斐があったよ。案内ありがとう、もよかくん」
【もよか】
「どういたしまして~……それはそうと、蓮華ちゃん大丈夫ですかぁ? 随分お疲れのご様子で……」
【深見】
「……!」
隣りにいる蓮華を見ると、ぐったりとして見た目にも分かるくらい疲れている様子だった。
【深見】
「本当に大丈夫ですか、蓮華」
【蓮華】
「だ、大丈夫だから、気にしないで」
痩せ我慢をしているように見えた。
そういえば、一昨日此処を訪れた時も、蓮華はかなり消耗していたようだった。
此れは偶然……なのだろうか。
【皇】
「あっちが本殿かー……へえ、珍しい、祇園造に似ているなぁ……」
蓮華の事はお構いなしに、スタスタと本殿の方に行ってしまう皇さん。
【もよか】
「ちょ、ちょっと、先に行かないで下さ~い」
もよかさんもその後を追うように本殿へ向かった。
【深見】
「無理しないでくださいね。きつくなったら何時でも言って下さい」
【蓮華】
「貴方に心配掛けてるようじゃ、私もまだまだ未熟者ね」
そう言って微笑む蓮華は、抱き締めたくなる程可愛かった。
僕と蓮華も遅れて本殿へと移動する。
皇さんは本殿の前に番犬のように置かれた、2体の稲荷像を眺めている。
そんな皇さんを監視するかのように、ピッタリともよかさんが張り付いていた。
【皇】
「この稲荷像は、町にあった狐像と、随分作りが違うなぁ」
【もよか】
「そりゃあ、本殿のお稲荷様ですから、モノが違うのですよ~」
【皇】
「町にあるものは、皆、[rb,御影石,みかげいし]でできていたと思うんだけど、これはなんだろう……[rb,閃緑岩,せんりょくがん]、いやちょっと違うような……」
【もよか】
「なかなか細かいですね~皇お兄さんはぁ……」
【皇】
「いや、色々なものに興味があるだけだよ。この世界は実に謎に満ちている……その一つ一つが僕に語りかけてくるんだよ。真実の扉を開けて欲しいと」
【もよか】
「語っちゃってますね~……」
【深見】
「皇さん、余り長居してしまうと日が暮れますよ……」
皇さんの『気になる』事は次から次へと出てくるので、付き合っていると、幾ら時間があっても足りない。
僕は元気のない蓮華が気がかりで、一刻も早く帰りたい気分になっていたのだ。
【蓮華】
「(ニコ)」
僕が蓮華に目を遣ると、彼女は微笑み返してくれた。
……気丈に頑張っているようではあるが、其れでも心配だ……。
【皇】
「時にもよかくん……」
【もよか】
「何でしょう?」
【皇】
「君はここで巫女をやっているそうだけど、いつ頃から始めたの?」
皇さんの聴取のような質問攻めが始まった。
【もよか】
「4~5ヶ月くらい前からですがぁ」
【皇】
「主にどんな仕事をやっているんだい?」
【もよか】
「おそうじにぃ~、おそうじにぃ~、おそうじですけど」
掃除ばかりですが……。
【皇】
「……じゃあ、ここの管理者は誰?」
【もよか】
「ここの宮司様は、とっても怖~い方なんですよ~~」
もよかさんがニヤリと笑った。
【皇】
「その宮司様とやらに会えるかな?」
【深見】
「ちょ、一寸皇さん、時間が……」
此れから宮司さんと面会とでもいう事になったら、完全に日が暮れてしまう。
【皇】
「分ってる、すぐ済むから」
僕の憂いを断ち切るように、言われた。
【もよか】
「出張中ですから、会えませんよ~」
【皇】
「出張って……見た限り、誰もいないようだし……ましてや君はここのアルバイトか、お手伝い……」
【もよか】
「単なるお手伝いで~す……でもぉ、ここの宮司様はと~っても私を信頼してくれて、管理も含め全部任せてくれてます~」
【皇】
「君みたいな学生にかい?」
【もよか】
「そうですよぉ~、宮司様は私を心の底から信頼してくれてますから」
【皇】
「……そして君も信頼しているという訳?」
【もよか】
「はい。宮司様は、家族を亡くした私を、救ってくださったんです」
もよかさんは厳かな表情で答える。
【もよか】
「宮司様は、[rb,縋,すが]ってくる人を皆救いたいと考えておられるのです。私も宮司様のお考えに感化され、そのお手伝いをしたいと思いました……」
【もよか】
「何かを求め、縋ってくる人々に救済を[rb,齎,もたら]すのが神社の務めならば、私の務めはそれを手助けすること……」
【もよか】
「私はびゃっこ氏を使って、その使命を果たしています。きっとそれが宮司様にも認められたんでしょうね……」
もよかさんの瞳は信仰でキラキラと輝き、滔々と語るその言葉は、次第に熱を増してくるのだった。
【皇】
「びゃっこ氏をねぇ……」
【もよか】
「……可愛いキャラクターを使って、皆にこの神社のご利益を伝えています。救われたい人は、競ってびゃっこ氏のキャラクターをあちこちに描いていますよ」
【深見】
「キャラクターを、描く?」
【もよか】
「ええ……お百度参りって、ご存知でしょう? 同じ神社仏閣に百度参拝すると、願いが叶うという……何度も繰り返すということが、願いを叶えるためには、とても重要なことなのです」
【深見】
「……」
確かに……願いを叶える為には、多くの場合何らかの決まり事、ルールが存在する。
ななとこまいり、御所千度参り等、繰り返す、という事もそのルールの一つである。
『南無阿弥陀仏』や『南無妙法蓮華経』も、同じ言葉を繰り返し唱えるし、恋のおまじない等も、おまじないサイトでは願いが叶う迄何度も繰り返す事を推奨される。
其れは呪いでも同じ事で、『丑の刻参り』等では、七日間誰にも見られる事なく続けなければいけないとされるのだが……。
【もよか】
「さて、もういいですか? 色々聞きたいこともあるかも知れませんが、皇お兄さんが何を考えようが、事実は事実なんですよ~。だから、受け入れて下さいね」
【皇】
「……」
サバサバと言うもよかさんだが、皇さんは何かに気を取られたように黙り込んでいた。
【もよか】
「あと、このスマホの写真、消させて頂きましたから」
後ろ手に隠していた皇さんのスマホを、ひらりと[rb,翳,かざ]すもよかさん。
【皇】
「そ、それは僕のスマホ……いつの間に!?」
【もよか】
「こっそり写真なんか撮っちゃ~駄目ですよぉ。めっ! ですぅ」
おどけて見せながら、皇さんにスマホを返す。
【皇】
「でも、こんな素敵な場所、月丘くんにも見せてあげたいし、一枚くらいなら……」
皇さんがスマホを構えようとした時……。
【もよか】
「だめですよ、ここは神聖な場所ですから」
落ち着いた、しかし有無を言わせぬ口調で、もよかさんが言い放つ。
【皇】
「……そうか、駄目ならしょうがないな、今日は諦めよう」
逆らっても埒が明かないと思ったのか、皇さんはあっさりと頷いた。
【蓮華】
「……」
【もよか】
「それじゃ、そろそろ行きましょうか~……今の時期だとぉ下に降りる頃には夕方になっちゃいますから~」
【もよか】
「お兄ちゃん、蓮華ちゃん、行きましょう~」
【蓮華】
「(コク)」
さっきから一言も発せず、銅像のように突っ立っている蓮華が気になっていたが、一体どうしたのだろうか……。
疲れている様子は変わらないが、声を出さずにじっと不動の姿勢を取っている彼女は、何かに集中しているようにも見えた。
【もよか】
「そう言えばお兄ちゃん、ここに来て何か感じました~?」
もよかさんは何等かの期待を込めた眼差しで、僕を見つめてくる。
【深見】
「特に、何も……」
相変わらず、美しい景色に感心した以外は何も感じてはいなかった。
【もよか】
「……そう……ですか~」
もよかさんは、残念そうに呟く。何かは分からないが、彼女の期待を裏切ってしまったようだった。
【もよか】
「……どうすれば思い出してくれるのかな?」
大きな瞳で僕を覗き込んでくるもよかさん。
愛くるしいその瞳は、しかし僕を値踏みするように冷たく冴えていた。
【深見】
「思い出すって、何を……」
否……待てよ……そういえば、昨夜のもよかさんらしき人物も……同じ事を言っていなかったか……?
【もよか】
「この場所に来て……何か、思い出すことはないんですか?」
【深見】
「この場所……」
もよかさんの言葉に喚起され、遠い子供の頃の思い出が、蘇ってくる。
【深見】
「あぁ……そういえば、子供の頃、神社で肝試しをした事がありましたね……」
ノスタルジーと、微かな痛みと共に、僕はそう答えた。
【もよか】
「肝試し……」
もよかさんは僕の返事を聞いて、当てが外れたような顔をしていたが……。
【もよか】
「それもいいかもしれませんね……」
気を取り直したように頷いていた。
【もよか】
「ここで肝試し、やりませんか!?」
【深見】
「え? 此処で?」
【もよか】
「はいっ、明日の夜、どうですか!?」
勢い込んで尋ねるもよかさん。このアイデアに随分乗り気なようだ。
【深見】
「僕は構いませんが……」
肝試しには此れまた苦い思い出が在る僕だったが、リベンジしてみるのも悪くはない。
【もよか】
「蓮華ちゃん、どうですか!?」
【蓮華】
「(コク)」
やはり声を出さずに頷く蓮華。
【もよか】
「皇お兄さんはっ? オッケーですよねっ」
【皇】
「……あ、あぁ……うん……」
何か他の事に気を取られているように、曖昧に返答していた。
【もよか】
「わーいわーい!! 肝試し決定~~!! これで明日もお兄ちゃんとズーッと一緒! イエイイエ~~イ!」
ピョンピョン飛び跳ねて喜んでいるもよかさん。
なし崩し的に決められた感のある肝試しだが、こんなに喜んでくれるのなら別にいいかと思ってしまう。
【もよか】
「今日の夕ご飯も楽しみだし~……あっ、それから、旅館といえば、温泉~っ!」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「一緒に入りましょうね~蓮華ちゃん〈ハ〉」
【蓮華】
「!!」
首を振って嫌がる蓮華の腕を引っ張って、先に行ってしまうもよかさん。
【皇】
「……」
僕も続いて行こうとするが、皇さんがまだぼんやりと本殿を眺めていた。
【深見】
「皇さん、帰りますよ」
【皇】
「あ、あぁ、そうだね……行こうか」
そう呟いて僕の方を向いた皇さんは、何時ものきりりとした皇さんに戻っていた。
急ぎ足で山を降り、旅館への道を歩く。
今回もまた、町迄降りてくると、蓮華の顔色もみるみる良くなり、元気を取り戻してくれたようで一安心する。
もよかさんは、よっぽど僕達と一緒に旅館に行ける事が嬉しいらしく、終始笑顔が絶えず、楽しい帰り道となった。
【もよか】
「ここなんですねぇ~」
旅館を初めて見るように、嬉しそうに眺めているもよかさん。
……しかし、僕の勘違いなのかも知れないが、もよかさんを昨夜この場所で見てしまった僕としては、拭えない違和感を感じていた。
【深見】
「どうぞ、入ってください、もよかさん」
【もよか】
「(ピタ)」
入口の手前で立ち止まるもよかさん。
【皇】
「もよかくん、どうしたんだい?」
【もよか】
「……」
【皇】
「……入らないんだったら先に行かせてもらうよ」
皇さんが玄関へ向かった。
【蓮華】
「私も行くわね」
【深見】
「じゃあ、僕も……」
【皇】
「まだ来ないよ、一体どうしたんだろう」
【深見】
「……」
【もよか】
「…………」
もよかさんは入口に立った儘、中に入ってくる気配がない。
【蓮華】
「お入りなさい、もよか」
痺れを切らした蓮華がもよかさんを促す。
【もよか】
「本当にいいの?」
【蓮華】
「……いいに決まっているでしょう」
半ば呆れ気味に言う。
【もよか】
「それじゃあ……」
旅館の敷地内にゆっくりと足を踏み入れると同時に……。
【もよか】
「蓮華ちゃ~~ん!」
【もよか】
「私を招いてくれて、ありがとう蓮華ちゃん~っ」
勢いよく駆け寄ってきたもよかさんが、蓮華に抱きついた。
【蓮華】
「ぐ、ぐるしぃ……」
【もよか】
「大好きだよ~~!」
【蓮華】
「(ジタバタバタジタ)」
ヘッドロックを掛けられた状態の蓮華を救い出す。
【蓮華】
「殺す気!」
【もよか】
「アハハハ……嬉しくってついつい力がぁ……」
【皇】
「二人とも元気が有り余っているね……今日は結構歩いたからねぇ、僕はもうヘトヘトだよ」
【深見】
「……皇さんは、体力なさ過ぎだと思いますよ」
【皇】
「アキレウスにも弱点があったろう。そりゃ、僕にだって一つ位はあるさ」
【深見】
「……」
最早神の子と化す皇さんであった……。
まず厨房を訪れ、はるさんに夕食の追加をお願いすると、快く引き受けてくれた。
疲れ切った皇さんは食事迄部屋で休憩すると言うので、残った僕達は、僕の部屋で時間を潰す事にした。
【もよか】
「ここがお兄ちゃんの部屋なんだぁ~」
何が珍しいのか、部屋に入ってくるなり、くるくると踊るようにあちこちを見て回るもよかさん。
【もよか】
「クンク~~ン……」
四つん這いになって匂いを嗅いだりしているもよかさんは、まるで子犬みたいだ。
【もよか】
「あー、お兄ちゃんの匂い、アロマティック!!」
【深見】
「アロマティックではないでしょう」
清潔にはしているつもりだが、女学生のような良い匂いがする筈もない。
【もよか】
「じゃあエロティックーー!!」
僕にしがみついて来て、胸元に顔を押し付け、匂いを嗅ぐもよかさん。
【もよか】
「う~~ん、かぐわしいお兄ちゃんの匂い~~〈ハ〉 おばあちゃんちの玄関のような懐かしい匂い~~〈ハ〉」
【深見】
「あなたはおばあちゃんにエロスを感じるのですか」
相変わらずいまいち喜べないもよかさんの例えだった。
【蓮華】
「もよか、ハウス!」
見かねた蓮華がもよか犬を躾けようとする。
【もよか】
「蓮華ちゃ~~んっ……蓮華ちゃんの温かい懐が、もよかのハウスですよーーっ!!」
【蓮華】
「(サッ……)」
間一髪、もよかさんの襲撃を避ける蓮華だった。
【もよか】
「キュウーン……」
標的を失い、ゴロゴロ転がるもよかさん。
【蓮華】
「駄犬……」
【もよか】
「犬じゃないよ、狐だよ~。ねえねえお兄ちゃん、可愛い狐、ナデナデしたいでしょ?」
【深見】
「ハイハイ……」
断るのも面倒なので請われる儘頭を撫でる。
【もよか】
「エヘヘヘッ……やったーー〈ハ〉」
素直に喜んでくれるもよかさんは、まさに小動物のような可愛らしさがあった。
【蓮華】
「いい加減にしなさいっ」
蓮華は怒ってもよかさんをくすぐる。
【もよか】
「あぁん、蓮華ちゃんっ……ソコはぁっ……〈ハ〉」
【蓮華】
「えっ……?」
もよかさんに色っぽい声を出されて、怯む蓮華。
【もよか】
「くすぐったいトコですよぉっ、蓮華ちゃんにもお返しですっ!」
【蓮華】
「きゃあっ……」
その後はもう、戯れ合ったり部屋中を追いかけ回したりして、てんやわんやの大騒ぎである。
【蓮華】
「これでもくらいなさいっ」
【もよか】
「ひぁんっ、お布団プレスは卑怯です~~っ」
挙句の果てには布団や枕を押入れから出してきて、枕投げの様相を呈している。
【もよか】
「あはははっ、蓮華ちゃん、やりましたね~~!」
【蓮華】
「うふふっ……貴方には負けないっ」
【深見】
「全くこの二人は……」
参ったなと思う反面、姉妹みたいにはしゃぐ二人を見て、心が癒やされるのを感じていた。
妖異のものである蓮華、家族を亡くしたもよかさん……二人とも、何処か心に影を秘めている。
そんな二人だが、今だけは……何もかも忘れて笑って欲しい……僕はそんな風に思うのだった。
【はる】
「失礼しまーす」
ノックの音がしたかと思うと、はるさんがひょっこりと顔を見せる。
【はる】
「まあまあ、元気がいいこと」
部屋の惨状を見て苦笑するはるさん。
【深見】
「すみません……」
【はる】
「後で直しておきますから、ささ、ご夕食の準備が整いましたので」
はるさんに先導され広間に行くと、皇さんが先に来て待っていた。
【はる】
「先程、月丘様からお電話がありまして、帰りが少し遅れそうなので、ご夕食は先に召し上がってくださいとのことでした」
【皇】
「それじゃあ仕方がないね。先にいただこうか」
【はる】
「あ、そうそう、皇先生……先日のお食事会の際にお尋ねになっていた件ですが、これを……」
食事を始めようとした矢先、はるさんが懐からメモのような紙を取り出し、皇さんに手渡した。
【皇】
「これは?」
【はる】
「狐の像を記したマップのコピーです」
【深見】
「あぁ……」
そういえば、狐像の事をはるさんに調べて貰っていたのだ。
【はる】
「以前町おこしの一環として、狐を巡る散歩コースと称しまして、イラスト入りの地図を作ったんです。それがまだ旅館にも何部か残っていまして……この町の狐の像は大体それに書いてあります」
【皇】
「わあ、これは助かるよ、ありがとう」
【はる】
「この狐像、ひとつひとつに名前がついているみたいですよ。昔からこの町では、狐が愛されていたんですね」
所謂『おさんぽまっぷ』というような、随分大雑把なものだが、此れで狐像の大体の位置は把握出来そうだった。
【皇】
「狐と言えば……アレは野干の面だよね」
【はる】
「よくご存知ですね、その通りです」
【皇】
「かなり怖いお面だけど、どうしてあそこに飾ってあるのかな?」
【はる】
「ええ……何でもこの旅館の先々代の主人がお能が大好きで……あの野干の面をつけて『殺生石』という演目を舞っていたんだそうです……」
【皇】
「殺生石……那須高原にある、あれのことだろうか?」
【はる】
「私も余り詳しくは存じ上げないのですが……先々代のお言いつけで、どうしてもあそこに飾らなくてはいけないのだとか……今の女将さんは不気味だから外したいって、いつもこぼしているのですが」
はるさんは苦笑いを浮かべる。はるさん自身も、あの面の事を余り好ましく思っていないようだった。
【はる】
「では、他にご用事がなければ、私はこれで……」
【皇】
「うん、どうもありがとう。参考になったよ」
はるさんは機敏な身のこなしで、スタスタと下がっていった。
【深見】
「しかし、あの不気味なお面が殺生石と繋がるとは、驚きですね……」
僕は素直な感想を漏らした。
【皇】
「どうして?」
【深見】
「え? 皇さん知らないんですか? 殺生石と[rb,玉藻,たまも]の前の伝説」
【皇】
「聞いたことはあるけど、詳しくは知らないね」
【深見】
「平安時代初めのお話です。絶世の美女である玉藻の前が、帝の寵愛を受け、世を騒乱に巻き込もうと画策したのですが、実は彼女は九尾の狐の化身だった事がバレて、退治されてしまうのです」
皇さんにも知らない事があるのだなと、僕は一寸新鮮な気持ちで教えを垂れた。
【深見】
「狐は死後、巨石になりました。その怨念は毒気となって、近づく人や家畜、鳥獣をも殺し続け、殺生石と名付けられました。至徳2年に、玄翁和尚によって打ち砕かれ、殺生石の欠片は全国に飛散したのです」
【深見】
「最後は『九尾稲荷神社』として祀られたのですが。まぁ、殺生石が全国に散ったおかげで、伝説に纏わる神社仏閣は各地にあるのですがね」
【皇】
「それがどうして驚きなの?」
【深見】
「否……だって玉藻の前は絶世の美女ですよ……其れなのにあのお面ときたら、ほら」
ちらっと面を見るが、やはり気色悪い。
【もよか】
「可哀想ですよね……」
【皇】
「ブサイクだから?」
【もよか】
「違いますよっ……玉藻の前がですっ」
【深見】
「玉藻の前が?」
玉藻の前は美女ではあるが、中国やインドを股にかけ悪行三昧で国を崩壊させた極悪狐である。余り同情の余地はないように思えるが……。
【もよか】
「……私、知ってたんです、殺生石の話……死んで石になってまでも、成仏も出来ず、恨みを忘れられず、毒を吐き続けるなんて……」
【もよか】
「そんなのって、地獄じゃないですか」
物憂げに呟くもよかさん……その言葉は短かったけれど、言いようのない絶望に満ちていた。
【深見】
「もよかさん……」
【もよか】
「……」
【蓮華】
「ね……もう、ご飯にしましょ……」
蓮華がもよかさんの袖を引く。
食いしん坊の蓮華らしい台詞……だが、今の一言は、空腹の為ではなかったと思う。
【もよか】
「そうですね、蓮華ちゃん」
ニッコリと笑ったもよかさんを見て、蓮華もホッとしたように微笑んでいた。
今夜の夕食は寄せ鍋であった。
【蓮華】
「にく~~~〈ハ〉」
毎日趣向を凝らしたメニューが続き、有り難い限りである。蓮華等はもう有頂天になっている。
【もよか】
「蓮華ちゃん何取ろうか?」
当然のように鍋を仕切っているもよかさん。
月丘女史がいればまた別かも知れないが、生憎このメンバーでは鍋奉行が務まるような人物は他にいなかった。
【蓮華】
「お肉取って〈ハ〉」
食が絡むともよかさんにも媚びを売る蓮華。
【もよか】
「はーい〈ハ〉」
ひょいひょいと菜箸で器用に蓮華の器に盛り付けるもよかさん。
【蓮華】
「……ちょっと、野菜ばかりなのだけれど」
蓮華がもよかさんに渡された器を見て目を三角にする。
器を覗き込むと、白菜、椎茸、人参等がきれいによそわれているが……。
【深見】
「あれ、蓮華、その白菜の下に……」
【蓮華】
「え……?」
上に白菜を被せるようにしてギミックしているが、ひっくり返すと、下には肉がちゃんと入っていたのだった。
【もよか】
「お肉だけじゃなくて、お野菜もバランスよく食べないと駄目だよ蓮華ちゃん」
正論を言われる。
【蓮華】
「ぐぬぬ……」
【深見】
「蓮華、野菜も美味しいんですから……僕は白菜大好きですよ」
【もよか】
「お兄ちゃんはお肉どうぞ~~」
言った傍から、もよかさんにドッサリと肉を盛られる。
【蓮華】
「そっちは肉ばっかり、えこひいき」
【もよか】
「お兄ちゃんは特別です~。だって私の大切なひ……」
【蓮華】
「もういいわ聞き飽きた」
【皇】
「蓮華くんがお肉食べたいのなら、僕は野菜だけでいいよ。僕は決してビーガンではないけれど、可愛い豚くんのお肉を食べるのは必要最小限にしたいからね……」
【もよか】
「皇お兄さんはもっとも~~~っと体力つけないと駄目ですぅっ」
皇さんも肉ばかり盛られていた。
【皇】
「え……僕、肉より野菜が……」
【もよか】
「このお肉はもう生き返らないんですからぁ、ちゃんと全部残さず食べてあげるのが一番の供養です!」

【皇】
「確かに……僕の中で生きる糧となっておくれ!」
神妙な顔をしながらも、もりもりと食べる皇さんだった。
【深見】
「もよかさんも、よそってばかりじゃなく、食べてくださいよ」
【もよか】
「あ、そうですね……楽しくてつい、食べるの忘れちゃってました」
【蓮華】
「楽しくて?」
【もよか】
「こういうのって、いいですよね! ワイワイガヤガヤ、皆でご飯って! 昔を思い出すっていうか……」
【深見】
「……」
もよかさんは笑顔を浮かべていたが……その横顔は何処となく淋しげに見えた。
【深見】
「……ラーメンだけではなく、やっぱり鍋にも油揚げが入っているのですね」
僕はもよかさんの笑顔から目を逸らし、話題を変えた。
【もよか】
「そうですね、でもこの辺りじゃこれが普通みたいですよぉ」
【もよか】
「サクフワの油揚げを専用の甘ダレで食べてもよし、油揚げでお肉やお野菜を巻いて食べるのもよし、どんな食べ方でも、とぉ~っても美味しく召し上がれまぁ~す」
妄想して幸せそうな笑みを浮かべるもよかさん。
【蓮華】
「私、油揚げ大好き」
【もよか】
「でしょ~~! やっぱ気が合うね、蓮華ちゃんっ、はい、油揚げ倍増しっ!!」
蓮華の器に油揚げを取り分けるもよかさん。
【蓮華】
「肉を倍増ししなさいよ……」
畢竟、肉の方が好きみたいだった。
【皇】
「やっぱり、狐が好むと言われているから油揚げが人気なのかな? 本当に狐にゆかりの深い土地だね」
【もよか】
「ええ、油揚げもそうですが、びゃっこ氏もいつか他の場所でも流行してくれれば、一生懸命デザインした甲斐があるんですけどねぇ~」
【皇】
「そのびゃっこ氏だけれど……」
【香恋】
「ふう、遅くなっちゃった。ただいま帰りましたー」
その時丁度取材に出掛けていた月丘女史が帰ってきて、皇さんの質問は遮られる形になった。
【香恋】
「あ、もよかさん、いらっしゃってたんですか?」
【もよか】
「お邪魔してまーす」
【皇】
「実はもよかくんに案内してもらって、遂に神社へ行ってきたんだよ。月丘くんにも見せたかったなー、あの神秘的な雰囲気……」
【香恋】
「そうなんですね、残念です~、私も行きたかったな~」
【深見】
「あ、でも、明日の晩神社で肝試しをやろうという事になったので、月丘女史も参加してくださいよ」
【香恋】
「わあ、それは楽しそうですね。ちょっと怖いですけど」
月丘女史も食事の席に加わり、もよかさんが取り分ける。
【もよか】
【香恋】
「? ありがと、もよかちゃん……」
訳も分からずにお礼を言う、人の良い月丘女史だった。
【香恋】
「それで、ご報告なのですが、今日被害者の一人、皆戸和音さんの家に行ってきたんですが、色々分かりました」
一息つく間もなく、早速本題に入る月丘女史。
【深見】
「皆戸さんは、どんな被害に遭われたんですか?」
【香恋】
「ええ、自宅で夕飯を食べていた所、いきなり咳き込み始めて、その後声が出なくなってしまったとか……」
【皇】
「それまで、持病みたいなものはなかったの?」
【香恋】
「至って健康だったようですよ」
【もよか】
「……私、お腹いっぱいになっちゃったな」
【蓮華】
「……」
【香恋】
「今彼女は部屋に引きこもっている状態なのですが、吐血する前から、学園を休みがちになっていたらしいです」
【香恋】
「彼女、声優になりたかったようなのですが、ご両親は大反対で、大学進学を望んでいたんです。本人は、相当悩んでいたみたいで、それが不登園の原因だとか……」
【香恋】
「お母様の話によると、学園を休んでいる間も、いつも遊びに来てくれていた同じクラスの親友……名前は宇佐美沙織さんというのですが、その子と何やら奇妙な事をしていたとか……」
【深見】
「奇妙な事?」
【香恋】
「ええ……二人揃って部屋にこもって、ずーっと何かに熱中しているから、何かと思ったら、イラストを描いていたそうなんです」
【皇】
「イラスト……」
【香恋】
「はい。お母様に許可をもらって、そのイラストが描かれたノートを写真に撮ってきたのですが……」
月丘女史がバッグからデジカメを取り出し、その画像を見せてくれる。
【香恋】
「これです」
【皇/深見】
「!」
そのノートにはびゃっこ氏がびっしりと描かれていた。
否、描かれていたなんていうものじゃない、上から線を重ねて、繰り返し繰り返し、ノートが真っ黒に塗り潰されてしまうぐらいの執拗さで、埋め尽くされていたのだ。
【香恋】
「ちょっと、怖くないですか、これ……?」
【皇】
「病的だね」
【深見】
「そうですね……え、じゃあ真逆その皆戸さんは、精神を病んでしまったとか……?」
【香恋】
「う~ん、そこまではまだ……でもお母様は心配されて、今度病院へ連れて行くと仰ってました」
【皇】
「確か、他にもいるよね? 入院している子は」
【香恋】
「ええ、何人か」
【皇】
「調べてみたほうが良さそうだね」
皇さんは独り言のように呟くのだった。
【香恋】
「あ、そういえば、もよかさん、このびゃっこ氏について……あれ」
【深見】
「いない……?」
【皇】
「……」
蓮華ともよかさんが、僕達の知らないうちに、姿を消していたのだった……。
【蓮華】
「……」
【蓮華】
「……もよか、何処……?」
【蓮華】
「こんなところにいたの」
【もよか】
「……蓮華ちゃん」
【もよか】
「もしかしてここ、蓮華ちゃんのお部屋……ですか?」
【蓮華】
「どうして?」
【もよか】
「何となく……この場所からは、蓮華ちゃんの匂いがする……」
【蓮華】
「匂い……?」
【もよか】
「私、鼻が利くんですよ、蓮華ちゃん」
【蓮華】
「……どうして急に席を立ったの? まだ食事の途中だったのに」
【もよか】
「言ったじゃないですか、お腹いっぱいって。私は蓮華ちゃんみたいに食いしん坊じゃないんですよ」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「そんな事より、お風呂に入りましょうよ、蓮華ちゃん」
【蓮華】
「そんな事よりって……」
【もよか】
「私と蓮華ちゃんはとっても気が合うお友達なんだから~、裸の付き合い、しちゃいましょうよ……?」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「わー……いいお湯ですねぇ、蓮華ちゃん。私の玉のお肌が益々トゥルットゥルになっちゃいますぅ~~〈ハ〉」
【もよか】
「ね、蓮華ちゃん、私のツルスベ真珠肌、触ってみてくださいよぉ〈ハ〉」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「……何か、今日ノリが悪いですね、蓮華ちゃん。何か私に言いたいことでもあるんですかぁ?」
【蓮華】
「……彼は……貴方の兄ではないのよ」
【もよか】
「ええ、当然です。私のお兄ちゃんはもっと素敵でしたから」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「深見お兄ちゃんみたいに、変な趣味もなかったですし、運動も勉強も得意でした。サッカーをやってたんです。女の子から、よく電話がかかってきてました」
【もよか】
「深見お兄ちゃんみたいに、非モテって感じではなかったですよ。オタクっぽくもなかった。私のお兄ちゃんは、完璧だったんです」
【蓮華】
「それが分かってて、どうして……」
【もよか】
「だって、諦めきれないじゃないですか」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「さっき皆で食事してる時、私、思い出しちゃったんですよ。昔のこと……」
【もよか】
「家族全員でお鍋を囲んだ日のこと……」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「私がお父さんにビールを注いであげると、いつも『ありがとう』って頭を撫ででくれた。お母さんはちゃんと忘れずに油揚げを入れてくれたし、お兄ちゃんは面白い話をして、私を笑わせてくれた」
【もよか】
「平凡かもしれないけど、私にとっては大切な思い出……」
【もよか】
「夏休みに皆でキャンプに行ったことも、冬休みにスキーに行ったことも、みんなみんな……!」
【もよか】
「一瞬で消えた……!」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「……酷いよね、運命って」
【蓮華】
「……でも」
【もよか】
「運命が予め定められているものだなんて、私は認めない」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「私から家族を奪った、そんな運命なんかに、私は絶対に従いたくない」
【もよか】
「それがこの世の[rb,理,ことわり]だというのなら」
【もよか】
「わたしはそんなもの……ぶち壊してやる……!」
【蓮華】
「……」
【香恋】
「蓮華ちゃん、もよかちゃん、お風呂ですかぁ?」
【蓮華】
「月丘……」
【もよか】
「じゃあ、私は先に出ちゃいますね」
【蓮華】
「どうして……」
【もよか】
「だって……私苦手なんですよ、皇お兄さんも、月丘お姉さんも……私のこと嗅ぎ回って、何か企んでるみたいで……」
【蓮華】
「そんなこと……」
【もよか】
「私や蓮華ちゃんとは違う……」
【もよか】
「どうせ二人とも、薄汚れた大人、じゃないですかぁ?」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「言ったでしょ? 私のお友達は蓮華ちゃんだけ」
【蓮華】
「……」
【もよか】
「じゃあ蓮華ちゃん、また明日学園でね、おやすみなさーーい」
【蓮華】
「……」
食事の最中に蓮華ともよかさんがいなくなっている事に気づき、一寸慌てた僕達だったが……。
二人を見かけた仲居さんにどうやら露天風呂に行ったらしいと聞き、ほっと胸を撫で下ろした。
其れならと、僕と皇さんも露天風呂で汗を流し、先にあがったであろう蓮華ともよかさんを捜していると……。
【舞斗】
「もよかちゃんっ……どうして!?」
【もよか】
「……」
廊下で言い争っているような、もよかさんと高瀬先生に出会ったのだった……。
【深見】
「あれ……? 高瀬先生……」
【皇】
「どうしたんだい、こんな所で?」
【舞斗】
「どうしたじゃないですよ、捜してたんですよ、もよかちゃんを!」
高瀬先生は酷く興奮して捲し立てる。
【舞斗】
「学園にも通学路にも見当たらないから、もよかちゃんのクラスメイトに片っ端から電話して……!」
【舞斗】
「この旅館へ向かう一本道付近で見かけたという情報があったから、もしかしたらと思って、こうして急いで駆けつけて来たんです!」
【深見】
「あ、そ、そうだったんですか……」
随分過保護にも感じられるが、高瀬先生は本気で心配しているようだ。
じっとしていられず、旅館迄迎えに来てしまったという訳なのだろう。
何処を捜し回ったのか、高瀬先生の白いジャケットが土埃で汚れてしまっていたのが、余計哀れを誘った。
【もよか】
「……」
しかし、是程迄に癇が高ぶっている高瀬先生に対しても、もよかさんは頑なにうそ寒い態度を崩そうとはしないのだった。
【舞斗】
「ねえ、もよかちゃん、旅館に行くなら行くって、どうして一言教えてくれなかったんだい? 僕がどんなに……」
【もよか】
「……どうして、教えなきゃいけないんですかぁ」
【舞斗】
「ど、どうしてって……?」
【もよか】
「……私は舞斗お兄ちゃんの子供でも何でもないんだしぃ、そんな事しなきゃいけない義理はないと思うんですけどぉ……」
【舞斗】
「……!」
【深見】
「も、もよかさん……」
家庭の事情に立ち入るのはどうかとは思うが、わざわざ迎えに来てくれた人に対して、その言い方はあんまりだと思った。
【皇】
「もよかくん、君はまだ学生の身分なのだから、そういう台詞はきちんと自立してから言ったらどうなんだい?」
【もよか】
「皇お兄さんには全っっ然関係ない話ですよね!?」
【皇】
「確かに……」
合理的思考の皇さんはあっさりと口を噤んでしまった。
【舞斗】
「(ぶるぶるぶるっ……)」
……すると、俯いて押し黙っていた高瀬先生が、突然ブルブル震え始めた。
【深見】
「た、高瀬先生……?」
【舞斗】
「……う」
【深見】
「う?」
【舞斗】
「うわぁぁぁぁぁ~~~~~っ……!!」
人目も憚らず、嗚咽をあげる高瀬先生。
【深見】
「た、高瀬先生っ……!?」
【舞斗】
「ど、ど、どうしてっ、分かってくれないの、もよかちゃんっ……僕はっ、僕はっ……君が、心配なんだよ……!」
泣きながら、自分の気持ちを切々と訴える高瀬先生。
【舞斗】
「こ、こんな、夜遅くに……君が、うちにも帰ってこないで、何をしているのかと思うと、僕はっ……僕はぁっ……」
涙を流して愁嘆場を演じる彼は、惨めっぽくて、男らしくはなかったかも知れない……。
けれども、心底からもよかさんを想っているのだと……其れは痛い程に見ている者に伝わってくるのだった。
【もよか】
「舞斗お兄ちゃん……」
【舞斗】
「もよかちゃんがっ……い、以前とは変わってしまって……色々、僕の知らないこともいっぱいあって……奏ちゃんや他の女の子が、君のこと……」
【もよか】
「!」
【もよか】
「わ、分かった、分かったから、舞斗お兄ちゃんっ……!」
もよかさんは高瀬先生の話を、大きな声で遮った。
【舞斗】
「も、もよかちゃん……」
【もよか】
「……心配掛けて、ごめんなさぁいっ……!!」
出し抜けに態度を翻し、ペコリと頭を下げるもよかさん。
【もよか】
「私、舞斗お兄ちゃんがそんなに心配してくれてるって、知らなくってぇ、ごめんねえっ!! これからは、心を入れ替えて、いい子のもよかになるからねぇっ!!」
もよかさんは高瀬先生におもねるように謝罪の言葉を重ねる。
けれども素直過ぎるその態度が、逆に何らかのわだかまりを感じさせるのだった。
【舞斗】
「ほ、本当? 本当に僕の気持ち、分かってくれたの、もよかちゃん……」
【もよか】
「うんうんっ、だから、もう帰りましょ、舞斗お兄ちゃん」
もよかさんは高瀬先生の腕を引き、この場から慌てて立ち去ろうとする。
【舞斗】
「う、うん……」
【深見】
「え、も、もよかさん……?」
急展開に、中々頭が追いつかなかった。
【もよか】
「じゃあお兄ちゃん、ともうひとりの方、おやすみなさいっ……蓮華ちゃんと巨乳のお姉さんにもよろしく~~」
【舞斗】
「あ、あの、お騒がせしました、それじゃ、失礼します……」
慌ただしく手を振って、もよかさんと高瀬先生は帰ってしまった。
【深見】
「……どうしたんでしょう、あれは……」
逃げるように……と言ったら言葉は悪いが、随分急いで立ち去ったものだ。
だが、何はさておき丸く収まったのだから、良かった……と言えるのだろうか?
【皇】
「うん……何か、聞かれたくない事があったのかもね」
【深見】
「……?」
【皇】
「さて、喉が渇いたね、ジュースでも飲もうよ」
【深見】
「そうですね」
もよかさん達と別れた僕と皇さんは、広間へと戻ってきた。湯冷ましにゆっくりと落ち着いて、冷たい物でも飲みたかった。
【皇】
「座敷童子の為に、お菓子を補充してあげないとね」
皇さんは、先程売店で買ってきた新しいお菓子を並べる。
【深見】
「よく食べる座敷童子ですよね……あはは……」
蓮華が食べている事を知っている僕としては、複雑な心境である。
【皇】
「誰がこのお菓子を食べているか、僕にも薄々分かってはいるんだよ……」
【深見】
「(ドキッ)」
涼しい顔で言う皇さん。
真逆……蓮華が全て手中に収めている事に気がついてしまったのか……?
【皇】
「でも、美味しく食べてくれる人がいれば、僕は満足さ」
【深見】
「優しいかよ」
蓮華がお菓子を搾取している事に気づいているのかも知れないが、座敷童子だという事には気づいていないようで、ホッとした。
【皇】
「ちょっと座ろうか」
【深見】
「ええ」
自動販売機で買ったペットボトルの飲み物を、一緒に飲む。
【深見】
「……」
しかし皇さんも不思議な人である……。
卓越した推理力と分析力……その能力の高さから、何となく雲上人のような印象を思っていた。
けれども、動物好きだったり、意外に心優しい一面もあって……。
出会った頃に感じていたとっつきにくさは大分薄れて、今では彼に好意すら抱いていた。
【皇】
「そんなに見つめられると照れるなぁ……何か僕に話でもあるのかい?」
【深見】
「い、否……っ」
見つめていた事がバレてしまい、焦らずともいいのだが何だか照れくさく焦ってしまう。
【深見】
「皇さんはやっぱりすごいなぁと……後学の為に今迄の探偵としての活躍なんか、お聞きしたいなぁ~なんて……」
話の接穂としてそんな質問を投げかけてみた。
【皇】
「活躍……僕はあくまで作家だし、探偵として仕事したことは、そんなにないんだけどね……」
【皇】
「まぁ……一番大変だったのは、怪人21面相と対決した時だね」
謙遜しつつも語り始める皇さん。
【深見】
「あぁ……有名な連続殺人犯ですよね。確か去年逮捕された……あの件にも関わっていたんですか?」
その突拍子もないネーミングセンスと犯行予告で、一時期世間を騒がせていた殺人犯である。真逆そんな有名な犯人と皇さんが関わっていたとは。
【皇】
「うん、あれは葉桜の季節……舞台は瀬戸内海に浮かぶ磔獄門島の、十二角館という名の屋敷で起こった事件だった……」
【深見】
「十二角館……殆ど円ですね」
【皇】
「容疑者は11人いる! という話だった……しかし、その容疑者達が、三千本桜の歌に見立てられ、次々に死んでしまってね」
【深見】
「そして誰も……という訳ですか」
【皇】
「最後に僕だけが残ったんだ。あの時は流石の僕も怖かったよ」
当時を思い出したのか、皇さんが身震いをする。
【深見】
「全員死んだ……という事は、その中に犯人は居なかったのですね」
【皇】
「それが、死んだはずの人達が、皆ゾンビになって生き返ってきてね。僕に襲いかかってきた」
【深見】
「ウォーキングデッド!?」
【皇】
「いや実はさ、皆本当は死んでなかったんだ。ゾンビになったフリをしてたんだよ。死んだはずの人物が実は生きていたっていうトリックだったんだ」
【深見】
「へ、へえ~……其れも死体損壊トリックに入るのかな?」
【皇】
「全ての黒幕は怪人21面相だった……奴と二人きりで戦った時、額に銃を突きつけられてね。僕は死ぬかと思ったよ」
【皇】
「僕を助けてくれたのは、エリザベスだった……僕の懐から飛び出して、怪人21面相の鼻に噛み付いてくれたんだ……おかげで命が助かったんだよ」
【深見】
「マジですか」
【皇】
「結果的に助けられる形にはなってしまったけれどね……エリザベスがいたから、彼女を守らなきゃいけないと思ったから、あの時僕は頑張れたんだと思うよ」
【皇】
「男っていうのはさ、守らなければいけない誰かがいる時に初めて、本当に強くなれると思うんだ」
【深見】
「……」
皇さんの言葉が胸に染みる。
仮令ペットのハムスターの事を語っているのだとしても……。
【皇】
「はは……今回はエリザベスがいないから、いまいち調子が出ないのかもね」
ハムスターとはいえ、皇さんがエリザベスを本当に大切に思っているのがよく分かった。
……其れは僕にとっての蓮華に対する想いと、同じなのかも知れない……。
【皇】
「何を考えてるの」
【深見】
「えっ……?」
【皇】
「深見くんって、いつも上の空だよね。僕と話してても、違うことを考えているみたいだ。そういうのってちょっと傷つくんだけど」
女の子みたいにむくれている。
【深見】
「すみません、女性陣はどうしたかなと、ふと頭に浮かんで……」
蓮華の事を考えていたとは言えず、そんな風に誤魔化した。
【皇】
「あぁ、そうだね、まだその辺にいるなら、お休みを言ってから部屋に戻ろうか」
僕と皇さんは部屋に戻りがてら、女性陣の姿を捜した。
【香恋】
「あら、深見先生……皇先生も」
蓮華と月丘女史は縁側に二人並んで腰掛け、月を見ていた。
【深見】
「月が綺麗ですね」
【皇】
「おや、月丘くんに告白したのかい?」
ニヤニヤ笑いながら僕をからかう皇さん。
【深見】
「あぁ……夏目漱石が『アイラブユー』を『月が綺麗ですね』と訳したという俗説ですね、あれは後世の誰かの作り話だって言う噂で、今時誰も本気にしない……」
【香恋】
「もうーーっ、皇先生ったら! 恥ずかしいっ〈ハ〉〈ハ〉」
思いっきり本気にしている月丘女史だった。
【蓮華】
「(イラッ……)」
蓮華に睨まれる。
【蓮華】
「私には言わないの」
【深見】
「は、はぁ……月が綺麗ですね……」
【蓮華】
「ふんっ、当たり前のことを言ってどうするの……」
何故か頬を染めていた。
【皇】
「しかし、お月見とは風流だね」
【香恋】
「ええ、ここからとてもよく見えるので……もうすぐ満月なんですね……」
僕と皇さんも釣られて空を見上げる。
今宵の月はほぼ満月に近い。恐らく満月の次に美しいと言われている十三夜月と呼ばれる月ではないだろうか。
【深見】
「蓮華、餅つきをしている兎が見えますか?」
【蓮華】
「お餅ついてるの? 美味しそう」
この子はどうしても花より団子である。
【香恋】
「アジアでは月の影を兎だという伝承が多いらしいですね。ヨーロッパではゴルゴンの首等、人の顔に見立てたりするらしいですが」
【深見】
「ええ、兎の餅つきと望月を掛けたなんていう俗説もあるらしいですね」
【皇】
「昔からダジャレ好きだねぇ。日本人は」
【香恋】
「そんなぁ、かぐや姫とか、ロマンティックな物語もあるじゃないですかぁ」
【香恋】
「大勢の殿方から求婚されながらも、一人月に帰ってしまうかぐや姫……悲しいお話ですぅ」
ヒロインに成り切っているように、うっとりと月を見つめる月丘女史。
【深見】
「そうですね……ラストで悲しい別れの展開になるのは、異類婚姻譚とも似ていますね」
【皇】
「日本人はお涙頂戴が好きだからね」
肩を竦める皇さん。
【蓮華】
「別れる話……?」
【深見】
「ええ、日本の昔話には、最後に恋人同士が別れてしまうようなお話が多いんですよ」
【蓮華】
「……そう」
蓮華の眉が曇る。俯いた彼女のシルエットが、何だか少し淋しそうに見えた。
【深見】
「そういえば、今夜辺り丁度『栗名月』かも知れませんね」
僕は蓮華のそんな様子を見かねて、話を変えた。
【皇】
「栗名月?」
【香恋】
「あぁ、旧暦9月13日の十三夜は、その時期に食べ頃を迎える大豆や栗などを供えたことから『豆名月』『栗名月』とも呼ばれるらしいですね」
流石月丘女史、打てば響くように答えてくれる。
【深見】
「ええ、栗名月には、幸せを[rb,齎,もたら]す、その名も『お月見どろぼう』という風習があるんです」
【深見】
「お月見の日に子供達が近所の家を周って、お菓子等お月見のお供え物を盗んでいいという風習なんですよ」
【蓮華】
「お菓子を盗んでいいの?」
【深見】
「はい。昔から子供が多くいる場所には、福が集まると言われている事から、そういう習わしが出来たそうです。今もその文化が残り、家の軒先にお菓子を置いたりする地域もあるそうですよ」
【蓮華】
「そうなの、食べてみたいわ……」
微笑む蓮華。
けれども、その笑顔には何処か影があるような気がして、僕は何だか其れが気になってしまった。
月と人間の関わりは深い。
月の満ち欠けは潮の満干に関係していたり、女性の月経の周期と一致したりする事から、人間の血液の巡りを変えるようなパワーを持っていると言われている。
月は人を狂わせるとも言われる。『ルナティック』『ムーンストラック』とはすなわち狂気の事だ。
現代では月の満ち欠けと犯罪発生についての関係が研究されているくらいだ。
狼男は満月を見て変身する。魔術とも深い関わりがあり、新月や満月の夜にしか行えない儀式等もあるという。
月をじっと見ていた所為だろうか……。
何故だか僕は、ぼんやりとした不安を感じずにはいられなかったのだ……。
僕は布団に入って横になる。
【深見】
「……」
月を見た事が影響しているのか……気分が高ぶって、中々眠れない。
其れでも何とか眠ろうとして目を閉じると……闇の中からあの音が聞こえてくる。
少し淋しげな……其れでいて不気味な鈴の音。
【深見】
「……」
その音が聞こえてくると、僕は誰かに呼ばれているような気がして、旅館を出てしまう。
暗闇の中を歩く。
怖くはない。
其れどころか、寧ろ気分が高揚するのを感じる。
快楽のような感情の急激な高ぶり。[rb,意馬心猿,いばしんえん]の心持ちで、あの人の元へ向かっている。
官能的な香りが僕の全身を包み込み、手足に甘い痺れが走る。
僕の足は立ち止まる事なく進み続ける。
僕の頭はもう何も考えていない。
ただ導かれる儘に、定められた場所へ向かうだけだ。
あの人が待つ場所へと……。
【深見】
「……」
鳥居を抜けていくと、深い昏がりの中からぼうっと彼女が現れる。
美しい狐の面……華奢な身体に纏った豪勢な白無垢……。其れは幽霊のように儚く、美しくも恐怖を誘う姿である。
【深見】
「……」
あの人は僕を誘うように、そっと手を伸ばしてきた。
僕はその手を取る。
懐かしい気持ちが胸に溢れ、遠い昔に優しく微笑みかけてくれた、あの人の面差しが浮かぶ。
あの人の笑顔を見るだけで、幸せだった、あの日々……。
遠い遠い昔の……。

【深見】
「……」
また……香恋さんと並んで露天風呂に入っている……。
至福の時である……しかし……。
僕はあの鈴の音が気になっていた。
神社に行った時にも聞こえていたあの音……あの音を聞いて、僕は何故、誰かに呼ばれたような気分になったのか……。
誰が僕を呼んでいるというのだろう。
其れは、もしかして……僕がずっと捜し続けている、何か、と関係があるのだろうか……?
【香恋】
「夏彦、さん……」
【深見】
「あ、はい……」
何時しか自分の内に籠もってしまっていたようだ。香恋さんが、少し心配そうな表情で、その麗しい裸体を寄せてくる。
【香恋】
「どうかしました?」
【深見】
「い、否……」
【香恋】
「何か、心配事があるんですか?」
【深見】
「……」
何と言っていいのか分からなかった。
心配事……と言う程ではない。けれども何か、腑に落ちない、疑念のようなものが、心に[rb,蟠,わだかま]っているのだ。
しかし、其れをどうやって、香恋さんに伝えればいいのだろう……。
【深見】
「……」
【香恋】
「……」
僕が黙っていると、香恋さんは諦めたように溜息を吐いた。
【香恋】
「ねえ……きす、して……〈ハ〉」
そして、目を閉じて、瑞々しい唇をそっと近づけてくる。
【深見】
「香恋さん……」
僕は香恋さんにキスをした。
【香恋】
「んっ……ちゅっ、くちゅっ……れちゅぅっ〈ハ〉」
唇を重ねている部分から、彼女のぬくもりが伝わってくる。
【香恋】
「はぁっ……んっ〈ハ〉 ちゅぷっ……んちゅ〈ハ〉」
彼女の優しさや、僕への愛情が……。
【深見】
「あぁ、香恋さん……」
僕はもう鈴の事等どうでも良くなって、そっと彼女の眼鏡に手をかけた。
【香恋】
「あ……」
香恋さんは眼鏡を取った生まれた儘の顔で、僕を少し恥ずかしそうに見つめていた。
【香恋】
「は、恥ずかしい、です……眼鏡がないと、本当に全部……裸になっちゃった気がして……」
【深見】
「綺麗です……眼鏡があっても、なくても……」
【香恋】
「ありがとう……」
香恋さんは嬉しそうに微笑む。その笑顔には隠しきれない淫靡さが潜んでいた。
【香恋】
「見て……恥ずかしいけど、私のこと、ぜんぶ、みて……〈ハ〉 眼鏡が、ない私……何も隠してない、素顔の私……」
【深見】
「見てますよ、香恋さん」
【香恋】
「はぁ、はぁ……はずかしいところ、もっと見てぇ……おまんこの穴も、お尻の穴も……全部……みてほしいの……〈ハ〉」
香恋さんは自らの手で割れ目を広げるようにして、僕にいやらしい場所の全てを晒す。
透明の愛液が滴っている肉路……ぽってりとした花びらやクリトリス迄濡れて妖しい光を放ち、僕を……僕の肉棒を待ち構えていた。
【香恋】
「ねえ……して〈ハ〉 もう、おまんこ、とろとろ愛液た~っぷりお漏らしして、準備してるのぉ……あなたのおちんぽ欲しくて欲しくてたまらないって、言ってるんだよぉ……〈ハ〉」
そう言って僕を誘う香恋さんは、抑えようとしても抑えきれない興奮の荒い息を吐いている。
【深見】
「あぁっ……香恋さん!」
そんな香恋さんの欲望が伝染したかのように、僕も一気に滾ってゆく。
にゅるるるる~~っ!
【香恋】
「あぁぁっ〈ハ〉 はいってくるぅっ〈ハ〉 あふぅぅっ〈ハ〉」
僕はテカテカと濡れ光る香恋さんの美肉に、男根を埋め込んでいった。
【深見】
「あぁっ……挿れただけで気持ちいいっ……」
【香恋】
「見てぇっ……私のこと、ちゃんと見てぇっ……〈ハ〉 あなたのおちんぽでよがり狂ってる私っ……見てぇっ……〈ハ〉」
香恋さんは腰を踊らせながら、眼鏡のない瞳でまっすぐに僕を見つめる。
【香恋】
「わたしっわたしっ……もう、あなたのおちんぽなしではいられない身体れすぅっ〈ハ〉 もう、もうっ、あなたにおまんこ、改造されちゃったのぉっ……〈ハ〉」
【香恋】
「あなたのおちんぽじゃなきゃ、だめなのっ……〈ハ〉 だから、だからっ……〈ハ〉」
【香恋】
「おねがい、おちんぽしてっ……わたしのおまんこに、もっとおちんぽずぼずぼしてぇっ〈ハ〉 わたしを、だいてぇっ〈ハ〉」
【香恋】
「わたしを、愛してぇっ……〈ハ〉〈ハ〉」
【深見】
「……!!」
香恋さんの真摯な叫びに胸を突かれる。
……今迄、此れ程迄に僕を愛してくれた人が、いただろうか?
否、いない。香恋さんだけだ。
……そして僕も、そんな香恋さんを、愛しているんだ……!
【深見】
「香恋さんっ……僕、僕っ……!」
弾かれたようにピストン運動を始める。
途端にペニスから快感が溢れ出し、僕を幸せで包み込んでいく。
僕がいて、香恋さんがいる。其れだけで僕は満足だ。他に求めるもの等、何もない。
僕は一体、何をあんなに不安に思っていたのだろう?
鈴の音等、単なる幻聴じゃないか。
僕がずっと捜しているものなんて……其れが何なのかもはっきりしない、漠然としたものだ。
そんな不確実なものを捜している暇があるのだったら、香恋さんとの時間を、もっと大切にしたい。
そうだ。こうして彼女を抱いていれば、恐れるもの等何もないじゃないか。
そう心から、実感する事が出来たんだ。
【香恋】
「あぁぁっ〈ハ〉 うれしいっ〈ハ〉 おまんこずっぽりぃっ〈ハ〉 元気おちんぽっ、気持ちいいよぉっ〈ハ〉」
香恋さんも嬉しそうに僕の律動を受け止めてくれた。
【香恋】
「やっぱりあなたのおちんぽは最高おちんぽぉ〈ハ〉 いつでもわたしをきもちよくしてくれるっ……〈ハ〉 素敵おちんぽなのぉ……〈ハ〉」
【深見】
「香恋さんのおまんこが、最高だからですよ……!」
【香恋】
「よかったぁ……〈ハ〉 わたしのえろえろおまんこでよかったら、いっぱいいっぱいエッチしてね……〈ハ〉 もう、わたしのおまんこは、あなたのおちんぽで調教済みだから……〈ハ〉」


人生有無數種可能,人生有無限的精彩,人生沒有盡頭。一個人只要足夠的愛自己,尊重自己內心的聲音,就算是真正的活著。